眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#97 雑話 束縛と欠乏

 アインズは銀色の草原にある魔法陣の前で大量の書物に囲まれていた。

 どれも最古図書館(アッシュールバニパル)より持ち出してきた、ルーン文字について書かれているもので、中には世界樹(ユグドラシル)について書かれている本もある。

 

 フラミーと連絡が取れないまま、無為に時間は過ぎ、ルーンの刻まれた魔法陣しか手掛かりもなく、骨の身だというのに焦りは募るばかりだった。

 ひたすらにルーン文字について読み漁る。

 アインズは一冊一冊を読むごとに隣に控えるパンドラズ・アクターに、そして煌王国の経過観察から帰ったデミウルゴスに渡して行った。三人ともなりふり構っていられないとでも言うように地面に座っている。

 アインズは自分より、よほど賢く、知識が豊富な二人が何かに気付けないかと期待せずにはいられない。

 無言の三人がひたすらにページをめくって行く。

 辺りをデミウルゴスの悪魔やシャルティアの眷属、アウラの魔獣、カキンちゃんの背に乗るマーレとコキュートスが探し回っている。

 

「アインズ様、我々のいたユグドラシルにはこのような――オーディンなる神がいたのですね。」

 その言葉はデミウルゴスによるものだ。デミウルゴスの浅黒いはずの顔はずっと蒼白で、気分が悪いのか口元を押さえていた。

 アインズは自身の焦燥を抑え「オーディンか、懐かしいな…」と呟いた。

 ルーン文字はそもそもオーディンという神が世界樹(ユグドラシル)に自らの首を吊り、九日九晩を経て得た文字だ――と、どの文献にも書かれている。

 

 アインズは大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』に思考を巡らせる。アインズがユグドラシルを始めてからアインズ・ウール・ゴウンを結成し、ギルドが最高潮を迎えた頃に行われた大型アップデート。

 そのストーリーである「ニーベルングの指輪」では、オーディンの娘達を戦乙女(ヴァルキュリア)と呼び、それを九人と定めていた。

 天使召喚の超位魔法、<指輪の戦乙女たち(ニーベルング・Ⅰ)>が実装されたのもこの頃だ。他にも竜種族に大ダメージを与える<竜殺しの英雄(ニーベルング・Ⅱ)>、敵対者の超位魔法の発動残数を減らす嫌がらせ超位魔法<神々の黄昏(ニーベルング・Ⅲ)>が盛り込まれた。

 それはさておき、『ヴァルキュリアの失墜』導入後、かつて天空城もあったアースガルズにできた、グラズヘイムと呼ばれる神殿にアインズ・ウール・ゴウンのメンバーで突入した事がある。そこにはオーディンの持つヴァルハラという宮があり、オーディンの娘(ヴァルキュリア)達が<死せる勇者の魂(エインヘリヤル)>を大量に出して襲いかかってきたものだ。ヴァルキュリアは戦士の魂をヴァルハラに連れて行くと言う神話に基づき、ヴァルハラ内での死亡は通常よりもデスペナルティが重かった。

 その時にはフラミーはウルベルトやタブラのいるチームと同行し、アインズはやまいこやぷにっととチームを組んで――

 懐かしさを振り払う。

「オーディンの娘達はとんでもなかったが、皆始末したものだ…。ブリュンヒルデ以外はどの娘も勝気だったな。」

 一部の変態プレイヤーには凄まじい人気だった。

 デミウルゴスからの視線は崇拝に近い。

 

「父上、フラミー様がその時の無念を晴らそうと、オーディンによりユグドラシルへ攫われていたら…どうすれば…。」

 パンドラズ・アクターがそう言うと、アインズは手の中の本から視線を上げもせずに答える。

「ルーンがオーディンの生み出した文字だからか?もしユグドラシルにあるヴァルハラに連れ去られていれば、神を殺してでも取り戻さなければなるまい。しかし、オーディンの可能性は非常に低い。」

 読んでいた本をパタン、と閉じ、デミウルゴスに送った。アインズの中に考慮しなければならない一つの可能性が浮かぶ。

「――とは言え、ユグドラシルへ…か。あの不愉快な竜王に会いに行くべきだろうか。」アインズはちらりと世界転移門(ワールドゲート)によく似た転移門(ゲート)へ視線を送った。

「あの竜王、でごさいますか?」

「あぁ。腐った竜王だ。やつがどこに暮らしているのかツアーに聞いてみるか。」

 アインズに渡された本からデミウルゴスが視線を上げる。

「…アインズ様、腐った竜王とは朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)で?」

 

「そんな名前だったな。あれがもし余計な真似をしてフラミーさんをユグドラシルやリアルに送り帰しているようなことがあれば――」ギチィリ…と握り締められたギルド武器が悲鳴を上げる。

 アインズから溢れ出た黒い殺気から逃げ出すように草の陰から大量の雀や虫達が飛び去って行った。

「――竜王には絶滅してもらう。ツアーがなんと言おうとな。」

 その怒気は一帯を包み込み、それまで眷属の指揮をしていたシャルティアや魔獣を操っていたアウラ、カキンちゃんの背に乗るコキュートスとマーレを振り向かせた。

 全員の顔がサァッと青くなる事に気づきもせず、押さえ込まれてもすぐに新しい憤怒がアインズを塗りつぶす。

 

「ち、父上、非常に低い可能性を持ち出し、申し訳ありませんでした。お怒りを、お、お静めください。」

 パンドラズ・アクターの声に怯えの色を感じ取り、アインズの下には冷静さが戻る。まだ何が犯人かもわかっていないと言うのに無意味な真似をした。

 出来もしない息を大きく吐き出す。心に宿った身を焼く炎を吐き出すつもりで。

「………いや、すべての可能性を考慮するべきだ。しかし、確定してもいない事で腹を立ててすまなかった。パンドラズ・アクター、デミウルゴス、今の失態は忘れてくれ。」

「父上がそう仰るのなら全てを忘れます…。」

「アインズ様が命じるのならばそのように。」

 

 二人の息子が頭を下げる横にぽつん、と転移門(ゲート)が開く。

 三人が期待を込めてそれを見ると、中からはアルベドが飛び出した。

「アインズ様!!」

「アルベドか…どうした。ナザリックに何かあったか。」

 腰を浮かし掛ける中、アルベドはアインズの前に膝をついた。

「ナザリックは何も!ですから…アインズ様!どうか私にも捜索への参加をお許しください!!」

「却下だ。フラミーさんの行方不明の原因が分からない今、お前まで外に出てはナザリックを危険に晒すことになる。それが分からないお前ではないだろう。」

 絶世の美女が悲しげな顔をする。それに心動かされない男はいない。そして特に仲間達が創った存在にそういった表情をされれば、アンデッドのアインズでも罪悪感や焦りが生まれる。

「であれば!私の下にフラミー様を捜索するチームを編成させて下さい!!」

 嗚咽に混じって「どうか……どうか……」と繰り返される言葉は祈りのようで、血を吐くような叫びでもあった。

 涙でぐしゃぐしゃになるアルベドの顔に、今がどれほどの非常事態なのかを思い知らされる。

 そっとフラミーに触れて来たように極めて優しく涙を拭ってやる。

「……分かった。ではパンドラズ・アクターを使え。」

 息子は冷静を装っているが、愛する者の喪失を前に時折その姿が揺らめいているし、アインズがこれなのだからいつ何処に飛び出し暴走を始めるか分からなかった。アインズがまともでいられるのは、このアンデッドの身と――血肉を分けた息子(ナインズ)が存在するからだ。

「ありがとうございます!パンドラズ・アクター、なんとしてもフラミー様を見つけてみせましょう!!」

 アルベドの嬉しそうな顔とは裏腹にパンドラズ・アクターは不快そうだった。

 

「父上、私は私でこうして動いていますし、何も統括殿の下に付く必要性を感じません!」

「パンドラズ・アクター、私もそうだが……お前も少し冷静になる為に一度頭を空っぽにしてアルベドの下に付くんだ。またあの姿にだけはなるな。」

 

 パンドラズ・アクターはその言葉で、何故自分がわざわざアルベドの下に付けられたのか理解したようだった。

「……かしこまりました。」

「分かればいい。アルベド、パンドラズ・アクターの下に付ける部下を選ぶとしよう。ひとまずは階層に配置している者を引き上げるのではなく新たに生み出す。何をどれくらい欲しい。」

「いえ!パンドラズ・アクターに至高の御身へと変身してもらい、アンデッドを作らせるので、後は大丈夫でございます!」

「そうか。では、アルベド、お前は一度ナザリックに戻れ。パンドラズ・アクターと連絡を取り合いお前の思う捜索をしろ。」

 アルベドは深々と頭を下げ、嬉しそうにナザリックへ戻った。

 すぐにパンドラズ・アクターはアインズに姿を変え、アルベドと伝言(メッセージ)でやり取りを始める。

「やれやれ…。」

 アインズは本の山から離れると、一人、たった一つの手掛かりの魔法陣を睨み付けた。

 地図をその手に多くの魔法を唱える。

 そして、最後に――「<物体発見(ロケート・オブジェクト)>…。」

 魔法は四回も唱えられた。フラミーのタツノオトシゴの杖、デミウルゴスに渡された蕾、お気に入りのピアス、今日着ていたローブ、どれを探してもひとつも引っかかるものは無い。

「………糞。」

 落ち着いている振りをしてもアインズの中には(さざなみ)のように感情が打ち寄せる。不安に思っている子供達の前でアインズはこれ以上不安を煽るような真似はできない。

「………フラミーさん、どこにいるんですか…。」

 銀色の地平を眺めるアインズの声は静かに流れて消えた。

 

+

 

「春を総べたもう金の瞳の君、始めまして。僕が現在の妖精王の地位に就いている者です。」

 朝露に濡れたようなおかっぱの髪がさらりとなびき、小さな青年が頭を下げるとフラミーも頭を下げた。

「こんにちは、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国のフラミーです。フラミーって呼んでください。」

「魔道王妃陛下でらっしゃいます。」とソリュシャンが付け足す。それぞれ木の上や地面、花の上に座っていた妖精(シーオーク)達が頭を下げる。

「立ち話もなんです、是非王樹へ――と言いたいところですが、フラミーさまには少しばかり窮屈やもしれません。どうぞそちらのキノコへお掛け下さい。」

 わくわくしている様子の妖精王が王樹に寄り添うキノコを勧めると、キノコの上にいた楽隊は王樹の脇へと移動していった。

「ありがとうございます。妖精王様はお名前は?」

「オーベロンを名乗っておりますが、名跡(みょうせき)のようなものなので呼ぶ者はあまりおりません。敬称は不要ですので、妖精王とお呼びください!」

 フラミーはその名を聞くと「オーベロン?」と繰り返した。

「妖精王の地位に着くと生まれた時に持った名を捨てオーベロンを襲名します。二百年前にルーン工王が銀色草原に迷い込んだ時に、当時の妖精王をオーベロンと呼んで以来のならわしです。」

「"ヴァルキュリアの失墜"で入ったニーベルング族の妖精王の名前…。ルーン工王はプレイヤーだったんですか?」

「ぷれいやー、とは何でしょう?」何も分からないのか、ちっとも興味がないのか、若々しい王は愛らしく首を傾げた。「さぁ、それよりポイニクス・ロードを捕らえたと収集隊のビリエより聞いております!」

「あ、はい!そうなんです。ポイニクス・ロードがここの暮らしに必要不可欠な存在だと言うことは皆さんからもう十分に聞いてます。」

「でしたら話が早い!これまでポイニクス・ロードの羽がうまく手に入らなかった時、凍える者がおりました!」妖精王は嬉しそうにくるりと飛ぶと続けた。「フラミーさま、僕はルーンの力を妖精(シーオーク)の中でも一番うまく扱えます。ですが、ポイニクス・ロード程の魔物を捕らえて置けるほどの力はありません。」

 

 フラミーはうんうん、とうなずいた。

 

「ご協力しますから、安心してくださいね。」

「素晴らしい春の女神、王妃陛下に感謝を!では――フラミーさまにはこちらで心地よく暮らして頂けるよう、我々も精一杯努めさせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします!すぐにでもフラミーさまの家を用意し、お好きなバロメッツもたくさんお庭に植えさせていただきましょう!」

 

 ばかにご機嫌に妖精王がそう言うとワァッ!と妖精(シーオーク)達が歓声を上げた。パステルカラーの花弁が舞い降り、頭上高く聳える王樹が風に揺れて踊るような木漏れ日を落とす。妖精(シーオーク)達が円になって踊り始めると、その円からはぽこぽこと小さなキノコが生え、キノコにも小さな足がにょきりと生えて踊り出す。湖は喜びから目もくらむような輝きを放ち、もし自分の家の窓から眺められたらどれほど素晴らしい景色だったろう。

 だが、フラミーの背は冷たくなった。

 

「え!?そ、そう言う話ですか!?待ってください、私ここでは暮らせません!」

 

 ガーンッと音が鳴ったようだった。足が生えたはずのキノコ達はすぐに地面に張り付き、妖精(シーオーク)達の踊りは止まった。

 

「く、暮らしていただけない?ここはとっても素敵なところですよ!フラミーさまにはポイニクス・ロードに捕縛の魔法を掛けてさえ頂けたら、後は歌って踊って、好きな時にお昼寝して、お腹いっぱいバロメッツを召し上がって頂いて、ヒイラギの実よりも鮮やかなドレスをお召し頂いて、毎日新しい花でその身を飾っていただけます!夜通しダンスをして、朝には湖に浮かぶ朝日を眺めて皆で寄り添って眠りに落ちる…――それはそれは夢のような生活ですよ!」

 

 妖精王は誰もが憧れるような生活を並べるが――そんなものはもうナザリックでいっぱいだ。

「妖精王様、私の国の一部になって下さい。そうすれば私の家に連れ帰るポイニクス・ロードから羽を分けてあげますから。」

「フラミーさまにここに留まっていただければ何の問題もないように思います!日が落ちれば木々を揺らす風がシンフォニーを奏でるので、フラミーさまもそれを聞けばきっとここをお好きになりますよ!」

「できません!私には夫も子供達も国もあります!」

「ああフラミーさま、そうおっしゃらず!」

 フラミーが腰を上げると、ソリュシャンと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)からズキズキするような怒りの波動が流れ出る。

 妖精王は何かを言おうとしたが、周りの妖精(シーオーク)達とぱくぱくと魚のように口を動かし、ライオンに睨まれたネズミのように動きを止めた。

 すると、フラミーの手首の"N(二イド)"が再び燃えた。それは四回、まるでフラミーを呼ぶようだった。

「束縛と欠乏がまた…?」

 フラミーが呟くと――里中に響くような「エエエエ」と獣の鳴き声がした。フラミー達が起こしたものではない。

 森がざわめく。鳴き声は地を揺らし、ドドド…と凄まじい足音がこちらへ向かって急接近してくる。

 フラミーはいいお友達になれそうだったのに、と心の底から残念に思った。そして、自分よりも弱い僕たちを守るため、一歩前へ出て自らの杖を構える。

 ソリュシャンや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達は足音が響く方へ振り返ると口元を歪めた。

 空気がしなったと思った瞬間、フラミーは叫んだ。




結局妖精滅ぼす事になるの?(*⁰▿⁰*)

次回#98 存在の隠匿

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