「隣の大陸が死の大陸だとしても精鋭を送ったんだ、吉報を持ち帰るさ。」
中性的な軽い声音で言う
どの窓からも生い茂った草が見える。城は巨木と同化するように建てられているため、母なる木の枝や葉がこうして景色に干渉するのだ。
街は水と緑にあふれ、二メートル近くある緑色のキノコのような巨大な植物が川や滝に橋を渡している。
建物も木々もあちらこちらが苔むしていて、相当に長い年月を感じさせた。
王の愛する国だ。
王は二十代のように若く見えるが、人間の治める煌王国が興った時から王は変わっていない。
女のようにすら見える美しい王は、腰まで長く伸ばした白い髪を翻すように側近に振り返った。
「さぁ、そう暗い顔をしないで英雄達の帰還を楽しみに待とうじゃないか。」
「しかし陛下…本当にアンデッドが支配する国などこの世にあるのでしょうか…。」
少なくとも三百年は生きている最古の森を統べる王に知らないことなどない――はずだった。
「長き時を生きて来たけど、正直見たことも聞いたこともないね。しかし、事実あるんだろう。ベヘリスカが煌王国で奴隷から話を聞いているんだから。共通の敵に種族を超えて立ち向かわなければいけない時が来たんだろうね。」
「…海くらい人間達だけで守れれば良いのですが…。」
「難しいだろうね。暫くは防波堤を助けてやらなきゃならないよ。」
王はまさか猿のような人間と共同戦線を敷く日が来るとはね、と軽く笑った。
アインズとフラミー、アルベドは第一王女マリアネの案内に従い地下牢へ向かう。
「王陛下、あまり父を怒らせない方が良いですわ。父は怖いのよ?」
マリアネが妙に近い距離で話すが、アインズは正面を見る事で目線を逸らした。
「忠告感謝する。しかし私はそんな事を恐れる男ではない。」
マリアネは驚きの後、顔を赤くした。
アインズが怒らせたかなと思っている間に目的地に辿り着いた。
薄暗いその場所に時間を知らせるのは、今下りてきた上階へ続く階段の小窓から差し込む日光だけだ。
そこには牢番と神官、
神官はフラミーを見ると息を飲んだ。
「改めて名乗ろう。アリオディーラ煌王国。デヴォルフ・グランチェス・ディオ・マナ・アリオディーラだ。――これは我が煌王国軍の大将、ウェルド・グラルズ。」
煌王は相当鍛えているのか筋骨隆々で獣じみている。
アインズがこれまで会ってきた王達とはまるきり違うタイプだ。狩猟と筋トレが趣味ですとでも言いそうだった。脳筋――と言う言葉をよくギルメン達は使っていた――じゃないと良いな、とアインズは思う。
大将はどこか気まずそうに頭を下げた。
「煌王国軍を任されている大将のグラルズと申します。」
ガゼフとは違い貴族のような雰囲気がある。しかし、やはりこの者も筋肉の塊のような男だ。
「私は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国、アインズ・ウール・ゴウンだ。――この人は我が妃である、フラミーさん。そして我が神聖魔導国が宰相、アルベド。」
フラミーはいつもと変わらずペコリと頭を下げた。
「煌王様、どうも。フラミーです。」
「アルベドでございます。」
一通り挨拶を交わした面々は互いの腹を探り合うようだった。
誰が話し始めるかと牽制が続く中、アインズは言葉を投じた。
「さて、それでは我が国の冒険者を返して貰おう。」
「それが他国の王へものを頼む態度か?なぁ、ゴウン。ここに入れている者達は
アインズはこの王も
もしや
その後戦闘が白熱してしまい、
しかし、
やはり何かがおかしい。誰かが嘘を言っているのは間違いがないのだ。
「煌王よ、言っておくが我が
困ったときのための法律だ。
アインズはアルベドとデミウルゴスが整備した法律を信じているため、法律を振りかざしておけば知恵者達を前面に立たせることと同義だと思っている。
「そうかそうか。うぬの国にどれほど優秀な
煌王がそう言うとギチィリと奇妙な音が鳴った。
音の発生源へ視線を送れば、体の前で両手を軽く組んでいる涼しい笑顔のアルベド。
(……デミウルゴスにするべきだったかな…。)
恐らくあの手に握られればアインズとてノーダメージとはいかないだろう。いや、下手をすれば砕かれる。
「…全ては冒険者達に会ってからだ。伝聞で何かを約束する事はできない。私は自分の目で見たものしか信じない。」
アインズの静かな返答。王同士、互いを睨み合うように距離を詰め、黙った。
「ふん、まぁ良い。会わせてやろう。ついてくるが良い。」
くるりと背を向けると煌王は牢の奥へ進み出し、アインズ達は続いた。
奥へ進めば人間達の呼吸する音と、あまり風呂に入らせて貰えていないのか若干不潔な臭いが漂ってきた。
アインズはハンカチを取り出すと、ローブの袂で鼻を抑えるフラミーに渡した。
「使ってください。」
「あ、ありがとうございます。すみません。」
受け取ったフラミーがハンカチで鼻を押さえ直していると、冒険者達のいる牢に着いた。
冒険者達は牢の中で小さく蹲っていた。
「おい、お前達。私だ。アインズ・ウール・ゴウンだ。」
アインズは自分の中で威厳を失わない程度に優しさを感じるだろうと思っている声で話しかけた。
顔を上げた冒険者はアインズを瞳に写すと、すぐにまた顔を伏せた。
航海に出る時に全員と一通り握手をしたし、写真も出回っている為アインズが誰だか分からないなどと言う事はあり得ない。
もし闇の神の信奉者ではなくてもフラミーにまで無反応というのもおかしい。
隣の牢や後ろの牢に入れられている他の冒険者達も誰もアインズ達に反応を示さなかった。
そんな冒険者達の様子にアルベドは業を煮やした。
「あなた達!言い訳の言葉ひとつなく、名乗られたアインズ様とフラミー様を前にしてその無礼な――」
「アルベド!静まれ!」
アインズの静止にアルベドはすぐに口を閉じた。
「失礼いたしました。」
アインズは良い、と一言返すと隣の牢にエ・ランテル冒険者組合長のアインザックと仲の良いチーム、"虹"を見つけた。
相当痩せているが、これはモックナックのはずだ。
「モックナックよ、私だ。こちらへ来て何があったのかを言え。」
モックナックはよたよたと立ち上がりアインズの前に進んだ。
頭ひとつ下げる様子はないが、一度叱られたためアルベドは静かにしていた。
「ああ…神王陛下…。
モモンとしてアインザックの所へ遊びに行く時に数度会ったことがあるモックナックとはまるで違う様子に、アインズの中には確信に近いものが生まれる。
フラミーもプラムとして一度モックナックと組合の掲示板の前で会っているので、同じ事を考えている様子だった。
「モックナックさん、何があったのかもう一度教えてください。」
「光神陛下…。
まるでRPGに出てくる村人NPCだ。
アインズとフラミーは頷き合った。
取る手段は決めている。
フラミーが牢の中の人数を数え始めると、煌王は勝ち誇った顔をした。
「全く嘆かわしい話だな。さて、賠償の話をしよう。ここではなんだ、上へ戻ろうじゃないか。」
煌王が歩き出すと、マリアネは嬉しそうにアインズの腕を取った。
「さぁ行きましょう!ゴウン王陛下は神王陛下と呼ばれているんですのね!ねぇ、お父様に謝ってお許しを得たら、煌王国を欲しいと思いません?もし私を妃として迎えてくださると言うのなら、煌王国も支配できますわよ。」
アインズは腕にすがるマリアネの大きな茶色の虹彩に縁取られた瞳を見た。
「私に触れるんじゃない。少し煩わしいぞ。」
静かな口調でそう言うとマリアネを払った。
普段のアインズであればそう滅多に取らない態度だが――冒険者達の精神支配による結果をまざまざと見せられたのだ。
フラミーを軽んじている雰囲気も感じるし、これでも生ぬるいくらいだが、精神支配の事をこの国の者達が知らないとするならばちょうどいい温度感だろう。
「な、お父様!何とか仰って!!」
「ゴウン、マリアネに当たるのはよせ。お前も人類の未来を憂うのであれば人間種同士で手を取り合い、共に人類の繁栄を目指そうではないか。」
「煌王。私は一種族に肩入れをしたりはしない。我が国は全ての種が手を取り合う場所だ。それに、妃はフラミーさんしか持たん。」
「やれやれ、何もかもが青いな。青臭くてかなわん。」
煌王が呆れるようにため息を吐いていると、フラミーは冒険者を数え終わった。
アインズは「さっさと行くぞ」と階段へ向かい始めた煌王を無視し、フラミーに近寄った。
「どうでした?」
「この人数なら一人一人解除するよりいっぺんにやっちゃったほうが良さそうです。アレ使って良いですか?」
フラミーの言葉を聞くと歩き出していた煌王はぴたりと足を止めた。
「お願いします。多分今日はもう使う機会はないでしょうし。」
フラミーは頷くと一日に一度だけ使えるスキルを唱えた。
そう大したことはできないが、この程度ならば――
「――<魂と引き換えの奇跡>。」
猛烈に翼が輝く。
アインズすら眩しさを感じる程の光景に、腰を抜かしたのは神官だった。
「お、お許しを!神よ!!我々はそのようなつもりでは――」
神官がフラミーへ土下座でもするように頭を下げるとグラルズ大将が引き起こし、同時に牢がガンガンと音を鳴らす。
「神王陛下!!」「光神陛下!!」
目を覚ました冒険者達は牢を叩いた。