眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#108 二度目の復活

 ――古い夢を見た。

 

 それは、夢のように美しい光景だった。

 秋風の抜ける野の先には、地上に二つの月が顕現したような光景が広がる。

『なぁ…あの光の向こうに見える木って…。』

 隣にいた男が訪ねる。ジャンド・ハーンはぽかんと開けていた口を慌てて閉めた。

『あ、あぁ。きっと、帝国との戦争の時に来た、あの魔樹だ……。』

 二つの光の向こうには巨大すぎる木が聳えているのがぼんやりと見えた。遠すぎるため、はっきりとした姿は見えないが、あれは魔樹だろう。

『…お前も魔樹との戦いは見ただろ?』

『見た…。』

 ハーンの答えは短かった。

 この戦争、勝てるわけがないのだ。

 ナイウーア伯爵本人はいつも戦争に出てこない。軍として人を率いる才に長けた者を付けると言って。

 

 だから――だから、こんな事を許すのだ。

 

 ハーンは戦いなど無縁の漁師だ。

 これまでは、戦いのことを何も分からない者に率いられるよりは生き延びられる確率も上りそうだと、戦略的なナイウーア伯爵のやり方に全面的に賛成していたが、今回ばかりはそう思わない。

 エ・ランテルを取り囲んだ帝国兵達を、アリを踏み潰す程の感慨もなく、挽肉に変えた驚異の魔樹。エ・ランテルの堅牢な三重壁を易々と破壊した魔樹。

 誰にも止められるはずがなかった、自然災害のような存在を止めた魔法詠唱者(マジックキャスター)達。

 その時の光景を、ハーンはエ・ランテルの隅で震えて見ていた。非現実的な光景を前に、自分は物語の中に吸い込まれたのかと思った程だった。

 

 ナイウーア伯爵は今回のエ・ランテル市民との戦争にも来ていない。

 

 あの魔樹と魔法詠唱者(マジックキャスター)との壮絶なる戦いを見ていれば、エ・ランテルに攻め込むなど馬鹿げた話だと分かるだろうに。

 この戦争は「エ・ランテルを不当に占拠する神聖魔導国から、エ・ランテルを取り戻す」と言うもの。

 人が住める地では無くなったはずのエ・ランテルは、今、見たこともない美しい都市になろうとしている。あの魔法詠唱者(マジックキャスター)――いや、法国の新しい王がそうしてくれている。それを邪魔して良いのだろうか。

 この戦い、どちらに非があるかと問われれば、十人中十人が口を揃えて答えるだろう。――王国が悪いと。

 

 エ・ランテルを救い続ける相手を襲うなんて、当たり前に生を求め、救われようとする人々を襲うなんて――。

 

 ハーンはただ、ただ、帰りたかった。

 今、法国の王はハーンの前で輝きを身に纏ってる。

 エ・ランテルの民を誰一人戦場には立たせていない。

(あぁ……もう………これになんの意味があるんだよぉ……!)

 決して口にすることは許されない言葉だ。

『あ、おい。あれ――――』

『え?ぁ――――』

 ハーンにとって魔法は身近なものではない。

 美しかった月の輝きが砕け散るのが見えた瞬間――ハーンの体から力が抜ける。

 意識は黒く塗りつぶされ、遥かなる闇に転落する。

(そうか――。)

 ハーンは何かを理解する。しかし、理解したことも気が付けない。

 

 黒い水の底に沈み込むと――ハーンの全ては終わった。

 

 漆黒の世界だ。

 何も分からない。

 何も思い出せない。

 何も見えない。

 いや、見えているのかもしれない。

 しかし、目もないのに見えるのだろうか。

 待て。目とはなんだ。

 見えるとはなんだ。

 何も分からない。

 分からないと言うことも分からない。

 消えていく。

 全てが崩壊していく。

 消えるとは、崩壊とはなんだ。

 分からないが、消えていく。

 だが、ふと、引っ張られる感覚が襲った。

 夜明けの輝きだ。

 何光年も離れた星の孤独な世界。

 愛される日を夢見続ける者。

 自らを生んだ親に愛と希望を持たされたことを知らない哀れな者。

 大いなる世界を照らす光――。

 

『く………ぁ………。』

 ハーンは満点の星空の下、転がっていた。体の怠さに身動きも取れない。瞬きすら億劫だった。

『……次…。』

 静かな声がし、ハーンはそちらへ視線だけを向ける。

 それは爆発するような煌めきだった。

 闇の中にあっても、光を溢し続ける翼。

 ――明けの明星。

 ハーンは思わず手を伸ばす。光を求めるのは全ての生き物の(さが)なのだろうか。

 光はちらりとハーンを見た。

『天使!この人も!』

 その言葉を合図にハーンの体は持ち上げられ、星から引き離される。そして、奇跡に沸き立つ人々の中に下された。

『こ、ここ………は………?』

『大丈夫だ!!エ・ランテルの英雄――いや、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の神、フラミー様がお前を生き返らせてくれたんだ!!良かったな、本当に…良かったなぁ!!』

『ふ……らみ………。』

『あぁ、そうだ!!さぁ、少しでも楽になるように、これを飲め!バレアレさんがくれたポーションだ!』

 

 ハーンはなんとか口を開けた――。

 

+

 

「ぬし、無事か。」

 昔の夢を見ていた。

 体が重すぎる。動くこともできない。

 ハーンは泥の中を進むように目を開けた。

 部屋の中は明かり一つ灯っていない暗闇だった。

 しかし、そこには月の光を僅かに反射する――あの日から焦がれ続けた金の瞳。白き翼。

「へ………か…………?」

 また、自分は死んだのか。

 そして、また、命を与えられたのか。

 ハーンの目からは抑えきれない感情が雫となって溢れた。

「人間よ、救われたいか。」

 救われたい。この苦しみから、あの日のように。

 あぁ、クン・リー。お前にもこの慈悲を与えてもらえれば――。

「よかろう。ぬし、ぬしはいくら払える。」

「――べて……。」

 ハーンはうまく言葉を口にできない事に苛立ちを感じる。喉はまるで破れているかのように痛みと熱を発している。

 しかし、信仰を示さなければいけない。

「――すべてを……。わたしの全てを…。こう……神……陛…か……。……よあけ……の…君……。おん身に……すくわれる…ならば………この……じゃんど・はーん………。私の…すべてを………あなた…さまに……。」

「………よかろう。」

 良かった。

 ずっと感謝を形にしたかった。

 ハーンの体は途端に軽くなった。

 奇跡に胸の内が沸き立つ。それと同時に、猛烈なる空腹、眠気が襲う。

(せめて…感謝を述べなければ…。)

 ハーンは眠りに落ちようとする意識を懸命に引き留めようとした。

 すると、そっと目に手が触れた。

「ジャンド・ハーン、今は眠れ。私は明日またここに来る。ぬしは明日、神殿に取りこぼされた、本当に救いが必要な者を集めるのだ。ぬしは我が民を救う使命を担うことになった。良いな。その時、我が姿が見えぬよう部屋に幕を張るのを忘れるな。高貴なる我が身をそう易々と拝めると思うな。」

 ハーンは任せてくれと心の中で答え、眠りに落ちた。

 

 眩しい。それに、腹が減った。

 

 ハーンの顔に、光が射していた。

「……あ…へいか…。――ッく……。」

 まるで体が錆び付いたようだ。起き上がろうとすると腕に鈍い痛みが走る。

 床から顔を上げると、固まった吐瀉物がくっついていて、バリバリと床から剥がれた。

 それどころか、脱糞したのか尻までガビガビだ。

(くさ…。)

 喉が渇いた。水を。

 ハーンはうまく力が入らない体を無理矢理奮い立たせ、シンクに顔を突っ込んだ。

 "魔法の蛇口"を思い切り捻り、ドドド…と水を吐き出し始めると、馬のように水を飲んだ。

「っん、っん…っん……!っぷはぁ!!」

 びしょびしょの顔を上げる。

 すると、胃が驚き引っくり返るようだった。

「――ッン!?ぅ……ゔぇえ!!」

 飲んだばかりの水を嘔吐する。腹の中が激しく痙攣した。

 ゲェゲェと吐き出し、腹の中が空っぽになると――懲りもせずに再び水を飲んだ。

 今度は吐き気も起こらず、冷たい水はすんなりと胃の腑に落ちていった。

 生き返る。そう思うと、思わず笑みが溢れた。

「ふ、ふふ、ふふはは!俺、また生き返ったのか!!」

 二度も復活させられた男はこの世に二人といないだろう。

 ハーンは口元を乱暴に拭い、少し軽くなった体で、"冷蔵庫"を開け、中に入れてあるトマトとリンゴにかぶり付いた。

 夢中で食らっていると、目からは再び涙が溢れた。

「っく、っふ、ふふ…ふ…うぅ……ゔぅぅぅ……。」

 生きられることの喜びを誰より知っているハーンは嗚咽しながら頬張ったトマトを飲み込んだ。

「うまい……うまいぃ……。」

 床に座って、冷蔵庫の前で獣のような食事を終える。

 ずっと大音量で音楽が流れているようだったが、途端に部屋はしん――と静まり返った。

 昨日のことがまるで夢のように感じる。

(………夢?夢だったのか……?)

 ハーンは己の痩せ細った手を見た。筋肉もなくなり、まるで死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だ。

 痛む関節に鞭打ち、何か昨日の神の降臨を示すようなものはないかと部屋中を歩いた。

 何も見つけられない。

 もしかしたら、あのクラスカンと言う神官が見に来てくれたのかもしれない。

 しかし、ハーンの脳裏には「私は明日またここに来る」と言う言葉が染み付いている。全ては今夜わかることかもしれない。

「……とにかく…陛下の仰るとおりにしないと…。」

 ハーンは冷蔵庫からもう一つだけリンゴを取り出し、齧り付くと出かける準備を始めた。

 吐瀉物と排泄物にまみれた体を洗い、床を掃除した。

 さぁ出かけようと扉に手をかけると――ハーンは口元を綻ばせた。

 扉には確かに鍵がかかっていて、神官が入ってきてハーンを助けた訳ではない事がはっきりと分かった。

「光神陛下……。」

 祈りのように名を呼び、ハーンは真夏の世界へ飛び出した。

 

+

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層の湖に建つ水上ヴィラ。

 

 知恵者達の会議室として使われているその場所に、アルベドが一冊の書類を抱えて駆け込んだ。

 

「デミウルゴス!パンドラズ・アクター!!」

「おや?アルベド、君がそんな風に慌てているなんて珍しい。どうかしたのかな。」

 パンドラズ・アクターと共に仕事をしていたデミウルゴスが顔を上げる。二人の前には、酒宴会の際に使われていたものとは別の小さいちゃぶ台が出ており、パンドラズ・アクターが淹れた緑茶と仕事の書類、バインダーが乗っている。

 

「その前に、統括殿も一杯如何です?この茶葉はフラミー様が火を通されたものですよ。」

 フラミーは妊娠中は紅茶は飲まない。摘まれた茶葉は発酵させれば紅茶になるが、発酵させずに火を通せば緑茶になる。これはフラミーがナザリックで開く女子会でも出されるものだ。

 

 パンドラズ・アクターが緑茶を淹れはじめると、アルベドはぽいぽいと靴を脱ぎ捨て部屋に入ってきた。

 いつも座っている場所にどかりと腰を下ろす。

「それは頂くけれど――くつろいでいる場合じゃないわ。これを見なさい!」

 

 アルベドがバンッとちゃぶ台に置いた書類の表紙には「エ・ナイウル市の神殿支援に際して発生した新たな問題」と書かれている。

 

 大神殿からの通達により、既に国中の高位神官が送られ患者は減っていっているはずだ。事態の収束まで後一週間とかからないだろう。

 評議国では人魚(マーマン)の評議員であるアリ・アク・バイ・ランと蛾身人(ゾーンモス)の評議員であるリシ=ニアが治癒費についての話し合いを行い続けている。当然平行線を辿っているようだ。

 人魚(マーマン)達のすぐそばで、端金の治癒を受けた人間達がピンピンして生活へ戻って行く様は民間の人魚(マーマン)達の心を評議国から離れさせるには十分だろう。

 評議国の光の神殿に送る神官の手配も済ませてある。評議国の支配は神殿から行う予定だ。万事が順調に進んでいる。

 

 だからこうして、知恵者三名で寄り集まって会議をしているのだが――。

 

 何があったのかとデミウルゴスが書類をめくり目を通して行く。

「…………これは…。」

 漏らした声は穏やかだ。しかし、それは薄い皮で覆ったものでしかない。すぐ下の刺々しさをアルベドもパンドラズ・アクターも察知した。

 知恵者としてよく寄り集まる二人ですら滅多に見たことがない怒りだ。

 

 一つ唸り声を上げ、もう一度頭から読み直し、不愉快そうに眉間を押さえると、デミウルゴスは書類をパンドラズ・アクターへ送った。

 

「一体なんですか…?」

 パンドラズ・アクターもそれをペラペラとめくっていく横で、アルベドはグビグビと喉を鳴らしてお茶を飲み干した。

 空になった湯飲みはガンっとちゃぶ台に叩きつけられ、同時に粉々に砕けた。湯飲みを持ってきていたパンドラズ・アクターから反応はない。つまり、大して価値のある湯飲みではなかったのだろう。

 

「フラミー様がそのような真似をなさるはずがないわ!あの虫けら達にはそんな事もわからないのかしら!!」

 手の甲にすら怒りの血管が浮き出るような状態だ。守護者統括であるアルベドが物に当たるなど滅多にない。

 

「アルベド、当然でしょう。この報告書を上げてきたのはエ・ナイウルの光の神殿に勤める死者の大魔法使い(エルダーリッチ)ですか?」

「そうよ。評議国の支配プランは変更ね。アインズ様に力による制裁のご許可を頂かなければいけないわ。」

「支配プランの変更は全面的に同意しますが――相手が評議国の民という事が引っかかりますね。評議国そのものにも制裁が必要なのか…それとも……。」

 デミウルゴスは口元に手を当て、数多の可能性について思考を巡らせ始めた。

「あなた、こんな真似を許すと言うの!」

「許しませんよ。許すはずがないでしょう!」

 

 二人の間で同じ方向に向けて怒りが漏れ出して行く。知恵者二名に似合わない感情の表出だ。

 

 ようやくパンドラズ・アクターも書類を三周読み終わると、そっとテーブルに置いた。

「――これはフラミー様のお耳に入らないようにしなくてはいけませんね。このような事を見過ごす方ではありませんし、無駄なご心配をお掛けする訳にはいきません。」

 二人がうなずく。

「その通りだね。」

「私も同感よ。それにしても…これは侮辱罪ね。いえ、愚劣罪かしら。手始めに一種族郎党、氷結牢獄送りにするべきだわ。そして名を騙る虫けらと、その親族は餓食狐蟲王送りよ。そうすれば治癒出来る者がいなくなるのだから、すぐにでもうちの神殿に膝をつくわ。後は恩知らずの評議員達をどうするかが問題ね。」

「統括殿、それはツアーが黙っていないのでは?」

 

 パンドラズ・アクターが言うと、デミウルゴスは眼鏡を押し上げた。

「制裁についての検討時にはツアーも呼んだ方がいいかもしれないね。評議員として正式に召集しよう。」

「あの蜥蜴、どこかに縛り付けておけないのかしら。とにかく、連帯責任であれにも制裁が必要よ。」

「ツアーが父上に何も連絡を寄越していないところを見ると、ツアーは無関係なような気がします。ツアーにも制裁を施すかは置いておいて、とにかく、まずは父上にご報告するべきですね。」

 パンドラズ・アクターが告げると、三人は揃った動きで窓の外へ視線を送った。

 その先には、遊んでいるナインズと、それのそばで働くアインズの姿があった。

 

+

 

「な…な……なぁぁあにぃーーー!?」

 ナザリック地下大墳墓、同第六階層。

 その地の支配者の叫びがこだまする。 

 

「ア、アインズ様、お許しを!!どうか、どうかお許しを!!」

「アインズ様、全テハコノコキュートスノ責任ニゴザイマス…!」

 

 涙目のアウラと、コキュートス、ナインズ当番、そして無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)を抱えるイツァムナーは地面に額を擦り付けていた。

 

 ナインズはお絵かきの手を止め、呆然と父を見る。共にお絵描きしていたザーナンも硬直していた。

「ナインズ!!お前、ルーン魔術師(エンチャンター)なんて聞いたこともない職業(クラス)を取るなんて…!!あぁ!お前に取らせたい職業(クラス)はごまんとあるのに!!」

「お、おとう…おと…ぉ……ぅ……うぁ……。」

 

 アインズが猛烈な勢いでナインズに迫ると、ナインズはぷるぷると震え、涙を浮かべた。

 

「――は!?い、いや!怒ってはないんだけどな!?レア職なのはすごく良いんだけど!それが良い職業なのか良くない職業なのか……あぁー!くそ!!こうならないように細心の注意を払ってきたと言うのに!!」

 

 アインズはガリガリと骨の頭を掻きむしり、悶えた。悶えては沈静され、悶えては沈静され、大変忙しい。

 

「アインズ様!あ、あたし達のせいです!!本当に、本当に申し訳ございません!!」

 アウラとコキュートスが再び見事な土下座を見せると、アインズは強く沈静された。

 

「――いや、取り乱した。忘れてくれ。これは決してお前達のせいではない。私がナインズにお絵描きをさせてきたのだ。」

 なんとか落ち着いた調子で慰めることができた。魔王の声に"お絵描き"ほど似合わない言葉もないだろう。

 さて、これの責任がどこにあるかと言えば、間違いなくアインズだろう。お絵描きしている間は静かでおとなしいと、ずっとお絵描きさせていたのだ。フラミーがナインズを第六階層に連れ出していた時はおにぎり君やシャンダール、一郎太と走り回る時間もちゃんと取っていたのに。

 アインズは外に出てもナインズにお絵描きを続けさせた。

 

 フラミーに何と詫びよう。

 できれば魔法職最強――ワールド・ディザスターにさせたかった。恐らく無理だっただろうが、それでも目指したかった。

 

 やはり生きる中で力を得ていくこの世界で強くなることはかなり難しいようだ。アインズやフラミーが誤ってレベルダウンでもすれば、レベルを取り戻したとしてもその分取り戻したい職業(クラス)を手にできるとは限らない。弱体化すれば二度と今の力を取り戻す事はできないだろう。

 ルーンを操っていた妖精(シーオーク)達はお世辞にも強いとは言えない。

 アインズはフラミーを呼ぼうとこめかみに触れた。

 数度のコール音の後、『はぁい!』と元気そうな声がした。

「……フラミーさん…。ちょっと九太の事で相談があります……。はい………はい……。えぇ…。急ぐ必要はないんで……後で第六階層に来てください…。」

 今更慌てたところで仕方がない。

 

 問題は、今一レベルだけのルーン魔術師(エンチャンター)を無視して他の職業(クラス)を取るのが良いのか、それともルーン魔術師(エンチャンター)をまともに使えるように十まで育てるべきなのか、だ。

 

 切り捨てるなら、一レベルの今この時しかない。

 しかし、一レベルの貴重さを知らないアインズではない。

 

 アインズがうんうん唸っていると、水上ヴィラから難しい顔をする知恵者が三人揃って出てきた。つい先ほどアルベドが駆け込んで行ったと思ったのに。三人は真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 これは何か難しい問題だ。鍛えられたアインズの勘が察知した。

 

「アインズ様!今少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか!」

「どうかしたか、アルベドよ。」

 

 アルベドはどこか興奮しているようだった。

 

「実は、以前問題になっていたエ・ナイウルの病の件なのですが御身のご計画通りに進んでいたと言うのに、フラミー様を騙る不届き者が現れ――」

 そこまで言うと、アルベドはハッと口を(つぐ)んだ。

 

「なんだと?それで?」

 

 アインズが続きを促そうとすると、その後ろから声がかかった。

 

「それで、どうしたんです?」

 

 アインズが振り返ると、ヴィクティムを抱くフラミーがいた。

 

「おかあたま!おかあ!」

 ナインズが興奮し始める。つい今転移してきたばかりなのだろう。

 

「ふ、フラミー様。この不届き者には必ずや相応の罰を与えますので、御身はどうぞ安らかにお過ごしいただきたく――」

 アルベドがあわあわと応えると、フラミーはアインズを見上げた。

 

「アインズさぁん!」

「は、はい。」

「私、私の偽物見にいきたいです!」

 

 知恵者全員があちゃあ…!と頭を抱える様子に思わずアインズは笑いそうになった。この三人をこれだけ困らせられるのはフラミーくらいだろう。

 フラミーも四ヶ月ナザリックから出ていないのだから、こんな面白そうな事を前に大人しくなんてしていられるわけがない。いくらお茶会を開いているとはいえ、外の空気の一つも吸いたくなるだろう。

 

「フラミーさん、ちょっと待ってくださいね。――アルベドよ、念のために聞いておきたいのだが、フラミーさんを真似した子供達のお遊びではないな?」

 以前エ・ランテルの街の子供達がモモンとプラムごっこをした時、アルベドが子供達をどう罰するかと相談に来た事をアインズは忘れていない。あの時は仰天した。

 

「はい。その辺りは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が調査済みです。ただ、その下等生物が一体何を目的として動いたのか、と言うことに関しては判明しておりません。評議国がフラミー様のご威光を地に落とし、神殿勢力の力を削ぐために動き出したのかもしれません。何せ、俗物のように信者から金品をせしめているようだと報告が上がっておりますので。」

 

「なんだと。フラミーさんをなんだと思っているんだ。」

 フラミーは税金の回収にはこだわるが、殆ど何も欲しいと言わない。それを俗物に仕立て上げるなど、許せる所業ではない。

 アインズが苛立ちを感じ始めていると、デミウルゴスが発言の許可を求める。顎をしゃくり促しながら、この間は本当に評議国の支配プランと言われたんだなと今更ながらに現実と向き合い始める。

 

「他には治癒隊をよこした評議員一人の謀略という可能性もございます。もしくは、煌王国のように、そう思わせるために魅了や精神支配と言った手段を用いられたか…と、今のままでは確かなことは何もわからない状況です。何にせよこれによって評議国の支配プランは大きく変更する必要があるように思われます。」

 

 知恵者達が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「私がお休みしてる間に、評議国を属国から国に取り込むプランができてたんですねぇ。」

 置いてけぼりな様子のフラミーが呟くと、デミウルゴスは頷いた。

「は。評議国はフラミー様がご担当でしたが、今はお休み中でしたのでご報告は仕事にお戻りになってからと思っていたのですが――先手を打たれたのかもしれません。」

 

 アインズは二人の話を聞きながら、大きな違和感を感じていた。

 確かに、最初の頃はツアーもアインズに敵対していた。今日も氷結牢獄で痛ぶられている常闇の竜王もそうだ。

 しかし、今竜王達は皆アインズに取り入ろうとする事が多い。ツアーからちょっかいを出すなと釘を刺してもらって以来、ナインズへの贈り物が来るくらいで嫁攻撃は落ち着いている。

 そんな竜王達が、アインズと敵対するような真似を評議国にさせるだろうか。

 それよりは――

「――評議国とは無関係のその実行犯がただただ愚かなんじゃないのか?」

 と言う方がアインズは納得がいく。

 よく考えていない、純粋なる金目的。

 とはいえ、フラミーの名声を落としていることには違いないので過剰な(・・・)制裁は必要だ。

 

 知恵者三名はそんな事がありえるのかと互いを見合わせた。

「…よその国の王妃。それも女神の名を騙って……商売、でございますか……?」

「………私はそう思うが…。」

 三人は顔を寄せ合い、何かをごにょごにょと相談し始める。

 空気になっていたアウラとコキュートスも「殺すより痛い目に合わせないとダメだね」と明るい話し合いを始めていた。

 

 いつもなら皆過激だと思うが――仲間の、それもフラミーの名を貶めるような真似をした者に掛ける慈悲は一切持ち合わせていない。

「ねぇねぇ、アインズさん。とにかくツアーさんを呼び出しません?」

 そう言うフラミーは何も感じていないようだった。

「ふむ、それはそうですね。俺もあいつに聞くのが手っ取り早い気がします。ちょっと待っててくださいね。」

 

 アインズはツアーの家へ転移門(ゲート)を開き、潜った。

 

 月の光を放つような巨竜はゆっくりと顔を上げる。この世界最強の存在は優雅だった。

 

「――アインズ。君か。」

「フラミーさんの妊娠を伝えにきて以来だな、ツアー。変わりなさそうじゃないか。」

 いつも通りのツアーは大きな欠伸をした。

「何も変わらないよ。それで、君がここまで来たと言う事はまた何かが起こったのかな。」

「あぁ。評議国の陰謀でフラミーさんの名声は真っ逆さまに墜落だ。」

 こともなげに告げる。しかし、これまで眠そうだったツアーは驚愕と焦りに彩られた表情をした。

「な、何!?評議国の陰謀だと!?」

 この様子だけで、ツアーが無関係だと言う事がよくわかる。

 最初から関係しているとは塵ほども思っていなかったが。

「――と、言うのは冗談だ。半分な。」

「半分?アインズ、いったいどう言う事なんだ…。」

「とにかく、話を聞きに来てくれ。」

 それだけ言うと、アインズはくぐってきた転移門(ゲート)へ踵を返した。

 後を小走りで鎧が付いてくる気配を感じながら、ナザリックに戻った。

 

「ツァインドルクス=ヴァイシオン。」

 アルベドからの視線は強烈な温度を放っているが、ツアーは無視してまっすぐフラミーへ向かった。

「フラミー、悪かったね。何か評議国のせいで嫌な思いをしたそうじゃないか。」

「あ、いえ。なんともないですよぉ!偽者なんて、私ワクワクしちゃいます!」

 フラミーが楽しげに笑うと、ツアーは偽者?と呟き、アインズに振り返った。

「デミウルゴス、説明してやるんだ。」

 決して自分に質問したり、説明させたりしないでください、と心の中で白旗を振る。

 ツアーは嫌な予感がしているようで、知恵者三名の輪の中に入り、腕を組んで話を聞いた。

 時々ナインズが「つあー、つあー」と呼ぶたびに手を振る。知恵者達はナインズの求めにツアーが答えるのは当然だと思っているようで、集中しろなどと注意したりはしない。

 

(…馴染んでる…。)

 

 その様子を眺めていると、ツンツンとローブの袂が引っ張られた。

「ねぇねぇ、アインズさん。」

「なんですか?」

「見に行きましょうよ!偽者!」

 そんな話もあった。

 

「ふーむ、見に行きますか?散歩ついでに。」

 体調が落ち着いてきたら、ウォーキングなどの程よい運動をするようにとペストーニャに言われている。

「行きます!行きたいです!」

 フラミーがぶんぶん頷くと、それまでツアーに説明を行なっていたデミウルゴスがこちらを向いた。

「アインズ様、お言葉ですが今回の騒ぎの原因は評議国の亜人ですし、その後ろにツアーではない竜王がいないとも限りません。今のフラミー様には危険かと。」

「あぅ…。」

 フラミーがしゅん…と肩を落とすと、パンドラズ・アクターは帽子を脱ぎ深々と頭を下げた。

「…デミウルゴス様、おっしゃる事は分かりますが、父上は決してフラミー様を閉じ込めるような真似はされません。フラミー様は外出をご希望です。どうか、共に我らが宝の望みを叶えるようご協力下さい。」

 

 パンドラズ・アクターは賛成すると思ったと言うのに――デミウルゴスの顔にはそう書いてあるようだった。

「アルベド…統括としてどう思いますか…。」

「……難しいところだけれど、パンドラズ・アクターの言う通りね。アインズ様とフラミー様がお決めになったことだもの。それに対して私たちが何の努力もせずに口出しだけをするのは間違っているわ。」

 アルベドのキリリとした視線は「私が最強の盾としてご一緒し…おデートするから安心なさい」と言う言葉と共に締まりを失った。

 デミウルゴスは困った様にしているフラミーに視線を向け、その首を見つめると、ギュッと目を閉じた。そして、痛みを逃がすように息を吐く。

 至高の二柱に絶対の忠誠を捧げるナザリック全NPC達の中でも、忠義の姿勢はそれぞれ異なっている。

 

「――どうしてもお出掛けされるのならば。戦闘行為はお控え頂き、何か問題が起こればツアーを盾にして一目散にナザリックへ退避する事をお約束頂けますか。」

 いつの間にかツアーも来ることになっている。

 フラミーはぶんぶんと頭を縦に振った。

「ち、誓います!」

「…では、以前ナインズ様のお名付けに出かけた時と同じ様に、ガルガンチュアを除いた守護者全員を集めさせて頂きます。幸い、後はマーレとシャルティアで揃うでしょう。」

 フラミーがパッと顔を明るくすると、デミウルゴスは困った様に笑った。

「それでも、よろしいですか?」

「はひ!デミウルゴスさん!ありがとうございます!!アルベドさんも、ズアちゃんも!」

 

 優しい世界が出来上がる横で、アインズはちらりとツアーを確認した。

「……来てくれるか?」

「…行くよ。盾になりにね。」

 

 ツアーの返事はどこか疲労が見えた。




カウントダウンが始まったぁ!

そしてユズリハ様に問題児ケル=オラちゃん頂きました!
素晴らしい可愛さで、いじめたくなくなりますねぇ…

【挿絵表示】


次回#109 不審者

それから、ユズリハ様にサラトニク君もいただきました!(ジル息子
送ればさながら#105 それぞれのプランの後書きに貼り付けましたが、もう一度貼ります!

【挿絵表示】

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