眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試される大下水道
#71 小さな冒険者


[神都 大下水道]

――関係者以外立ち入り禁止

――衛生(サニタリー)スライム、汚物喰らい(ファエクデッセ)注意

 

 神都を流れる巨大な下水の入り口にはこんな看板がかけられていた。

 薄暗い地下水路への入り口は子供達にとって格好の遊び場――いや、肝試しスポットだ。

 衛生(サニタリー)スライムに知能はないが、汚物喰らい(ファエクデッセ)は都市の人間達が自分たちの食事を作り出してくれている事を理解し、感謝している。

 かつては勝手に住み着いていると言う認識だったが、今ではきちんと国籍も住所も持つ立派な神聖魔導国の国民だ。

 

 世界が色を失うような真冬だった。

 しかし、世間は神の子――ナインズ殿下の誕生日を祝うため様々な色の永続光(コンティニュアルライト)を家や庭に飾っている。一週間はお祭り騒ぎで、街は色を取り戻す。

 

 その日は朝から土砂降りで、地下水路の入り口は雨水で増水し、そんな時に好き好んでこの場所に姿を見せるのは、前述した汚物喰らい(ファエクデッセ)程度しかいない。

 

 しかし、バシャバシャと騒々しい音を立て、笑う者達がいた。

 一人は十歳程度に見える空の人(シレーヌ)の少年だった。

 美しい翼を傘にするようにし、二人の友人達を雨から守った。

 ここまで翼に守られた人間の少年達はその翼を丁寧に拭きハンカチを絞った。

「やっぱり僕たちって一番相性いいみたいだなぁ!」

「今までセイレーンがいなかったのが不思議なくらいに!」

「僕ももっと早く神都に来たかったよ!」

 空の人(シレーヌ)の少年は照れ臭そうに笑った。

 親が神官になると言い、神都に行くことになったと聞いた日は人間とどれだけうまくやれるのか分からず嫌だ嫌だと泣いたというのに、神都は少年が思うよりもよほどいい街だったようだ。

 一人の人間の少年は自慢げに胸を張る。

「人間は神王陛下に似せて光神陛下がお創りになったし、空の人(シレーヌ)は光神陛下がご自分に似せてお創りになったんだよきっと!だから、僕達は最初っから仲良くならない訳がなかったんだ!」

 おぉー!と二人が声を上げ、少年は「へへん」と鼻の下をかいた。

 空の人(シレーヌ)の少年は同族達と同じくらい、人間と過ごすのが好きだった。

「陛下方は間違いを起こさないって本当なんだなぁ!」

 少年達はニシシと笑い、一人の少年はふと長い棒が流れてきたのを見つけすくい上げた。出口に近い場所の水は下水とはいえ既に衛生スライム(サニタリースライム)によって浄化され綺麗なので悪臭もしない。

 

 それを杖に見立て、靴のソール程度まで増水している水路脇の道でカツンと地をつく。

「っさぁ冒険者達よ!今こそトコウの時だ!君達は我が神聖魔導国からの使者。たくさん美しいものを見て、広い世界に繰り出しそれから、えっと…いっぱい国のためになり、未知を既知とするのだ!!」

 少年は親に連れて行ってもらった渡航式――冒険者達を隣の大陸へ送り出した時の神の言葉をぼんやりと真似た。ローブル聖王国、現・聖ローブル州の港湾都市リムンで見たあの日の海と本物の神の威容、それから冒険者達に少年はすっかり圧倒、魅了されていた。

 少年達は「ははぁ!陛下!」と声を上げると、ズンズンと進み、普段は人目があって入れないその場所の奥の探索へ向かう。

「ここは未発見の大洞穴!もしも神聖魔導国を知らない不信心者がいれば必ず連れ帰るのだ!」

 一人が声を上げると、空の人(シレーヌ)は小突かれた。

「あ、えっと、私が力を与えよう!」

 女神の口調――だと思っている――を真似た後、少年は魔法の力を乗せた歌を歌う。

 それは下級筋力増大(レッサー・ストレングス)を含み、少年達を強くした。と言っても、握力が小数点以下の数値で上がったとか、階段をいつもより一段多く登れるとか、一センチジャンプ力が上がるとか、そんな程度だ。

 しかし、少年達のテンションを上げるにはこれ以上なく、三人は声を合わせて大声で歌った。

「未知を知れ!魔法を求めよ!魔法こそ神のお力だ!」

 皆流れてくる()()をそれぞれ掬い上げ手にし、冒険に胸を躍らせた。そして適当に進み、曲がっていく。

「魔法こそ――ん?」

 ふと、一人が歌う事をやめ、皆何だ?と首を傾げた。

「どした?」

「い、いや。今唸り声がしなかった?」

 一人のその申告に二人が目を見合わせる。

「え?聞こえた?」「いや…?気のせいじゃないの?」

「で、でも…たしかに何か…。」

 少年達の顔色が悪くなっていくのも、この薄暗くまばらにしか永続光(コンティニュアルライト)が設置されていない下水ではわからない。

「…わ、わかった!僕らをビビらせようってんだ!」

 一人の声に納得の声が上がり、虚勢を張る。

「ははーん!そんなので怖がったりなんかしないぞ!僕達は有能な冒険――」

 ふと、オォーーーンと、唸り声が聞こえた。

「――え?な、なんだ?」

 少年達は呆然と闇に続くような水路の向こうを見やった。

 そして再び聞こえた声は――さっきよりも近付いて来ているようだった。

「え?え?ど、どうする?」

「どうするって、どうする?に、逃げる!?」

「逃げる――じゃなくて…て、撤退だから!戦略的撤退!」

 三人は奥へ進む事をやめ、じりじりと後ずさる。壁に開いている穴は滝のように雨水を吐き出していた。

 そして足元の水は急激に増え――、一人が転んだ。

「っあ!大丈夫!?」

「っうひゃあ!つめてぇー!」

 真冬の水は少年の想像を大きく超えて、針が刺すように冷たかった。

 ガチガチと歯を鳴らす一人に皆手を向け呪文を唱える。

「<温もりと乾き(ウォームドライ)>!」「<火の守り(ファイアーガード)>!」

 しかし何も起こらない。

 当然魔法を使うのに必要な神との接続――かつては世界への接続と呼ばれていた――を果たしている者はおらず、空の人(シレーヌ)の少年もまだ歌のスキルしか会得していない。

 少年達が手を取り合い、出口へ急ぎ向かいたいだした――その時、ザバァとその背には巨大な影が出た。

 皆振り返ってそれを目で追い、叫んだ。

「で、で、出たーーーぁぁああ!!」

 少年達は足首くらいまで増えた水の中、死に物狂いで出口へ――水の流れに従って駆けた。

 

+

 

「何でこんなにびっしょびしょなの!!」

「「「ごめんなさぁい…。」」」

 少年達は一番近かった少年の家に皆避難した。

「ははは。良いじゃないか。男の子ってのはそう言うもんだ。」

 愉快そうに笑う友人の父親に母親の怒りは募る一方だ。

 それもその筈だ。それぞれの親達が心配し、死の騎士(デスナイト)に相談に行ったりして大事になってはいけない。特にセイレーンは最近引っ越してきたばかりの新しい友達だし、息子が帰らない何て事になれば親は心配するだろう。

 外はすっかり日も落ちてしまい、いくら国中で一番治安の良い神都とは言え、こんな時間に子供達だけで家に帰らせるのはよくない。

「もう!じゃあうちに二人がいるってあなたが言いに行ってよね!!」

「…あー。わかったよ。さぁ、お前たちは取り敢えず風邪を引く前に風呂に入って来なさい。」

 頭を下げ、四人は風呂場へ向かった。

「シルバの母さまはちょっと怖いね。」

 シルバと呼ばれた少年は人差し指を立て、ツノに見立てるように綺麗な金髪の自分の頭に二本当てた。

「宿題しなさい!一年生から通ってるはじめての子供がおバカじゃ陛下方に申し訳が立たないわ!」

 四年半前に神々の再臨があった。

 それに伴い創立された小学校は希望しさえすれば、五年生相当や六年生相当の子供でも一年生から入学する事も出来たが、教える事が優しすぎ、ほとんどの者が国から発表されている推奨年齢学年を選択して入学した。

 シルバはちょうど一年生相当の年だったので、一年生から学ぶはじめての子供なのだ。

 神都は殆どが人間だが、他の都市では亜人や異形もかなり多く、何歳から通うと言う決まりは種族によりバラバラだ。

 神殿から戸籍を元にそろそろ入学の頃ですよと手紙が届くため、皆それに合わせて通わせている。

 

 シルバ達はもう四年生。これで年を跨ぎ、春を迎えると五年生だ。

 六年生になり卒業すると義務教育は終わりを迎える。

「まだ先だけどさ、卒業したらみっちーとぺーさんはどうするの?」

 風呂に浸かる二人が手で作った水鉄砲を撃ち合い、シルバは洗い場で体をよく洗っていた。

「僕は魔法詠唱者(マジックキャスター)の個人塾に三年行って、十六になったら魔導学院に入るつもり。」

 答えたのは通称みっちー。本名はディミトリーだが、そう呼ばれて長い。茶金の髪はマッシュルーム状に襟足が刈り上げられている。

 みっちーはクラスで一番神への接続が近い男子として有名だ。現在六年生で神への接続ができている者はたったの五人。一方一年生からきちんと通っている四年生は既に八人も接続が行えている。教育の賜物だ。

 ただ、それでもやはり魔法を使えるようになる者はそう多くない。

「すげー。みっちーならきっとあの一番良い…なんだっけ?特進科に入れるよ。」

「はは。入れると良いなぁ…。母さん達、すっごい期待してるから。――そう言うシルバは?」

「オレは多分家の設計事務所継ぐ事になるから、父さんの事務所の手伝いになっちゃうかも。」

 シルバはどこかつまらなそうにそう言うと、ザバリとお湯を頭から掛け、泡が少し残る体で二人を押し除け湯船に入った。

 大量の湯があふれ、桶が浮いて排水溝の方へ押し流されていく。

「シルバの家は設計事務所なの?」

 地元がここではない空の人(シレーヌ)のラーズペールは友達の初めて聞く情報に首を傾げた。

「そうだよ。さっき会ったシルバのお父さんなんてすごいんだ!大聖堂の設計にも関わったって!それに、神の地ナザリックにあるって言う宮殿の段差を無くす改築みたいなのにも行ったらしい!!」

 何故かみっちーが興奮して答えると、シルバは一層つまらなげな顔をした。

「オレは冒険者になりたいのにさー。」

 神の地ナザリックに踏み入れた父は前にも増して熱心な信徒となり、神を見せてくれると渡航式にも連れて行ってくれた。当然神は素晴らしかったが、しかし、シルバの瞳にはあの日神々に見送られ出航して行った輝く冒険者達の顔が最も印象的だった。

「ペーさんは?」

「僕は父さまが神官になるし、私立の僧侶学校に行くと思う。その後余裕があったら魔導学院の信仰科に入れたら…いいなぁ…。」

 ペーさん――ラーズペールはせまい湯船から上がり、縁に腰掛けた。

「ペーさんこそ冒険者になれば良いのに。歌だってあるんだから!そうだ、オレとチーム組もうよ!」

「えぇ〜!シルバと冒険者になったら、泥だらけだって今日みたいに怒られちゃうよ!」

 三人の笑い声が風呂場に響く。

 

 笑い声がおさまると、シルバはしたり顔で二人を手招いた。

 内緒話をしようとする顔にみっちーもぺーさんは一度目を見合わせた。

「な、さっきのあれってなんだったのかな!」

「僕は大量の水が一気に流れて来たのを見違えただけだったんじゃないかと思うよ。水が流れてくる時の音が唸り声みたいだったわけ。」

「…そんなつまんない事言うなよぉ〜みっち〜!ぺーさんはどう思う?」

「僕は…わかんない。でも唸り声みたいなのも聞こえたし…襲われそうになったし…やっぱり魔物かなぁ…。」

「神都の地下に人を襲うような魔物が居るわけないよ。」

「でも衛生(サニタリー)スライムと汚物喰らい(ファエクデッセ)は住んでるでしょ?」

衛生(サニタリー)スライムはちっこいし、汚物喰らい(ファエクデッセ)は魔物じゃなくて住民。」

 ぺーさんとみっちーの間でムム、と火花が小さく散るとシルバはここしかないと冒険への切符を叩きつける。

「なぁなぁ!どっちが正しいか近いうちにもう一回行ってみようぜ!すごい冒険が待ってる気がするんだよ!!」

 みっちーは眉を潜めた。

「危ないよ。今日だってシルバは転んだじゃないか。」

「ねぇ〜。良いじゃぁん。雨じゃなきゃ増水もしないだろ〜。そしたら転んだりしないって〜!」

 しばらく悩んだみっちーはチラリとぺーさんを確認した。

「…ただの増水の見間違いだったらどうする?」

「僕の持ってるキラキラしたインクを分けてあげるよ。みっちーは魔物だったらどうする?」

「魔物だったら…僕の持ってる一番綺麗な石をあげるよ。」

 二人は目を見合わせると、「「乗った!!」」と手をパチンと合わせた。

「よっしゃー!!じゃあ、次の休みに冒険だー!!」

 シルバが叫ぶと、外から「ディミトリー君、ラーズペール君、お迎えよー」とシルバの母の声が響いた。




モブ おぶ モブ

次回#72 汚物喰らいのSOS

©︎ユズリハ様より、「11月の記念日」の最後の作品をいただきました!
11/30は良い尻の日だったそうです!
ユズリハ様「夫婦から始めた11月の記念日ラッシュは夫婦で〆!」

【挿絵表示】

12月の記念日にも期待しちゃう。

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