観客が一人もいない円形闘技場に、丸い人影と、スラリと細長い人影がある。
空は抜けるような青で、歩みを進める度に闘技場の乾燥した土の香りがする。
「如何ですかな?これ程見事な闘技場はバハルス州中を回ったとしても一つもありませんよ。何せ、ここにはエル=ニクス州知事もよく足を運ばれるほどですから。」
機嫌良さそうに告げたのはこの闘技場
「確かに見事です。……しかし、風の強い日には土埃が立ちそうですね。闘技には向いていそうですが――芝居には不向きかもしれないかな。」
一方値踏みするような目で辺りを見渡しているのは今流行りの劇団を抱える劇団長だ。これだけ大きな会場は初めてで、これまでは広場で公演したり、貴族の邸宅に呼ばれて劇を見せたりしていた。
「いやいや、絨毯を敷けば大した問題にはなりません。色取り取りの絨毯を敷けば、異なる色の絨毯の上へ移動する事でシーンの切り替えもできましょう。全面にお客がいる
「その絨毯の調達は?」
「私が知り合いの織物屋に良い宣伝ができると声を掛けてみましょう。」
「あぁ、オスク殿は商人もされていらっしゃるんでしたね。」
「えぇ、まぁ。道楽程度にですがね。」
オスクが軽く笑い声を上げると、富を蓄えでっぷりとした腹が揺れる。笑みの形に細められた目は小さすぎるせいで、瞳を覗く事はできない。
「それは…商人よりもこの闘技場の運営の方が、あなたにとって重要という事で?」
「ふふ。私はそう思っていますよ。近頃では色々な亜人の方々も武闘会に参加して下さいますしね。私はこの場所に心血を注いでいるのです!」
「それほど大切な場所を、闘技場ではなく劇場として使用しようと言う私達をお許しくださるとは意外ですね。」
オスクは一度ふむ、と声を上げた。丸々とした顎を軽く撫でる。
「これほど大きな会場で劇が行われたことは歴史上一度もありません。席数は実に五万。これを埋める為にはバハルス州以外にも――例えば、スレイン州やザイトルクワエ州、果ては新大陸にあるエルサリオンなる州にも大々的に広報を打つ必要があるでしょう。世界中からこの闘技場に人々が押し寄せるのです。そうすれば、ここで武闘会が開かれていることを数えきれない人々が知ることになるでしょう。更に強者がここに集い、鍔迫り合いをすることになります!」
興奮を隠しもせずオスクは両手を目一杯広げ、自慢の闘技場をぐるりと見渡した。商人と言うより、彼本来の持つ人間性が溢れ出る仕草だ。
この闘技場最強の存在である武王、ゴ・ギンというウォートロールをスカウトして早幾星霜。
オスクには肉弾戦の才能が欠片もないため、ゴ・ギンのことは自分の代理戦士と定義していた。
彼は近頃ではよく故郷のトロール市へ帰っている。知っての通り、トロール市は今ではバハルス州の一部だ。
オスクには最強の戦士になる存在を育て上げたいという一つの夢があった。ゴ・ギンの子であれば更に強くなるはずと考え、彼に嫁を取るよう勧めてきたが――今ではそれを強くは勧めていない。
なんと言っても、ゴ・ギンの腹違いの兄、ガ・ギンが神の手により赤ん坊に戻ったのだ。
一度はウォートロールを率いてトロール国という大国を生み出した程の男が、一から再び人生をやり直すなんて。必ず最強の戦士になるに違いないとオスクは確信している。
オスクもよくゴ・ギンと共にトロール市を訪れ、ようやく立てるようになったガ・ギンの訓練を見ているが、既に剣筋は完成されている。
彼は元々最強に近い戦士だったのだから当たり前だが、オスクは感激せずにはいられなかった。
ガ・ギンがいつか再び大人になる時、ここの闘技場が野暮な存在で溢れているような真似は許されない。
オスクはこの闘技場を世界中に知らしめ、オスクが見出したゴ・ギンと共に育て上げる、最強の戦士――ガ・ギンの力を証明できる場所にしなければいけないのだ。
その為なら、話題性のある闘技場の使い方は大歓迎だ。
「私達の歌と劇が闘技場の宣伝になる。そういう訳ですね。」
劇団長に問われると、にんまりとした笑顔を作りうなずいた。
「その通りです!施設利用料も極力抑えてお貸しいたしましょう。」
二人は真っ直ぐ互いの視線を交わすと手をギュッと握り合った。
ナザリック地下大墳墓、第六階層。
地下大墳墓最大の面積を誇るこの地は大半が鬱蒼とした樹海に支配されている。
しかし、アインズ・ウール・ゴウンの凝り性なメンバーが単なる森をビルドするだけで満足するはずなどあるはずもなく、闘技場、アウラ達の住む巨大樹、木々に呑みこまれた村跡、湖とそれを囲む草原、塩の樹林など多様な場所が存在する。
そんな第六階層で、蠱毒の大穴、歪みの木々、底無し沼地帯に彼らが近づく事は許されていない。
彼らとは――まずはこの地の支配者の子供であるナインズ・ウール・ゴウン。切り揃えられたさらさらのおかっぱ頭に、ほんの少し尖った耳を覗かせている。優しげな目元には不釣り合いな黒い亀裂。女児の格好をしている訳ではないが、一見すると女児にも見える。
残りは二人。
どちらも見事な赤毛のミノタウロスで、一郎太と二郎丸だ。
三人は歪みの木々、侵入禁止区域目前で耳を済ませていた。
「――ね?一太、二の丸。何か聞こえたでしょ?」
ナインズが訪ねる。一郎太と二郎丸は耳をぴこぴこと動かし頷いた。
「聞こえました!イチ兄も聞こえた?」
「もちろん!ナイ様、向こうには何があるんですか?」
三人の後ろには春の訪れに色付く森。前方には歪みきり葉っぱ一枚生えることのない黒々とした木々の群れ。
もの寂しい風が吹く。青々とした芝はゾーニングするように灰色へ変わり、いつも遊んでいる第六階層とはまるで別世界のようだった。
遠くからは啜り泣くような声が聞こえて来ていた。三人はぶるりと身を震わせる。
「何があるかは分かんないけど、怖いよね…。」
「…怖いです…。」
「世界って広いねぇ…。」
ナインズが知ったような口をきいていると森からトットットッ、と軽快な足音が接近して来た。
三人が森へ振り向くと、漆黒の巨狼に跨り巡回をするアウラとハムスケが姿を見せた。
アウラの姿は実に堂に入っていて、巡回など慣れたものだ。
「わぁーかぁー!若ー!」
「ナインズ様ー!この先は危ないから入っちゃ駄目ですよ!」
ハムスケは姿を見せるとふんふんとナインズの顔周りの匂いを嗅いだ。
切り揃えられた髪が揺らされるとナインズの耳に付けられた赤紫色のピアスが見え隠れした。フラミーの最強装備の模倣品だ。それ一つで町を丸ごと買収できる程の値が付くなどハムスケは思いもしない。
「あは、ハムスケぇ。ねぇアウラ、この音はなぁに?」
「この音は餓食狐蟲王が守護する領域、蠱毒の大穴から聞こえて来てるんですよ!すーっごく気持ち悪い奴と
アウラはうぞうぞで、ねばねばで、ぎょろぎょろで――と餓食狐蟲王の見た目を説明した。
「ど、どうしてそんな気持ち悪いのがナザリックにいるの?」
「それは勿論、アインズ様や至高の御方々が必要だって思われたからですよ!」
「じゃあ、不愉快な巣は?不愉快なのにお父さま達は作ったの?」
「あー、うーんと、不愉快な巣達は御方々が生み出されたものじゃないんです。あれらはすごく愚かで、穢れているんですよ!」
アウラは爛漫な笑顔を見せたが、それはどこか薄ら寒い。
「おろかでけがれてる…?ぼく、そんなの見たことない。アウラと一緒でも見に行っちゃだめなのかな?」
「あんなの見ない方が良いですよぉ。夜寝られなくなっちゃいますから!もしこれ以上近付くと……餓食狐蟲王が寝てる時に部屋に入って来て…ズルーリ…ズルーリ…何かが這うみたいな音がして………それで…ぴちゃん…ぴちゃん…意味不明な液体がたくさん垂れていく音がして………寝てる耳にそれが…………ぴちゃーん!!」
「「「「ッキャー!!」」」」
ナインズは近くにいたハムスケに抱きつき、一郎太と二郎丸は互いに抱きついた。ハムスケもブルブル震えている。
「なーんてなったら嫌ですし、戻りましょうね!さ、湖畔までお送りします。そろそろコキュートスとシャルティアも来る頃ですしね。」
アウラが手を伸ばすとナインズはフェンに、一郎太と二郎丸はハムスケに跨った。
一行は湖畔に向けて足早に移動を始めた。ナインズは"愚かで穢れている不愉快な巣"と言うものが何なのか分からず、歪みの木々が見えなくなってもいつまでも後ろを眺めた。
ゆさゆさと魔獣達が歩みを進めていく姿を、アンゴラウサギによく似た魔獣――スピアニードルが道の脇に立ち上がり見送った。体長は実に二メートルを超える白い塊だ。戦闘態勢に入るとふわふわの毛皮は細く鋭い針となり危険度は高い。六十七レベルと高レベルのモンスターの為、彼らはナインズへの接近を禁止されている。ナインズが触ろうと近寄ると脱兎の如く逃げていく。
あちらこちらの茂みからガサガサと音が鳴り、その度にナインズや一郎太、二郎丸は興味深そうに目を凝らし――ハムスケは毎度肩を震わせた。
「――アウラ殿ぉ、それがし、前にあの枯れた林に近付いたことがあるんでござるが…大丈夫なんでござろうか…?そのコチュウ王殿に食べられたりしないでござるか?」
「え?近付いたの?悪い子だなー。」
「だ、誰も近付いたら駄目だって教えてくれなかったでござるよぉ。」
「あぁあ〜。まぁ、二度と近付かない事だね。」
「アウラ殿ぉ〜!」
ハムスケが力を感じさせる瞳を潤ませると、林の向こうを見ようとしていたナインズは慌てて手をあげた。
「ハムスケ!今夜はぼくと寝ようよ!ぼくは怖くないけど、ちっとも怖くないけど、ハムスケのために一緒に寝てあげる。」
「若、良いでござるか!」
「うん!」
ハムスケがぽやぽやと花を撒き散らしていると、ようやく湖畔にたどり着いた。
湖畔ではコキュートスとシャルティアが臣下の礼を取って待っており、そのすぐ側には絨毯が敷かれアインズとフラミーもいる。
コキュートスは言わずと知れた教育係だが、本格的に魔法の練習を始めた今、魔法が使えるガチビルドのシャルティアとマーレも教育に携わっている。
「お母さまー!お父さまー!」
ナインズが手を振り、フェンは近過ぎないところで止まる。あまり騎乗したまま近寄っては不敬だ。
アウラは翼でも生えているような軽やかさで大地に舞い降り、ナインズへ手を伸ばした。
「さ、ナインズ様!お手をどうぞ。」
ナインズはフェンから降ろして貰うと、アインズ達の下へ走った。
「お父さま、お母さまどうして来たの!お仕事は!」
ナインズは幼稚園年少さんよろしく午前中はこうして第六階層や第五階層、宝物殿にいる。遊んだり、訓練をしたり、勉強をしたりと忙しくも楽しく過ごしている。
なので、朝起きて部屋を出ると昼食まで両親には会わないことがほとんどだ。
「お前に見せたい物があってな。それより――ナインズ、シャルティアとコキュートスに言うことがあるだろう?思い出せるか?」
アインズは静かに窘めると、ナインズは「うんと…らく…うんと…」と呟いた。フラミーはくすりと笑ってから、ナインズの後ろの者達に告げる。
「皆さん楽にしてくださいね。」
アウラと一郎太、二郎丸は付いていた膝を上げた。三人とも決してついた土をはたくような真似はしない。アウラの服は汚れがつくような事はないが、もし万が一にも土埃が舞っては不敬だ。ハムスケはそのままフラミーの近くに寄って行った。
ナインズはハッとすると、未だ臣下の礼を取り続ける二人へ振り返った。
「じいもシャル
「オソレイリマス。」「妾達など後でも構いんせんのに、お心遣い痛み入りんす。」
二人は立ち上がり、アウラの側に付いた。
「さて――それで、ここに来たのはな。アーウィンタールで近々劇をやるらしい。奉納したいと大神殿に連絡が来たから、お前にパンフレットを見せてやろうと思って来たんだ。」
「げき?」
ナインズは首を傾げ、アインズの手からパンフレットを受け取った。
そこには神官装束の男が祈りを捧げるような姿の絵と、何やら文字が描かれている。ナインズにはルーン文字しか分からない。
「あぁ、劇だ。なんて言うのが正解かな。人々が自分ではない誰かになるんだ。」
「げんかく?」
「………いや、劇は幻覚ではない。」
アインズが唸ると、隣で膝に乗る黒い塊を撫でていたフラミーが口を開いた。
「ナイ君、お話読んでもらうの好きでしょう?皆がお話を見せてくれるの。きっととっても楽しいよ!」
「へぇー!すごいねぇ!」
「リアちゃんも連れて皆で行こうね。」
ナインズは微笑むフラミーの隣に座ると、その膝の上の黒い塊に触れた。
ゆっくりと黒いところをめくり上げると――中には金色の瞳を開いてジッとナインズを見つめるアルメリアがいた。
「リアちゃん!にいにだよ!ゲキ観に行くって!」
ナインズが大きな声を出すとアルメリアは笑った。
「にいに!」
「えへへぇ、リアちゃんって可愛いねぇ。」
アルメリアは深すぎる漆黒の翼を広げるとくぁーっとあくびをし、フラミーに引っ付いた。
「おか。」
「はぁひ、よしよし。」
生まれた時につるつるだった翼に、初めて黒い羽毛が生えたときのアルベドの喜び様は並のものではなかった。
アルベドのように腰からではなく背から生えているが、今もアルベドのハッピーフィーバーは終わっていない。
アインズとフラミーが蝙蝠や竜のような皮膜状の翼でなかったことに安堵したのは言うまでもない。あからさまに悪魔では何かと問題がある。
ナザリックには
「花ちゃんにはまだ劇は難しいかもしれんが、まぁ良い経験になるだろう。」
アインズが顔を近づけると、アルメリアは顔いっぱいに笑みを作った。その笑みはまるでこの世の全てを恋に落とそうとするようで――実に小悪魔的だった。
「おちょ!」
まだ
たった一言でアインズはでろでろに溶けた顔をした。可愛いナインズがいるのだから、子供への耐性は万全だと言っていたにも関わらず。
しかし、それも仕方のないことかもしれない。
アルメリアは凶悪だった。無意識に人が愛するような仕草ばかりをする。不思議と保護対象にしたいと思わずにはいられない存在だった。もし、万が一
アインズはフラミーからアルメリアを受け取り、手のひらサイズ程度の小さな翼を撫でる。
アルメリアはベースが殆ど人間だったナインズと違い、言葉を覚えるのも早ければ、首が座るのも早い。
翼が付いている以上、早く首が座らなければ生物的に命の危険があるためかもしれない。
アインズがアルメリアの翼を
「じゃあ、シャル
ぺこりと頭を下げるとシャルティアはそれより深く頭を下げた。
「今日はナインズ様に位階魔法を覚えて頂くため、模擬戦を行える相手をご用意いたしんした。」
本来なら魔物を実際に狩った方が良いのだろうが、アインズとフラミーがカルマ値がマイナスに傾く事を嫌った為、高レベルな者と模擬戦を行い少しづつレベル上げをする事にした。
「――え?ダメだよ。ぼくはね、ナイくんは皆には優しくしなきゃいけないって。」
「ご安心くださいまし。万一御身が魔法を打てたとしても、傷一つ付かない者を呼んでおりんす!その名も――」
シャルティアがバッと手を天に掲げると、ナインズの上に影がかかる。
魔法の力と物理的な力で羽ばたき、少し離れたところに降りたのはマーレの持つ、カキンちゃんと並ぶ二体のドラゴンのうちの一体。
「――ボーナスでありんす!!」
アインズとフラミーは顔を上げた。
「ぼ、ボーナス…?」
着陸したドラゴンの背からマーレがもたもたと降り、駆け寄る。
「お、お待たせしました!ボーナスさんをお連れしました!」
おかっぱ頭がサラサラと揺れる。ナインズと二人しておかっぱだ。
「ボーナスさん、よろしくお願いします。」
ナインズが頭を下げる横で、フラミーは茫然とドラゴンを見上げた。
「マーレ…一応聞くけど、ボーナス君の名前も…?」
「あ、は、はい!あの、ぶくぶく茶釜様が『私のボーナスの威力を見たか』と以前仰っていたので、僕達も、その、ボーナスさんと呼んでます!フラミー様も、あの、『ボーナス万歳』って、仰ってましたよね?」
それを聞いた瞬間、フラミーの頭の中には当時の光景が即座に浮かんだ。
「私のボーナスの威力を見たか!」
ぶくぶく茶釜がピンク色のぬらぬらした手で、金に物を言わせて手に入れた竜を叩く。
それを見ていたいつもの女子メンバーはワァー!と拍手をした。
フラミーの膝の上にはアウラ、やまいこの膝の上にはマーレ、餡ころもっちもちの膝の上にはエクレアだ。
「すごいです!茶釜さん、ブルジョワですー!」
フラミーが盛り上がると、やまいこは首を傾げた。
「かぜっち、声優にボーナスなんてあるの?」
「ふ、ちょいとこっちのワードを入れる仕事があったからね。」
茶釜はそういうと、右手で何かを掴む形にし、数度傾けた。
「――あぁー、特殊景品交換できるやつね。」
「そゆこと。あれはセリフ一つごとにギャラがあるから、普通のアニメやゲームより稼げるんだー!」
納得しているやまいこを他所に、フラミーと餡ころもっちもちは理解できずにいる。
「特殊景品ってなんです?」
「交換ってなにぃー?」
「遊んで手に入れた玉を、隣にたまたま建ってる古物商が買い取ってくれるとっても楽しいゲームの事だよ。」
やまいこは尚もぼかして説明した。
そのワードはとても健全だと言うのに、"パ"の後にNGワードがくっついている為、ユグドラシルでは発言することはできない。
そこでようやく二人は得心いった。
「へぇー!あれに声入れるのってそんなに儲かるんだねぇ!」
「ふふふん。事務所にマージン渡しても中々いい額になるから、私にとってはボーナスなんだよねぇ。」
「ふふ、ボーナス万歳ですね!」
フラミーは明るく笑った。
「……ぼ、ボーナス君…。」
フラミーが呟くと、ボーナス君は深く頭を下げた。
「は。フラミー様、ご無沙汰しております。」
「あ、いえ。私こそ。は、はは〜。」
全てから逃れるように笑うと、フラミーはアインズへ振り返った。
アインズはアルメリアを抱きながら硬直している。
茶釜の――いや、マーレのドラゴンはカキンちゃんとボーナス君。とんでもない名前だった。
「ム、ソノドラゴンノ名ハボーナスダッタカ。」
コキュートスが反応を見せる。マーレは得意げにうなずいた。
「私ノ下ニアル一振リモボーナスト呼バレル物ガアル。」
アインズとフラミーは揃ってコキュートスを見た。
「コキュートス、そ、それは…まさか…建御雷さんがお前に残した物か…?」
「オォ!アインズ様!ソノ通リデゴザイマス。秘刀ボーナスデゴザイマス。」
課金の名を冠している者がいるかも知れないとナザリックを調べたところ、他に何人かカキンと呼ばれていたが――
「ボーナス……!完全に盲点だった…!!」
アインズが片手で頭を抱える。片手はアルメリアの口の中だ。
そして、ふと思い付く。
「…ボーナスで手に入れたものはボーナスと呼ばれるなら…俺のこの指輪は……。」
そう言ってアインズが取り出したのは――
「アインズさん、落ち着いてください!それは
「フラミーさん…でも…ナザリックの謎ルールを考えれば…これはリング・オブ・サマーボーナス……。」
「だ、ダメです!!そんなこと言ったら、ナザリックの拡張にどれだけタブラさんがボーナスをつぎ込んだか――」
アインズはその言葉の意味を悟る。
「………ボーナス地下大墳墓!!」
アインズが悶えると、アルメリアはキャッキャと嬉しそうに笑い、ナインズと守護者達は目をパチクリさせた。
「えーと…皆さん、こっちは気にしないでやって下さい。」
フラミーに促されると、ナインズは鎖の付いた首輪を装備し今日も元気に訓練を始めた。