眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#54 異国の王と王

「ここがアリオディーラ煌王国の王城ですわね?」

 

 マリアネは問い掛けてくる女を爪先から頭の先までじっくりと見た。

 顔は相当に美しく兵達の反応も仕方のない事だろう――が、実に不愉快だ。

 この頭の角や黒い羽はマジックアイテムなのか、天使なのか――はたまた、マリアネの知らない異形なのか、分からないことだらけだ。

 

「そうですわ。ここは栄えあるアリオディーラ煌王国の王が住う王城。貴女方、人の国に勝手に入ってきてどのようなご用件?ああ。もしや、あの虐殺アンデッドのお国のお方?」

「虐殺アンデッド――と、言うのは何かの間違いでございますので、こうして参りました。」

「そう。言い訳に来たわけね。事実殺された森妖精(エルフ)達がいて、アンデッドを討った者達がいるというのに間違いなどあり得るというの?まぁ良いわ。私はアリオディーラ煌王国が第一王女、マリアネ・グランチェス・ル・マン・アリオディーラ。名乗ることを許可しましょう。」

「私は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国より参りましたアルベドと申します。階層守護者、及び領域守護者全統括という地位をいただいております。わかりやすく言えば、宰相となります。」

 アルベド、名はそれだけなのだろうか。

 まるで捨て子のような名前だとマリアネは思った。

 それに、守護者統括というのが分からない。というより階層というのもまるきり意味不明だ。

(…王の近衛の隊長を宰相が兼任していると言うことかしら…?まぁ…少なくとも宰相格の者が来るだけ弁えてはいるようね。)

「良いわ。言い訳の機会をあげる。お父様の――いえ、陛下の下へ案内しましょう。」

「それはそれは。では私は一度隊を呼びに戻りますわ。」

 アルベドの笑顔はまるで崩れない。

 しかし、マリアネの中には一気に不快感が膨れ上がった。

 第一王女直々に王の下へ案内すると言っているのに感謝の意ひとつ示す様子がないのだ。

 これは暗にこちらの方が下の存在だと言われている。

 マリアネはそんな事を許す女ではない。

 

「待ちなさい。向こうの輿に乗っているのが誰か知らないけれど、この城門を潜る時は輿から降りるように言いなさい。」

 踵を返そうとしていたアルベドはぴたりと止まった。

「――今、なんと?」

「輿は城門を潜る事を禁じると言ったのよ。」

「あの輿に乗っているのは我が国の王陛下と王妃陛下――。それも、世界の理そのものの神。いと高き場所におわす御方々よ。」

 マリアネは突然何を言われたのか分からず数度ぱちくりと瞬きをした。

「――は?」

 疑問が口からこぼれ落ちる。

 

 

「お前は神々に歩けと言うの?」

 

 

 突如マリアネの全身に無数の針が突き立った。膝をつき、痛みに悶え、命が失われる――そう思った。

「っひぃ!?」

 しかし、マリアネは生きていたし、針も痛みも存在しなかった。

 何が起こったかも分からぬままその場で大量の冷や汗を流しながら顔を青くしていると、アルベドは続けた。

「まぁ、大丈夫ですか?体調が優れないようね。貴女に案内は難しそうですけれど、入城の許可は頂きましたし、御方々を呼んで参りますわね。」

 マリアネは瞬きひとつできぬままアルベドの背を見送った。

 

 すると、城門を超え、輿が入ってくる。

 マリアネははたと我に帰り、勢いよく前方へ指を指した。

「ここを超えて輿を入れさせないで!!」

 思わず道を開けようとしていた兵達はマリアネの指示に足を止め、その場で待機した。

 静々と進んできた輿は道を塞ぐマリアネの前で止まった。

 目の前には再び忌々しいアルベド。そして大量の天使。

 輿に掛けてある、布の中の人影がふと動いたような気がした。

 

「降ります。」

 

 まるで蓮の花が咲く時に鳴らす音のような軽やかな声が響く。

 天使達はその声に従い降りやすいように輿を下げた。

 カーテンのように中を見えなくしている布を払う手は――紫色。

 人間種の形だが、森妖精(エルフ)や人間ではないだろう。

 この血色の悪さ、もしやアンデッドかとマリアネが数歩後ずさると、カーテンを半分開け、紫の存在は全身を見せた。

 

 同じようにアンデッドかと警戒し剣に手を伸ばしかけていた兵は止まった。

 いや、世界の時が止まったようだった。

 幾枚も輝く翼は彼方に輝く月よりも美しく、存在そのものが光を放つようにすら見える。

 その頭の上には金色に輝く輪が浮かんでいた。

 誰もが即座に直感した。

 ――これは、邪悪な存在ではないと。

 

 こんな存在の下に本当にアンデッドがいたのだろうかという疑問が皆の頭の中を駆け巡る中、ふと、その隣にもう一人乗っていた事に気がつく。

 紫色の天使の登場は、アルベドが輿には王と王妃が乗っていると言っていた事も忘れるほどの衝撃だった。

 

「どれどれ…。」

 続いた声はどのくらいの年齢の者なのか想像が付きにくいものだった。が、老人ではないだろう。

 半分開けられていた輿の幕は魔法の力が用いられたのか自動で一気に開いた。

 マリアネは呆気に取られたように間抜けな顔をした。

「か、かっこいい……。」

 続いて姿を見せたのは美男だった。

 男が見ても目が吸い付く程の美しさ。中には男でも関係を持ちたいと思う者もいるだろう。

 しかし、体からは異様な渦巻く黒い靄が放たれ、背には黒き後光が差していたし、目の上下には不思議な黒い線が亀裂のように走っていた。

(あれは描いているのかしら…。民族的な文化の化粧…?)

 森妖精(エルフ)達も精霊の加護だとか言って額に模様を入れているため、そう珍しいことでもない。

 

「出迎えご苦労。」

 

 マリアネは今日の格好を深く後悔した。

 さっきまで弓の練習をしていたこともあり、マリアネは短パンに巻きスカートを合わせた――どこか野生児じみてすらいる――動きやすさを重視した格好だ。

 目の前の王はマリアネのことをどこか値踏みでもするように確認した。

 もしや今自分は汗臭くないだろうかと心配になる。

 王と王妃というくらいなのだから、父や祖父のような王が出てくるのかと思ったというのに、目の前の王は実に若い。

 そして美麗だ。

 早くに前王が他界したのだろうか。

 相手はアンデッドを抱える国ではあるが、憧れずにはいられないような王だ。

「王陛下。私の名はマリアネ・グランチェス・ル・マン・アリオディーラ。アリオディーラ煌王国が第一王女でございます。」

 少しでも品良く見えるように、腰に巻いてあるスカートを摘み、片足を引いて膝を軽く曲げ礼をする。カーテシーだ。

「そうか、私は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が王、アインズ・ウール・ゴウンである。」

 マリアネは名前と国名が同じだという事に一瞬だけ驚いたが、恐らく戴冠と共に前王より襲名するのだろう。

「――そしてこちらは私の妃のフラミーさんだ。今日は私の国の民を迎えに来た。冒険者に会わせてもらおう。」

 人間を頂点に戴いている様子の国に天使の妃。マリアネは澄ましている天使の様子をちらりとだけ見た。

 見事と言うほかない衣装に杖。王もそうだが、相当に裕福な国のようだ。

 人間が頂点の国家なら合併しても良いと思うし、魅力的な物件だ。

 

「そう急がれないで下さい。まずは父王の下へご案内いたしますわ。その後、奴隷達の下へ――」皆で参りましょうと言おうと思ったが、怒りの視線がそれを遮った。

「訂正してもらおう。私が送り出したのは冒険者だ。」

 マリアネはグラルズ大将が最初の戦闘から帰ってきた半年前の春の日の朝を思い出した。

 

 アンデッドと森妖精(エルフ)の討伐から帰ってきたグラルズは火の消えたような顔をしていた。

 そして縛られ口枷をはめられたボロボロの奴隷達は猛獣のような目をし、抑えきれない怒りを孕んでいた。

 その後ろには死んだ煌王国軍の者、同じく死んだ奴隷達が運ばれていた。戦いで死んだ者は放置すればアンデッドになりやすいので、きちんと埋葬された。

 

 今にも噛み付きそうだった奴隷達は真っ直ぐ城の地下牢へ送られた。

 アンデッドから離されて喜ぶかと思いきや、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を返せ、国へ連絡させろと奴隷は叫び続けたらしい。

 すぐに神官達が呼び出され、罵詈雑言の中、あらゆる治療が行われた。

 しかし、結果は思わしくなかった。

 どうしても奴隷達に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)への謎の仲間意識を失わせることは出来なかった。

 そして「死者の大魔法使い(エルダーリッチ)さんは人を殺さない」と言い続けたのだ。

 アンデッドに操られた可哀想な人間をその呪縛から解こうと必死だったが、皆が途中で気が付いたのだ。

 だから――。

 

 マリアネはあれは奴隷ではなかったと理解している。

 しかし、上位森妖精(ハイエルフ)にも、一部の軍部と神官を除いた全ての者に奴隷だと聞かせている以上今ここでは訂正はできない。

 出撃した部隊達も奴隷達が魔法的手段で奴隷が操られていたと思っているのだから。

 

 さてどうしたものかと考えていると「訂正などせんで良い」と、頭の上から声が掛かった。

 振り返るように城を見上げる。

「お父――陛下!」

 二階の大きなバルコニーに姿を見せた父はグラルズ大将と近衛兵達に周りを囲まれ、異国の王へ鬼のような目を向けていた。

「ほう、煌王国の王か。」

「そうだ。若造、随分と盛大な真似をしてくれたようだな。」

「若造、か。懐かしい呼び名だな。まぁ良い。今は許してやろう。」

「…早くに王座を継ぐと他所の王への口の利き方も習えぬとは哀れな話よ。」

「長く王座についている様子の者も他所の王への口の利き方がなっていないように見えるがな。」

 王達は視線を交わしたまま黙った。

 兵の唾を飲む音が聞こえる。

 先に静寂を破ったのは父だった。

「――ふ…ふふふ、はははは!面白い!私を前に引かぬとは若造とは言え王か!良いだろう、地下牢のお前の民とやらに会わせてやろう!」

 豪快に笑うと父はバルコニーから姿を消した。

「変わり者だな。しかし話は早いようだ。」

「もう。お父様ったら。――では、地下牢へ案内しますわ。」

 マリアネが歩き出すと異国の王は妃を抱き上げその後ろに続いた。

 靴も履いていると言うのに足の裏を汚させるのが嫌だとでもいうようだ。

 マリアネは政略結婚をするだろうし、そうなる事に不満もないが、できることならこんな風に扱われたい。

 マリアネが妃を見る目は嫉妬と羨望に吊り上がっている。

 兵達が続々と道を開けていく中、一人退かぬ者がいた。

 

 マリアネはその道を塞ぐ森妖精(エルフ)を冷めた目で見た。

 

「待て!!アインズ・ウール・ゴウン!!」

「お前は見覚えがあるな。最後の生き残りの森妖精(エルフ)か。」

 マリアネは何故この王が森妖精(エルフ)達が死んでいる事を知っているのだろうかと思ったが、ソロンは勝手に合点のいった顔をし、髪を逆立てた。

「貴様の指示か。貴様が森妖精(エルフ)を根絶やしにしろと言ったのか!!」

「違うと言っているだろう。」

「ここで殺してやる!!マリアネ様、お退きください!!」

 ソロンが訓練用の弓を構えるとマリアネはいくら顔が良いとはいえ、この王の盾になるつもりはないので数歩避けた。

 

『弓を下ろしなさい。』

 

 命じたのはこれまで人形のようにしていた王妃だった。

 非常に耳障りの良い声に、弓を構えていないはずのマリアネもそうしたくなってしまう。

 が、ソロンはそんな言葉に従いはしないだろう、と思ったのも束の間。

「――な!?」

 すぐ様弓を下ろしたソロンは何かに驚愕し目をむいていた。

 しかし王はソロンに少しも興味はなさそうだった。

「あーやっぱり呪言良いですね。」

「ふふ、私の力は全部あなたの力ですよ!」

「嬉しいな。俺の力も全部あなたの物ですよ。」

 王と妃が仲睦まじげに笑うと、マリアネはフンと顔を逸らした。




次回#55 地下牢

わかぞう!!30代だからまぁいっかなんて思っちゃう御身
久しぶりに人前でいちゃついた気がする

ちなみに最新の本土の勢力図頂きましたぁ!
#51 閑話 聖王国女子にも貼り貼りしましたが今夜もはっちゃう!
©︎ユズリハ様

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11/13はいい父さんの日といい膝の日だったそうです!
©︎usir様 良い父さんの日

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ンンンナインズ様、ナザリックにおいて男児はry

©︎ユズリハ様 良い膝の日

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ごろにゃんずあくたー!

それから公太郎な御身とふららという究極可愛い生き物いただきました!
©︎ユズリハ様<※トレスだそうです!(かわeね
フラミーでちゅわ~~!
私こそアインズウールゴウンその人なのだ!

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