眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#111 肉林

「アクター殿下、フィオーラ様。あ、ありがとうございました。」

「いえ。では、次の方どうぞ。」「ほら、早く行って。」

 

 返金を受けたタルマは息子の手を引いた。

 家の外には夕闇が迫り、コバルトブルーの守護神が列の整理を行なっている。今返金をしてくれた二人の守護神はタルマに冷たかった。

 タルマの胸中は――地獄だった。

 無礼にも神々へ怒鳴り声をあげたことが何度も思い起こされては、胃がジクジクと痛みを放つ。吐き気すら感じるようだ。

「気にしないから気にするな」と寛大な言葉を掛けられたが、その場で切り捨てられてもおかしくない状況だったのだ。

 一体どうやってこの罪を償うべきなのか分からない。

(ああ…どうしようどうしよう……どうしよう……!)

 タルマは泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 神殿で懺悔しなければ。いや、守護神に今聞いてもらうべき――いやいや、邪魔しては余計に悪い。

 神々が帰るときに、なんとか謝罪を口にしたが、許可を得てもいないのに神に話しかける方が間違っていたようにも思える。

 ぐるぐると同じことを考えていると、ふとガクンと体が止まった。

「…ロジェ?」

 

 手を繋いでいた息子は、歯形のついた茎を握り玄関から出ようとしなかった。

「…ほら、行くよ。」

 軽く引っ張るが動かない。

 

 玄関先でいつまでも立ち往生していると、ズン、ズン、と足音を鳴らし、守護神が近づいて来た。

「ドウカシタカ。」

 どういう感情もないただの問いだと言うのに、タルマは深い畏れを抱き、震える口を開いた。

「しゅ、守護神様…。息子が…う、動かなくて…。他界した父親と植えた木に…は、初めて咲いた花が………食べられちゃって……その、それで……。」

 タルマが説明を始めると、守護神はフム……と一度声を上げた。

 

 ロジェとて、ただ拗ねているわけではない。

 ここで待っていれば、ロジェを偉いと言ってくれた女神が戻ってきてくれるかもしれない。そうしたら、花を治して欲しいと頼める。

 

(へーか、戻ってきてお父ちゃんの花を治してください…。二度と食べられたり、壊されたりしないように…。一生のお願いです……どうか…。)

 

 ロジェは静かに祈った。返金を済ませた大人が横をすり抜けるように帰っていく。

 そして、腰が肩に軽くぶつかり、踏ん張りもせずにロジェは転んだ。

「っあ!ロジェ!大丈夫!?」

「うわ!ごめんよ坊主!大丈夫か?悪かったな、守護神様を見上げてたら気付かなくて。」

 ロジェは道の土をじゃりり…と握り込むと、目に溜まった涙を落とした。

「っう……うぅ……。」

「痛かったね?――すみません、息子がこんな所で止まってるから…。」

「い、いや。坊主、本当にごめんよ。かわいそうに。おっちゃんが神殿に連れていってやろうか?」

 知らないおじさんに背をさすられるが、ただ首を振る。痛くなんかなかった。

 

 騙されて、母親と大切にしてきた宝物を奪われた事が悔しくて、ロジェは泣いた。

 きっと、もっと自分が大人で大きかったら、こんな事にはならなかった。

 歯を食いしばり、なくなってしまった花を想った。

「うぅ、ぅ…うぅ…!――え?」

 ふと、ロジェの涙が止まる。握り締めた手の中に何かがあった。

 そっと手を開くと、深い青色の薄いっぺらい物があった。それは丁寧に革紐に縛られている。

 

「…僕の涙から…花弁……?」

 

 ロジェは信じられないものを手にした。

 食べられたりしない、壊れない、花弁だ。

「ロジェ…?」

「お、お母ちゃん…これ、光神へーかがくれた…。」

 巨大で恐ろしい守護神がロジェの手の中を覗く。

「…ソレハ確カニ先程フラミー様ガゴ覧ニナッテイタ物。」

「やっぱり…。――守護神様、僕、絶対これ大事にします。光神へーかに、ありがとうございますって、伝えてください。」

「任サレヨウ。サア、モウ泣クノハヤメテ行クノダ。」

 フッ…と冷たい息を吹きかけられ、ロジェの頬に伝っていた涙はピキリと凍り付いた。まつ毛も凍った。

 ごしごしと顔を拭くと、涙の氷がぽろぽろ落ちていく。ロジェは自分の足で立ち上がった。

 

「僕、光神へーかに偉いって褒められたよね。」

「う、うん…褒めて頂いたね…?」

「僕一生忘れない。へーかの、ごじひ。」

 母親は静かにうなずいた。

「……お母ちゃんね、明日から神殿にご奉仕に行く事にしたんだけど…ロジェも来る…?」

「行く!毎日、毎日まぁーいにち!絶対に行く!」

 母親が泣きそうな顔で笑うと、ヌッとおじさんが顔を出した。

「なぁ、坊主。痛くないんだな?」

「平気だよ!」

 ロジェは皮紐の両端を結び付けると、壊れない花びらを首に下げた。

 

+

 

 ジャンド・ハーンが件の家に帰ってきたのは、翌日の朝だった。

 今日から七年間、光の神殿で社会奉仕が決まった。

 金品は無事に被害者に返されたと聞いたが、無気力と罪悪感で死にたかった。

 

 とぼとぼと光の神殿へ向かう。

 周りの人々全員がハーンを嘲笑い、ひそひそと悪口を言っているように感じる。

(……そうさ、俺は大馬鹿もんだよ……。)

 あの日、神官の言う通りに神殿に泊まっていれば良かった。

 思う事はそればかりだ。

 

 ハーンは神殿への道の途中、海を眺めた。

 ここにはもうハーンの漁船はない。売ってしまい、金に変えた。その分の金は返されたが、新しい漁船を買える程の金にはならない。

 庭に置いていた小型ボートも、大枚を叩いて買ったマジックアイテムである<浮遊網(フローティング・セイン)>も売った。 

 全てを合わせて、古い漁船を買えるくらいにはなるが、漁船だけあってもどうしようもない。

 

 古道具屋には、今回のことで持ち込まれた物の契約は不履行にし、品物を返すようにとナイウーア市長が通達してくれた。

 通達してもらったとしても、買われてしまった物はそうは行かない。そこはもう諦めるしかない。

 一番に売却したハーンの物はどれも売れてしまっていた。

 幸いにも、売れたのはハーンのものだけだった。

 古道具はクリーニングをしてから店先に出る為、多くの人がいっぺんに物を持ち込み、作業が追い付かなかったのだ。

 

 古道具屋の主人は銀行からお金を借り、たんまり古道具を仕入れられたと喜んでいたらしいが――今頃は落胆している頃だろう。

 もしハーンが売ったものが残っていても、ハーンには古道具屋に顔を出す勇気はなかった。

 

(はは…もう…飢え死でいいか…。死ぬまでは社会奉仕して…罪を償お……。)

 

 社会奉仕は賃金が出ないため、食べて行くには漁にも出なくてはいけないが、ハーンは全てを諦めたので関係ない。

 

 光の神殿に着くと、ハーンは静かに中へ入った。

 まずは祈りを捧げ、保護観察官を名乗り出てくれた神殿長のクラスカンに会わなければ。

 礼拝堂の最前部にある光の神の像を眺めると、ハーンはみっともなく泣いた。

(へいか、申し訳ありません。へいかぁ。)

 死を選ぼうとしているなんて、またこの神に背を向ける行為だと分かっている。

 それでも、ハーンにはもうどうしようもなかった。

 

 街中の人々がハーンを恨んでいるように感じてならない。大ごとになってしまったのも、一番最初に新猛病に罹ったクン・リーをここにハーンが連れてきたせいだ。

「ふっ…ぐっ……うぁぅぅ…。」

 

 痩せ細った体。

 震える足。

 喉から勝手に出て行く嗚咽。

 何もかもが最悪だ。

 

 闇を抱えて生きろなんて、そんな事できっこない。

 またね、と言った女神の言葉の意味もわからない。

 私的には良かった、と言った言葉の意味もわからない。

 もう無理だ。

 やっぱりもう死にたいよ、クン・リー。

 

 像の前で床にうずくまり、泣いた。

「――おじちゃん、大丈夫?」

「もうむりだよ、むりなんだよぉ!!」

「なんで?」

「皆俺なんか、俺なんか死ねって思ってるんだ!!俺なんかクズなんだよぉ!!」

「どうして?おじちゃんは悪くなかったんでしょ?」

 

 ハーンはハッと顔を上げ、幼い声の主を見た。

 その少年は、ハーンがもう寝ようと倉庫に行こうとした真夜中。救いを求めてハーンの家を訪ねて来た母親に抱えられていた子だ。

 

「…悪いよ…。だから社会奉仕をしないといけないんだから…。」

「違う違う!おじちゃん、光神へーかに褒められてたよ!へーかは人を助けようとしてたって分かってたんだよ!だからここにいるんでしょ?」

 

 ハーンは目を見開いた。目が落ちてしまうほどに見開いた。

 あの時の「私的には良かった」とは、生と聖を司る存在としては評価したという事だったのか?

「あ、僕もね、偉いって言われたよ!多分、おじさんより、僕の方が褒められたかな。」

 少年は自慢げに告げた。

 

「ロジェ!何してるの!!」

 咎めるような声だ。ハーンは身を固くした。

「――ハーンさんは神殿にご奉仕されてるのに、邪魔しちゃダメでしょ!!」

「えー、でもさぁお母ちゃん。おじちゃん泣いてるんだよ。」

「え?ハーンさん、大丈夫ですか?」

「あ、あ…、お、奥さん…。」

 ハーンは優しい少年の言葉に縋りたくなる。人を救おうとした事は認めてもらえているとしたら、どれだけ良いことか。

 しかし、自分が選ばれた、認められたなんて思ってはいけないと深く反省したばかりなのに――

「どうかしたんですか?ハーンさんは光神陛下御自らに許されたのに…何かあったんですか?」

 ハーンはそれを聞くと腕を目に当て再び泣き始めた。

 

 もはや言葉も出ない。

 何から感謝すれば良いのか、何から言葉にすれば良いのか。

「お、俺が…許された……そんなわけ、ぞんなわげないでずよぉ…!!」

「ハーンさん…。光神陛下はハーンさんの行いを認めてらっしゃいましたよ。あの場にいた全員がそれを分かっています。」

「だ、だけど…神王陛下は、あんなにぃ、あんなにお怒りになっでぇ!皆ざんにも、俺、ごんなに迷惑おがげじでぇ!!」

「陛下は、行いそのものよりも、ハーンさんが自身の闇を受け入れない様子にお怒りだったんだと思いますよ。そうじゃなかったらあの時すでに死を宣告されてます。だから、ほら。もう泣き止んで。」

 

 そう言われても、涙が止まらない。みっともないと分かっているがどうしようもない。

 

 歪み続ける視界に、駆け寄ってくる神殿長が映る。

「こ、これは?ジャンド・ハーンさん…?」

「ぐらずがん様ぁ…、申し訳ありまぜんでじだぁ!」

「い、いえ。私こそ貴方の安否を確かめずに申し訳ありませんでした。」

 神殿長は忙しかったはずなのに頭を下げ、ハーンを心配そうに見つめていた。

 誰もハーンを責めるようではなかった。

 それもこれも、全てはハーンの行いを良い物だったと言ってくれた神のおかげだろう。

 

「おじちゃん、これ貸してあげるよ。お母ちゃんも昨日、へーか方にぶれーを働いたって泣いてたから、貸してあげたんだ。」

 少年はそういうと、服の中からもそもそとペンダントを引き抜き――ハーンは驚愕に目を剥いた。

 少年が首から外し、ハーンに差し出して来たそのペンダントは――確かにクン・リーの鱗と、ハーンの靴紐だった。

 神の下へ運ばれて行くのをこの目で見届けた。

 

「き、きみ…これは…これを……どこで………。」

「この壊れない花びらはねぇ。僕がお父ちゃんのお花を治してってお願いしたらね。光神へーかがね。僕の涙からね、出してくれたの。」

「涙から………。」

「本当だよ?だって、守護神様が光神へーかの物だったって言ったもん。それでね、これを握ると涙が止まるんだよ。」

 ハーンは震える手でクン・リーの鱗を受け取った。

 

 考えてみれば、この子は女神と来た子じゃないか。全てはつながっていたのだ。

 またね、とは――また加護を授けようという意味だったか――。

 

「クン・リー……。光神陛下……神王陛下………。深い御慈悲と、重なる御加護に……心から……感謝を………。」

 神殿にはハーンの押し殺した泣き声が響いた。

 しかし、ハーンはすぐに袖で涙を拭うと――以前港でよく見せていた海の男らしい爽やかな笑みを作った。泣きすぎて目蓋は腫れぼったいし、声もガラガラだったが、己を取り戻した男の目をしていた。

 

「………ありがとう。君、名前は?」

「ロジェ。ロジェ・バストス。………あげないよ。」

 少年は返して、と言い手を差し出した。

「あぁ。君が持っていてくれ。なぁ、ロジェ。今日の社会奉仕が終わったら、君にどうしても話したいことがあるんだけど、良いかな。」

「なに………?」

 ロジェが訝しむような目を向ける。

 ハーンは自らの首にかかる小さな巾着を開くと、その中から鱗を一枚取り出した。

「あ、え!!おじちゃんも貰ったの!!」

「そうだよ。だから、どうか俺の話を聞いて欲しい。」

「わ、わかった!待ってるから!僕待ってるから!!」

(……魂は時間に囚われない。陛下方、この子がクン・リーの一部だったんですね…。)

 ハーンは興奮するロジェを静かに眺めた。今度は絶対に一人にしないと深く誓う。

 

「ジャンド・ハーンさん。今日の社会奉仕はその子にお話を聞かせてあげる事にしましょう。」

「――クラスカン様…よろしいんですか…。」

「えぇ。もちろん。ただ、私も陛下が下賜されたものの話を聞いてもいいですか?ことと次第によっては、きちんと書物にまとめなくてはいけませんから。」

「私も聞こう。」

 横から参加を申し出たのは、女神の像の隣に立っていた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だった。

 ハーンは力強くうなずいた。

 

 

「すべての始まり。あれは、そう。俺が新しい網を買ったばかりの時の事でした――――――」

 

 

 ジャンド・ハーンは己の数奇な運命と、別れずにはいられなかった親友であり家族との物語を語った。

 

 それはジーマ・クラスカン神殿長により、丁寧に書物へとまとめられ、多くの者がこの話を聞きに、または読みにこのエ・ナイウル市の光の神殿を訪れるようになる。この話は「紺碧の鱗」と呼ばれ、オペラや演劇文化が花開くと同時に人気タイトルの一つになった。

 

 ジーマ・クラスカン神殿長は人を多く迎えるには些か不向きであると、土の神殿からの使い回しの建物を恥じ、いつか建て替えたいとよく漏らしたらしい。

 その願いは後、幾年も経って叶えられる。

 エ・ナイウル市の寄付金は同規模の神殿とは比べ物にならない程の額で、古ぼけた建物は見事なものへと建て替えられた。神殿だけでなく修道院までも。

 それもこれも、治癒を受けた者が治癒費の他にお布施も置いて行くようになったからだ。あの日、ケル=オラが叫んだ「一切の責任がないなど、努努(ゆめゆめ)思うなよ」と言う言葉は居合わせた者たちの胸に深く刺さり込んでいた。

 心付け程度の額だが、塵も積もってついには山をも動かしたわけだ。

 ジーマ・クラスカン神殿長は念願の神殿建て直しを最後の仕事とし、神殿長の地位を退く。そう老いていた訳ではないが、「若い勇気と決断力」と言うものに今回の新猛病事件より強く憧れていた故の決断だった。いつも若い力を信じたジーマ・クラスカン神殿長は下の者達から惜しに惜しまれ、神殿を後にした。と言っても、しょっちゅう神殿に来ては祈りを捧げたり、迷える信者達の相談に乗ったりしたのだが。

 そんな愛しい目の上のタンコブの次の神殿長には、当時まだ若かったラライ・フェローが就いた。

 そして、ラライ・フェローが退き、さらに次の神殿長が就いた時――クン・リー・ガル・タイの鱗は神殿へ寄贈された。

 ロジェ・バストス――いや、ロジェ・ハーンが他界する時に、これ程聖なる物は家宝とするより、寄贈する方が正しいと捧げたらしい。

 

 ジャンド・ハーンは漁業に必要なものを全て失っていたが、ロジェの父が遺した漁船や曳網を持って再び海に出た。

 彼はクン・リー・ガル・タイの友人と手を取り合い漁をした。時にロジェやその母を乗せて海に出ることもあった。

 夜も明けぬ早朝に漁に出かけ、昼過ぎには社会奉仕のため、神殿で聖なる鱗の話を語った。

 

 ちなみに監督との仲も良好だ。拳骨を食らったのは言うまでもないが、監督とて、あそこに女神がいると言いふらしたのだ。

 ジャンド・ハーンは、神と女神が降臨したあの家の使用権利を神殿に譲渡し、一般に公開した。ジーマ・クラスカン神殿長の記した聖書を書き写し、ハーンの家を見に行くのが神官達にとってポピュラーな修行の一つになったのは、当然のことだろう。

 

 言わば自宅を失ったハーンはしばらく庭の倉庫で暮らしたが、ロジェの友達になり、ロジェの家で暮らすようになり――ロジェの父親になるまで、そう時間はかからなかった。

 ハーンとロジェの母親は体が言うことを聞かなくなる年まで、熱心に神殿奉仕と社会奉仕を続けた。二人は罪を犯した者同士だと、決して奉仕の手を抜かなかった。

 ハーンは今際の時、「クン・リー、次は私が君を探しに行くよ。見つけてくれてありがとう。神王陛下、今行きます。光神陛下、光をありがとうございました。」と言い残し、家族を求めたクン・リー・ガル・タイの一部であるロジェに微笑み息を引き取った。

 

 この鱗に関わった者で不幸だったのはただ一人。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だ。

 創造主が自分のために用意してくれた特別なペンダントだと思ったのに、創造主の手で外され、捨てられた。

 彼は今日も元気に荷物を抱えて空を駆けている。

 

+

 

「被告人、ケル=オラを"生への感謝の刑"に処する。ケル=オラは光の神を侮り、その尊き御名を騙った。その結果、人々を欺き不当に契約を成立させた。これは不敬罪、詐欺罪に当たる。ケル=オラの犯行は社会に混乱を与えるには十分だったにも関わらず、<支配(ドミネート)>時の反省の色は薄い。刑の執行は自宅に戻り、後始末を終えた時から。どこであってもきちんと光の神への感謝を深めるべきなので、場所は自宅か、神々の地であるナザリックを選ぶこと。選んだ先で生きている事に深く感謝したまま一年の時を過ごすのだ。以上。」

 

 ケル=オラは一年間、適当に神への感謝を綴れば良いかと法廷を後にした。

 自宅で生への感謝を深めるだけなんて、こんなものの何が罰なんだと心の中で舌を出す。

 ほとんどジャンド・ハーンの社会奉仕と同じようなものだ。名は騙ったが、治癒の金しか受け取らなかったのが良かったのかもしれない。それに、別に神の名を貶めようなんて思ったことはなかった。

 今後は治癒魔法を中心に、まだ使っていない素材で薬を作り、またゆっくり金を貯めれば良い。使ってしまった素材の分の稼ぎが無くなったので、大打撃ではあるが、ゼロからのスタートと言うわけではないのだから、あまり後ろ向きにならないようにしよう。

 

「あれに入れば良いんかぇ?」

 ケル=オラは黒い円を指差した。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は「そうだ」と冷たく言う。

 ケル=オラは円を潜った。

 たどり着いた先はなんとケル=オラの家で、一体、どんな高位の魔法だと円をまじまじと観察した。

 円が中心へ渦巻くように消えると、これまで円で見えなかった場所には白いドレスに身を包む(オグル)の女がいた。いや、よくみれば腰に黒い翼があるので、ツノは生えているが(オグル)ではないのかもしれない。

 これが保護観察官かと挨拶しようとしたところで、観察官が先に口を開いた。

「来たわね。"生への感謝の刑"、気に入ってくれたかしら。」

「気に入ったぞぇ。これからは…あー、心を入れ替えて光の神の力を……いや、力に感謝しよう。」

「良い心がけよ。あなたは一年間、一日も怠らずに本心から生に感謝を捧げるの。もし、一日でも生への感謝を忘れれば一年間のカウントはゼロ日に戻るわ。」

「今日は早速一日目にカウントされると思っていいのかぇ。」

「後始末が終わった時点からよ。法廷での話を聞いていなかったの?」

 馬鹿にするような物言いに、ケル=オラはやれやれと息を吐き、薬箱を下ろした。

「では後始末を始めよう。」

「そうね。着いてきなさい。」

 

 観察官はくるりと背を向け、扉に手を掛けた。

「――何?薬箱の片付けはここぞぇ。そちらは庭ぞ。」

「こっちの後始末をしないとカウントは始まらないわ。早くしなさい。」

 ケル=オラは庭なんかに一体何があるんだと腰を上げた。

 そして、観察官が扉を開け――「は?」

 ケル=オラの口からは素っ頓狂な声が漏れた。

「さぁ、後始末をするわよ。」

「こ、これは……?」

 庭には、ケル=オラの親兄弟、親戚たちが集まっていた。

 皆肩が触れ合う距離で、布の(くつわ)と手枷を掛けられケル=オラを見ていた。

 親戚たちも何が起きたのか理解できていない様子。

 異様なのは庭に大量の尖った丸太が突き立っていることだろう。丸太の直径は両手の親指と人差し指を触れさせたくらいだ。

 この謎の丸太を全員で始末するのかということだろうか。一体誰がこんな悪戯を――。

 呆然としていると、観察官が続ける。

「全く、あなた達。随分と出来の悪い家畜を育てたものね。お前達の家畜がこの世で最もいと高き御方に対して行った無礼、後悔しながら死になさい。」

「し、死になさい…?」

 ケル=オラは一瞬何を言われているのかわからなかった。生への感謝の刑ではなかったのか。

 

「まずは一人手本を見せるわ。私がやる通りにしなさい。それが後始末よ。後始末が終わらない限り、一年のカウントは始まらないのだから、早くしたほうがあなたのためだわ。」

 

 観察官は適当に一番近い所にいた者を引っぱり立たせる。その者はケル=オラの大叔母だ。

 大叔母の瞳は恐怖に濁っている。「死になさい」などと言われて恐ろしさを感じない者はいないだろう。

 よく見れば足枷も嵌められており、あまりにも非人道的な様子だった。

 

「あなたは幸運ね。」

 

 観察官は聖母もかくやと言うほどのたおやかな笑みを見せた。釣られるように大叔母も軽く笑った。

 死になさいなど、趣味の悪い冗談だったのかと思っていると――その時、信じられないことが起こった。

 大叔母は軽々と持ち上げられ、地面に突き立っている杭に向かって下ろされた。

 杭はあっという間に股間から口へ突き出した。

 大叔母は即死しなかった。何が起きたのかも理解できないまま苦悶に顔を歪め、激しく痙攣する手で貫かれた体を撫で回すと――三十秒程度で絶命した。

 ケル=オラは絶叫しかけた。しかし、あまりの恐ろしさに声が出ない。轡を嵌められている親族たちはくぐもった悲鳴をあげている。

「どう?分かったわね。あなたは私みたいに力がないだろうから、特別に杭の上に乗せるだけで良いわ。乗せられた者はじわじわと杭が体内に突き刺さっていくのを感じながら、お前がこの世に生まれたことを怨んで死ぬのよ。」

 観察官は顔が裂けるような笑顔を見せた。

 

「こ、あ、え……ぅぁ……。」

「何。はっきり言って頂戴。」

 ケル=オラはぶんぶんと顔を振った。

「こ、こんなの許されるはずがない!!」

「誰が何を許さないと言うの?アインズ様にはご許可をいただいたわ。」

「アイ――神王の横暴を評議員が知れば戦争になるぞ!!この国に竜王がどれだけいるか分かっているのか!!」

「竜王が何人いた所で関係ない話よ。あんな蜥蜴達、アインズ様が出る幕もないわ。けれど、そんな心配は無用だと教えてあげる。評議国は明日、賛成多数で神聖魔導国になるのだから。ふふ、評議員たちのあの顔、見せてあげたかったわ。」

 ケル=オラはパクパクと口を動かし、目の前の邪悪なる存在を見た。

「さ、無駄話はここまでよ。早く後始末をなさい。これじゃいつまで経っても刑が始まらないじゃない。」

「で、できない…できない……。」

「あらそう。それじゃあ、仕方がないから他の者に代わりにやらせようかしら。この中で不出来なケル=オラの代わりに、杭の上に家族を乗せたい者は。」

 

 しん…と静まり返る。

 

 観察官は冷たい息を吐き、手近な所にいたケル=オラの従兄弟叔父を掴み、再び突き刺した。先ほどとは違って浅く、死に至れていない。目を剥いて絶叫している。

 皆、轡から唾液がぼたぼたと落ちるほどに泣き叫んだ。

 そうだ。皆もっと叫んだ方がいい。

 ケル=オラは「誰か!!誰か来てくれ!!」と思い切り叫んだ。

 返事がない。もう一度を声を張り上げる。

「誰かいないのか!!サマ=トナ!マガ=ユル!!」

 近所に住んでいる知り合いの名を呼ぶが、やはり返事はない。

「な、なぜ…なぜ誰も答えない!!」

「煩いわね。皆あなたの素材置き場にいるわ。」

 ケル=オラは怯える親族を残して素材置き場に向かって走った。

 二つ扉を抜け、素材を置いているオープンラックの並ぶ部屋に駆け込む。

 

 ――中にいた全員と目が合った。

 

 近所に住んでいた十何人の首が丁寧に並べられていた。どんな苦痛を受ければこんな顔になるのかと言うほどに歪んでいる。

「あ………ぐ………。」

 ケル=オラはその場で膝を付くと胃の中の物を全て出した。

 

 吐瀉物を見下ろし、震えていると――ケル=オラに影がさした。

「これで分かったでしょう。さぁ、早く始末に戻りなさい。」

 背後に立った監察官に触覚を引っ張られ、触覚が抜けてしまいそうな痛みが走る。

「いっ!痛!!やめろ!!やめてくれ!!」 

 

 庭に戻ると、死に切れていない従兄弟叔父が助けてくれと涙を流している。

 親族達は縛られた手で何とか生きている者を杭から引き抜こうとしていた。

「はぁ…全員反省が足りないわ。誰も後始末をしないどころか、邪魔をするなんて…。このままじゃ刑も始まらないし…仕方がないから手伝いを呼ばなければいけないわね。」

 観察官はそういうと巻物(スクロール)を一枚取り出した。

 燃やすと同時に黒い楕円が現れ、中からは純白の衣装に、鳥のくちばしを模した仮面を被る小太りの異形が姿を見せた。

 

「プルチネッラ、予想通りこの者達はだめだったわ。悪いんだけれど、手伝って貰ってもいいかしら?」

「もちろんでございます。アルベド様。」

 プルチネッラと呼ばれた者は杭に突き刺さって死んでいる者に振り返ると、「あぁ…」と残念そうな声をあげた。

「可哀想に。わたしわ多くの者を幸せにしたいのに!」

 狂ったような見た目をしてるが、これは悪い者ではない。ケル=オラも、親族達も、救いを求めるようにプルチネッラを見つめた。

「た、助けてくれ!!私は"生に感謝する刑"を言い渡されたのに、こんな事に――!!」

「あぁ、そうでしたか!こんな風に殺してしまうなんて、皆さんさぞ恐ろしい思いをした事でしょう。」

「あぁ、頼む!!助けてくれ!!」

「もちろん、わたしわその為に来たのですから、ご安心ください。」

 安堵が漏れ出る。

 

「――でわ、まずわ刺されても死んでしまわないように新たな穴を作り、広げ合いましょう!重要な器官が傷つけられないように内臓を押して動かすのです。そうしたら、痛みながらも死んでしまう事なく過ごせます!死んでしまえば全てがおしまいですからね。そしてゆっくり、じっくり時間をかけて串刺しになっていくのです。あぁ、内臓を動かす時に誤って死なないかご心配ですよね?大丈夫。今日わわたしの心優しい仲間達も連れてきましたよ!皆さんご安心くださいね。」

 

 言われている意味がわからず、ケル=オラは数度瞬いた。闇からは黒いエプロンを掛ける者達が続々と姿を現してくる。

 その者達が強烈な死の匂いを放っている事が、治癒に携わってきたケル=オラにはわかった。

 

「さぁ!さっそくはじめましょう!!」

 

 その後、無事に後片付けは終わり、ケル=オラの庭には立派な肉林が生み出された。

 死を恐れ泣いていた者達は死ぬ事なく杭に貫かれ、なんと四日間も痛みの中生を実感し続けることができた。ほとんど全員が飢えて静かに息を引き取った。

 心優しいプルチネッラは死ぬその時まで痛みを与えてやった。穴という穴から血を垂れ流す様は、熟れすぎた果実のようだった。わざわざ追加で痛みを与えたのは、飢えを忘れさせてやる為と、常に生きていることを実感できるようにと言う心遣いだ。プルチネッラは全ての者の幸せを願っている。

 

 ケル=オラは自宅で刑罰を受ける事を望んでいたが、常に血の繋がる者達の呻き声を聞き、「ここにはいたくない」と泣いた。

 彼女は無事にナザリックへ送られ――今日も、死にたい死にたいと言っている。生きている事に感謝する日は一日もなく、彼女が息を引き取る日は訪れない。

 

+

 

「…これで評議国も国の体を失ったわけだね。」

 ツアーはため息を吐いた。

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)。こちらの国に居を移しては如何でございましょう。」

「東方かい?」

「えぇ。」

「……いや、やめておくよ。そっちの拠点までアインズに知られたくない。アインズは悪くないぷれいやーだけれどね。」

 ツアーの腹心の竜王は苦笑した。

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)はアインズ・ウール・ゴウンに随分信頼を寄せているご様子。最早対ぷれいやー組織は解散しますか?」

「いいや。アインズは万が一フラミーやナインズが人質に取られるような事があればその命のためならば何でもするだろう。対ぷれいやー組織は引き続き強化を続けよう。」

「心得ました。――そう言えばこの間、神聖魔導国の冒険者がうちの国を訪れました。こんな所に国があったのかと興奮していたそうです。」

「……アインズは世界征服を目標に掲げてなければ、もっと良いのにね。」

「まったくおっしゃる通りかと。」

 

 始原の魔法の<世界転移>を失い、二人が会うのは久々だ。

 腹心の竜王は随分久しぶりに見る、ツアー本来の竜王としての姿から放たれる威風に浸った。




ツアー、お前評議国の竜王じゃなかったんか…
それにしても、また神話作っちゃったね…
そして「山をも動かす信仰」って言葉が好きすぎる男爵

次回、明日はお休みです!
またお話を思いつくまでゆったりお待ち下さーい!

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