眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#59 月の舞踊

 アインズ達の馬車を見送り、冒険者達もそれぞれの装備を探しに城の中へ消えると、シャルティアの赤い瞳の瞳孔はギンッと開いた。

 そして転がる蛆虫――煌王の髪を掴み上げ、痛みのせいで朦朧とする意識から覚ますように一喝した。

「目を見ろ!!」

 思わず手に力が入ってしまいそうだが、これで脳味噌を毟り取ってしまっては目も当てられない。

 シャルティアは神官系の魔法は使えるが、アンデッドであるために通常の回復魔法は使用することができないからだ。

 蛆虫は驚き目を開く。そしてシャルティアの魔眼を覗き込んだ。

 その顔は途端に苦痛を忘れ、シャルティアにすっかり魅了されうっとりととろけるような表情になった。

「答えろ!!神聖なる旗は今どこにある!!」

「旗のままのものは宝物庫に保管じであります。解いだ分は仕立て屋と防具屋に出してあります。」

 それがどうしたのだ、と言わんばかりの痛みすら忘れている微笑みにシャルティアは思わずその蛆の頭を地面に叩きつけ脳味噌を撒き散らしたくなる。

 

 むしゃくしゃする心をなんとか抑え、思ったより国中に分散している様子にどうするかと悩む。

 まずは物体発見(ロケート・オブジェクト)を使用するためにこの国の地図を手に入れなければ。

「<眷属招来>!!」

 シャルティアの背から古種吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バット)達と、吸血蝙蝠の群れ(ヴァンパイア・バット・スウォーム)が現れる。

「――お前たちは今すぐこの国の地図を探して来い!!手に入り次第戻れ!!」

 蝙蝠達は嵐のような勢いで城の中へ入っていった。

「ちくしょうが!!フラミー様の天使!!手伝って!!」

 天使は数人がふわりと浮かび上がり、シャルティアの隣に降りた。

「人間如きが!!御方より与えられし苦痛の五ヶ月を終えた暁には、貴様らは餓食狐蟲王の下へ送り込んでやる!!」

 シャルティアはそう言うと蛆の顎を掴み引きちぎった。

 新たな苦痛に蛆が叫び声を上げる。

「回復!!」

 天使が指をさし回復をすると蛆は起き上がった。

「お、おぉ!!天使よ…!!」

 膿は皮膚についたままだったが、呪いも解け、一瞬喜びに顔を歪めた。

 しかし、シャルティアは再びその顎を掴み――引きちぎった。

 耳、指、鼻、眼球、少しづつむしりとり、出血で死にそうになっては回復をした。

 しばしそれを繰り返し、膿がすっかり血で流れ落ちる頃、蝙蝠達は戻った。

 ふんだくるように大判の羊皮紙を受け取ると、シャルティアはこめかみに触れた。

 非常に苛立たしげに足が揺すられる。

『はい。デミウル――』「デミウルゴス!!拷問の悪魔(トーチャー)を今すぐ送りなんし!!」

 シャルティアはデミウルゴスに全てを言わせる前に勢いよく転移門(ゲート)を開く。

 体力を確認し続け、絶妙なタイミングで回復を行うあのプロの拷問官を呼び出し、ここを任せて神聖なる旗の回収に行かねば。

 きっとあの悪魔達ならばフラミーの天使よりも弱い力で回復を行えるだろうし、呪いを残したままの最適な拷問も可能だろう。

 転移門(ゲート)からはすぐに悪魔が足を踏み出してきた。しかし、その悪魔は拷問官は拷問官でも――。

「『なんですか。藪から棒に。――これは?御方はこれを御許可なさっているんですか?』」

「デミウルゴス!!いきなり来るんじゃ――っありんせん!!」

 頭の中と耳に同時にデミウルゴスの声が響くとシャルティアはデミウルゴスの額に向けてビッと一閃、その爪で攻撃を与えた。

「――っ、何を!」

 デミウルゴスはクレームを入れようとすると同時に、自分の額からツツ…と血が流れ――シャルティアの額の印を見て何か意味のある事なのだと納得する。

「んん、それで、どうしたのかな。」

 顎まで垂れて落ちてしまった血をハンケチで丁寧に拭った。

「あぁぁああぁ!!むしゃくしゃする!!それが、この蛆虫どもがとんだ無礼を!!」

 シャルティアはキィー!と金切り声を上げてから旗の事を話した。

 そうしている間にも次々と蠍イナゴが空から降りてきてチクチクと王を刺し、再び膿にまみれさせていた。

「なるほど。それでこの者達は今こうしてアインズ様から罰を受けているわけですね。」

 話を全て聞くとデミウルゴスの額には激しい怒りがバキバキと這った。

「今少しだけフラミー様の天使に手伝ってもらって痛めつけんしたが、はっきり言って足りんせん!!」

「それはそうですとも。拷問の悪魔(トーチャー)達を連れてきます。少し待っていて下さい。私が極上の苦痛を約束するので君は旗を。」

 デミウルゴスは出てきた転移門(ゲート)に戻って行った。

 

+

 

 痛みにもがく者に溢れる、ぞっとするような煌王国を抜けると、国の外にはもう月が昇っていた。

 星を散りばめた空は苦しくなるほどに透き通っている。

 ソロンは御者台だと言うのに少しもお尻が痛くならない馬車に揺られながら、落ち着いて色々なことを考え直す。手綱を握る手は月に蒼白く映し出されていた。

 フィリナの言っていた煌王国の罪、神聖魔導国を恨んではいけないと言う言葉。

 マリアネの独白。

 地獄の神が言った、シャグラの記憶を見てここに来たという言葉。

 ソロンは地獄の神と最初に会ったときに「最後の生き残り」と言われ、間違いなくこの人間が全てを仕組んだのだと思い込んでしまったが――もし本当にシャグラの記憶を見ていたのなら、ソロンが生き残りだと知っている事はおかしくない。

 考えれば考えるほどに信じていたものが崩れ落ちていく。

 

 馬車はじきに高い山々に雪がかかる様子が見える、ソロンの生まれたビジランタ大森林に差し掛かった。

 木々の隙間から月の光が落ちて来るのを見ると、ソロンはよく知っている森に涙した。

 もし、本当に煌王国が同胞を殺したのなら、この半年ソロンは仲間の仇に喜び尻尾を振っていたのだ。

「うっ…うぅっ…あにら…。父さん…母さん…。」

 可愛い妹は生まれた時から小猿のようにソロンの後ろを付いて回った。

 森にいると、兄さん兄さんと呼ぶ愛おしい声が耳に届いてくるようだった。

 今でもアニラが生まれた日を覚えている。初めて見る父と母の落とした涙を。

 きっとこの小さな存在を守るのだと父に言われ、ソロンは一人立ちしてもその言葉も、あの日の感動も忘れたことはなかった。

 そして、ふと上位森妖精(ハイエルフ)の下へ送り出したフィリナは無事だろうかと思う。

 思うが――その無事を素直に祈れない。

 しかし、ずっと何かを伝えようとしてくれていたフィリナを恨み切ることもできず、ソロンの頭の中はぐじゃぐじゃだった。

 木の枝が顔を撫でると、ソロンはウデ=レオニ村が近くなっている事に気が付いた。

 ぐしりと顔を拭くと馬車をコンコン、と叩く。地獄の神の怒りに触れないように極力丁寧にだ。

「もうじき着きます。」

 中からは「そうか」と穏やかな声が聞こえた。

 

 月は高く、それを取り巻く雲は鯨のようだ。

 見違える程に荒れ果てた村は海に沈んだように青かった。

 誰もいない。煌王国軍が埋めてくれたと言う多くの墓には、仲間達の肉体を糧に真っ白な花が大量に咲いていた。

 ソロンが供えた花が根付いたようだ。

 森には、決して近くはない海から風に乗り朧な霧が届く。

 真水の海には塩害はなく、森へただひたすらに恵をもたらした。

 

「止まってください…。」

 ソロンは静かに馬へ命令――いや、お願いした。

 御者台から降りると、新たに生えて来てしまった草達がふかりと優しくソロンを迎えた。

 馬車の扉を叩くと、ノブは傾き、カチリと軽快な音を鳴らす。扉はスムースに開けられた。

「跪きなさい。」

 ソロンは悩んだが大人しく宰相の言葉に従った。

「フラミーさん、着きましたよ。」

 心地良さそうなあくびが聞こえる。

「ふぁい。じゃあ、やりましょうか。」

「大丈夫ですか?あれだけ天使出してますし、疲れてるなら明日朝が来てからだっていいんですよ。」

「ううん、ちょっと寝ましたし、やっちゃいます。村は他にもありますし。」

 降りてきた妃はどこまでも美しく、長い耳にかけられた不思議な蕾がパカリと咲いた。

 白い杖が花咲く盛り上がりに向けられる。

 ソロンは真実とはどうやって見せられるものなのだろうかと思う。

 死体の傷の確認だろうか。

 いや、殺された者から真実を聞くと言ったのだから、もしや墓を暴きアンデッドの発生を促すのか。

 そう思うとソロンは今更ながらに恐ろしくなった。

 

 妃が魔法を唱え、翼が燃えるように聖なる光を放つと、ソロンはやめてくれと叫ぼうと思ったことも忘れ、手をかざし目を細める。

 すると、まるで繭を割るように花の下から手が伸び、白い花びらが舞い上がった。

 方々で同じ事が起きると、暗い森の中で、月に照らされ輝く花びらが雪のように辺りを包んだ。

 次々と杖の先をあちらこちらへと向ける妃の姿は踊る妖精――いや、月の光を栄養に咲く花のようだった。

 今何故その踊りに合わせて笛の音が聞こえてこないのか不思議にすら感じる。

 獅子の顔をした天使達がその周りで、二度と目覚める事はないと思った森妖精(エルフ)達の手を取り、呼吸ができるように土から上半身だけを掘り起こしていく。

 神話だ。とても現実とは思えない。

 

 これは夢なんじゃないだろうかとソロンは思う。

 今日は一日、夢を見ているのかもしれない。

 やがて目を覚まし、全てが解けて消えてしまうのだろう。

 ソロンは自分の頬をつねると痛みを感じ、地面に座り込む。

 眠る前にも夢を見て、ソロンは鼻の奥につんとした痛みを覚え、堪え切れない涙がぽろりと一つ落ちていった。

 

 

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「女神よ……。」

 呟いていると、その隣に地獄の神も座った。

 女神の足音だけが静かなダンスに添えられる太鼓の音のようだった。

「女神だとも。美しいだろう。」

 神は奇妙な道具を取り出すと、カチャッとボタンを押した。

 そこからはジー…と空間を切り取ったような絵が出た。

 女神は美しかった。目眩を感じ、気が狂う程に美しかった。

 だから、蘇りゆく仲間へ駆け寄ることも忘れてしまっていた。

 

「あんな人を信仰せずにいられるか。」

 ソロンは静かに首を左右に振った。

 これまで信じた凡ゆる教えをかなぐり捨て、この女神に全てを捧げられる。

 モノクロに見えた世界に色が取り戻されていく。

 女神の足元では踏まれた草が美しい模様になっていた。

 満ちる月の中、天使の輪に囲まれる女神はひたすらに命を取り戻す踊りを続けた。

「そうだろう。さぁ、お前も天使と共に森妖精(エルフ)を墓から出してやれ。皆力が足りず自力で墓から出ることはできん。そしてフラミーさんと我が国に感謝しろ。」

「は、はい。行ってまいります、陛下。」

 立とうとしたソロンは腰が抜けたようで、一度花びらの中転んだ。ぼふんっと花びらが舞う。

「い、いつつ…はは…ははは…はは!痛いな!!」

 痛みはただただソロンに喜びを与えた。頭に花びらが乗ることも、服が土に汚れることも、少し擦り剥いた膝も何も気にならなかった。

「その声…。そろん…そろん…。」

 ソロンはハッと顔を上げた。

「ら、らうるぱ!らうるぱ!!」

 墓だった場所へ駆け寄り、花と土を必死に掻き分け、伸ばされた手を掴んで引っ張り起こす。

 友は土を吐き、困ったように笑った。

「や、やっぱり…そろんの声だったんだね。無事だったんだ…。それにしても…これは…。いや、煌王国軍が戻ってくるといけない、すぐに逃げるんだ…。」

 ソロンはその言葉を聞くと、子供のように肩を震わせ、嗚咽しながら大きすぎる涙をボロボロと落とした。

「ラウルパ、ラウルパ…すまなかった、俺が、俺が人間にアンデッドのことを解決させようなんて言わなければ…こんなことには…!本当に、俺は愚かだったんだ…!」

「何言ってるんだよ…。それは皆が賛成した事じゃないかい…。」

「いいや、いいや!本当に、本当にすまなかった…!」

 懺悔を繰り返す中、あちらこちらの土から「出してくれ」と声が響く。

 ソロンは天使達と肩を並べて、森妖精(エルフ)達を土の中からとにかく起き上がらせる。

 皆下半身は埋まったままだったが、土の中はあたたかいよと笑った。

 そして白い手を引く。

 土の中からは眉の上で短く切りそろえられた前髪が特徴的な森妖精(エルフ)

 見慣れ、日々求めた草原色の瞳はソロンを捉えると心配そうに歪んだ。

「アニラ!!」

「にいさぁん…にげてぇ…。」

 頭には散りかかる白い花びらがどんどん積もった。

「もう大丈夫。もう大丈夫だよ。兄さんが悪かった。お前を連れて行くべきだったんだ。いや、全てを俺が壊したんだ。何一つ守れない、愚かな兄さんを許してくれ…!」

 最後の言葉さえ聞けず、空の星に消えたはずのアニラの確かな生を感じた。

 夜中に起こされたモズとムクドリの鳴き声が、ようやく訪れた森妖精(エルフ)達の目覚めを祝福するように、再び息づき始めた森を木霊した。

 ソロンの悪夢は終わりを告げた。

 

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「何一つ守れない俺を許してくれ、か。」

 アインズは妹と抱き合うたった一人生き残った森妖精(エルフ)の背を見ると呟き、摘んだ小さな白い花をくるくると回した。

 揺れる花々は地につく手を優しく撫でた。




はぁ…ふららだんす…( ;∀;)エルフ…良かったね…。
"最適な拷問"もできたし!!

次回#60 新たな船長

そして本日のフラミー様をユズリハ様にいただき…(´;ω;`)こちらも泣ける

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挿絵もユズリハ様です!!神ですね…。あぁ、しゅてき…。

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