眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#27 閑話 だって女の子だもん

 ――ザイトルクワエ襲撃の数日前。

 アルベドはアインズに迫っていた。

「アインズ様!それで、エ・ランテルは今後どの手を用いてその手中に入れるご予定でしょうか!」

 どの手も何も一つも手がない。全くのノープランだ。

「……アルベド、お前はどう思う」

「私、でございますか?」

「そうだ。守護者統括としての意見を聞かせろ」

「それは……もう……以前アインズ様が仰ったアレが宜しいかと」

「アレ、だな」

「はい!アレ、でございます!」

 アインズは"アインズ様"なる者が以前何をおっしゃったのか分からなかった。

(どれだよー!!)

 叫び出したい気持ちに襲われていると、しゅんっと精神の昂りは抑制された。

「ああ……もう一度私に、手取り……足取り……腰取り……!アインズ様のお考えを叩き込んで下さいませ!」

 アルベドは頬を赤らめ体をくねらせはじめていた。

 普段は頼りになる守護者統括だというのに、少し気を抜くとアルベドはすぐにこれだった。

 しかし、トリップしていてくれればむしろ時間を稼げる。

 くねるアルベドを放置して今後どうするべきか、アインズは自分なりに精一杯考えていると、気付けば机越し、息の掛かるような距離にアルベドが迫って来ていた。

「アインズ様?何もわからぬこのアルベドに、アインズ様の全てをお教え下さい!」

 絶世の美女が迫ってくるこのシチュエーションが嫌な男がいるだろうか。アインズは少しどきりとする。が、目を覚まさせる事にした。

「やれやれ、仕方のない奴め」

 アインズは苦笑を漏らし、アルベドの目の前に両手を伸ばした。

 百レベルの本気の力で両手を打ち鳴らすと凄まじい音が鳴る。口で戻れというよりも手っ取り早い。

 以前この手でアルベドの目を覚まさせた時、護衛として天井に張り付いていた蜘蛛型のモンスターである八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)が驚きすぎて一匹降ってきた。

 その時には不憫になる程謝罪を重ね天井に戻って行ったので、今日はちゃんと一度天井に視線を送った。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達が心得たとばかりに頷く。

 アインズが両手を軽く開くと――部屋には軽いノックが響いた。

 打ち鳴らそうとしていた手をそのままに、顔だけ扉に向けた。その日のアインズ当番と目が合った。

 来客がデミウルゴスならアルベドを目覚めさせるよう言えばいい。アインズはアルベドの顔の前に伸ばしていた両手を書類の乗った机にそっと下ろした。

 

 アインズ当番がいつもの入室許可前作業を行っている間に、自分の姿勢が支配者らしいか確認することも忘れない。

「申し訳ございません。これよりアインズ様はアルベド様と情交を結ばれますのでお急ぎでない御用のお取り次ぎはどなた様であっても――」

 小さな声だが、アインズの耳は確かにそれを聞き取った。

 情交。男女が肉体的な交わりを結ぶこと。

 

「待て!!シクスス!!違う!!」

 

 アインズは下ろしたばかりの両手で机を叩くように立ち上がり、扉に向かって駆け出した。

 一体何をどうすればそう思うのだろうか。この骨の体で。

「違うだろう!おかしなことを言うんじゃない!!」

 アインズは思わずシクススの手を引き寄せた。

「あ、アインズ様!?」

 シクススの手はノブに触れたままだったため、キィ……と扉が開いた。

 外に立っていたフラミーとハッと目が合う。

 フラミーは以前アインズが贈った紺色のローブを両手で抱いていた。

 

「あ……ふ、らみーさん………」

 

+

 

(アルベドと条項を結ぶってなんじゃ?)

 フラミーはまたアルベドが何かをしでかし、してはいけないリストでも作ったのかと心の中で苦笑していると、中からバタバタと慌ただしい音とアインズの声が聞こえ――扉が軽く開けば、そこは犯罪の匂いがする部屋だった。

 

「あ……ふ、らみーさん………」

 

 そう言うアインズは、つい今しがた扉から顔を半分だけ覗かせていたはずのシクススの右手を引っ張り上げ、その身を後ろから抱きしめていた。

 腕の中でシクススは空いている左手を顔の横に当てながら「はっ……はぅ……あぁ……」と息をしている。

 抱きしめるアインズの腕には柔らかそうな胸が乗っかり、シクススが息を吐く度に上下に揺れる胸が骨の腕をマッサージするようだった。

 

「ど、どうも……これは……あいんずさん……」

 

 その奥、アルベドは長い黒髪を片方の肩に全て流し、いそいそとドレスの前に掛かっている金の蜘蛛の巣のような装飾を外しているところで、手袋は脱いでいた。

 肩甲骨付近には玉の汗が光っていて、髪の毛が数本首筋に張り付く様が艶めかしい。

 

 アルベドが手袋とったの初めて見たなぁと思いながら、フラミーは踵を返す。

「じゃ……ごゆっくり……」

 何とかそれだけ絞り出し、ブリキのおもちゃのようなぎこちない動きで背を向けると、突然スピーディーな動きを取り戻しカササッと斜め三つ向かいの自室に駆け込んだ。

 

「ち、違う!!違うんですってばー!!」

 

 支配者の叫びが第九階層に響き渡った。

 

+

 

「「はーーーーぁ!!???」」

 第六階層の湖のほとり、アウラとシャルティアの唱和が響く。

 

「私に伸ばされたその指の美しかった事……。あぁ……本当、夢のような時間だったわ……」

 

「そ、そ、そ、そ、そんなの嘘でありんす!!」

 シャルティアはひたすらに否定を繰り返していた。

「あのアインズ様がそんな訳ないじゃん!!第一アインズ様にはフラミー様が……あ!フラミー様は!?」

 アウラは何となくそんな場面を目撃したフラミーが心配になっていた。

 

「フラミー様は流石の貫禄よ。なんせ、さっとこちらを確認されたら、いつも通りの笑顔で私とアインズ様を応援する言葉を残していかれたもの!ああ、フラミー様ももしかして、奥手なアインズ様をその気にさせる者の台頭を楽しみにされてるのかしら!?」

 ご期待にお応えしなくてはとアルベドはハッスルした。

 

「アルベドばっかりアインズ様のお側にお仕えしてずるいでありんす!!あ、り、ん、す!!」

「仕方ないじゃない、シャルティア。私は守護者統括、あなたはアインズ様から最も遠い階層の守護者なんだから。くふふっ」

「どうせ仕事でしかお会いできんせんくせに!!」

「いやね、見苦しい嫉妬って」

 幸せそうに、どこか見下すように笑った統括と、殺意剥き出しのシャルティアを呆れた眼差しでアウラは見ていた。

「ちょっとー、喧嘩しないでよねー」

「アウラ?喧嘩って言うのは同じレベルじゃなきゃ成り立たないのよ?」

「キィーッ!!」

 アウラは従姉妹(シャルティア)が地団駄を踏むとやれやれと首を振った。

 しかし、この胸の小さな痛みはなんだろうと、アウラはそっと痛みの部分に手を当てた。

 

+

 

 その日玉座の間には階層守護者達が集まっていた。

 

「今日はよく集まってくれたな。さて、コキュートス。蜥蜴人(リザードマン)達の様子はどうだ」

「ハ。族長ヲ倒シテ回ッタ私ノ事ヲ確カニ敬ッテオリマス。ソコデ、フラミー様ニオ願イシタイ儀ガゴザイマス」

「そうか。フラミーさ――」

「なんですか?コキュートス君」

 支配者の言葉を最後まで待たずに話し出したフラミーは満面の笑みでコキュートスを一直線に見つめている。

 余程コキュートスの成果を喜んでいると見えた。

 その待ち切れないと言う様子に守護者達は皆幸せな気分になる。

 そしてフラミーをこうも喜ばせるコキュートスを心から尊敬した。

「私ガ殺シテシマッタ族長達ヲ、ソノオ(チカラ)デ蘇ラセテ頂キタイノデス。ペストーニャニ頼モウカトモ思ッタノデスガ、ドウセナラバ御身ニ信仰ガ集マル方ガ宜シイカト……」

「わかりました。明日は神都にマーレと写真を撮りに行くんで、明日以外ならいつでもいけます」

「アリガトウゴザイマス。死体ノ損傷ガ増エル前ニ…モシ可能デアルナラバ本日ハ如何デショウカ。今日ハ丁度デミウルゴスト共ニ養殖技術向上ノ会ト、ソレノ慰労会ヲ開ク予定ダッタノデ、蜥蜴人(リザードマン)モ多ク集マリマス」

「なるほど、じゃあ今日行きましょう!」

「急ナ願イニオ応エ頂キ感謝致シマス。宜シケレバアインズ様ニモマタオ出マシ頂ケルトヨリアリガタイノデ――」

「もちろん私も行こう」

 またも食い気味に答える支配者の様子に皆幸せでいっぱいになった。

 

+

 

「コレデ全テノ族長デス」

 コキュートスとフラミーの前に、ザリュース・シャシャが腐り始めたシャースーリュー・シャシャの亡骸を優しく置いた。そこには四人の蜥蜴人(リザードマン)の亡骸が並べられていた。

 

「フラミー様の奇跡はそう易々と手に入るものではありません。皆、そのお姿をしかと目に焼き付けなさい」

 デミウルゴスの発声を合図に、フラミーは白いタツノオトシゴの杖を空中から引き出した。

 そして、全ての部族の蜥蜴人(リザードマン)達が見守る中、族長達は次々に目を覚ました。

 

 その日はお祭りだった。

 闇の神の再臨と、光の神の新たな降臨、そして族長達の再びの生を誰もが心から喜んだ。

 

 族長達を殺したコバルトブルーの武人が何を要求するのかと思えば、全ての蜥蜴人(リザードマン)は同じ湿地に暮らすのだと、グリーンクロー族の村に集められた。

 これではまた食糧事情が悪化し、地獄の時代の到来だと皆が嘆けば、最族長に就任した武人は様々な事を知る尾を生やした人間と、闇の神を連れて戻ってきた。

 闇の神は新たな家々を建てるためにスケルトン数体を与えてくれた。

 そして、スケルトンを指揮するカジッチャンと呼ばれる死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の事も。

 カジッチャンは態度は横柄だが、アインズ様の為だと言って蜥蜴人(リザードマン)をよく助けてくれる、今となっては良い仲間だった。

 

+

 

 とっぷりと日が暮れた湿地で、蜥蜴人(リザードマン)達は大きく燃やされた火を囲み、祭りに盛り上がった。

 歌って踊る様子を眺め、楽しそうに手拍子をするフラミーに、アインズは恐る恐る話しかけた。

 

「あの、フラミーさん?」

 フラミーはひゃ!と驚いた後、しどろもどろになりながら、キョロキョロと辺りを見渡した。

「あ、あー!こ、コキュートス君!」

 少し離れたところにいたコキュートスは腰を上げ、見苦しくない程度に小走りでフラミーの下に来た。

 それを見た蜥蜴人(リザードマン)の子供達は嬉しそうにコキュートスの後を追った。

「如何ナサイマシタカ、フラミー様」

「あ、アインズさんがお話があるみたいなので、一緒に聞きましょ?」

「カシコマリマシタ」

 膝をついたコキュートスを真似、子供達も膝をついた。

(……話せるかー!)

 アインズはコキュートスを取り敢えず褒め、褒美をとらせる約束をし、下がらせた。

 

「んん。フラミーさん?」

 フラミーは今度はあわわわと謎の言葉を紡いだ。

「で、デミウルゴスさーん!」

 手招くとすぐにデミウルゴスも腰を上げ、小走りでフラミーの下に来た。

「如何なさいましたか、フラミー様」

「あ、アインズさんがお話があるみたいなので、一緒に聞きましょう!」

「畏まりました」

 やはりデミウルゴスも早急に膝をついた。

(……話せるかーい!)

 アインズはコキュートスの成長を助けた事を褒め、蜥蜴人(リザードマン)達に渡す技術や知識には細心の注意を払うようにとデミウルゴスに話し、下がらせた。

 

「フラミーさん」

 次は誰を呼ぼうかとキョロキョロするフラミーに、アインズはもう一度強い調子で声をかけた。

「フラミーさん!」

 ようやく観念したように、フラミーはしぶしぶアインズを見た。

「はひぃ……」

「フラミーさん、絶対あの夜の事勘違いしてますよね?」

「いえ、勘違いなんて絶対しませんでした」

「絶対してます!」

「いやだからしてませんて!!――わっ!そんな顔で見ないでください!!」

「顔は変わりませんよ!じゃなくて、じゃあ何であの夜から俺の事避けるんですか!」

 アインズは必死だった。

 フラミーが軽蔑する"汚くて臭いおっさん"の上位種、"汚れたおっさん"の烙印を押されているんじゃないかと。

 フラミーはしんどそうな顔をすると、怒ったように口を開いた。

「……仕方ないじゃないですか!エッチぃ雰囲気だったんだから!!」

「んな!?エッチな雰囲気って!良いですか、あの夜は別にやましい事をしてたんじゃなくて、いつも通りアルベドの暴走に付き合わされてただけなんです!」

 更に言葉を続けようとすると鎮静された。

「それからシクススが間違った事を外の人に言ってると思って慌てて引っ張ったら、気付いたらあんな事になっただけで――」

 ふと気付けば何やら様子のおかしいアインズとフラミーに、蜥蜴人(リザードマン)達と、野性味溢れる酒を楽しみつつ何やら語らっていたはずの守護者二名の視線が集まっていた。

 

「と、とにかく!誤解なんですからね!」

 アインズは全く恥ずかしいとばかりにプイと顔をそらし何処かを眺め始めた。

 こうなったらこっちも徹底抗戦だ、と言わんばかりに。

 

 しかし――「いや、それはわかってますってば!」

「え!?」

 アインズの中の戦は早くも終わりを告げた。

 

「じゃ、じゃあ……なんで?何で無視するんですか……?」

「何でも何も、恥ずかしいじゃないですか!友達の……アインズさんとアルベドさんのエッチな姿を想像してしまった自分のエッチさが!!アインズさんの顔見ると、その日の想像が……その……あの……うぅ……何でこんな事言わせるんですかぁ……」

 フラミーの紫色の顔は赤紫に染まっていった。

「あーーー……」

 良いからほっといて下さいよと顔を背け、何かを汚されたとでも言わんばかりのフラミーに申し訳なさを募らせながら、アインズは今日の夜風はとても気持ちがいいと思った。




この後アインズ様がどうしたかって?
そりゃあ、一般メイド全員がシクススの話を聞いている事を知ってまた苦悩の日々に戻るんですよ!

ちなみにカジッチャンさんは死の宝珠さんと共に日々アインズ様の為に頑張っています。
いつかアッシュールバニパルに入る命令を受けたら、少しで良いから時間が貰えると嬉しいなと、その日の訪れをワクワクして待っているようですよ!

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