眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#114 閑話 頑張れ!プレイヤー君

「産まれたか!!」

 執務机に向き合っていたアインズは椅子を転がす勢いで立ち上がった。

「はい、ご覧になりますか?」

 一方アルベドはどこか興味なさげな雰囲気だ。

「ご覧になるに決まってるだろう。九太!お絵描きは中断だ、行くぞ!」

「いく?」

「あぁ、良いものを見せてやろう!」

 そう言ってナインズを抱き抱えると、転移の指輪を輝かせてアインズの姿は消えた。

 アルベドは支配者達の居なくなった部屋で呟く。

「まぁ……多少は役に立つものね。」

 

+

 

「フラミーさん、ペストーニャ!」

 木製の家にアインズの声が響く。

「わ!アインズさん、ナイ君!」

「アインズ様、お仕度がありますのでもうしばしお外でお待ちください、あ、ワン。」

 フラミーとペストーニャの微笑みにナインズが近付こうとするが、アインズはナインズを抱えて一度外に出た。

 第六階層の湖は偽りの太陽を反射して今日も美しい。

「あ!ナイさまだぁ!」

「あ、いちた!」

 一郎太がワッとナインズに近付いてくると、アインズはナインズを下ろした。

「九太。梅子と二郎丸はまだ会えないそうだから、お話ししてきなさい。私は少し急ぎすぎたようだ。」

「はぁい!」

 ナインズは転ぶ勢いで駆け出すと、一郎太と手を繋ぎあった。

 一郎太はナインズより半年遅く生まれたが、カルネ区に通う小学二年生の蜥蜴人(リザードマン)兄弟と同じくらい背が伸びている。

 ナインズは一番のおチビさんだ。

「ね、ナイさま。ボク弟ができたんだよ!」

「おとと?」

「うん!今産まれた二郎丸は父上の弟君の子だから、ボクの弟でもあるんです!」

「はぇ〜。」

 一郎太が一生懸命説明しているが、ナインズは分かったのか分からないのかよく分からない返事をした。

 アインズはその様子があまりにもフラミーに似ているので小さく笑い声を漏らした。

「――アインズ様、二郎丸と梅子の仕度が整いました。」

 家の中からペストーニャが声をかけると、中からは一郎二郎に介助されながら、歩いて赤ん坊のミノタウロスが出てきた。その後に出産したばかりの梅子と手を貸す花子、フラミーも出てきた。

 今日、梅子が産気付いたと聞いたフラミーは第六階層へ飛び出していき梅子の背をさすって過ごした。

 母としての苦労、魔法で癒すことができない痛みを知ってしまったフラミーは共にナザリックに生きる梅子に何かしてやりたかったようだ。

 アインズもフラミーも、気まぐれで餌付けをして庭先で暮らすようになった野良猫が出産した程度の感慨しか持っていなかったが、庭の土壌を改良するミミズが繁殖していると思っているアルベドよりは余程心を動かされているだろう。

 庭に住んでいる野良猫が出産するとなれば、タオルくらい用意してやろうと思ってしまうのが人情だ。苦しんでいれば頭の一つも撫でてやりたくなる。

 

 二郎丸は震える足でなんとか立とうとしていた。

「神王陛下、これが二郎丸にございます。」

「もう歩かせるのか。流石にミノタウロスは早いな。二時間程度で歩くようになるんだったか?」

「は。一郎太も二時間ほどで歩き出しました。」

 一郎太は父達に手を引かれる二郎丸に手を伸ばした。

「…これが、ボクの弟。」

「あ!いちた、そっと。やさしく、やさしくね。ギュッてしちゃ、だめ。」

 ナインズが一郎太に注意すると、一郎太は頷いてから優しく二郎丸を撫でた。

「いちた、どう?」

「ナイさまの方が可愛かったです。」

「へへ、ないくん、かわいい。」

 一郎太の方が年下だと言うのに、褒められたナインズは嬉しそうだ。が、聴いているペストーニャは何を当たり前のことを言っているんだろうと思った。

「一郎太、それでも二郎丸はお前の大切な身内なんだ。弟同然だぞ。」

「兄者の言う通りだ。お前達は賢王の血を引く証を持つ赤いミノタウロス。手を取り合ってナインズ様にお仕えし、コキュートス様のように神の地ナザリックを守護するんだ。」

 一郎と二郎の言葉に、一郎太は力強く頷いた。二郎丸はまだ何も理解できていない。

「ボク、コキュートス様みたいになる!頑張ろうね、二郎丸!」

 一郎太は二郎丸の手を取ると歩幅を合わせてゆっくり芝生へ踏み出していった。ナインズも後を追う。

「――一郎、二郎。ミノタウロス達は五歳から小学校へ通うのが通常だが、一郎太はナインズが六歳を迎えるのを待って、二郎丸はアルメリアが六歳を迎えるのを待ってから入学でも良いか。」

 アインズの問いに一郎は当然と頷いた。

「私達は神王陛下とフラミー様にお仕えする為にコキュートス様に救われたのです。国もミノスもお助けいただいているのですから、私から言うことはありません。どうぞ御身の御心のままに。」

「兄者の言う通りです。一郎太と二郎丸もその方が喜びましょう。」

 ミノスは支配者のお茶会でここに来たとき、お付きのミノタウロスを置いてこっそりと賢王と王弟に密会した。ミノスは本当の王達が生きる事を知っているただ一人のミノタウロスだから――。

「すまんな。お前達の祖先は私と同じプレイヤーだ。あるべき場所に戻ってきたと思って欲しい。」

 アインズは二郎丸の手を引く一郎太とナインズを眺めて告げた。この二人のミノタウロスをナザリックに回収した事をツアーはかなり喜んでいた。ただ、繁殖はさせるなと言っていたが。

「陛下、どうか謝らないでください。ナザリックこそ私達の居場所。」

「我らが賢王も神に近しい存在だったと知れただけで、私達兄弟は幸せです。」

「助かる。ナザリックからお前達兄弟が出られる日は来ないかもしれんが、お前達の子は外に出す。その頃にはミノスが即位して十年とは言え、本国のミノタウロス達が騒ぐかも知れんが――ナザリックで生まれた者とだけ告げよう。」

 アインズとて人の子の親になってしまった。これまでNPC達を自らの子供だと定義してきたが、血の繋がる息子を前にしカルマに振り回される前に抱いたような感情を多く思い出した。

 同情や憐憫を以前より感じやすくなったのだ。――が、同時にフラミーと息子が暮らすナザリックの為ならば真実の魔王にも神にさえもなれるだろう。大切な者達と、それが暮らす世界を美しいままで保つ為にアインズは振り向かない。

「私達の生きる地はナザリックでございます。ここで生み出された多くの者が外など知らずに生きてゆくのでしょう。私達兄弟は、もう一生分の外を知ったのです。」

「…そうだな。その通りだ。」

 一郎太と二郎丸はナインズとアルメリアのために生み出された新しい守護神であると人々が噂するようになるまで後四年。

 当人達も生まれた時から仕える事を言い含められてきた為その噂を否定はしなかったし、むしろそれを誇りに思ったらしい。

 そして、来たる六十五年後の夏。ミノタウロス王国の人間家畜業者がなくなり、真なる賢王と称えられるミノス王が退く時。アインズへと全権を移譲され名を変えたミノス州に立つのは立派に育った一郎太と二郎丸であるが――今はまだその事を知る者などいようはずもなく――その時にパンドラズ・アクターが自分の読みきれなかった創造主の完璧なる万年計画に拍手喝采を送ったのは当然のことだ。

 ミノス州の民は神々が伝説の赤毛の指導者を与えたと二人を快く迎える。一郎太と二郎丸は本来自分達が導くべき民を導き続けたミノスへの感謝を忘れる事はなかった。

 二人がナザリックを出ても、一郎二郎兄弟は変わらずナザリックを出ることなくコキュートスや新しくナザリックへ迎えられた者達と楽しく暮らした。

 定期的にナザリックに帰ってくる二人の息子を褒めたり叱ったり、ミノス州は更に繁栄して行く。

 その頃には人間を食べる国家だけでなく、人魚(マーマン)の生肝を食べなければ老いが倍のスピードで進んでしまう種族の国や、茸生物(マイコニド)しか食べない種族の国などを友好国とし、毒抜きと言う名の国民食い脱却を進めていた。デミウルゴス牧場では相変わらず品種改良――見た目と知能を元の種族から変える悪魔の実験――が日々進められる。時には無自覚な同種食いも発生し、それによる病気が蔓延したりと四苦八苦するが――デミウルゴスにとってはそれもまた一つの余興だろう。

 

 実効支配が行き届いても、世界中が神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国へと名を変えるまでは随分と時間がかかった。

 

 しかし、遠い未来、全ての地域の改名が終わる頃にはアインズも思う。

 

 世界中が神聖・アインズ・ウール・ゴウン魔導国になってしまったら、この言葉は「地球」を示すようなものではないのかと。

 

 皆が神聖魔導国民の世界。それは誰もが地球で暮らす地球人であることと同じかも知れない。もしくは銀河の太陽系で暮らすことと同じかも知れない。

「私は太陽系第三惑星地球の日本で生まれました」と名乗る者がいないように、「私は神聖魔導国のスレイン州の者です」と言う者はいなくなるだろう。

 それはアインズ・ウール・ゴウンの浸透と同時に忘却を意味するかも知れない。

 

 その時現れたプレイヤーが果たして、いつ、どのタイミングでこの地が全てアインズ・ウール・ゴウンによって支配されていると気付けるのかと言うことは誰もが抱いて然るべき疑問だろう。

 

 あるプレイヤー達の場合――――。

 

 転移を果たし、彼らは自らのギルドホームで首をかしげる。

「何でログアウトし(落ち)ないんだ?」と。

 そして、他のログアウトしていないプレイヤーを探すためにギルドホームを後にする。

 ギルドホームを出ると見た事もない巨木の群れ、味と香りのある清浄な空気、命を育む水のせせらぎ、透き通る大気の向こうで燃える太陽。

 何かがおかしいとギルドホームに戻れば、蛇型のNPC、金羊裘の番龍(コルキアンドラゴン)に尋ねられるのだ。

絶対王者の金羊裘(トワゾンドール)を持つべき王達。何が起きたのでしょう。」と。

 彼等は総数二百種類ある世界級(ワールド)アイテムのうちの一つ、絶対王者の金羊裘(トワゾンドール)を守るNPCを生み出していた。大した力を持たない世界級(ワールド)アイテムだが、彼等にとっては文字通り二つとない宝物だ。

 NPC達との話し合いを終え、正当なる王達は世界に繰り出す。

 ギルドホームが出現した場所から数時間森の中を歩けば、川に囲まれる美しい街に差し掛かるだろう。

 川には橋がかかっていて、そこの検問で理性的なゴブリンや蜥蜴人(リザードマン)、人間に尋ねられるのだ。

「ようこそザイトルクワエ州北管理塔へ!皆様はザイトルクワエ州は初めてですか?」と。

 プレイヤー達が意気揚々と初めてである事を告げる。

「商売ですか?観光ですか?冒険ですか?移住ですか?ご商売なら許可証を、移住ならいらっしゃった州の転出届をご提示ください。」

 まるきりリアルの税関のような問いに、プレイヤー達は声を揃えて答えるだろう。

「「「冒険です!!」」」

「では冒険者プレートをお願いします。」

「冒険者プレート?」

 プレイヤーが首を傾げたところで川の検問官は苦笑する。

「…冒険者になりにいらしたという事ですか?またアングラウス剣術道場への入門者か。」

 人間の検問官の隣でゴブリンが手際よく入都許可証を書き、「わかってるでしょうが、ここと、ここにお名前とご住所、種族名ね。」と読めない紙を渡してくる。

「名前と住所、種族ね。はいはーい。」

 さらさらと日本語でリアルの住所とキャラクター名を書きつけ紙を返す。

 ゴブリンは訝しむようにそれを眺めると、顔を上げた。

「これ、大神殿で使われてる神大文字だろう?あんたら、そんななりで神官なのか?」

「……そ、そうですよ。」

「ふーん。それが冒険者?修行の一貫すか?」

「ま、まぁ……はい…。」

「ハハハ!通りでいい鎧やローブを着てると思った。ま、精々アングラウス道場で鍛えられることですね。はい、どうぞ。無くさないように気を付けて下さいよ。出入りの時には必ず必要ですからね。そうそう、アングラウス道場と冒険者組合は水上バス(ヴァポレット)で南一区、光の神殿は東一区、闇の神殿は西一区ね。」

 ボンっと判子を押され、入都許可証を渡される。

「ど、どうも。はは。」

 プレイヤー達はようやく入都かと安堵に息を吐き――これまで入都管理塔の影にあった巨木の存在に気付くのだ。

 空に向かって聳えるそれは霞がかかるほどに遠く、そして巨大だ。リアルにあるあらゆる摩天楼すらこれほど大きくはなかっただろう。巨木の周りにはこれだけ離れているというのに鳥が飛び交っているのが見える。

「――いや、あれはもしかして竜じゃないか?飛竜(ワイバーン)。」

 認識を改めながら街を進む。

 文明は魔法によって発展し、リアルとはまるで違う方法で成長を遂げている文化を前に感嘆を漏らす。

 馬車を引く魂喰らい(ソウルイーター)や船を操舵する謎のアンデッドを目撃し、低レベルのモンスターは使役されている事を知るだろう。

 この街はゴブリンを中心としたあらゆる種族の者達が行き交っている。

 実にファンタジーらしい様相だった。

「それにしても…ザイトルクワエ州だって。」

「なんじゃそりゃって感じだな。ま、ユグドラシルじゃないってことはすぐに分かってたさ。」

「どうする?ログアウトできないなんて…まずいよ…。」

「おいおい、落ち込むなよ。」

「だって…私明日バイトなんだもん…。」

「良いじゃんか。俺も明日は学校だけど、リアルなんかより面白そうだし。」

「俺も明日は本当は仕事だなぁ。」

「ねぇ、落ちる方法探そうよ。」

「そう言ったって…ここはゲームじゃなさそうなのにどうやって…なぁ?」

 プレイヤー達は押し黙った。すると、一人のお腹がグゥ〜と鳴る事で話し合いは終わりを告げる。

「とにかく、なんか食べようぜ。飯飯!」

 プレイヤー達は見たこともない文字を前に四苦八苦するが、いい匂いを辿れば一瞬だ。

「誰かお金持ってる?」

「とにかく金を稼がなくちゃ。」

「ここの代金はユグドラシル金貨で払えばいいさ。」

「金貨を(ゴールド)として先に売った方が良かったんじゃないか?」

「確かに。でも、質屋がどこにあるのかも分からないのに、こんないい匂い……我慢できるか?」

 液状食料ばかりの生活だった彼等は漂う香りにゴクリと喉を鳴らす。

 一行は店に入ると、先に座る前に店員を呼び止めた。

「すみません、これって使えます?」

「どれだい?」

 ユグドラシル金貨を受け取った女性はそれを見ると、店主を呼び寄せた。

「あらぁ…。ね、まだあれある?」

「何だ?」

「ほら、むかーし使ってたって、おばあちゃん達が大切にしてたやつ。」

「あぁ…両替天秤か。確か一番最初に出回った硬貨としまってあるはずだ。ちょっと見てくるから待っててくれ。」

 そうして彼等はたらふく食事を取り、両替料を差し引いた釣り銭を受け取る。

 紙幣や硬貨の出来栄えはユグドラシル硬貨と遜色ないものだった。それぞれ霊廟や奇妙な紋章、骸骨の横顔、美しい乙女の横顔、美しい青年の横顔などが描かれている。

 腹を膨らませた彼等は両替してもらった金で水上バス(ヴァポレット)に乗り、ある者は早く帰りたいと言いながら、ある者は美しい景色に感嘆しながら、ある者は新たな冒険に胸を躍らせて冒険者組合に入った。

 そこにはやはり多種多様な種族の者がいて、「読めないから代わりに読んで」とか「さっき帰ったところさ」とか「難しい場所の再マッピングに行ってきたよ」とかいう話しが飛び交っている。

 プレイヤーは窓口へ行き、冒険者登録をしてそれぞれ冒険者プレートを発行された。

 読解魔法を使いどの仕事に行こうかと話し合う。一人はまるで乗り気ではない。早く帰りたい、落ちたいとそればかりだ。

「――なぁ、冒険してれば帰る方法がわかるかもしれないんだしさ。」

 その言葉でなんとか話し合いは前向きになる。

「今一番簡単な依頼はトブの大森林の再マッピングと保護生物の分布調査だって。」

「まずはそれからやってみる?力試しや世界の情報集めに持ってこいだ。」

「魔物の素材回収とか怖いもんね…。」

「でも他のチームと最小三組で行けって書いてあるな。地図の出来がブレないようにだってさ。」

「じゃ、募ろうぜ!」

 プレイヤー達は保護生物の分布調査とトブの大森林の再マッピングへ出る。

 現地の冒険者達と手を取り合い、初めてのキャンプ、初めての狩り、初めての地図更新を行い――自らの圧倒的な力に震える。ただ、一人だけは魔物と戦うことはなかったが。

 そうして彼らは一週間ほどの調査から帰ってくるだろう。

 

 冒険者組合にはあっという間に最強の新米冒険者の名が知れ渡る。

「伝説のモモンみたいだ」と言われながら馴染んで行く。それが最上級の褒め言葉だと知ると、皆言いようのない満足感に浸った。

 新たな英雄様だ。

 そして、この国は神王陛下、光神陛下と呼ばれる王達によって統治されている事を知るだろう。食事前、睡眠前に感謝を皆口にしているのを聞くためだ。

 冒険を終えた夜、冒険者組合に戻ったプレイヤー達は受付嬢に告げる。

「俺達、次は結構難易度高いのいけるぜ。」

「では山脈に住む魔物の皮取り、もしくは山脈の再マッピングはいかがでしょう?今のランクで一番難易度が高い依頼です。」

「うーん、魔物狩りは一人やりたがらないのがいるからな…。ね、再マッピングじゃなくて新しいマッピングはないの?」

 プレイヤーの言葉は冒険者組合に響き、ドッと笑い声が溢れた。夜の冒険者組合は沢山の冒険者達が帰ってきて大賑わいだ。

「おいおい、見つかってない場所なんてこの世にあるのか?」「ま、海のどこかにはあるかもって言われてるよな。」「海を渡るなら海沿いの州に行ったほうがいいんじゃないか?」「見つかったら魔導勲章ものだもんなぁ。」「夢見たい気持ちもわかるさ。あれだけ強ければなぁ!」

「…海を渡らなくたって…わかんないじゃないか。」

「まぁ、それはそうだ!」

「……なぁ、初仕事は再マッピングだったけど…冒険者は他に普段何してんだ?」

 その頃の冒険者は再びモンスター退治の傭兵に戻っている。冒険者達が冒険をした――国や未開の土地を探した冒険者黄金時代を誰もが懐かしみ、プレイヤー達に聞かせる。

「昔はそれこそ新しい大陸を探しに行ったり、新しい地図を書いたりしてたらしいぜ。」

「へぇ、まるきりコロンブスの大航海時代じゃないか。」

「ころんぶす?イグヴァの大航海時代じゃなくて?」

「いいや。こっちの話さ。それで、今の冒険者は?」

「そりゃあ、今回と同じさ。つまり、素材採集の為の魔物の討伐や先輩諸氏の作った地図の更新って言うわけ。強力な魔物が暮らす所ほど値が張る。地図は年に一回神都に集められて最新版が世界中に出回るだろ?世界中の冒険者が毎日出かけて地図の更新をし続けている証さ。川も変わる、海も変わる、森も変わる、浜も変わる!この世は常に生と死が混在するんだからな!」

 冒険者が最新のマップと、去年のマップを見せてくれる。衛星写真がない世界というのは地図ひとつもマンパワーにかかっているらしい。

 プレイヤーはそれぞれマップを手に取り見比べると、軽く笑い声をあげた。

「ははは、これじゃあ冒険者は討伐屋か地図屋じゃないか。それにしても、地図は見に行ったと称して働かない奴とかいるんじゃないか?いくら三チーム以上で見張りあうって言ったって、三チームがグルでサボることもあり得る。」

「…お前、罰当たりな事を言うなぁ。そんな事言う奴は初めて見たよ。前人未到では無いにしても、世界中を見て回って冒険して地図を描き続けるんだぜ。区域ごとの地図には更新した冒険者達の名前も書かれる。名誉じゃ無いか。」

「…そうか?な、あんた。あんたが今まで受けた中で一番ワクワクした仕事はなんだ?」

「一番ワクワクした仕事って言ったら、そりゃあ――」

 

 そして知る。

 神の裁きを受け業火に焼かれた遺跡に踏み入れ、遺跡から有用な物を持ち帰る仕事の存在を。――この地に神が生きる事を――。

 

「――神ぃ?」

 プレイヤーの一人が口にすると、また一人プレイヤーが続く。

「火山か何かが噴火したんですか?裁きの業火なんて、すごい名前ですね。」

 

 冒険者組合にいる者達は全員が呆然とプレイヤー達を見るだろう。

「……あんちゃんたち、なんなん(・・・・)だ?」

 そのあまりの異様な雰囲気に、帰りたいと言っていたプレイヤーは再び帰りたいと強く思う。

「…え?何ですか?」

「お祈りもしてる姿を見なかったし……信じらんねぇ、神殿に報告した方がいいんじゃないか?」

 皆が口々に神殿という言葉を繰り返し、ついには神官が呼び出される。

「神官様!こっちだ、こっちだ!」

「どれどれ、記憶喪失の冒険者ですって?」

「小学校で習ったようなことまですっかり忘れてるみたいだ。こいつら、一週間前にエ・ランテルに来た新入りなんだけどよ。下手したら一週間前にそう言う魔物が出たか、時忘れの草が生えちまったかもしれねぇ。」

 騒めく冒険者組合。

「可哀想に。どこのご出身ですか?入都許可証は?」

 プレイヤーは無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)の中に手を突っ込み、ゴブリンに渡された入都許可証を探しながら告げる。

 

「…俺たちこの国の人間じゃないんですよ。俺たちの国には神様だっていなかった。」

 

 それを聞かされた者達のショックは凄まじかっただろう。

 

「あんたら…神聖魔導国の人間じゃないのか…?」

「だ、大神殿に報告だ!私は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)様にご報告申し上げてくる!!」

 

 神官が慌てて立ち去り、受付嬢はプレイヤーの手を取った。

「あなた達、どこから来たんですか?」

 その隣の冒険者も手をとる。

「本当にまだ見つかってない場所があんのかい?」

 途端に騒めきに支配される冒険者組合に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が駆け込み、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が燃やした巻物(スクロール)によって転移門(ゲート)が開かれる。

「共に来るのだ、人間達よ!大神殿にてアインズ様のご降臨を待つのだ!!」

「な、なんだ!?」

「ええい!早くしないか!――死の騎士(デスナイト)達よ!ひっ捕らえろ!」

 腕を掴まれた所で、外から死の騎士(デスナイト)も集合してくる。プレイヤー達は各々剣と杖に手を掛けた。

「と、捕らえって!?皆、死の騎士(デスナイト)を気絶させたらホームに一度転移しよう!」

「オーケー!」

「ユグドラシルの死の騎士(デスナイト)と同じだといいな…!」

 各自がたった一刀奮うだけで死の騎士(デスナイト)は倒れ、プレイヤー達は瞬時に姿を消した。

 後に残ったのは、僅か一ポイントの体力が残る死の騎士(デスナイト)達だった。

「――逃したなど…御方々にご報告できん!!」

 

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の怒りは冒険者達を僅かに震え上がらせた。

 

+

 

「はぁ、はぁ…なんなんだ…!冒険中は皆普通だったのに…!」

 プレイヤー達は帰り着くと、ドタドタとホームの中に入って行った。

「…ねぇ、大神殿に神様、本当にいるのかな?」

「あいんず様ってやつか…。」

「教祖とかキツイわぁ…。」

 苦笑に次ぐ苦笑。

「でも、本当に神様がいるなら家に帰らせてくれるかも。」

 一人の言葉と共に、冒険者に見せられたまま持ち帰ってしまったマップに視線が注がれる。

「……大神殿だっけ。」

「探してみる?」

 一同は巨大なマップを開き、一人が読解魔法を唱える。

 ザイトルクワエ州と、一番大きな文字で神都大神殿と書かれた場所を見付けた。自分たちのいる場所をぼんやり認識する。

 

「――行ってみよう。」

 プレイヤー達は装備を整え、金羊裘の番龍(コルキアンドラゴン)の背に乗った。

 金羊裘の番龍(コルキアンドラゴン)は夜空を滑るように飛び、神都大神殿を目指す。

 初めて感じる澄んだ風の流れに、皆思わず笑みが溢れた。

「お前が帰るのは勝手だけどさ!俺はここに呼んでくれた神様に感謝しちゃうよ!」

「もしかして帰らないの!?」

「帰るもんか!」

「これが夢なら一生醒めるなって思うくらいだね!」

 それぞれが希望を口にする。

 夜は深まり、地上の明かりは少しづつ光量を落としていった。

 それに連られて空の輝きは一層増し、月はどんな明かりよりも強く一行を照らした。

「――王達よ、あれが神都大神殿に違いありません。」

 金羊裘の番龍(コルキアンドラゴン)の通達に皆身を乗り出してその巨大建造物を見た。

「っひぇー!こりゃ本当、魔法の世界の建物って感じだなぁ!!」

「どちらへ降りますか?」

「あの窓の辺りでいいよ!解錠アイテムならある!」

「え?正面から入らないの?」

「ふふ、神様ってやつの鼻を明かしてやろう。本当に神様なら出し抜けないだろうし、これで俺たちの侵入を許すなら神様じゃないって。」

「そうそう。それに、もし神様って奴が俺達を無理矢理呼び出したんなら、帰る邪魔をする可能性だってある。」

 帰る邪魔をされる。そんな事を考えもしなかった者は顔を青くした。

 龍は指示に従い大神殿の窓辺に寄り、解錠アイテムによりいとも簡単にプレイヤー達は侵入を果たす。

 中は静まり返っており、プレイヤー達の足音が反響する。何人も大勢で走っているように錯覚してしまうほどに。

 多くのステンドグラスから月明かりがこぼれ落ち、この世のものとは思えない陰影を生み出す。

 美しさに囚われるのも束の間。

 彼らは大神殿の中を駆け抜ける。

 ユグドラシルの時の冒険となんら変わらない。

 大聖堂を抜けて廊下に出ると、かなり古い建物と新しい建物が一つに繋がるように建てられていることに気が付く。

「こういうところには絶対世界の秘密がある。」

「お決まりだな!」

 アーチ状の天井がかかる回廊を抜け、黄金や大理石の像が立ち並ぶ間を抜け――そしてたどり着いた場所。

 そこは何かの儀式をするような真四角のプールがあった。

 ただ、プールと言っても泳げるようなものではなく精々膝程度の深さだ。周りには白亜の石柱が並び、よく磨かれた大理石の床は夜空に浮かぶ月を映す水面と繋がるようにすら見える。

 プレイヤー達はここだと確信の声を漏らす。

 この場所からリアルへ帰れるだろう。

 ただ美しいプールがあるだけならば彼らもそんなことは思わなかった。

 しかし――

「あれを開けてみよう。」

 その言葉はプールの中央にある石の台座に置かれた一冊の本に向けられていた。

 月光に曝される本は異様な雰囲気を纏い、おいそれと触れることは許さないようだ。

 プレイヤー達は罰当たりにも鏡面の如きプールに降り、水を掻き分けて本へ向かう。

 歩みを進めるごとに波紋が起こり、プレイヤー達の顔に水面を反射した月の光がゆらめく。

 数えきれない魔法解除の魔法を掛け、ようやく開かれた本には馴染みの日本語が並んでいた。

 少し丸みを帯びた文字が丁寧に綴られるそこには、リアルの惨状を嘆き、世界にリアルの知識を持ち込まないで欲しいと言う強い訴え。

 そして、この世界にもたらす事を禁じる多くの言葉がまとめられ、最後のページには――

 

「子を生んで多くなり、地に満ちてそれを従わせよ。そして、海の魚と、天を飛ぶ生き物と、地上のあらゆる生き物を服従させよ。」

 

 突如響いた声にプレイヤー達は振り返る。

「――どうでした?私の作った絶対禁書。」

 月の光に照らされる皮膚は重い病気のように紫色で、プレイヤー達はその職業(クラス)が何なのかをすぐに悟る。

神の敵対者(サタン)…。」

 しかし、それにしては翼が――そう思っていると闇がゾワリと蠢いた。

「本当に揺り返しが来たな。私達はこの日をずっと待っていた。」

 ――ユグドラシルのネット掲示板を見たことがある者なら一度は目にしたことがある死の支配者(オーバーロード)

「……も、モモンガ…?」

「モモンガって…じゃあ…あいんずって…アインズ・ウール・ゴウン…?」

「ふふ…ふふふ…ははは。なんと懐かしき名よ。ユグドラシルプレイヤー達。私こそ、ギルド――アインズ・ウール・ゴウンのモモンガだ。そして、神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が闇の神。アインズ・ウール・ゴウンでもある。」

 名乗りと共に静かに吹き抜けた風は水面を揺らすには十分だ。

「さて、まず君達には問わねばならんだろう。我が世界と絶対禁書を見てどう思ったかな?」

「わ、我が世界…?じゃあ、ここに俺達を引き摺り込んだのはお前か!!」

 神を自称する男は杖をコツコツと骨の指で叩く。そして、どこまでも穏やかに口を開いた。

「質問の答えになっていないな。だが、許してやろう。この世界に来たばかりの頃は私もよく混乱し抑制されたものだ。気持ちはよくわかる。しかし、この世界の美しさはどんな時でも変わらなかった。CGにも決して劣ることはない。君達にもそれが分かるはずだと私は信じている。さぁ――君達はそれを読み、何を思った。この世界でどう生きるのか考え、結論を教えてほしい。」

「皆さん、良いお友達になれるといいですね。私達、この日をずっと待って備えて(・・・)たんですよ。」

「おともだちって…!私達帰りたいんです!もう丸々一週間ここにいて……こんなの電脳法違反ですからね!!」

 一人が叫ぶ。

「電脳法かぁ、懐かしいなぁ。でも――その言葉は禁じました。いけませんよ?次使ったら怒ります。」

 注意されただけだと言うのに、何故か背筋は凍るようで、水に浸っている足から悪寒が込み上げた。謎の不安感に抗うように各々剣や杖に手を掛ける。

「やめておけ。もはや我々は百レベルの枷すら解いている。」

 モモンガの噂を知らないほどプレイ歴は短くない。プレイヤー達はモモンガの腹に収まる赤い宝玉を睨み付ける。

「せめてこいつだけでも帰してやれないのか。」

「残念ながら私達にそんな力はない。私は言ったはずだ。ここでどう生きるのか考えろ――とな。」

「…そうかよ。お前達を殺したらリアルに戻れる可能性は?」

「ゼロ――とは言えんな。何せ、そんな事を試したことなどないのだから。」

「じゃあ、殺してみるって言ったら。」

 開戦のゴングだと思われた。しかし、一番帰りたがっていた者が剣を抜き放とうとした者の手を取る。

「や、やめてよ!人を殺すとかおかしいよ!!私、あの人達も魔物も殺せない!ゲームじゃないのに、生き物なんて殺せないよ!!皆変だよ!!」

 たとえ狼を殺せる道具を持っていたとしても、食べもしないのに山にわざわざ分け入り狼を殺す者は少ないだろう。

 魔物だって生き物だ。普通の人間としての感覚を失っていない、リアルを生きた者にとってそれは苦痛以外の何者でもない。命を奪う作業に、望むところだと向かっていける者は少ないのだ。

「同意だな。私も無意味な殺戮は好かない。一人は話が通じそうだが――他の者はどうだ。今ならまだ聞く耳を持っているぞ?」

「………確かにここは綺麗な世界だったけど、それであんたらは人々を締め付けて満足か?」

 プレイヤーが禁書をパンっと叩く。

「あぁ、満足だとも。」

 答えは少しの躊躇いもないものだった。

「ここはシミュレーションゲームじゃないんだぞ!」

「よく分かっているじゃないか。その通りだ。ここは決してゲームなどではない。満ちる月は眠る命を照らし、大気すら息付き、森は萌える。これは管理され汚されることなくあり続けなければならない。」

「……汚してしまう危険を教えるだけで十分だって俺は思うけどな。」

「そうか。それで、君はその先になにが待つと思う。」

「本当の幸せが、誰にも操作されない真実の世界が待ってる。俺は自分がこれから暮らす世界が他人の手で操作されてるなんて気持ちが悪いね。」

「――青いな。」

「あんただって十分青いだろうが!!」

「君はリアルにいた頃、誰にも何も支配されていないと思っていたのか?生きる事は何かのルールに縛られるという事だ。人は生まれた瞬間から支配する者と支配される者に別れる。決して平等などはない。世界は不公平だ。しかし、リアルには平等だった時代もあっただろう。その結果、人はあのリアルの惨状を招いたのだ。君のいう方法では世界はいずれ崩壊する。これだけ締め付けていても科学を求めようとする者はいるのだからな。これは世界のためだ。」

「御託を!結局は世界のためじゃなくてあんた自身のためだろうが!」

 それは誠、勇者の雄叫びだった。

「ふむ、それはそうだな。では言い方を変えよう。私達が末長く美しい地で暮らすため、私はわざわざ世界の守護者を買って出ている。君達は私の守護領域で与えられるものから幸せを産めばいい。それに納得し、静かに暮らすと誓え。然すればお前達にも神の座が待つ事を約束しよう。」

 伸ばされる骨の手を掴もうとする者はいなかった。

「魔王が!!」

 答えは明白だ。

「――残念だが、仕方がないな。では、最後の良心として君達に平等を与えよう。」

 アインズがそう言うと、帰還を望んでいた者は瞳を輝かせた。

「死だけは全ての者に与えられる平等。つまり、私だ。死の支配者たる私による慈悲のみが、この不公平な世界における絶対の平等、手向けだ。」

 

 これは遠くも近い未来に起こる戦争だ。

 彼らは限界突破の指輪と始原の魔法を前に命を散らすだろう。

 神々は遥かなる刻の流れの中で、何度も出会いと別れを繰り返す。

 時には町や愛する自然を巻き込む激しい戦いに身を投じ、取り返しのつかない破壊に咆哮を上げるだろう。

 また、ある時には理解のある者と手を取り合うが、カルマに振り回され身を滅ぼす姿に嘆く夜もあるだろう。

 負に偏れば、強い支えを持たない者はいつか魔神となる。

 正に偏れば、牧場の正体に耐えきれずいつか魔神となる。

 中立であれば、育って来た感覚を忘れられずリアルへの帰り道を探す流浪の旅人になる。

 

 世界は百年のたびに神の力を思い知る。

 現存する神々を前に神話は綴られ続ける。

 それの全てを追う事などできようはずもない。

 彼らはいつまでも絶対なる神々として君臨し続ける。

 愛する全てのために。




最終回みたいだ
次回#115 閑話 小さな命
ふぅ、今度こそお嬢だ!!
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