眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#90 外伝 引退

「え…?たっちさん…引退ですか…?」

 モモンガは己の耳を疑った。

「で、でも俺達、まだやり残したことすごいたくさん…行ってない場所もたくさんあるじゃないですか…。」

「モモンガさん…。」

「それに、たっちさんがいないとアインズ・ウール・ゴウンは…誰が支えるって言うんですか…。たっちさんがいるから皆ここにいるのに…たっちさん――」

「モモンガさん、解ってください。」

 

+

 

 たっち・みー最終ログイン日。

 モモンガの手の中にはコンプライアンス・ウィズ・ロー。

 神器級(ゴッズ)アイテムを超え、ギルド武器にすら匹敵する驚異の純白の鎧。運営公式武術トーナメント優勝時にたっち・みーが選んだ、ワールドチャンピオンしか装備できない秘宝。

 モモンガはそれを無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)に大切にしまい、落ちた。

 

「…たっちさん…。」

 鈴木はゲーミングチェアから起き上がることもできずに呟いた。

 皆何とか笑って彼を送り出したが、ショックを受けていない者はいないだろうと鈴木は思った。

「……そんな。」

 その日はそのままベッドにも行かずに寝た。

 翌朝、ベッド脇に置かれている目覚まし時計がけたたましい音を上げると鈴木はハッと起き上がった。

「っうわ!俺寝落ちしたか!?」

 そして、首からブツッとコネクターが抜けると、軽い痛みに首の後ろをさすり、ベッド脇にもたれさせている鞄に足を引っ掛け、転ぶように目覚まし時計を止めた。

「いっ……つぅ……。」

 痛みと共に頭が覚醒して行くと、昨日の出来事が脳味噌に沁み込むように思い出されて行く。

 鈴木はベッドで放心した。

「……会社…行かなきゃ…。」

 休みたかった。しかし、休める身分ではない。

 鈴木は何とか出かけて行った。

 

+

 

「建御雷さんが…引退…?でも、究極の一振りはまだ完成してないじゃないですか。作らないと――あ、素材探しに行きます?」

 モモンガが笑顔のアイコンを出すと、武人建御雷は首を振った。

「モモンガさん、倒す相手のいない刀鍛えても仕方ないじゃないっすか。」

 ナインズ・オウン・ゴールがアインズ・ウール・ゴウンへとその名を変え、クランからギルドへと変わる時に、終わりの字である「N()」を、始まりの字「A()」に入れ替えようと言った出発点の男も去った。

 モモンガの手の中には作りかけの究極の一振りが残された。

 

 それから幾日も幾ヶ月も経ったある日。

「……素材集めに行こう…。」

 モモンガはふとそう呟くと出かける準備をした。

 人は減って来たが、今日もナザリックは賑やかだ。

 

「弐式さん、頭おかしいですからねぇ。」

「アーベラージのこいつ、上位ランカーですよ。それも紫色の称号持ち!」

「はっはっは!二人も早く追いついてくれ!」

 ぷにっと萌えと獣王メコン川、弐式炎雷がアーベラージというユグドラシルではない他のゲームのことで盛り上がっているのを小耳に挟みながら地表部に出た。

「ゴーレム…作ったことないからな…。」

 そう呟いていると、黒い星が舞い落ちて来た。

「モモンガさぁん!ゴーレム作るんすかぁ!!」

「っうわ!るし★ふぁーさん、はは。そうなんですよ。えっと、俺でも造型できて、ある程度の戦闘能力持たせられる素材ってなんですかね?取りに行こうと思って。」

「ふむ!俺の部屋に良いものが大量にあるから来てください!」

 二人はるし★ふぁーの自室に飛んだ。

「さぁ!これとこれとこれとこれとこれと――」

 そう言ってじゃんじゃん出される素材は初心者向けの物から、アインズ・ウール・ゴウンでも貴重とされるような物まで多種多様だった。

「――好きなのを使ってくれ!いつでも!あ、でもこの引き出しだけは絶対に開けるなよ!絶対にだからな!」

 机をバンバン叩き――0ptとダメージが表示され――如何にも開けて欲しそうにするのを見えないフリをする。

 モモンガはありがたく思いながら、四十一体のアヴァターラが作れるだけの素材を受け取り、宝物殿に飛んだ。

 宝物殿の世界級(ワールド)アイテム置き場の手前の廊下のような前室にゴーレム――アヴァターラを配置する窪みを作っていく。

「――こんなかな。」

 他のゴーレムが置かれている場所を参考にして作ったため、モモンガが作ったが中々の出来栄えだ。

 四十一の窪みを眺めると一度そこを出た。

 そして、小さな応接間に立っている自分の偽物に声をかけた。

「パンドラズ・アクター、付き従え。」

 カツンと敬礼をするとパンドラズ・アクターはモモンガの後に追随した。

「――パンドラズ・アクター、変身。たっち・みーさん。」

 自らの偽物は仲間の偽物となり、懐かしい姿を見せた。

「…たっちさん…いつでも帰ってきてください…。」

 モモンガは忘れもしない純銀の戦士をよく見ながら、るし★ふぁーに貰った素材を捏ねた。

 何とか形になると、変身したたっち・みーと、自分の作ったたっち・みーを比べて気落ちした。

「…たっちさん、パンドラズ・アクター作った時に、喜んでくれましたよね。変身ヒーローだって。」

 モモンガは完成したゴーレムを飾るとそれに装備を与えた。

 たっち・みーの装備は兜まである為、まるで本当のたっち・みーがそこにいるようだった。

「あの時、オススメしてくれたヒーローの映像データ、長過ぎて見切れなかったけど、俺、ちゃんと見ますよ。そしたら、帰って来た時、きっと俺とのヒーロー談義で…あなた…二度と落ちたくないって……言って……それで……うっ……また奥さんに…怒られるんですよ……。」

 モモンガは憧れ続けた戦士に見下ろされながら鈴木の体に涙を流した。

 

 

 パンドラズ・アクターはアヴァターラ製作のたびに何度も創造主の苦しむ姿を見ては震えた。

 

 

 その後、モモンガはパンドラズ・アクターを参考に、すでに引退している数名を作り上げると、やはり装備を飾った。

「…るし★ふぁーさんにここの装備勝手に持ち出すなって言わないと。」

 ここのギミックは以前と変わらずに指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を着けたままだとトラップが発動すると言う物だ。

 モモンガは霊廟を後にすると、パンドラズ・アクターに「戻れ」と指示を出し宝物殿から立ち去った。

 るし★ふぁーにアヴァターラの素材提供の礼も言わなければ。

 しかし、るし★ふぁーはその日はもうどこにもいなかった。

 その後ログインを幾日も待ったが、問題児は二度と姿を見せなかった。

 いや、ログインした形跡があっても、二度と会える日は来なかった。

 

+

 

「……そうか。開けるな…か…。」

 アインズは目を覚ますと懐かしい夢に出てきたあの男の最後の台詞を思い出した。

 

 ――好きなのを使ってくれ!いつでも!あ、でもこの引き出しだけは絶対に開けるなよ!絶対にだからな!

 

 あの引き出しには何があったんだろうか。

 アインズは包むように乗せられていたフラミーの翼をそっと退けて起き上がった。

 隣で眠るナインズと、その腹に手と翼を乗せるフラミーを愛しげに見つめた。

 何と素晴らしい光景だろう。

 るし★ふぁーの声を聞いた日からここ数日見てしまった懐かしい夢達を想起する。

 アインズは自らの母に心の中で自分は幸せだと報告した。

 そして、フラミーの母に「お嬢さんは一生大切にする」と伝えてくれと頼んだ。

 孫も見せてやりたかった。これ程までに可愛らしく、綺麗な子を持つとは思いもしなかった。

 軽くナインズを撫でる。フラミーの羽を握りしめる息子は世界で一番安心する場所で「あぅ…」と少し声を漏らした。

 アインズはくすりと笑い、フラミーの肩まで布団を上げてやるとベッドを抜け出した。

 

 フラミーの寝室――今や二人の寝室と化している部屋を後にする。

 フラミーへの想いは募るばかりだ。

 もちろんナインズも大切だが、それよりも大切だと言ったら怒られるだろうか。

 フラミーはきっと怒るだろう。アインズはそれは生涯胸に秘めようと決めている。

 ただ、後にナインズに「父様は母様が一番大切だから仕方ない」と呆れ混じりに言われたりするのだが。

 

 アインズは当たり前についてくるアインズ当番と八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)と共に静かな廊下を行く。

「あ!アインズさま!」「アインズさまだ!」

 巡回の双子猫が夜中だというのにテンション高めに話しかけてくるのに手を上げ応えた。夜はセバスがエ・ランテルのツアレとの家に帰っているため、この八十レベルまで下げた双子猫が一番ここでレベルが高い為こうして働いているようだ。

 アインズの部屋とフラミーの部屋の扉の左右にはコキュートス配下のクワガタ型モンスターが立っており、敬礼がわりに胸に手を当てた。

 頭を下げるとハサミが通路にはみ出し邪魔な為にそう対応している。

 

 るし★ふぁーの部屋をノックすると、従者達に軽い動揺が広がるが、当然誰もいないので返事もない。

「るし★ふぁーさん、お邪魔します。」

 自ら扉を開け、中に入ると、きちんと掃除が行き届いている部屋はチリ一つなく、まるでデータだった頃のようだ。

 部屋に入り、永続光(コンティニュアルライト)を付ける。

 チリはないがるし★ふぁーが自ら散らかした物は健在だ。

「ここを掃除するのは大変だろう。」

 アインズ当番にそう尋ねると、アインズ当番は「いえ!」と元気よく答えた。

「至高の御方々のお部屋も毎日お掃除しておりますが、それはそれは素晴らしい時間です!」

「そうか。大変になったら家具にカバーを掛けたりして対応しても良いんだからな。」

 そうは言ったが、皆の部屋の家具に白い布が掛けられては――まるで部屋が死んだように感じそうだ。

 言ってからアインズは後悔した。

「――いえ!毎日お掃除させて頂きます!」

「ぁ…んん。そうか、ではそうしてくれ。」

 アインズはほっとした。

 

「――さて、どれどれ。」

 そして、あの日るし★ふぁーがバンバン叩いていた机の引き出しを開けた。

 バフンっと煙が上がり、アインズ当番が驚きに腰を抜かした。

「モモンガさぁん。あーた、ここ開けるのいくらなんでも遅すぎるでしょー。」

 そう言うるし★ふぁーにアインズは何度も瞬きをした。

「る、るし★ふぁーさん!?」

「あーぁあ。肩凝った。」

 るし★ふぁーはゴキゴキと肩を回した。

「る、る、るし★ふぁー様!!」

「なぁ、モモンガさん。俺は下手くそなゴーレムを見るつもりはないですよ。それより、俺の部屋の素材は全部使って良いって言ったのに何でもっと取りに来ないんですか?」

「あ…あぁ…。す、すみません。」

「まぁ良いや。モモンガさんにはこいつを上げますよ。」

 るし★ふぁーは小さなカケラを差し出した。

「――るし★ふぁー!これっ!てめぇ!!」

 アインズの口からは悪態が一番に飛び出た。

「怒んないで下さいよ。ぬーぼーさん提案のアレを作った時に少し失敬したんです。これはモモンガさんにあげます。」

 そして、その顔の横に笑顔のアイコンが出た。

 アインズは寝ていたままの姿だったので、始原の魔法で生み出した、フラミー以外のギルメンは知らない人の姿で唇を噛んだ。

「じゃ、俺は行きますよ。ここの部屋のもんは全部あんたのものです。俺アインズ・ウール・ゴウンもモモンガさんもすごく好きでした。」

 アインズは静かにうなずいた。

「これが本当の最後です。さいなら。また、どこかで。」

 るし★ふぁーが手を振り静かに消えるとアインズは嫌いだったはずの男を思い、泣きそうになった。

 震え掛けた肩は精神抑制を付けることで抑え、従者達を引き連れて寝室に戻った。

 

「おかえりなさい。」

「…ただいま。」

 フラミーは起きていた。

「どうしたの?アインズさん、聞かせて下さい。」

「うん…俺、懐かしい夢を見てたんです。」

「ふふ、私もです。この間るし★ふぁーさんの声聞いたせいですかね。」

 アインズはベッドに腰かけると、フラミーに口付けた。

 くすぐったそうな顔をするフラミーに癒されると、ふぅと息を吐いて額に手を当てた。

「――るし★ふぁーさん…。」

 その手の中には小さなセレスティアル・ウラニウム。

 それはかつてアインズ・ウール・ゴウンが発見し占拠した鉱山から出た超々希少金属である七色鉱の一つ。鉱山は奪われてしまったし、もう一欠片も残ってはいないと思ったのに。

 

 その日の昼、アインズはフラミーと霊廟に行った。

「ほら、るし★ふぁーさん。これは仕方ないからあなたに返します。どうせ、何かすごい悪戯の為に大切にとっておいたんでしょう。」

 アインズはセレスティアル・ウラニウムを差し出した。

 すると――「モモンガさぁん。あげるって言ったんだからあんたが使いんしゃあーい!!」

 動き出したアヴァターラがアインズに襲いかかるとアインズは慌ててそれを仕舞った。

「あんたアレで最後っつったのに!あ、いや――またどこかでってそう言うことか!!」

「モモンガさん、そいつを指輪に加工してフラミーさんに最強の指輪やるとか使い道はいくらでもあるんだから。結婚してくれくらい言えよ。ウルベルトさんと揃ってルシファー仲間取りやがって。責任果たしたらどうなんだよ。」

 ぶつぶつ言うとアヴァターラは元の場所に戻った。

 アインズとフラミーは目を見合わせると、ギルメンにそんな目で見られていたかと二人で恥ずかしそうに笑った。

 

 アインズはその後、るし★ふぁーの悪戯にハマるたびにその鉱石を霊廟に持っていった。動くるし★ふぁーに文句を垂れるのは小さなアインズの趣味だ。

 毎度一語一句違わず同じことを言うゴーレムは、十回目を迎えた時、いつもと違うことを言い、アインズは腰を抜かして「やっぱりこの人嫌い!」と言うのだが、それはまた別のお話。




るし★ふぁーさん、そんなに好きなキャラでもないのに結構出た…!

と言うわけで過去編おしまいと共に今年の更新はここまでですかね!
皆さん良いお年をお迎え下さい!
また来年お会いしましょう♪( ´θ`)ノ(完結したのでは?
次回 #91 ????

感想とtwtrで少し話題になったウルベルトさん時空を裏で結局毎日書いてます。
44話完結のがっつり本編量。下の方にあります。
https://syosetu.org/novel/195580/

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