その日、ベルリバーはブルー・プラネットを呼び出していた。
「それでさ、なんかイマイチ決め手にかけるんだ。」
「なるほどですね。植物を植えると一口に言っても、そのモチーフのアマゾン河にはどんな風に日の光が降り注いでいたのかを想像しながらやると上手く行きますよ。」
ブルー・プラネットは植物の根元のあたりを指さした。
「こう言う、背の低い植物はつい土を隠すように目一杯配置しがちですが、彼らも光合成は必要なんです。そうなると――ここまで陰ったところには実はあまり生やさないほうがリアルなんです。ほら、ここなんて蛙が休んでそうじゃ無いですか?ちゃんと暮らす生き物達も想像してくださいね。あぁ、ですが、敢えて少し痩せたような植物を配置するというのはオススメです。後はこの湯船の周りにだけ行儀良く生やすのではなく、河にあたる湯船にももっと――こう、シダ植物が迫るようにしてやるのもコツですよ。」
いつもは深く低い声だと言うのに、自然について語る時のブルー・プラネットは声が高く、少し早口になる。
ベルリバーはふんふんとそれを聞き、スパリゾート・ナザリックのジャングル風呂に手を加えた。
「ほほー!良いじゃん!」
作業を続ける二人の背後で感心したような声を上げたのはるし★ふぁーだった。
「るし★ふぁーさん、おはようございます。」
「こんな所にるし★ふぁーが珍しいな。」
ベルリバーが首を傾げているとるし★ふぁーは
「俺、ここにこれを置きたいんすけどいかが?」
それはライオンの像のイラストだ。
腹立たしいことに非常にうまい。「口から湯が出る」と矢印が引かれていて、ブルー・プラネットは「えー…」と漏らした。
しかし、ここを作り始めたベルリバーはうなずいた。
「良いじゃん。楽しいよ、こう言うの。」
「へへ、ベルさんは分かると思ったよ!実はすでに二体作ってあるんだなーこれが!女湯と男湯にそれぞれ持ってくるから宜しく!」
「はいよー。」
ブルー・プラネットはベルリバーが、るし★ふぁーやウルベルト・アレイン・オードル、ばりあぶる・たりすまんと「ユグドラシルの世界の一つぐらい征服しようぜ」なんて冗談を言っていた事を思い出し、やれやれとため息をついた。
「せっかくアマゾン河なのにライオンですか。ベルリバーさん。」
「プラネットさん、外しアイテムがファッションには不可欠ってフラミーも言ってたでしょ。」
「む、そうですか?」
「そうそう。多分案外いい具合に空間を引き締めますよ。」
ベルリバーの講釈にそうかと頷いていると、「るし★ふぁーさん!!」と大声が響いた。
何事かと二人がそちらへ視線を送れば、ギルドマスターが辺りを見渡していた。
「ここにるし★ふぁーさん来ませんでした?」
「来たけど、もう帰ったよ。どうした?」
「まぁたあの人希少金属持ち出して何か作ったみたいなんですよ。まったくもう…。」
ベルリバーとブルー・プラネットはすぐに「ライオンだ」と二人でさっき見せられたイラストを思い浮かべた。
「――それにしても、随分進みましたね。すごいな。」
モモンガは怒りをおさめるとジャングル風呂を見渡した。
「出来上がったら皆でジャングルクルーズしよう。」
「あぁ、良いですね!スパリゾート・ナザリック観光。」
「俺の風呂がベストだと言う事を全員に見せつけてやる!」
「はは、甲乙つけ難そうだなぁ。ちなみに、あの黄色い奇妙な桶はなんです?」
このスパの洗い場に置かれている桶は全て黄色だ。
「モモンガ君。これは伝統なんだよ。」
おじさん声で話しかけて来たのは死獣天朱雀。
ギルド最年長の彼は大学教授だ。
「朱雀さん、伝統ですか…?」
「そうそう。だから、あれらはそうあるべきなの。」
モモンガは変わった伝統だなぁと場違いにすら感じる黄色い桶を眺めた。
「ところで、フラミー君は今日何時に来るかな?モモンガ君に聞けば分かると思ったんだけど。」
「あ、えっと、フラミーさんは今日は夜だと思いますよ。休日出勤だーって、昨日ひーんっていつもの可愛いやつ言ってましたから。」
「あらら、そうかぁ。ありがとね。じゃあ、僕はこれで。」
「フラミーさんがどうかしました?」
桶をあった場所に戻すと、モモンガは立ち去ろうとした死獣天朱雀を追った。
ベルリバーとブルー・プラネットは作業に戻った。当然ジャングル風呂は女湯にもあるため、頑張らなければまだまだ完成しないだろう。
死獣天朱雀はついて来たモモンガに首を振った。
「どうもしないけど、彼女小学校中退でしょう。教えてあげたい事が山積みだからね、土日は授業してあげる約束してるんだよ。」
「あぁ、なるほど。朱雀さんはやっぱり親切ですねぇ。」
「そんな事はないよ。モモンガ君もそうだけど、彼女も教え甲斐があるでしょう。なんでも良く聞いてくれて、ね。」
モモンガはその優しい声音に父と言う存在を想った。ただ、最年長とは言え、死獣天朱雀はそれほど歳を食ってはいないが。
「はは、俺もフラミーさんもなんだか凄く恵まれてるな。ありがとうございます。」
「いえいえ。それじゃ、僕は本のデータ化作業の為に
「はい、お疲れ様です。」
のちに、その書物の多くは閲覧制限書となってしまうが、アインズとフラミーの教養を大いに深める一助となった。
死獣天朱雀を見送ると、モモンガはふっと息を吐いた。
――いつまでもこんな時間が続けば良いのに。
「げっ!!モモンガさん!!」
その声にモモンガは目を開けると叫んだ。
「るし★ふぁーさん!!――あ!待て!!」
「じゃあ、ここの値は?」
死獣天朱雀はフラミーとやまいこと共に
小学校五年生程度の算数にむんむん唸るフラミーを二人で見守る。
「……三?」
自信なさげにそういうフラミーに、二人は同時に笑顔のアイコンを出した。
「フラミーさん!正解!!」
「フラミー君、今日は本当に頑張ったねぇ。じゃあ、この問題集は宿題ね。」
「はーい!どりゃどりゃ…。むむ、ちょっと難しそう。」
フラミーは死獣天朱雀が取り込んでおいた問題集を受け取ると唸った。
「応用編も出てくるからね。もう少し易しいのにしておく?」
「朱雀さん、どの程度の難易度なのか取り敢えず解いて見てもらってから考えても良いじゃないですか?」
やまいこのやってみてから理論に死獣天朱雀は頷いた。
「それもそうだね。じゃあ、フラミー君解らなかったらいつでも
「先生、ありがとうございます。」
国語、算数、理科、社会と全てを済ませ、その日の勉強会は終わった。
「じゃ、今日はもう遅いからボクは落ちるね!フラミーさん、ボクもいつでもメールちょうだい!」
「ありがとうございます!中学校出られるくらいまで頑張りますよぉ!」
頑張るが、当然金銭面的に行けるわけがない。
二人が落ちると、フラミーはNPCしかいない、途端に静まり返ってしまった
すぐに忘れてしまうのでまずは復習をして、それから出してくれた宿題をして、自分で一度答え合わせをして、再び復習をするのだ。
ただでこんな風に授業を受けられる機会はないだろう。
これだけの図書に囲まれることも不可能だ。
フラミーは本当にこのギルドに入れて良かったなぁと一人黙々と勉強した。
静まり返る
全てはデータなのでフラミーが何を書いたとしても、紙をペンが滑る音すらしないのだ。
フラミーは寂しさを――いや、狭い場所に暮らしてきたために感じてしまう、広い空間への漠然とした恐怖を紛らわせるように鼻歌を歌った。
方々に反響する自分の声に慰められながら続けていく。
そして――「フラミーさん、真面目ですねぇ。」
「ッキャ!?」
思わず叫んだフラミーはごぽりと言う音とともに手元を覗き込んだタブラ・スマラグディナの姿を見た。
「った、タブラさん。すみません、大きな声出しちゃって。」
「驚きました?どうも、こんばんは。お困りじゃありませんか?」
「あ、なんとかなりそうです。見に来てくれたんですか?」
「いえいえ、違いますよ。本のデータ化作業に来ただけです。後、ちょっと驚かせようかと思って。」
タブラはそう言うと、ティトゥスが立っている方を指さした。
「私はあそこで作業してますから、分からないことがあればいつでもどうぞ。それじゃ。」
すたすたと立ち去る背にフラミーは深く頭を下げた。
一人ぼっちの心細さも収まり、ある程度進めると――とは言っても、フラミーの本を読むスピードは非常に遅いし、問題を解くスピードも遅いので大した進行具合ではないのだが――フラミーは一度机から顔を上げた。
「ふぅ…私って賢い。ふふ。」
フラミーは嬉しそうに呟くと、タブラがいると言った方に向かった。
ティトゥスの影でひたすらに書物の取り込み作業をしていたタブラの頭部が見えた。白に僅かに紫色が混じった皮膚をしている。
頭部の右半分には、皮膚を覆い尽くすほどに何らかの文字が刻み込まれていた。
粘液に覆われるような異様な光沢は不気味で、フラミーは一瞬話しかけることを躊躇った。
「――お困りですか?」
「あ、いえ。少し休憩を。タブラさん、何取り込んでるのかなって。」
「子を生んで多くなり、地に満ちてそれを従わせよ。そして、海の魚と、天を飛ぶ生き物と、地上のあらゆる生き物を服従させよ。」
「え…?」
「旧約聖書・創世記を取り込んでいました。いつか読んでください。」タブラはそう言うと笑顔のアイコンを出した。「――それにしても、見事に誰もいませんねぇ。
「本当に。まぁ、もう真夜中ですしね。」
「そうですねぇ。ところで、フラミーさん。こんな夜中に図書館にいると――聞こえてきませんか。」
「え?何がです…?」
フラミーが少し怯えたような声を出すと、タブラは続けた。
「ほら、
「タ、タブラさん…?」
タブラは黒目のない真っ白な目でフラミーを見つめ何も言わなかった。
再び静寂の底に落ちた図書館。
そして、確かに聞こえた。
――騒騒、騒騒、騒騒、騒騒、騒騒、騒騒――
「た、タブラさん!!」
フラミーはひどく狼狽した。
ぞくぞくと寒気がする。
「タブラさん!やだ!怖いのやですよ!!」
フラミーの背丈の数倍、否、数十倍の高さがある天井はその声を跳ね返し、容赦なく二人に浴びせた。
静寂の中漂ったフラミーの声はその場所に溶け、ゆっくりと消えていった。
そして無音が訪れると同時に再びあの音はフラミーを襲った。
――騒騒、騒騒、騒騒、騒騒、騒騒、騒騒――
フラミーは妙に息苦しくなった。
リアルで吸っている空気が重く、その肺を満たす。
まるで――海の底に落ちていくような、もろもろと体が溶かされて行くような恐怖。
――「モ!モモンガさん!!」
「っうわ!?な、なんですか!?」
フラミーは思わず頼れるギルドマスターの名を呼び、肩で呼吸をし、振り返った。
そこには恐ろしいはずの骸骨が心配そうにフラミーを覗き込んでいた。
「ふふ、呼ぶのはモモンガさんなんですねぇ。」
師匠じゃないんだぁとタブラの楽しげな声を気にする余裕もなく、フラミーは何の感触もない骸骨の後ろにささっと隠れた。
「あら?あらら…タブラさん、またやりましたね。」
「いいえ?何も。」
しれっと言うタブラ・スマラグディナは愉快げに二人を見た。
「女子に怖い話はしないで下さい。寝れなくなったらかわいそうでしょうが。」
「怖い話なんてしてませんよ。ただ、ざわざわ音がするでしょうと言っただけです。」
そう言うとタブラは口の前に人差し指を当てた。
しん――と静まり返った世界で、ヘッドセットに覆われた耳からは自分の血潮が流れる音がよく聞こえた。
「……フラミーさん、怖くないですよ。今の音はあなたが生きてる音なんですから。」
フラミーはモモンガを見上げた。
「生きてる音…?」
「そうです。ずっと誰かと暮らしてたあなたは気付かなかったかもしれませんけど、人の耳は自分の生きてる音が聞こえるんです。特に、ヘッドセットで耳を塞いでると聞こえちゃうんですよ。」
「…そ、そうなの…?」
「そうです。だから、何も怖くないですよ。」
フラミーはほっとため息を吐いてモモンガの影から少しだけ姿を見せた。
「良かったぁ。何だか、雰囲気に飲まれちゃいましたぁ。」
「落ち着いて良かったです。――タブラさん、後で説教ですよ。」
「あはあは。怖いなぁ。あ、ところでモモンガさん。」
「何ですか?」
タブラは辺りを見渡し、図書館に再び静寂が満ちるのを待った。
「人の皮膚って柔らかいですよね。簡単に裂けちゃって。髪は抜けて落ちるし、内臓なんてものはポロポロこぼれて落ちてしまう。筋肉もそうだ。腐って朽ちて落ちていく。そこのところを言うと、あなたのその体。」
「は、はい…。」
モモンガはゴクリと唾を飲んだ。
「その骨の体は落ちるものがない。」
「つ、つまり…?」
「つまり、あなたは素っ裸だってことです。それこそが私達の本当のあるべき姿なんですかねぇ。ふふ」
「はい?」
「何でもありませんよ。ははははは。」
愉快げに一頻り笑うと、タブラは「さてさて」と言い、再び蔵書の取り込み作業を続けた。
「…まったくもう。たまに変なスイッチ入っちゃうんだからな…。じゃなくて、フラミーさん、来週の金曜日って空いてます?」
タブラは顔を上げた。
「空いてますよ!どうしました?」
「割と家の近い組で仕事後に軽いオフ会しようって言ってたんですけど、一応どうかなと。」
「ちなみにそれ、私もいます。怖いお話たくさん聞かせてあげますよ。」
タブラの言葉にモモンガは汗のアイコンを出した。
「ん、ん〜。」
「はは、まぁ、適当に考えておいてください。じゃあ、俺も寝ますね。」
「あ、はい!お誘いありがとうございました!」
モモンガは落ちてダイブマシーンとの接続を切ると、ベッドに転がった。
「…フラミーさん、来るかなぁ。」
いつもよりも平日が楽しみなる。
鈴木はもそもそと布団に潜り込んだ。
次回#89 外伝 悪魔の師弟
フラミーさんは死獣天朱雀さんに色々教えて貰ったんですねぇ。
ちなみにマナーは向こうに行って随分お勉強したみたいですよ!
(少し前にジルクニフとの食事大丈夫だったんですかねと聞かれたのでアピール
#33 閑話 プチ酒宴会
> 食事はアインズの所望で和洋折衷。
>ただ、カトラリーは箸だけだ。
>フラミーは転移してからこれでもかと言うほどに食事のマナー本を読み漁っていたようだが、アインズはマナーを何も知らないため箸を希望した。