眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#94 雑話 ポイニクス・ロード

 フラミーはナインズに引っ張られて進んでいた。

 真っ直ぐに伸びる枝葉は太陽光を遮りひっそりとした雰囲気だった。

 粉雪が舞い降り、しんしんと冷えた空気の中に、どことなく湿り気を感じる。

 

「ナイ君、まだ行くの?」

 

 振り返ればもうユリ達とパラソルは見えず、前も後ろも針葉樹ばかりだった。

 雪が頭に積もらないようローブのフードを被せ、自身も被ると視界は一気に狭くなる。

 

 辺りでは鳥がひんひんと変わった鳴き声を上げていて、他に聞こえる音は自分達が雪を踏みしめるきしきしという音。それから、時折針葉樹に積もった雪がずるりと落ちる音。雪が落ちると枝に止まっていた鳥達は急に慌ただしく飛び立ち空へ消える。

 遠くには鹿が顔を上げ、神経質そうな真っ黒な瞳を向けてパタパタと耳を動かしていた。

 鹿など初めて見るフラミーの瞳はナインズと同じく興味の色に輝いた。

 

「魔物じゃない生き物だぁ。豚鬼(オーク)小鬼(ゴブリン)が少ないから?」

 

 口の中で呟く中、ナインズは鹿の下へ夢中で進んで行った。

 近付けば近付くほどに木立が鈍い紅色に、次第に薔薇色に赤く照らし出されていることに気が付いた。

 

「おかぁ、おかぁ。」

「何だろうね?」

 

 二人そちらへ進み、茂みから顔を出すと静かに眠る赤い巨鳥がいた。小さく丸くなって寝ている姿でも二メートル程もある体はごうごうと燃え盛り、辺りは暖かかった。炎は孔雀のような美しい尾羽からも荒々しく噴き上がっている。

 その周りには春の陽気に誘われて冬眠から目覚め、暖を取る動物達が囲んでいて、神聖な領域のようだった。

 

「火の…鳥…。」

 

 ナインズが温まろうと近付くのを手を引いて止める。

 周りに動物がいるところから見て、そう凶暴な生き物ではなさそうだが、たった十レベルのナインズには危険だろう。

 フラミーの頭の中には燃える鳥の別の呼び方が浮かぶ。

(朱雀、鳳凰、フェニックス……不死鳥!)

 もし不死鳥と呼ばれる存在ならば、ナインズの寿命に良い影響を与えてくれる気がする。

 

「ありゃ?初めて見る魔物っすねぇ。」

「フラミー様、いかがなさいますか?」

 

 後を陰のようについてきたルプスレギナとソリュシャンが追いついてきたのを見ると、フラミーはナインズを抱き上げルプスレギナに渡した。その後ろには姿を現している八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達もいる。

 

「天使を出しますから、ルプスレギナはユリ達のところに戻っていて下さい。ソリュシャンは私と一緒にあの鳥の捕獲です。」

 

 ルプスレギナの持つ殆どの魔法はフラミーの持つ魔法の下位互換のためにソリュシャンを選んだ。――が、どちらを選んでもレベル的に頼ることはできないのだが。

 

「わかりました。」「かしこまりました。」

「お願いしますね。」

 

 無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)に手を突っ込み、ズルリと白い杖を引き抜く。杖を装備しただけで自身の身に宿る魔力が増大するのを感じた。

「<第十位階死者召喚(サモン・エンジェル・10th)>!」

 八十レベルの天使、門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)が複数体召喚されて現れると、辺りは急激に清浄な空気に包まれた。

 タンクとして非常に優秀な性能を持ち、探知能力もそれなりに優れたモンスターだ。警備兵にはちょうど良い。

 

「あの子を守りなさい。竜が現れたら敵対される前に逃走を手伝い、それ以外の敵対者が現れたなら殺さずに無力化しなさい。」

「かしこまりました、召喚主よ。」

 

 ナインズが出かける時には、始原の魔法目当てに竜王達がナインズを攫おうとしたときに時間稼ぎを行える護衛を付けようとアインズとの話し合いで決めた。 

 天使達はナインズを抱くルプスレギナと共に一礼し、ユリ達のいる方へ踵を返していく。十五匹いる八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)も当然のように二手に分かれ、八匹が後を追った。

 

 そんな中、空気が変わったことを感じたのか、鳥は目を開けるとゆっくりと頭を上げた。

 襲ってくる様子はないが、鋭い視線でフラミーを見ていた。

 

「こんにちは。喋れますか?」

 フラミーが尋ねるが、鳥は何も言わずにじっとフラミーを見ていた。

「フラミー様がお尋ねよ。早く答えなさい。」

 ソリュシャンが若干の殺気を放つと、鳥はスゥ、と息を吸い――割れたガラスで黒板を引っ掻くような、耳をつんざくような鳴き声を上げた。

 それは山鳴りとなり、この山全体に響き渡る。

 周りで暖をとっていた動物達は途端に逃げ出し、フラミーは耳を塞いだ。

 そして、火の鳥の口に炎の球がキィーン…と形を作り、フラミーは慌てて皆の盾になるように前に進んで魔法を唱えた。

「――<力の聖域(フォース・サンクチュアリ)>!」

 光の膜が皆を包み込むと同時に、炎の塊はフラミー達に向かって放たれた。

 光を透かせた向こうに直撃した炎が見える。まるで柱のように天高くまで燃え上がった。

 

 ――いける。

 

 派手ではあるが、光の障壁に少しも無理な力がかかっていない様子から相手の力量を見極め、フラミーはほくそ笑んだ。アインズ相手であればこの障壁は一撃で破壊されていただろう。

 炎の柱が消え去る頃には、辺りの雪が高温に晒され一気に水蒸気と化す事で視界が奪われた。この重要そうな生き物を逃してしまうような事は避けたい。

 立ち込めた(もや)に阻まれ視界は最悪だが、瞬時に唱えるべき魔法を詠唱する。

「<魔法距離延長(マジック・ディスタンス・エクステンション)完全視覚(パーフェクト・サイト)>!」

 視界は途端にクリアーになり、二百メートル程先までも真っ直ぐ見通せるようになる。もう火の鳥はそこにいなかった。

「――先に行きます!<悪魔の諸相:おぞましき肉体強化>!」

 筋力を一時的に増大させ、大きくなった翼を広げてドンっと地を蹴り飛び立った。雪が爆発するように舞い上がり、突然の高度変化にキンッと耳の奥がなる。

 空の中でサッと鳥を探すと、広い空の向こうに箒星のように赤い尾を引いて火の鳥が飛んでいた。方向転換をして火の鳥に向かう。

「ふふ、鬼ごっこだね!」

 粉雪がフラミーの顔にぴしぴしとぶつかる中、前方を逃げる鳥に杖を向けた。

「一緒に帰ってもらいますよ!――ん?」

 鳥が真っ直ぐ向かい、高度を落としていく方向には見覚えのある、黒い楕円の周りに七色の輝きがある魔法の門。

「――わ…世界転移門(ワールドゲート)!?」

 ユグドラシルの九つの世界を渡る、運営が設置している特殊な転移門(ゲート)を前にフラミーは目を剥いた。

 通常の転移門(ゲート)は黒とほんの少しの紫色が混じるようなものだが、世界転移門(ワールドゲート)はプレイヤーの出す転移門(ゲート)と差別化をはかる為、その周りに七色の光を纏うのだ。

 火の鳥は真っ直ぐ世界転移門(ワールドゲート)に向かって降下していた。

 フラミーはついて来るのに精一杯という様子の僕達に振り返った。

 後方、針葉樹の上には必死に木から木へと渡る影が複数個ある。ソリュシャンと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)だ。ソリュシャンは五十七レベルだし、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)は四十九レベル。フラミーのスピードに追いつくのは難しい。

 

「――<伝言(メッセージ)>。」

 ソリュシャンが追いつくにはまだしばらく時間がかかりそうだが、待っている時間はない。

『は!ソリュシャンでございます!』

「このまま真っ直ぐ行った先にある転移門(ゲート)を潜ります。気を付けてね。」

 伝えるべきことを伝えると、広げていた翼を小さく畳んで空気抵抗を減らす。フラミーは放たれた矢のようになり、更に速度を上げた。

 火の鳥が空中を滑るように世界転移門(ワールドゲート)をくぐり、フラミーも躊躇いなくそれを潜った。

 闇は凪いだ湖面のようにフラミーを迎え、飲み込んだ。

 

 飛んできた速度のままに潜った為、フラミーは足を地につけるとズザザザザ…と地面を抉るように止まった。空にいる火の鳥に向けて杖を振るう。

「<全種族捕縛(ホールド・スピーシーズ)>!」

 移動阻害魔法がぶつけられた火の鳥は羽ばたきを制限され、途端に自由落下を始めてズズン…と地面に落ちた。この魔法が効かなければ翼を切り落とそうと思っていたが、成功したようだ。

 ただ、火の鳥を手に入れた事を喜びもせず、フラミーは静かに杖を下ろした。

 

 世界転移門(ワールドゲート)の先は見たこともない銀色の草原だった。目を凝らすと、遠くに海も見える。

 雪などが降った形跡はないが、高所でもなさそうだと言うのに寒い。

「こ、ここは…?」

 落ちた際に自重でダメージを受け、痛みにもがき再び飛び立とうとのたうち回る火の鳥はフラミーを睨み付け、ギャアア――と鳴き声を上げていた。フラミーが杖の先に<静寂(サイレンス)>を纏わせ、コツンと嘴を叩くと、火の鳥は静かになった。

 火の粉が大量に当たりに散らばる。

 さやさやと揺れる白銀の草は燃え盛る鳥や火の粉が触れても、燃えることはなかった。

 この草が特殊なのか、はたまたこの火が特殊なのか――。

 温度耐性を切ったままのフラミーは恐る恐る鳥の火に手をかざした。

 ある程度の距離に来ると火傷するような激熱を感じる。温度への耐性を取り戻す為にいつも着けている腕輪を着け直すと、フラミーは再び鳥に手を伸ばし、火に触れた。

 火は熱を持っているが、フラミーにも燃え移る事はなかった。

(不思議…。)

 ソリュシャンのために一度世界転移門(ワールドゲート)の向こうへ鳥を引きずって戻ろうと手を伸ばし――しかし、不意に響いた声にそれをやめる。

 

「――ポイニクス・ロード!?」

 

 子供のような声だった。すぐに思考を切り替え、そちらへ杖を向けた。

「誰!!」

「うわっ、落ち着いて!落ち着いて!!」

 声の主は蹴鞠程度の大きさの光だった。光は十ほどあった。

 よく目を凝らしてみれば、光を身に纏う小人達がいた。背丈はちょうどフラミーの顔ほどの大きさで、背には透明な――トンボの翅を鋭利にしたような羽が生えている。

 皆たっぷりとしたコートを着込んでいるが、その下は華奢そうで、年の頃は人であれば十五歳と言ったところか。背には人が使う鉛筆のような大きさの杖をしょっていて、薄い金色の髪はひとつにくくられている。

 それはフラミーが杖を下ろすと、ふぅ、と安堵したように息を吐いた。

 

「……その姿、妖精ですか?」

「そう、私達は妖精(シーオーク)!ポイニクス・ロード、弱ってるみたいだけど、どうしちゃったの?」

 

 代表の妖精(シーオーク)が答え、皆どこか爛々とした目つきで火の鳥を見ていた。

 妖精がいるなんて流石に魔法のある世界だ。妖精(シーオーク)は神聖魔導国に属していなかったよな、とコキュートスが続々と取り込んでいる亜人リストを思い出す。

 フラミーは新しく取り込まれるべき住民に嫌われないように気を付けて口を開いた。

 

「そんなに弱ってはないですよ、ただ捕まえただけですから。不死や寿命の実験に役立ちそうだから連れて帰ろうかと思ったんですけど……名前を付けてるって言うことは妖精さんのペットですか?」

「とんでもない!ポイニクス・ロードはラッパスレア山の三大支配者だよ!」

 

 ――ラッパスレア山。

 

 フラミーは聞き覚えのある山の名前だと記憶を手繰る。

 

+

 

 白い長い髭を蓄えた小さな者へアインズが訪ねた。

「お前達の長老は転移門(ゲート)を知っているのか?」

「そんな名前かは知らんのじゃが、ラッパスレア山とフェオ・ジュラの近くが自然的に出来た魔法の門で繋がっておるらしいんですじゃ!」

「そこから溶岩が流れ込んできおって、物凄い魚の化け物が泳いどる!そいつはこの世にたった一匹しかおらんらしいんですじゃよ!本当はそれの確認に行くはずだったんですじゃ!」

 

+

 

 去年の夏に二人の小さな地の小人精霊(ノーム)が騒がしく話していたあの山だ。

 今日のピクニック先の山の名前はラッパスレアだったかとフラミーは今更知った。たまたま人のいなさそうな、ちょうどいい気温の山を探してたどり着いた場所だ。

 では世界転移門(ワールドゲート)だと思ったものは自然的に出来た魔法の門かと、少し離れたところにある闇を見た。

 そうすると、息切れしたようなソリュシャンと七匹の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達が天然転移門(ゲート)から出てきてこちらへ駆けてきた。

 

「フラミー様、お待たせいたしました!」

 

 ソリュシャンが側に着くと、妖精(シーオーク)は再び口を開いた。

 

「君もこの人の仲間?君達、ポイニクス・ロードを捕まえちゃうなんてすごいんだね!ねぇ、私達もポイニクス・ロードが欲しいんだけど、その実験とやらをしても良いから譲ってくれないかな!」

「フラミー様がその――ポイニクス・ロードを連れて帰るべきと仰っているのに、それを横から欲しがるなんて不敬ですわ。」

 

 フラミーは軽く睨み付けるソリュシャンと、どこまでも無垢に瞳を輝かせる妖精(シーオーク)達の間に入った。

 

「三大支配者っていう事は、後二体いるんですよね?この一体だけで良いですから、分けてもらえませんか?」

「ダメダメ!」「地を支配するエインシャント・フレイム・ドラゴンはポイニクス・ロードと違って暖かくないし、地下の溶岩の海を支配するラーアングラー・ラヴァロードは熱すぎちゃう!」「まぁラヴァロードは近頃じゃ魔法の門の向こうから帰って来もしないんだけどね!」「私達、どうしてもポイニクス・ロードが欲しいの!」

 

 三大支配者達のおかげで小鬼(ゴブリン)などが住みつかないのかもしれない。ラッパスレア山はこれまで見て来た山の中で最も亜人や魔物が少なかった。ピクニックをしていた場所にパラソルを立てる前にシズが一通り辺りを索敵していたようだが、そういう者を見つけた様子はなかった。それもあり、あの山のあの場所を選んだのだが。

 フラミーは実験させて貰えるのなら妖精(シーオーク)に火の鳥を譲ってもいいと思うが――

「あの、私の捕縛魔法が切れても妖精(シーオーク)の皆さんで捕まえておけるんですか?」

 それを聞くと妖精(シーオーク)達は互いの顔を確認し合った。

「できる?」「できないよ。」「妖精王なら?」「できないでしょ。」「どうする?」

 皆がこそこそと話を始めると、フラミーは苦笑した。

 

「また何処かに逃げられたりしたら困りますから、やっぱり私に連れ帰らせて下さい。私は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国のフラミー……ウール・ゴウンです。」

 躊躇いがちに似合っていない姓まで付け足した。そして、ソリュシャンの空色の瞳は洞穴のように光を失い小さな生き物達を見渡した。

妖精(シーオーク)、フラミー様は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の魔導王妃陛下です。名乗られたのだから頭を下げなさい。」

 

 それを聞くと妖精(シーオーク)は「王妃さまだって」「王妃さま」「王妃さま?」と若干の相談をし合い、高度を下げて地面に降りて頭を下げた。

「フラミーさま。ポイニクス・ロードを連れ帰られるなら、まずは私達の国に来て妖精王にそれをお話し下さい。」

「不敬な――」

 ソリュシャンからドロリとした殺意が露わになると、フラミーは手を軽く上げてそれを遮った。

「――いいですよ。王様、是非会わせてください。」

 

 これは渡りに船だ。妖精(シーオーク)にも神聖魔導国への参入を呼びかけられる。

 

「ありがとうございます!」「皆、国に戻る準備だよ!」「ちょっとお待ち下さい!!」

「お願いします。妖精(シーオーク)さん達の国は遠いですか?」

「あっという間に着きます!」「もう、すぐそこ!」

 フラミーは軽く頷き、ついて来ていた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)へ振り返った。

「アサシンズの皆さん、火の鳥持てます?」

「もちろんでございます!」「こんな鳥ごとき!」「お任せください!」

 アサシンズがわちゃわちゃとポイニクス・ロードに群がり、触れる。

「あちち!」「あっ、あつ!」「こいつ、思ったより熱いぞ!」

 顔を真っ赤にして一生懸命七匹で担ごうとしていた。

「あらら、待って待って。皆並んでください。<抵抗突破力上昇(ベネトレート・アップ)><上位硬化(グレーターハードニング)><上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)><混沌の外衣(マント・オブ・カオス)><不屈(インドミタビリティ)><無限障壁(インフィニティウォール)><上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)>。――はい、次の子。」

 フラミーから一体一体にバフが送られる。皆うっとりと幸せそうに魔法を身に受け、今度こそポイニクス・ロードを担ぎ直した。

「よしよし。皆偉いね。」

 フラミーが担ぐのが一番簡単だろうが、阿鼻叫喚になるのが目に見えていた為に言い出さなかった。

 

 そんなやりとりの横で、妖精(シーオーク)達は下げていたポシェットからまるきりミニチュアのようなインク壺を取り出すと、それに小さな指を浸した。

「フラミーさま、両手を出してください!」「従者の皆さまもお手を拝借!」「すぐに済みます!」

「手?」

 フラミーが差し出した手のひらの前に一人がふわりと降り、まるで呪文のような言葉を発しながら両の手首に模様を一つづつ描く。指が手首をくすぐる感覚にフラミーの口からふふ、と笑い声が漏れた。

「失礼します!Z(エオロー)――保護と友情。N(二イド)――束縛と欠乏。」

 腕にはそれぞれ『Z』、『N』。

 群青色のインクで書かれた文字はチリリとわずかに燃え、まるで焼き付いたようだった。痛みはない。しかし、分厚い透明な膜で包まれたような奇妙な感覚がある。

 妖精(シーオーク)達はソリュシャンや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達の手首にも同じくルーンを書き込み、小さな翅を羽ばたかせて地に降りる。

 

 フラミーは自分の手首をじっ…と見つめた。

(保護と友情はわかるけど…束縛と欠乏ってなんじゃ…?)

 あまりにも唐突な怪しい言葉だった。

 

「どうかされました?」と、書き込んだ妖精(シーオーク)

「これ、ルーンです?」

「そうです!」「ルーンを知ってるんですか?」

 妖精(シーオーク)達は身を乗り出すようだった。

「うーん、知ってるって言ってもルーンだって事しか分かりません。」

 

 フラミーは焼き付いたように見える『Z』と『N』を撫でた。

 

「ちゃんと消えますよね…?」

「時間が来たらもちろん消えます!」「今は国に入る為に必要です!」「今だけご容赦ください!」

 

 これにどんな力と効果があるのだろうかと思っていると、妖精(シーオーク)達は自分と同じくらいの大きさの杖を背から引き抜き、フラミーとソリュシャン、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達を囲むように地面に大きな円を描いた。

 

 円の中にザリザリと『O』を書き、それの周りにまるで蔓のような絵を描き込んでいく。

 

「ルーンって武器に刻むだけじゃないんですね。」

「はい!ルーン魔術は位階魔法より手順がすごく多いんですけど、正しく使えれば位階魔法よりも強力な事もあります!」「二百年前にルーンを伝えてくれた山小人(ドワーフ)のルーン工王は六つのルーンが刻まれたハンマーを持ってましたけど――なんと言っても、それは大地を震わせる程の物でした!」「神話みたいな力を持つものでした!」

 妖精(シーオーク)達がわいわいと答えを告げる。

「はじめて聞きました。山小人(ドワーフ)はうちの国にもいるんですけど…。」

「知ってる山小人(ドワーフ)達は老いさらばえたかもしれません!」「二百年前に魔神が山小人(ドワーフ)の王都を襲撃した時に、最後に残っていた王族が山小人(ドワーフ)の国を離れて討伐に出ました!」「それで、うちにもたまたま寄られたんです!」「さぁ、無駄話はここまで!」一人がそう言うと、皆がこれまで絶え間なく絵を描いていた手を止めた。「――じゃあ、大儀式行きます!」「舌を噛まないように口を塞いで下さい!」

 

 フラミーはハッと口を両手で抑え、ソリュシャンは冷たい瞳で妖精(シーオーク)を見ていた。アサシンズはポイニクス・ロードを担いだまま微動だにしていない。

 

 仕上げの様に円の中に『X』と『K』を書き込む。

 「せーの!」の合図で『K』の文字を妖精(シーオーク)達が杖で同時にカツンッと叩いた瞬間、円の中、銀色の草原に一つの炎が吹き上がる。

 フラミーは咄嗟にソリュシャンを守ろうと抱き寄せ――

 

 後には三つのルーンが刻まれた巨大な魔法陣だけが残った。

 

 ボワッと噴き上がった炎がおさまると、ソリュシャンを庇っていたフラミーはゆっくりと腕を下ろした。抱き寄せていたが抱きつくような様子だった。

「フラミー様、申し訳ございません。ご無事ですか。」

「私は平気です。ソリュシャンは大丈夫?アサシンズは――」大丈夫か聞こうと体を離すと口を(つぐ)んだ。

 

「ポイニクス・ロードだぁー!!」

「ついに捕まえられたんだねー!」

「でもこれ誰ー?転移酔いしてないんだねー?」

「ビリエ達、ポイニクス・ロード以外に何を連れて帰って来たの?」

「菫色の肌だぁ!」

「こっちのは人間ー?」

 

 当たりには色とりどりのニットワンピースに身を包む妖精(シーオーク)達がいて、面白そうにフラミー達を観察していた。男も女ももこもこワンピースだ。皆背に二本の切れ目があり、そこから翅を出して飛んでいる。転移した先は再び森だった。

 木々には温もりを感じるようなパステルカラーの花が咲いていて、水やりをしていたのか葉や花から煌めく雫がぽたん、ぽたん、と垂れていた。

 まるきりお伽話のような、絵本の中のような光景だ。

 ユグドラシルにも妖精の小道と呼ばれる単位系能力があったが、こちらの世界の妖精はルーンを使うとは。

「可愛いところですね。それにしても、まさか魔法で転移するなんて。」

 転移魔法、それも複数人の転移を使える者は―― 十人もの手で行われた魔法だったが――この世界では初めてだ。恐らくだが、タリアト・アラ・アルバイヘームも長距離転移はできても複数人を転移させる力はないだろう。

「フラミー様、ここではどのように…?」

 ソリュシャンの瞳には「この周りの羽虫は殺しますか?」と書いてあるようだ。

「取り敢えず、いつも通り友好的に行ってみましょう。ここも取り込まなくちゃいけないですし、ポイニクス・ロードも気持ちよく持ち帰らせて貰いたいですし……何よりルーンの話を聞きたいです。」

「かしこまりました。」

 丁寧に頭を下げ、上げ直したソリュシャンの顔は凍てつくようなものから、誰もが好感を覚えるようなお嬢さんのものへと変わっていた。




ふぅ…なんとか行方不明になれた…!
でも皆でわさわさ行方不明!

次回#95 ルーン魔術

今回生まれて初めて妖精を調べたんですけど、妖精って色々いるんですねぇ
シーオークのダンスに誘われた人間が、気付いたら踊りすぎてつま先無くなってたって言うのが凄まじくてシーオークを採用!

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