眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#95 雑話 ルーン魔術

「アインズ様!!」

 

 ルプスレギナの持っていたスクロールで開かれた転移門(ゲート)を潜ると、戦闘メイド(プレアデス)の焦るような声が響いた。

 アインズは地表部で一緒にいたハンゾウと共に今日のピクニック先の山に来た。

 辺りははらはらと舞い落ちる雪が気まぐれな風に踊らされ、澄んだ気持ちのいい空気が流れている。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)はこの雪を気に入ってくれただろうか。

 鳥のさえずりが響き、ルプスレギナに抱かれたナインズは寒そうに一度すん、と鼻を啜ると空を渡る鳥へ手を伸ばした。その後ろにはぴたりとフラミーの天使達が控えている。

 アインズはナインズの耐性の指輪はどうしたのだろうかと少し思ったが、それよりフラミーとソリュシャンだ。

「お前達、フラミーさんはどうした。ソリュシャンにも伝言(メッセージ)が繋がらん。」

「申し訳ありません!フラミー様は燃える鳥を捕まえると仰い、今どちらにいらっしゃるのか分からない状況です!」「一度激しい爆発が起こったので、ナーベラルが確認に行きましたが、フラミー様付きの八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)の姿も見えません!」

 顔を青くして早口に説明するルプスレギナとユリに、アインズの顔も青くなりそうだった。ナーベラルに確認に行かせたのはこの中で一番レベルが高いからだろう。

「爆発だと?爆発地点はどっちだ。」

「あちらです、ご案内いたします!」ナーベラルが手で指し示す方へ視線を向ける。

 何の変哲もない針葉樹林だ。春だというのに木々はたっぷりと雪を被り、クリスマスのようだった。

 今すぐにでも行きたいが、先に確認するべきことを口にした。

「――その前にフラミーさんの天使達、お前達は何と命令を受けている。」

 天使達は軽く頭を下げると胸に手を当てた。

「御子を守るように。竜が現れれば敵対される前に逃走を手伝い、それ以外の敵対者が現れた時には殺さずに無力化を言いつけられております。」

 アインズはフラミーがきちんと護衛を置いて行った様子に、そう切迫した状況ではないのだろうと自身に言い聞かせる。フラミーがナインズをナザリックに送らず、ここに戻るようにルプスレギナに言ったという事は、フラミーも危機感を覚えてはいない。伝言(メッセージ)が繋がらない事に焦ったが一度冷静になる必要がありそうだ。

 

「…そうか、引き続き頼む。では行くぞ、ナーベラル。後の者は一度ナザリックへ戻り、ナインズを見ていなさい。」

「し、しかしアインズ様!私達も――」

「フラミーさんは必ず見つけて戻るからそう心配するな。ナインズを置いて行ったんだ、フラミーさんの身に危険はない。そうだろう?ナインズ。」

「はぁー!」

 

 ナインズは笑顔になるとアインズに手を伸ばした。この様子から言ってナインズも危険な怖い思いをしていない事は明白だ。

「戻ったら遊んでやるから、今はお姉さん達とナザリックで遊んで待っていてくれ。八階層以外なら、好きなところで遊んでいて良いぞ。」

 アインズは温度への耐性を持つ指輪を一つ取り出すと、ナインズの指に入れた。さらりと頭を撫でてやるとナインズは嬉しそうに頭を掌に擦り付けてくる。

 フラミーによく似ている愛らしい息子に微笑んだ。

「<転移門(ゲート)>。」

 残される戦闘メイド(プレアデス)と天使達が渋々片付けを始める中、アインズは<集団飛行(マス・フライ)>を唱える。

 ナーベラルと不可視化状態で着いてきているハンゾウと共に浮かび上がった。

「あちらでございます。」

 

 ナーベラルの説明通りに飛んでいくと、すぐに木々がサークル状に焼け焦げている場所が見えてきた。爆発の起こった規模が一目でわかる。

(この世界にしては大規模だな…。)

 焦げたサークルの中に降りれば、爆発の中心には雪がこんもりと残っていた。そこにはフラミーやソリュシャン、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達の足跡が残っている。

「フラミーさんは爆発を防いだか。」

 どの足跡も踏み込むようにひとつ深いものを残して消えている。どこかへ歩いて去っていった様子はない。

 頭上の空はぼんやりと曇り、何もかもが静まり返っていた。鳥もリスもおらず、森はどこまでも遠くまで広がっている。

 

「アインズ様…。フラミー様は…。」言葉を最後まで紡ぐこともできない様子だ。

「……ナーベラル、見ろ。フラミーさん達の足跡は一つとしてブレている様子はない。つまり、揉み合ったり、ここで激しい戦闘を行ったわけではないという事だ。フラミーさんは一撃をここで塞いだのち、自らの意思で鳥を追いかけたのだろう。」

 

 ――では何故伝言(メッセージ)が繋がらないのだろうか。無理矢理攫われた天空城の時とは明らかに状況が違う。

 アインズは不安を気取られないよう一度骨の身に戻った。心がすっと凪いでいく。当たりには雪がうっすらと降り積もり始めていて、木々にはもっと深々と雪が積もっている。

 しかし、途切れた足跡が向いている方角にある木々は少し纏う雪が少なかった。

 

「向こうか。フラミーさんは飛んでいるが、ソリュシャンやアサシンズは木から木へ飛び移って移動しているようだ。」

「おぉ…流石至高の御方!」

「…いやこのくらい普通なんじゃ…。」アインズはぼそりと呟くと、骨には不要な咳払いをした。「ともかく、これを伝って行ってみるべきだろう。再び飛ぶぞ。」

 

 雪の積もり方が少ない木を目印に一行は飛び進んだ。

 アインズの目にはどこの景色もほとんど同じに映る。雪が全てを隠すように降るため、急がなければこの目印もじきに消えてしまう。

 薄雪のモミの木をしばらく追うと、木々のないぽかりと広場のようになっている場所が見えた。

 ――その真ん中には黒い染み。

「な、なんだと…あれは…。」

 アインズは飛行の速度を上げると見覚えのある門の前に降りた。

「フラミー様の転移門(ゲート)でしょうか?」

「いや…違う。これは私達では開けないものだ。しかし…世界転移門(ワールドゲート)が存在するのか?この向こうは一体…。」

 アインズは骨だというのに、ごくりと唾を飲み込みそうになりながらそれを潜った。

 

 その先には白銀の草原。

 

 そこは雪こそ降っていないが、春とは思えないほどに冷えた場所だった。一番気がかりなのは、ここがこれまでいた世界と同じ世界なのかと言うことだ。ユグドラシル時代、別の世界(ワールド)のマップへ行く時には世界転移門(ワールドゲート)から移動したのだから、下手をすればここは別世界――。

(だから伝言(メッセージ)が届かないのか…?いや、伝言(メッセージ)に距離の制限はない。ユグドラシル時代だってどこの世界(ワールド)にいたって誰とでも話せたんだ…。)

 地面には二本の線が入っていた。アインズはそれがすぐに何なのか理解する。

(フラミーさんの着地痕…。)

 足首に生える小さな翼が好きすぎて散々毎日弄んでいるので、フラミーの足のサイズの見極めには謎の自信があった。

 辺りは静まり返り、フラミーもルプスレギナの言っていた燃える鳥もいなかった。

(燃える鳥か…。不死鳥(フェニックス)なのか鳳凰なのか…。)

 どちらにせよ、フラミーがそれを追おうと思う気持ちはよく分かる。燃える鳥なんて寿命の実験に実に有用そうだ。

(今も追いかけて飛び回ってるのかな…。)

 そう思いたいが、伝言(メッセージ)が繋がらない理由がわからない。コール音が流れた後に切れるのなら分かるが、睡眠時のように一切の接続なく切れてしまうのだ。

 やはり何かが起きたとしか思えなかった。

「フラミーさん…。どこに…。」

 呟いていると、「アインズ様!」とナーベラルの声が空から響いた。

 

「いたか!!」

「いえ!しかし――ご覧ください!!」

 

 アインズは浮かび上がり、ハンゾウのいる地上に視線を落とした。そこには見事という他ない植物の蔦のような絵が描かれており、三箇所特殊な記号が盛り込まれている。

 

 アインズにはそれが何なのか一目でわかった。

 

「――ルーンの魔法陣…!?」

 

+

 

「綺麗だねー!この銀色の髪の毛で織物作りたい!」

「羽が欲しいなぁ!おっきな羽ペンを作ったら、おっきなルーンが描きやすそう!」

「こっちの金色の髪の毛も綺麗だよ!銀色より短いけどね!」

「ポイニクス・ロードあったかぁい!」

「蜘蛛さん達も珍しいねぇ!」

 

 フラミーとソリュシャン、ポイニクス・ロード神輿の周りには男女問わずどんどん妖精(シーオーク)が増えていた。二人の髪の毛は見た事もないほどに細い三つ編みが編まれていき、そこらへんに咲いていた花がどんどん差し込まれていく。

 

「……あーもー!皆あっち行ってて!」「王妃さまなんだから!!」「ポイニクス・ロードを捕らえた方に触っちゃダメだよ!!」

 

 ここまで連れてきた妖精(シーオーク)達がウガァー!と両手をあげると、群がっていた妖精(シーオーク)は笑いながらぴゅーんと逃げ出していった。

 フラミーにルーンを刻んだ妖精(シーオーク)が一歩前に出て、こほんっと咳払いをする。

 

「フラミーさま、仲間達が失礼致しました。えー、皆念願のポイニクス・ロードの到着に浮き足立っております。」

「はは、良いですよ。気にしないでください。」

「ありがとうございます。改めまして私はビリエ。ポイニクス・ロードを追いかける隊の隊長です!」

「ビリエさん。私の仲間も紹介しておきます。こっちはソリュシャン、それから八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)です。」

「フラミー様の側仕えですわ。護衛も務めております。」

 

 ソリュシャンが完璧な演技を見せるとビリエは嬉しそうに深々と頭を下げた。

 

「ご紹介ありがとうございます。では行きましょう!私の家があの丘の向こう、畑を抜けた先にありますので、妖精王に訳を話してくる間私の家でどうぞお待ち下さい。」

「分かりました。少しご厄介になりますね。」

 

 辺りの木にはぽつりぽつりと窓や扉がついていて、木をくり抜いて家にしているようだった。

 一行は遠巻きに妖精達に観察されながら、カラフルな森を抜けて、そのうち小高い丘を上った。

 その丘も、フラミーとソリュシャンからしたらそう大したものではなかったが、丘向こうが見えたとき、フラミーは立ち止まった。

「どうかなさいましたか?」とビリエが尋ねる。

 フラミーは見たこともないおかしな風景に目をぱちくりさせた。

 

「なんですか?あれ。」

 

 丘向こうにはたくさんの羊がいた。「ぅめー」「ぅめー」と鳴き声を上げていて実に愛らしい。その間を何人もの妖精達が飛んでいて、先ほどの草原に生えていた銀色の草をやって世話している。

 

「畑…でございますが…?」

「えぇ…?」

 

 フラミーから出たのは酷く素っ頓狂な声だった。ビリエ達妖精は首を傾げた後、すぐに丘の向こうへ飛んで進んだ。

 導かれるままに進み、そのおかしな農場(・・)に差し掛かる。

 羊達はどれもこれも、大きなタンポポのような茎から生えて(・・・)いる。花が咲くべきところから羊が咲いているのだ。

 羊はフラミーの顔の前で「ぅめー」と鳴き声をあげた。もふもふと頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。

 

「これ、なんて言う木なんですか?」

「バロメッツです!フラミーさまは羊をご存知ないんですか?」

 ビリエも、隊の妖精達も不思議そうにフラミーを見ていた。

「いえ、羊は知ってますけど……木になる羊は初めて見ました…。」

 

 顎の下をこちょこちょしてやると、柔軟な茎が少ししなり嬉しそうにした。

 

「これってどうやって増やすんです?」

「近くの株と交尾させると実を付けますので、それが成長して羊が成る前に収穫して実ごと植えるんです。実からは一週間ほどで小さな芽が出てきます!」

「な、なるほど…。」

 

 当たり前のようにビリエが指差す方には赤い実のなるバロメッツがあった。バロメッツは『Q』の形に植えられていた。その中心には『F』と刻まれている。

「あのルーンは?」

F(フェオ)、財産と家畜を意味するルーンでございます!これを真ん中に刻んでおくと羊の育ちが良いんです!羊達も豊穣を意味するQ(イング)の形に植える事で収穫後の実りが早まります!」

「はぇ〜面白い。ルーンを使えないとバロメッツを育てるのは難しいんでしょうか?」

「ルーンがなくても寒いところならよく育ちますよ!暖かいところだと痩せていたり、羊毛の質が良くないものになるかもしれません。ここは暖かいから、ルーンがないと羊毛や肉の育ちが悪いんです。」

「育つんですね。いくつか分けてもらえませんか?お金ならいくらかありますから。」

 言いながらフラミーは自分のお小遣いの貯金はいくらあったかな、と財布の中身を思い出す。ちょうど去年の春にセイレーンの下で結構服を買ってしまったのだ。何匹も家畜――いや、何株も苗床を買えるほど待ち合わせがあるか怪しい。

「いえ!お金なんて結構です!私達はお金を使いませんし、後で農場主達に話を付けるので差し上げます!」

 ビリエの返事にフラミーはパッと顔を明るくした。

「じゃあ、何か変わりになるような心付けを渡しますから、帰りに何株か分けて下さい!」

「かしこまりました!」

 

 バロメッツを分けて貰えることが決まると歩みを進め、いつしかバロメッツ畑が終わると、再びカラフルな森に差し掛かった。

 

「さぁ、ここが私の家です!」

 ビリエが少しだけ得意げに立派な太い木を示し、観音開きの扉を隊の妖精達が開いた。

「さぁお入り下さい!」「ぜひぜひ!」「どうぞどうぞ!」

「…如何なさいますか?」

 すぃんとビリエが家に入り、ソリュシャンが困ったような顔をする中、フラミーは瞳を輝かせて四つん這いになった。

「お邪魔しましょう!!」

「かしこまりました。」

「アサシンズの皆さんは少し待っててくださいね!」

 ついて来ていたアサシンズはポイニクス・ロードを置いて姿勢を低くし、彼らなりの臣下の姿勢をとった。八足歩行で膝をつけようとするのは大変そうだ。

 

「どれどれ…。」

 人形の家に付いているような玄関を潜るのは、ちゃぶ台の下にもぐり込むのか、はたまた犬用の通用口をくぐるような物だ。――ソリュシャンのナイスなサイズのヒップとバストは玄関に引っかからないように一時的に少し小さくされた。

「お邪魔しまーす!」

 身を小さくして何とか玄関をくぐり、くり抜かれた吹き抜けの木の家の隅に小さくなって膝を抱えるとソリュシャンも家に入った。

 入ってみればそう狭苦しさは感じないが――「お伽話だったら、ちゃんと体も小さくなって遊びにこられるはずなのになぁ…。」フラミーは独りごちた。

 家には小さなソファセットやベッドがあり、食器棚と暖炉、どっさりと本の詰まった書棚がある。暖炉の上には緑色の髪の美しい青年の肖像画がかかっていた。

 ビリエは小さな火箸で、ランプから燃えている糸のようなものを一つ取り出すと、部屋の暖炉に入れた。「さあお茶の準備をしなくちゃ」と言いながら、ビリエはすぐに暖炉の前にポットを置いた。

 

「その燃えてる糸は?」

「これはポイニクス・ロードから落ちる羽毛を細かく一本一本解いたものです!こうやって燃え移らないポイニクス・ロードの火を誰の家にも置いて、お料理や暖炉に使ってるんです!」

「普通の火じゃ木が燃えちゃいますもんね。生活するためにポイニクス・ロードが必要だったわけかぁ。」

「はい!私達は寒さにも火にも弱いので。普段の生活は勿論、冬には一日や昼間を意味するD(ダガズ)の巨大魔法陣にポイニクス・ロードの羽を置いて、里全体が冷え過ぎないようにしているんですよ!」

「――それであなた達はポイニクス・ロードを追う隊なんですね。」

「その通りです!ポイニクス・ロードから落ちる羽を拾い集めて里に持ち帰るのが私達の仕事です!」

 

 ならば、ナザリックでポイニクス・ロードを飼い、羽を安定供給すれば問題は解決するに違いない。国に入って貰い、国からの援助だ。

 いい具合の未来が見えるとフラミーは機嫌よさそうに笑った。

「さあどうぞ、お茶でも飲んでお待ちください!」

 ビリエはフラミーが見たこともないような小さなティーセットを持ち出してきた。ソリュシャンが即座にソファに挟まれているテーブルをつまんでフラミーの前に置く。

 ポットからやわらかな湯気が昇り、緑に近い茶色のお茶が注がれた。テーブルには次々と美味しそうなものが並んでいく。蜜を付け乾燥させたガラス細工のような花弁、砂糖をまぶした揚げた茎、蜂蜜のしみた蜂の巣もある。どれもおはじきのように小さな皿に乗っていて極小サイズだ。

「ふふ、いただきます。」

 まるでお人形遊びかおままごとをしているような気分になる。

「では、私は妖精王にポイニクス・ロードの事を話して参ります!」

 ビリエはソリュシャンの前を横切ると、隊の者達に「おもてなししててね!」と声をかけてさっそく出かけて行ってしまった。

 

 フラミーとソリュシャンは小さな家の中で膝を抱えて、小さなカップであっという間にティータイムを終えた。一口で飲めてしまうお茶なのだから本当に「あっ」と言う間だ。味も分かるような分からないようなものだった。

「もっといかがですか!」「たくさんお淹れいたします!」

「いえ、もう結構です。ソリュシャンは?」

「私も結構でございます。」

 妖精達は少し残念そうにしたが、つまらない思いをさせまいとすぐさま話を始めた。

 

 それは、この森での不思議な暮らしの物語だった。

 まず早朝に銀色草原に出てバロメッツに与えるための草刈りをするという事。銀色草原の草もバロメッツ同様に寒いところでよく育ち、バロメッツの大好物だそう。妖精(シーオーク)達はもう少し暖かくなるまでは皆がバロメッツの羊毛に体中を包んでもこもこになって暮らすとか。

 それから、週に三度は開かれる真夜中のダンスの集まりに、満月の夜には迷い込ませた亜人や異形も参加させて朝まで踊り回るという話。亜人達は足がすり減るまで妖精達の持つ特殊技術(スキル)で踊りが止まらないようにし、歩けなくなったところで殺してバロメッツの肥料にするらしい。ちなみにダンスの会には絶品のぶどう酒が出るそうだ。ダンスを踊っているとキノコが円形に生えてきて、それもまた美味しいとか。

 最後に、家にする為にくり抜いた木々には天井と床に『S(ソウエイル)』――命」と「Y(エイワズ)――再生」のルーンを刻むことで、死なずに青々と育ち続けていると言う話。

 見たことも聞いたこともない異文化達だった。

 

「えーと、えーと…他には…。」「およその国の王妃さまなんて初めてで…。」「誰か竪琴師(ハーパー)を呼びにいって!」

 妖精達はこれ以上何を話せばいいのか分からないようで、相談を始めた。フラミーはソリュシャンの隣にある小さな書棚に収められる本達の題名に目を走らせる。が、妖精の言葉なのか読めるものは一つもない。

 妖精達が輪になり相談をしている中、魔法のモノクルを装備する。

『バロメッツの正しい飼育方法』、『妖精《シーオーク》のならわし』、『おいしい花茶大全集』、『空の番人ポイニクス・ロードと越冬』――『ルーン魔術』などと言う題だった。

 どれもこれも実に気になる内容だ。

 

 特にルーン魔術は大変気になる。しかし、小さくなって座っている為に腰が疲れてきていた。痛みはないが、疲労を無効化していないフラミーには辛い。

「皆さん、もうおもてなしは大丈夫です。」

「「「「え!!!」」」

 妖精達の焦るような顔に苦笑する。

「ここは私には少し狭くって。外で腰を伸ばしてもいいですか?」

 妖精は何も言っていないが、ソリュシャンは当たり前のように扉を開けた。

「フラミー様、どうぞ。」

 遅れて妖精達もどうぞどうぞと外へ促す。

 フラミーは入ってきたときのように箱のように小さくなり這いつくばって外に出た。

 

+

 

 一方アインズはエ・ランテルのルーン工匠――ゴンド・ファイアビアドの下を訪れていた。

「ゴンド、久しいな。忙しいところすまない。」

「神王陛下、ご無沙汰ですのう。何、陛下の為でしたら手も止めましょうぞ!」

 工房の外からは多くの山小人(ドワーフ)と数人の地の小人精霊(ノーム)が中を覗き込んでいる。皆ちゃんと休んでるか、イツマデが付いている者はいるか、と小さな声で確認し合っていた。

 工房の窯の上にはアインズが以前渡した二十もの紫のルーンが刻み込まれた短剣が飾られている。鋭い一振りの刃には強い魔法の輝きが宿っていて、まるで「私に挑戦してみろ」と言わんばかりだ。窯の火はアインズが点けてやって以来、ゴウゴウと燃え続けている。壁には金槌やヤットコ、銑鉄(せんてつ)を入れた道具袋の類が掛けられたり並べられたりしている。

「それで、今日はまた監査ですかな?」

「いや、今日はお前達にルーンのことを聞きに来た。――これを見てくれ。」

 アインズは懐から一枚の写真を取り出した。そこには銀色の草原に残っていたルーンの魔法陣が写し取られていた。

「ほほーう、こんなものは初めて見たのう!」

「この魔法陣が仮に魔法を発動するとして、お前達にも可能か?」

「この魔法陣を描いてみんことには分からんが…多分できないと思いますのう…。」

 ゴンドはふぅむ、と声を上げると、室内を覗き込んでいる老山小人(ドワーフ)を手招いた。

「おぬし、おぬし。これを見てくれんか。」

 入ってきたのは武器に四つものルーンを刻むことができる――彼の亡き父に次いで天才と言われる工匠だ。

「陛下、失礼いたします。」一度きちんと頭を下げ、ゴンドの隣に掛ける。

 

「おぬし、これを描いて魔法を発動させることは可能かの?」

「…武器に刻んだ事しかないから分からんが…儂等は魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないから難しい気がするのう。」

「ではルーン工匠に魔法詠唱者(マジックキャスター)はいないか?その者に試させたい。」

 

 ルーン工匠の職業(クラス)を持たない者がルーンを刻んでも魔化は行えないし、ルーンに力が篭らないため、アインズのようなただの魔法詠唱者(マジックキャスター)ではダメだ。アインズは期待するようにゴンドど老山小人(ドワーフ)を見た。

 

 しかし――

「お言葉ですが陛下。ルーンは刻む者のルーンに対する知識や理解が足りなければ、その効果を十全に発揮することはないんですじゃよ。つまり、この魔法陣への理解――それも、恐らく、この草や蔓の絵ひとつひとつや配置の理由に至るまで、全てをすっかり理解しなければ、例え魔法詠唱者(マジックキャスター)のルーン工匠が居ったとしても魔力は解放されないと思われますぞ。まぁ……ここまで言っておいてなんじゃが、魔法詠唱者(マジックキャスター)のルーン工匠はおらんのですが。」

 アインズがダメかと軽く頭を抱えそうになっていると、老山小人(ドワーフ)は続けた。

「――ですが陛下、文字の持つ意味だけならすぐにも分かりますが、お伝えいたしますか?」

「頼む。」

「まずルーンには下位文字五十に、中位文字二十五、そして上位文字十、最上位文字五の全九十文字ですじゃ。後は裏文字や神位文字が何文字かありまする。」

 

 アインズが知っているルーン文字は二十四文字なので、よほど数が多い。アインズの持つルーン知識の大半はタブラ・スマラグディナから聞いた話だ。

 神話オタクだった彼は、ルーンを「神とそれに連なる者達の文字なんですよ、モモンガさん」と嬉しそうに語っていた。

 ――しかし、アインズが知っていることは非常に少なく曖昧だ。当然文字一つ一つの意味はほとんど覚えていない。

 

 老山小人(ドワーフ)は『O』を指さした。

「これに書かれておるのは全て中位文字なのですが、まずこれはオシラ。分離や後退、時には土地を意味します。儂等が刻印することはほとんどありませんですじゃ。」

 続いて『X』を指さす。

「これはスリサズ。トゲや巨人を表すことが多いですが、警告や門の意味も持っておりまする。ルーン武器に刻む時にはトゲとしての魔力を引き出し、刺突時の切れ味を増します。」

 最後に『K』。

「カノです。開始と炎を司る文字で、近頃では(ツカ)に開始の意味を持たせて入れ、更に刀身には火の意味を持たせて入れとります。柄を握って抜剣すると炎を纏う様にできる、というわけですじゃわい!」

 アインズはそれを聞くと、なるほどと手元にメモを取った。

O(オシラ)――土地と分離。X(スリサズ)――トゲと巨人、もしくは警告と門。K(カノ)――炎と開始。なるほど……。」

 漠然とアインズの中でこの魔法陣の正体が形を作り出す。

「お前達はこれを何の魔法陣だと思う。」

 二人の山小人(ドワーフ)は腕を組み、よく似た顔で唸り声を上げた。

 

「ルーンのこんな使い方は初めてですからのう…。完全に想像に過ぎませんがよろしいでしょうか?」

「もちろん。」

 老山小人(ドワーフ)は軽く居住まいを正した。

「儂が思うにこれは土塊からゴーレムを焼き上げて生み出すものか――もしくは転移の魔法陣かと思いますじゃ。」

「やはりそうか…。ゴンドはどう思う。」

「儂も同じくですのう。ただ、地面とはいえ…三つも中位のルーンを地面に刻むなんて――」ゴンドがそういうと、老山小人(ドワーフ)が続けた。「――相当な凄腕じゃな。陛下、これを行った者は今どちらに?」

「今追っているところだ。分かり次第連れて来よう。」そう言うとアインズは立ち上がった。「突然来て悪かったな。手数をかけて悪かったが、お前達の話は非常に参考になった。」

 二人は少し照れ臭そうにし、アインズを見送るために立ち上がった。

「いえ、またいつでも来て貰って構いませんぞい!」

「感謝する。ではな。」

 メモを大切そうに自分の持つ空間に仕舞い込むと、急ぐように転移門(ゲート)を開き立ち去った。




新しいことに挑戦してるジッキンゲン
ルーンと、ルーンの神話について調べる時間が長すぎました

次回#96 豊穣の源

ドワーフの都市であるフェオ・ベルカナ、フェオ・ジュラ、フェオ・ライゾは全部ルーンの名前だったと学びました!(今更
フェオ…財産、家畜、所有
ベルカナ…成長、再生、解放
ジュラ…収穫、年、実りの季節
ライゾ…旅、コミュニケーション
生活とルーンが本当に密接だったんですねぇ

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