粉雪の舞う中、雪原を進む影が二つ。
その後ろには目に見えない者が従っているため大量の足跡が続いた。
扇のように広がる足跡は肩を寄せ合い歩みを進めるふたりに追いつきそうで追いつかなかった。
「寒くないか?」
舞い降りてくる雪に手を伸ばしていた息子は父の言葉に首を傾げた。
「――大丈夫みたい。」
母の優しい笑顔に息子がきゃあっと笑う。
「ナインズ、始原の力が重荷だったら、お母さんがいつでもそれを消してあげる。」
さらりと髪を撫でられたナインズがアインズよりもフラミーに抱っこされたいと手を伸ばし、抱っこ員を交代すると三人は氷山の錬成室に辿り着いた。
「その時は
アインズは健康診断員を呼ぶために
フラミーは抱いているナインズのもっちりしたお尻をポンポン叩きながら、扉が付いていない氷山の錬成室入り口からしばし雪原と、粉雪を眺めた。
休日の
「――良い趣味なのかも。」
美しき雪原は絶えず降る雪によって今来たアインズとフラミーの足跡、それから後を追ってきた
これだけ雪が降り続いているが、必要以上に雪が深くなる事はない。ユグドラシル時代は足止め効果と冷気ダメージのあるエフェクトとして豪雪に設定され、移動を阻むよう腰まで積もっていたが、今は金貨消費量を減らすために最小限の粉雪に設定され、粉雪の時のエフェクトは足首程度までしか雪は積もらない。
そうでなければ、この錬成室もコキュートスの家も、氷結牢獄もとっくに雪に埋れてしまうだろう。
ここはあくまでデータとして設定された雪原だった。
フラミーは
ル・リエーから帰ってきてからアインズと二人で旅をしたアゼルリシア山脈の雪はここの雪よりも輝いて、本物の太陽に映され舞う雪は万華鏡の中を泳ぐ星のようだった。
フラミーは今度アインズがトロールの実験をしに出掛けたら、
(街は騒ぎになっちゃってよくないかな。)
十五匹全員を連れて行くか、休みの一匹はせっかくお休みなのだから会社の行事に誘っては可哀想なのか――フラミーは悩んだ。
しかし、一匹話に入れないと言うのも可哀想だろう。
全ての
アゼルリシア山脈は顔を知られている為、沈黙都市のあたりにある山が良いかもしれない。
春が来たら、山に行こう。今すぐはそれこそ豪雪だろう。
持ち物は温かい飲み物と、テントと、膝掛けと、皆で食べるお弁当と――フラミーは必要そうなものをあれこれと思い浮かべて既に楽しくなっていた。
ふふ、と笑いを漏らしていると、「何笑ってるんですか?」とアインズの声がし、続いて「やぁ、フラミー」といつものツアーの挨拶が聞こえた。
「ツアーさん!お久しぶりです。今日はお願いしますね!」
「よろしく。まぁ、すぐに終わるけどね。」
アインズは錬成室で二本の限界突破の指輪と共に浮かぶ腕輪に向かった。
ツアーから祝いで送られた鱗と、常闇の良い部分から作られた腕輪は
「これは出来上がっていると思うか?」
ツアーも近付きそれを見ると頷いた。
「出来上がっているね。…
ツアーはニヤリと笑ったようだ。
「抑制のみに力を注いで作ったナインズの腕輪の性能が負けたりしたらアインズ・ウール・ゴウンの名折れだな。」
アインズも笑うと膜に手を押し当て、トプンと沈み込むように手首まで飲み込まれた。
膜の中は湯のように温かかった。
腕輪を引き抜いた瞬間膜は破裂し、湯があたりに散らばる――と思ったが、魔法の膜も、温度も霧散した。
訳もわからずフラミーに抱かれるナインズは腕輪とアインズを交互に見た。
ツアーはそんな無垢な瞳をのぞき込んだ。
「――生まれた時からそう力は増えていないようだね。流石に一年では簡単に増えたりしないか。」
「そうか。生贄は必要そうか?」
「わからない。やらせてみなければ。とは言え…恐らく生贄を必要とすると覚悟しておいた方がいい。全ての竜王から奪ったその力は濃いだろうから、少ない魂かもしれないけれどね。」
「…わかった。そう言えばお前たち竜王は私との間に子を持てば、始原の力を取り戻せると喜んでいたが、竜王との子なら生贄を必要としない始原の魔法を継げるのか?」
「それもやってみなければ分からないよ。だが、皆例えそれが半端な力だとしても自分に連なる者に取り返したいと思っている。アインズ、君がその気なら――」
「すまん。その気はまるでない。どうなのか気になっただけだ。」
アインズは即座にそう言うと、聞こえないフリをしてナインズをゆするフラミーの顔を手の甲で撫でた。
その背中にツアーは僅かな安堵を感じた。アインズは最強の力を増やすことよりもフラミーを想う気持ちの方が大切だろう。
「すみません。嫌な話して。」
「いいえ。そんな。」
困ったように笑うフラミーの顔は結婚前に何度も見たしんどそうな、気負うようなものだった。何かが手に入らない時に諦めようとするフラミーの顔。
「いや、これが俺のよくないところです。」
アインズはフラミーに引っ付くナインズを抱き上げると、近くで不可視化している
「九太はそこにいてくれ。」
周りのアサシンズが羨むような嫉妬するような目でその
ナインズを乗せ揺れたり歩いたりする
ナインズが喜びに笑う声が響く。
アインズは力いっぱいフラミーを抱きしめると、その首に顔を埋めるようにした。
手を背に回してぽんぽんと叩くフラミーは失言だったと懺悔するアインズに首を振る。
「大丈夫です。分かってますから。」
「本当に?分かってるって言って…フラミーさん、これまで――」
「ははは。本当に今回は分かってますよ。アインズさんが気になっただけって言うなら、気になっただけだって。そんな事しに行くなんて思ってません。」
アインズは安堵に息を吐いた。
「良かった。」
「さ、ナインズに腕輪着けてやって下さい。」
ツアーはそれを聞くと、
「ほら、アインズ。」
ナインズが抱っこしてくれとアインズとフラミーに向けて両腕を伸ばすと、アインズはその腕に抑制の腕輪を入れた。
「どうだ?」
「――ゼロに近いね。もう少し成長すると漏れ出る力もあるかもしれないけれど、今は殆どを抑えているよ。」
近頃ではなんでも口に入れるのはやめ始めていたが、ナインズは腕に付いた腕輪をかじろうと口に入れた。
「九太、それはお前とナザリックを守るために必要だ。とっちゃいけないからな。」
アインズがそう言うと、ナインズはしばらく腕輪をしゃぶってから腕を下ろした。
「だぁ!」
「そうだ。偉いぞ。」
ツアーは手の中の饅頭のようなナインズを自分のほうに向かせた。
「ナインズ、君は言葉が解るようになって来たのかい?」
「…んーんー。」
鎧の手は気に入らないようでツアーの鎧を数度蹴った。
「まだもう少しだな。しかし、分かる言葉もあるぞ。九太、これはツアーだ。」
アインズはそう言いながら、ツアーの鎧の頭から生えている長い尾のような毛を見せた。
「わんわん?」
「そうだ、上手だな。」
フラミーはぷふりと笑い、ツアーは竜の顔をしかめた。
「待て、僕は犬じゃない。甘やかすんじゃないぞ。ナインズ、僕はツァインドルクス=ヴァイシオン、もしくは
「ふふ。ナインズにとっては尻尾みたいなのがあれば皆わんわんですから。でも、爺は言えるからツアーさんなら言えると思いますよ。ナインズ、言ってごらん。つあーって。」
「うあー?」
「そう、この人はツアーさん。」
「…うあー。」
ツアーは揃って金色の瞳に見上げられるとなんとも背中がむず痒くなりナインズをフラミーに返却した。
「もう良いんですか?」
「あぁ、堪能したよ。」
「ふふ、可愛かった?」
「可愛いね。本当に君とアインズのあいの子だ。中身はアインズじゃなくて君に似ると良いな。」
それを聞くとアインズもうんうんと頷いた。
「私もフラミーさんに似てくれると嬉しいな。その方がかわいい。」
珍しく意見が一致した二人はフラミーのローブの襟を掴むナインズを覗き込んで笑った。
「さて、久しぶりに来たし君の世界征服とやらの進行具合を聞いてから帰ろうかな。」
「あぁ、そうだった。隣の大陸なんだが、もう聞いていると思うが、冒険者を始末したのはお前の言う通り竜王じゃなかった。」
ツアーはそれを聞くと「だろうと思ったよ」と告げ、浮いている制作途中の二本の指輪の状態を確認した。
「それから、最古の森とか言う所があった。」
「何?最古の森がまだあったのかい?」
「あぁ、タリアト・アラ・アルバイヘームとか言う
「タンペート=プレシピタシオン――天候を操る
「全く、向こうのことを知ってるなら少しでも教えて欲しいところだ。」
「アインズ、いつも言うが僕は君の計画に賛成しているわけじゃない。邪魔はしないけれど、手伝いもしないよ。それに、鎧で出かけていたとはいえ僕は五百年家を出ていなかったんだ。情報が間違っていたらそれはそれで困るだろう?」
ツアーは最もらしいことを言うと、指輪を包む魔法の膜をツンツンとつつき、弾力を確認した。
アインズはやれやれとため息をつきながらいつものロッキングチェアに座ると、フラミーの腰を引き寄せて自分に座らせた。
「協力してもしなくても、世界は私のものになるぞ。」
「嫌な話だね。」
「そう言うな。お前は必ず言うぞ。世界を任せて良かった、とな。」
「百年後にはわからせてくれる、だったかな。」
「あぁ。わからせてやるさ。後九十五年と半年だ。」
アインズが笑うとツアーも「期待しているよ」と笑った。
その後大人達はしばらく隣の大陸のことを話し、ナインズは抱っこされながら腕に収まる腕輪をいつまでもじっと眺めた。
竜王の名前は読者様に考えていただきました!にっこり
素敵な名前でご満悦ですぜ
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