「よく分かんないけど、寒い冬が嫌ならフラミーさまに差し上げるバロメッツを用意しなきゃいけないんだって〜。」
エシルは他の農家仲間を自分の区画に呼び出していた。
「えー?フラミーさまは春の女神なの?」
農家仲間が聞くと、エシルは取り敢えずうなずいた。
「分かんないけどそうなんじゃないのかなぁ。王妃さまだって言ってたけど、優しい人だったし。」
すると、ここより遠くの区画を持っている農家仲間が口を開いた。
「エシル、フラミーさまはポイニクス・ロードを捕まえたんだよ。」
「え?ポイニクス・ロードって捕まえられるものなの?」
「さっきあっちの畑の間を通って行かれたもん。ポイニクス・ロードを蜘蛛が運んでた。」
「蜘蛛が?へぇ〜面白いねぇ!」
バロメッツ達がふんふんとエシルの耳元で鼻を鳴らし、くすくすと楽しげな笑いが漏れる。
「ポイニクス・ロードと交換だって知ってたら、ソリュシャンの髪の毛が欲しいなんてわがまま言わなかったのになぁ!」
「髪の毛ー?」
「そそ!従者の金色の綺麗な髪の毛!だけど、
「え〜、春の女神になってくれる人の従者の髪を切らせるなんていーけないんだーいけないんだー。」
一人が歌いだすと、皆歌い出し、ちょろちょろと踊り出した。
「ちゃんと返したし、フラミーさまは許してくれたもんね〜!」
エシルも踊りに混ざろうとすると――ふとフラミーの描いたルーンが目に入った。
「あらら?フラミーさまのルーンがまだ動いてる。」
文字として機能しない程度まで歪むと普通はそれで歪みは収まる。しかし、フラミーの書いた物は未だに形を変え続けていた。
「フラミーさまってルーン魔術が使えるのー?」
「わかんないけど、魔力はこもったんだよー。」
皆でしゃがみ込んでフラミーの杖の跡を眺めていると、そこから、ふと黒いにょろにょろした木が生えた。
「――え?なぁに?これ。」
ツン、と触るとにょろにょろは二本、三本、と増え、ついには地面から吹き上がるようにそれは姿を現した。
"メェェェェェエエエエエエ!!!"
人間の腰くらいの高さのそれは、山羊のような大声を出した。国中に響いたのではないかと言うほどの獣の叫び声だ。
「っえぇ!?カブが生えた!!フラミーさまのカブだぁ!!」
「バロメッツの仲間かな?初めて見るカブだね!」
「フラミーさまのカブラ山羊!!」
「おいしそー!春の女神は命も産むんだ!」
カブラ山羊の周りをエシル達がフラミーさまフラミーさまと言っていると、カブラ山羊はふんふんと辺りを見渡した。
「カブラ山羊が増えるように何かルーン刻んでやろうよ!」
「いいねぇ!あ、私は今日はもう刻んじゃったから、誰かやって。」
エシルができないと知ると、農家仲間がナイフを取り出した。バロメッツにしてやるようにナイフで豊穣の源を刻もうとすると、ナイフは黒い皮に触れる直前にピッと砕けた。
「あら?なんかナイフ壊れちゃった。エシル、ナイフ貸してぇ。」
「はい、どーぞ。」
新しいナイフを手に、気を取り直してその黒い皮膚にナイフを突き立てようとすると、カブは「メェ。」と一言発し、再びナイフは砕けた。
「えぇ、なんかおかしいよ。」
「ナイフでダメなら、書いてやったら?」
「うーん、そうしようか。」
ポシェットから小さなインク壺を取り出し、にょろにょろと動く触手を避けて書き込もうと指をインクに浸した。
すると、カブラ山羊はぴょこんっ!と飛び跳ね、突然走り出した。
「あ!ちょっと!待ってよー!」
「根っこがちゃんとついてないから走っちゃったよ!困った山羊だなぁ!」
エシル達は慌てて飛び始めた。
カブラ山羊は可愛らしい短い足をドタドタと鳴らし、走って行く。
「は、はやい…!」
お昼時でお腹も空いた。皆精一杯翅を動かし、一心不乱にカブラ山羊を追って飛ぶ。体がどんどん重く感じられ、一人、二人と農家仲間が速度と高度を落としてはずれて行く中、エシルはひぃひぃ言いながらも懸命に追いかけた。
「ま、まってよぉー!そ、そこはダメだよ!!」
カブラ山羊は決して道を通らず、木々の茂った所や、藪の中をズンズン進んでいく。斜面を突き進み、登り詰めたあたりで、カブラ山羊は突然足を止めた。
向こうには王樹が見えていた。
「メェェェェェエエエエエエ!!」
大きな鳴き声をもう一度上げると、たちまち転がり落ちるように王樹へ突進して行った。
「えぇ!?まずいまずい!!」
エシルはくにょくにょしている触手にひっつかまると、突撃して行くカブラ山羊を懸命に引っ張った。
「止まって!止まってー!!っぅわ!?」
ガブラ山羊はまるで地滑りのような力とスピードで、ぶいぶいと蠢く触手は捕まっているだけで精一杯だ。カブラ山羊は王樹の脇を駆け抜け、正面へ回った。
「おにぎり君!?」
一人身構えているフラミーが叫んだ。フラミーに向かって駆け抜け、カブラ山羊はジャンプするとフラミーに激突した。ソリュシャンと蜘蛛達はそれを安心したように微笑んで見ていた。
「メェ。」
「どうして?おにぎり君どうやってここに来たの!」
メェメェとたくさんある口で喋り続けるカブラ山羊から、目を回したエシルは手を離し、きゅーと落っこちて行った。
「っあ、エシルさん!大丈夫ですか?」地面に落っこちる前にフラミーが手のひらで受け止めると、ぐるぐる回る視界の中、なんとか口を開く。
「あぁあ〜ふらみーさま〜、そりゅしゃ〜ん。かぶらやぎが〜ふらみーさまのるーんからうまれてきた〜。」
そのままキュウ…とエシルは伸びた。
「え、えぇ…?私のルーンから…?」
フラミーは片腕で抱いているどう見てもおにぎり君である黒い子山羊に視線を戻した。
「フラミーさま、エシルがすみません。」
ビリエが寄って来ると、フラミーはそっとエシルを渡した。
「いえ、それはいいんですけど…。あなたおにぎり君ですよね?」
よく見ると顔中に土をつけ、むさくるしい様子だ。おにぎり君はハッハッ!と嬉しそうに全ての口で呼吸をし、うなずいた。
「アインズさんは一緒?」
おにぎり君はフラミーに下ろされるとぶんぶんと体を振った。その拍子に土が飛ぶ。
「ンン。おにぎり君、いくらフラミー様に生み出されたとは言え、そのような真似をしては不敬ですわ。」
ソリュシャンから注意されると、おにぎり君は触手を少し垂らした。反省しているようだった。
妖精王はおにぎり君をすりすりと触るとフラミーに向き直りなおした。
「フラミーさまがカブと山羊の方がお好きなら、これをなんとか増やしてお庭に植えましょう!」
「…妖精王様、この山羊は増える生き物じゃありません。ともかく、私はここに暮らすことはできませんし、ポイニクス・ロードの羽はちゃんと必要なだけあげますから、私の神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国に降ってください。」
「しかしここは妖精の隠れ里!必要以上にフラミーさま達のように大きな生き物は入れられません。地を歩くものが増えるという事はそれだけこの里中に張り巡らされたルーン魔術による結界を踏まれて消される危険があると言うことです。木の植え方一つ、道の巡らせ方一つも魔法が籠るように気を配って里を作っているのです。」
フラミーは辺りを見渡し、魔法を唱えた。
「――<
魔法に呼ばれるように、里中とフラミーに刻まれたルーンから力を感じる。
「僕たち
言葉の通じる者たちならやめろと言えば済むが鳥、虫、獣まで相手となるとまた話は変わるだろう。
「…事情は分かりました。ルーンの結界が崩れないようにする為にも、ここの存在は秘匿します。それでどうですか?」
「それならば何故国に降るように仰るんですか?」
世界征服と技術の制限の為――そうは言えない。フラミーは僅かに悩むと口を開いた。
「私、ルーン魔術を教えて欲しいんです。私のルーンには魔力が篭るんですって。この黒い子山羊をルーンで呼べた……らしいんで、きっと私はルーンを使えるようになります。それに、家の国の
「…ルーン魔術をお教えし、かわりにポイニクス・ロードの羽を頂く。――これだけではフラミーさまがルーン魔術を習得したところで約束は終了してしまう…。しかし、妖精の里がフラミーさまの物となり
「……そ、そうです。いかが…?」
フラミーは少し不安そうに杖をもじりと触った。
うら若き妖精王はフラミーへ手を伸ばした。
「それでしたら、僕たちはフラミーさまに――」
妖精王がそう言うと、地が揺れた。
時を同じくして、蒼くどこまでも広がる空に奇妙な違和感を覚える。
ご機嫌な陽光を遮る黒雲――それも雨雲を思わせる分厚い雲が掛かった。
「な、なんです…?」
「分かりません…。こんなことは初めてです…。」
妖精王は訳がわからないとばかりに首を振り、皆空を見上げた。まるで妖精の里の上だけに雨雲はかかるようで、誰かが雲を召喚したようだった。
雲は里を中心に渦巻きながら、範囲をどんどん広げていく。
異常事態だ。
黒雲が完全に天空を覆うと、雲からひとつの
靄の中におぞましい無数の顔が浮かぶ。どれも無限の苦痛を訴えるようで、冷たい風に乗って啜り泣く声や、怨嗟の声、断末魔が聞こえてくる。
(アインズさんのアンデッド…?でも、連絡は来てないし…野良…?)
ここにアインズが来られる理由もアンデッドを放つ理由も無い。フラミーは無造作に空へ向けて手を打ち鳴らした。
パンっと乾いた音が鳴るとアンデッドを軽々と消滅させた。
「そ、それほどまでに力の差が…。」
妖精王の喘ぐような声が響いた。通常はアンデッドを退散させるのが精一杯だが、圧倒的な力の開きがあるときには退散ではなく消滅させることができる。
危うく手に入ろうとしている里を襲われるところだった。
フラミーがほっと息を吐いた時、先程おにぎり君が突進して来た方角から沢山の
「妖精王!」
「皆、どうした?おぞましきアンデッドは春の女神が討って下さったよ!」
「あちらの道がめちゃくちゃになってます!!」「ルーンの術式が破壊されました!!」「里を囲む茨の向こうにアンデッドと魔獣が!!」
「な、なんだって…!?」妖精王は顔を真っ青にした。
視線は真っ直ぐおにぎり君へ向いた。フラミーもそれがどう言うことなのか理解すると、顔を真っ青にした。
「お、おにぎり君!!」
フラミーは訳のわかっていない様子のおにぎり君の触手をパンっと叩いた。
「すみません!おにぎり君、何かを壊したり踏み抜いたりしちゃダメって前に言ったでしょう!」
「メェェェェェ……。」
状況を理解し、申し訳なさそうにするがおにぎり君が謝罪したところでルーンの魔法陣は直らない。
「ルーンを刻める者は破壊された結界の修復と戦闘班に分かれるんだ!!フラミーさま、申し訳ありませんが、お力をお貸し頂けないでしょうか。」
フラミーは頷くと翼を広げて浮かび上がった。
「ソリュシャンとアサシンズも手伝ってください。おにぎり君も来なさい!」
ソリュシャンは優雅に頭を下げた。伏せられた顔は見えなかったが、いつもの優しく穏やかな笑みを浮かべているに違いない。
一人と一匹は妖精王達の後を追った。
その少し前の出来事――。
茨に囲まれた森から離れること一キロ以上。
草原にはポツリと一つの人影があった。
「消されましたか…。」
おぞましき骨の姿の者が呟く。身を翻すとその姿は一瞬パンドラズ・アクターの物へと戻り、またすぐに変化していく。
それは最初の九人で結成されたクラン、ナインズ・オウン・ゴールに在籍していた彼――"ナインズ・オウン・ゴールの目"とも呼ばれたぬーぼー姿だった。
探知の魔法を使って遠くの地、茨に囲まれた森をじっと眺めた。そのまるで動かない姿は置物か、人形のようにも勘違いしてしまうほどだ。わずかに肩の辺りが上下していなければ、実際にそう思ってもおかしくはなかった。
長く細い呼吸を繰り返しながら、異形は真剣な面持ちで茨の森を眺める。
異形は確信すると、黄色い本来の姿を取り戻し、こめかみに触れた。
「――<
『私だ。』
疲れたような声に胸が痛くなる。異形は創造主を喜ばせる最高の情報を口にした。
「父上、パンドラズ・アクターでございます。フラミー様がいると思われる場所が見つかりました。」
『何!!そうか!!でかしたぞ!!』
「父上の仰るとおり統括殿と組んだ甲斐がありました。すぐに
パンドラズ・アクターはすぐに神を迎えるための
「パンドラズ・アクター!」
駆け寄るように現れた父に一度優雅な礼を見せる。
「父上、あちらの茨に囲まれた森にフラミー様がいらっしゃるようです。先ほどぬーぼー様のお姿をお借りして探知魔法をいくつか試したところ、それまでは高度な隠蔽魔法を用いていたようです。」
パンドラズ・アクターが視線を投げる方にアインズの視線も吸い込まれる。
「……お前がすぐに迎えに行かないと言う事は、
それは絶対強者がいるのか、と言う問いだ。パンドラズ・アクターは手を胸に当て、深く頭を下げた。
「――は。先程
「お前のアンデッドを消すとはな。フラミーさんへの通信遮断に探知阻害と言い…こけにしてくれる。」
二人が茨の森を睨み付けていると、先程アインズが出てきた
皆それまでパンドラズ・アクターと連絡を取り合っていたアルベドから連絡を受けて来ているので、事態を把握している。
「相手が誰だか知らんが、まずは小手調べだ。フラミーさんを巻き込まないようにしろ。…パンドラズ・アクターが出した程度のアンデッドを消して調子付いているだろうが、出鼻を挫いてやれ。」
骨の眼窩に炎が燃える。守護者達は笑ったようだった。
次回#99
すごぉい!
見事に全てのリクエストを消化していく!!
フララに始原の魔法か新しい魔法
フララを行方不明にしてナザ勢げっそり
妖精出して