眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

256 / 307
#66 最後の裁き

 数日前。

 フィリナを乗せた黒豹(パンサー)はよたよたと落ち葉を踏みしめ進んだ。

 そしてついにその足は大きくぐらつき、ドシャリと倒れ伏した。

 落ち葉が激しく舞う中、相棒の森妖精(エルフ)の絶望の顔を浮かべた。

 本当に彼がひとりぼっちになってしまう。必ず友の下へ戻らなければ。

 でも、今は少しだけ休みたかった。

 上位森妖精(ハイエルフ)はまだ見当たらないが、最古の森へと言われたのだから、友の望みはもうこれで叶えたはず。

 馬で四日の距離を三日三晩休まず、飲まず食わずで走った黒豹(パンサー)はその後二度と動くことはなかった。

「う…うぅ…。」

 フィリナは温度を失い始めた黒豹(パンサー)の背から離れ、水の音が聞こえる方へ向かって本能で這う。

 そして川に顔を突っ込み必死に飲んだ。

 三日ぶりの水からプハっと顔を上げ、その場で死んだように眠った。

 

 ――おい。おい、人間。

 ――この取れかけの紋と言い、黒豹(パンサー)と言い、森妖精(エルフ)の使いか?

 ――連れて帰るか?

 ――煌王国に持っていく品はどうするんだ。

 ――人間くらい待たせれば良いさ。

 

 フィリナは動かない体を持ち上げられ、何かに乗せられた。

 

 そして気付いた時には――――「天井…?」

 くたびれ果てて痛みすら感じる腕で、柔らかなベッドを押すように起き上がった。

「む、起きたか。」

 探るような声に視線をやれば、白い髪を高い位置で一つにくくった上位森妖精(ハイエルフ)

「た、たどり…たどりついた…。」

 部屋の壁の一面は樹皮が見え、ツリーハウスなのだと言うのがすぐにわかった。

「人間、お前は商人に運ばれて来たのだ。私はアルバイヘーム陛下近衛隊のマイクン・ジークワット。お前の額にあった森妖精(エルフ)の守りの紋は血だな?あの死んだ黒豹(パンサー)はなんだ。また森妖精(エルフ)に何かがあったのか?」

 フィリナはソロンの黒豹(パンサー)は死んだのかと静かに一粒涙を落とした。

「わ、私は…フィリナ…。フィリナ・グランチェス・ラ・マン・アリオディーラ…。アリオディーラ煌王国の第五王女です…。ジークワット様…どうか、どうかお助けを――。」

 フィリナはここで真実を話すべきか一瞬悩む。

 しかし、すべてを知られれば上位森妖精(ハイエルフ)は決して煌王国に現れた地獄の使いから救ってはくれないだろう。

 嘘をつく事への激しい罪悪感に苛まれながら、フィリナはジークワットに助けを求めた。

 

「――にわかには信じられん。しかし、アルバイへーム陛下のお力であれば何とかなるだろう。第五王女、これは我ら上位森妖精(ハイエルフ)と最後の森妖精(エルフ)が生きるために行う事だ。お前はここにいろ。私はアルバイヘーム陛下に陳情して参る。」

「ジークワット様…感謝を…。」

 フィリナはもう自分は天国にはいけないなと確信した。

 王はフィリナを見に来ることもなく、すぐに発ったらしい。

 

 それから少しづつ食事をとり、体を癒した。

 王城にいる人間の奴隷達はフィリナに傅き、よく世話を焼いてくれた。

 ある昼過ぎ、フィリナが奴隷達と食事をとっていると、ノックもなく扉は開けられ「おい」と声がかかった。

 フィリナが振り返ると、出かけたはずのジークワットがいた。

 その目には強い怒りがあり、フィリナは煌王国は救われないとすぐに悟った。

 人間の奴隷は獅子の怒りに触れないようにそそくさと食卓を立ち、控えた。

「第五王女。アルバイヘーム陛下がお呼びだ。」

 フィリナが暗い顔をし、足下に目を落とすと「知っていたか」とジークワットは吐き捨て部屋を出て行った。

 

 もはや万策尽きた。フィリナは急いでジークワットの後を追った。

 

 ある部屋の前で止まると、ジークワットは中にいる者を説明した。

「まずは下座にお掛けになっているのが我がアルバイヘーム陛下。上座にお掛けになっているのが神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が王、アインズ・ウール・ゴウン陛下と王妃フラミー陛下だ。それから、ローブル聖王国が聖王、カルカ・ベサーレス陛下。」

 フィリナは説明を聞き、三人も王が揃い、まずどの王に謝罪をするべきかわからなかった。しかし、席順で言えば、やはりアインズ・ウール・ゴウンに頭を下げるべきだろう。

 ジークワットが中にフィリナの到着を伝えると、扉は開かれた。

 

 部屋の中で一番に目を引くのは死の権化の如きアンデッド。ジークワットの説明によれば、それは王のはずだ。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を従える国なのだから、王がアンデッドと言うのは何もおかしくないのかもしれない。

 そして――、目を閉じるソロン。無事だった事に安堵した。

「来たね。卑しき煌王国、第五王女。」

「あ、あの、陛下方…私は――」

「黙れ。私がいつ喋ることを許可したのかな。こちらが質問をするまで口を開くんじゃない。」

 アルバイへームから放たれる冷たい言葉と雰囲気に、フィリナの足はガクガクと震えた。

「さて、そなたは全てを知っていたね?」

「……し、知っていました…。」

「そうか。そなた達のおかげで我が国は神聖魔導国と聖王国を敵に回したよ。そして何の罪もない多くの命を奪ってしまった。そしてこの後更に命が奪われる。そなたは裁きに現れたアバドン殿の討伐を我々に頼みに来た訳だが、まさか自分は悪くないなどと思っているのかな。」

 フィリナは「いいえ」と返事をし、カラカラに乾いた唇が切れたのを感じた。

「ならばまずは被害を受けた国へ謝罪するんだね。口を開くことを許す。」

 フィリナは震えながら、まずは神聖魔導国の王へ頭を下げた。

「も…申し訳ございませんでした…。私は王や軍部を止める事を途中で諦め――」

「第五王女、私から言えることは"裁きを受け入れろ"、ただそれだけだ。しかし――これは忠告だ。お前は一番最初に頭を下げるべき相手を大きく間違えている。」

「あの…それは…。」

「考えればすぐにわかることだ。」

 フィリナは骸の王が淡々と紡いだ言葉の意味を考える。

 一番最初に煌王国が謝るべき相手とは――。

 フィリナは一度王に頭を下げてからソロンへ向く。

「そ、ソロン…本当に…申し訳ありませんでした…。森妖精(エルフ)達を殺したのは…煌王国です…。私は全てを知っていながらあなたに嘘を吐き続け、騙し続け…あなたの持つ様々な知識を利用しました。謝っても許されないとは解っています。」

 フィリナは途中つまりながらも謝罪を口にし続けた。

 そこにいる全ての視線がフィリナに集中していた。

 一人として優しい目を向ける者はいない。

 心細かった。煌王国は呪いに落ち、自分を迎えてくれる場所などもうこの地上のどこにもないのだと。

(ソロン…ソロンはずっとこんな気持ちだったのですね…。)

 フィリナは涙が浮かびそうになるのを堪えた。泣いて許されるはずもないし、泣いて良い立場でもないから。

 そして何分にも及ぶ謝罪は終わりを迎える。

「――私は…託してくださった黒豹(パンサー)も死なせてしまいました…。」

 ソロンは全てを聞くと静かに目を閉じた。

「…黒豹(パンサー)の――彼の最期は立派でしたか…。」

「……申し訳ございません…。実は私は見ていないのです…。」

「……そうですか。」

 ソロンはそれしか言わなかった。許すとも許さないとも言わなかった。

「ウデのアスラータよ。黒豹(パンサー)はこちらで葬った。帰る時には手を合わせてやってから帰ると良い。」

「アルバイヘーム陛下、感謝致します。」

「良い。」

 

 フィリナは頭を下げると次の人物へ向かった。

「…ベサーレス聖王女陛下。私の国は聖王国に上位森妖精(ハイエルフ)を仕向けました…。このような言葉一つではとてもお許しいただけないでしょうが…私なりに精一杯償います…。」

 聖王国へ仕向けたというより、本当は隣の大陸そのものに仕向けたのだが――同じことだろう。

 再び長い謝罪が始まると、聖王女は眼光を緩めた。

「私達の神々は許す事でしか許されないとお教えです。それに今煌王国は神王陛下より五ヶ月の裁きを受けています。何も知らない国民達も裁きを受けていると聞きましたし…聖王国は…謝罪を受け入れます。」

 フィリナは国から逃げ出した時に背中に聞こえていたあの地獄の裁きの説明をする異形の声を思い出し震えた。

「…ありがとうございます…。感謝を…。私は責任を持って聖王国へあらゆる謝罪を行います…。」

 そう言いながら、父や姉が自分に委ねてくれるだろうかと僅かに過ぎる。が、次は父と姉に負けてはいけないだろう。

「そうですね。さぁ、それじゃあ光神陛下にお礼を述べて。」

 何の礼かわからぬフィリナが悩んでいると、骸の王の咳払いが響いた。

森妖精(エルフ)も聖王国の民も全ての死者はフラミーさんが呼び戻した。つまり、最初に謝るべきは――」

「え?呼び戻し――?え?」

 思わず王の言葉を遮ってしまう。

 フィリナは脳に言葉の意味が染み込むまで、これまでの人生で一番長い時間を要した。

「復活させました。特別ですよ。何度でも生き返らせるなんて思わないでください。」

 思わず顔がほころんでしまった。

「ありがとうございます!!ありがとうございます陛下!!」

 すると、廊下はにわかに騒がしくなり、バタバタと足音が響く。

 が、足音とは対照的に、非常に丁寧に扉はノックされた。

「――戻ったな。第五王女よ、決して取り戻されない命もある事をお前は今から学ばなければいけない。」

 骸の王の言葉は部屋に妙に大きく響いた。

「入ってくれ…ベヘリスカ…。」

 アルバイヘームが許可を出すと、この薄ら寒い季節には不釣り合いなほどの汗をかいた上位森妖精(ハイエルフ)が入った。

 その肩は激しく上下し、相当急いでいたということが分かる。

「お、おま…っはぁ!…お待たせいたしましたっ…!」

「待ってなどいないとも。まだ会議は終わっていない。シャグラ、十分に別れは言えたか。」

 扉の影から目を赤く腫らした上位森妖精(ハイエルフ)が部屋の中を伺っていた。

「は、はいっ…はぁっ…お、おかげさまで――」

 覗いている者が声を殺してすすり泣いた。

 ようやく息切れが収まると、シャグラと呼ばれた上位森妖精(ハイエルフ)は困ったようにそちらを見た。

「…お前、静かにしないか…。陛下方申し訳ありません…妻がついてきてしまって…。」

 泣き暮れる上位森妖精(ハイエルフ)はついに耐えられなくなったような顔をすると中に入り、アルバイヘームに縋った。

「アルバイヘーム陛下!最古の森を守りし至高の君!主人の罪は分かります!ですが、国のためと、森妖精(エルフ)のためにやった事です!!どうか、どうかお慈悲を!!」

 答えたのはシャグラだった。

「やめないか!アルバイヘーム陛下にも神王陛下にも無礼だ!これは最初から最後まで私が決めたことだと言ったろう!」

「あなたぁ…!」

 フィリナはそれだけで、今から何が行われるのか理解した。

「申し訳ありません、神王殿。」

「やれやれ。ともかくシャグラは戻った。約束の者達を先に返そう。<転移門(ゲート)>。」

 骸の王は闇を開き、中へ消えた。

 そしてすぐに王は戻った。その後ろには泥だらけの上位森妖精(ハイエルフ)達。

「おぉ!隊長、ウデ=レオニ村の草むしり、ほとんど終わりましたよ!――あ、いや!これはアルバイヘーム陛下も!失礼いたしました!」

 部屋の絶望的な空気とは違い、明るく前向きな声がこだまする。

 嫌に生き生きとしていて、それが人々の絶望を一層深めるようだった。

 アルバイヘームは続々と現れる上位森妖精(ハイエルフ)達に膝を着くように言った。

「ベヘリスカはそなたたちに代わり、これより一人――…旅に出る。」

 フィリナはそれ以上聞けなかった。

 死出の旅立ちの説明が始まり、どの者もそれを理解すると、部屋は暗く深い海の底のように静かになり、時間を失った。

「お前達、どうか笑って送ってくれ。それから、皆無意味な殺生に付き合わせて悪かった。私は先に行くよ。全員、すぐには来るなよ。じゃあな。――ソロン、お前も元気で過ごしなさい。アニラや長老衆にもよろしく伝えてくれ。」

「シャグラさま……。」

「本当にお前がこの世に一人ぼっちにならなくて良かった。」

 シャグラが笑うと、皆すすり泣き、見送るように歌を歌った。

「もういいか?」

「はい、神王陛下。この度は貴国と聖王国に取り返しのつかない事をし、本当に申し訳ありませんでした。そして、光神陛下。御身に矛を向けた事をこの旅の四日間、後悔しない日はありませんでした。御身の御威光にもっと早く気づくべきだったと、ただただ愚かな自分が憎らしいばかりです…。」

「もっと違う出会い方をしたかったですね。さようなら、シャグラ・ベヘリスカ。嫌いじゃありませんでしたよ。」

 女神の言葉を聞いた全ての上位森妖精(ハイエルフ)はやり切れない思いに、砕けるほどに奥歯を強く噛んだ。

 

「さぁ、シャグラよ、座って楽にしろ。」

 王は目を閉じたシャグラに指を差した。

「<(デス)>。」

 何も起こらなかった。大きな爆発も、荒れ狂う雷も。

 ただシャグラの呼吸し動いていたはずの胸が静かにしぼみ切りピタリと動きを止めただけだった。

「――神王殿…。慈悲に感謝を…。」

 畏れを抱いたような声でアルバイヘームはそう言い頭を下げると、立ち上がった。

「お前達、ベヘリスカを連れて行ってやりなさい。明日国葬にする。一番綺麗な所に埋葬してやろう。」

 無言で涙を流す泥だらけの男達は椅子に座り、静かに目を閉じる男を連れて出て行こうとし――フィリナは声を上げた。

「わ、私は!!」

 厳粛な死を破壊された事にアルバイヘームの怒りの視線は燃えるようだった。

「騒がしい猿だ。許可なく口を開くなと言ったのに――」

「私は煌王国の第五王女です…!!」

 フィリナの叫びを聞くと、上位森妖精(ハイエルフ)達の視線は憎しむべき対象を見つけ、焼き付くようだった。

「私も…裁きを受けます…。」

「…そなたが裁きを受けたところでベヘリスカは戻らない。しかし、止めるほど私達は優しくないよ。最初からそうするつもりだったのだから。」

「私もそのつもりだった。<転移門(ゲート)>。さぁ、送ってやろう。行き先は城だ。」

 フィリナの足は震えた。再び開いた闇の向こうは文字通り地獄なのだ。

 早く入れと上位森妖精(ハイエルフ)達が怒りに声を上げる。

 逃げ出したいが――「あ、ありがとうございます…。私は…罪を背負い…償い続けます…。」

 フィリナはそう言うと闇へ足を踏み入れた。

 そして城の廊下で五ヶ月間、苦しみに叫び続け――ソロンの半年の痛みと、自ら死へ向かったシャグラを思ったらしい。




あいやぁ…すっかり裁かれちゃった…
敵にも事情や家族があるのは辛い…(´・ω・`)そろそろ気が抜けた話を読みたいなりね…
フィリナちゃん助けてって言う人が見事に一人もいなかったから、裁かれちゃったよぉ
次回#67 雨

タリアト君とソロン君をユズリハ様が描き起こして下さいましたよ!
わぁい!美人だねタリさん!

【挿絵表示】


そして11/24はOLの日だったそうです!
お世話されるフラミー様もいただきましたよ!!

【挿絵表示】

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。