「この辺りにしましょっか!山の天気は変わりやすいってアインズさんが言ってましたし、今は晴れてますけどきっと雪も降りますよ。」
沈黙都市のそばの山の中腹に着くとフラミーはナインズを下ろした。
ナインズが転ぶことも厭わずに冒険を始めると、その後を姿を現している
フラミーは外の世界で雪と戯れるナインズの様子を目を細めて眺めた。
「それではボ――私達が御身にお過ごしいただく場所をお作りしますので、少々お待ちください。」ユリは頭を下げるとソリュシャンを手招いた。「テーブルとイスを出してちょうだい。」
辺りは柔らかそうな雪の間からちらほらと緑が垣間見え、雪解け水に作られた細い小川がちょろちょろと流れている。
ソリュシャンは胸に当てていた手を体の中に、とぷんっと収め、もそもそと内部を探った。
「えーと、テーブルとイスと…クッションも出すわね。」
そう言って体の中を探っていると、突如、ソリュシャンの顔から男の腕が突き出した。それに合わせて刺激臭が一瞬その場に満ちる。強力な酸と血液が反応し、シュゥゥ…と煙を上げていた。
「あっと、失礼いたしました。」
フラミーが数度またたく中、何かを掴もうと必死にもがく腕は無造作に顔に押し込まれた。
「…あなた、まだそれを持っていたの?」
ユリの呆れたような声にソリュシャンは少し恥ずかしそうな顔をした。
「せっかくいただけたおもちゃですもの。」
"神が清めた石"や"神が踏んだ砂"などの神にまつわる悪徳商法をした者などは基本的に裁判後には真っ直ぐにナザリックへ送られてくる。そう言う者は一度拷問官であるニューロニストの下へ運ばれるが、所望する者へたまにこうして回して貰えるのだ。当然アインズから許可は出ている。
「テーブルやクッションは汚れていないでしょうね?」
「それはもちろん。
ソリュシャンは言いながら折り畳まれた屋外ファニチャーを体から次々と取り出した。
「捕食型
フラミーは興味深そうにソリュシャンの全身をじっくりと眺めた。
「外見に出ないのは元々私の中身が空だと言うことと、特殊な魔法の効果が体内に働いているためかと思います。」
「サニーは食べたら食べただけ大きくなるみたいなのに、やっぱりうちの子は特別ですね。」
「さにー、でございますか?」
「神都に出た
二人が話している横でユリとルプスレギナはせっせとピクニックセットを広げた。そしてルプスレギナが背からパラソルを引き抜く。聖印を象ったような巨大な聖杖と共に背負って来たのだ。
開いたパラソルをドッと地面に突き刺せば――「よっと!これで完成っすね!」
「ルプス、その喋り方はやめなさい。」
「大丈夫っす、てぃーぴーおーは弁えてるっすよ!」
「フラミー様に直接話しかけていなくても、お耳に入れるには相応しくない喋り方だわ。――さ、フラミー様。お掛け下さい。」
ユリが椅子を引くとフラミーはそれにちょこりと座り、二人を見上げた。
「ありがとうございます。二人とも言葉遣いとか気にしないで自由に喋ってくれて良いんですよ!なんなら、フラミー様じゃなくてフラミーさんとか、フラミーとかだって良いですし!」
「「いえ、そうは行きません。」」
ユリと途端に真面目な雰囲気になったルプスレギナは声を揃えて首を振った。
「はは、だめかぁ。」
フラミーは少し残念そうに笑うと、アインズから借りてきたカメラを取り出し、ふかふかの雪の中で溺れるように遊ぶナインズの写真を撮った。
多少転んでも痛がらず、寒さを感じない体で楽しそうに笑っていた。
雪玉をシズとエントマが丸め、それを
リアルでは考えられない遊びだ。
リアルに降る雪は空気中の毒に汚され、黒に近い灰色になっていた。
酸性に強く傾いた雪も雨も、世界を汚す。とても触れたいと思うものではなかった。汚染されたかつての恵みは川や海、土中に暮らす生き物を容赦なく殺し、死の土は作物を育てさせる事を許さない。鉄はことごとく錆び、コンクリートを急速に老化させる為に建築物の寿命は短い。
そんな汚された世界ではあったが、アーコロジーの中には汚れた雨が無尽蔵に降り注ぐことはなかった。ともすれば飲めてしまうほどに綺麗な水が雨として降らされるのだ。空気も綺麗に管理され、あの中はあるべき地球の姿を留めようとしていた。
――当然フラミーはアーコロジーの外で暮らしていた。
フラミーは
「ナイ君、遊ぶって言ってない人に投げたりしちゃいけません!」
ナインズは突然のフラミーの大きな声に驚き目を丸くした。
フラミーはひゅるりとナインズの下へ飛ぶと、すぐにその前に膝をついた。
「ナインズ、いけません。ナーベラルは一緒に遊んでなかったでしょう?冷たいの投げて、痛くしちゃってごめんなさいしないと。」
言葉によるコミュニケーションが取れるようになってきたとは言え、ナインズは何のことかまるで分からないようで、何故自分が今叱られているのかと呆然としていた。彼の体の辞書に痛みや寒さ、暑さと言った文字はない。
「フラミー様、私はどうと言うことありません。どうぞお気になさらず。」
「だめですよ。いつかこの子は百レベルになるのに、その時に不用意に皆を傷付けるようなことになっちゃいけないですもん。ナーベラルも痛いって言って。」
「し、しかし…。」
フラミーは少し悩むと自分の腕から温度への耐性を持たせる腕輪を抜いた。ほぅっと白い息が流れていく。
辺りは寒いが――太陽の光は暖かいし、耐えられないほどの寒さではなさそうだった。
「ナイ君、おてて出して。」
フラミーがちょうだい、と手を出すとナインズは持っていた小さな雪玉をフラミーに渡した。
「…ありがとうね。これもちょうだい。」
その小さな手から温度耐性の指輪を抜いた。
「っんぇ!?」
ナインズは驚いた顔をするとフラミーの胸に激突した。自らを包ませようとフラミーの翼に一生懸命に手を伸ばす。
「寒い?」
「たむ…。」
「寒いね。こんなに寒いのに、いきなり女の子に雪をぶつけたりしちゃいけないでしょう?ごめんなさいしよ?お母さんも一緒にごめんなさいするから。はい、ごめんなさい。」
「ごなんたい。」
彼なりの謝意が見えると、ナーベラルはひどく恐縮した。
「いえ、私はなんともございません。フラミー様もナインズ様も、どうかお気になさらず…。ナザリックの者にとって、ナインズ様のご成長やお力を感じられる事は何であっても喜びでございます。」
「…はは…ありがとうございます。」
ナザリックとは難しい場所だった。ザリュースの息子達や一郎太、一般メイドに本気で雪をぶつけるような真似をすれば下手をすれば相手は死ぬだろう。ナインズの安全の為に十レベルまで上げてしまったが、お友達は三レベルもなく、一般メイドは一レベルだ。
「ナインズ、誰かが寒い時にはあっためてあげようね。あなたはもう第七階層と第五階層に行く時以外は温度耐性の指輪はおしまいです。」
ぐりぐりと冷えた頬を擦り付けるナインズを抱きしめてやるフラミーの頬は赤紫色に染まり始めた。
「世界は寒かったり暑かったり、痛みがあったりして――ゲームとは違ってすごく複雑なんだよ。もっと早く教えてあげなくてごめんね。」
鼻の頭を赤くするフラミーを見上げると、ナインズは数度瞬いて嫌そうに首を振った。
「たむたむ、や!」
「やだよね。じゃあ、また遊ぼう!あったまるから。」
それを聞いたシズとエントマは大量の雪玉を手に側に来た。
「………ん、ナインズ様。使って…ください。」
「ナインズさまぁ!
ナインズは良いのかと問いような目をフラミーに向けた。
「いいよ、アサシンズの皆さんは遊んでたでしょ?でも、優しくね。」
微笑んで見せるとナインズは雪を手にし、再びアサシンズへ投げ始めた。
雪玉を掴むと雪が手の中でじわりと溶け、手袋の中に染みてくる感覚にナインズはキャー!と声を上げた。
ナインズの雪玉にぶつかった――いや、ぶつかりにいった――
向こうから飛んでくる反撃の雪玉はそれはそれは柔らかな放物線を描き、ナインズにぶつかりそうになるとシズが撃ち落とした。
「ほら、ああやって皆優しく投げるでしょう?」
納得行った様子のナインズとしばらく優しい雪合戦をしていると、空からはちらほらと雪が舞い始めた。
「アサシンズの皆さん、見てますかー!」
ほとんどひっくり返っていた
「これが、これが本当の雪なんですよ!こんなに綺麗で、こんなに透き通ってて、こんなにあったかいの!!」
フラミーがそう言って手を広げるとナインズも真似て手を広げた。
銀色の髪に真っ白な雪がはらはらと積もっていく。
皆で空を見上げていると、さくさくと足音を立ててソリュシャンが迎えに来た。
「フラミー様、お茶が入りました。どうぞナインズ様とご休憩なさってください。」
ゆらりと温かそうな湯気が立ちのぼるのが見える。
いい香りがしたのか、ナインズが瞳を輝かせ振り返った。
「あったかいの飲もっかぁ。」
当然飲ませて貰えると思っている様子のナインズは嬉しそうにうなずいた。
手を繋ぎ、雪をギュッギュッと踏んでテーブルに着くと、ナインズを抱えて座る。
ユリが小さなカップに良い香りのするハーブティーをとぽとぽと音を立てて一杯淹れた。
「皆さんありがとうございます。休んでくださいね。」
声をかけられても誰も動こうとはしなかった。
ふぅ、ふぅ、と数度カップの中を吹き、一口飲んで温度を確認する。
ちょうど良い温度になると、飲みたいと手を伸ばすナインズへ飲ませた。
「ん、ん!」
「ちょっとづつ、気を付けてね。」
そのお茶は一口飲むごとに血管を力の息吹が流れ、筋肉に力が漲る。
どこからが料理だと認定されるのかは分からないが、魔法の効果を持っていた。
「あったかい?」
ナインズはご機嫌に足をぶらぶらさせた。
「たったい!」
「良かったね。指輪なんか無い方が世界は楽しいでしょう。」
分かっているのか分かっていないのかナインズは嬉しそうに何度も頷いた。
夢中で飲んだナインズはすぐに座っていることに飽き、冒険に出たがった。
「ご馳走様です。ナイ君、ごちそうさまとありがとうしよ。」
「あぃとぉ。」
「とんでもございません。御方々にお仕えすることこそ我々の喜びでございます!」
ユリやルプスレギナが微笑むとナインズもはぁー!と笑った。
そして、バフ効果のある飲料による高揚感がたまらないようでフラミーの膝から降りると再び歩き出した。
「――ねぇ、あの子が誰かを傷付けようとしたら、いけないよってユリは一緒に言ってくれる?」
「はい。いけない事はいけないとご注意いたします。」
「ありがとうございます。付き合わせちゃってすみません。」
ナーベラル、エントマ、シズがその後を追おうとするとユリは呼び止めた。
「ルプス、ソリュシャン、護衛に行って。三人はナインズ様がやってはいけない事リストを頭に叩き込むの。」
「でもユリ姉様。ナインズ様がそうしたいとお思いならそうされるべきではないの?」
「ダメよ。誰かを傷付けたり、殺してしまうような事はいけないわ。アインズ様とフラミー様もお望みではないのだから。御方々の意に反する事はきちんといけないとお教えしなくちゃ。」
「ユリ姉様ぁ、でもナーベラルは傷つきませんでしたぁ。」
エントマは不思議そうに首を傾げていた。
「………傷つかなくても雪玉を立っている人にぶつけてはいけない。」
「シズの言う通りね。一つ補足するとするなら、遊び相手でもあまり思い切り投げつけるような真似は好ましくないわ。」
メガネを押し上げるユリは先生モードだった。ルプスレギナとソリュシャンが戻ってきたらあの二人にも教えなければ。
「ユリ姉の講義が始まったっすねぇ。」
「後で私達も聞くことになるわよぉ。」
足を進めていたルプスレギナはソリュシャンの答えに、つまらない事を聞かされそうな気配を感じて少しだけよろめいた。
「げげっ、まじっすか!ナインズ様が思われる通りに過ごされるのが一番じゃないんすか!」
「それも含めてユリ姉様が教えてくれるわ。」
二人の会話を背に聞いていたフラミーはその会に自分も出席させてもらおうと決めた。
果たして子育てとはこう言うものであっているのだろうかと言うのは常々思う事だ。
フラミーの最初の記憶はいくつもベッドが並ぶ部屋で、自分のベッドの上で一人寂しさを紛らわせるように自分作曲の鼻歌を歌い、膝を抱えていると言うものだ。誰かにあやして貰った事はない。ただ、じっと誰かの迷惑にならないように小さくなって生きてきた。
一生懸命走る小さな背をゆっくりと追う。
(村瀬文香、頑張れ…頑張れ…。)
本人に大した自覚はないが、フラミーの精神は悪魔の身に引きずられている。気を付けて過ごさなければ、ナインズはナザリックの者を平気で殺したり、世界を破壊することに何の躊躇いもなく育ってしまうだろう。
「おかぁ!」
「はぁい?」
前を進んでいたナインズは森のようになっているところを指さした。沢山の針葉樹が生え、雪を乗せる様子はサンタクロースでも住んでいそうだ。
「行きたいの?」
「ん!ん!」
手を繋ぎ、危なくないようにするとナインズに引っ張られるように針葉樹の間へ入っていった。
出掛ける前に地表部の外に降り立ったアインズは辺りを見渡した。
以前ナザリックの防衛点検を行う前に、地表部から外に植えた花は去年よりも増えており、今年も満開だ。赤い花が咲き乱れ、兎が花から顔を出したり、顔を埋めたりと忙しなく動き回っている。
小さな花束にしてフラミーに持って行ってやろうと出掛ける前に立ち寄った。
優しい春の風が吹く。
実験を終え、人の身で少し眠そうな顔をするアインズの輝く銀色の髪を揺らした。
ナインズが生まれる前の年にここでフラミーと二人過ごした日を思い出すとそれだけで胸の内に温もりが生まれる。
地面にしゃがみ、一輪、二輪と特に大きな花を摘んでいると、本日のアインズ当番の言葉に顔を上げた。
「――何?セバス?」
「はい。何でも、早急にご報告しなければならない事があるそうです。」
アインズ当番は上司の到着を少し申し訳なさそうに告げた。出かける時を楽しみにしている支配者を引き止めるのは本意ではないのだろう。
地表部の入り口の方へ視線を送ればセバスが頭を下げたのが見て取れた。
「
「いえ!そのような!
――ではあまり世話を焼かないでくれないか。
プライバシーない病に罹患しているアインズは言葉を飲み込んだ。
そんな攻防はこの地に来て以来、幾度も行ったのだから、今更不毛だ。それに、部下の仕事を取ってしまうような真似は避けてやりたい。
「そうか。嬉しく思うぞ…。」
アインズはため息の代わりに支配者に相応しい言葉を紡き、セバスに来るよう手招いた。
セバスは見苦しくない程度に小走りでアインズへ近付いた。
「アインズ様、お忙しいところ失礼いたします。」
「今は休みだ、気にするな。それよりどうかしたか。やはり
「いえ、とんでもございません。実は――少しばかり個人的な御用でして…。」
個人的。セバスの個人的な理由など一つしかないだろう。
「――ツアレの事か。喧嘩でもしたか?」
緊張している様子のセバスに笑い、アインズは花の咲く地面に座った。隣をトントンと叩くとセバスは躊躇いがちにそこに正座した。
「っあ!アインズ様!何かお敷物を!」
「良い。たまには土に触れることも必要だ。――セバス、聞かせてみろ。」
「は。ツアレに子ができたようでございます。お聞き苦しい話しかと思いますが――生理が止まったようだと。」
アインズはパッと顔を明るくした。
「何!お前の子ができたのか!」
「恐れながら。」
「そうかそうか!たっちさんに聞かせたいな!では、第六階層に家をやろう――と言いたいところだが、ツアレをナザリックに引き取ってはニニャさんに悪いんだったな。」
セバスは肯定するように頭を下げた。
「では何か別の祝いをやろう。お前の子は私の孫も同然だ。服が良いか?ベビーベッドか?いや、ツアレは筋力がなさそうだから
世界を半分くれと言えばくれそうな勢いだった。
「いえ、既に子が欲しいとフラミー様にお願いした立場でございます。これ以上は過ぎた施しかと。むしろ、我々から何かフラミー様にお返しをお送りいたします。」
アインズは何と答えるのが正解か解らず、うすぼんやりと笑った。
近頃では赤毛のミノタウロスの二郎にも子ができ、今梅子は大きな腹を抱えて過ごしている。それもオスのようで、二郎丸と名付けられる予定だ。
「……とにかく、健康診断のためにもソリュシャンを呼ぶ必要があるな。少し待て。」
フラミーに
いつものよそ行きの声で応答されることを期待したが「――取り込み中か?」
フラミーへの
ユグドラシル時代ならログアウト、乃至は
この世界なら睡眠、
今度はソリュシャンに直接接続を試みるが、結果は同じ。応答される事なく繋がりが切れてしまう。
アインズの中には漠然とした不安が広がった。
ご無沙汰です!
フララに行方不明になって欲しいと言うリクエストを何とか達する事ができそうだ!!
いつも誰かとべったり一緒だからなぁ!
次回#94 ポイニクス・ロード
usir様に御身に戯れる御子息を頂きました!!
【挿絵表示】
あ〜かわいいね〜〜!!むちむちだね〜〜!!
そして14巻出ましたね!!私はKindle派なのもありまだ読んでいません!!
その間にこれまでのお話を完全加筆修正しました。長い道のりだった。
大きく変わったり大量に書き足したところだけ一応お知らせしマァス!
#13 パンドラズ・タブラとの初邂逅
#16 第六階層で雪だるま作成
#20 漆黒の剣とのちょっとした冒険
#23 漆黒の剣に帝国との戦争について教えられる
2-#42 最重要課題を大幅修正しました
2-#48 不敬な入浴シーンをかましました