眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

246 / 307
#56 ペテン師の言い分

「光神陛下!!」

 煌王は「解かれたか」と思った。

 フラミーは牢から手を伸ばす奴隷の手を取ると数度撫でた。

「大丈夫です。大丈夫ですから、落ち着いて。解ってますから。」

「陛下、陛下ぁ!!申し訳ありません!申し訳ありません!」

 ぐずぐずと痩せた男達が泣く様は異様だった。

 精神支配の魔法は掛けられている間の記憶が残る為、彼らは自分達のやったことを理解している。

 自らの王達に偽りを述べた事を。

 煌王は同じ人間を殺す趣味はないが、これは生かしておいたのは失敗だったなとわずかに後悔した。

 とは言え、やはり振り返って考えると上位森妖精(ハイエルフ)に証言させ直ぐに殺すのはおかしいし、人間の強者をそう簡単に殺すのももったいなかった。

 グラルズほどではなさそうだが、それに順ずる強さを持つ者達なので、いつかは軍部で働かせたかったのもある。

 

「すぐに出してあげますからね。ちょっと待ってくださいね。」

 フラミーが奴隷達から顔を上げると、煌王は厳しい視線を送った。

 こう言うことは先に言ったほうが信憑性を持つのだ。

 

「…ゴウンの妃よ。そなた、奴隷に魔法をかけて自国に都合の良い証言をさせようとでも言うのかな?初めて聞く魔法だったが、そういう真似は許されんぞ。」

「煌王様、違うんです。精神支配を受けていたのを解きました。これから再び査問します。ここを開けてあげてください。」

「アンデッドからの支配はすでに我が国で解いていた。それを我が国に言い掛かりをつけようと言うのか?」

 二人のやりとりを見ていた奴隷達は顔をぐしりと拭くと、冒険者らしい顔付きに戻り、敵対するように煌王を睨み付けた。

「陛下方!自分達は上位森妖精(ハイエルフ)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の皆さんが森妖精(エルフ)を殺したと虚偽の証言をさせられました!」「死者の大魔法使い(エルダーリッチ)さん達に支配なんてされた事はないというに奴隷にさせられてたなんて言わされて…っくそ!」「そこのお前!話し合いを求めた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)さんをよくも殺したな!!」

 奴隷達が一斉に抗議を始めると、アインズは牢を見渡した。

「誰か私に記憶を見せてくれ。お前達を疑うわけではないが、何が起きたのか聞くよりも見た方が早い。見る場所は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)との連絡が取れなくなった前後のみと誓おう。」

 こいつは何を言っているんだ、煌王はそう思った。

 すると奴隷が一歩前へ進んだ。

「神王陛下に対して、深く敬意を表します。また、光神陛下に対しても同じく敬意を。先程のご無礼をお許しください。」そう言うと左足を前に、右足を一歩引いて深く頭を下げた。

「モックナック、お前を責めるつもりは毛頭ない。さぁ、楽にしろ。」

 煌王はまさか本当に記憶を見るなどと言う神の如き真似ができるのかとその様子を注視し、小さく呟いた。

「――グラルズ、あの日お前は綺麗にやっただろうな。」

「――当然でございます。」

 ならば問題ない。それにこれはおそらくブラフだろう。

 アインズは程なくして奴隷から離れた。

 

「弱者の生殺与奪は強者の特権。だが、しかし――非常に不快だ。」

 

 煌王とグラルズは鋭い視線を向けられると、喉から小さく「はぐっ」という音を出した。が、すぐに己を取り戻した。

 こちらの優勢は未だ変わらないのだから。

「聞こう、グラルズ大将――だったか。何故貴様は最初から死者の大魔法使い(エルダーリッチ)森妖精(エルフ)を殺したと断言していた。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は皆やっていないと答えたではないか。」

 煌王は本当に記憶を見たのかと一瞬思わされるが、罪を犯した者も、犯していない者も、必ずどちらも「やっていない」と言うに決まっているのだから、見ていなくてもこのセリフは言えるはずだ。

 ここで飲まれては相手の思う壺だろう。

 煌王の隣に立つグラルズは大きく息を吸うとふっと短く吐き出した。剣を振るう直前のような呼吸だ。

「ゴウン王陛下――いや、神王陛下。我々は森妖精(エルフ)の求めに応じて生者の敵を討ちに出たのです。その時に森妖精(エルフ)が皆死んでいれば死者の大魔法使い(エルダーリッチ)がやったと思うのが自然でしょう。」

 

「そうか。グラルズ大将の言い分には納得しよう。では何故わざわざうちの冒険者達に森妖精(エルフ)を殺したと偽りを言わせる。この者達がやっていないと言うのなら真なる犯人を探すべきではないのか、煌王よ。」

 この若造はいつから王座に着いているのだろうかと煌王は思う。

 その声音、落ち着いた態度、溢れる自信、何もかもが威厳に満ち溢れているのだ。

 まるで自分がちっぽけな存在になったかのように思わされてしまう。

 こういう劣等感を抱かされるのは上位森妖精(ハイエルフ)の王と相対して以来だ。

 しかし、上位森妖精(ハイエルフ)の王には感謝している点もある。

 どれだけ盛大な天使パレードを行われたとしても、きっとあの上位森妖精(ハイエルフ)の王――タリアト・アラ・アルバイヘームには敵わないのだから。

 そう思うと余裕も生まれるというものだ。

 最強の存在が側にいれば、たとえそれが天敵だとしても免疫にはなる。

 

「――偽り?死者の大魔法使い(エルダーリッチ)森妖精(エルフ)を殺していないと証明できないと言うのに何故偽りと断言できる。それに私にはその者達が妃に操られているようにしか見えんし、ゴウンのその記憶を見るなどと言うペテンを信じる気にもなれん。」

 煌王は冷ややかな歪んだ笑いを浮かべると、ふんっと鼻を鳴らした。

 相手は決してこちらに強い態度は取れないだろう。

 ここは煌王国だし、何より神聖魔導国の者達には帰路がある(・・・・・)

 明日には上位森妖精(ハイエルフ)の所へ共に発ち、王直々の謝罪をさせたいところだ。

 今上位森妖精(ハイエルフ)との関係は非常に良い方へ向かっているため、更に今一歩踏み込んだ関係を構築したい。

 煌王はマリアネという賢い娘を持ったことに感謝した。

 常に己を磨き、国のことをよく考えている優しく勇猛な娘だ。

 マリアネはアインズを気に入っているようだし、確かに政略結婚をさせても良いと思う。

 これだけ見目麗しい男で若くして国を持ち、魔法を使えるようだと言うのは非常にポイントが高い。

 煌王は若造を手先で利用し、自分の駒として動かす未来を想像して機嫌を良くする。

 神聖魔導国は煌王国へと改名させ、煌王国は一気に海を股にかける大国家となるのだ。

 

 煌王は獲物を前にした猛獣のようにぺろりと唇を舐めた。

「やれやれ。ここまで愚かな者が相手だと会話をすることも心底苦痛だな。」

 アインズからは予想外の言葉が漏れ出た。

 その声音は面倒くさいというような口ぶりだった。

 そう簡単に頭を下げることはできないと言うのは分かるが、アインズは未だ立場を理解していない様子だ。

 

「なぁ、ゴウン。奴隷を魔法的に操作するのは妃が勝手にやったことだ。今なら問題とはせずに心の内に留めてやっても構わん。航海の帰りの船に乗せる物資や食料も我が国で買わなければならんのだろう?あれだけの隊で来ているのだ。しかもこの奴隷全員を一度に連れ帰るともなれば、相当な補給が必要になるんじゃないのか?」

 

 煌王は何も分かっていない子供に教えてやるように、アインズにそちらがどういう立場なのかを伝えた。

 天使はもしかしたら物を食べないかもしれないが、ここの奴隷達は確実に食料を必要とするのだ。

 船にはおそらく船員も残っているだろうし――もしかしたら何人かは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)かもしれないが――物資の補給は間違いなく必要だ。

 長きに渡る航海の中、家畜だって乗せたいだろう。

「そうか、帰りの航海。なるほどな。それでお前はそういう態度なわけか。」

 アインズはようやく自分の立場を理解したようだ。

 牢の中で騒いでいた者達も唇を噛み、静まり返った。

 

「今妃に勝手に我が王城内で魔法を使った事を謝罪させ、今後も奴隷はここで罰すると言うことに納得し、明日にでも上位森妖精(ハイエルフ)の下に森妖精(エルフ)の虐殺に関する謝罪に行くと約束をするのだ。もしそうしないと言うなら――うぬらは我が国での物資補給は一切できないものと思え。」

 

 アインズの肩が大きく動く。上がり、それから力なく下に落ちる。

 

 ――勝った。

 

 父や祖父の名を継いで、自分がそういう存在になったと思い込んでいるのかもしれないが、煌王はアインズの倍以上は王をやってきているのだ。

 若造に思い知らせたと思うと清々しい気分にすらなる。

「ぐうの音も出まい。さぁ、妃に謝罪させ、お前も記憶を見るなどと言う戯言を撤回しろ。」

 煌王の言葉にマリアネが面白そうな顔をした。

 

 しかし、続くアインズの言葉は再び煌王の想像したものではなかった。

「――貴様は冒険者達に濡れ衣を着せただけでは飽き足らず、フラミーさんにまで濡れ衣を着せ頭を下げさせろと言うのか。」

「濡れ衣かどうかは解らんだろう?妃くらい御せずに何が王だ。さぁ、妃も――」

「黙りなさい。お前は万死に値するわ。文字通り、万の死を繰り返すのよ。」

 アルベドの静かな声。そして爆発音にも似た音が鳴った。

 一瞬。

 本当に一瞬だった。

 後ろで控えていたはずのアルベドが、まるで転移したかのように煌王の前にいたのだ。

 しかし、それが転移ではないということはすぐに分かった。アルベドが立っていた場所の石造りの床は激しくめくれあがり、ヒビが地下牢全体へ広がっていたのだ。

 手の中にはその優美なドレス姿とはあまりにも対称的な、バルディッシュ。

 一体どこから出てきたのかもわからないそれは緑色の残光を引き、煌王を縦一直線に貫きかけ――「な、なんですって!?」

 アルベドは、ともすれば恐怖するかのような叫び声を上げた。

「……っは?」

 煌王は自分の服の前見頃が切られていることに気付くと間の抜けるような声をあげた。

 あまりに一瞬の出来事で恐怖する暇もなかったが、露わになるその新しい装備(・・・・・)の優秀性に漠然と感謝した。

「アルベド、お前も成長したな。よく我慢し――なんだと?」

「アインズ様!!フラミー様!!こ、この者が着るこれは!!」

 絶叫だった。

「まさか…旗…?旗をほどいたんですか…?」

 煌王は空気が猛烈に熱を帯びたように感じた。

 灼熱の空気は吸えば肺を焼くのではないかと、思わず息を止めゴクリと唾を飲む。

 そして辺りを見渡し、上階へ続く階段を確認してしまう。

 逃げようと言うのではない。ここは元より薄暗い場所だが、階段から射し込む日の光すら失われたように思えたから。

 

「別に私自身は大した者でもなんでもない。どんな態度を取られても、侮辱されても我慢できる。事実そうなのかなと思う事もあるしな。――しかし!貴様は、私の最も大切な者と、ナザリックの宝に唾を吐いたのだ!!それで許されると本気で思っているのならば!!貴様は神と呼ばれる存在の恐ろしさを知る必要がある!!!」

 

 アインズから吹き上がるのは、目で見えるような憤怒。

 色を持って押し寄せる激情の奔流。

 煌王が意識を失いそうになると、フッと怒りは消失し、フラミーがアインズの顔を覗き込んだ。

「アインズさん、殺しちゃダメですよ?」

 フラミーのその言葉に、アインズは数度深呼吸をすると、にこりと笑った。

「解ってますよ。安心して下さい。」

 見下ろすように視線を送られた煌王は自分が知らぬ間に膝をついていた事に気が付き、マリアネに支えられるように何とか立ち上がった。

 

 そして殺されないという安心感になんとか我に帰る。

「き、貴様…ゴウン…!どれ程の力を持っていようが、ここは煌王国だ!!」

「だからどうした。ここは私とフラミーさんの世界だぞ。」

「何と傲慢な…!貴様こそいつか神の裁きを受ける時が来るぞ!!」

 煌王が言い切ると、冒険者達はやれやれと苦笑し、煌王を見る目からは憐憫すら感じさせる。

「お前はその神の裁きを前に全てを後悔するのだ。」

 アインズが杖で床をガツンと一度鳴らすと、それに呼応するように突如として地下牢は青白い魔法陣に包まれた。

 それがアインズを中心に円になっている事にすぐに気がつく。

 

「貴様!何をしようと言うのだ!」

 煌王の叫びにアインズはゼロの感情で視線を返すのみだ。

「煌王陛下!マリアネ様と共に避難を!」

「引けるか!王城の中で起きたいざこざから逃げるなど!それも他国の王を前に!」

「チィ!感じないんですか!あの者達のこの力を!!時間稼ぎくらいはしますから、兎に角お逃げ下さい!!これで殺されなかったら奇跡だ!!」

 グラルズ大将と震える魔法詠唱者(マジックキャスター)が戦闘態勢に入ろうとすると、アルベドはバルディッシュを回し、構え直した。

「時間稼ぎ?できると良いわね!下等生物でも冗談が言えるなんて初めて知ったわ!!」

 グラルズは死刑宣告だと思った。

 きっと自分は何もできずに首を落とされるのだろうと一秒後の自分の姿を思い浮かべ苦々しげな顔をする。

 アルベドの向こうではフラミーがカンカン、と杖で牢を叩いた。

「牢を壊しますから、皆さん少し下がって下さい。――<上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)>!」

 ――けたたましい音が響く。

 牢が粉々に砕かれ、バラバラと落ちていく音に気を取られ掛けると、不意に目の前でパリンっと軽快な音が鳴り、回っていた魔法陣は強く輝いた。

 

「<黙示録の蝗害(ディザスター・オブ・アバドンズローカスト)>!!」

 

 グラルズは何が起こるかも分からぬまま、剣を手放し敵に背を向け、王とマリアネを抱えるようにした。

 願わくば痛みなく死ねる魔法でありますように。

 そして、いつも自分の右腕として働いてくれていた軍師のロッタへ感謝の言葉を心の中で送った。

 ――お前が大将として働いてくれていたなら、王にもっと良い案を進言できていたのだろうか。

 ――冒険者達よ、すまなかった。

 

 しかし、グラルズの警戒と死への覚悟とは裏腹に、その身が焼かれる事も、散り散りに裂かれることもなかった。

 そしてどこからともなく、高らかにラッパの音が鳴り響いた。

 

「煌王国よ、神の裁きを受けよ。償いは全国民と共に五ヶ月間だ。」

 

 一体何がと思っていると地は一度揺れ――階段の上からは悲鳴が滝のように降りてきた。




旗の代償は大きかったな!!
しかし、冒険者のことじゃなくてフラミーさんと旗のことで最後のスイッチが入ってしまう皆さん

次回#57 黙示録の蝗害

11/15は七五三の日だったそうですぜ!©︎ユズリハ様でっす!
可愛い三歳のナインズ君が見られるのはここだけ!!!!!!!

【挿絵表示】

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。