眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#29 収束、そして始動

 アインザックはプラムに近寄ろうとするが、隣の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)や青い蟲型モンスターの存在に足が止まる。

 いや、知能のあるアンデッドを死者の大魔法使い(エルダーリッチ)しか知らなかったが、恐らくそんな存在ではない事にアインザックはとうに気が付いていた。

 町から遠くに見えていた神話のようなあの戦いを誰が行ったのか本能が察する。市壁を突っ込んできた番外席次は認識できたが、それ以外は米粒のような大きさで殆ど見えなかった。

 

「君は森妖精(エルフ)ではなかったのか」

 大きな声を出しすぎたせいで衆目を集めてしまっていた。

 いや、この神聖な姿のプラムに近付けば静かに進んでもそうだったかもしれない。

 

「ははは、ど、どうも〜」

 いつもと変わらない様子で返事をするが、その背には神か神の使いだとしか思えない様な翼が煌めいていた。

「君はまさか……」

 謎に包まれた漆黒の英雄のバラバラだったピースがアインザックの中で全て繋がっていく。

 モモンは法国の出身者だと冒険者たちの中では有名な話だったじゃないか。

 そしてプラムを侮辱すれば殺され兼ねないと。

 それは、神と従者を意味していたのではないか。

 

「エ・ランテルを救う為だけに冒険者になってくれたのか……。モモン君も情報を欲していたな。もっと早くに我々が君に……いえ、あなた様に協力していたなら――」

 ズーラーノーン事件はここまで酷く爪痕を残すような事にはならなかったかもしれない。

 例えズーラーノーン事件を未然に防いだとしても、魔樹によって結局は滅茶苦茶になっていただろう――が、魔樹の襲来後生活する余裕は残ったかもしれない。

 次から次へと悔恨、自責の念が押し寄せる。

 このエ・ランテルを壊したのは他でもない自分でもあるのだ。

 

 今やエ・ランテルは人が生活して行ける街ではない。

 それこそ、超常的な力を持つ何者かが手を差し伸べてくれなければ。

 

 皆同じことを思ったのか、神聖魔導王に救いを求めるように視線を送っている。

 

「陛下、これから我々はどうやって生きていけば良いのでしょうか……」

 アインザックのつぶやきは、神聖魔導王に向けられていた。

 ランポッサを差し置いた言葉に、パナソレイとガゼフは驚いたが誰も注意することなく、やはり痛みを堪えるような顔をするだけだった。

 

 しかし、神聖魔導王は何も言わなかった。非常事態とは言え国境を侵犯してきているためか、ランポッサへ敬意を払ってのためか。

 

 代わりにランポッサⅢ世は、少しでも民を安心させようと言葉を紡いだ。

「復興に向け、国が一丸となって――」

「それが貴国にできますかな」

 ピシャリと言葉を遮ったのは帝国騎士を率いていた帝国第二将軍ナテル・イニエム・デイル・カーベインだった。

「我らが皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下であれば、見事エ・ランテルを復興させましょう」

 辺りに微妙な空気が漂う。

 周りの帝国騎士はハラハラした様子でカーベイン将軍を伺っていた。ここに集まっているほとんどの人間はエ・ランテルの――リ・エスティーゼ王国の民なのだから。

「これ以上は戦争にもなりますまい。我らも同胞を多く失いすぎた……。一時休戦です」

 そして背を向け続ける魔導王へ向かって頭を下げた。

「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。此度は人類を、エ・ランテルを、我が騎士達をお守り頂きありがとうございました。私は皇帝陛下でなく神王陛下であってもエ・ランテルを復興できると信じております」

 振り返らずに手を挙げるだけで応えるその背中は、とても大きかった。

 何を言いたいか分かっている、そう心配するなとでも言うように。

 周りのエ・ランテルの衛兵や冒険者、組合長達でさえ安堵に包まれたのが感じ取れた。

 偉大なる神々に深く頭を下げると、カーベインは部下が引いていた馬に飛び乗った。

「全軍、撤退!!」

「「「「「「「は!!」」」」」」」

 帝国騎士達は踵を返し、ぞろぞろと歩き出した。野営のセットは半分近くがザイトルクワエに踏み潰されていたので、使えるものの撤去は早かった。

 

 もはや誰が死んで誰が生き残ったのかもわからない状況だ。

 カーベインは馬の上で考えていた。

 皇帝ではエ・ランテルの復興はできない。いや、時間がかかりすぎるだろう。

 エ・ランテルを手に入れると言うことは、隣り合う事になる神聖魔導国を御さねばならないのだ。おそらく戦争をしながら復興させていくことになる。そうなれば神聖魔導国はエ・ランテルを手に入れるため敢えて長期戦へ持ち込むだろう。

 長期戦の先に待つのは、内部からの蜂起。外からも中からも打たれ、補給も心もとない。

(最悪のシナリオだな)

 忠臣として仕事はした。

 これ以上は皇帝に政治的判断を仰ぐしかない。少なくとも、今このままエ・ランテルを攻め続けるのは愚の骨頂だ。

 

 あの激しくも美しい戦いを思い出す。

 騎士もカーベインも、堪らず魔導王万歳の唱和に参加してしまったが、あれを見せられればそうしない方がおかしいと思えてならなかった。

 

「おい、皇帝陛下にはあの万雷の喝采は黙っておくぞ」

 カーベインは隣を行く馬上の副将軍に声をかけた。

「それはそうですよ。私達も一緒になって神王陛下万歳なんて言ったことがバレた日には粛清されてしまいます」

「ははは。その通りだな」

 二人はしばらく笑い合い、笑いが自然と止まる頃、カーベインは言葉を口の中で反芻した。

「――……神王陛下、か」

 

 仲間を失い、己も死ぬかと思った状況で差し伸べられた強く大きな手に帝国騎士達はすっかり魅了されていた。

 

+

 

 挨拶もそこそこに、アインズ達はナザリックに戻った。下手に声を発すればアインズがモモンだとバレてしまうかも知れなかったので静かに過ごした。

 結局あの後ザイトルクワエをくまなく調べたが、少し珍しい薬草が発見できたのみで目ぼしいものは何もなかった。あれだけのレベルのモンスターだったのだから、データクリスタルのひとつでも落としていないかと期待したが。

 期待はずれな枯れ木は吹き飛ばしてしまっても良いかと思ったが、デミウルゴスの提案により、魔樹の遺骸と"偉大な戦いの痕"は全てそのままだ。

 執務室ではアルベドの手によって王国に再度送られるエ・ランテル近辺の割譲を要求する文章が制作された。

 前回とは違い――苦しむ者は助けるという事、邪魔すれば粛清するという文が追加されて。

 

 今回、貴族派の貴族達はエ・ランテルまで帝国騎士が迫った時に、自領を守る必要があると言い残しさっさと立ち去ってしまった為魔樹との戦いは見ていない。王と共に死ぬかもしない戦地に残り、魔樹の脅威を目の当たりにしたのは王派閥の貴族だけだ。

 

 果たしてこの書状もどれだけの効果を発揮する物かとアルベドはペンを置いた。

「アルベドよ、疲れたのなら下がって良いのだぞ」

 アインズから掛けられる言葉に胸がほわりと温かくなった。

「いえ、とんでもございません。しかしアインズ様。先程国王がエ・ランテルにいた時、なぜ影の悪魔(シャドーデーモン)に始末させなかったのでしょう?ザイトルクワエのせいにする絶好のチャンスだったのように愚行いたします。そうすればエ・ランテルは、王国は今既に手中にあったのでは……?」

 

 何故か。

 アインズも当然それには思い至っていた。

 しかし――「今はいい。あそこには引き入れなければならない者がいる。万が一暗殺に勘付かれでもして、それの反感を買ってはいけないだろう」

 ガゼフ・ストロノーフ。

 自分ににはない、憧れの人と同じ輝きを持つ眩しき戦士長。

 アインズは彼が欲しかった。

 

「引き入れなければいけない者、でございますか……?人間にアインズ様の慧眼に叶うような者がおりましたでしょうか……?」

「ふふ。お前にはまだ難しいかもしれないな。だが、きっとお前にもわかるようになるとも」

 その優しい声音は何かを懐かしむようでもあった。

「さて、そろそろ玉座の間へ行く時間だろう。フラミーさんを待たせても悪い」

「――はい!参りましょう!」

 

+

 

「セバス、ソリュシャン、そしてシャルティアよ。王都へ向かい、王都の情報を収集するのだ。神聖魔導国の敏腕商人の娘と執事としてな。街の噂から我らが魔導国に関わることまで何一つとして漏らさず報告せよ。当面危険は無いと思われるが、ザイトルクワエの事もある。決して油断せず、三人で事に当たれ」

 

 支配者の言に頭を下げた三人はやる気に満ち溢れていた。

 特にシャルティアは守護者の中でも出遅れている事に焦りを感じていた。

 地表に近い階層を受け持つ者として殆ど外に出ていなかった為、未だに従属神の拘束と、森妖精(エルフ)の王の拘束と、無礼な白黒女の拘束しか行っていない。

 デミウルゴスとアルベドは言うに及ばず、コキュートスはこの短い期間で見事に蜥蜴人(リザードマン)集落を統治せしめ、次は近くの湿地の蛙人(トードマン)に忠誠を誓わせるよう動き始めていた。

 アウラとマーレは、法国潜入時若干の失敗もあったが、今や神聖魔導国スレイン州エイヴァーシャー市の"象徴王"として君臨している。

 マーレはフラミーとのお食事権を見事に手に入れた。

 温情でそこにアウラの出席も許されたほどだ。

 まだ何もできていないのは自分しかいない。

 ここで他の守護者達がアッと驚くほど見事な成果を上げて見せると、その目は爛々と光っていた。

 

 支配者達が立ち去った玉座の間で、並ぶ守護者達がその威光の残滓に浸っている中、シャルティアは一番に立ち上がった。

「この大役、何としても果たしてみせる!!」

 気合が入りまくったために音程が狂ったような声が響いた。

「……シャルティア様、あまり力みすぎると、お嬢様という役からキャラクター性が離れてしまうかと」

 セバスからの小言にシャルティアは軽く舌打ちをした。セバスもほとんど常に支配者達のどちらかにはべり、仕え続けている。シャルティアの気持ちなどわかるはずがない。

 

 シャルティアがセバスに不快げな視線を送っていると、アルベドが大きな咳払いを飛ばした。

「シャルティア、セバスのいう通りよ。特に、今回アインズ様は王国のことを何一つ漏らさず報告するように仰ったのは分かっていて?」

「当然分かっていんす。必ずやご期待に添えるようにやりきってみせんすよ」

「そう。その為に、あなたには一つヒントを伝えておくわ」

「……ヒント?」

「えぇ。アインズ様はここでははっきりとおっしゃらなかったけれど、執務室で私に教えてくださったことがあるわ」

 

 どこか勿体ぶった言い方に、シャルティアは若干の苛立ちを持って先を促した。

 

「――リ・エスティーゼ王国には、引き入れなければならない者(・・・・・・・・・・・・・)がいるそうよ。それも、人間でね」

「に、人間で?それは誰でありんすか?」

「分からないわ。私には。けれど、私にもわかるようになると仰っていたわ。つまり、あなたとセバス、ソリュシャンから送られてくる情報が正確ならば、私の方でその引き入れる者を精査できるはずよ。逆に、あなたからの報告に漏れがあれば、引き入れなければならない者は見つからない。わかった?」

 

「分かりんした!!」

 

 鼻息荒く、くわっと目を見開くシャルティアは、先ほどよりもよほど力んでいる。

 

 セバスとソリュシャンは目を見合わせ、ゆっくりと頷き合った。




漆黒聖典や魔導国の神官の皆さんは漆黒の英雄、モモンはどこから来たんだろうと今も思ってます。

ユズリハ様より現在の勢力図を頂きました!なんて分かりやすいんだ!

【挿絵表示】

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