神々を見送ると、カルカとケラルトは尖塔を目指した。
今週はまだ"聖王国の罪"に会っていないから。
「ケラルト…。陛下方はきっとあの
「そうだと思います…。」
ケラルトはやはり、何度ねだられても復活魔法を行使することはなかった。
二人は塔を登る。
昔はいつ来ても叫び声と、ガンガンと牢を叩く音が聞こえていたものだが、もうすっかり静かになっていた。
「レメディオス。来たわよ。」
「姉さん、調子はどう。」
牢の中で静かに過ごしているレメディオスははめ殺しの明かり取り窓から外を眺めていた。
いつもは膝を抱えて小さくなっていると言うのに、久しぶりに立っていた。
「――いつも言うがカルカとケラルトを真似るな。この化け物が。」
背中越しに喋る彼女はカルカとケラルトが本当はもうずっと前に死んでいて、化け物がその身を騙っていると言う妄想に取り憑かれ続けている。
王兄も自分が殺すより前に死んでいたと言うのが言い分だ。
だから自分は悪くない、と自分の殻に閉じこもってしまっている。
そうする事で自分を守っているのだろう。
「…私達は化け物じゃないわ…。」
「ふん。まぁ良い。それより化け物、街の様子を教えろ。一体何があったんだ。」
カルカとケラルトはため息を吐くと外のことを語り出した。
「隣の大陸の
「ふふ。そうか。」
レメディオスの不意の笑いにカルカは眉をひそめた。
「何がおかしいの。」
「ついにボロを出し始めたな。アインズ・ウール・ゴウン。聖王国の皆が目を覚ますまで後どのくらいだろうかな。ふふ、はは、はははは!」
ケラルトは嘆くように顔を手で覆った。
レメディオスの愉しげな笑い声は尖塔を激しくこだました。
「姉さん…やめて…!
「はは――いいじゃないか。殺されたのは
その言い分はレメディオスの狂気を物語るようだ。
聖王国は昔から
「…神王陛下は
くるりとこちらを向いたレメディオスの眼光は、昔の正義に溢れていたものによく似ていた。
レメディオスが牢の格子に近付いて来ると、二人は牢から少し離れた。
以前襲い掛かられた時の事を考え、手の届かない安全な位置まで下がる。
「真実の究明?笑わせるな。良いか、化け物共。この世に神など存在しはしない。神を騙る者がいるだけだ。奴らは嘘を吐き、人を操り、殺める。いつか思い知る時が来るぞ…。気付いたその時には――」
レメディオスはギリリと手を握りしめた。
「――その時にはもう、全てが遅すぎるんだ。」
レメディオスなりに何かを考えているのだろうと思うが、相変わらず支離滅裂だ。
代わりにカルカは考える。聖職者として、聖王として、彼女が罪と向き合うために必要な言葉を。
「…レメディオス、私、あなたに感謝している事もあるの。お兄様をあなたに殺されたことを許せたと思うと、今回の
「――化け物よ。一つ教えておいてやる。カルカなら正義に燃え、国民を襲ったその
牢の向こうでカルカを見るレメディオスの瞳は嘲りの色に染まっていた。
カルカは真面目に話そうとした事を後悔した。
「――レメディオス。私は今も私の正義を貫いているわ。聖王の座につく時に二人に告げた言葉をあなたも覚えているでしょう。」
レメディオスは驚愕に目を開いた。
「「「弱き民に幸せを、誰も泣かない国を。」」」
三人は声を揃えて、十四年前の誓いを口にした。
「か、かるか!?まさか、まさかカルカなのか!?それにケラルトも!?」
レメディオスは突然興奮状態に陥り、牢から手を伸ばした。
「カルカ様!危ないです!今日はもう行きましょう。姉さん、また来るわ。」
「ま、待ってくれ!!ケラルト、カルカ!!頼む!!頼む、もう少し!あぁ!カルカ!ケラルトーー!!」
ケラルトに手を引かれるように、カルカは尖塔を後にした。
レメディオスの自分達を呼ぶ声がべたりと鼓膜に張り付いた。
二人は無言で馬車に揺られ、蹂躙された町に戻るとアンデッドに後片付けの指示を出すデミウルゴスとシャルティアがいた。
重い沈黙が破られる。
「…デミウルゴス様が残って下さって良かったわ。」
カルカの呟きにケラルトは、うっふっふっふっふといやらしい笑いを漏らした。
「ブラッドフォールン様だって残ってくださってますよ。デミウルゴス様にそばにいて欲しいと頼んでみては?」
「んもう!そうじゃないわよ!皆励まされているように見えるから――」
「一番励まされているのはカルカ様でしょう。」
二人は見合うとぷっと吹き出し、レメディオスのいる塔を出てから初めて笑い声をあげた。
「まぁ、それはそうね。ふふ。」カルカはおどけるように続けた。「あぁあ、デミウルゴス様もそろそろ叶わぬ恋なんて諦めて下さればいいのに。神王陛下にはお子もできたんだから。」
「また告白しては?お茶会のあれからもう随分経ちますし。」
「…振られるのが目に見えているわ。」
「もう守りに入っていられる時間もないですよ。」
「あぁー聞きたくないぃ〜。」
結婚がまるで見えてこないのに歳ばかりは重ねてしまう。
カルカは少しでも肌年齢を下げるため自ら発明した美容魔法を日々自分に掛けている。
頭を抱えていると、馬車の外に亜人の姿を見た。
かつては憎たらしかった
その日のうちに駆け付けて来てくれるなんて――カルカは今日の友に心から感謝した。
「明日にはアベリオン丘陵亜人連盟の皆さんも来てくれるそうですね。」
ケラルトはカルカの視線の先に気付いたようだ。
「そうね。私達もやらなきゃね。」
二人はフラミーに復活させられ、生命力が足りずに起き上がれない人々と怪我人が寝かされている館に着くと馬車を降りた。
神殿は今避難所として使われているため、家がたまたま無事だったバグネン男爵という貴族が家を解放してくれているのだ。
二人は負傷者をただ励ましに来ただけではない。
カルカは第四位階の魔法を行使出来る信仰系
二人は神官達と共に、傷付いた民を回復して回った。
何人も回復するとカルカは魔力の欠乏を起こし、英雄級の力を持つケラルトを残し一時その場を離れた。
まだ避難民が来ていない生死の神殿の礼拝用の長椅子で休んでいると、馴染みの優しい声が響いた。
「カルカ殿。」
「あっ、デミウルゴス様。どうかされましたか?」
「少しばかりお話をよろしいでしょうか。――あぁ、そのままで。」
カルカはすぐ様立ち上がろうとし、それを止められた。
デミウルゴスは斜めに向き合うようにカルカの隣に座った。
こんな時だというのに、ケラルトと馬車で話したことのせいか、カルカの胸は高鳴った。
話とはどんな事だろうかと居住まいを正す。
辺りには避難民を受け入れるため、神殿の床掃除に精を出す神官達がいた。
一時的にここに連れて来られていた
「言いにくいのですが、今後聖王国を守って行く為には属国と言う形ではいよいよ限界かと。」
デミウルゴスの言うことは最もだ。
今回の復旧作業も聖王国内できちんと行わなければいけないのが本来だろうが、宗主国とは言え神聖魔導国におんぶに抱っこになってしまっている。
明日復興の手伝いに来る亜人連盟の者達も神聖魔導国の民だ。
「…聖王国を神聖魔導国に…ですか…?」
「そうしたいと思っております。」
そう言うデミウルゴスを真っ直ぐと見詰めると、カルカは初めてこの人の瞳が輝く宝石だと知った。
いつも優しく笑うように細められている目は、ちらりと見える時、ただのブルーなのだと思っていた。
ローブルの至宝と賞賛される花の聖王女は、自分よりも余程至宝の言葉が似合うと思いながらその人を真っ直ぐ見つめ直した。
星の輝きを宿すように煌めく瞳は眩しさを感じる。
神が自ずから創造したと聞くが、だとすれば、きっとこの瞳は最後の最後に眼窩に納めたのだろうなと思う。
カルカはその光景を想像する。
薄暗い神聖な場所で、祭壇に眠るこの人にフラミーがこの至宝を納め命を吹き込むのだ。
その時には外から月明かりが差し込んでいると良いなと思う。
デミウルゴスは満ち足りた顔をして目を覚ますのだろう。
そして、微笑むのだ。『フラミー様、新しい命に感謝いたします』と――。
カルカは何故か、フラミーが――酷く羨ましくなった。
「――何か?」
デミウルゴスは真面目な話をしているのに心ここにあらずのカルカの様子を見抜いたのか訝しむような顔をした。
瞳は閉じられてしまい、惜しい事をしたと思う。
「あ、し、失礼いたしました…。えぇと――デミウルゴス様…、私もそうするのが一番だとわかってはいるのですが…。」
なんとなく踏ん切りが付かない。
いつもあと一歩早く踏み出していればと後悔してきた。
南部との抗争の時にも学んだというのに。
「冬を目前にして瓦礫の街に国民も皆苦しんでいるとは思いませんか?属国では手伝うにも限界がありますし――私も心苦しいのです。あの痛ましい悪魔騒動の時の事を思い出し、聖王国の皆さんが泣いている姿を見るのが…。」
胸に手を当て俯くとデミウルゴスの顔は陰り見えなくなった。
きっとそこには深い嘆きがあるのだろう。
カルカはデミウルゴスへ手を伸ばした。
本当は顔や頭に触れたかったが――手を伸ばす先はもっと低い。
顔を上げたデミウルゴスはきょとんと無垢な顔をし、数度その手とカルカを見た。
「協力して下さるのですか…?」
「もちろんでございます。デミウルゴス様、どうか…共に最善の道を目指してください。」
カルカの伸ばした手はそっと握られ、二人は握手を交わした。
「あなたが聖王女で本当に良かったです。えぇ、本当に。」
デミウルゴスの評価にカルカは忘れられない恋心がこしょりと刺激され、照れ臭そうに笑った。
これを皮切りに属国だったローブル聖王国はついに聖ローブル州として神聖魔導国に改めて編入する。
数週間ほど先の冬の日の事だったそうだ。
「今日は泊まって行くだろう?」
「えぇ…でも…。」
「良いじゃないかたまには…。」
とっぷりと日が暮れた瓦礫の街で、ネイアは子離れできていない父、パベル・バラハに迫られていた。九色のうちの一人、狂眼の射手であるパベルも慌ててこの港湾都市リムンに呼び出されていたのだ。
「でも先輩達だっているし…。」
「良いじゃないか!皆うちに泊まれば!!食事だって用意するぞ!」
「えぇー…。」
どうするべきかと隊長、クレマンティーヌに視線を送れば面白そうに笑っていた。
「私はもちろんいーよー。」
「先輩…。でもこんな時に実家に帰るなんて…。」
「ネイア。こんな時じゃないと帰って来られないんだから遠慮する事はないのよ。」
レイナースの意見にパベルはそーだそーだ!と加勢する。
パベルが娘を溺愛している事は周知の事実だ。悪魔に殺された母の事も深く愛していた。
「じゃあ…皆さん、今日はうちでいいですか…?」
「おっけー。」「いいわ。」「なんでも良い。」
二人の姉と番外席次の返事に頭をぺこりと下げる。
「じゃあ、皆さんご案内します!」
ネイアは与えられているゴーレムの馬を取り出すと、父に手を伸ばした。
「はい、お父さん。行くよ。」
「おぉ!!ネイアァ!!」
「もー!恥ずかしいからいちいちオォとかアァとか言うのやめてよぉ!!」
いつもと違うネイアの様子に笑うと、続くように三人も
途中漆黒聖典や陽光聖典に宿泊の用意がされている神殿はあっちだぞと声を掛けられながら一行はネイアの実家へ向かった。
一時間程度馬を走らせて帰りついた地元では、ネイアは英雄扱いだ。
街を往くだけで人々がネイアを讃えて来るので大層気恥ずかしい。
特に自分より余程強く聖王国のためになったクレマンティーヌとレイナースもいる中で、こうも自分ばかり注目されるというのは居心地が悪いものだ。
家に着き馬をしまうと、「ここがネイアん家かー」と見渡す姉にネイアは気まずそうな顔をした。
「先輩方…なんだかすみません…。」
「あ?何が?」
クレマンティーヌは何を謝られているのか心底わからないように首を傾げた。
「なんか…先輩方の活躍や武勲を横から掠め取ったみたいで…」
「なに?んなこと気にしてんの?」
「私達は名誉の為に聖典やってるわけじゃないんだから気にしないで良いのよ。それに、あなたが一番頑張ったじゃない。」
姉二人の微笑みにネイアは気恥ずかしそうに頭をかいた。
そして、それを聞いていた番外席次はふんと鼻を鳴らした。
「そもそも聖王国を救ったのは神王陛下とフラミー様よ。南部が降ったのだって、全て神王陛下のお働きだって砂漠へ行く前にクインティアも言ってたし。」
「……まー陛下は私達の積み重ねあってこそっておっしゃったけどねー。」
二人がバチリと視線を交わすのを無視し、レイナースは扉を開けて待ってくれているネイアの父へ頭を下げた。
「じゃあ、一晩お邪魔させていただきます。」
「ふふ、一晩と言わず何日でも良いんだよ。」
「助かります。ほら!!あんた達もバラハさんを待たせないで!!」
「私が隊長だっつーの!」
姦しい様子にパベルは頬を緩めた。