眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#67 雨

「これでようやく煌王国への裁きは完結したな。」

 再びの休憩に入ったアインズは一仕事を終えた気分になり、機嫌良くそう言った。

 しかし、当然仕事はまだ続く。

 この最古の森が神聖魔導国に降るという文言が書かれた、アルベドが作ってくれた文章への合意と署名、捺印がされていないのだ。

 ここは素晴らしい森だった。

 アインズが知るあらゆる森の中でも特によく育っている様子だった。

 トブの大森林や、エイヴァーシャー大森林は精々大人三人で囲めるような木が多いが、ここに生える木々は隣の木と合体して捻くれながら育っているようなものもある。

 リアルにかつてまだ森のあった百年前の記録でも、日本ではここまでの木々は縄文杉くらいしかなかっただろう。

 樹齢千年を超えるような木は実に見応えがあり、どこまでも荘厳でアインズを唸らせた。

 フラミーがあれこれと落ちている紅葉を拾い、どっちが綺麗?と無限に聞き続けてくれる道中も実によかった。

 最強葉っぱ決定戦で勝ち残った落ち葉は後日くれるらしい。

 あえなく予選敗退となった葉っぱはシャルティアにあげていたが、シャルティアは即座に<保存(プリザベイション)>を掛け、大切にしまっていた。

 帰ったら皆に自慢すると満面の笑みでしばらくそれを眺めていた姿はなんとも愛らしかった。

 この森は無傷で手に入れ、王と言う名の管理者に引き続き丁寧に育て守って貰いたいところだ。

 しかし、なんと言ってもあの王がフラミーを見る目はなんとも気に入らない。

 

 神聖魔導国一行は休憩中だが、上位森妖精(ハイエルフ)達は書類を隅から隅まで目を通していた。

 上位森妖精(ハイエルフ)達は当然使う文字が違う為、読解魔法を使いながら少しづつ読んでいるようだ。

「どうなるでしょうね。」

 フラミーは少し緊張したように言葉を紡いだ。

「そうですね。大人しく降ってくれると良いんですけど…。」

 この森にストレスを掛けたくない二人は、熱心にどうするかと話し合う上位森妖精(ハイエルフ)を見た。

 流石に魔法を得意とする者達なので、<静寂(サイレンス)>を掛け話し合っていた。

「アインズさん、ここって五百年前は竜王が最古の森を支配して雨を降らせてたんですって。タリアトさんは、それを継いでここに雨を降らせてずっと守ってきたって。」

「竜王にもいい奴はいたんですね。意外だ。」

 アインズがタリアトに少しも触れず、不愉快なトカゲ達を思い出していると、フラミーはくすりと笑った。

「ツアーさんだって今は良い人です。」

「ツアーには自然の尊さが分からないからなぁ…。」

 今でも当然ツアーはアインズの世界征服に懐疑的な為、基本的にそれに力を貸すことはない。

「さすがのツアーさんでもこの森を見たら、殺された竜王みたいに雨を降らせて守りたくなるかも知れませんよ。」

「…"僕は雨が降らないのも世界の選択だと思うよ"。」

 アインズがそういうと、フラミーはぷっと吹き出した。

「はははっ、言いそう!言いそうですねー!」

「ですよねぇ、ははは。」

 アインズも笑っていると、タリアトが上位森妖精(ハイエルフ)の輪を抜け、掃き出し窓からバルコニーへ出て行った。

 

 タリアトは、シャグラ・ベヘリスカともあろう男がすんなりと死に落ちた事を思い返していた。

 とても敵う相手ではないのは初めからわかっていたが、実際に目の前で力が行使された瞬間を見ると改めてアインズの力は凄まじいものだと思わされる。

 ここでNOと言えば、森は、国は、どんなことになるかわからなかった。NOと言わなければ良いだけではあるが――。

 こちらはNOと言える立場ではない、圧倒的な力差があると言うのに、神聖魔導国からの条件は気味が悪いくらいにこちらに害がないものだった。

 だからこそ、信用できずにいた。

 NOと言うほど愚かではないが、無条件にYESと言うほど愚かでもなかった。

 

「タリアトさん。」

 鈴を鳴らすような声に振り返れば、フラミーと、少し離れたところから様子を見るアインズがいた。

「フラミー君。どうしたんだい?」

「――ここはいい森です。立派な木がたくさん!最古の森って言うけど、本当に地上で一番古い森みたい。」

 タリアトはフラミーの言葉にふっと笑った。

「…そうだね。誰が呼び始めたのか私も知らないけれど、遙か昔から最古の森と呼ばれているよ。ごらん、立派な木だろう。」

 タリアトが城を支える木を見上げるとフラミーは頷いた。

「今は城を建ててしまったが、この母なる木の虚にその昔は竜王が暮らしていたんだ。だから、私達はここは森の守神のための場所なんだと信じているんだよ。」

「森の守神…。ねぇ、タリアトさん。私、本当にこの森が好き。あなたが守って来てくれて、すごく良かった。」

「ふふ、それは何よりだよ。」

 タリアトは静かに微笑みバルコニーの欄干に腰掛け――微笑みを返すフラミーの周りには青い魔法陣が咲いた。

「フラミー君?」

 タリアトは数度瞬いた。

 その瞳の中には輝くフラミーしか写ってはいないだろう。

 事実、神聖なる光景に完全に飲まれていた。

 額に汗が伝う。それは畏れを形にしたものだった。

 

 ――強い。

 

 死に物狂いで魔法を手に入れ、森の守り神の座を竜王から継ぎ早幾星霜。

 魔法を使う時にすぐそばに感じていたものの正体がタリアトには今はっきりと分かった。

 部屋の中には口を開け、フラミーを見る国の者達。

「ここが森の守り神の場所なら、私はたくさんここに来ることになりそう。」

 フラミーがそういうと、タリアトはなんとか我に返った。

「――"王様と森を守る"だっけね。不思議と君のその言葉を疑った事はないよ。」

 フラミーが顔を綻ばせると、アインズは羽織っていたローブを脱ぎ、そっとフラミーに掛けた。

「あ、ありがとうございます。アインズさん。」

「いいえ。冷やさないで下さいね。」

 優しい声音だった。

 時間が静かに流れ、一幅の絵画よりも美しい光景は魔法陣が強く輝く事で終わりを迎える。

「――<天地改変(ザ・クリエイション)>。」

 風が舞う。魔法陣が散ると同時にタリアトの鼻に雨の香りが届いた。

 空には雲が生まれ、どんどん分厚くなっていく。

 しかし、所々晴れ間があった。

 そして一粒――ぽたりとタリアトの鼻にぶつかった。

「――雨だ…。」

 晴れ間を残しながら、雨が降り始めた。

 バルコニーの下の国民達は呆然とフラミーを見上げていた。

 透き通る水滴の中には最古の森が映し出され、ベールのようにサラサラと細かく降り注ぐ雨はまるで緑色のようだった。

 雨に連れて来られた空の香りが地上に立ち込める。

 これはどれほど遠くまで降っているのだろう。

 このバルコニーから見渡せる空は一面綺麗な雨を降らせているようだった。

 自然現象以外でこれだけの広さに雨が降るのを見たのは五百年ぶり――絶対的な力を持つ竜王という存在を失って以来だ。

 タリアトの何十倍もの広さに雨を降らせている様子のフラミーの力は竜王と同じか、それを凌ぐかも知れない。

 かつて竜王が雨を降らせていた時、この森は今よりももう少し狭かったのだから。

「ね、私達、ここを一緒に守れますよ。」

 呆然としかけていたタリアトはその言葉を聞くと、欄干から腰を上げ、すぐにフラミーの前に膝をついた。

 神聖魔導国の不自然に優しい条件の訳に心から納得がいったから。

「私の小さな女神よ…。君の下になら私は喜んで降ろう。どうか共にこの森を育んで頂きますよう、お願い申し上げます。」

「ありがとう。」

 ローブの裾を取るとタリアトは静かに口付けを落とした。

 晴れ間と霧雨の間に掛かる虹は幻のように霞んでいて、川にも、巨大緑茸(キングマッシュルーム)にも、所かしこに橋を渡していた。

 タリアトはあまりのその光景の美しさに雄叫びを上げたい気持ちになった。

 昂り波打つ感情は体を駆け巡る。

 今世界は確かにここを中心に回っている、そんな気さえした。

「フラミー君――いや、フラミー様。今度こそ教えてくれるね。あなたの住んでいる場所を。」

「もう分かってるでしょう?」

「隣の大陸と言うことだけじゃ迎えの馬車を送れないじゃないか。」

 タリアトがフラミーを見る目は天にも上るようにとろけていた。

「私、ナザリック地下大墳墓に暮らしてます。でも、迎えの馬車はいりませんって。」

 フラミーはおかしそうに笑った。

 

 それはこの大陸中で一番広い森全土が落ちた瞬間だった。

 アルバイヘームはこれからも長き時を生きるが、その日の光景は彼の見た美しい光景トップスリーに入る。

 一つは竜王の起こした嵐の夜の最古の森で、もう一つは――いつか、時が来たら語ろう。

 

 最古の森は広いため、まずは上位森妖精(ハイエルフ)達の国であるエルサリオン上王国に死の騎士(デスナイト)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が投入される。

 アンデッドが訪れた時は多少の混乱があったが、これまでで一番力ある種族はそうそう恐れ慄きはしなかった。

 ただ、この強大なアンデッドが呼び水になり、さらに強大な者が自動で生まれてしまわないかだけは皆警戒したようだ。

 他の地域には上位森妖精(ハイエルフ)と冒険者、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が説明を行ってから、順次アンデッドを送り込んだ。

 どうも信用されない時にはアインズが出て天地改変(ザ・クリエイション)を使って見せたとか。

 最古の森は、国の特別管理地となり、伐採を厳しく取り締まられる。

 それは最古の森に住んでいる者も例外ではない。

 エルサリオン州とも名を与えられるが、皆最古の森と呼んだ。

 

 そして手始めに神殿を一つ。完成はやはり五ヶ月後。

 そこが完成すると転移の鏡が置かれ、繋がる先は神都となった。

 転移の鏡の左右には七十レベルにもなるアンデッドの地下聖堂の王(クリプト・ロード)が立つ。

 鏡を盗まれないようにするため、いつでも死の騎士(デスナイト)達の指揮を行える、ある程度の強さを持つこのアンデッドが配備されたのだ。このモンスターは指揮官系の特殊技術を持つため、支配下に置いているアンデッドを強化できる。

 元は豪華だったであろうボロボロの紫色のローブを纏い、不釣り合いなまでに輝く王冠を被った姿はどこか神聖だった。

 上位森妖精(ハイエルフ)達の出入りが普通になるまでもういくばくとかからなかった。

 

 神殿の完成以降二つの大陸間はこの鏡で行われる事が一般的になるが、最初に鏡をくぐったのは言うまでもなくタリアト・アラ・アルバイヘームだった。

 そして、それに付き添い共にくぐったのは――やはり、いうまでもなくソロン・ウデ・アスラータだった。

 

 ソロンは全てが終わると、教えられた黒豹(パンサー)を葬ってくれたと言う、国が管轄している墓地へ向かった。

 花を買い辿り着いた場所では、流石に上位森妖精(ハイエルフ)達と同等に葬ることはできなかったようで一基だけ少し離れた場所に友の墓はあった。

「…ごめん、遅くなった。」

 濡れた薄い四角の石板の前に花を手向け、膝を抱えて座った。

「……俺は自分のことばっかりだった…。お前は本当はこの半年ずっと森に帰りたかっただろ…。本当にごめんな…。」

 手向けた花は風に揺らされ、濡れた落ち葉がはらはらと舞った。

 ただひたすらにその場に座り、共に生きた彼を想った。

「疲れただろう…。本当、よく走ってくれたよ…。俺、俺…アニラが生き返ったとき、もう悲しいことはおしまいだって思ったけど…お前がいてくれないなんて…シャグラ様がもういないなんて…―――ッ!!」

 地面を叩こうと振り上げた手は震え、とさりと地に落ちた。

「……帰ろう、一緒に。俺たちの森に。皆がお前を待ってるんだから。」

 そう言い、不器用な笑顔を作った。

 

+

 

「あいつは百億パーセントフラミーさんに惚れてます。」

 それぞれの者を転移門(ゲート)で送り返し、ナザリックに戻ったアインズはぶつぶつと文句を垂れていた。

「ははは、やだなぁ。私なんか好きになってくれるのはアインズさんくらいですよ。ねぇ、ナインズ。」

 フラミーに張り付く小猿は小首を傾げ、「まんま?」と愛らしい言葉を紡いだ。

「いーや、本当に。あいつはダメですよ。九太、お前は絶対に天地改変(ザ・クリエイション)を覚えるんだ。フラミーさんを行かせないために俺もこの魔法を使いに行くが、九太もフラミーさんをあの痴漢から守るんだ。良いな。痴漢が乾季は二ヶ月もあると言っていた。」

「はは、痴漢。」

 痴漢だと憤慨するアインズはふと思い出したように、ナインズを抱くフラミーを持ち上げると風呂へ向かった。

「髪の毛一本一本洗います。」

「えぇ!?またですか!?」

 アインズはしばらく毎夜毎夜フラミーの丸洗いに精を出したらしい。

 

+

 

 その頃、シャルティアはBARナザリックで至高の落ち葉を守護者各員に自慢していた。

「どうでありんすか!フラミー様が妾の為に拾って下さった葉っぱでありんす!!」

 高らかに声が響く。

 その葉っぱに注がれる視線は羨望、嫉妬、――尊敬。

 一人づつじっくりと葉を見ては隣の者に渡した。

「すごいじゃん、シャルティア!いいなぁ!あたしもフラミー様に葉っぱ頂きたいなぁ!」

 ジュースを飲んでいたアウラのそのセリフは恐ろしいことに大真面目に紡がれている。

「あ、あの…ぼ、僕、フラミー様に物なんて一回も貰ったことなんてないです…。」

「マーレだけじゃないわ!私もまだ何も頂いた事なんてないもの!一体どんな働きをしたっていうの!?」

 アルベドがマーレに賛成するようにハンカチを噛みながらそう言うと、コキュートスもムゥ…と唸った。

「私モダ…。マダマダ働キガ足リナイト言ウ事カ…。」

 そんな中、余裕を見せているのはデミウルゴスだ。

「まぁ、私は黒き湖でお花を頂いたけれどね。」

「おんしは差し上げたから、返されただけでありんしょう。」

「……それだって羨ましいわ。私も何か差し上げてみようかしら!!」

 アルベドが翼をバッサバッサと動かしていると、これまで影のように静かに過ごしていた男の元に葉っぱが回って来た。

「ンンンン…。これがフラミー様が拾われた葉っぱ…。」

 パンドラズ・アクターはじっくり表裏と確認し、優しく撫でた。

 世界級(ワールド)アイテムに触れる時と何一つ変わらない丁寧な手付きだ。

「ソレデ、ドンナ働キヲ見セタノダ。」

 コキュートスの問いに、シャルティアは意味深な笑顔を返した。

「何?あたし達にも教えてよ!参考にするからさ!」

「ふふ…私はアインズ様のあらゆるお言葉をメモに取って勉強に勉強を重ねておりんした。成長しようとする私にご褒美ありんすね!」

 皆「あ〜!」と声を上げた。

「最近シャルティアってメモ魔だもんねー!」

「おんしらもよく学ぶことでありんすね。」

 シャルティアの高笑いの横で、パンドラズ・アクターは一生懸命葉っぱの型を取り、それを忠実に再現したものを宝物殿に飾ろうと精を出した。




ほのぼのナザリックしたい!!!
フラミー様が国の支配の決め手になったの、実は初めて?

次回#68 閑話 護衛の皆さん
もうどんな話かわかった

さぁ、裁かれた世界を見てみましょう!ユズリハ様が素敵でゾッとする地図を作ってくれました!

【挿絵表示】


11/26はいいチームの日だったそうです!こちらも©︎ユズリハ様です!
私がクアイエッセお気に入りなのを狙って描いて下さったそうで、いひいひ言ってまぁすww

【挿絵表示】

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