眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#25 ずっとあなたを探してた

 神話の戦いだ。

 

 それを見ていた誰もが思った。

 

 光の神が深い闇を放つと、闇の神が瞳を焼く程の光を持ってその魔樹の命を奪った。

 

 神の放った輝きは、あれ程邪悪な魂すら救済したのだと、誰が見てもわかるものだった。

 何故なら、魔樹からは白く輝く魂が抜け出し、光の神の手の中へと治まって消えたからだ。

 

 神々が魔樹へ近付いていくと、魔樹の足元からは新緑の葉を揺らす何かが起き上がった。

 それは最初、生まれたばかりで何も分からないというような雰囲気だったが、最後は頭部の葉を揺らしてはしゃいでいた。

 そして闇の神が開いた天国の門へと進んだ。

 穢れきった魂は無事に本来の美しい姿を取り戻したらしい。

 

「どうじゃった?ツアーよ」

 

 誰も気が付かないような遠く、丘の上にその者達はいた。

 ツアーはリグリット・ベルスー・カウラウへ顔も向けずに、鎧の腕を組んだまま答えを返した。

「まさかザイトルクワエ(アレ)がまだこの森で生きていたとはね。驚いたよ」

 ハッハッハと豪快に笑う老婆は実に愉快そうだ。

 かつて十三英雄として旅をしていた時、リーダー達と共にあれの枝を倒した記憶を思い出しているのかその声は少し何かを懐かしむようでもあった。

 枝との戦いは熾烈を極めた。今日この時を迎えるまで、枝こそが本体だと思っていた。それほどまでに枝は強かった。

「素直じゃないのう。ワシはあの者達も世界に協力するものだと確信したわ」

 パチンと拳と手のひらを合わせ、さてと……と誰に聞かせるでもなく呟き、遠くでアインズ・ウール・ゴウンを讃える人々から背を向けた。

 

「まぁ、今のところはそうみたいだね」

 

 背中に向かって返事をすれば老婆はヒラヒラと手を振りながら既にゆっくりと歩き出していた。

「わしは久し振りにインベルンの嬢ちゃんの様子でも見に行くとするよ」

「全く、気まぐれだね。君ってやつは」

「老人は暇なんさ」

「そうかい」

 

 ツアーの鎧はリグリットとは違う方向へ向かって丘を降りていった。

 二つの陰は別れを惜しむ様子もなく別れた。

 

 鎧の帰還の道中、ツアーは誰もいない自分の巣でひとりごちた。

 

「アインズ。あの魔樹は君が起こしたのか……?」

 あの時、アインズは世界に協力する者でありたいと言っていたが――。

(……君はいつからこの世界に来ていたんだ。これは本当にただの偶然だったと言うんだろうか。もし君が世界に背を向けたとして、僕は君に、君達に勝てるだろうか)

 

+

 

 アインズの生命の精髄(ライフ・エッセンス)が魔樹の足元にある弱い命の気配を告げた。

 近付けば、根元についたままだった木々に気絶したドライアードが引っかかっていた。

 マーレが水を掛け、強制的に目を覚まさせた。

「え!?これがあのザイトルクワエ!?」

 ドライアードはピニスン・ポール・ペルリアと名乗り、説明すればする程にギャンギャンと興奮しきった様子で応えた。

 魔樹はザイトルクワエと言う名の魔物だったらしいことが分かった。ユグドラシルのレイドボスのような相手だったが、アインズにもフラミーにもザイトルクワエと言う名に心当たりはなかった。

「そういう訳だ。さあどうする。私に忠誠を誓うか?」

「ザイトルクワエに勝てるような人が守る場所に行けるならもちろん一生懸命頑張るよ!厄介になるね!!」

「よし、ピニスンはこれより第六階層の畑で働く。アウラ、マーレ。面倒を見てやれ」

「「かしこまりました!」」

 ピニスンを送った転移門(ゲート)が閉じると、アインズ達の周りにワァっと人々が集まってくる。

 

 一番にアインズ達の元に辿り着いたのは、番外席次の輸送を行っていた神聖魔導国の兵士や神官達だ。

 口々に「陛下!」「陛下万歳!!」「神聖魔導国万歳!!」と沸き立つ。

 彼らの後を追うように、エ・ランテルの人々もアインズ達の周りに到着する。

 ただし、神官たちによって必要以上に神々へ近付くことは許されなかった。それでも少しでも神に近付きたいとばかりに人々は殺到した。

 帝国騎士も王国兵士も、王国戦士団も、城門衛士も、誰もが肩を抱き合って近くのものの生を喜んだ。

 

 ――アインズ・ウール・ゴウン万歳!

 

 いつの間にか誰ともなく始まった万歳唱和は遠くの丘を越え、どこまでも響いた。

 遅れて漆黒聖典隊長に肩を預けた番外席次がよたよたとアインズに近付こうとするが、すでに分厚い人の壁が彼女のゆく道を阻んだ。

 人の波の向こうの神に、何でもいい。自分も隊長のように言葉をかけてほしい。せめてその目に自分を映してほしい。

 それだけなのに、自分が守ってしまった人間が邪魔で、いっそ殺してしまおうかと思った。

 しかし神に失望される事を恐れ、できない。

 こんな時どうしたらいいのか悩みに悩んだ結果、番外席次は――吠えた。

「退け!!」

 言葉は強かったが、その目からは今にも涙がこぼれてしまいそうだった。

 番外席次の見たこともない姿に隊長が化け物を見るような目をして硬直していると、誰よりも早くエ・ランテルを守ろうと魔樹へ挑んだその少女のため、人々はバラバラと神へ続く道を開けた。

 

 尊き姿がようやく目に映る。降臨してからただの一度も会うことはなかったのだ。

 愛を込めて誰も名を呼んでくれず、番外席次と呼ばれた少女は親を求めるように進んだ。

 モーセがイスラエルの民を連れて海を割り、カナンの地を目指したように、ボロボロの体を引きずって――気付けば隊長を後ろに取り残して。

 

 しかし、割れたはずの人の海は再び閉じられた。

 

「アインズ様とフラミー様にこれ以上近付くのは、このあたしが許さないよ」

 

 ある日自分のそばに現れた強い気配の正体、それが誰だったのかこの至近距離にあってようやく気付く。

 何かに守られるような初めての感覚に、それがいつまでも続けばいいと願った日々。

 

「あなただったのね……」

 

 漏れ出た言葉にぴくりと守護神がその身を揺らした。

 

+

 

 時は遡り、大神殿が破壊されてから数日のある日。

「――おはようございます。あの……絶死様、少しお話をよろしいでしょうか?」

 番外席次の自室には漆黒聖典・第十一席――無限魔力が訪れた。

「……悪いわね。今、少しうたた寝をしていたわ」

 自らを見守っていた大きな力が消えてから、番外席次は悪い夢を見ることが多かった。

 

 それは幼い頃、母が自らに戦闘の手解きをする――いや、そんな生優しいものではなかった。

 母は番外席次の名前など、ただの一度も呼んだことはなかった。犯されて孕んだ子供など、存在そのものが不愉快極まりなかったのだろう。

 ――アンティリーネ・ヘラン・フーシェ。

 番外席次の名だ。この名前も、誰が付けたものかも分からない。

 だから愛着なんてない。母に愛を持って呼ばれたことも、命名した者も分からない。単なる記号の羅列だ。

 

(――これは死んでも蘇生できる程度の実力は既に備えているわ。傷の手当てなんかしなくても平気よ。そうでしょう?ねぇ?)

 

 夢の中で、母が感情を全て失ったようなガラス玉のような瞳を向けて放った言葉。何度も地面に打ち付けられ、終わることのない痛みの中、何度も何度も聞いた言葉。

 痛いし、辛かった。何度も泣いたし、何度も泣き言を言っただろう。

 だが、いつしかアンティリーネ――いや、絶死絶命は泣かなくなった。

 過ぎ去ったはずの過去の痛みがガンガンと頭を打ち付けた。

 

「……はぁ」

 

 思わずため息が口から漏れると、同僚の無限魔力がびくりと肩を振るわれせた。

「も、も、申し訳ありません。あの、で、で、出直します!!」

 部屋に入ったはずの無限魔力がばっと頭を下げる。番外席次はまたため息を吐きたくなったが、これ以上混乱が大きくなると面倒だと思いグッと堪えた。

 

「待って。今のため息はあなたに対してじゃない。だから、いいから座ってちょうだい」

「あ、ありがとうございます。へへへ、えーっと、でも、それには及びません。話が終わればすぐに帰りますので、絶死様のお部屋のソファーに座るなんて」

 

 無限魔力は両手を卑屈そうに揉みながら、へらへらと愛想笑いを浮かべていた。

 一度少し分からせてやった(・・・・・・・・)だけだというのに。

 彼女は鼻先をへし折ってやった漆黒聖典の隊員の中でも随一の卑屈っぷりになった。流石にもっと堂々としてほしいレベルだ。

 だが、座ってほしいだの、リラックスしていいだのと話しても、彼女にはいつも響かない。普段ならもう少し気を使うが、今日は「見守られていた感覚の消失」へのショックと夢見の悪さからそんな気も起こらなかった。

 

「……まぁいいわ。それで今日はどうしたの?まぁ、大体想像はつくけれど」

「は、はい。流石は――」

「お世辞はいいから」

 

 まともに言葉を交わすこともできないのかとまたため息がでかける。どこかに対等でいられる者はいないのだろうか。

 

「あ、は、はい。スルシャーナ様を教え導かれた神、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が森妖精(エルフ)討伐軍の侵攻を打ち切られ――」

「なんですって!?」

 

 闇の神と光の神が戻り、大神殿も一部崩壊した。ここ数日は大神殿の崩壊予定箇所から引き上げられた荷物の一時保管と整理が急ピッチで進んでいる。

 一体どんな神々なのだろうとドキドキしていた。あの自らを見守っていた感覚はもしや神々のどちらかだったのではないかと期待もしていた。

 何より、闇の神は「森妖精(エルフ)の邪王は地獄に落ちる」と言っていたのだ。

 闇の神にも光の神にも、早く謁見してみたかった。

 だが、番外席次の中からそんな幸せな希望は消え去った。

 

「……許さないわよ。私の喉に刺さった骨がようやく一本抜けるかと思っていたのに。相手が神であっても、絶対に許さないわよ!!」

 無限魔力は「ひぃ!?」と少女のような悲鳴をあげ尻餅をついた。彼女も英雄であり、法国の切り札である漆黒聖典の一員だが、あまりにも情けない姿だった。

 だが、それほどまでに恐ろしい顔をしていたのだろう。

 番外席次は立て掛けてあった戦鎌(カロンの導き)を手にすると同僚を無視して自室を後にした。

 

 崩壊せず、安全に使えると評価された大神殿の廊下を進んでいく。

 すれ違う者すれ違う者が番外席次を見ては腰を抜かした。

 長の間に着けば、その部屋も荷物の整理やら持ち込みやらが進んでいて、それまでの静謐な空間とは全く違っていた。

「レイモン!!レイモン・ザーグ・ローランサン!!」

「――な!?ば、番外席次、絶死絶命!?ど、どうかされたんですか!?」

 段ボールを抱えていた六色聖典長も、やはり腰を抜かした。彼もかつては漆黒聖典の隊員だったと言うのに。

 

「どうしたもこうしたもないわ!!――マクシミリアン・オレイオ・ラギエ!!あなたも来なさい!!」

 何事かと口を開けて見ていた闇の神官長も飛び上がると、慌てて書類の山を近くにいた神官に押し付けてそばまで駆けつけた。

「な、な、なにが!?」

「何が!?こっちが聞きたいわ!!闇の神が森妖精(エルフ)への侵攻をやめさせたですって!?あんた達、ちゃんと神々に話をしたの!?場合によっては神官長だって殺すわよ!!」

 

 レイモンとマクシミリアンは目を見合わせ、何度も何度も瞬いた。

「そ、そうですが……無限魔力から全てをお聞きになりましたか?」

「聞いたから来てるんでしょ!?何でそんなことが――」

 番外席次がさらに吠えようとすると、その肩にトンと手が乗せられた。

「気安く触らないで!!」

 振り払おうとしたところには、既に手がなかった。

「おっと、怖い。番外席次、絶死絶命。あなたは恐らく全ては聞いていませんよ」

「――ニグン・グリッド・ルーイン!!この役立たずが!!お前が連れ帰ったのは本当に神だったの!?お前のせいで森妖精(エルフ)の国への侵攻がなくなったのよ!!」

 ニグンは肩をすくめた。

「まさしく神でしょうね。これで火滅聖典が消滅させられずにすみます。まぁ、最も。これにて聖典は漆黒聖典と陽光聖典のみになりますから、ある意味火滅聖典は消滅するのですが」

「何をへらへら喋ってんのよ!お前のせいで、私は死ぬまでこの胸のつっかえと生きるハメになったのよ!!えぇ!?わかってんのか!!」

 番外席次が戦鎌(カロンの導き)を振りかぶろうとすると、二人の間に光の神官長、イヴォン・ジャスナ・ドラクロワが割って入った。

 

「お、お待ちください!!闇の神は、森妖精(エルフ)の国を守護神様にお任せになりました!!」

 

 ドラクロワの喉仏に触れそうになっていた戦鎌(カロンの導き)はそっと下された。

 

「……え?」

 ドラクロワはふらふらと後ろへ下がり、尻餅をつきそうになった所をニグンに支えられた。

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。ありがとう。ルーイン隊長」

「――番外席次。守護神様のうち、闇妖精(ダークエルフ)の姿を与えられた双子が森妖精(エルフ)の国へ行きましたよ」

 ニグンは優しく微笑んで言った。

「そ、そうだったの?それで……向こうで守護神様達はどうされる予定なの?」

「先程守護神様であるデミウルゴス様からきた伝言(メッセージ)によりますと――」

 

 と、さらに言葉を続けようとしたところで、顔を真っ青にし、生まれたばかりの子鹿のような足取りで無限魔力が長の間にたどり着いた。

 

「ぜ、絶死様……!あ、あの、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下は、森妖精(エルフ)討伐軍の侵攻を打ち切られたのですが……先程、守護神様が森妖精(エルフ)の王、デケム・ホウガンを捕らえたそうです。そして、今後森妖精(エルフ)の王国は双子の守護神様が象徴王へとなられると……」

 番外席次はようやく全てを聞けた。手から力が抜けたのか、戦鎌(カロンの導き)がガランガランガラララと大きすぎる音を立てて転がった。

「……侵攻は……いつ打ち切られたの……」

「あ、あの、実は神殿が破壊されることが決まった日に。森妖精(エルフ)の処遇は任せろと陛下は仰ったそうで……」

「どうして教えてくれなかったの……?レイモン」

「邪王は地獄に落ちると陛下が仰ったことをお伝えしたと思いましたが……」

「それは聞いたわ。でも、侵攻終了は聞いてなかったわ。だって、あの屑を地獄に落とすなら、侵攻は必要不可欠でしょう……?」

「えーと……人も亜人も、異形も、全ての者たちが幸せに暮らす、そんな国を作ると陛下は仰ったので、エルフ王は罰せられる対象ですが、森妖精(エルフ)はその対象ではありません。ご理解いただけていたものだとばかり……」

 

 番外席次はレイモンの言葉を口の中で何度も復唱した。

 

「そう……。そうだわ。本当ね。あなたのいう通り。私、どうやらまだ神聖魔導国の方針をよくわかってなかったみたい。取り乱したわ」

「いえ、皆が同じでございます。洗礼を受けたルーイン隊長が今は最も神々のことをお分かりになっていますので、お気になさらず」

「それは私よりもね」

 闇の神官長のマクシミリアン・オレイオ・ラギエが肩をすくめる。

 

 レイモンに示されたニグンは聖母のような笑みを浮かべて口を開いた。

「あなたの胸のつっかえは、本日をもって地獄へ落ちたのですよ」

 番外席次は胸の中をスッと清涼な風が通ったような気がした。思わず顔が綻びそうになってしまい、恥ずかしさからサッと俯いた。

「……皆悪かったわ。私は部屋に戻る」

 

「あ、お待ちください」

 背中にレイモンからもう一度声がかかる。番外席次は振り返らずに足だけ止めた。

「漆黒聖典が全員揃ってから伝えようと思っていたのですが、先に絶死絶命には任務を一つ伝えておきます。デミウルゴス様から、陛下が旧法国最強の部隊を動かし、エ・ランテルでその力を示せと望んでおられるとも言われました。そうなれば、出るのは漆黒聖典以外にありません。数日後に出立となりますので、よろしくお願いいたします」

「……私もここを出ていいの」

「陛下はツァインドルクス・ヴァイシオンと約束の地で話をされていました。大丈夫だと思います」

「わかったわ」

 

 短い返事を残し、番外席次はスタスタと部屋を去って行った。

 その後廊下ですれ違った者達は番外席次の顔を見て度肝を抜かれたらしい。――彼女は見たこともないほどに幸せそうに微笑んでいたから。

 

「番外席次、ようやく神々の加護に理解が及んだようで何よりです」

 部屋に残って作業を手伝うニグンが言う。それに一番に頷いたのは光の神官長だった。

「本当だよ。光の神、フラミー様はエ・ランテルでは森妖精(エルフ)の姿であの都市をお救いになった。それもまた、絶死絶命へのご加護だったのだろう。果たして彼女はそれに気が付いているのか」

「どうでしょうか。クレマンティーヌの大馬鹿者とズーラーノーンが起こしたあれについて、あまり深く考えていないようではありましたが。やれやれ。ところで、クレマンティーヌはどうしているのですか?」

「あれもルーイン隊長と同じように洗礼を受けたと聞いているよ。ただ、本人は何をされたかよく覚えていないとも言っているけれどね」

「洗礼を覚えていない?そんなばかな」

「しかし、間違いなく心を入れ替えているよ。だから、漆黒聖典に戻らせたよ。なぁ、ローランサン殿」

 

 ドラクロワに話を振られ、レイモンはテキパキと仕事をしながらピースサインを振った。

 

+

 

 クズの最低な父親の血を恨まない日はなかった。

 だが、闇妖精(ダークエルフ)の守護神は、自らのように左右で色の違う瞳をしていた。守護神は神の手によって作られたと聞く。

 番外席次の父親も、八欲王と呼ばれた一人の(ぷれいやー)の息子だった。故に、番外席次は神人と呼ばれてきた。

 番外席次は目の前の守護神を見て確信する。神がその手で森妖精(エルフ)を作る時、この姿を選ぶのだ。

 番外席次は顔をギュッと拭いた。

森妖精(エルフ)との間に生まれたことを恨み続け、この耳も隠し疎んで生きて参りました。が……今日ほどこの生を喜んだ日はございません」

 

 深々と頭を下げると、その姿勢のまま番外席次は続けた。

 

「お見苦しいところをお見せしました。私は漆黒聖典、番外席次。闇の神、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。そして光の神、フラミー様。お二柱のお陰で私は生まれてから抱き続けた地獄を手放すことができました。この度のご決定とご温情には感謝の言葉もありません」

 

「そうか。番外席次よ」

 

 まだまだ続きそうな雰囲気にアインズは焦れていた。それに、番外席次が抱き続けた地獄とやらにアインズは覚えがない。

 だが、今彼女の自己紹介に付き合う時間の余裕はないのだ。ザイトルクワエと呼ばれた魔樹を早くもっとくまなく調べたいと言う気持ちが抑えきれない。

 口をつぐんだ番外席次に、アインズは続ける。まず、話を切り上げるためにはご褒美のお約束だ。

「このアインズ・ウール・ゴウン、お前の働き、確かに見届けた。よくこの町を守ってくれたな。後日褒美を取らせよう。私は急ぎザイトルクワエの遺骸を調べねばならない。フラミーさん」

 一息にそう言うと、呼ばれたフラミーは「はいはーい」と気楽に返事をした。

「えっと、番外席次さんでしたよね。ぼろぼろになるまで大変でしたね。これでもう大丈夫ですよ。<大治癒(ヒール)>」

 無造作に魔法が送られると、番外席次は数度自らの手を握ったり開いたりを繰り返した。。

 

「な、治ってる……。治ってる……!」

 

 その瞬間、番外席次はアウラに飛びかかった。

 支配者達と守護者達が臨戦体勢になると――「守護神様!私と子供を作りましょう!」

 その叫びに呆気にとられ、皆が固まった。

 

「あ、あ、あの、デミウルゴスさん。同じ性別では子供は作れないって、その、前に言ってましたよね?」

 マーレの言葉は辺りに虚しく響いた。

 

+

 

「そんなの信じない!!私はアウラ様とお子を作りたいの!!ゴミの分際でこの私を止めようと言うの!?」

 すでにアウラから引き剥がされた番外席次を羽交い締めにする隊長は殴られ、蹴られ、最早どちらがザイトルクワエと戦ったのか分からないようなボロボロの有様だった。

「お、落ち着いてください!何がどうあってもアウラ様は諦めるしかないんですから!!」

「離さないとまた馬の小便で顔洗わせるわよ!」

 隊長は顔を青くした。彼の見た目は青年だが、その中身はまだまだ二十歳にもほど遠い年齢だ。だが、少しでも威厳があるよう、人類の切り札として振る舞ってきている。

 

 アインズの後ろに控える守護者は気味が悪いのか二人に近付こうとしなかった。

 アウラは自分の身を抱きしめ、フラミーの腕の中で心底気持ち悪いと言う顔をしていた。

「よしよし、びっくりしたね」

「フ、フラミー様ぁ!あいつ頭おかしいですよ!?」

「ははは」

 

 そんな醜態を晒していると、ガゼフ・ストロノーフを伴ったランポッサⅢ世がこちらへ向かってくる姿が見え、流石にまずいと思ったアインズは番外席次を止めに入った。

 繰り出される若干下品な言葉の数々を止めるため、番外席次の後頭部と顎を抑えることで物理的に口が開かないようにしてから極限まで顔を寄せて言う。

「番外席次よ、黙るのだ……!!」

 絶望のオーラに耐えるレベルの相手だと分かっているため狭い範囲にそれを放つ。

 

 番外席次と、番外席次を羽交い締めにしていた隊長はびくりと体を震わせ真っ青になった顔にだらだらと冷や汗をかいた。

 ようやく静かになった破廉恥娘からそっと手を離すと、隊長はドサリと地に膝をついた。

 汗だくの番外席次は肩で息をした。

「あぁ……陛下……なんてすごいの……。やっぱり、やっぱり私は陛下の御子を産むわ!アウラ様、残念だけどあなたは諦めたわ」

 ひらひらとアウラに手を振りアインズの腕にまとわりついた。

「――ちょ、何だお前!」

「陛下!お子を作りましょう!」

「離れんか!こら!」

 アインズは訳が解らず振り解こうとするが、じっとりとした視線を感じ、振り返った。

 そこには、睨むような呆れたような目をするアウラ、シャルティア、アルベド、マーレ――そしてフラミーがいた。

 

「やっぱり、殺した方が良かったんじゃないの?」

 アウラの言葉は女性陣と男の娘によって肯定された。




ツアーさんには困ったもんですね、ほんとに。
すぐ何かを誰かのせいにしたがるんだから!

番外ちゃん…このままじゃ第二の統括さんだよ…。
( ;∀;)

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