眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#64 香り

 アインズに不審者の存在を告げた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達はいい仕事をしたと互いの背を叩き合った。

 不可視化で見下ろす先ではアインズがフラミーの安否確認をしていた。

 

 アインズは無言で髪に、耳に、肌に触れ、散々口付けた。

「アインズさん、心配かけてごめんねぇ。」

 フラミーが謝罪するのを聞くと、アインズは困ったように笑った。

「――良いんですよ。無事ならね。それより、男って言うのは何をしでかすか分からないんですからあんなに近付いちゃいけません。危ないですよ。」

「むぅ、私、アラさんは女の人だと思ってて…。まさか男の人だったなんて…。」

 確かにアインズも最初に顔を包まれるフラミーを見た時、相手は女だと思った。

「それなら、知らない人には気を付けて下さい。どんなに強くても何が起きるか分からないんですから。」

「はぁい。」

 

 アインズがフラミーの翼に付いていた草をはたいて落とすと、ふわりと知らない香りがのぼった。

 基本的に石鹸の匂いしかしないフラミーは誰といたのかすぐにわかる。

 デミウルゴスと執務をすればデミウルゴスの入れる紅茶の匂いが、双子と遊べば双子のお日様のような匂いが、アルベドに引っ付かれればアルベドの香水の匂いがする。

「…風呂に入れたいな。」

「誰を?」

「フラミーさんを。」

「そんなにばっちくなってます?」

 フラミーが自分のローブを摘まみ、汚れを探そうとヒラヒラと動かすと再び知らない香りが漂い、アインズは転移門(ゲート)を開いた。

「ばっちいです。風呂入ってきてください。今日の当番に髪の毛一本一本丁寧に洗ってもらってください。」

「はは、一本一本ですか?じゃあ、ちょっと行ってきますね。」

 笑うフラミーにアインズも「はは」と短い笑いを返し――フラミーを飲み込んだ転移門(ゲート)が閉じるとアインズの顔から笑顔は消えた。

 あんな所に葉が付いてるなんて何をされたのかと思うとハラワタが煮えくり返るようだし、匂いが移るような距離にずっといたかと思うと実に不愉快だ。

 アインズが自らフラミーを丸洗いしたいくらいだが、それは夜まで待つことにする。

 

 シャグラの言うことに耳を傾け真剣な顔をする女のような男へ進む。

「アルバイヘーム。貴様、フラミーさんに変なことはしてないだろうな。」

「神聖魔導王殿、私はただ髪を結って頂き、それのお返しに髪を結って差し上げたに過ぎない。」

「そうか。では覚えておけ。あの髪も肌も翼も、何一つ私と私達の家族以外が触れる事は許さない。」

 アインズは上位森妖精(ハイエルフ)のその髪に挿さるフラミーの羽を見ると泉のようにこんこんと殺意が湧くのを感じる。

 頭ごと切り落としてやろうかと思うたびに、人の身に付けている精神抑制によって何度も沈静された。

 

「私はフラミー君を王妃だと知らなかったし、フラミー君も私を王だと知らなかった。他所の国の王妃だと分かっていれば不用意に触れたりはしなかったとも。」

「では王妃だと分かった今、二度と触れてくれるな。」首を吹き飛ばしたい気持ちを抑え、切り替える。「それで、我が国に付いては理解したか。」

「理解した。フラミー君の事も、神聖魔導王殿の事もよく分かったとも。しかし、今は全てが伝聞だ。誤ちを繰り返さない為にも今度は私自身の目で確認しよう。その後、我が城で賠償も含めた今後のことを話し合うので如何かな。」

 アインズは頷いた。煌王国に冒険者の確認をさせるように求めた時の自分を思えばそのくらいは許すべきだろう。

「良いだろう。では見せよう。裁きを受ける煌王国と、復活した森妖精(エルフ)達と、上位森妖精(ハイエルフ)により襲われた我が属国を。」

 アインズは闇に手を突っ込み、遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を取り出した。

 

 正面に浮かべると、それはアインズの意に従い像を写した。

「これは…。」

「煌王国だ。今は私の喚び出した奈落の主(アバドン)と、我が側近であるデミウルゴスに任せている。」

「デミウルゴス――フラミー君が伝言(メッセージ)を送っていた相手か。」

 アインズはフラミーをフラミー君などと呼ぶ様子に再び苛立ちを感じる。アインズすらフラミー"さん"と呼んでいるのだ。

(…フラミーちゃん…フラミー君…フラミー…文香ちゃん…文香君…文香…。村瀬君…村瀬ちゃん…村――むらっち…。)

 少し新しい呼び方について考えた。

 村瀬と呼ぶつもりはないが、むらっちと言うのはぶくぶく茶釜を思い出させる呼び名だ。ぶくぶく茶釜が昔使っていたと言う幾つかある芸名の中に"風海久美"と言うのがあったが、その時のファンからのあだ名は"かぜっち"だったらしく、ギルメンの中にはぶくぶく茶釜を"かぜっち"と呼ぶ者もいた。

 アインズの心には途端に平和が訪れた。が、鏡の中に映し出される街には膿にまみれ、痛みにもがく転がる人間が映し出されている。

 

 アルバイへームは厳しい視線でそれを見つめていた。

「この生き物達は、そのアバドン殿一人が全て出しているのかな…?」

「――そうだ。奈落の主(アバドン)は私に代わり五ヶ月間裁きを与え続けるだろう。」

「…なんと凄まじい…。煌王国の現状はよく分かったよ、ありがとう。」

 アルバイヘームの言葉に頷くと、アインズは手を持ち上げ鏡に向けて振った。

 

 すると鏡に映る映像はスライドし、場面は変わった。

「あ、アニラ。」

 ソロンの少し嬉しそうな声が響く。

 鏡の中では森妖精(エルフ)達が荒れた里を片付けていた。アルベドがテキパキと死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に指示を出している。

「これが貴国の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)か…。」

「そうだ。無害だろう。私の生み出した者は特別生者をどうこう思わん。」

「そのようだね。ここも良くわかったよ。――フラミー君には森妖精(エルフ)を復活させて貰った礼を言わなければいけないね。」

 ソロンは小さく何度もうなずいた。

 

「そうしろ。さて、最後は襲われたうちの属国だ。」

「あぁ。一番被害の多かったところを見せてほしい。」

「言われなくともそうさせてもらおう。」

 そして写ったのはことごとく破壊された聖王国の港町。

 上位森妖精(ハイエルフ)達は正面から死の騎士(デスナイト)と渡り合えるはずもなく、死の騎士(デスナイト)を建物の下敷きにする事で討伐しようとした故の惨状だ。

 死の騎士(デスナイト)と多くの騎士達が手を取り合い瓦礫の撤去を行っている。

 シャグラの気まずそうなため息が聞こえた。

「なるほど。これは本当に申し訳ないことを――しました。私がきちんと確認をしなかったせいです。許してほしい、などとは言えませんな…。そちらの望むだけのものを返すことを約束しよ――いや、約束します。」

 アインズの望みはたった一つだ。アインズは後でアルベドに伝言(メッセージ)を送ることに決めた。

「良い心がけだ。そう言わなければお前の命はここで散っていた。私もフラミーさんもこの森が好きだ。そしてここを育て守るノウハウを持つお前が必要そうだとも解っている。そのお前を殺すような真似は望むところではないからな。」

 アインズは言いながら、心の中で「個人的には大嫌いだけどな」と吐き捨てた。

 タリアトもそれに気付いているのか、「…それは嬉しい事ですね」と返した言葉には大した感情は乗っていない。

 

 二人の視線の間に妙な空気が流れると、風呂と着替えを済ませたフラミーが戻った。

 その髪型はさっきと同じく、ハーフアップで上半分だけをまとめてちっちゃなお団子にしていた。

 アインズはフラミーに両腕を広げ迎えるとくんくんと鼻を鳴らした。

「おかえりなさい、綺麗になりましたね。」

「そんなにばっちくなかったってフォスが言ってましたよぉ。」

 フラミーはアインズにぴたりと張り付くと、頭を撫でるアインズの大きな手に犬のように頭を擦り付けた。

「ふふ、そうですか?すごく汚れてた気がしましたけど。――ところで、これは貰ったんですか?」

 銀色の蔦のようなブレスレットをツンと触ると、フラミーは首を振った。

「いえ、遊びに行く時に通行証にしようって借りたんです。でも、王様なら返さなくっちゃ。」

 フラミーは何の躊躇いもなくブレスレットを外した。

 

「アラさん、あの――あ、アラさんってこれからも呼んで良いですか?」

「いや、アラは王の意味を持つ称号なんだ。良かったら君はタリアトと呼んでおくれ。」

「わかりました、タリアトさんですね。タリアトさん、これお返ししますね。」

 フラミーはブレスレットをタリアトに差し出した。

「――別に貰ってくれても構わないよ?」

「いえ、悪いですから。それに、王様ならちゃんとお約束してから正式にアインズさんと会いに行きますよ!」

「私は女神の羽を貰ってしまったんだ。こんな細工物より余程価値があると言うのに…困ったね。」

 タリアトは苦笑するとそれを受け取り、自分の腕に戻した。

 きちんと物品の返却が終わったのを見届けると、アインズはフラミーを抱き上げた。

「さて、それじゃあうちの隊は昼食がまだだから少し待ってもらおう。」

 

「わかりました。ごゆっくりどうぞ。」

 タリアトはそう言うと自分の緑色の馬車へ戻って行った。

 馬車の扉を開ける近衛隊のジークワットがタリアトを見る目には勘弁してくれと書いてある。

「…アラ様、ベヘリスカの話とあの鏡に映った像がもしも本当ならあの方だけは良くないと思いますよ。」

「…ジークワット。"もしも本当なら"じゃない。ベヘリスカの言ったことも鏡に映ったことも全て真実だろう。正直言って、あの王の力ははかり知れん。それにあの煌王国の空を翔けていたアバドンなる者も、私では太刀打ちできないだろう。」

「アラ様に勝てない者なんて…竜王達以外にこの世に存在するのですか…?」

「やれやれ。世界は広いな。私達の知らない事で溢れている。しかし――気に入りの本のページをめくるみたいにワクワクする…か。」

 思い出すように呟くタリアトに、ジークワットは納得いかない顔をしてから再び口を開いた。

「アラ様…。全てが本当なら、尚のことあの女神にちょっかいを掛けてはいけません。この最古の森が枯らされます。」

「ふふ、枯らされなどしないさ。その女神が守ってくれるだろう。しかし、枯らされても求めたいと言ったら、そなたは怒るか。」

「冗談でも怒りますよ。側近達にも言いつけます。面食いなんだとは思ってましたけど、良い加減にして下さい。他所の王妃にちょっかいをかけるなんて、それこそ国際問題ですよ。」

「ははは。くわばらくわばら。」

 

 タリアトはひとしきり笑うと、アインズと食事を取るフラミーを見て遣る瀬ないような息を漏らした。

 フラミーはアインズに小さな実をぽいぽい口に入れられ、頭を撫でられるたびに幸せそうに微笑んだ。

 知ったばかりの気持ちは胸をギゥと締め付けるように痛んだ。

「…手には入らんか…。」

 漏らすように紡いだ言葉は誰の耳にも入らずに溶けて消えた。




すぐマーキングしあう夫婦

次回#65 戦犯
天空城書いてた頃に描いたフラミー様お洋服集をここで披露するぜ!

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威厳の為に御身も毎日違う格好らしいですよ!

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11/23は良い兄さんの日だったそうで、usir様にズアちゃん頂きました!
最近見ませんね?そろそろまた活躍してもらわないと…!
https://twitter.com/dreamnemri/status/1197901969496477697?s=21
さらに11/23は勤労感謝の日としてデミデミが勤労感謝される図もユズリハ様にいただきました!

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