「よーし、やりますかねっと。」
蟹を頭からかぶったような異形――あまのまひとつは、フロスト・エンシャント・ドラゴンの霜降りステーキを平らげ、NPCである鍛冶長の立つ炉の前でパンパンっと顔を叩いて気合を入れた。当然何の感触もない。しかし、験担ぎに腹の膨れない食事を取るあまのまひとつにとってそんな事は大した問題ではないのだ。
あまのまひとつはモモンガとフラミーがとってきたドラゴンの骨をぽいぽいと炉に投げ込んだ。
粉状の素材にしておいて皆が使いやすいように宝物殿に後でしまっておくのだ。
炉に火をくべるべく、
燃え盛る炎を眺め、意味はないが
「ふんふんふーん。」
楽しげな鼻歌を披露していると、「おはー」と声がかかりあまのまは振り向いた。
そこには戦国時代の武将が着たような鎧に身を包む
「お、建やんおはよー。」
「あまちゃん、早速やってんのか。」
「どう?粉にしとけば便利っしょ?」
あまのまは熱せられてカラカラになった骨を火バサミでぽいぽいと鉢の中に移した。
「親切ぅ。俺も粉ちょっともらっていい?」
「良いよ。でもこれが第一段だから、すぐには渡せないけど。」
「かまへんかまへん。次の武器にちょろっと入れて見たいだけだから。」
「また作んの?懲りないねぇ。本当武器製作が趣味なんじゃないかと思うよ。」
建御雷は打倒たっちみーを掲げ、たっちみーを倒すための至高の一振りを目指してあまのまひとつと良くこの場所にこもっていた。
「ふふふ。次こそ最強の刀を鍛えて見せる!」
「応援してるよ。」
あまのまは火バサミをしまうとハンマーを取り出し、頭部の蟹の手の太い方で挟むと鉢の中に入れた骨をガンガン叩き始めた。
体から生えている二本の人間らしい手で火鉢をしっかりと押さえる姿はさながら職人だ。
叩くたびにダメージ量を表す数値が赤い字でピコンピコンピコンと矢継ぎ早に現れ、時にクリティカルを示すピンクの数値が混ざっていた。
「ふふふ。ドラゴンステーキの威力!見たか!」
ノリノリのあまのまの横で建御雷はまだ積み上げられている骨を炉に放り込んで行った。
「しかしモモンガさんとフラミー二人で倒してくるなんてすげぇなぁ!俺も一緒にバカやりたかったなー!」
「本当にねぇ!フラミーさんと二人でって聞いた時はびっくりしたなぁ。一歩間違えたら全滅じゃん。」
「何言ってんだよあまちゃん。それが良いんじゃねーか。ゲームなんだし全滅も楽しみの一つだって。」
「む、それはそうか。」
二人は豪快に笑った。
何時間かかけてすっかり骨の粉砕が終わるとあまのまは武人建御雷に粉を一袋分けてやり、宝物殿に飛んだ。
宝物殿は相変わらず雑多だった。
粉の量は相当にあり、サンタクロースがプレゼントを入れているような袋を五つ適当に放った。袋には直接「フロスト・エンシャント・ドラゴン骨粉。ご自由に。あまのま」と書かれている。最後に蟹のイラストが付いているのが愛らしい。
あまのまがそのまま引き返そうとすると「ちょーーっと待ったー!!」と声が響きあまのまは足を止めた。
「源次郎さん、お疲れっす。いたんですね。」
「いましたとも!俺は一昨日からずっと宝物殿整理してるんだから!」
「おぉ!モモンガさんが喜びますよ。さすがですね。」
「ふふ、それほどでも――じゃなくて、あれはなんですか。」
源次郎はビッと今置いた袋を指差した。
「あぁ。モモンガさんとフラミーさんが取ってきたドラゴンの骨粉ですよ。粉にしとけば高位のスクロール製作とかにも使えますし、FREEですからいくらでもどうぞ。」
あまのまが説明すると源次郎は怒りアイコンを出した。
「それは良いですけど、あんなとこじゃなくて素材はちゃんと素材用の置き場あるでしょうが。」
「えぇ…あそこまでいくと遠いし、どうせ出来たてほやほやの素材はすぐ売り切れるんだから良いじゃないですか。」
「その意識が!この宝物殿を生んでいるんですよ!!」
源次郎がバッと腕を広げると、あまのまは宝物殿を見渡した。
(…レアリティの高い物がちゃんとしてればそれで良い気がする…。)
「今まぁ良いんじゃないって思ったでしょう。」
「………ちょっとだけ。」
源次郎が再び怒りアイコンを出していると更なる来訪者が現れた。
「あ、あまのまさーん!」
「おや、フラミーさんどうしました?」
「源次郎さんもこんにちは!えっと、建御雷さんに聞いて来たんですけど、骨粉分けてください!」
「どうも〜。」
「あぁ。そこにありますよ。フラミーさんが素材持ち帰るなんて珍しいですね。」
フラミーはふんふん言いながら袋を一つ開けた。
「はい!モモンガさんと二人で退治したんで記念に取っておこうかなって!」
あまのまは源次郎と目を見合わせた。
「フラミーさんって本当モモンガさん好きですねえ。」
「そうですか?モモンガさん嫌いな人、いないと思いますよ!」
笑顔アイコンを出すと小袋に骨粉をしまったフラミーはそれを
「ま、それはそうですね。」
あまのまはふむ、と頷いた。
「ねぇフラミーさん。その袋の場所どう思います。」
様子を見ていた源次郎はずずいとフラミーに進んだ。
「袋の場所…ですか?見つけやすくって良いんじゃないですか?」
あまのまはガッツポーズをし、源次郎は頭を抱えた。
「……見つけやすい……。」
「はひ…あの、ダメでした…?」
フラミーがそう言うと源次郎はふるふると頭を振った。
「いえ、良いです。フロスト・エンシャント・ドラゴンの素材はしばらく見つけやすい場所に置かれるべきでした。」
「いえーい。」
あまのまは蟹バサミをチョキチョキした。
「ふふ、可愛い。じゃ、私行きますね。あまのまさんありがとうございました!」
「いいえー。こちらこそー。」
フラミーはぱたぱたと走って行き消えた。
「仕方ない。この辺に旬の素材置き場を作るか…。」
源次郎はぶつぶつ呟きながら再び整理に戻って行った。
あまのまもそれを見送ると円卓の間へ向かった。
「骨粉はできたしなー次は皮でもなめすか?でも皮はダメか。鎧にしたい人とローブにしたい人じゃ使い方違うもんなぁ。鱗付きで使いたい人もいるし。」
円卓の間ではドラゴンの死体を囲み、ギルメン達がやんややんやと盛り上がっていた。
「お、あまさんお疲れ様でーす。」
「ウルベルトさんおつっすー。」
ウルベルトの手には骨があった。当然全てを骨粉にしたわけではないので骨もまだまだある。特に形の良い物や、そのまま利用できるような部位は砕くのがもったいない為だ。
「ウルベルトさんなんか作るんすか?」
「いや!俺はこれをデミウルゴスの部屋にかざる!」
「…かざる?」
「ふふふ…悪魔の部屋にドラゴンの骨…。ウキウキするでしょ。道具箱なんかに雑多に入ってたりしたらさ。」
よくわからないがあまのまは頷いた。
「わかる、めっちゃ、うきうき、する。」
「あまのまさん、やっべぇよそれ、どんだけ棒読みなんですか!!」
ペロロンチーノが横槍を飛ばすと功労者のモモンガはおかしそうに笑った。
「ははは。俺は断然賛成ですよ。もっと、こっちの骨とかも飾ったほうがいいんじゃないかと思うくらい。」
その時の骨に座する事になるなどとはつゆ知らずモモンガはあれこれとウルベルトに骨を勧めた。
「やっぱモモンガさんは話がわかるわ〜!」
「あ、モモンガさんと言えばパンドラズ・アクターの新しい軍服につけるバッチ出来ましたよ。」
「え!ありがとうございます!受け取りに行きます!」
モモンガが立ち上がるとあまのまも立ち上がり、二人は円卓の間を後にした。
再び鍛冶室に着くと、そこには武人建御雷だけでなくタブラ・スマラグディナもいた。
「おや、モモンガさん。今回はお手柄だったそうですね。」
「おー!早速もらったよ!モモンガさん!」
「タブラさん、建御雷さんお疲れ様です!実は俺は逃げる気満々だったんですけどね、だからお手柄はフラミーさんですよ!」
挨拶を交わすモモンガを尻目に、あまのまは完成品置き場へ向かい、銀色の美しいバッヂを大きな蟹の手で取った。
「モモンガさーん、これですよー。」
「ん?ベツレヘムの星…?」
タブラがごぽりと音を鳴らしながら首を傾げるとモモンガはベツレヘムの星を表す
それは誕生したばかりのイエスの殺害に失敗したサタンが放った光。そして"偽りのしるし"を意味する物だった。
「うわーありがとうございます!これを着けてやったらようやくパンドラズ・アクターも完成ですよ!」
感慨深いような興奮するような様子でバッヂを眺めるモモンガに、タブラは尋ねた。
「モモンガさん、なんでそれなんですか?」
「うーん…あれは俺の影――偽物の俺ですから。それにこれは――いや、何でもないです。はは、変なこと言いました。」
「いえいえ、なるほど。よくわかりました。私、少しパンドラズ・アクターが好きになりましたよ。」
「え?そうですか?はは。」
「えぇ。うまくいくと良いですね。個人的にはウルベルトさんよりモモンガさんの方が応援したいですし。」
「…ん?なんですか?」
「なんだ?ウルベルト?なんで?」
モモンガと建御雷が首をかしげる中、あまのまはうむうむと頷いていた。
「まぁ、とにかくパンドラズ・アクターに着けてきてやったらどうですか?」
「そうですね!じゃ、俺行きます。本当ありがとうございました!」
「いいえー。またいつでもどうぞ〜。」
モモンガが立ち去るとあまのまは巨大なハサミの付く腕で建御雷の頭を引っ掴み、タブラに顔を寄せた。
「な、なんだよ。あまちゃん。」
「タブラさん、あれはモモンガさん自覚と無自覚の狭間ですよ。」
「私もそう思います。もっともらしいこと言って。いえ、もちろんパンドラズ・アクターを自分の偽物――影武者ですかね?そうとも認識しているのは確かなんでしょうけど。」
「全然話が見えねぇな…。」
「フラミーさんなんてさっきわざわざモモンガさんと倒したドラゴンだからーって、骨粉取りに来たんですよ。」
「ほほう。これは逆にウルベルトさんを応援した方が面白いかもしれませんね。見えきってる勝負がひっくり返るところ、見てみたいですし。」
「あーわかるよ、タブラさん。俺も勝ち方の分からない、相手の手の内を戦闘中に読む戦いをしたかったんだよ。」
建御雷が分かっているのか分かっていないのか頷くとあまのまとタブラは汗のアイコンをぴこりと出した。
「パンドラズ・アクター。俺の影、か。はは。」
モモンガはそう自嘲すると白衣に身を包むパンドラズ・アクターを軍服に着せ替え、胸ポケットの下に
それまで掛けさせていた眼鏡も外し、完成だ。
以前、一人引退してしまった時に制作したNPCだったが、明日皆に改めて披露しよう。皆の姿を覚えさせるこの子を。
後に動き出した彼が、自己すら見失うほどの苦悩を得るとも知らずに、鈴木悟は鈴木悟の影にそっとあらゆる想いを着けた。
パンドラズ・アクターは苦しむたびにそのバッチの付けられた場所を握り締めるように抑えた。
ずあぢゃんっっ
次回 #85 外伝 魔皇の誕生
今や懐かしい鈴木の闇の凝縮体…。
三期#59 親子
> フラミーさん、フラミーさんと繰り返すあまりに哀れな自分の背中からアインズはつい目を逸らしたくなった。
> このNPCを創った時に