眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#92 閑話 新通貨

「じゃあ、昼までには実験と仕事済ませて行きますね。」

「終わったら連絡下さい!向こうからナザリックに転移門(ゲート)開きますから。」

 

 フラミーは部屋を出る前のアインズに微笑んだ。

 人の身のアインズにそっと抱き寄せられ背をさすられると、好きだという気持ちや恥ずかしさがトキメキとなり胸の内を叩いた。

 

 周りで控えている戦闘メイド(プレアデス)は幸せそうにその様子を眺めた。

 フラミーは自分の鼓動で体が揺れてしまいそうだと思い、アインズのローブを握り締めると、アインズの腕の力も強まった。

 そしてクラクラしてきて――「フラミーさん?」鼓動を生む人が心配そうに顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか?」

「あの…好きって思ったら…あのぅ…。」

 顔を赤くしたフラミーがそんな事を言うと、アインズも苦しいほどの鼓動の共鳴に悶えた。

「フラミーさん、少しだけ…。」

 顎を支えるようにして口付けられると聞こえてくる鼓動は再び足元と体をぐらぐらと揺らした。

 精一杯の背伸びは足を震わせ、ローブにしがみ付く手の力が強まる。

 

 唇が離れようとすると、足首に増えた羽を少し羽ばたかせ、フラミーは数センチ浮いた。離れかけた唇は再び繋がり、そして離れた。

 離れるまでの時間を一秒は稼げたかもしれない。

 

「ん…はは、離れがたいな。」

 

 フラミーからの短い求めに気付いた様子のアインズは照れ臭そうに笑った。

 アインズのローブに隠されるように抱きしめられると、ふわふわの甘い毛布の中を思い出し、フラミーはまた胸が苦しくなった。

 

 小さな熱はまだまだフラミーがアインズに恋している証拠のようだった。

「ふむ、働く気も失せるな。」

 非常に真面目な顔でアインズがそう呟くとフラミーは赤くぼんやりとしていた顔をふるふると振り、我に帰った。

 

「お父さん、お仕事頑張ってください!私もお出かけの準備しなきゃいけませんし。」

「やれやれ、肝心の甘やかしたい人がこれだからなぁ。」アインズはさらりとフラミーを撫でた。「――それじゃ、行ってきますね。」

「はぁい!いってらっしゃぁい。」

 

 フラミーはアインズを見送ると、ほぅっと息を吐いた。

 

(ドキドキして、緊張して、きっとこうやっていつまでも…死んじゃう時までふわふわしてるんだ。)

 

 毎日のように出掛ける前の時間をそんな風に過ごしていれば飽きそうな物だが、今日も飽きもせずに二人はそんな感じだった。

 

「――さぁて、じゃあ、ナイ君起こさないとね〜。」

 

 フラミーは寝室に戻るとまだむにゃむにゃと夢見心地の息子を起こした。近頃ではもうベビーベッドもやめ、ナインズは両親と同じ広いベッドで挟まれるように眠っている。アインズはフラミーがいないと眠れない――それこそ子供のような体質な為に――ナインズごとフラミーを抱いて眠るのが習慣だ。

 

「ナイ君、おはようございます。」

 眠たそうなナインズはフラミーが頭を下げるとそれを真似て頭を下げた。

「今日はお母さんとお外にお出かけですよ。」

「おかぁ?」

「うん。お母さんとお出かけ。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)戦闘メイド(プレアデス)もいるからとっても楽しいよ!」

 

 途端にやる気満々になったような顔をしたナインズの頭を優しく撫でてやる。

 フラミーはうろうろと歩くようになったナインズにズボンとニットを着せてやった。動きやすさ第一の服だ。

 

「これで良し。」

 

 ――ところがご機嫌だったはずのナインズはニットを引っ張りご機嫌斜めな顔をした。

 

「ちくちく。」

「あらら?このセーターちくちくするの?」

「ちくちく。」

「やだねぇ?<大治癒(ヒール)>。ちくちく飛んでけ飛んでけ。」

 

 ちくちくするセーターと言うのはフラミーも何度も着たものだが、そのセーターは非常になめらかでふわふわとしていた。随分と贅沢な子に育ちそうだと苦笑してしまう。

 これまではお人形のように過ごしていたが、段々と自己主張をする様になり、フラミーは時の流れの早さを毎日のように感じていた。アインズの寿命巻き戻し実験への力の入り方も日々強くなる。

 

 母親を知らないフラミーはわからない事だらけの育児に魔法を使ったり、アインズに泣きつく事で何とか対応した。

 

 フラミーが飛んでけ飛んでけと腹をさすっているとナインズは満足そうにした。

「チクチクなくなった?」

「はぁー!」

 ナインズがご機嫌に両手をあげるとフラミーは息子を抱き上げた。

「あぁ〜!良かったねぇ〜!」

「はぁ〜!」

 よく似た顔をした二人は笑い合うと寝室を後にした。

「それじゃ、皆さんお出かけしましょー!」

「「「「はい!」」」」

 戦闘メイド(プレアデス)が声を揃えて答えた。

 

 今日のピクニックは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)に本当の雪を見せてやると言うのが主目的で、ついでに歩くようになったナインズを外で遊ばせてやる予定だ。

 

 ナザリックの外には春が訪れ、山に降る雪は全てを凍らせるものから優しく包み込むような物へと変わった。

 

 絶好の雪見日和だろう。

 

+

 

 若返りの実験を済ませたアインズはへとへとの体で一度ナザリックに戻ってきた。

 

 まだ仕事があると思うと大変遺憾だった。

 愛する妻子がピクニックに行っていると言うのに、働くお父さんは宝物殿へ飛んだ。

 

 フラミー像に出迎えられ、血の繋がらない息子の下へ行く。

 宝物殿は護衛なしで過ごせるため、なんだかんだとアインズの気持ちを休めるのに良い場所だった。

 

 今日は八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)が全員フラミーと共にピクニックに行ったのでハンゾウがずっと一緒にいたが、ここまで来る事はできない。

 

 リアルの頃は営業成績や上司、就労時間にストレスをためていたものだが、ところ変わればまた新たなストレスに悩まされている。今はプライバシーがない事が一番ストレスだ。少し前は神様ムーブに一番ストレスをためていたが、もはや慣れてきたし、妻や息子を養うために必要な仕事だと思えばどうと言うこともない。

 ところがその仕事が終わってもプライバシーがないと言うのはなんたることか。

 フラミーは孤児院の大部屋で育ったせいもあり、人が周りにいることにそうストレスを溜めている様子はない。が、人目のあるところでひっつきすぎ、フラミーの恥じらいメーターが突き抜けてしまうと逃げられるようになる。そうなるとアインズのオアシスは枯渇状態だ。

 

(今朝は珍しくフラミーさん甘えん坊だったなぁ〜。)

 

 思い出すだけで骨の顔が緩みそうになる。

 

 あの足首に生えた翼は謂わば犬の尻尾のようなものだ。フラミーの楽しい気分や幸せな気分に反応してぴこぴこと動き、少し浮かぶ。

 

 フラミーの足が地についていない時はアインズも上機嫌だ。

 二人っきりの時はよく数センチ浮いているが、周りに僕がいるとあまり浮かばない。

(やっぱりプライバシーだよなぁ。)

 神様は心の中でぶつぶつと文句を唱えながら進んだ。

 

 たどり着いた応接室を軽くノックし、返事も待たずに部屋に入った。

「パンドラズ・アクター、待たせたな。」

「父上!よくぞいらっしゃいました!」

 相変わらずハイテンションな息子は背中に集中線が描かれた板を背負い、胸に片手を当て、もう片方の手をアインズへ差し伸ばした。

 

「…そのおかしなアイテムはやめなさい。それで、大事な話とはなんだ?スケジュールの後がつかえているんだ。早急に、簡潔に、何一つ飾り立てることなく話しなさい。」

 アインズは何の遠慮もなくソファに掛けた。

 

 一方パンドラズ・アクターはこのアイテムの何が悪いんだろうと思いながら板をしまった。

 

「は。では――父上、支配地域拡大に伴い我が国の硬貨が広く流通するようになりました。このままのペースで国土が広がれば鋳造と採掘が追いつきません。そこで、畏れながら紙幣の導入を具申いたしたく、本日はお時間を頂戴致しました。」

 

 アインズはぴくりと存在しない眉を動かした。

 

「紙幣――か…噂には聞いたことがあるが…国民に紙幣を理解することができるか。」

 

 電子マネーとキャッシュレス決済が当たり前になった二一三八年を生きた男は紙幣を生まれてから一度も見たことがなかった。

 

 現在この世界では貨幣のみでやり取りが行われる。非常に原始的だが、商人で両替天秤を持っていないものはいない。貨幣の重さで価値を確かめるのだ。

 

「その点に関しては私の方から国中へ事を発布いたします。」

「そうか、お前ならうまくやり遂げるだろう。」

「恐れ入ります。では――通貨単位を決めましょう!」

 

 パンドラズ・アクターは楽しげに告げた。

 

「これまでは金貨何枚、銀貨何枚と言うやり取りが行われて参りました。あやふやな価値設定故に税をかける際になにかと不便でしたが、十進法に則り、確かな価値を定め、何を何枚という呼称は封印させます!!そして、税は何パーセントと割合にて徴収いたします。」

 

 早口に喋ったパンドラズ・アクターはいつの間にか隣に座っており、アインズの骨の鼻にちょんと丸い顔を触れさせていた。

 

「ええい、近いと言うに。」

 アインズはぐいっと顔を押し戻すと、座り直した。

「確かにお前は何かと税の事で悩んでいたな。しかし単位を決めると言うのも難しい話だ。アルベドやデミウルゴスは何と言っていた?いつもの会議は開いたのだろう?」

「実を申しますと、父上がこの案にご反対される可能性は限りなくゼロに近い、と我々の中で結論が出ておりました。」

 

 アインズは「紙幣なんて見たことないしやめようよ」と言わなくて良かったと心の底から安堵した。

「そこで、お忙しい父上の手を何度も煩わせないよう、先にナザリック内にて神聖魔導国で使われる通貨単位の募集を行いました。投書は全部で四五一三件寄せられ、中にはフラミー様とナインズ様より頂戴したご意見もございます。」

「何?フラミーさんは分かるが…ナインズからも?」

 

 パンドラズ・アクターは頷くと、自分の持つ空間の中からトランプカード程度の大きさの紙を一枚取り出した。

 

「ナインズ様からのご提案はこちらでございます。」

 

 アインズがそれを受け取ると、一つぐりぐりと黒い丸が描かれていた。

 

「読み方をお聞きしに伺ったところ、"っんぁああだぅ"だそうです。」

「なるほど。さすがはナインズ。賢いな。」

「誠に!新たな文字が生まれる瞬間に立ち会い、感無量でございます。ではこちらにいたしますか?」

 

 アインズは真面目な顔で不詳の息子にズイッと顔を寄せた。

 

「お客様、お会計は一万っんぁああだぅでございます。――どう思う。我がパンドラズ・アクターよ。」

「素晴らしいかと。」

「……再び問おう。五十四っんぁああだぅのお返しでございます。――どう思う。我が、パンドラズ・アクターよ…!」

 

 パンドラズ・アクターは顎に手を当て数秒考えた。

 

「…素晴らしいかと。」

 

 アインズは特大のため息を吐くとソファに背を預けた。

 

「パンドラズ・アクター。これをナインズが書いていなければどうだ。国民達が会計のたびにっんぁああだぅと言っている姿をおかしいとは思わんのか。」

「なるほど、促音と"ん"で始まるのは些か発音に問題があるかもしれません。」

 

 そうじゃない。

 

 アインズは眉間を押さえた。

「お前はもう少しナインズを疑う事を知れ。これはナインズの愛らしいお絵かきだ。っんぁああだぅは言わば作品名にすぎん。投書はフラミーさんのお茶目だろう。」

「なるほど、さすがは父上。ではこちらは額に入れて宝物殿にて保管いたします。」

「そうしろ。さあ、今度こそ投書の意見を聞かせるんだ。」

 了解の意を示したパンドラズ・アクターはスクロールを取り出し、上下にくるくると開いた。

 

「では、発表いたします。重複した人気の通貨単位、第五位!」

 パンドラズ・アクターのどこかからかドラムロールが響きだし――ババン!と鳴った。

「――チーノ!」

「ほほう。良いじゃないか。これは第一から第三階層の者達からの意見だな。」

 単位の多くは人名から取られている。アンペアやシーベルトはその代表だ。

「おっしゃる通りにございます。シャルティア様が四十三票入れたところでアルベド様より呼び出しが行われました。」

「無記名だろうに、何故シャルティアと分かった?」

「は。こちらを。」

 アインズはパンドラズ・アクターから再びトランプカード程度の大きさの紙を受け取った。

 そして読み上げる。

「チーノでありんす。――なるほど。さすがペロロンチーノさんの娘だ。」

 紙をパンドラズ・アクターに返したアインズは若干遠い目をした。鼻高々な金色の鳥を幻視する。

 

「では、第四位の発表!」

「ドラムロールとババンはもう良いからな。」

 バと鳴ったがパンドラズ・アクターは涼しい顔をして告げた。

「モモンガ――様!」

 アインズは思わずぴくりと反応した。

「な――あ、そう言うことか。」

「は。このモモンガ――様という単位は絶大な人気がありましたが、私の方からこれ以上の投書を禁止させて頂きました。」

「正解だ。よくやったぞ。そんなふざけた単位があるか。」

「全くでございます。この御名はあまりにも崇高であり、国民に敬称を付けずに口にさせる事などできません。放置すれば恐らくこちらが第一位となったでしょう。」

「……そうか。」

 ここの居心地はいいが、たまにこの息子とは話が通じない気がした。

 ナインズが普通の感覚で育ってくれることを祈るのみだ。

 

「では続いて第三位の発表でございます。ババン!」

 ついにババンと口に出して言われた。

「ゴウン!!」

「ん?ゴウンは良いんじゃないか?長さも中々良い。」

「中々のセンスです。しかし、父上をゴウン魔導王陛下とお呼びする者もいるので紛らわしいです。」

「それはそうだな。」

 アインズが頷いて見せると、パンドラズ・アクターは次の案を口にした。

 

「では、映えある第二位!ババン!――オードル!」

 だんだん発表までの時間が短くなってきた気がする。

「おぉ。これは第七階層の悪魔達からか。米ドルや豪ドルみたいで良いじゃないか。」

「お気に召したようで何よりでございます。では、こちらは候補として残します。」

 アインズはもうこれで良いんじゃないかと思うのと同時に、気になったことがあった。

 

「パンドラズ・アクターよ、フラミーさんは…その…オードルを入れたか?」

 パンドラズ・アクターは今言おうと思ってたのにとでも言うような空気を出した。

「父上、第一位の発表の前に、フラミー様のご意見の発表です。」

 つまり、フラミーはウルベルト・アレイン・オードルの名であるオードルを取ってはいないのだろう。

 アインズはそれだけでどこかほっとした。いや、"ウルベルト"と言われたら少し落ち込む。

 

「フラミー様のご意見は――エン!字は丸を意味する円です。」

「なるほど。…まぁそうだな。ふぅ。」

 アインズも通貨単位を決めようと言われ、一番に円が思い浮かんだ。

 ウルベルトとまるで無関係だったことについほっとしてしまう。

「そうだな、と、言いますと?」

「円は私達に最も身近な通貨単位だ。」

「おぉ…!ではこちらに致しますか?」

 アインズはゆっくりと首を振った。

「いや、円はやめよう。」

 何もかもが厳しかったリアルを思い出しそうだった。

「さようでございますか?」

「あぁ。ただし、フラミーさんが円が良いと望むのならば円にする。」

「かしこまりました!」

 パンドラズ・アクターはどこか嬉しそうだった。

「さぁ、最後に一位を聞かせてくれ。」

「では、申し上げます!第一位!」

 ババンっと小気味良い音が鳴った。わずかに溜めてから、パンドラズ・アクターは告げた。

 

「ウール!」

 

 アインズはふむ、と肯いた。

「オードルより良さそうだな。」

「私もそのように愚考いたします。恐れ多くも父上の御名ではありますが、国名でもありますし、由来が確かなので浸透も早いかと。」

「違いないな。ウールで何か問題がないか今一度話し合いを行え。本日中にフラミーさんに円とウール、どちらが良いか確認を取る。明日から新通貨の発布に向けて動き出せ。」

「かしこまりました。」

 アインズは支配者らしい動きで立ち上がった。

 

「話は以上だ。――私はピクニックへ行く。」




わーい!通貨導入だぁ!

花月喜様、usir様、ユズリハ様!
新通貨のご提案をありがとうございました!
素晴らしい僕達に喝采を!

裏ウルベルートが終わる終わる詐欺をかましていて忙しいです(`・ω・´)

そしてusir様にちゅーをいただきました!!!

【挿絵表示】

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