眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#62 最古の森の邂逅

 フラミーに再びの生命を与えられ復活した冒険者達は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の死を悼み、その業務を引き継いだイグヴァルジに頭を下げ、仲間や新しいスケルトンに抱えられて幽霊船に乗り込んだ。

 ガレー船の漕ぎ手室にはきちんとスケルトンが並び、その下の船底の竜骨が見える部屋には取り返した大量の荷物が収められた。ただ、大量とはいえ行きよりも余程少ない。

 帰りは食料の心配はないのだから。

 何故なら帰りは――「<転移門(ゲート)>。」

 

 シャルティアの声が響く。

 冒険者達は出航した時のように再び神に手を振り、幽霊船に乗って本国へ帰って行った。

「冒険者はあまり役には立ちませんね。結局陛下方のお手を煩わせて。」

 そう呟いたのは漆黒聖典隊長だ。

 第四席次・神聖呪歌は人差し指を立ち上げてその美しい唇に当てた。

「彼らにしかできないこともあるのよぉ。隊長君。」

「…その呼び方、なんとかならないんですか。」

「ふふ。じゃあ、また昔みたいに僕ちゃんにしよっかぁ?"俺はゴミだ"、だっけぇ!」

 それはかつて隊長が「俺一人で漆黒聖典だ」と尖っていた時、番外席次にボコボコにされた日に漏らした言葉だ。

「はぁ…。隊長命令です。今すぐ黙ってください。黙らなかったら馬の小便で顔を洗わせますよ。」

 黒く色がついたように見える淀んだ風が、楽しげに笑う神聖呪歌の金色の腰まで伸ばされた長い髪と修道服のような装備を揺らした。

「ねぇ、神聖呪歌。そんなことより、この呪いはなんなの?」

 緑の騎士服に身を包む少年――第二席次・時間乱流は奈落の主(アバドン)の眷属を摘み、神聖呪歌に問う。

 その声は声変わり前の少年のように高く、うきうきしているのが伝わってくる。が、声に似合わず表情は冷酷だった。

「残念だけどわからないわぁ。あの子の方がわかるんじゃないかしらぁ。」

 優しげな顔をし神聖呪歌が視線を送ったのは第十一席次。

 まるでネグリジェのような格好に、如何にもお伽話の魔女が被っていそうな大きすぎるとんがり帽子を装備する女だ。

 彼女は漆黒聖典最弱だが、対象の強さを知る能力を持つ故の指名だ。

 第十一席次はチラリと二人を見ると、呟くようにこぼした。

「神の力は無限大。」

「――何もわからないな。」

 困ったように笑ったのは、第九席次・神領縛鎖。揉み上げから繋がる顎髭を撫でた。

 以前子山羊に落とされた腕は当然完全回復していて、アシンメトリーに編み込まれるコーンローは自分で編み上げている。

「わからないの?馬鹿じゃない。無限大。推し量れるわけがない。この呪いも訳がわからない。」

 第十一席次が静かに紡ぐ罵倒に神領縛鎖は苦笑した。

 そんな中、大いに頷くは第五席次・一人師団。

「あぁ…神王陛下のお力…。奈落の主(アバドン)様のお力…。なんてすごいんだ…。」

 うっとりとした声音を出す顔は妹のクレマンティーヌによく似ていた。

「こうなるとクアイエッセはダメだ。」

 特に仲がいい第八席次・巨盾万壁はゴリラのような巨体でやれやれと肩を竦めた。皆大抵、二つ名や席次で呼び合うが、巨盾万壁のセドラン、一人師団のクアイエッセ、神領縛鎖のエドガールは名前で呼び合う気易さだ。仲がいいので休みの日もしょっちゅう三人でつるんでいる。

 隊員達が好き勝手に喋っている横で、隊長も近くを通りかかった奈落の主(アバドン)の眷属を摘まみ、毒針のある尻尾をじっくり眺めた。

 

 すると、声がかかる。

「離してやれ。どの眷属にも仕事がある。」

 隊長はその深い声音を浴びると驚きから飛び上がった。

「へ、へ、陛下!失礼いたしました!!」

「気にするな。さぁ、冒険者達も帰した事だし、上位森妖精(ハイエルフ)の住むと言う最古の森へ向かうぞ。案内はこの者だ。動物の像・戦闘馬(スタチュー・オブ・アニマル・ウォーホース)の乗り方を教えてやれ。」

 神に背を叩かれたのは神に歯向かい、あろう事か聖王国を強襲した上位森妖精(ハイエルフ)――シャグラ・べヘリスカだ。

 神はそれだけ言うといつものようにフラミーと馬車に乗り込んだ。共に馬車に入った守護神は冒険者達のために転移門(ゲート)を開いたシャルティアだ。

 

 漆黒聖典がシャグラを見る目は冷たい。

 

【挿絵表示】

 

 どの者も文句を言いたげで、隊長は皆が言いたいであろう言葉を口にする。

上位森妖精(ハイエルフ)も裁きを受けた方が良いんじゃないですか?放っておけば第五王女に連れられて勝手に流れ込んでくるんですよね。」

「陛下方をお連れした後、私は罪を償うため自刎いたします…。どうか国への裁きはご勘弁頂きたく思います…。」

 聖典達は上位森妖精(ハイエルフ)の殊勝な様子に僅かに溜飲を下げる。最期の旅ならば許してやろう。

 が、それを聞いて小さく叫びを上げた者もいる。

「そ、そんな!シャグラ様!!シャグラ様のせいではありません!!全ては俺のせいですから、それなら俺が――」

「ソロン。アルバイヘーム陛下と最古の森、そして同胞達の為なら、私は自分の首を刎ねるくらいどうと言うことはない。それに、私はお前よりも余程長く生きた。アルバイヘーム陛下の治世と息子の成長を最後まで見届けられないことは残念だが――償いというのはこう言うことなのだ。」

 シャグラの覚悟の瞳にソロンはそれ以上何も言えず、拳を握って震えた。

 

+

 

 裁きを受けし煌王国を丸一日掛けて抜け、同じく丸一日掛けて太陽の降り注ぐ野を行った。

 そうして踏み入れた最古の森には大人が十人で手を繋いでもとても回りきらないような巨大な木ばかりが生え、森が如何に長くそこにあったのかを訪れる者に知らしめる。

 森はどこまでも深いが、木が巨大なため意外にも暗くない。明るく、あちらこちらに木漏れ日が落ちている。

 漆黒聖典達は昼食の準備のために、食べられそうな物を探す班と、設営の班に分かれた。

 

「フラミーさーん!あんまり遠くに行かないで下さいねー!」

 フラミーは背に聞こえる声に手を振り、清浄な空気を目一杯吸いながらさくさくと草を踏みしめ、近くの探索を行う。フラミーも食べられそうなものを探そうというのだ。

 アインズは隊長とシャグラ、ソロンと共に後どれくらいで上位森妖精(ハイエルフ)の国に付くかを確認している。シャルティアはアインズの言葉を一言も漏らさずにメモしていた。

 

 空にはオリーブ色の鳥達が飛び交うのが木々の隙間から見えた。

 巨木達は秋に染まり、地面には真っ赤な絨毯が広がっていた。

 一歩進むごとに落ち葉がカサッと乾いた音を立てる。

「ふふっ。良いなぁ。」

 フラミーは読書家のアインズの為に栞を作ろうと綺麗な形の紅葉を何枚か拾った。

 そして、木に巻き付く蔦に成る赤い小さな実を見つけると一粒もいでみる。

 甘そうな実は魅力的で、フラミーは<清潔(クリーン)>をかけると口に放り込んだ。

「…しゅっぱぁ…。」

 途端に顔を中心に寄せるように皺々にした。

 静かな森の中で聞こえるのは鳥の鳴き声、通りかかる小動物の草を掻き分ける音――そして、近付いてくる何者かの足音。

 周りに控え不可視化している七体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)が警戒し、八本の脚に普段格納されている刃を露わにする。

 音のする方向はアインズ達がいる方とは真逆だ。

 フラミーも杖を引き出し、そちらへ向けていると、草むらがガサガサと揺れ、それは顔を出した。

「っはぁ、やれやれ。――は?」

 色素を含まない真白な長い髪にたくさんの紅葉を付けた、無害そうな上位森妖精(ハイエルフ)の女は、燻銀のような色の目でフラミーを捉えるとポカンと口を開けた。

 女は肌まで大理石(なめいし)のように真白く、周りの景色が明るくなったように感じた。

 ヒメロペーとテルクシノエを始めてみたとき、それはそれは美しいと思ったものだが、この上位森妖精(ハイエルフ)も実に美しい。仄かにぼうっと光を放つようで、どこか儚げだ。

 高くスッと伸びる鼻に、アーモンド型の切れ長の瞳、薄い唇は美人画のようでもある。

 金と銀を基調とした装飾の多いローブには草の模様が描かれていた。

 フラミーはそう歳の離れていないように見える上位森妖精(ハイエルフ)と無言で見つめ合った。

 二人の長い髪がさやさやと風に揺らされる。

 木の香りがする微風が二人の間に紅葉を降らせると、フラミーははたと我に帰った。

 

「――あ、あの、こんにちは。」

「――は、これは…失敬。思わず眺めてしまった。」

 女は髪に付く葉を払うように取り、はにかんだ。

「いいえ、私こそじろじろ見ちゃってすみません。」

「気にしないでくれたまえ、それよりそなたは――」

 そう言いかけると、茂みのずっと向こうから「アラ様ー!」と人を探すような声がした。

「まずいな、どうしてこっちに来たとわかるんだか…。そなたも、こちらへ!」

 女は忌々しげに声の方に視線を送ると、フラミーの腕を取り茂みの中へ連れ込みしゃがんだ。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)が許可なく至高の身に触れた不敬者の首を落とそうとワッと降り注ぐとフラミーは慌てて手を振り止めた。

「わ、待って待って!」

 その首にぴたりと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達の刃が触れていることにも気付かず、上位森妖精(ハイエルフ)は茂みの向こうを確認し、「何もしないから。静かに」と一言。

 フラミーは口に両手を当て数度頷き、同じく茂みの向こうへ視線を送った。

 汚染されたリアルでは外で遊んだ記憶など殆どない。魔法を使わない隠れんぼはフラミーをワクワクさせた。

 

 すると、髪を一つにくくった男の上位森妖精(ハイエルフ)がキョロキョロと辺りを見渡すのが見えた。

「アラ様?いらっしゃらないんですか?アラ様ー?――ったく一体どちらに…。」

 男は独りごちると、再び「アラ様ー!」と声を上げ、来た方へ戻って行った。

 

 フラミーの隣で上位森妖精(ハイエルフ)はほっとため息を吐き、フラミーから離れた。

「…ふぅ、行ったね。付き合わせてすまなかった。」

「いえ、さっきの人は良いんですか?」

「良いんだ。食事後くらい自由にしたい。」

「ふふ。解りますよ。えっと、アラさん。私はフラミーです。」

 フラミーは地面に座ったまま向かいの上位森妖精(ハイエルフ)に手を伸ばした。

 アラは驚いたような顔をするとフラミーと握手を交わした。

「そなた、私の事を…?」

「あ、いえ。知りませんよ。今の人がアラ様って呼んでましたから。」

「――そうかい。えー、フラミー君。そなたは最古の森の者ではないのかい?」

 フラミーはこくりと頷いた。

「はい。私、ここからずっと遠い所から来たんです。アラさんはここの辺りの人ですか?」

「いや、私の住まいもここから一日程最古の森を北上した先にあるんだ。それにしても、そなたみたいな種族は初めて見たよ。美しい翼だ。欲しくなってしまうな。」

 

 アラはフラミーの翼に触れると広げ、興味深そうに観察した。翼は動かされるたびにキラキラと螺鈿細工のような輝きを落とした。

「はは、欲しいなんて初めて言われました。良かったらあげましょうか?」

 フラミーは翼から羽を一枚引っ張り、ぷつんと抜くとアラに差し出した。

 羽はぼんやりと輝いて、やはり動かすたびに煌めきをこぼす。

 

「やぁ…これは…。ありがとう。きっと大切にするよ。長き時を生きて来たけど、これ程美しいものは初めて貰ったよ。何にしようかな。栞にしてはもったいないし、飾っておくだけでは光がこぼれないな。」

 アラは近くの木漏れ日の中に羽をかざし、眩しそうに目を細めた。

「あ!それなら、私良いこと思い付きましたよ!」

「なんだね?」

 フラミーはアラの後ろに回ると髪に触れた。

「髪に挿しておいたら、きっと綺麗です!」

「ははは。フラミー君は変わった人だ。」

 そうですか、などと笑いながらフラミーは櫛を魔法で生み、さらさらと流れるような髪を梳かした。髪からは櫛を通す度に透き通った甘い香りがした。

 

「アラさんの髪、すごく良い匂い。」

「む、そうか。最近乳香の調合を変えたんだが、甲斐がある。」

 アラが自分の長い髪をすくってさらさらと落として行くと香りが昇った。

 フラミーはアラの、耳より上のトップの髪だけをすくい、ハーフアップのお団子にする。

「アラさんは優雅なんですね。あ、羽貸してください。」

「ふむ。」

 羽を受け取り、簪のように髪を止めた。落ちている綺麗そうな葉も挿せば、途端にヘッドドレスのようだった。

 

「はい、できました!」

 アラは自分の頭を触り、どんな髪型になっているのか確かめた。

「こんな頭にしたのは生まれて初めてだ。笑われてしまいそうだな。」

「笑われたりなんてしませんよ。アラさん、とっても綺麗ですもん。」

 フラミーは丸い笑顔を作ると立ち上がり、アラに手を伸ばした。すぐにその手は取られ、アラも立ち上がった。

 真っ直ぐに立って並ぶと、アラは随分と大きかった。

 

「そなたはヘリオトロープのようだね。」

「ヘリオトロープ?お(まじな)いみたいな言葉。」

「知らないのかい?バニラの匂いがする香油がとれる白と紫色の花を咲かせるハーブだよ。――そうだ、羽の礼にヘリオトロープの香油を贈ろう。私の家に来ないか?私はこの後用事があるから、用事を済ませるまで数日一人で過ごしてもらうことになってしまうけれど。」

 遊びの誘いにフラミーは目を輝かせた。が、フラミーも暇ではない。

 

 女子会は魅力的ではあるが――「ありがたいんですけど、私もこの後用事があって、それがどのくらい掛かるか分からないんです。」

「そうか…では、すぐではなく来週と言うのはどうだろう。」

「来週なら何とかなるかもしれないです!ちょっと待って下さいね。確認してみます。」

 フラミーはこめかみに手を当て、スケジュール管理をしてくれている守護者を探る。

 アラは嬉しそうに頷き、フラミーの手の中から櫛をとると、フラミーの髪を梳かした。

「フラミー君は伝言(メッセージ)を使えるのか。それにしても髪も美しいな。これも欲しい。」

「髪はダメですよぉ。――あ、デミウルゴスさん。私です。来週って、私何日なら空いてます?」

 耳の上にかかる蕾を取ると、フラミーを真似て半分だけ髪をくるくると巻き上げ、プツリと蕾を刺して髪を固定した。

 

「――はーい!じゃあ、その日はちょっと遊びに出かけますね!…はひ。えっと、場所?場所は――」フラミーが後ろを振り返り見上げると、アラは「エルサリオンの王城だよ」と言った。

「エルサリオンの王城までです!ん?王城?」

 フラミーはアラをもう一度見上げると、アラは変わらぬ美しい笑みを浮かべていて、前に回ってくる。

 よほど綺麗なものが好きなのか、フラミーの首にかかる光輪の善神(アフラマズダー)を手にとり眺めた。

 

「ただの小間使いみたいなものさ。」

 フラミーはあぁ、と納得の声を上げた。




漆黒聖典って本当皆バラッバラな格好ですねぇ!
設定資料集見ながらこりゃ七彩の竜王の島、汗だくだくにもなるわと納得。
資料集がない方のために見苦しくも何とか取り急ぎ漆黒聖典の見た目を描きましたぁ。

【挿絵表示】

‪1st:隊長‬(番外席次に馬の小便で顔を洗わされたよ
‪2nd:時間乱流‬(ショタだったんだね
‪3rd:??‬(おじさんだったんだね、御身並重装備ローブ
‪4th:神聖呪歌‬(女の子だったんだね、優しそう
‪5th:一人師団‬(皆大好き狂信者クアイエッセ
‪6th:⁇‬(お兄さん、身長と同じくらいでっかい剣持ってました
‪7th:占星千里‬(試される竜王国編でフラミーさんとドラちゃんと肌焼いてた。ザイトルクワエの出現を占ったよ
‪8th:巨盾万壁‬(セドラン
‪9th:神領縛鎖‬(試されるナザリック編で子山羊に腕飛ばされた
‪10th:人間最強‬(え?第九席次までじゃないんだ(初歩
‪11th:??‬(お胸が立派な露出魔女
‪12th:天上天下‬(お前…すごいやつだな…

次回#63 知恵の実

はぁい!こちらは本日のフラミー様ですよぉ!©︎ユズリハ様
世界哲学の日らしく、思考を巡らせるフラミー様だそうです!

【挿絵表示】

ぐっとくる…( ;∀;)

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