エ・ナイウルの光の神殿、会議室には顔色の悪い神官が幾人も集まっていた。
顔色の悪さは、<
皆の手には書類。パラパラと患者達の経過観察の様子が書かれたものをめくって行く。
「人間と
ジーマ・クラスカンは疲労をにじませる声で神官達に告げた。
全員がその事に思い至っているようで、静かに頷く。
誰もが寝不足であり、休みを欲していると言うのが目の下に鎮座する濃いクマから読み取れる。しかし、休めば患者達は呼吸困難や高熱により命を落とすだろう。
患者の
患者達は会話ができるような状況ではない為、ジーマによる独断だ。最早治癒費で破産してしまうとか、そんな事を言っている場合ではない。一刻の猶予もない事態になっていて、健康な
うんざりする気持ちもあるが、連日の<
このままでは今光の神殿にいる
近くにある闇の神殿から応援の神官も来てくれているが、ここではないほかの光の神殿にも
「症状や特性は猛病とほとんど同じだが、人が罹る猛病は他者に広がるようなことはないし、罹ってすぐに命を落とすようなこともない。
静かな会議室には、隣の会議室や治療室から咳き込む声が響いた。
「……
そうできれば少しでも命を
何にしても<
誰も口を開かない時間が数秒流れると、扉が叩かれた。
皆の表情がまた暗くなる。
エ・ナイウルからはかなり
ジーマが軽く視線を送ると、一番扉に近かった神官がよろよろと立ち上がり、扉へ近付く。開かなければ患者はいないも同然だとでも言うような遅さだった。
開かれた扉から、<
「皆様、会議中に申し訳ありません。治療を受けたいと言う者が来ました。種族は人間です。」
思った種族とは違ったが、患者であることには違いなかった。
「…私が治そう。治癒室はいっぱいだから、礼拝堂で待っていただきなさい。」
「畏まりました。」
神官が扉を開けたまま離れると、ジーマは会議室にいる神官達に声をかけた。
「皆、十五分の休憩だ。私もすぐに治して戻ろう。」
「クラスカン様、お願いいたします。」
神官達は掛けている椅子にだらしなく座り、少しでも体力と魔力を回復させるべく各々休憩を始めた。
この溶け始めた面々と同じだけ働いているジーマも当然疲労している。休みたい気持ちは山々だが、この神殿の長として誰よりも働かなければなるまい。
ジーマはフッと息を吐き出し、会議室を後にした。
廊下には喉から血でも出てしまいそうな咳が響いており、これが礼拝堂にも聞こえていると思うと、何とも複雑な気持ちになる。
神聖なる堂内に、治癒できない者達の存在を喧伝する事になる。
自分たちの力が及ばない事に恥じ入りながら、足を進めた。
ジーマはここが土の神殿だった頃からこの神殿に仕えている。土の神を特別信仰していた訳ではないが、自らが幼かった日にこの神殿で手当てをして貰って以来この神殿に恩返しをしようと決め、信仰系魔法を修めて仕えてきた。
五年前のエ・ランテルの戦いの時にはすでに神官だった為、戦争には出ず、戦争から帰ってきた者達をここで迎えた。ほとんどの者達が歩くのがやっとの様子だった。そんな彼らに治癒を施し、何があったのかと尋ねた時、彼らは皆口々に光の神に復活させられたのだと笑った。
当時の土の神殿の長に、ここは闇の神殿ではなく光の神殿にしようと何度も訴え、この神殿は見事光の神殿に変わった。
それから一年もせずに当時の神殿長は高齢により退き、ジーマがこの神殿の長の地位に就いた。
(…私はこの場所で多くの人を救わねばならん…。)
ジーマは拳を握りしめ、そして、ある事にふと気がついた。
目の前の角を曲がれば礼拝堂で、来た道を戻った方に治癒室がある。
息苦しそうな咳は、ジーマの来た方からだけではなく――礼拝堂からも聞こえて来ていた。
無性に嫌な予感がする。
あまり褒められた行為ではないが、ジーマは駆け足で礼拝堂に入った。
先程新しい患者の来訪を伝えた神官に背をさすられ、咳き込んでいるのは、先日
――まさか、まさか。
神官と漁師が顔を上げると同時に、腰に下げていた
「私は神殿長であるジーマ・クラスカンです。早速ですが、治癒を!」
数度咳込むと、漁師はうなずいた。
「――<
魔法の力が漁師を包む。
辛そうな呼吸音がわずかに治り――漁師は軽く咳をした。治癒魔法による症状の緩和により少し顔色が良くなったが、完治に至った様子ではなかった。
「……あなたは先日亡くなられたクン・リー・ガル・タイさんのお友達の方ですね?」
「――クン・リー・ガル・タイの家族の、ジャンド・ハーンです…。」
「ハーンさん…。あなたも恐らく猛病に罹りました…。猛病は通常の治癒は効きません。」
ハーンは全てをわかっていたように、ただ冷静に耳を傾けた。
「昨日リ・エスティーゼ市の光の神殿に高位の神官を送って欲しいと手紙を書いたので、明日か明後日には治癒を行える神官が着きます。それまで、少し我慢してください。」
「……そうですか。そしたら…一回家に帰ります…。」
「今は
「いえ…お陰様で少し調子も良くなったんで。」
そうですか、とジーマが答えていると、ハーンは皮袋を取り出し、二枚の紙幣と一枚の硬貨を差し出した。
「――えっと、二千ウールと銀貨一枚で足りますか…?」
「えぇ。通常の治癒なので。五百ウールのお返しです。」
受け取った紙幣は何度か濡れた事があるのかふにゃふにゃしていた。紙幣という制度が登場してまだ三ヶ月程度だ。今でも一枚も紙幣を持っていない人はいる。大半の者は銅貨、銀貨、金貨での支払いと、新紙幣と新硬貨の支払いが混ざっている。神殿は当然国の機関――神の機関――の為、新紙幣と新硬貨を釣りとして出し、国中に新しい「金」が出回るよう一役買っている。
ふらふらとハーンが立ち上がると、ジーマは見送るためにその後を追った。
「明日また顔を出してください。もちろん、症状が重くなったり、辛くなったりしてもいつでもいらしてくださいね。」
「ありがとうございます…。」
「いえ。明日高位魔法の治療を受ける際には五万ウールが必要ですので、そこだけお気をつけ下さい。」
「ご、五万もですか…?」
通常の治療が二千五百ウールであることを考えると――「高く感じられるかもしれませんが…治癒に至るか分からないポーションを試すよりもずっとお安いと思いますよ。青ポーションで十一万ウール、第一位階ポーションも二十万ウール、第二位階ポーションが八十万ウール……。紫ポーションは百万ウールです。」
それに、かつてのことを思えば五万ウール程度ならかわいいものだ。漁師なら真面目に働けば一週間もあれば支払える。
「わ…わかりました…。」
日焼けした男がこうも弱った姿を見せると無性に胸が痛む。
ジーマはコフコフと軽い咳をするハーンの背中が、道の角を曲がって見えなくなるまで見送った。
そして、小走りで会議室へ向かう。
(…待てよ…。人から人へは――)
ジーマは一度足を止めたが、頭を振った。
人の猛病は人に広がることはない。ハーンの様子から言って
自分の中で一つ決着が付くと、再び会議室へ向かった。
ハーンは少しだけ楽になった体で帰り着いた。
呼吸がし辛いほどの咳と、朝起きた時のこめかみの痛みは治った。
(……クン・リー、俺を呼んでるのか…。)
まだ怠さと喉に痛みがある体を引きずり、玄関からベッドに向かいながらそんなことを思う。
締め切った窓の鎧戸からは外の猛烈な真夏の熱波が差し込んでいたが、ベッドに潜り込んだハーンの体は寒さにガタガタと震えていた。
(いつまでも一緒とは言ったけど…。俺を連れて行くのはもう少し待ってくれ…。)
申し訳ない気持ちが募って行く。
(…明日になったら治療してもらって…………俺は…新しい相棒を作るのか…?)
一人で漁はできない。このままでは生活に支障を来すだろう。
ハーンは無性に寂しくなった。
ベッドに潜り込み、首から下げている小さな巾着を開く。中には紺碧の鱗が入っていた。
(お前を裏切ろうってんじゃないんだよ…。ごめんな…。)
心の中で告げ、鱗をしまい直すとハーンは眠りに落ちた。
そして――ハーンは自らの咳で目を覚ました。背中にはびっしょりと汗をかき、咳をするたびに激しく体が揺れ、腹筋すら痛む。
今が夜なのか、朝なのか、昼なのか――何も分からない。
ただベッドから這い出て窓を開けてみるだけのことが、途方もない難行に思えた。
神官に泊まれると言われた時、素直に従えば良かった。
頭をガンガンと打ち付けられるような痛みの中、ハーンはなんとか立ち上がり――部屋の隅に倒れた。
「神聖魔導国で我が国の
アーグランド評議国、評議員の一人は受け取った書状を一読し、隣の評議員へ回した。その口調からは"面倒なことになった"と言うような雰囲気がありありと感じられた。
次々と亜人達が目を通して行く。
二足歩行のウサギのような
床に直接座る者、椅子に座る者、立ったままでいる者と様々だ。
「どうする。国家として引き取るか?それとも、神殿間のやり取りとして光の神殿に一任するか?あそこは治外法権じゃ。」
「伝染病なら引き取れば一層
一番に意見を述べたのは
「アリ・アク・バイ・
馬のように大きい
「御仁、制裁の検討は早かろう!まだ国家としての引き取り要請は来ていないのだ!それが来るまでに収束する可能性もある!今は引き取る時期ではない!」
吠えるような否定をあげたのは
「待て待て、そう興奮するな。もし引き取るならば感染が広がらんように、この
国内の輸送は
しかし、評議国の入り口あたりの町では
「それが良いよ!
それぞれの神殿には
「隣に立つ闇の神殿へスケルトンを借り受けに行く者や借料を支払いに行く者はおろう。我らは農耕にスケルトンを使っているのだ。」
「それは
そう言い放った
「……蔓延すればそちらは治療粉を錬金するのに忙しくなり好都合と仰るか?」
「あぁ…そう邪推されるな。我はただ、今死にゆく
「リシ=ニア殿は死の商人とは違うと思いたいところですな。」
「それはもう、ご信用頂いて構わぬ。――さあ、話を進めようぞ。
言っていることは清廉だが、物言いはどこか芝居じみているような気がした。
「――では神聖魔導国へは国費にて
「ならばこちりゃは一向に構わにゃい。しかし、リシ=ニ
「構わぬ。治癒隊には病気の調査もできるような、我の信用する者を出そう。他の評議員皆様はどうであろう。」
リシ=ニアはぐるりと評議員達を見渡し――視線を止めた先は竜王だ。
黙って聞いていた
「――患者を受け入れた方が
彼ら竜王は評議国の王と言うわけではない。――しかし、決して無視はできない存在だ。
リシ=ニアは再び視線を動かし、最も確認を取らねばならない種族の前でそれを止める。
「アリ・アク・バイ・ラン殿もよろしいか?」
「ありがとうございます。もちろん異論はありません。危険に晒される者が一人でも少ない方が大切です。リシ=ニア殿、お手数おかけしますが、頼みます。」
「良い、良い。礼はいらぬ。稼ぎどきよ。」
リシ=ニアがあっけらかんと言い放つと、
いろんな亜人出てくるとワクワクすっぞ!!
蛾さんしゅき
でも絵は迷走迷走アンド迷走
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