眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#47 怒号

「ソロン・ウデ・アスラータ。ウデの民か。君のいう事が真実ならば軍を動かすことはやぶさかではない。しかし、万一それが偽りで我々がここを出ている間に都市を襲われたりしては困る。我々にそれを信じさせるだけの何かを君は持ってきたかな。」

 大将のウェルド・グラルズは城壁の改修工事の様子を見に行っていた半森妖精(ハーフエルフ)の軍師、ロッタ・シネッタが連れて帰ってきた森妖精(エルフ)を値踏みするように見た。

 斜陽に照らされる部屋には隊長、副隊長クラスの者達が詰めていた。

 

「煌王国に身一つで森妖精(エルフ)が来たと言う事を評価していただく他ありません。」

「ふーむ。どうしたものか。」

 

 ウェルドは軍師のロッタに問うような視線を送る。

「グラルズ閣下、この者の城壁での言葉は真に迫るものがありました。都市には私が残りましょう。全隊を連れて行くわけでもありませんし、万一罠だったとしても都市は守れるでしょう。」

「お前が残ってくれるなら安心だな。では一個中隊を連れて行く。」

「お言葉ですが中隊を三個はお連れになった方がよろしいのでは。」

「三個だと?」

 ウェルドの驚愕も当然だ。三百人近い軍隊を連れて行くことをロッタが推しているのだから。

 

「はい。向こうで森妖精(エルフ)が罠を張っている可能性もあります。都市を守れて向こうでグラルズ閣下が死ぬような事があれば困ります。」

 ストレートな言葉にウェルドは苦笑した。

「ではロッタ、軍の準備をしろ。私は煌王陛下に出兵の許可を得て来る。」

「かしこまりました。お願いいたします。」

 

 ウェルドは立ち上がり王の下へ向かった。

 ここ王都は最大の脅威である上位森妖精(ハイエルフ)達の国から最も遠い場所に位置しているので、他の都市より心配事は少ない。

 それに、有能なロッタが残ってくれると言うのだ。

 安心して出られる。

 

 とは言え――(複数のアンデッドに人間が使役されているなんて事が起こり得るんだろうか…。真実ならば、アンデッドは生者への憎しみを抑えられるだけの知能がある…。)

 それに、何人もの人間が使役されていると言っていたが、その人間はどこから誘拐されて来たのだろう。

 少なくとも煌王国や近くの獣人と人が暮らす国から人間が消えるなどの話は聞かない。

 疑問は尽きないが煌王の部屋の前に着くと、ウェルドは一度思考をやめた。

 

 扉を叩き、名乗ればすぐに入室を許可された。

 

 入れば、煌王とその娘が二人いた。

「グラルズ、このような時間に珍しいではないか。どうかしたかな。」

 信頼を感じる声音だ。

 肩に触れる髪とたっぷり生える髭は黒に近い茶色で、瞳は力強い輝きを持ち、肉食獣のような印象を与える。

「は。煌王陛下に出兵のご許可を頂きたく参りました。」

 ウェルドは森妖精(エルフ)が語った全てを聞かせ、王都の守備が万全な事、例えそれが嘘や罠でも返り討ちにできるだけの編隊で向かおうと思っている事を話した。

 

「お父様、それでしたら罠でも真実でもついでに近くの森妖精(エルフ)達を狩り殺してしまっては如何でしょう?」

 

 そう提案したのは五姉妹の長女、マリアネ・グランチェス・ル・マン・アリオディーラ。

 十七になったばかりの彼女は絶世の美女だと評判だが――その性格は苛烈だった。

 この国には王子が生まれていないため、順当に行けば婿取りをして女王になるだろう。

 

「お姉さま、そのような事をしては上位森妖精(ハイエルフ)王朝より戦争を仕掛けられてもおかしくはありません。」

 

 腹違いの妹、フィリナ・グランチェス・ラ・マン・アリオディーラはマリアネよりも美しくはないが、まだ十三歳と幼い。

 上位森妖精(ハイエルフ)達は煌王国の多くの都市を越え、数日行った先にある"最古の森"の中に国を作っている。

 彼らは気位が高いし、人間を奴隷として扱う為極力関わり合いを持たないようにしているが、森妖精(エルフ)の事は近親種として気に掛けている。その為、年に数度は煌王国を通り、点在する森妖精(エルフ)の村の様子を見に行ったりしているし、望むのならば森妖精(エルフ)の移住も受け入れているようだ。

 上位森妖精(ハイエルフ)が煌王国を通る時は、人々は皆静かに息を殺している。

 入国は断らない。いや、断れないのだ。

 先天的に魔的な能力を備えている彼らに、飛行(フライ)不可視化(インヴィジビリティ)などの目の届かぬ方法で入国されるのが一番恐ろしいから。

 ここ、アリオディーラ煌王国は半島を領土としていて、半島の入り口には蓋をするように最古の森が広がっている。最古の森には上位森妖精(ハイエルフ)の王を神と戴く多様な亜人部族が暮らしていた。

 最古の森とは反対側の半島の端にはヴィジランタ大森林が広がり、森妖精(エルフ)やゴブリン達が住まうのだ。

 それらに囲まれる人間にとってはどちらも目の上のタンコブだ。

 

「ふふ、上位森妖精(ハイエルフ)には森妖精(エルフ)の言う、その人間を使役するアンデッドが森妖精(エルフ)を殺したと言えば良いじゃない。これでいつか森妖精(エルフ)上位森妖精(ハイエルフ)のように力をつけてしまうかもしれないなんて恐れずに済むようになるのよ?人間よりも力を持つものは少しでも減らしておいた方が良いわ。」

 マリアネの目はまるで蛇のようだった。

「正論だ。それに、もしアンデッドがいれば、同じ敵を持つ事で深まる絆もあろう。」

 煌王の頷きにフィリナは何かを言いたそうにしたが、それ以上何かを言いはしなかった。

 

「グラルズよ、聞いた通りだ。アンデッドは居れば当然皆殺し。奴隷にされている人間は、知らせに来た森妖精(エルフ)と共にアンデッドの存在を立証させる為にも連れ帰れ。そもそもこれが罠で、アンデッドが存在しなければ、森妖精(エルフ)の討伐だけ行うのだ。その時にはこちらに大義名分がある。もし必要であれば小隊もいくらか連れて行ってよい。出発は今すぐだ。夜闇に紛れ見事こなせ。」

「は!承りました!では、これにて御前失礼いたします。」

 ウェルドは無抵抗の民の虐殺は好かないが、人類の未来の為には時にそう言うことも必要だと知っている。

 少し前にはビジランタ大森林に棲む小鬼(ゴブリン)の子供達を一気に数百人殺し、人口調整を行なったくらいだ。

 こう言う地道な積み重ね無くして弱小種族の人間が生き残る道はない。

 

 ウェルドが部屋を去ろうとすると、煌王は「そうだ」と思い出したように声を上げた。

 

「グラルズ、あれ(・・)はどうだ。」

 足を止め示された物が何かを考え、すぐに思い至る。

「ロッタですか。よくやっております。」

「そうか。しかし、あまり森妖精(エルフ)との混ざり物を重宝するのは感心せんぞ。」

「煌王陛下、恐れながら彼女は魔法の才にも軍師としての才にも溢れております。代わりになるだけの者はおりません。」

 ウェルドはロッタこそ大将に相応しいと思っているが、心苦しくも彼女は大将の補佐、軍師の位置より上には上がれない。

 まだ若く、純粋な人間よりも寿命の長い彼女にはまだまだ先もあるというのに。

「分かった分かった。あまり表舞台に出しすぎないようにだけしてくれれば良い。国民感情もあるのだ。」

「は。」

 

 その後、夜の帳が降りた街を大量の部隊が出て行った。

 戦争でもあるのかと噂する街の者達に、隊の者達は口々に「アンデッドが人間を使役している」と言って向かう。

 森妖精(エルフ)の死がアンデッドのせいだとすんなり広まるように。

 

+

 

 イグヴァルジは月も沈む真夜中に、大量の金属鎧を着た者達の足音を聞くと身を起こした。

 オリハルコン級の者達はすでに起きて戦闘態勢になっていた。

「おい、起きろ。何かが近付いてくる。」

「…ん…ん?なんだ、この音。」

「わからん。しかし――平和の使者じゃない事は確かだな。」

 次々と冒険者達は身を起こし、それぞれの武器に手を掛けた。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達は闇の神と光の神を示すそれぞれの神殿に掛けられている神旗と、国旗の前に膝をつき、頭を下げてから腰に携えている短杖(ワンド)を抜いて拡声の魔法を使った。

「皆さん、抜剣せずにまずは様子を見ましょう。アインズ様は平和的にと仰いました。」

 イグヴァルジも当然神の言うことに逆らうつもりはないが――しかし、武勲は上げたい。

(頼む、戦いを仕掛けてきてくれ。)

 そう思いながら敵だと思われる足音が正体を見せるのを待った。

 

 そして、姿を見せたのは――何人いるかわからない程の武装した人間。

「……血生臭いな。」

 隣のテントにいたモックナックが呟く。

 イグヴァルジは静かに頷いた。

「あぁ…これは――死の臭いだ。」

 

 神聖魔導国の冒険者は悟った。

 奴等は死を運ぶ軍勢だと。

 

 屈強な者が一歩前へ出た。

 その者は小さく「本当にいやがった」と呟いた。

 そして続けて口にした言葉に全員が目を向く。

 

「――アンデッドよ!!よくも森妖精(エルフ)の村を襲ったな!!森妖精(エルフ)はお前達のせいで全滅だ!!この忌まわしき虐殺の徒が!!」

 

 その手の中には濁った緑の瞳を覗かせ絶命している女の森妖精(エルフ)の首があった。

 前髪が眉の上で切り揃えられていて、恐怖に歪む表情がよく見て取れた。

 

「…神王陛下…光神陛下…。」

 誰かが悼むように神々の名を口にした。

 哀れな最期を迎えたであろう森妖精(エルフ)の死出の旅立ちを少しでも良いものにしようと。

「光神陛下…どうか、この修羅の地にも生の祝福を…。」

 冒険者達は剣の柄に触れたまま、神々へ祈りを捧げた。

 

「アンデッドよ!!今こそ正義の鉄槌を!!抜剣!!」

 

 屈強な者が剣を抜くと、周りの軍勢も一斉に剣を抜いた。

 

 どうするべきかと皆が死者の大魔法使い(エルダーリッチ)へ視線を送る。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達は短杖(ワンド)を口の前にあて、拡声した。

「待たれよ。我々はこの大陸に来て初めて小鬼(ゴブリン)以外の知性を持つ者に会ったのだ。必要とあれば魅了(チャーム)支配(ドミネイト)の魔法を受けても良い。我らが創造主アインズ・ウール・ゴウン様と、フラミー様に誓って森妖精(エルフ)の虐殺は行っていない!話し合いを!」

 

 冒険者達はオォと歓声を上げた。

 流石神に使わされている死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だ。

 こちらは潔白故に魔法的手段を使われても痛くも痒くもないが、それを言い切れると言うのはそれだけ冒険者達への信頼に溢れている証拠だろう。

 

「アンデッドに精神魔法は効かん!!信じられるはずもなかろう!!さぁ、奴隷達よ、今こそおぞましきアンデッドを討つ時だ!!アリオディーラ煌王陛下はお前達がどこから来た者だとしても救いの手を差し伸べて下さる!!」

 

「奴隷?」

 冒険者達は数度互いを見合った。

 

 その困惑をどう思ったか分からないが、軍は一気に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)へ向かい始めた。

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)さん達を守れ!!展開!!」

 オリハルコン級の者の声に皆が動き出す。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は拡声の魔法を用い、襲い来る者達へ語りかけ続けた。

「我々は平和の使者として神魔大陸より来た使節団である!!話し合いを!!」

 

 冒険者達は心苦しいが、人間達と剣を合わせた。

 

「お前達人間だろ!!アンデッドなんか守ってどうしたんだ!?」「奴隷達は支配(ドミネイト)を受けているぞ!!」「目を覚ませ!!」

 揉み合っていると、ついに一人の冒険者が斬り付けられ――国旗にその血がかかった。

 冒険者達の頭には一気に血が上った。

「俺達の仲間によくも!!」「な!?陛下方の旗に!!」

 口々に忠誠と航海の家族を傷付けられたことへの怒りを叫ぶ。

 

 そして、これまで冷静に語りかけていた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達は吠えるように、声を上げた。

 

「――人間共が!!神聖なる旗によくも!!死を!!二度と覚めぬ死をくれてやる!!」

 

 決死の戦いは夜明けまで続いたらしい。

 アルベドが事態に気付き、伝言(メッセージ)の実験を始める前の話である。




死者の大魔法使い(エルダーリッチ)さんは冒険者殺された事より旗汚されたことにおこだ!!

次回#48 閑話 父上と母上

まずは皆さんお待ちかねのユズリハ様謹製の勢力図です!

【挿絵表示】

おぉ〜!隣の大陸が見えてきましたね!

それから、11/5にいい男の日もらいました!!
本編未登場のギルメンとフラミー様のきゃっきゃうふふがうふふですねぇ!
多分裏の全員転移時空でしょう!

【挿絵表示】


そしてフララコスベータも!
https://twitter.com/dreamnemri/status/1191741075725012993?s=21

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