翌日の夕暮れ、アインズとフラミーはソロンとアニラに案内され、航海団が二度辿り着いた海に出た。
ウデの民の復活を済ませた後はナザリックに戻り、ナインズと寝てから戻ってきた。早朝から他の壊滅させられた五つの
アルベドはウデ=レオニ村で神聖魔導国の神官達と
わざわざ漆黒聖典も来ているのは――聖王国を襲った
「私が最初に
アニラは申し訳なさそうにその場で俯いた。
「そうか。そう思われる可能性がある事を考慮するべきだったと私も今は反省している。」
アインズは第二団が乗ってきた幽霊船を見上げる。
アインズ・ウール・ゴウンの紋章を戴く幽霊船のメインマストは金色の夕暮れに寂しく照らしだされていた。
「船長が殺されてはこれもただの船に成り下がるな。私の生み出す者でこれの操作ができるだろうか。試験が必要だな…。」
フラミーはアインズの呟きを背に黄金に染まる海に足を浸した。
船の中腹には一列に大量の
風が途絶えた時や、入出港する際、他には中空を行くときにスケルトン達が漕ぐのだ。当然スケルトン達も皆殺し――元から死んではいるが――にされている為、それを動かす者も今はいない。
長いしゃもじのような
「皆殺しにされたはずの船がこんなに綺麗なんて皮肉だなぁ。」
フラミーは独り言を言いながら、自然に飲まれ始めている二団船を眺める。
すると、海の中でキラリと何かが光りを放ち、目を細めた。
「んん?」
更にざぶざぶと進み、手を浸すと輝きの周りにいる魚達を払う。
七色の魚達がぴゅいんと逃げていくと、そこには剣を手にする骨が落ちていた。
その首には冒険者のプレート。
フラミーは半年前に煌王国軍に回収されなかった可哀想な冒険者を復活させようと杖を向ける。
「<
「――あ。」
アインズの詠唱が響くと海の中で眠っていた者の周りにはドロリと黒い粘度のある液体が噴き出した。
「ん?おかしいな。アンデッドが出ん。」
訝しむような声が聞こえるとフラミーはアインズを手招く。
「アインズさーん、ここで生まれちゃってますよぉ。」
「え?なんでそんなところで?」
アインズもざぶざぶと進んでくると、
黒い液体がすっかり冒険者を包むと、新たな姿を手に入れていく。
そして海の中からザブリと起き上がった。
「至高の御方。お呼びいただき感謝いたします。」
フラミーが「あぁあ」と言うとアインズも「あぁあ」と声を上げた。
「…やっちゃったな。えーっと、お前は…。」
アインズは
「ミスリル級…ザイトルクワエ州エ・ランテル市……"クラルグラ"……イグヴァルジ…。」
イグヴァルジは目一杯胸を張った。
視線からは熱い物を感じるが、アインズとしては冒険者をアンデッドにするつもりはなかったのでガックリだ。
「…お前は今日からイグヴァだ。イグヴァよ、お前はこれを動かせるか?」
「我は御方に生み出されしシモベ。御命令とあらば、山であろうと動かして見せます。」
「そ、そうか。じゃあ早速試してみてくれ。操船に必要なスケルトンは今出すから待て。」
三人はふわりと浮かび上がり、イグヴァは舵に向かい、アインズとフラミーは甲板に向かった。
出入り口のハッチを開け、下に降りていく。
「あぁあーアインザックに謝んないとなぁ…。」
「一緒に謝りに行ってあげましょうか?」
「本当ですか?怒られるかもしれませんよ。あの人結構怒ると怖いからなぁ。
モモンとプラム時代のアインザックを思い出す。
「二人で行けば怖くないですよ!」
フラミーが明るく笑う。
神々に冒険者をアンデッドにしてごめんねと謝られる方も困るだろう。
庶民感覚の二人は神様らしい謝罪の言葉を考えながら、漕ぎ手たちが座る長椅子がいくつも並ぶ部屋に降りた。
「<
アインズはそう言うと、付き従ってくる不可視化している
天使達が二十四時間の制限を超え帰還してしまったので、入れ違いで派遣されてきたのだ。
「いってらっしゃぁい。」
フラミーがぴらぴらと手を振るとアインズはいそいそと
不意に船は揺れ、浮遊感を感じる。
フラミーは降りてきたばかりのハッチへ戻り、船の外に出た。
「浮きましたね!」
「は!後は漕ぎ手がくれば進むかと思います!」
イグヴァの自慢げな顔にフラミーは笑い、船の下で口を開けて様子を見ている兄妹に<
船の周りには霧が立ち込め始めていた。
「上がってきて良いんですよ!」
二人は飛び方を知らないなりに不格好に甲板に上がってきた。
「わぁ…!神様は何でもできるんですか?」
アニラがフラミーへ憧れの瞳を向けると、フラミーはくすぐったそうな顔をした。
「何でもなんてできませんよ。出来ないことばっかりです。」
はぇ〜とアニラが声を漏らしているのを、ソロンは目尻を下げ眺めた。
「アニラ、光神陛下は謙遜されてるだけだ。当然なんでもお出来になる。」
「わ、わかってるよ!もちろん――っうわ!!」
突如船が進み出すとアニラは尻餅をついた。
「動かせたな。イグヴァ、よくやったぞ。」
戻ってきたアインズがイグヴァを褒めると、イグヴァは再び胸を張った。
「ははあ!それで、どちらへ向かいしましょう。」
「お前は先に煌王国へ行ってくれ。
「印…でありますか…?」
「あーまぁこっちの話だ。」
アインズは船頭に向かい
「向こうには冒険者の皆もいますから――えっと、生き残りの中にクラルグラのチームの皆さんがいたら先に謝っておいて下さい…。」
「お任せください。新たな役目を与えられたと伝えます。」
イグヴァはアインズとフラミー、
「さて、船の回収もできた事だしウデに戻るか。」
「そうですね。夜になっちゃいますし。」
アインズは再び
「ソロン!ソロン・ウデ・アスラータ!!」
村で声を上げたのはアインズが生死の神殿で記憶を確認した
呼び出した時は縛り上げられていたが、今はもう縄も解かれていた。
「シャグラ様!!」
「っこいつ!私はお前の暮らす部屋も用意したんだぞ!」
「あ…あぁ…ご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。それに、俺のせいで…こんな…。」
シャグラは満身創痍だった。特に目を引くのは首に巻かれた血の滲む包帯だろう。
神官達に最低限の回復をされたが、依然としてボロボロだ。
「まったくだ。お前の仇討ちの為にこんなになってしまった。私が向こうでどれほど恐ろしい目にあったと思っているんだ。」
シャグラは一瞬ソロンを睨んだが、すぐにははっと軽い笑いを漏らし破顔した。
「しかし、全てはもう良い。私は兎に角アルバイヘーム陛下の下へ戻らねばならん。神聖魔導国への謝罪も行わなければいけないし、何より精霊の守りの――いや、光神陛下の守りの印を持たぬ者が煌王国に足を踏み入れれば死の苦痛を得ると言うではないか。皆が近付かぬように注意をしなければならない。」
ソロンの額にはたらりと汗が流れた。
「…シャグラ様、俺は実は一人人間に、光神陛下の守りの印を与えました…。
「な、何?それを魔王――いや、神王陛下には伝えたのか。」
ソロンがアインズを見ると、アインズはふむ、と声を上げた。
「煌王国の全ての者に罰を与える予定だと言うのに勝手に印を与えられては困るな。」
アインズがそう言うと、シャグラは目を細めた。
「あなたは…?」
「なんだ?私がどうかしたか?」
「いえ、神聖魔導国の方なのは分かりますが、どなたなのかと。」
シャグラがそう言うと神官がすすす…とその後ろに寄り、耳打ちした。
「神王陛下でらっしゃいます。」
「神王陛、ん?この方は違うだろう。」
ソロンはシャグラを訝しむように見た。
「シャグラ様は神王陛下と会われてるんですよね…?この方は神王陛下です。地獄の神の。」
「お会いしているとも。地獄の魔王は
割と言いたい放題だった。
「シャグラ・ベヘリスカよ。私は地獄の魔王でも
アインズは
そして人の身を手放すと神聖魔導国関係者以外はひっくり返った。
「…この反応も不本意だな。」
アインズが文句を垂れている横でフラミーは肩を震わせくすくすと笑っていた。
その日
これまで額の刻印は危険の伴う職である、森の警邏隊と狩猟隊しか入れなかったが、すべての
そして興味本位で隣の煌王国を見に行くと、地獄の光景に震え上がり、すぐに森に帰ったらしい。
数人は石を投げたり、裁きを受けている者を殺してしまったりしたようだが。そんな時には空から
森にはこれまで同様神殿が建てられるのだが、それは神聖魔導国主導ではなく、ソロン主導で建てられ、名は生命の神殿と地獄の神殿だった。
完成はどちらも煌王国の解呪の頃。
生命の神殿の深部には月の光が落ちる場所に鍛冶長お手製のフラミー像が置かれる。そこではアインズが撮ったあの夜の写真も販売された。
フラミー像はアインズが撮った写真を元に作成され、それを見るたびに人々はあの夜を思い出したそうだ。
もちろん、オシャシンは一家に一枚ならぬ、一人一枚とお守りのように皆が携帯した。
そして、どの村にも当然のように
ソロンはその後、聖ローブル州の生死の神殿を礼拝してネイアに、そしてザイトルクワエ州の約束の地へ行ってニグンに会うのだが――それはまた別のお話。