「
呟くは漆黒聖典隊長。ぼろぼろの槍を手にした髪の長い美青年だった。
「なんだ!?なんだそれは!あれを知っているのか!」
さっきまで押し問答をしていた門番や衛兵が救いを求めるような眼差しを向けてくる。
「いえ、私達も詳しいことは何も。――そうか……魔導王陛下はあれの出現を予見されたために我々に出立を命ぜられたのか……。神聖魔導国が威を示し、エ・ランテルを手に入れてこいとは……そうか……」
神聖な何かに触れようとするように顎を上げ、目を閉じる隊長に横槍が入る。
「じゃあ早くあれを止めてくれよ!!」
命の危機を前に手段を選んでいられない衛兵がこちらへ向かう魔物を指差した。
隊長は若干の苛立ちをもって薄眼を開けると、無作法な男を横目で睨め付けるように見遣った。
他の隊員たちの視線も冷たい。
「な、なんだ。なんだよ!」
「助けてくれるために来たんだろ!?」
騒ぎ始める衛兵に隊員達はやれやれと言った風にため息をついた。
王国の国民性が見えるようだった。これだから王国を早く帝国に吸収させたかったのだ。
「――静まれ!」
硬質な男らしい声音が響き、人を掻き分けて王国の秘宝に身を包んだ偉丈夫が現れる。
「君たちは……?」
「これはガゼフ・ストロノーフ戦士長殿。
さっと頭を下げる隊長にほかの漆黒聖典隊員達も続く。
「見たことのない部隊だと思ったが……やはりそうか。いや、それで、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の皆さんはあれを知っているのかな」
ガゼフは自分の感情を読ませないように魔物に目を向けた。
魔導国はカルネ村のみの襲撃を認め、残りの村の焼き討ちについては歴史の闇に葬ろうとしているようだった。
「先ほども申しました通り、詳しいことはわかりません。――占星千里」
呼ばれた者はボブヘアーに眼鏡を掛けた若い女だった。
「は。私は漆黒聖典第七席次、名は伏せさせて頂きますが、占星千里とお呼びください」
ガゼフがうむ、と頷き先を促す。
「あれは恐らく私の占いに出た
「……それがあれだと言うのか」
魔樹はその巨大さからは想像もつかないような素早さを持つらしく、どんどん近づいてくる。
「戦士長殿……」
その声は人類国家最強の戦士ならそれを倒せるのでは?と言う希望と、あんな化け物と渡り合える生き物なんてこの世にはいないと言う理性の混じり合った複雑そうなものだった。
すると、まだまだ遠くにいると思っていた魔樹の持つツルの一本がエ・ランテルへ向かって目にも止まらぬ速さで振るわれた。
まだエ・ランテルには届かなかったが激しい地響きと共に、王都へ続く街道がごっそりと抉られ無くなる。
エ・ランテルを囲んでいた帝国騎士達を指揮する帝国第二将軍ナテル・イニエム・デイル・カーベインが帝国騎士数名を伴ってこちらへ向かって来ているのがガゼフの視界の端に入った。
このままではエ・ランテルの周りにいる帝国騎士達は全滅してもおかしくないと判断したか、せめてこのエ・ランテルの持つ堅牢な市壁の内側に入れてくれと、人間同士としての情に訴えかけることにしたらしい。
下手に逃走し、あれが帝国まで追ってくるようなことになれば今度は帝国が崩壊する。
どう見ても先ほど薙ぎ払われた場所の様子から言って人の手でどうこうできる力では無い。
そう評価を下したのは、当然ガゼフだけではなかった。
「陛下だ、陛下にお伝えしろ!!あれは止められん!!」
漆黒聖典第八席次、巨盾万壁と呼ばれる大男が叫ぶ。
ガゼフは一瞬陛下と呼ばれる存在がランポッサⅢ世の事かと思うが、すぐに誰を示す言葉なのか思い至った。
(――神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国。ゴウン殿……!)
ガゼフをスレイン法国、陽光聖典より救った慈悲深き
(あの時、あなたは法国のやり方を見かねて出てきてくれた。あの惨事はあなたの指示ではない……)
彼が助けに来てくれるなら、これ以上ないほどに心強い。
だが、ふわりとした金髪の中世的な男が首を振った。
「しかし、陛下をお呼びして万一陛下に何かが起こっては――!」
「一人師団の言う通りだ!ようやく取り戻した陛下を失えない!」
背の低い少年じみた者――時間乱流も反対した。
すると、一台だけ引き連れていた馬車から十字槍に似た
その
「いけません、勝手に降りては!」「番外席次様!」「絶死様!!」
揃った装束に身を包む神聖魔導国の兵士や神官達が押し戻そうとするが、それの放った一言はまるで世界を凍らせるようだった。
「黙りなさい」
ガゼフであっても決して届かぬ頂を前に衝撃で一瞬呼吸を忘れる。
周りには腰を抜かした王国兵と、帝国騎士達がいた。
その顔にはここにも想像を絶する化け物がいたと書いてあるようだった。
「私が出るわ。神聖魔導王陛下とフラミー様を呼びなさい。全滅、いえ。絶滅したくなければね」
有無を言わせぬ声音に誰かがゴクリと唾を飲む音がした。
いや、それは自分が立てた音かもしれないと誰もが思い直す。
「あ、貴女は一体……。番外席次とは……」
ガゼフはカラカラに乾いた喉から何とか声を絞り出した。
美しい少女はじろりとガゼフを睨みつけた。
「私は何者でもない」
有無を言わせない雰囲気だった。
「はぁ……。私はこんなところで敗北を知る事になるのかしら。ああ、陛下、私の初めては――」グッと足に力を込め――「あなたに捧げたかった!!」
そう言い残すと、ドンッと音を鳴らし、番外席次はものすごい勢いで駆け出した。
力いっぱいに蹴られた地面はあらぬ力でめくれ上がっていた。
その小さな体に向かって、山のように巨大な魔樹が全てを薙ぎ払うようにツルを振るう。
あれだけ本体が近づいたのだ、次はエ・ランテルにも届くだろう。
聞いたこともないような風切り音がしたかと思うと、番外席次とツルがぶつかり合う衝撃波がエ・ランテルを揺らした。突風が吹き荒れ、見ていた者達は顔の前に手を交差させ、飛んでくる土埃から自らを守った。
魔樹の足元近くでは、叫び、逃げようと走り出した者達が細く短いツルによって液体に変えられていた。ビッと言う音だけを残し、粉々に吹き飛ばされ血が散乱したのだ。
蔓の先が赤く染まる姿は、まるで魔樹が怒りに狂い、燃え上がっているようだ。
狂うような悲鳴が上がる。
「――陛下。――ランポッサⅢ世陛下!」
思わず足がすくんでいたが、ガゼフは守らなければいけない者を思い出し我に帰った。
数名の戦士を残して弾かれたように国王の元へ駆け出していった。
番外席次は何度も何度もツルを弾いた。
「ッ――重い!!」
正面から来るツルを生き物同士が上げるとは思えないような音で弾き、
その姿は誠神聖な戦乙女だった。
「オォォォォ――」と、声とも音とも付かない振動が襲う。
時間稼ぎくらいなら出来そうだと番外席次はほくそ笑む。
「これなら、エインヘリヤルを呼んで
番外席次の持つ
<
なので、エインヘリヤルと二人で魔樹へ突撃。効果範囲に入ったところで魔法を打ち出す。
――うまくいけば……倒せる……!
「エインヘリヤル!!」
番外席次が叫ぶと、そのすぐ隣にぼんやりと白い光が集まり、人の形へと変わっていく。
そして、ついには光り輝く番外席次がすぐ隣に現れた。
「<
生命を奪う黒炎が番外席次の体を包む。攻撃に負の追加ダメージを乗せ、エインヘリヤルと共に幾度もツルを弾き返した。
「どう!体が重たくなってきたんじゃない!!」
再びワンパターンにツルが正面から襲ってくると、
「――な!?」
細いツタが目にも止まらぬスピードで迫ると目を見開いた。
刹那、番外席次は叩き落とされ、城門を破壊しながらエ・ランテル奥深くに突っ込んでいった。同時にエインヘリヤルも霧散した。
如何に九十レベル前後の番外席次とは言え、生きる中で漠然とクラスを習得、積み上げてしまったそのビルドは――ユグドラシルプレイヤーが確認すれば発狂するようなものだ。五レベルや七レベルまでしか習得していないクラスがいくつもあった。
彼女の中には知識と戦略は数えきれないほどにあったが、職業及び
もし信仰系魔法でバフなどをかけたなら、一瞬油断したとはいえ、これほど早くに落とされることはなかっただろう。
漆黒聖典隊長は自らの頭上を番外席次が市壁に突っ込み撃沈させられる様をまざまざと見せつけられた。
番外席次、人類の切り札が手も足も出ない魔樹を誰が止められると言うのだろうか。
ツルによって押し潰されるように城壁の破壊が進む。
それに至るまでに帝国騎士も王国戦士も多くが殺された。
そして城壁付近でモタモタしていた一般市民も。
漆黒聖典隊長はカイレを呼び出せばケイセケ・コウクと呼ばれる相手を意のままに操ることができる神の秘宝があると思ったが、あの
すぐに思い付きを破棄し、その手の中のボロボロの汚らしい槍――神の最秘宝に視線を落とした。
これを使えば、もしや。
しかし、伝えられる伝説は――
曰く、相手を絶対に消滅させることができる
曰く、相手と使用者が消滅する
曰く、相手の力を生まれた頃まで戻すことができる
曰く、神をも殺す力を持つ
――どれも不確かすぎる。
確かなことは、これが絶大な力を持つ事と、使用すれば秘宝は失われると言う事だけだ。
この遠征が終わったら、人の身には過ぎたアイテムたちは全て神々に返却しようと話はついていたが、仕方がない。
試す価値はある。
「番外席次が落ちた今、私が出る」
「た、隊長でもありゃちょっと無理なんじゃ――」
「いや、私には策があるんだ。まぁ、それが失敗しても成功しても私はここで死ぬだろう。……もし私の策が失敗したら陛下をお呼びして救いを求めてくれ」
魔樹が街への攻撃をやめ、再び進み始めた。
その足元には大量の土と、周りに生えていたであろう木々がまだ付いていた。
「神聖魔導王陛下に――神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下に、私は勇敢だったと伝えてくれ!そして、フラミー様へ私に生の祝福を授けてくださったことの感謝を!!」
「――隊長!!」
そして飛び出す隊長の前方には、神々しくもやわらかな闇が広がった。
「そんな、まさか――陛下……!?」
隊長を除く神聖魔導国の者達は一斉に跪く。
隊長は漆黒聖典隊員達へ振り返り怒鳴り声を上げた。
「誰が陛下をお呼びしたんだ!陛下にもしものことがあったら――」
「よい」
たった一言、温かく優しい声が隊長の心に染み込んだ。
「へ、へいか…」
「お前の覚悟は見せてもらったが、覚悟とは犠牲の心ではない。覚悟とは、暗闇の荒野に進むべき道を切り開く事だ」
そして続々と神と守護神達が現れる。
漆黒聖典は確信した。
やはり神々は我らを救うために降臨されたのだ、と。
そんな感動など露知らず、アインズは完全に決まったと思った。
かつてリアル、百年以上昔に映像化された超人気書籍、覚悟の物語に出てくる名言。
魔法のないはずのリアルで、二一三八年の現在も作者は不老不死の為――未だにそのシリーズは続いていた。
カルネ村の監視に出ていたルプスレギナから「自分では敵いそうにない相手が村のすぐ脇を通ってエ・ランテルへ向かっている」と
ふと視線を感じ顔を向けると、フラミーが横に並び、アインズと隊長を交互に眺めていた。
(………うん、これははしゃぎすぎたな)
アインズは心の中で鎮静されない程度の恥ずかしい気持ちがしんしんと積もっていくのを感じた。
フラミーからはニヤリとした顔を向けられ、恥ずかしさが頂点に達するとついには沈静化されてしまった。
「ヒーローの到着って感じですね!!ぱぱーん!!」
賢者になったアインズの脳裏には不思議とパンドラズ・アクターのドヤ顔がよぎっていた。
(やっぱりあいつ、俺の息子なのかと……)
血は争えない。
「陛下、フラミー様……」
しかし、登場時の効果は抜群のようで神聖魔導国の聖典達は皆一様に涙を堪えているようだった。
「……んん。守護者達よ。まずは私が少し押し戻そう。その後お前達のチームワークを私達に見せろ。最後は私とフラミーさんが手を下し、"強欲"に経験値を吸わせる。行くぞ」
いつの間にか背後で跪いていた守護者達は全員が顔を真っ赤にして震えていた。
そんな笑う事ないじゃん!!と再び恥ずかしくなるアインズとは裏腹に、守護者達はその素晴らしい言葉を胸に刻みつけていた。
いつか聖書を作るときに絶対に盛り込もうと。
聖典達は帰ってこの言葉を国中に広めなければ死ぬに死ねないとすら思っていた。
アインズは後永遠に元ネタがあることは言い出せなかった。
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!