「アインズ・ウール・ゴウンの糞悪魔共があ!!」
仲間が死に絶え、ウルズの泉にぷかりと浮かんでいる中、動かぬ体で鎧姿の男は必死に水から顔を出して叫んだ。
「光栄なセリフですが、名前ぐらいは覚えていただきたいところです。」
ニヤリと口元を歪めたような声色の山羊頭は、マントを翻し、シルクハットを軽く上げた。
「私は大災厄の魔。ウルベルト・アレイン・オードルです。以後お見知り置きを。さぁ、では――死んでください。」
「っくそーー!!」
ボッと灯った黒い炎の中に男が消えると、ウルベルトは男が死とともに落とした腕輪をひょいと泉から拾い上げた。
「――よっしゃ。おーい、フラミー。そっちはどうだ。」
魔皇ごっこを終えたウルベルトは爽やかに声をかけた。
すると、周りの死体の山から三対の翼を持つ紫色の悪魔も立ち上がった。
死体の山は復活地点へ行くために次々と消え、二人の立つ場所は地獄の水場から、鏡のように空を映す美しい泉に戻った。
「師匠ー!大漁ですよー!」
まるで悪魔らしくない翼を背負うフラミーは笑ったようだった。
ウルベルトはフラミーと共に泉から上がり、今日PKした者達が落とした装備やアイテムを並べて二人で眺めた。
ぷにっと萌え直伝の囮りを配置する事で、異形種狩りをする者達を誘き出す作戦にまんまと嵌った者達はフラミーを手に掛けようとしたが、結果はご覧の通りだ。
「これとこれとこれ売りゃ随分儲かるんじゃねーか?」
「ふふ、たくさんお金が手に入ったら、私モモンガさんから前に貰ったネックレスのお礼に何か買ってあげたいです!」
「おーおーそうかい。モモンガさんがねぇ。」
ウルベルトはフラミーの首にかかる長いネックレスを眺め、初めて聞いた情報を心のメモに書き留めた。
「最近装備揃えてモモンガさんも金欠だって言ってたし、物より金のままの方が喜ぶかもな。」
「え?モモンガさん、金欠なんですか?」
「そーそー。モモンガさんもそのネックレスをドロップした時にフラミーにあげるんじゃなくて売ればもうすこし貧乏じゃなかったろうになー。」
ウルベルトはアイテムを
「――どうかしたか?」
アバターは表情は変わらないが、フラミーが何も言わなかったのが気になりウルベルトは顔を上げた。
「あ、いえ!なんでもないです!じゃ、帰りましょっか。」
「そうだな。あいつらがこれを取り戻しに来る前にとにかくヘルヘイムに戻るか。」
二人は世界を渡る門へ向かって歩いた。
ユグドラシルはアースガルズ、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ヘルヘイムなどの九つの世界を内包する巨大な木だ。
ナザリック地下大墳墓はヘルヘイムのグレンデラ沼地に存在している。
二人は作り物の世界を進んだ。
「あの人たち、ちょっと可哀想でしたね。」
「いいんだって。罠には嵌めたけど、先に手を出したのはあっちなんだから気にすんなよ。」
作り物の夕日が落ちていく中、ウルベルトは気にしいのフラミーにそう言って笑顔のアイコンを出した。
「それにどうせ俺たちがやらなくってもあのレベルじゃ
あのプレイヤー達が向かう先にいる門番姿のモンスターの強さは相当な物だ。
「それに、――この世は不公平なんだよ…。ムカつくほどにな。」
フラミーはウルベルトのアバターの顔をじっと見た。
「ウルベルトさん、怒ってるんですか?」
「怒ってるように見えんの?」
「うん。ずっと怒ってます。」
「ま、確かに生きててムカつかない事なんて少ないけどな。」
ウルベルトは寂しそうに告げた。
「私はムカつく事なんて殆どないですよ。」
「お前はもう少しムカついたほうが良いよ。こないだのるし★ふぁーだって普通は相当ムカつくだろ。種族変更遅くなったし。」
「はは、皆に本当申し訳なかったです。」
「はぁ。全くどんな風に育ったらそんな感じになれるんだかね。お前、両親に死ぬほど可愛がられて育ったタイプだろ。」
フラミー――村瀬文香は一人で暮らす小さな兎小屋のようなたった三畳の部屋と、小学校中退前まで暮らしていた孤児院の大部屋を思い浮かべると困ったように笑った。
布団を敷くといっぱいいっぱいになってしまう収納もない部屋には壁から壁に紐を通していて、それに服が掛けられている。動線は確保されているがさながら暖簾のような状態だ。
村瀬の部屋は直立で入るスチームバスと、小さな手洗い、一口のコンロでできている。ちなみに洗濯機はない。
綺麗な水が非常に貴重な為、今の時代洗濯機を持っている人も少なかった。三日に一度コインランドリーに行って服を綺麗にすると、部屋に通してある紐に掛けた。
村瀬のユグドラシルをプレイする為のフルダイブシステムは人のお下がりだ。安く譲って貰った。とても高価でフルプライスの購入はできない。世話になっていた孤児院に毎月借金の返済もしているため村瀬の生活はギリギリだった。
「私、捨て子だから。社会が生かしてくれたようなものですし、何て言うか、息してるだけで奇跡ですから、何だって有難いんです!」
両親を仕事場で亡くしたウルベルトは胸が苦しくなった。両親の遺骨すら返してもらえず、端金を見舞金として叩き付けられた男は、勝ち組も社会そのものも、強烈なまでの憎悪の対象だ。
「――何?そんなの聞いた事ないぞ。」
「聞かれなかったですもん。」
「いや…悪かった。そうか…。」
ウルベルトはふーむ、と声を漏らした。
ずっと自分は、フラミーの何がこんなに気になって、構いたくて堪らないのかよく分からなかったが――ウルベルトは自分の鼻は随分効くものだと全てに納得した。
「――なぁ、フラミー。この世界は生まれた段階で二極化されすぎてるって思うだろ。なんだよ、この不公平な世界はって。」
「どうかな。私にはあんまり…難しいことはよく分かりません。多分、恵まれてるから。ほら、努力してちゃんと暮らせちゃったりしてて。」
「…努力すれば上に行けるなんてデマを信じる奴なんかお前以外にはいないさ。お前もそのままじゃ使い潰されるぜ。」
フラミーはぷるぷると動かないアバターの顔を振った。
「私、小学校卒業する前に孤児院出ることになっちゃったんですけど――えっと、生涯年収の試算で孤児院に返す養育費を稼げないだろうって。それで、ずっとガスマスクの部品工場で働いて、労働者用アパルトマンに十人とかで暮らしてたんですけど…。今は初めての自分の為のお家がありますから、やっぱり努力して何とか上手くいってるんです。ふふ、ウルベルトさんには申し訳ないくらい、恵まれてるのかも。」
フラミーの語る「恵まれた私」の生活はどん底だった。
「…お前、人生諦めてんだろ。」
「そんな事ないですよ。いつか可愛いお嫁さんになって、二つくらい、ちょっと重なっててもお布団を敷けるような広いお家で、一人でも子供を産んで…家族に囲まれて…それで…たまに外食したりしたいですもん。」
「そんな当たり前の事を――!!」ウルベルトが苛立ち叫ぶと、フラミーのアバターは無表情のまま肩を揺らした。流石のウルベルトの家も布団二枚くらいは敷ける。
そんな当たり前の事を夢として語らせる社会への怒りはウルベルトの胸を焼いた。
「師匠、あの…怒んないでください。」
「馬鹿野郎が。」
二人はその後何も言わずにヘルヘイムに戻った。
ヘルヘイムにつき次第、ナザリックへ転移して帰ると、フラミーはふらふらと円卓の間へ向かい、ウルベルトも何となくその後を追った。
「モモンガさーん。いますかー?」
扉を開けると中にはモモンガの他にヘロヘロがいた。
「ん?フラミーさんどうしました?あ、ウルベルトさんお疲れ様です。」
「ん。お疲れ様っす。ヘロヘロさんも。」
「ど、どうも〜。」
ウルベルトの不機嫌オーラに、仕事の愚痴をモモンガに聞かせていたヘロヘロは一度黙った。
「モモンガさん、金欠だってウルベルトさんに聞きましたよ!」
「はは。聞いちゃいました?すっからかんになっちゃいました。ポーション一本買えない貧民ですよ〜。」
もちろんモモンガはアンデッドの為ポーションは使わないが。
フラミーは「あら〜」と言いながら、手を差し出した。
アイテム受け渡しモーションだ。何だろうかとその下に手を出し、受け取りモーションにするとモモンガの手の中にはつい最近あげたばかりのネックレスが戻っていた。
一週間掛けてドロップさせたそのネックレスは「たまたま落としたけどいらないから上げる」と渡したものだった。
「ん!?」
「ね、モモンガさん。良かったらこれ売って足しにして下さい!頂いた物なのにこれしかお渡しできなくて申し訳ないんですけど…。」
「え?良いんですか?」
「はい!私、他に大して価値のある装備持ってなくって…。せっかくモモンガさんがドロップさせた物ですし。」
鈴木は少し迷ったが、それを返してもらった。
助け合いの精神が嬉しかった。
「ありがとうございます。俺大事にしますよ。」
「えへ?大事にって、モモンガさん。それちゃんと売って足しにするんですよ!」
「はは。大事に売ります。」
「なんですかぁそれ。ははは。」フラミーが笑うとウルベルトは特大のため息を吐いた。「――あ、いけない。私そろそろ落ちないと。」
「はーい、お疲れ様でした。フラミーさん、本当これありがとうございます。」
「いいえ!モモンガさんもお疲れ様でした。師匠も今日はありがとうございました!ヘロヘロさんもまた明日ー!」
ウルベルトは手だけ振って消えるアバターを見送った。
「フラミーさん、最近転職したって言ってたし夜落ちるの早くなりましたね。朝の早い仕事なのかな?」
ヘロヘロは良いなぁとずるずるの体でテーブルに伏した。
「何?そうなんすか?」
「そうですよ〜。ウルベルトさん知らなかったんですか?あ〜フラミーさん見習って転職しようかなぁ…。」
「…あいつ聞かなきゃ何にも言わねーんだもん。」
ウルベルトはドサリと椅子に座り膝を組んだ。
モモンガもアバターの体で頬杖をつくと続けた。
「フラミーさんは少し秘密主義なところもありますしね。」
「…モモンガさんはいっつもフラミーと仲良くしてるじゃないですか。フラミー通のイメージありますよ。」
「えぇ…?俺がですか…?ウルベルトさんと茶釜さんほど知らないですよ。」
「どーだかね。」
ウルベルトはさっきの話は流石に自分しか知らないよな、と考えるとちらりとモモンガを伺った。
「モモンガさんとヘロヘロさんさ、フラミーは多分親に溺愛されたタイプだって思いません?」
「あー。いっつも楽しそうですもんねぇ。本当羨ましいですよ〜。きっと良いとこのお嬢さんなんでしょうねぇ。」
ヘロヘロが笑うと、モモンガは数度言い淀み「どうでしょう」と困ったように答え、続けた。
「俺は苦労してる人だと思いますよ。だから、あんまり本人にはそれ、言わないであげて下さい。」
その口調は全てを知っているようで、ウルベルトの苛立ちは心の中で再びもやりと動いた。
その後一頻り世間話をすると悪魔は挨拶を交わして現実の世界へ帰った。
首の後ろからコネクターをブツッと抜くとしばらくそれを見つめた。
「……俺がくそったれな世界を変えてやるよ、フラミー…。」
村瀬は小さな部屋に三つ折りにして寄せてあった布団を広げると毛布に包まった。
「当たり前の事…かぁ。皆そんな風に育ったのかなぁ。」
そう呟くと今日のウルベルトの事を思い出した。
「…皆偉いなぁ。私も早く人並みになれるように頑張らないと…はぁ。」
目を閉じた村瀬はそう決めると、数日死ぬ気で必死になって働いた。
特別、だからと言って生活は何も変わらなかったが――しかし、モモンガにネックレスを返した事も忘れるほどに打ち込んだ。
まだ先の未来、別の世界でそれを返される日が来ることなど思いもせずに。
ウルベルトさん…(´・ω・`)
次回#83 外伝 死の支配者
フラミーさん、泥舟に乗り換えた程度って言ってたもんなぁ…。
> 「フラミーさんは絶対帰りたいと思ってました。最近仕事順調って言ってましたし。」
> 「あ、うーん。順調は順調でも、今まで泥の中歩いてた感じから泥舟に乗り換えれた程度なので…正直、孤児院育ちの私はここで生活していけたらいいなーなんて、思っちゃったりして。」