王城の大広間には一番長い、五十人も座れるテーブルが出され、使用人達が椅子にチェアカバーを掛けては急ぎ並べていた。
人間の奴隷が床にモップ掛けをし、部屋の一方の樹皮が丸出しの壁を丁寧に拭きあげる。
神々は控え室で待っているので、漆黒聖典はホールの安全確認を行なっていた。
「ザイトルクワエになりそうな木だね。」
第二席次・時間乱流が樹皮に触れると、第五席次・一人師団は首を傾げた。
「ザイトルクワエは木が化けるわけではないのでは?」
「そうなの?あれってどうやって生まれたの?」
「…それこそ神々しか知らないと思います。」
男子二人の馬鹿らしい話を小耳に挟みながら第七席次・占星千里はメガネを外し、若干の汚れを取り払った。
メガネを掛け直し、ここで何か良くないことが起こらないかを占う。
まるでスクールバッグの様な鞄から美しいスコープを取り出し、木で見えもしない空へ向かって窓からそれを覗いた。
見えないはずの千里先の星々は占星千里の目には確かに見えていた。
「今日の星はどうかしらぁ?」
第四席次・神聖呪歌に問われながら星を読む。
「――大丈夫。陛下方には何も起こりません。」
「それは良かったわぁ。」
「…でも、死人が出ますね。」
「死人?争いが?」
「いえ、静かに眠るように――だと思います。」
「ふぅん。お城の中で誰か死んじゃうのかしらぁ。陛下方に何も起こらないなら…まぁ、良いんだけれどぉ。」
神聖呪歌の微笑みに笑みを返していると、部屋は騒がしくなっていた。
五十人掛けのテーブルの半分に、三人分の椅子を残して
「好き勝手言ってくれちゃってるわねぇ。嫌だわぁ。」
神聖呪歌がニコニコと穏やかに微笑んでいると、部屋にはいなかった隊長が戻って来た。
「皆、並んでくれ。陛下方と聖王国の皆さんがいらっしゃる。」
空いている方の椅子の後ろに席次順で並ぶ。
「…なんだか晒し者みたいだわぁ。」
「我慢してください。すぐに皆さん来られますから。ところで占星千里、結果は?」
「良好です。」
「そうか。」
しばしの騒めきの後、扉の左右に控えていた者が声を上げる。
「ローブル聖王国より。聖王女、カルカ・ベサーレス陛下。神官団団長、ケラルト・カストディオ殿。聖騎士団団長、グスターボ・モンタニェス殿。聖騎士団副団長、イサンドロ・サンチェス殿、聖騎士の皆様です!」
それを聞くと第十席次・人間最強が第九席次・神領縛鎖に耳打ちした。
「イサンドロ・サンチェスとは一度手合わせしてみたいな。」
「…九色の桃色だったか?」
「そうだ。平凡に見えるが、それなりの実力者だろう。」
「お前と巨盾万壁の図体に比べたら守護神様だって平凡に見えるわ。」
第八席次・巨盾万壁は無言でちらりと神領縛鎖を見た。
「む、そうか。ハハハ!」
人間最強が笑い声をあげると第十一席次の帽子の先が生き物のように動き、頭をバシリと叩いた。
「…うるさい。」
聖王国の面々が入ってくると、
「話しはちゃんと通ってるようですね。」と一人師団。
「謝罪の場だし、通ってなかったらまずいわぁ。」
隣に立つ神聖呪歌が小さく笑っていると、次の入場者だ。
「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国より、最高神官長、闇の神官長、光の神官長、三色聖典長の皆様です。」
漆黒聖典は元土の神官長、現三色聖典長であるレイモンも来るのかと少し姿勢を正した。
「いらっしゃるって知ってたか?」
「知らんな。」
お馴染みの神官達が入ってくると漆黒聖典は頭を下げてそれを迎えた。
「我がエルサリオンより、タリアト・アラ・アルバイヘーム陛下、近衛隊隊長のマイクン・ジークワット、航海団団長シャグラ・ベヘリスカ。」
聖典達は王相手のため一応頭を下げたが、神官長達は動く様子はない。
「皆すまないね。気にせずに楽にしてくれていいよ。」
アルバイヘームは手を振り部屋に入った。
王が入り、これで揃ったかという雰囲気を
「続いて神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国より、闇の…神…?」
言い淀む様子に聖典と神官の苛立ちが募る。
「――である神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下、光の…神…である…フラミー魔導王妃陛下、そして第一階層から第三階層の守護者…シャルティア・ブラッドフォールン様です。」
神聖魔導国に関わりを持つ全ての者が跪き低頭してそれを迎える。
アルバイヘームは悩んだようだが、「膝を付け、私も膝を付く」と小さく漏らした。
「陛下、たとえ相手が真に神だとしても…。御身も森を守る神であります…。」
「相手は私のように神とたまたま呼ばれるようになり、そう呼ばせているだけの存在ではない…。相手は竜王のような圧倒的存在だ。正真正銘の神だと思え。」
「神だと思え、じゃなくて実際神なんだよ。」
ぼそりと苛立たしげな声が漆黒聖典から上がる。
三人が部屋に入った瞬間、荒れ狂う風が部屋を吹き抜けた。巨木すら唸らせるような力の奔流に
瞬きをする事を忘れた者の目が充血していく中、アインズは無言で席に着くと、「面を上げろ」と一声掛けた。
フラミーはローブからよそ行きのドレスに着替えていたし、アインズも黒の後光とオーラをまとい、王笏の代わりに派手なワンドを腰に携えていた。込められている魔法はたった第一位階で、使うことはまずないだろうが、見た目というのは大事だ。
フラミーに意見を求めたところ反応は上々。シャルティアは最高だと鼻を抑えた。
威厳を感じさせる姿に、一人師団も分かりやすく興奮し、漆黒聖典はこれは行き過ぎと心の中で突っ込む。
「さあ、前向きに話し合いを始めよう。」
鶴の一声で
「…待って欲しい。ここの捕虜の裁判・返還についてなのだが…。ベヘリスカの自刎は許してやってはくれないか。これは私の大切な部下なんだ。」
カルカが答えあぐねていると、アインズは首を左右に振った。
「こちらは街も破壊されているし、フラミーさんが復活させたとはいえ一般人から多くの死者も出た。命は取り戻せばいいと言うものではない。それに聖王国では未だ怪我に苦しみ、家を失った民が神殿の冷たい床で寝ている。」そしてソロンへ顎をしゃくった。「――
ソロンもマリアネを殺そうと思ったのだ。聖王国の気持ちはよくわかる。
「…はい。」
「何より、シャグラはフラミーさんへの攻撃指示も出した。本来なら全ての捕虜達の首を落とす所だが、煌王国に騙されていたこともある。他の捕虜を戦犯として裁かぬ代わりにシャグラ一人の命で治めようと言うのだ。それは諦めろ。」
アインズの本音はこちらにあったが、それらしい御託を並べる事に成功した。
アルバイヘームは顔に手を当て、痛ましいように肩を下げた。
シャグラはその背をさすり、覚悟の瞳で笑った。
「我が君。我がアルバイヘーム陛下。私は良いのです。」
「ベヘリスカ…すまない…本当に…。」
「いえ。
「…ベヘリスカ…お前の息子は必ず城に登用すると約束しよう…。」
それを聞くとアインズは瞳の灯火を細めた。
「シャグラ・べヘリスカ。お前には息子がいるのか。」
「は。まだ八十一歳と幼いですが。」
「そうか。アウラ達と同い年だな…。」
ここに来るまでの四日の旅でこの男がそう悪い者ではないと言うことは解っている。全てを知ったシャグラは彼なりに、神聖魔導国のために奔走した。
アインズは暫し悩んだ。しかし、フラミーに手を上げた者を許すほどこの男は優しくない。
「シャグラ・ベへリスカ。お前には時間を与える。今すぐ家族と子供に別れを告げに行くが良い。走れ。死に物狂いで走るのだ。そして、それが済んだらこの会議が終わる前に必ず戻れ。――その時、お前には眠るよりも静かな死を与える。」
シャグラの瞳に感謝が雫となって落ちた。
「神よ、ご慈悲に感謝を。」
「良い。お前はこの四日ご苦労だったな。さあ、行け。時間は常に有限だ。」
深く頭を下げたシャグラは部屋を出た。
扉が閉まるか閉まらないかという所で走り出した足音は部屋にいつまでも響いた。
「…神王殿、慈悲に感謝を。…少し休憩を挟みましょう。ジークワット、第五王女を呼べ。あれは裁きの煌王国に放り込んでやる。」
アルバイヘームの怒りが昇り切ると同時に
空気の重い休憩の間、シャルティアはメモを手にアインズの隣で首を傾げていた。
「国を襲い、あろうことかフラミー様へ手を上げようとしたあの不敬極まりない
アインズは一瞬それの答えを考えたが、すぐに本心を口にした。
「感傷。下らないがそれだけだ。あぁ、ここはメモを取るんじゃないぞ。」
シャルティアは頷き、メモをしまった。
一方書類に再び目を通し始めたアルバイヘームは「神聖魔導国へ降れ」という文言を見ると眉間をおさえ、どうするべきかと側近達を呼び部屋の隅で話し合いを行った。
次回#66 最後の裁き
> 「相手は私のように神とたまたま呼ばれるようになり、そう呼ばせているだけの存在ではない…。」
やめろ、その言葉は御身に効く
11/23は和食の日だったそうです!
シノヒメコンビが出て来てルゥ!!そしてこっきゅんのクオリティよ
ユズリハ様よりです!
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