眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#70 閑話 おやつの時間

 ナザリック地下大墳墓、第七階層。

「チョウさん。全くぶくぶくとだらしなく太って。良いですか、君がここにいられるのはアインズ様のご温情あってこそです。ナザリックの強化とは言え、君如きは我々階層守護者、領域守護者から比べてみれば赤子同然。少しはナザリックに相応しい存在になるように努力しないと殺しますよ。」

 デミウルゴスは自分の階層の溶岩から顔を出す超巨大チョウチンアンコウにナザリックの僕のなんたるかを言い聞かせていた。

 教育を任されている紅蓮に日々鍛えられているが、それ以上にナザリックで食べられる物はチョウさんにとって最高に美味で、引き締まるスピードを凌駕して食べに食べまくっていた。

 紅蓮もチョウさんも体が大きいので相当に食費が掛かるかと思いきや、どちらも溶岩を飲んで、溶岩の中にいる熱耐性を持つ微生物を食らっている。さながら鯨だ。

 溶岩を泳ぐチョウチンアンコウがいれば、溶岩を泳ぐ微生物くらい存在するのだろう。もちろん、チョウさんは山小人(ドワーフ)や大きめの生き物も食べる。擬似餌のフサもあるくらいなのだ。

 

 そんな生き物二人を前にして――

(牧場にいる生き物達も微生物を食べる事で生きられれば良いのですが…。)

 デミウルゴスはここのところ、よくそんなことを考えている。

 ただ、デミウルゴスは微生物というものがいると言う知識はあるが、微生物を見たことはない。最古図書館(アッシュールバニパル)のそれに関わる書物は閲覧制限書に指定されており、支配者の許しがなければ閲覧ができないためだ。

 マイクロスコープと名付けたマジックアイテムをパンドラズ・アクターと共に一時作ろうとしたところ、支配者からストップがかかった。

 支配者が見るなというならば、見る必要のないものなのだろう。疑う事を知らない悪魔は微生物への探究をやめる事にした。

 しかし、牧場では試しに、文字通り霞を食わせて家畜達がそういう風に体を変化させられないかの実験をした。当然すぐに餓死寸前になってしまうので実験を中断せざるを得ない。

 が、今度牧場の規模が大きくなるので――(少しは実験できそうですね。)

 デミウルゴスは中々期待していた。

 やりたいことはごまんとある。

「さ、五ヶ月で新施設を作らなければいけませんからね。そろそろ私は行きます。」

 それを聞いた紅蓮は体をぷるりと震わせ、触腕で敬礼をしてデミウルゴスを見送った。

 

 デミウルゴスが転移門(ゲート)のスクロールを燃やし、潜った先では作業が続いていた。

 重機を彷彿とさせるゴーレム、重鉄動像(ヘビーアイアンマシーン)が木を運ぶ先は、五メートル程度の小さな穴の中だ。

 他にも目も覚めるような真紅のローブを着用した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)も大勢いる。

 彼らは皆一様に、肩に三十センチほどの小さな悪魔を止まらせていた。悪魔達は蝙蝠の羽をはやし、黒い影のような姿で、可愛らしい長い尻尾の先に小さな火が灯っている。彼ら――影の小悪魔(シャドーインプ)は尻尾の火が死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に点かないように気を使っていた。

 労働に勤しんでいた者達はデミウルゴスに軽く挨拶をし、すぐに仕事に戻る。五ヶ月で巨大施設を完成させなければいかないのだから丁寧な挨拶などは不要だ。

 デミウルゴスはその様子を満足げに見渡すと、背中からメキメキと悪魔の翼を生やし、穴の中へ身を投じた。

 

 穴の入り口は大した大きさではなかったが、その実地中には巨大な空間ができていた。

 資材を持つゴーレム達は螺旋になっている階段を降りていった。

「あ、デミウルゴス!」

闇妖精(ダークエルフ)の少女は丸めてメガホン代わりに使っていた紙を振った。

「やぁ、アウラ。順調そうですね。ところでマーレは?」

「かなり深く大きくするから、マーレは魔力切れ起こしてて、アインズ様の研究室で休ませて頂いてるよ。」

「あぁ、なるほど。仕方ないことですね。」

 

 アインズの老トロールを利用した時間逆行魔法研究所には、始原の魔法を使い過ぎてへろへろになったアインズが軽く休むためのベッドが用意されている。

 研究室でマーレはアインズのベッドに身を沈め、タオルケットに包まれすやすやと幸せの夢を見ていた。

 当然、アインズに好きに使って良いと言われている。

 たまにアルベドが来てそこであれやこれやといやんいやんくふふの一人相撲をとっていることは言うまでもない。

 悪魔達もドン引きだ。

 

 新施設の建築進行具合の確認を済ませたデミウルゴスは再び転移門(ゲート)のスクロールを燃やした。

「じゃあ、期日もカツカツで悪いんだけれど、頼むよ。」

「はいはーい。任せてよ。アインズ様とフラミー様のためなんだからさ!」

 ナザリックはなんでも皆で力を合わせてことに当たる。

 デミウルゴスは同僚に軽く振り向き目礼してから転移門(ゲート)を潜った。

(さて、次は煌王国の貧民街の確認ですね。)

 裁きが終わればアリオディーラ煌王国は煌市として名を変え、税収の対象になるのであまり生産性の高い者を羊にしてはもったいない。皆アルバイヘームの持つ最古の森の管轄下に入る。森妖精(エルフ)達の住むビジランタ大森林は煌市を挟み、最古の森からは距離があるがエルサリオン州の一部として機能できる事を喜んだ。

 このどさくさに紛れて家畜を持ち帰るとは言え、いなくなった事に疑問を感じられるような事は後々面倒ごとを引き起こすので、なるべくはみ出しものが良いだろう。

 煌王国の状態は喉が潰れるほどに叫びを上げる王と王女からきちんと聞いているし、非常に雑で簡素な地図も手に入っている。

 デミウルゴスはうきうきと自室へ向かおうと赤熱神殿へ向かいかけ――その気配(・・・・)を感じると来た道を戻った。

 

 視線の先にはこの上なくたおやかな、尊い宝。

「フラミー様!それにナインズ様も!よくぞいらっしゃいました!」

 駆け寄るデミウルゴスはすぐさま膝をつき胸に手を当てた。ふぃんふぃんと尾が揺れる。

 ちなみにフラミーはこの悪魔は常に尻尾を揺らしているのだと思っている。

「デミウルゴスさん。こんにちは!少し第七階層お散歩しても良いですか?熱帯魚見せてあげようかと思って。」

「もちろんでございます。ここはフラミー様のための場所なのですから。ナインズ様、じっくり我が階層をご覧になってください。」

「わんわん?」

 ナインズが首をかしげてデミウルゴスを指差すとフラミーは首を振った。

「わんわんは子山羊さんでしょう。デミウルゴスさんだよ。デミデミなら言えるかな?」

「わんわん…。」

「わんわんも上手だけど、デミデミも言ってごらん?」

「わんわん!」

 フラミーが困り切り、ひーんと謎の鳴き声を上げ申し訳なさそうな顔をするとデミウルゴスは笑った。

「私はフラミー様の忠実なる犬でございます。わんわんで構いません。さぁ、この番犬の階層をお楽しみください。」

 一行は溶岩に向かった。

 すぐに紅蓮とチョウさんが溶岩から顔を出すとナインズは興味深そうに二つの生き物を眺めた。

「お魚さんかわいいねぇ。」

「わんわん!」

 チョウさんはフサをナインズに撫でられ――紅蓮に体をつねられた。

 デミウルゴスはいつか主人となるナインズが熱帯魚に喜ぶのを見守った。

 そして、ふとフラミーの金色の瞳が自分を見ていた事に気が付いた。

「デミウルゴスさんは今日はお休みですか?」

「いえ。この後自室で少し羊の回収産地の確認を行います。」

「あらら、お仕事の邪魔しちゃってすみません。私達は適当に遊んでますから、気にならなかったらデミウルゴスさん、お仕事に行っても良いんですよ!」

 デミウルゴスは即答する。

「いえ、おそばにお仕えするのも立派な仕事でございます。ですが、その仕事もしなければいけませんので――宜しければ私の部屋にもお越しになりませんか。お茶などもお出しいたします。」

「お邪魔じゃないですか?」

「とんでもございません。」

 フラミーは少し考えてから地面に座り、紅蓮とチョウさんに手を伸ばすナインズを覗き込んだ。

「ナイ君、デミウルゴスさんのお部屋みる?アインズさんは夜まで最古の森だし。」

「わんわん?」

「わんわんはおりませんが、おもちゃになるようなものなら沢山ございます。いかがでしょう。」

 デミウルゴスが何の躊躇いもなく地に膝をつくとナインズはデミウルゴスに両手を伸ばした。

 おもちゃという言葉の響きの後には楽しいことが起こることを知っている者の目だ。

 抱っこしろのサインにそうしても良いかとデミウルゴスはフラミーを確認する。

「見せてもらおっか。お願いします。」

 その決定を受け、デミウルゴスは恐る恐る、細心の注意を払ってナインズを抱き上げた。

「……愛らしくいらっしゃいます…。」

 ナインズはアルベドにもセバスにも爺にもメイドにも、時には男性使用人にも抱っこされて移動することがままある。ナザリックの者にはほとんど人見知りはしなかった。ただ、アルベドは鼻血を垂らしがちなので近頃はよく嫌がっている。半年程度の頃にナインズが母乳を求めてよく胸をまさぐっていた為だ。

 

 デミウルゴスはネクタイを握り締められ、赤熱神殿へ向かった。

 フラミーに最古の森の事を聞かされながら――上位森妖精(ハイエルフ)の王へ若干の殺意を抱きながら、見る目を褒めてやりつつ――進み、自室に着くとナインズをフラミーに任せて、ウルベルトが本棚の裏に作った秘密の作業部屋を開けた。

 取り敢えず、角をなくし綺麗にしてある骨を何本かと、口に入れたりしても危なくないものを抱えて、ソファに座るフラミーの上に立ち足踏みするナインズのそばに置いた。

 その足でミニキッチンへ向かい、料理長お手製のデミウルゴスお気に入りのデニッシュ食パンを切る。

 手の中に地獄の火を灯すとそれをパンの上に落とし、パンを焼いた。

「あ、良い香り。」

 フラミーからの声にデミウルゴスは微笑んだ。

 昨日焙煎したばかりのコーヒーをミルに入れ、<舞踊(ダンス)>の魔法が付与されたスクロールを燃やす。その魔法は八本指のエドストレーム――踊るシミターとか名乗った女が武器に付与していた魔法だ。さっさとナザリックに連れ帰られた彼女は、今は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)としてリ・エスティーゼ州の中規模の街の行政に携わり、そこそこ忙しく過ごしている。

 

 ふわりと軽く浮いたコーヒーミルが自動で豆を挽き始めると、焼けたデニッシュに真っ白なサワークリームと第六階層で採れる苺をたっぷり乗せ、何本も線を描くように蜂蜜を掛ける。

 そして仕上げに一滴のキルシュヴッサーを垂らした。種ごと擦り潰して発酵させたさくらんぼを使った蒸留酒だ。豊潤な香りが立ち込めた。

 フラミーとナインズが向けてくる期待に満ちた瞳はそっくりで、デミウルゴスはつい軽い笑いを漏らしてしまった。

「っあ、何かお手伝いしますよ!」

「いえいえ、そのままお過ごしください。」

 ザラメよりも少し細かく挽き上がったコーヒー豆をフランネルのフィルターに入れ、湯を注ぎ、コーヒーが落ちていくのをしばし待つ。

 この間にフラミーにベリーデニッシュトーストを出した。

 トーストが乗る皿は普段フラミーへの供物を自前の祭壇に置くために使っている、この第七階層で最も良い皿だ。紙のように薄く、金で縁取られた一枚はいわばフラミー専用の皿だ。当然アインズ祭壇用のアインズ皿もある。

 初めてフラミー皿がフラミーのために実際に使われる瞬間に悪魔はつい浮き足立った。

 

 ――そして、もう一人の主人のためにも「ナインズ様にはこちらを。」

 ヨーグルトに潰した苺を乗せた小さな足のついているガラスの小鉢を出した。

 ナインズが食べたがり手を伸ばすとフラミーが「もうちょっと待とうね」と言い、デミウルゴスは待たせている事に罪悪感を覚えると急ぎ、珈琲とミルク、砂糖を出した。

「なんだか至れり尽くせりですみません。デミウルゴスさんも食べてね?」

 至れり尽くせり働ける事に至上の喜びを感じ、うきうきと尾を振るデミウルゴスは促されるままにフラミーとナインズの前に座った。

 フラミーがヨーグルトをナインズに食べさせる姿をうっとりと眺め、一応煌王国の地図を取り出しさらりと目を通す。

 ヨーグルトを食べ終わったナインズは少しトーストも食べたがったが、座っている事に飽きてぺたぺたとハイハイしたり掴まり立ちをしたりと忙しく動き回った。

 ナインズに着くハンゾウが危なくないように危険物をさっと取り除いたり、一時的に不可視化を解いた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)があんよサポート手押し車モードになったりと賑やかだ。

 

 ナインズが手から離れ、フラミーは机に向き直った。

 ナイフとフォークも出したが、フラミーはトーストに乗っている物を落とさないように気をつけながら手に取り、いたずらそうな顔をするとサクリとかぶりついた。

 ちらりとデミウルゴスを見て笑うフラミーは悪魔的だった。

 デミウルゴスも右手だけ手袋を外し、同じようにトーストを手に取りサクリとかぶりつく。

 爽やかなサワークリームが蜂蜜の甘さを抑え、甘酸っぱいベリーが続く。

 ふわりと登る蒸留酒の香りはそれだけで人を酔わせそうだった。

 

 かぶりつく二人は笑い合った。

「罪な食べ物です!」

「はい、まったくおっしゃる通りでございます。」そう言ってから、「――フラミー様」デミウルゴスは自分の口の端をつんつんとつついた。

「――ん?」

 フラミーが示されたその場所に触れると、サワークリームがついていた。指を添えペロリと舐め照れ臭そうに笑う姿は母になったというのに未だ少女のようだ。一度も空を飛んだことがないと言った日と何一つ変わらない。

「ふふ、恥ずかしい。」

 デミウルゴスは何度も深く吸った甘い息を吐いた。

 

 おやつを済ませ、遊ぶナインズを見守るフラミーは甘く甘くしたコーヒーに口をつけ呟いた。

「なんだか、ここに来るとアインズさんが眠ってた時を思い出します。もう遠い昔の事みたい。」

 デミウルゴスはフラミーの髪に隠れる首に視線を送った。何も残らず治って良かったと傷のあった場所を想う。

「フラミー様、申し訳ありませんでした。」

「いいえ、あなたなりの愛だってわかってますから、もうそんなの良いんですよ。ただ、懐かしいなって。」

 デミウルゴスはその愛は解るのになと苦笑した。

 一昨年の天空城への道中で判明したが、フラミーは何故かデミウルゴスがアインズに惚れていると思っている。

 何も望むつもりもないが――いや、何百年も後にでも情けをかけて貰えたらとちょっぴり思ったりもする事も時にはあるが――いつか誤解は解きたい。

 デミウルゴスはフラミーの前に進み、跪く。誤解を解く第一歩だ。

「フラミー様、我が絶対の忠誠と愛を御身に誓います。」

 手を取り自分と同じ場所にはめられている左手薬指の指輪に口付けるとフラミーはその頭を優しく撫でた。

「どうか、私とアインズさんだけじゃなくて、ナインズにもそうしてやって下さいね。」

「誓います。我が忠誠と――愛を。」

「ありがとう。」

 

 一頻り遊んだフラミーとナインズが立ち去った後、デミウルゴスは洗い物を済ませ、執務用の机に地図を広げると黒き湖でフラミーがすくって与えた――<保存(プリザベイション)>を掛けた花をツンと触った。

 

「――我が至高の支配者よ。」




ふぅ、twtrに寄せていただいた「その頃のデミウルゴス」のリクエストを消化したぜ

次回#71 小さな冒険者

11/29は良い肉やら良い筋肉やらの日だったそうです!©︎ユズリハ様です!

【挿絵表示】

スーパーマッチョな皆様

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