眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#107 名案と偽りの神

 とっぷりと日が暮れた港に生温い海風が吹き去る。

 漁師達はとっくに本日の漁を終え、海に突き出す桟橋の周りには漁船達が行儀良く肩を並べていた。

 人出はそこそこあり、泡立つ波間を指差す小人達は、まるで生まれて初めて海を見たとでもいうように愉快そうに笑い合っている。

 宿屋の窓辺には人魚(マーマン)によく似た種族の者と、ハルピュイアによく似た種族の者が腰掛け、月を仰ぐ。ささくれた心にたっぷりのクリームを塗り込んでくれるような、不思議な優しさに包まれる歌を口ずさんでいた。

 

「――ケル=オラ、我らはあちらの宿だ。」

 

 治癒隊の仲間に声をかけられ、ケル=オラは軽く手をあげた。

 

「あぁ、気を付けて行け。私はこちらだ。」

「そうか。ぬしも気を付けて行け。なるべくデスナイトがいる道を選ぶのだ。神聖魔導国には神殿前でなくてもデスナイトがいる。」

「ふ、何かあれば毒粉を撒こうぞ。」

「くっ、くっ、こわやこわや。ではな。また明日神殿で会おう。」

 

 笑い、たった一人違う道を行く。

 ケル=オラ以外は皆男なので、治癒隊の誰かと同じ部屋には泊まれない。ならばと、ケル=オラは一部屋しか取れなかった宿に泊まることにした。

 

 ケル=オラは先ほどのイル=グルの話を思い返していた。

 

(あの男は確かに優秀だ――。)

 評議員のリシ=ニアが治癒隊の長にイル=グルを指名したのは当然の選択だろう。

 評議員に比肩する程の知見、思慮深さ。

 光の神官達が思い至っていないであろう政治的なところまで察し、あちらの種族の文化に瞬時に迎合する。

 しかし――いくらなんでも、彼は神聖魔導国派にも程があるように思えた。

(あやつ、人間と治癒隊どちらが大事なんだか…。)

 人間達を癒せないのは、人間が報酬を払わない、または払えない可能性がある為だ。少し無理な取り立てをしてしまえば良いのに。

 イル=グルは神官から死に損ないの治癒を頼まれた場合は神殿に一括建て替えを求めると言っていた。

(考えてみれば…命の危機に瀕していなくても一括で先払いができる人間を自分で探して癒すと言うのは悪い話ではないはずだな…。)

 明日、担当の神殿で人魚(マーマン)を癒し、治癒薬が完成したら身なりの良い人間の患者にすぐにでも治癒されたくないか尋ねてみでも良いかもしれない。

 

 ケル=オラは再び皮算用を始め、道を曲がった。

 

 沢山稼いで帰るのだ。男に飼われるような生き方はケル=オラの望むところではない。

 あまりにもそれが常識として馴染み過ぎていて、誰も何の疑いも持っていないが、女だからと生き方を定められるのは嫌なのだ。

 家で花を愛でるより、男と肩を並べて働いている方がずっと刺激的だし、魅力的だ。

 ケル=オラは異端かもしれない。普通の女としての生き方を選んでいれば蝶よ花よと扱ってもらえると言うのに。

 もしこれでまとまった金を手にできたら、竜王に鱗を何枚か売って貰えないか聞いてみたかった。

 いくら積めば売ってもらえるか分からないが、錬金術を嗜む者なら誰もが一度は手に入れてみたい素材だ。

 純粋に欲しいと言う気持ちと、それを手に入れたら、皆に一目置かれるかもしれないと言う卑しい気持ちが混ざり合っている。

 金剛の竜王(ダイヤモンド・ドラゴンロード)の透き通るように輝く鱗も欲しいし、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の白金の鱗も欲しい。どちらも聞いた話で実際に見た事はない。天上の存在に妄想は膨らむ。

 

 ケル=オラがむふふ、と怪しい笑いを漏らしていると、その耳には微かに咳き込む誰かの声が聞こえた。

 神殿は近くにないはず。ケル=オラは声のした方へ向かい、路地を一つ折れた。

(気のせいだったか…?)

 眼前には、ただ静かな夜の街が広がっているだけだった。

 患者を求めすぎている。

 自分の馬鹿らしい幻聴を忘れようと踵を返した。

 ――その時、確かに先ほどよりもはっきりと咳が聞こえた。

 それは神殿にいた人間達と違い、今にも事切れなそうな弱々しい咳だった。吐き出した後、空気を吸い込み直すこともできないような切実なものだ。

 

 ケル=オラは咳が聞こえた家の前に立った。

 その家は程々に広い庭に囲まれていて、明かり一つ灯されていない。庭には小型のボートにカバーが掛けられ、倉庫が建っている。

 家の戸に耳を当て、中の様子を伺う。

 

 ヒュウ、ヒュウ、と死に損ないの呼吸音がする。

 ケル=オラは家の様子をまじまじと確認した。みたところ、貧乏そうではないが、裕福な様子でもない。

 一括の支払いは期待できないかもしれないが、死にかけならば神殿に連れて行き、イル=グルに相談して神殿に費用を請求すると言う手もあるかもしれない。

 

「おい、中の者。開けるぞ。」

 一言断りを入れ、ケル=オラはノブを握り、扉を引いた。扉には鍵が掛かっていて、ガチリ、と硬質な音が鳴り開かない。

 中から聞こえてくる呼吸音は今にも死にそうだ。

 助けてやりたいのは山々だが、鍵が掛かっていては入れない。中の者に開けろと言うには些か弱りすぎている。

 

 ケル=オラはやれやれとため息を吐き、羽を広げた。飛び上がったのも束の間、煙突を見つけると体を細く小さくしてその中に飛び込んだ。

 夏の暖炉は煤を払ってあり、汚れは殆どなかった。

 トッ、と足をつき、暖炉(マントルピース)を潜ると真っ暗な部屋の隅に転がっている――男だと思われる――人間がいた。

「ぬし、無事か。」

「へ………か………?」

 男は謎の言葉を発したが、無事なようだった。

 目から涙が落ちていく。

「人間よ、救われたいか。」

 人間は見えているのか見えていないのかよく分からない瞳をこちらに向けていて、静かにうなずいた。

「よかろう。ぬし、ぬしはいくら払える。」

 本人が支払え、神殿に連れて行かないで済むならそれが一番だ。手間が省ける。

 男はごにょごにょと何かを呟いており、ケル=オラは床に手を付き、その口元に耳を寄せた。

 

 そして、目を大きく見開く。

 

「………よかろう。」

 

+

 

 翌日、ケル=オラは朝早くから担当の光の神殿へ出向き、人魚(マーマン)を三名治癒した。

「――っは!!し、死ぬかと思いました。」

「事実死にかけだったぞぇ。治癒隊を出す決意をなさったリシ=ニア殿に感謝するのだな。」

「本当ですね…。………でも、治癒費が神聖魔導国と同じなら良かったのに…。」

 人魚(マーマン)がぼやくとケル=オラはその直ぐそばに置いている自分の薬箱をボン、と叩いた。

「私達はこの国の神官と違って国から金を貰わずに薬の制作や研究をしているのだ。まだ治らぬ人魚(マーマン)の為、薬を完成に導かねばならぬ。完成までには多くの素材を消費するのだから、満額貰わねばこちらが破綻する。」

「そう、ですよね……。」

「あぁ、そうだ。きちんと治癒費は払うのだぞぇ。」

 人魚(マーマン)は何年掛かりになるのだろうと指を折ると、完治したというのに顔を青くし、頭を抱えた。

 その後、ケル=オラは<病気中治癒(トータルキュア・ディジーズ)>を使えるだけの魔力がなくなったので薬の錬金を始めた。

 引き出しが向かい合うように閉じられている薬箱を縦真っ二つに開き、引き出しからあれこれと必要な物を取り出す。

 

「さてさて。ここからが正念場ぞ。」

 

 ケル=オラの上げる、くっ、くっ、くっ、と言う笑いは決して善意に満ちた物ではない。

 しかし、懸命に薬作りに励んだ。

 完治に至っていない人魚(マーマン)に試しに飲ませ――完治しない様子を見ると再び作り直し。それの繰り返しだ。

 同じ神殿を担当する者と情報を交換し合いながら薬を作っていると、時間はあっという間に過ぎた。

 昼を迎えると、蜂蜜たっぷりの特製エッグノッグで休憩だ。

 このエッグノックは評議国の北に住むコカトリスの卵、牛乳、蜂蜜、シナモン、ラム酒が入っていて、蛾身人(ゾーンモス)の大好物だ。

 ケル=オラが再びくっ、くっ、くっ、と笑い声を上げていると、治癒隊の仲間達は子供を相手にするような笑みを向けた。

「ふふ。ぬし、機嫌が良いな。余程エッグノックが好きと見えた。」

「む…ま、まぁ、な。」照れたように答えると、ケル=オラは立ち上がった。「――あー、私は薬作りに戻る。」

「もうやるのか?精が出るな。」

「………あぁ、早く人魚(マーマン)を治して国に帰りたいであろう。」

「ふむ。では我もやるか。」

 仲間たちも早々に休憩をやめ、新しい薬の調合と錬金を始めた。

 

 その夜、二度目の会議で各々情報を出し合い、全員で一つの薬を作りあげた。

 

 早速試してみようと拠点の宿屋から一番近い光の神殿で人魚(マーマン)に使ったところ、見事人魚(マーマン)は完治にいたり、薬は完成した。

 人数分の薬を作るには素材を評議国から取り寄せる必要があることや、魔法付与(エンチャント)にある程度時間が掛かることから見て、後五日か六日は神聖魔導国に滞在することになりそうだ。

 素材は本日中にイル=グルがナイトフロスト便で評議国へ発注の手紙を出すので、一番早くて明日の夕刻、一番遅くて明々後日の朝には届くはずだ。二日程度なら、持ってきた素材がもつはずなので問題はない。

 治癒の方針が決まったところで、イル=グルは正式にナイウーア市長より補助金は出せないと断られた事を告げた。数日中に神官達が集うため、瀕死の三名程の治癒を頼まれたらしい。

 皆想像通りの結果に苦笑した。

 人魚(マーマン)だけを治している様子があまり人間の患者に見えないよう気を配るようにと伝達され、その日の会議は解散となった。

 

 ケル=オラは自分の宿泊している宿屋への帰り道、同じ神殿の担当の者達と別れる道が見えてくると、(おもむろ)に口を開いた。

「――なぁ。」

「どうかしたか。」

 ケル=オラは不信感をもたれないよう、丁寧に言葉を紡ぐ。

「明日、私は担当が六人しかいない光の神殿に行く。…手が足りていないかもしれぬ故。」

 仲間達は軽く互いの顔を確認し合い、うなずいた。

「それはそうだな。では、明日は会議で会おう。」

「あぁ。すまぬ。」

「気にするな。――では、我らはあちらだ。」

「気を付けて行け。」

「ぬしもな。」

 

 簡潔なやり取りを終えて仲間と別れると、一人で宿屋へ向かい――昨日と同じ道を曲がった。

 昨日とは打って変わって明かりが灯る家へ向かう。庭にある倉庫の前から小型ボートはなくなっていた。

 窓からそっと中を覗くと、指定した通りに(・・・・・・・)部屋の半分を布で仕切ってある。暖炉のあたりが見えなくなっていた。

 そして、見えるところにこの家の主――ジャンド・ハーンが膝を付いた祈りの姿勢で待っていた。その隣には人間が二名ほど共にいて、その二人は青い顔で咳き込んでいる。うち一人は大きさから言って子供だった。子供はだるそうに寝ていた。

 

 ケル=オラは目論見通りに行っていることを笑い、羽を広げる。

 音もなく飛び上がり、煙突の淵に立った。昨日とは違って薬箱を抱えているため、簡単には侵入できない。大切な薬箱を擦ったりしてしまわないように四本の腕と脚で煙突内に突っ張るように慎重に降りていく。

 

 想像以上の重労働に、割りに合わんと内心悪態を吐いた。

 薬箱は箱そのものだけで蛾身人(ゾーンモス)の赤ん坊三人分近い重さがあり、更に中には大量の素材が入っている。抱えて飛ぶのはまだ良くても、腕や足でこんな風に支えればひどく重たい。

(…あ、あと少し………!!)

 ケル=オラはひぃひぃ言いたい気持ちを抑え、何とか着地すると、薬箱を一度下ろし、息を整えた。

 

 暖炉から抜け出し、薬箱も部屋に持ち込む。部屋には布が張られている為、暖炉を出たところからハーンは見えなかった。

 しかし、誰かがそこで何かをしている気配を感じたのだろう。

 ハーンが口を開いた。

「ゆ、夢じゃなかった………。ンンッ、光神陛下!再びのご降臨、恐悦の至りにございます!!」

 ケル=オラはおかしそうに顔を歪め、布の向こうの人間へ声を掛けた。

「うむ。我が威光に触れよ。」

 布の向こうで人間たちが下げていた頭を上げる気配を、ケル=オラの触覚が捉える。

 

「さて…まずはジャンド・ハーン。我が救いを求める者を連れてきた事、高く評価しよう。」

「ははぁ!この二人は神殿に入り切らないと言う理由で自宅に戻るように言われた者たちです。神官から救いを断られたも同然…。光神陛下が昨日仰った――本当に救いが必要な者たちです。」

「ふふ、よくやった。私はそう言う者には自ら救いを与える。ぬしらにはエ・ランテルの戦いで惜しげもなく命を与えたのだ。我が慈悲深さはよく分かっているであろう?」

「もちろんでございます!!――さぁ、陛下。まずはこちらを。」

 

 そう言ったハーンが布越しに押し込んできたのは――金銀財宝だ。とはいえ、残念ながら治癒費には足りない。

 

 ケル=オラは不愉快げに息を吐いた。

 

「…これが昨日ぬしが言っていた"光神陛下に救われるならば全てをお出しします"の結果かぇ?」

「あ……い、いえ。すぐにもっと集めます。まだ港に漁船もあるので、それを売却します。」

 

 漁船にどれほどの値が付くのか分からないが、恐らく足りないだろう。

 後は町中で布施の募金活動でもさせるか。この国の民の信仰心は高い。

 

「ハ、ハーン…ッゴホ……や、やめろ……こ、これは…おかしい……。」

 ハーンの隣で同じように膝をつく者がそう言うと、ケル=オラは睨みつけるような視線をそちらへ送った。

 カーテンはあるが、第三位階の病気中治癒(トータルキュア・ディジーズ)が使えるだけの者の視線を受け、流石に何かを感じたのか口を(つぐ)んだ。

 

「監督!失礼だぞ!光神陛下は神官が救いきれなかった人々を御自ら救おうとされているのに!」ハーンは興奮したように言葉を紡ぐと、熱を逃すように息を吐いた。「それに――俺は見たんだ。溢れんばかりの金色の瞳、輝く白き髪。そして全てを包むような翼を。」

 

「………ハーン。こ、この向こうの女が……ッグっ……光神陛下だと…俺には……信じられん……。なぜ神が、こッ――ここに、降臨される……。なぜ……神殿じゃない……。」

 

 ケル=オラはそれを聞くと涼しい口調で告げる。

「そち、私は場所の貴賎は問わぬ。」

 ハーンが感動するようにオォ…と声を漏らした。

「監督、光神陛下はエ・ランテルをズーラーノーンから御守りになる為に冒険者にもなられたお方だぞ。神殿が取りこぼした者達をお救いなさると言うんだ。」

「ハーン……。」

 

 ケル=オラはあと一押しだと確信すると、二人のやりとりを無視し、静かに薬箱を開いた。

 

 白い陶器のボウルを取り出し、引き出しをいくつも開ける。

 まずは鎮痛薬に用いる茸生物(マイコニド)の幻覚胞子。近頃では神聖魔導国から安く買える。

 それに少量加えることで鎮痛効果が大幅に上がる、マンドレイクの根をすりつぶしたペースト。これは幻覚、幻聴、瞳孔拡大の効果があり、使い過ぎれば致死性の神経毒となる。

 二つをボウルに入れ、手際良くすり混ぜる。

 そこに幻覚性の鎮静麻薬効果を持つ曼荼羅花(マンダラゲ)の草を加え、水石(アクアフィル)から滲み出る水を一滴。曼荼羅花(マンダラゲ)の草はみじん切りにしておいた状態で保存(プリザベイション)を掛けておいたものだ。

 それから、暗闇草(ダルネオ)やニュトと呼ばれる薬草を少々。

 これを飲まされれば意識の混濁や、筋肉の弛緩、自らが恐れる幻覚が見える譫妄(せんもう)状態に陥る。

 しかし、今は恐ろしいものを見せても仕方がない。

 

 二人がカーテンの向こうの人物は神だとか、神じゃないとかと馬鹿らしい言い争いをするのを無視し、仕上げに自らの羽の内側――竜の瞳が煌めく模様を撫で、金色の鱗粉を採取し、加える。この鱗粉が十分に羽についている時、特殊技術(スキル)を用いれば、十秒と短い時間だが竜が本当に立っているように見せることができる。

 

 しかし今回は――

「――<魔法付与(マジック・エンチャント)>。」

 呟くと薬から燻るような煙が上がるようになった。これで完成だ。

 

「おい、ジャンド・ハーンよ。」

「俺は確かに――あ、はい!!」

 言い争いはすぐに鎮まる。

「その者は余程疑り深いと見える。仕方がないので姿を見せよう。」

「は!?よ、よろしいのですか!?」

 高貴な者は普通そう易々と姿を見せることはない。直接言葉を交わすことも普通はないだろう。

「良い、良い。」

 ケル=オラは羽を広げると、今作ったばかりの薬へ向けて羽ばたいた。

 

 薬から昇る煙は部屋中へ一気に充満を始める。

 

 そして、三人の間の幕は踊るように翻り、三人は互いの姿を見た。

 

「全てを賭け、私に信仰を示すと誓え。さすらば、ぬしにも救いを与えよう。」

 

 監督と呼ばれていた者は即座に他に伏せた。




やっちまった!!!!

次回#108 二度目の復活

誰かが死ぬ!!!

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