眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#86 外伝 ギルド加入と望み

 フラミーはここ数日、最古図書館(アッシュールバニパル)に詰めていた。

 その手には児童向け小説があった。

「フラミーさん。」

 その声に顔を上げると、ブルー・プラネットが大量の本を抱えていた。

「あ、こんにちは!どうぞ。」

 フラミーは自分の前に積んでいた本を軽く避けた。

 近頃の読書仲間だ。

 彼の持ってきている本は全て星空や青空、広がる海などがまとめられている写真集ばかり。第六階層に少し手を加えようかと参考資料を集めているのだ。

「ありがとうございます。どうです、NPC製作。何か浮かびそうですか?」

「浮かびそうではあるんですけど、やっぱりなんだかうまく考えられなくって。」

 フラミーはそう言って笑うと本をぱたりと閉じた。

「ふむ。邪念とかですか?そんな時は俺は自然の避難所(ネイチャーズ・シェルター)を作って第六階層で考え事をしますよ。」

 良ければお作りしましょうか、と低い優しげな声で笑った。

「ふふ、素敵ですね。作って貰っちゃおうかな。」

「いいですとも。俺も今日は第六階層に行こうと思ってましたし、行きましょうか。」

 二人は本を無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)に仕舞うと第六階層に飛んだ。

 ブルー・プラネットの手掛けた美しい空の広がるそこは、リアルなんかに帰る気など失せるような素晴らしい出来栄えだ。

「<自然の避難所(ネイチャーズ・シェルター)>!」

 ブループラネットの詠唱に呼ばれ、天井の無い防空壕のようなものが現れた。

「さぁ、どうぞどうぞ。俺は湖眺めながらここで読みます。」

「ありがとうございます。ブルー・プラネットさんも、よかったらいつでも中にどうぞ!」

 フラミーはそう言うと中へ入っていった。

 空が見える以外は周りの視線が遮断されている。

 なるほど、これは考え事をするにはちょうどいい。

 フラミーはぼうっと空を眺めた。

 

+

 

「待ちなさい、そこの天使。蛙達が眠る時間にわざわざこんなところをウロついて――セラフィムの偵察ですか?」

「あ、こんにちは!セラフィムって何ですか?」

 フラミーは話しかけてきた山羊に首を傾げた。

 セラフィムとは後にギルドランク一位にまで上り詰める天使種オンリーのギルドだ。カルマ値がマイナスに振れているアインズ・ウール・ゴウンとの相性は一言で言えば最悪。

「しらばっくれてると殺しますよ。」

「むぅ…あの、まだ始めたばっかりで、よく分からないんです。ごめんなさい。」

「……そうですか。始めたばかりのプレイヤーがどうしてこんなところにいるんでしょうねぇ。」

「あ、えっと、綺麗な所を探してるんですけど…山羊さん良いところ知りませんか?」

「はぁ?綺麗な所ぉ?」

 魔皇ロールプレイに勤しんでいた山羊、ウルベルトは途端に気の抜けた声を出した。

「ユグドラシルは綺麗な景色が見れるって聞いたんで…。」

 ウルベルトはじろじろとフラミーを見た。普通にNPCがやっている店で売られている装備だ。自分で作ったわけでも強化されている訳でもなさそうで、確かに初心者のようだった。

「――ここ真っ直ぐ行って、でかい岩が見えたら右に曲がってみろ。洞窟がある。そこに入ると最奥は綺麗だぞ。多分な。」

「ありがとうございます!親切な山羊さんでよかったぁ。それじゃ、さようなら!」

「ん。二度と来るんじゃねーぞ。」

 フラミーはウルベルトの示した方に向かってたった一対の翼でふらふらと飛んだ。そのお尻には小さなウサギの尻尾。モンスター達からの敵対値を下げる魔法だ。

 綺麗な場所にいたと言うのに、もっと綺麗なものを見ようとしていたら森の奥で転移トラップを踏み、気付けば綺麗じゃない沼地にいた。

 フラミーは帰り方も何も知らなかったが、特に気にしなかった。

 

 ウルベルトはその背を見送ると、フンッと好かない種族の女を見送り、ナザリックに帰った。

 

 そして、それから一週間くらいたったある日、似たような時間に天使は現れた。

「おい、お前やっぱり偵察だろ。」

 そう声をかけると、前よりもう少しだけ装備の良くなったフラミーは困ったようにウルベルトを見た。

「あ、山羊さん。オススメの場所、敵が強くて進めなくって。ちょっと強くなったんでまたチャレンジしにきました!また通りかかっちゃってすみません…。」

「…偵察じゃないのか?当たり前だろ。お前のその装備が初心者風カモフラージュじゃないなら、行けるダンジョンじゃない。死んだらホームポイントで復活しただろ。諦めて適当に別の綺麗な場所を探せ。」

 しっしと手を振ると、フラミーは首を振った。

「いえ!私山羊さんのオススメの場所、見たいですから!」

 そう言うと、フラミーはふらふらと飛んで行った。

「何だあいつ…本当に行くのか?<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>。」

 ウルベルトもその後を追った。

 ダンジョンに入ると、フラミーは少し進み、殺された。

 そこには前よりいくらか良くなった杖が落ちていた。

「おい、大丈夫か。」

「あ、山羊さん。やっぱり山羊さんの言う通り、まだダメみたいです…。」

「…はぁ。何なんだよ。」

 ウルベルトは仕方がないので蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を取り出し、フラミーを復活させた。

「っわぁ!山羊さん!ありがとうございます!」

「仕方ねぇから奥まで連れてってやる。」そう言いウルベルトはコンソールを開いた。「ほら、パーティー申請来てるだろ。」

「どうやるんです?」

「は?お前パーティー組んだことないの?」

「す、すみません…。」

 ウルベルトは申請受諾の方法を教え、フラミーを連れてダンジョンの最奥に辿り着いた。当然パーティーは敵に与えたダメージ量で経験値が入る設定にした為フラミーには一ミリも経験値は入らなかった。

「どうだ、大して綺麗でもなんでもねぇだろ。」

 ざまーみろとリアルの顔で笑った。

「ううん、とっても綺麗です。この光るキノコも!山羊さんの魔法も、敵の魔法も、すっごくわくわくしたし!ありがとうございました!」

 フラミーがペコリと頭を下げるとウルベルトはぽかんとその様子を見た。

 そこは発光する苔が辺りを不気味な緑色に映し出し、人間大ほどもある巨大なキノコが化け物じみた影を作っている。今倒したこのダンジョンの主の死体も転がっていた。

 

「でも、山羊さんにはすっかりご迷惑おかけしちゃってすみませんでした。じゃあ、私帰りますね!」

「…お前、騙されやすいタイプだな…。」

「え?そ、そうですか?」

「まぁいいや。じゃ、外出るか。」

「山羊さんは魔法で出るんですよね。」

 ウルベルトは首をゆっくり振った。

「お前一人で出られないだろ。死んだらまた新しくした装備落とすぞ。」

「いいんですか!」

「いいよ。ほら、行くぞ。」

 ウルベルトはコンソールを開くと、獲得経験値の設定を半分づつに変えた。しかし、いくら半分づつと設定しても狩る者や狩られる者のレベルが離れすぎていると分配される経験値はそれだけ減る。つまり、雀の涙だ。

 二人は外に出ると、今度こそパーティーを解消した。

「山羊さん、ありがとうございました。」

「ん。俺はウルベルト・アレイン・オードルだ。お前は?」

「わぁ!オードルさん!私はフラミーです!」

「…ウルベルトさんって呼んで。フラミー、友達申請した。次は本当に綺麗なところに連れてってやるよ。」

 ウルベルトはリアルの顔で清々しい笑顔を作ると、フラミーは首を傾げた。

「あの、どうやるんですか?」

「…………お前友達もいねーのか!!」

 

 ウルベルトとの出会いはそんなだった。

 それから、ウルベルトはせっせとフラミーを綺麗な場所に連れていった。

 何を見せても、どんな魔法を使っても「すごい」「綺麗」「格好いい」と喜ぶフラミーと過ごす時間は悪くなかった。

 

 そしてその日は訪れる。

 

「こいつ、フラミー。いい奴だから皆さん、どうかよろしく頼みます。」

「ふ、フラミーです!よろしくお願い致します!」

 真っ白な肌の天使は三十数名いる大勢の新しい仲間にぺこりと頭を下げた。

「わぁ、天使ってヴィクティム以外で初めてだなぁ。よろしくお願いします。俺は一応ギルドマスターのモモンガです!それでは、これからギルド投票を行います!」

「いよっギルマスゥ!」「かっこいいぞぉー!」「一応じゃないでしょー!」

 野次が飛んだ。

 

 モモンガは満場一致の賛成で加わった新しい仲間にナザリックとアインズ・ウール・ゴウンのルールを説明した。

「――最後に、これはルールな訳ではないんですけど、皆一人はNPCを作るんです。フラミーさんはどんなの作りたいですか?」

「NPCかぁ!難しいですね。このキャラクター作るときも悩みましたけど、一層悩んじゃいます。」

「NPCの製作のコツは自分が欲しいものやなりたいものを思い浮かべると作りやすいですよ!メイドとか、連れ回すペットとか、魔皇とか、武人とか、ロリータ吸血鬼とか。なんて、はは。」

「欲しいものや、なりたいもの…。」

 フラミーは自分のたった一つの望みを思い浮かべ、ぷるぷると頭を振った。

「じゃ、説明は以上です。NPC作りたくなったらいつでも教えてください。」

「あ、はい!ありがとうございました!」

 

 それから何日経っても、フラミーはNPCを作ると言いに来ることはなかった。

 そうしてどんどん時は過ぎ、フラミーより後に入ったメンバーの一人がNPCを作った頃、モモンガは円卓の間にフラミーを呼んだ。

「フラミーさん、そろそろNPC作ります?もしかして遠慮してました?」

「モモンガさん。そんな事ないですよ。ただ、欲しいものを作ろうとすると、何だかうまくいかなくって。」

「あぁ〜…。俺の説明良くなかったですか?すみません。」

「あ、いえ!すごく分かりやすくって、皆さんそうしてるんだなぁって思ったんですけど…なんですけど…。」

 フラミーが困ったような声を出すと、モモンガは「あぁ」と納得の声を上げた。

「フラミーさんって、欲なさそうですもんねぇ。」

「そんな事ないですよ?すごく、欲しいものはあるんですけど…。」

「お?なんですか?」

「…家族、なんて。はは。」

 冗談めかして呟かれた言葉だったが、モモンガはそれが本当にフラミーの欲しいもののような気がした。

「フラミーさん、移動しましょう。」

「ほひ?」

 モモンガは転移門(ゲート)を開き、フラミーはその後を追った。

 

 その先は第四階層。地底湖だった。

 湿り君を帯びたゴツゴツとした岩場と、広大な湖の広がる薄暗いその階層は滅多に人は訪れない。

 ぴちょりと水滴が落ちていく音と、地底湖に沈められたガルガンチュアの周りを泳ぐ高レベルの自動湧き(POP)する魚達がたまに水面を跳ねる音だけが響く。

 そこは地底湖の名の通り地底の洞窟ではあるが、天井は三十メートルあるガルガンチュアが立ち上がっても頭が届かない程に高い。

 モモンガはフラミーと共に適当なところに腰を下ろした。

 

「ふぅ、ここならいいか。フラミーさん、一人暮らしですもんね。寂しくなる気持ちわかりますよ。俺も家族はもう一人もいないから、たまに寂しくなります。」

「そうだったんですか?」

「えぇ。人に言うような事じゃないんですけどね。狭い部屋で一人でいると本当寂しいなって思います。」

「わぁ…モモンガさん、私達一緒ですね。私も家族、一人もいないから…。でも私、家族を作ろうとしたけど、NPCで家族作ろうとすればする程、家族が何だか知らないせいで何も作れなくって。」

 そう言うフラミーの横顔をモモンガはしばらく眺めた。家族を知らないと言う彼女の言葉をモモンガは忘れることはなかった。のちにウルベルトに「フラミーは親に溺愛されて育ったと思いませんか」と言われると実に複雑そうにした。

 そして二人の家族となる子を奪われた時、アインズはNPC達に――「…この人は…私やお前達と違って少しも親を知らないんだよ…。…愛してやるって…楽しみにしていたんだ…。少しも大きくなれなかったこの子を…きっと…愛してやるって…。」――そう泣きながら語る。しかし、今のモモンガはアインズとしての苦悩を知るはずもなかった。

 

 二人は痛みを分け合うように無言の時間を過ごした。

「フラミーさん、急かしてすみませんでした。いつか家族(NPC)作れるなと思ったら教えて下さい。俺、あなたの理想のものを作れるように何でも協力しますよ。」

「モモンガさん、優しいんですね。」

「いえ、ギルドマスターとして当然ですよ。」

 後にフラミーが茶釜達とNPCを作ろうとすると、モモンガはその約束を果たす時が来たかと、ギルド拠点レベル――NPC製作枠を増やす課金の準備もするのだが――。

 

+

 

 モモンガとウルベルトの言うことを統合すると、自分だけの唯一無二の家族を作るのがベストだろう。

「ふーむ。やっぱり、NPCは私にはまだ早い気がするなぁ。」

 フラミーはブルー・プラネットの作った防空壕から空を眺め、そう呟いた。

「じゃあ、とりあえずこれでも見ますか?」

 いつの間にか入ってきていたブルー・プラネットは持って来ていた写真集を差し出した。

「あ、ありがとうございます。私もお空職人とかになろうかなぁ。」

「ふふふ、それは嬉しい限りです。是非一緒に空の美しさを追求しましょう。」

 そう笑い合いながら、二人は失われた美しい景色の写真を眺めた。

 そして、フラミーはある美しい泉の一ページで手を止めた。

 透き通り過ぎている清らかな水の中を魚が行く様子は非現実的で、本当にこれは写真だろうかと疑った。

「あぁ〜これ、本当に綺麗ですよねぇ。」

 ブルー・プラネットは横から本を覗き込んだ。

「ん、CGみたいです。」

「フラミーさん、CGなんかより世界は綺麗だったんですよ。」

「CGよりですか?」

「そうです。結局CGも絵も芸術も、全ては地球にあった美しいものの再現に過ぎないんです。」

 そう笑う人にフラミーは眩しさを感じた。

「ところで、フラミーさん。良かったら、湖の底にこの景色を一緒に作りませんか?」

「良いんですか?」

「もちろん。いつかは空も一緒に作りましょう。」

 立ち上がるブルー・プラネットの後を追い、二人はザブザブと湖に入って行った。

 水に潜るとスタミナゲージが高速で減って行く。

 ブルー・プラネットはそんなフラミーに魔法をかけ、水中で作業できるようにしてやった。

 フラミーの顔の周りにぷくりと空気の幕が出来ると、水底であれこれと水草を取り出し、フラミーに渡した。

 フラミーは先ほど見た写真を思い出しながらブルー・プラネットと共に湖底に水草を配置した。

 

 湖中に水草を植え終わるには一週間もかかった。

 

「今日もフララはブルプラさんと田植えだね〜。」

 通りがかった茶釜がそういうと、一緒にいたペロロンチーノが頷いた。

「フラミーさんがブルセラさんと田植えねぇ。」

「…ペロさん、ブルー・プラネットさんにまた怒られますよ。」

 モモンガの突っ込みを聞きペロロンチーノは愉快そうに笑った。

 

 そうして、長きに渡る水草植え作業は終わりを告げた。

 後に湖には守護者達の手によって桟橋がかかり、水上ヴィラが建てられる。フラミーは桟橋や湖畔から見るブルー・プラネットと作った水中の景色が大好きで、事あるごとにここを眺めに来るのだが、それはまだもう少し先の話だ。

 

「どうでした?」

「楽しかったです!はぁー!それに私もナザリックに関われたって感じもしました!」

「それは何よりです。俺も一人で植えずに済んで助かりましたよ。フラミーさんの色使いはすごく参考になりましたしね。」

 ブルー・プラネットは笑顔のアイコンを出した。

 

 ――その後、ついぞフラミーが家族(NPC)を作ることはなかった。

 

 ただ、彼女の執務机の右手側の引き出しの奥底には、その草案が描かれた書類が今も入っているらしい。

 それを見たことがある者はただの一人もいない。




フラミーさん、湖畔好きでよく足を浸してましたもんねぇ。
桟橋から覗いたり。

次回#87 外伝 無課金同盟

フラミーさん製作のNPCは
メフィストフェレス――魔王サタンの従者と言われた、冷獄で封印されるサタンの代行として職務をおこなう高位の悪魔。
を少し考えてましたが、デミウルゴスと被る存在になるorフラミーさんを死ぬほど甘やかす保護者的スーパー不敬警察になってしまう未来が見えた…。

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