眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#69 閑話 図書館と執事

 第九階層から第十階層に歩いて下りる者が一人。

 黒い燕尾服と側章の入るパンツにはシワひとつない。

 エ・ランテルから帰ったセバスは玉座の間への扉に匹敵する大扉の前に辿り着いた。

 扉の両端にはレアメタルを使って製作された武人の格好をした三メートルもある動像(ゴーレム)が屹立している。

「開けてください。」

 セバスの声に反応し、動像(ゴーレム)達は扉に手をかけゆっくりと大扉を押し開いた。

 ズズズ…と重く深い音を鳴らし、扉が開いた先はまるで美術館。

 美しい彫刻の施された本棚が並び、床は寄木細工のように華やかに彩られていた。

 

 ――この世の全ての知識を収めし最古図書館(アッシュールバニパル)

 

 巨大なこの図書館は吹き抜け構造で、二階にはバルコニーが突き出して一階が覗き込める。

 セバスはこの美しい床を踏むことをわずかに躊躇う。

 外から帰ったセバスの靴底は汚れていたが、ここを訪れる前に第九階層にある自分の部屋で丁寧に綺麗にした。だと言うのに、躊躇う。

 チリひとつなく、傷ひとつないそこは何度訪れようとも至高の四十一人の威光を感じずにはいられなかった。

 毎日ナザリックで働き外で夜を過ごす。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達同様、セバスもこの地が如何に特別な場所なのかを日々感じた。

 しかし、いつまでも入り口で躊躇っていても仕方がない。

 セバスは目的の部屋へ向かって歩みを進めた。

 しんと静まる図書館は誰かがページをめくる音と、セバスの靴音しかしない。

 最古図書館(アッシュールバニパル)は「知の間」、「理の間」、「魔の間」、用途別の小部屋、職員達の私室とに別れている。

 今日目指すのは用途別の小部屋である「製作室」だ。

 広大なこの図書館では製作室は入口から中々に遠い。

「ようこそ、セバス様。」

 かすれた声を出し、ふらりとセバスの前に姿を見せたのは"白の贋金持ち"――司書Jだ。

「どうも。スクロールを取りにきました。」

「心得ております。ご案内いたしましょう。さぁ、こちらへ。」

 手短に静かなやりとりをし、いつもの様に二人は製作室へ向かった。

 当然セバスはもうとっくに製作室への道順など覚えているが、司書達は来館者の役に立つ事も仕事のためどこへ行くにしても必ず案内をしてくれる。

 至高の存在に言われた仕事を全うしようとする者達のそれを断るというのは全方面に失礼だろう。

 

 たどり着いた製作室には四方に大きな棚が置かれ、少し圧迫感を感じさせる。

 棚の中には無数の鉱石、貴金属、水晶、宝石、属性付与石、各種粉末、常闇から取れた様々な器官や骨、皮など多岐に渡るものが整理整頓され並べられていた。

 殆どの資源は宝物殿の一室に納められているため、ここにあるのはすぐに利用する物だけだ。

「………ん。ティトゥス様、セバス様がきた。」

 かつて余所者だった少女、イツァムナーが声を上げると、この巨大図書館の司書長であるティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスは約束の者の来訪におぞましい顔を綻ばせた。

 その姿は二本の鬼のような角を持つサフラン色のヒマティオンに身を包むスケルトン・メイジだ。

「ようこそ、セバス。転移門(ゲート)のスクロールだね。」

「頼みます。それから、今日は伝言(メッセージ)も何本か。」

 羊皮紙をテーブルに並べていたティトゥスはイツァムナーに軽く目配せした。

 すぐに棚に向かい、伝言(メッセージ)のスクロールを用意する。

「………はい。」

 セバスは手早くスクロールの本数を数え、無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)にしまった。

「ありがとうございます。」

「いやいや。さぁ、ここに受け取りの署名とスクロールの種類、本数を。」

 スクロールの製作にはユグドラシル金貨が用いられる為、適当に作って適当に渡すとはいかない。

 セバスがさらさらと流れる手つきで必要事項を書いていると、「オヤ」と聞き慣れた声が響いた。

「セバス。オ前モスクロールカ。」

 司書Pに案内されて現れたのはコキュートスだった。

「これはコキュートス様。そうです。転移門(ゲート)伝言(メッセージ)を取りに参りました。」

「ソウカ。ティトゥス、私モ転移門(ゲート)伝言(メッセージ)、ソレカラ飲ミ水ヲ生ム物ト、読解魔法、兎ノ耳(ラビッツイヤー)モ頼ム。転移門(ゲート)ハ聖典ニモ二本程渡シテオキタイ。ソレゾレ数ハ――」

 ふんふん聞いていたティトゥスはひとつ頷いた。

「守護者コキュートス。すぐに用意しよう。読解魔法は品切れ中だから、今作る。待っていてくれ。」

「頼ム。」

 ティトゥスとイツァムナーが製図台に低位用の羊皮紙(・・・)を広げるのを眺めるコキュートスはサインをするセバスにポツリと尋ねた。

「――セバス。最近ドウダ。」

 セバスは顔を上げた。

「どう、とは何についてでございましょう。」

「オ前ノ所ニハ子ハマダナノカ、トナ。一郎太ハ今日モザリュースノ息子二人ト手合ワセヲシテイル。オ坊チャマモオ立チニナリ始メタ。」

「そうですね。ナインズ様の為にも――早く出来ればいいのですか。」

「フラミー様ニキチント魂ヲ下サルヨウオ願イシナケレバ駄目ダト思ウゾ。子ガ出来タラ、アインズ様ハキットツアレノ第六階層ヘノ出入リヲオ許シ下サルダロウシ――イヤ、コレ以上ハ余計ダナ。トモカク、応援シテイル。」

 コキュートスは、子供――更なる弟子を期待していると言うのは勿論あるのだろうが、このナザリックに一歩も踏み入れることを許されていないツアレを慮るようでもあった。

「ありがとうございます。コキュートス様。」

「ウム。私ハマダマダ掛カル。気ニセズ仕事ニ行ッテクレ。」

 セバスは武人に頭を下げ、製作室を後にした。

 高い天井には絢爛なフレスコ画。描かれる空は外の空よりも美しく、それを取り巻く天使と悪魔は和解の時を迎えようとしているのか、はたまたこれから起こる戦争を前に相手の隙を探しているのか。

 司書Jに外まで見送られ、セバスの背でズンと巨大な扉が閉まる。

「お願いしてみましょうか…。」

 セバスは九階層へ戻っていった。

 

 てきぱきと掃除をする執事助手のエクレア・エクレール・エイクレアーはぱっとセバスへ振り返った。

 その周りには執事助手補佐という変わった役職の天空城から拾われてきた猫二匹。

「これはセバス様!おかえりなさいませ!下界へお戻りですか?」

「おかえりなさいませ!」「いってらっしゃいませ!」

「今はフラミー様のお部屋に向かう所です。フラミー様は中ですか?」

「ええ、中にいらっしゃいます。」

 セバスがいそいそと身嗜みを整えていると猫二匹はそれを手伝い、執事服をより美しい形になるようにひっぱったり伸ばしたりした。

「セバス様はフラミー様に会うの?」「フラミー様はエ・ランテルに行きたいんだよ!」

 騒がしい猫達に耳を貸していると、突如フラミーの部屋の扉が開かれた。

 廊下にいた面々は何事かと数度瞬きをし、出てきた不可視化を解いた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)とハンゾウの言葉に、あぁ。と納得した。

「アインズ様とフラミー様を捜せ!!」「御方々はいずこへ!!」「ナインズ様ー!!」

 気持ちはわかるが、ここは大九階層スイートルーム。

 ナザリック地下大墳墓の執事(バトラー)で、階層守護者と同格の家令(ハウス・スチュワード)の仕事もこなすセバスは咳払いをした。

 

「落ち着いて下さい。私も御方々の捜索をお手伝いしましょう。ここは神々の住まう第九階層。それに相応しい態度を心掛けなければいけません。」

 この世のどんな存在もこの神々の住まう場所にたどり着くことはできないだろう。ここはかの至高の四十一柱に匹敵する(ぷれいやー)共が押し寄せてきたときにも一歩も足を踏み入れる事のなかった難攻不落の絶対聖域。

「――は!失礼いたしました。」

「さあ、御方々を探しに行きましょう。」

 

+

 

 施設製作の為、双子が出払っている第六階層の湖畔には元気な子供達の笑い声が響いていた。

「一郎太!シャンダール!待ってよ!」

「ほら!ザーナンももっと早く走って!」

「ざーなん!はやく!」

 一番年下のはずの一郎太は三人の中で一番足が早かった。

 ザリュースとクルシュの長男、シャンダール・シャシャは活発で兄貴肌だ。ザリュースよりも薄い茶色の鱗は、親達のように硬質というよりも、まだ幼く柔らかそうだ。蜥蜴人(リザードマン)は尻尾に栄養を蓄える性質が有り、太い尻尾の方が魅力的とされているのは有名な話だが、子供の割に太い立派な尾を持つ彼は同じ幼蜥蜴人(リザードマン)達の中ではかなりモテる。ナザリックで鍛え、食事を取ることもある為だろう。

 次男ザーナン・シャシャはクルシュの多くを引き継ぎ、雪のように白い肌をしていて、真っ赤な瞳だ。ほっそりと痩せた体はあまり力強さを感じられない。シャンダールと同じ食事や鍛え方をしているがその差は明白。

 一郎太は口だけの賢者(プレイヤー)の血を引き、シャシャ兄弟は純粋なる現地産の者達だ。

 更に兄弟は将来恐らくドルイドと戦士に道が分かれるだろう。

 この三人は成長スピードや魔法、スキル、武技の習得の有無などの比較に非常にちょうど良い存在だった。

 

 三人がキャアキャアと子山羊を追って走っているのを見ていたザリュースと一郎はこの階層を訪れる者達を見咎めると、途端に三人を呼んだ。

「シャンダール!ザーナン!来なさい!」

「一郎太!戻れ、戻れ!」

 三人は訓練の時間でもないというのに親達に水をさされ、「つまんなーい」と文句を言い――揃って現れた支配者親子を目にすると猛スピードで親達の側に膝を着いた。

「ないさまだ!」

「ナインズ様、またおっきくなったな!」

「ナインズ様は駆けっこはされないからほっとするよぅ。」

 それぞれがフラミーに抱かれるナインズについてコメントしていると、支配者達は一行の前に辿り着いた。

 

「一郎、ザリュース。邪魔するぞ。フラミーさんとナインズの気分転換だ。」

 アインズにどうぞどうぞと親達が言うと、子供達もそれを真似てどうぞどうぞと言った。

 フラミーは地面に座ると動きたくてうずうずしている靴下しか履いていないナインズに、魔法の効果が付与されている自分の靴を履かせた。

 靴はナインズの足にフィットするようにキュッと小さくなった。

「っん!っん!!」

 ナインズは立っている自分と同じくらいの歳の頃の三人を見ると居ても立ってもいられないようだった。

 フラミーに掴まって立ち上がるととてんと尻餅を着いた。

 流石に十レベルもあれば多少転んだりしても大したダメージにならないのか、ナインズはいつも平気な顔をしていた。

「ないさま、ぼくとあるきましょう!」

「あ、ズルイよ一郎太!」

「ナインズ様、僕と御本を読みましょう!」

 三人の子供は地面に座るナインズに駆け寄り、手を引いてなんとか歩かせた。どの親も愛らしい息子達のやり取りを見守った。

 が、ザリュースと一郎の心境はどこか戦々恐々としている。

 ナインズが尻餅をつくたびに二人でひっくり返るような勢いで前のめりな姿勢になった。

「はは、落ち着いて見ていろ。子供は転ぶものだ。」

「皆過保護ですね、ふふ。」

「あ、いやぁ…。はは。」

「はは…ねぇ?」

 自分たちの子供なら百回転んでも良いが――――この先子供が色々な遊びを覚えるたびに親達は胃を痛くすることだろう。

 

 暫くすると、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達とセバスが現れた。

 フラミーはセバスに「子供を持ちたいのです」と相談され、「良いと思いますよ!」と何でもなく答える。

 

 生命を司る女神の力は果たして。




セバス、子供できるといいね!

次回#70 閑話 おやつの時間

11/28は税関の日だったそうです!©︎ユズリハ様
フラミー様の新作徴収…!!
御身、フラミー様、(∵)、デミ、ヒメロペー、タリアト君、レイナース、番外ちゃんと盛り沢山…!

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