眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#53 王の輿

 アインズ達は聖王国の担当者であるデミウルゴスを残しナザリックに戻った。

 

 アインズはフラミーと共に自室に入ると怒りを精算するように熱を吐き出した。

「俺の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が虐殺なんかするわけがないってのに。」

 アインズが神器級(ゴッズ)アイテムのローブの前の留め具を外すとフラミーは後ろからローブを引いて脱がせた。

 当然全裸の骨ではない。きちんといつ人になってもいいようにズボンを履いている。

「あ、ありがとうございます。はは。」

 フラミーに照れ笑いをするアインズから怒りは消えていた。

「いいえ。それにしても死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を冒険者が怖がるって言うのもおかしな話ですねぇ。」

 フラミーはローブを軽く畳むと受け取りに来たメイドに渡した。飾りが多いローブはメイドには重いのか一瞬よろけ、グッと足に力を込めてドレスルームに片付けに行った。

 

 骨の上半身を晒して細い腕を組み、コツコツと尖った指で腕の骨を叩きながらアインズは頷いた。

「全くですよ。一体向こうでなにがあったって言うんだか。」

「何にしても冒険者が一人残らず全滅してなくて良かったですよね。」

「それはそうですね。うちからの依頼で護衛もつけたってのに全滅だったら冒険者組合に面目が立たないところでした。」

 強さの制限を付けるか聞かれ、必要ないと言ったアインズは若干の責任感を感じていた。冒険者達の安全を守るために階級制度があると言うのに。

 

 何人生き残っているかは分からないが、アインズは少しの安堵をのせてこめかみに触れる。

「――アルベドか。帰った。至急私の部屋に来い。」

 それだけ告げると手を下ろした。

 アインズは着替えの身軽なローブとアルベドの到着を待つ間に、フラミーの上着を脱がせて膝に乗せると、翼にブラシを通した。

 フラミーの毛繕い――いや、翼繕いはするだけで癒される。アインズは夫婦って良いなぁと動かない顔を緩めた。

 ノックが響くとドレスルームで片付けを行っているメイドに代わり、入れと外に向けて告げる。

「失礼いたしま――えっ!!」ドアを開けたアルベドは目を見開き、頬を真っ赤に染め上げると続けた。

「あぁ!アインズ様!フラミー様!!ついに私はここで初めてを迎えるのですね!」

「………は?」「………ん?」

 アインズは割とシリアスな気分だったのでアルベドとの温度差に思わずフラミーと揃って素っ頓狂な声をあげた。

 

 天井の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達がざわりと身動ぐ。

「服はどういたしましょう!自分で脱いだ方が宜しいでしょうか!それともアインズ様かフラミー様が?着たままですと…くふっ、汚れて、っくふふふふ!いえ、御方々がそれが良いと仰るなら私に異存はございませんが!」

 

 いっぺんに二人!と疼くように身悶えているアルベドを華麗にスルーしつつ、アインズはアインズ当番が持ってきたローブに両腕を通した。

「アルベドよ、よせ。時間が惜しい。儀仗兵の編成の相談だ。お前にも出てもらうぞ。」

 

 アルベドは極めて冷静なアインズの様子に何か言いたげに数度口をぱくぱくと動かしてから、邪念を振り払う為にすごいスピードで首を左右に振った。

 仕事だと言われれば仕事モードに入れる為、何だかんだと優秀だ。

「――っかしこまりました!それで、行き先は隣の大陸という事でよろしいでしょうか?」

 統括としての顔になったが、その目はアインズの胸の閉じられていくローブの合わせ部分に釘付けだった。

 アインズがすっかりローブを上まで締めると「あぁ…」と心底残念そうな声を響かせた。

 当のアインズは骨の時はほとんど胸ががっつりと開いているため、大して変わらないだろうにと思っている。

「そうだ。相手はこちらを悪逆国家だと思っているようだから、連れて行く者はなるべく神聖に見える者にしたい。出発は明日だ。」

「承りました。神聖に見える者と言う事でしたら、お手を煩わせてしまいますが、フラミー様が天使を召喚されるのが最もよろしいかもしれません。」

「はーい。任せてください。」

「ふむ。超位魔法で私も呼びたい所だがその後戦闘をする可能性を思うとクールタイムが惜しいな。フラミーさん、一人で呼べますか?」

「呼べますよぉ。たっぷり出しましょう!魔力がなくなっちゃうくらい!」

「ははは。心強いです。アルベド、他にも良いと思う事があれば聞かせろ。」

 アルベドは恭しく頭を下げると提案を始めた。

 

+

 

 人間を使役するアンデッドの来航以来、アリオディーラ煌王国には上位森妖精(ハイエルフ)がよく出入りしていた。

 森妖精(エルフ)の仇討ちに百人もの上位森妖精(ハイエルフ)が出航した。

 そして、入れ違うように更なるアンデッドが上陸し激しい戦闘を行った。

 上位森妖精(ハイエルフ)達は更なる敵の来襲に備え、防波堤となる煌王国への支援を惜しまなかった。

 二ヶ国の関係性はこれまでにない程良かった。

 上位森妖精(ハイエルフ)のエルサリオン上王国からは見たこともないマジックアイテムが大量に輸入され、対アンデッドの聖なる武器も溢れている。

 煌王国は今建国以来最も力を蓄えているかもしれない。

 

 マリアネが城内を行く足取りは軽い。

 胸上で切り揃えられたふわりと柔らかな髪は香るようだった。

 すれ違う者達は大きな国益をもたらした姫を尊敬の瞳で見つめた。

 マリアネは自分が王座を継ぐ時には更に強く、大きな国にしたいと思っている野心家だ。

 人類に仇なす火種は全て潰し、平和な治世を、人間種の拡大を。

 いつかは上位森妖精(ハイエルフ)すら叩き潰し奴隷にされている人間を解放するのだ。

 父も祖父も曽祖父も素晴らしい王だった。

 それぞれの時代に苦労はあっただろうが、ここまで国を大きく強くしてきたのだ。

 いつか王となるマリアネには人類を導く義務と責任があった。

 何を利用してでも国を大きく強くするのだ。

 自分を高める事にも余念がない。

 

 そんな彼女の後ろには、煌王国で待つように言われた――ただ一人の生き残りの森妖精(エルフ)が付き従っていた。

「ソロン。お父様にもっと感謝した方がいいわよ。あなたがここで何不自由なく暮らせるのも、全てはお父様のおかげなんだから。」

「は。マリアネ様にも煌王陛下にも深く感謝申し上げます。」

「ふふ、素直な子は好きよ。」

 ソロンは心の中の景色を思い出すように目を閉じた。

 春先の森妖精(エルフ)大虐殺からおおよそ半年。

 彼が考える事は失った家族、友の事ばかりだ。

 ウデ村の様子をよく見に来てくれていた上位森妖精(ハイエルフ)のシャグラ・べへリスカは仇討ちは任せろと出航して行った。

(第五位階すら扱えるシャグラ様なら…きっと…。)

 

 そう期待するソロンがマリアネと共に来たのは城の中庭だ。

 時間があると弓の訓練や魔法の訓練に付き合っている。

 ソロンはマリアネを美しく思いやりのある女性だと思う。

 身内を全て失ったソロンの心を癒すたった一人の人だった。

 ここに置いて貰える恩を返そうとソロンは様々な事をこの真面目で実直な姫に教えた。

 この時間は全てを忘れていられる。

「こう?」

 弓をつがえる若き姫の矢の先を少し上げさせる。

「こうです。慣れるまでは下から押されているイメージを持った方が先が下がりにくいかと。――あぁ、顎は上げずに引いて下さい。」

 つい矢尻の先を覗くようにしてしまうマリアネの顎を軽く持ち、引かせる。

「いい?」

「はい。お願いします。」

 ソロンが離れ、マリアネが矢を放つとふわりと香水の匂いが広がった。

(シャグラ様がお戻りになったら共に最古の森に行こうと思っていたが…もう少しここにいても良いかも知れない…。)

 最初はこんな所、一秒たりとも居たくはないと飛び出したものだ。

 なんと言ってもこの城の地下牢には死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に使役されていた人間の奴隷達が収監されているのだから。

 奴隷だったとは言え、森妖精(エルフ)の虐殺に加担した彼らは投獄されている。

 同じ空気を吸うのも嫌だった。 

 

 しかし、上位森妖精(ハイエルフ)達への説明もあると王城に連れ戻されたソロンは不承不承ここに留まり日々を送っていたが――今ではすっかりここに根を下ろし始めていた。

 マリアネの末妹のフィリナにも魔法を教えるタイミングがあったが、彼女もマリアネと同じくソロンを森妖精(エルフ)だと差別したりはしなかった。

 余談だが、五姉妹のうち三人はもう王城を離れ、それぞれ許婚の貴族の領地の下で暮らしている為会ったことはない。マリアネは王座を継ぐので王城に、フィリナは決まった相手をまだ持たないため王城にいる。

 二人にはよくしてもらっているし、何よりこの間あった死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の再来襲時には煌王国軍と上位森妖精(ハイエルフ)の混合討伐軍に参加させて貰えた。少しでも仇討ちできたような気がした。

 ソロンは煌王国に助けを求めに来て良かったと、自分だけが生き残ってしまったことを後ろめたく思いながらも感謝していた。

 

 ソロンがマリアネの弓を放つフォーム確認をしていると、不意に城の外が騒がしくなった。

 

「うるさいわね。また死者の大魔法使い(エルダーリッチ)でも出たのかしら?」

 マリアネが訓練用の弓を放り捨てて城の正面玄関へ向かうと、ソロンは投げ捨てられた弓を取り、慌ててその後を追った。

 すると、マリアネは城門で目を見開き硬直していた。

「あ…え……?」

 言葉にならない言葉を漏らし、城門を守る兵達も声を上げられずに口をぽかんと開いている。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の出没を伝える伝令隊への反応ではない事を確信すると、ソロンは好奇心を刺激された。

 どんどん集まっていく衛兵に紛れ、首を長く伸ばす。

 

 深まる秋に染まる街は、煙突からもくもくと暖炉の煙を吐き出し、冬の準備に忙しそうだ。

 街の人々は面白い見せ物だと城へ続く表通りに押し寄せた。

 

 通りを行くのは輿を運ぶ大量の天使。

 一団の先頭を進む天使は光そのもののように真っ白なドレスを身に纏う、濡れたような黒い髪、黒い翼の絶世の美女。頭部からは不思議な角が生えていた。

 その後には見た事も聞いた事もない天使達が三グループ、列をなしている。

 一グループ目は獅子の顔に四枚二対の翼を持つ者達。これが一番多く、輿を担いでいるのもこの者達だ。

 次に同じく二対の翼を持つ獅子の顔ではない者、そして三対の翼を持つ者たちだ。

 

 圧巻だった。

 

 その者達が歩いた後は空気がまるで浄化されたようにすら感じる。

 街の者達はこんなパレードがあると早くから知っていれば場所取りをしたのにと言った。

 表通りに家を持つ者達はその長い――まるで神話の一ページの様な光景を二階や三階から見下ろした。

 

 一団は城へ向かって一直線に進んでいく。

 

 ソロンの手はわなわなと震えた。

 

「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国!!」

 

 天使達の掲げる三つの模様の旗は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達の掲げていた物と全く同じだった。金属の糸で編まれていたそれはほどき丁寧に洗われ、王とマリアネのチェインメイルに仕立て直されている。

 

 城の表玄関口は大騒ぎになった。

「マリアネ様!!」

 ソロンは急ぎマリアネに手を伸ばし、城の安全な場所へ行こうとするが、周りにいる兵達にすぐに払われた。

森妖精(エルフ)の分際で姫様に触れようとするな!お前は下がっていろ!!」

 後ろに突き飛ばされると、マリアネはちらりとソロンを見たが再び視線を城門の外へ戻した。

 

 城門の向こうからは黒い翼を腰に生やす天使が一人近付いてきた。

 先触れだろう。

 兵達は皆その美貌に気圧され、わずかに鼻の下を伸ばした。

 

「ここがアリオディーラ煌王国の王城ですわね。」

 

 透き通るような声音だった。

 王族ですら手に入れることは不可能ではないかと思えるほど見事な白いドレスにはくすみも汚れも存在しない。

 

 マリアネは気に食わない、そう思った。




ちゃっかり旗ほどかれてる!
御身グルーミングをついに書けた!

次回#54 異国の王と王

11/12のフラミー様いただきました!!©︎ユズリハ様です!

【挿絵表示】

メイドの皆さんのガチ感がww

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