眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#119 ナザリックの将

 死の間際に思い出すものは何だろう。

 優しい母の顔か、幼き日に見た夜明けか、笑い合った友の声か――。

 おおよそ百年前。

 その人馬(セントール)の場合、一番に頭に過ぎったのはたった一人残してしまう婚約者の事だった。

 子供の頃からずっと同じ群れで生きてきた彼女と、この戦争が終わったら子を作ろうと誓い合った。

 彼女はその人馬(セントール)がカルサナスの戦争に手を貸しに出かけていた間に酷く痩せこけてしまっていた。

 全てが終わったら、きっと夏草海原は美しい姿を取り戻すはずだ。

 その時には、彼女もまた昔のように気高い姿に戻れるだろう――などと、そんな未来を夢見てここまでやってきた。

「――取った!ヴェルダンドラ、討ち取ったり!!」

 人馬(セントール)の耳にはもう、その高らかな宣言が聞こえることはなかった。

 虚な瞳は何も映さず、闇へ落ちる。

 

 ヴェルダンドラの死は人馬(セントール)達の間を瞬く間に駆け巡った。

 このままでは夏草海原の秩序が取り戻される日はこないと四種会議――人馬(セントール)人鳥(ガルーダ)人犬(コボルト)人兎(ラビットマン)の四種で開かれた総会――で話し合いが持たれた結果、人馬(セントール)は恐ろしい事を決断するのであった。

 

 それと同時刻、ヴェルダンドラの死の報せを受けた婚約者は崩れた。

 三日三晩泣き続け、このままでは飢えて死んでしまうと言うところで彼女の中で何かが切れた。

 そこからの光景は地獄のようなものであり、誰もが思い出したくもないものであったそうだ。

 それは異種属とのおぞましき交配実験だった。

 立候補する者は少なかったが、何人かの男と女が身を捧げた。

 ――人馬(セントール)八足馬(スレイプニール)と交わる感覚というのは、人で言えば猿との交わりのようなものか。

 婚約者はヴェルダンドラの死から半年ほどで、その身に新たな命を身篭った。

 通常人馬(セントール)は一年で生まれてくるが、騎馬王――いや、ヴェストライアは一年半もの間腹の中にいたらしい。

 出産の時、ヴェストライアの母は死んだ。

 八足馬(スレイプニール)の子供のように大きなヴェストライアの出産は痩せていた人馬(セントール)には荷が重かったのだ。

 ヴェストライアは生まれて立ち上がったその日から大人達にあらゆる戦闘方法を仕込まれた。

 母の温かさも、父の優しさも、友との絆も知らなかったが、彼は多くの者に囲まれて育った。

 日々ひたすらに戦いに行けるようになるまでみっちりと大人達に鍛え上げられた。

 大人達からヴェストライアへの愛がなかったかと言えば嘘になる。――が、異形のような彼を心の底から我が子のように愛してくれた人がいたかと言えば、それもまた嘘になる。

 ヴェストライアは孤独というには大袈裟な、小さな寂寥感をいつでも抱いていた。

 しかし、普通の子供のように寂しいと叫ぶ時間すらない。

 大人達は弱っている老齢の人馬(セントール)を切り捨て、ヴェストライアや戦士級の者達に良い葉を食べさせた。

 切り捨てられる誰の瞳にも後悔は無かった。ただ、ヴェストライアへ向けられるひたすらの希望だけが輝き、次の世代の栄華と繁栄を祈って皆大地へ還った。

 ヴェストライアは自らに食事を譲り死んでいく多くの者を見送った。

 そして、まだ幼く戦力にならないと戦争に出ることを許されずに、先に戦いに出た者の死の報せを聞いた。

 彼はいつでも美しさすら感じる命の儚さの中にいた。

 いつしかヴェストライアの魂が戦争に縛り付けられ、カルサナスへの怨みが十分に育った頃、彼はようやく戦場へ出た。

 彼がヴェストライアの名を捨て、騎馬王となるまでにそう時間はかからなかった。

 その後、騎馬王に続く八本足の人馬(セントール)は生まれてこなかった。

 ヴェストライアが生まれた時、多くの奇形児も産み落とされていた。八足馬(スレイプニール)の雌からも、人馬(セントール)の女からも、どちらから産まれた者もそうだ。ヴェストライア以外に五体満足に産まれた者はいなかった。

 言わばヴェストライアの兄弟ともいえる存在達だ。

 もう――皆死んだ。

 騎馬王も子を残そうとしたが、それもまたうまく行く日は来なかった。

 彼は唯一の成功者だったのだ。

 彼は己の命がいくつもの命の上にある事を、誰よりも知る男だった。

 嘆きの中に産まれ落ち、哀れなほどに無垢であった。彼は自身の事を夏草海原を取り返すための生き物であると自覚し、そう位置付け生きて来た。

 もし仮に、彼が自分の生まれの不幸をただ恨むような男であれば、夏草海原の四種が彼に付き従うようなことはなかっただろう。

 騎馬王が自分の役目、為すべきだと思ったことをいつでも行ってきた最強の人馬(セントール)であるからこそ、種族を超えて、誰もが彼を愛し敬うのだ。

 

 騎馬王はビーストマン州で十分な補給を行った仲間達と共に広大な夏草海原に出た。

 人犬(コボルト)人鳥(ガルーダ)八足馬(スレイプニール)に荷を引かせているので、そこそこの大所帯だ。八足馬(スレイプニール)達は騎馬王を見ると敬意を表するように頭を下げた。

 戦争をしない年はこれほど寄り集まることもないが、馴染みの戦士達がビーストマン州から合流していた。

 池に着くと、平和的に水を飲む混合魔獣(キマイラ)八足馬(スレイプニール)、野牛達がいる。

 騎馬王は平和で美しいその光景を前に、バンゴーの言葉を思い出した。

(――かつての夏草海原の美しさを取り戻した今、あの残りの土地を奪い返すことにどれほどの価値がある。)

 確かに言わんとすることは分かる。しかし、戦いを挑み、取り返さなければ、彼らは必ず村を広げようとするに違いないのだ。

 若き日に、連邦議会の議員になったばかりのバンゴーに初めて会ったとき、彼はまだ血気盛んな若者であった。

 それが今や――血も戦いも忘れた老夫となっていた。

「……私はまだ終わることはできない…。」

 国を率いて来たバンゴーと、群れという単位を率いて来た騎馬王では、理解し合うことはできてももはや同じ心でいることは難しいだろう。

 騎馬王の呟きに、近くにいた若い人馬(セントール)――クルダジールが顔をあげる。

「――何かおっしゃいましたか?騎馬王様。」

「――いや、なんでもないとも。クルダジール。」

「もしお疲れでしたら、移動式住居(ゲル)を張りましょうか。」

「ありがとう。しかし、どうということはない。」

 若者からすれば九十五歳など老人か。人馬(セントール)の九十五歳は人間で言うならば六十歳程度の感覚で、クルダジールは三十五歳なので、人間でいうところの二十歳の感覚だ。

 夏草海原にいる亜人達は人兎(ラビットマン)だけは八十歳程で寿命を迎えるが、後は皆百三十歳程度まで生きる。

 人馬(セントール)は走れない事が死と直結するため、死ぬ一日前まで草原を駆け回っている事が普通だ。老人だからと言って甲斐甲斐しく世話を焼かれることは少ない。

 

 クルダジールは騎馬王の断りを遠慮と取ったのか、周りの人馬(セントール)達を呼び寄せた。

 皆その背にそれぞれ荷物を背負っている。荷物は多種多様で、移動式住居(ゲル)の骨組みや骨組みを包む皮布、戦闘時に着用する革鎧、戦争中に食べる物や水筒になる革袋などだ。

 池に近すぎない場所に若者達が移動式住居(ゲル)の設営を始めると、人鳥(ガルーダ)の大将格であるア・ベオロワ・イズガンダラ、人犬(コボルト)の大将格であるクグリゴ・ワジュローが騎馬王へ向かって来た。

 人鳥(ガルーダ)達は"ア"、"ヤ"、"ラ"と名前の前にその者の役割が着く。"ア"であれば群れの先頭を飛ぶ戦士隊、"ヤ"であれば一帯調査監視隊、"ラ"であれば一般の者だ。

 人犬(コボルト)には姓があるが、人馬(セントール)に姓はない。産まれた子供は群れで守り育まれる。

 

 二人とも何か言いたげな様子だ。

 騎馬王は自らの背負っていた荷物を下ろすとそちらへ向かった。

「騎馬王殿。後で食事時にでも戦士達にお声を掛けてやって下さい。ビーストマン達の話を聞いた戦士達の不安が吹き飛ぶように。」

 そう言ったイズガンダラは、褐色の虹彩に縁取られた鋭い猛禽の瞳を空へ向けた。空には調査監視の人鳥(ガルーダ)達が飛び交っていた。

「沈黙都市の悪夢。あの街にいた馬車馬が本当にそうだってんでしょうか。」

 ワジュローも空を仰ぐ。少しも不安に思っていない者はいないだろう。

「…バンゴー殿はそう仰ったが…あれが育つとそうなるのかもしれんな…。」

「今回の戦争……辛い戦いになりそうですね。」

 伝説では、それはわずか三体でビーストマンの大都市一つを落としている。いくら騎馬王が三人いても同じことはできない。

 三人の視線は自然とカルサナスの方へ向けられた。

「伝説の魔獣――魂喰らい(ソウルイーター)か…。神聖魔導国は本当にあれの成獣を出すんでしょうかね。」

「…解りかねん。しかし、それが一匹でも出れば、カルサナスのあの村とて被害はゼロとは行かぬように思えるのは私だけか。」

 ワジュローの疑問に返す騎馬王の言葉は最もだ。イズガンダラはうなずいた。

「私もそう思います。街にいた魂喰らい(ソウルイーター)はやはりまだ完全体ではないのか、魂を食っている様子はありませんでしたが…成獣を出せば、我々が手を下さずともカルサナスの村は壊滅してしまうでしょう。」

「そりゃあ良い!と言いたいとこだけど、そうとあっちゃあ魂喰らい(ソウルイーター)は出ない確率が高いっすね。」

「そうだな。それだけは安心だ。しかし、神聖魔導国自体には何の恨みもない…。できれば、カルサナスと無縁の兵士やビーストマンにも出て欲しくはないものだ。そんな事になれば無意味な恨みが生まれてしまう……。」

 騎馬王は思いつめるように青き野の向こうを眺めた。

 

+

 

「ソレデ、騎馬王トイウ者ハビーストマン州ヲ後ニシタノカ。」

 コキュートスは困ったようにしているバンゴーの前で唸った。

 二人の前にはよく冷えた葡萄酒が置かれていた。

 カルサナスと騎馬王達の間の領土問題は非常に根が深いようだった。

 何も知らなければ、いや、被害が出てからでなければ外の者に草原のルールなどそう大切なことだとは思えなかっただろう。

 百年前にカルサナスが引くに引けなかったと言うのも分かる。

 カルサナスは広大な夏草海原にわずかなスペースもくれない夏草海原の民を、むしろ狭量だとすら思ったかもしれない。

 説得と戦争を繰り返すうちに、村はどんどん大きくなり、その場所への帰属意識も生まれていっただろう。

「騎馬王はまだ分かっていないのです、陛下方のお力を…。あれは恐らくカルサナスの競技大会前後に戦争を仕掛けるでしょう。どうか、夏草海原を湖や沈黙都市にすることだけはお許しください…。」

「御方々ハ草原モ愛シテイラッシャル。草原ニ悪クハサレナイ筈ダ。」

「ありがとうございます。このような事をお頼み申し上げるのは心苦しいのですが…コキュートス様かデミウルゴス様がお力を示されれば、騎馬王も諦めが着くのではないかと…。」

「ソウカ。シカシ、脅シテ諦メサセテモ不満ハ残ルダロウナ…。」

「夏草海原はもう美しい姿を取り戻しました。残りの土地を取り返すことにどれ程の意味がありましょう…。騎馬王が不満に思ったとしても、どうしようもない事だと言い聞かせるしかないかと…。」

 コキュートスは手元の二つの地図へ視線を落とした。一枚はビーストマン達が作っていた地図で、もう一枚は冒険者達が作り、神都でまとめ上げられた最新の地図だ。

 ビーストマン達の地図は併呑と同時に貰ったが、夏草海原には亜人達の名前や種類は一つも載っていない。

 沈黙都市周辺にはコボルトやサイクロプスなど、暮らしている亜人達の集落の名がある。コキュートスはこれをもとに、この二年間陽光聖典や漆黒聖典と集落の併呑を行い続けてきた。

 草原には夏草海原と書かれているのみだ。住んでいる者達が遊牧して移動して行ってしまうためにこれまで情報が書き込まれなかったのだろう。

「今、騎馬王ハドノ辺リニイルダロウカ。」

「分かりません。そう遠くへは行っていないでしょうが…しばらくはたらふく夏草(エテリーフ)を食べて身体づくりをするかと。」

 コキュートスはソウカ、と一言発すると立ち上がった。

「後ハ私ニ任セルガ良イ。オ前ハ良クヤッタ。」

「は。畏れ入ります。」

 コキュートス配下の蟻型の者が巻物(スクロール)を取り出す。

「…騎馬王ハ死ヌカモ知レンガ、許セ。」

 バンゴーは心底残念そうに肩を落とし、深く頭を下げた。

 その様子に、コキュートスは何か方法がないかと思考を巡らせながら転移門(ゲート)を潜った。

 

+

 

 ナザリック地下大墳墓、第六階層。

 ドライアード達がせっせと水遣りや間引きをする林檎の木の間に、今日は二つの影が紛れていた。

「九太、そんなに食べられないのにやたらに収穫してはダメだろう。」

「でもこんなにたくさんある!ほら!」

 低い枝になる林檎を捥いだナインズは嬉しそうに辺りを指さした。

「それでもだ。命へは敬意と言うものを払う必要がある。分かるか?」

「お母さまが命の糸を編んで与えたもうた命だから?」

 観劇の後遺症だった。

「………それはあらゆる意味で違う。九太――いや、ナインズ。我々は奪える立場にあるのだ。お前は自分のやろうとしている事が、お前自身とナザリックに本当に必要なのかよく考える必要がある。奪える者と言うのは際限なく奪おうとしてはいけないんだ。この知恵の林檎(インテリジェンスアップル)はお前の身になり、ナザリックに生きる者の身となる。」

 ナインズは魔法の林檎を勉強前や勉強中に食べる。勉強中に知性が上がっている方が効率が良いのではないか、と言うわけだ。

「さいげんなく奪ったら、どうなるの?」

「実を付けなくなるぞ。世界中の作物が実らなくなれば、お前はもちろん、他の生き物達も何を食べて生きる。」

 ナインズはむぅ…と声を上げて考えた。

「りんぐおぶさすてなんす!」

「…パンドラズ・アクターに聞いたのか?お前にはそれを使うことを許していないだろう。それに、全ての生き物が指輪を手に入れる事はできない。」

「…うーん、そうかあ。」

「無駄に奪う事は未来のお前自身から奪うことに繋がる。その事をよく覚えておきなさい。」

 ナインズは手の中の実を見下ろし、呟いた。

「むつかしいね。」

「そうだな。しかし、よく考えるんだ。時間はいくらでもある。」

「はぁい。」

 大きな手を差し伸べられるとナインズはそれを取り、林檎畑から離れた。

 向かう先ではフラミーが木陰で本を読んでいて、その膝の上にはアルメリアが腹に張り付くように寝ている。

 フラミーは木漏れ日が落ちる中、時折抜ける風に流星のような銀色の髪を揺らしていた。

 

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 その景色は美しく、ナインズは頬をわずかに赤く染めた。

「たくさんとっちゃったの、お母さまにもあげて良い?」

「偉いな、九太。それはナザリックに必要なことだ。」

「へへ。」

 ナインズがフラミーの前に着くと、フラミーはすぐに本を閉じて二人に微笑んだ。

「お疲れ様。ちゃんと穫れた?」

「うん!お母さま、あのね。ぼくがね、ナイ君が穫った林檎あげる!」

 ナインズが差し出した今摘んだばかりの赤い実は宝石のようだった。

「ありがとう。嬉しいなぁ。リアちゃんも食べるかな?」

 とん、とん、と背を叩くとアルメリアは顔を上げた。

「おかちゃま。」

「リアちゃん、お兄ちゃんが林檎くれるって。嬉しいねぇ。」

「にひぃ。」

 嬉しそうな顔をすると、短い犬歯がふたつチラリと見えた。美味しいものが食べられる気配を感じている様子だ。

「お兄ちゃんにありがとうってしてね。」

「にぃに。」

 ナインズはアルメリアの小さな手と握手を交わすとうっとりと微笑んだ。

「かわいいねぇ!リアちゃん!」

 アインズとフラミーは子供達の様子に幸せそうに微笑みあった。

 そうしていると、コキュートスがこちらへ近付いてくるのが見えた。

「――あ、じいだ!兄上は?」

「ん?コキュートスがもう帰ったのか。九太、パンドラズ・アクターが来るまでにはもう少し時間がかかる。」

 パンドラズ・アクターはナインズのお勉強教育係のため、この後迎えに来る手筈だ。アルベドやデミウルゴスに任せると瞬時にカルマが歪みそうなので任せている。

 コキュートスは側に寄ると膝をついて頭を下げた。

「コキュートス、本日ノ御報告ノタメ推参イタシマシタ。」

「早かったな。楽にしろ。」

 アインズの号令でコキュートスは頭を上げた。しかし、立ち上がるような真似はしない。至高の存在達が地面に座っていると言うのに、立ち上がって見下ろすような事は避けなければいけないためだ。

「バンゴーさんの用事、なんでした?」

 フラミーが尋ねると、コキュートスはちらりとナインズを確認した。

「ハ。ソレデスガ、オボッチャマノオ耳ニ入レルニハ少シバカリ相応シクナイ話ヤモシレマセン。」

「あら。じゃあすこし早いけど、もうズアちゃん呼ぼうかな。」

 伝言(メッセージ)を送ろうとフラミーが手を上げかけると、ナインズはその手を取った。

「ぼくも、ナイ君もじいのお話聞きたいよ!」

「でもナイ君にはまだ難しいお話だよ?ナイ君は行こう?」

「んー!やだぁ!聞きたいのに!」

「お母さんが宝物殿に送ってあげるから、ね?」

 フラミーとナインズのやり取りを見ていたアインズは悩んだ。

 しかし、アインズはこれはいい機会かもしれないと口を開く。

「フラミーさん、意外と良い勉強かもしれませんよ?」

「でも…。」

 フラミーはちらりとコキュートスを見た。問題のない内容なのかを確認しているようだ。

「残虐ナ話デハアリマセン。」

「どうです?」

「うーん…それじゃあ…ナイ君も本当に聞く…?」

「聞く!」

 ナインズは何度も頷き、たまにパンドラズ・アクターと行う執務ごっこの要領で腰に片手を当て、片手を前に伸ばしてこう言った。

「――よし!言ってみなさい!」

 アインズは一瞬沈静され掛けた。しかし、沈静されるほどではなかったようで、その胸の内はじりじりと謎の羞恥に焼かれた。

「……では…コキュートス。ナインズにも分かるように説明しなさい。」

「カシコマリマシタ。」

 

 コキュートスは頷くと、優しい言葉で騎馬王のことを話した。

 アインズはこの手は分かりやすく素晴らしいのではないかと思ったが、すぐに後悔した。

 

「――どうしたらいいの!」

 カルサナスの話を聞いたナインズは初めて聞く多くの死を前に目に涙を溜めていた。

「…ナイ君。おいで。」

 ナインズはすぐにフラミーの前に身を投げた。

「お母さま!ぼくも一太と二の丸に一番にお水あげたいよ!」

「牛さんにお水をあげることは良いことなんだよ?だけど、他の誰かが飲むのを邪魔したり、誰かの場所を奪ったりするのはダメでしょう?」

「そ、それがお父さまの言ってた際限なく奪うって事なの!?どうしてりんぐおぶさすてなんすを皆着けちゃいけないの!?」

 フラミーは泣きそうになっているナインズの頬を撫でた。

「ナイ君、リング・オブ・サステナンスはそんなに沢山手に入るものじゃないの。だからね、種族を越えて、皆で仲良くしないといけないんだよ。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国はそう言う場所なの。」

「じゃあ、皆で仲良くしてって言いにいかなきゃ!」

「そうだな。九太の言う通りだ。コキュートス、騎馬王は放っておけばカルサナスへ攻め入るのだろう。どうする。」

「じい!お願い、キバオーに仲良くしてって言って!」

 国家を持たない亜人はコキュートスの担当と言っても過言ではない。コキュートスはじっくりと考えてから口を開いた。

「――何ニセヨ、騎馬王ニハ一度会ッテミヨウカト思ッテオリマシタ。オボッチャマ、ジイニ騎馬王ノ事ハオ任セ下サイ。仲良クスルヨウ、必死デ説得シテミセマショウ。」

 ナインズは泣きそうな顔で笑うと、大好きなコキュートスの膝に抱き付いた。

「じい、ありがとうね。ありがとうね。」

「オォ、オボッチャマ!ジイハ御身ノ為ニ働ク事コソガ生キ甲斐!礼等ハ不要デゴザイマス!」

 コキュートスの大きな手がナインズの頭を撫でると、ナインズはその手に頭を擦り付けた。

「――しかし、居場所もわからないのにどうするつもりだ?あの草原は広いだろう。何か策はあるのか?」

 アインズからのそれは当然の問いだ。コキュートスは自分なりに考えてきた方法を口にした。

「紫黒聖典ト飛竜騎兵(ワイバーンライダー)達ヲ使ワセテハ頂ケナイデショウカ。空カラ位置ノ確認ヲ行オウカト思イマス。」

「聖典と騎兵(ライダー)達か…。その騎馬王はカルサナスが神聖魔導国だと知っているのだろう…?」

「ソノ通リデゴザイマス。」

 アインズは渋るような声だった。あまり良い方法ではないのかもしれないが、コキュートスにはこれ以上の手立ては思いつかなかった。

「騎馬王に不意打ちだと思われはしないか?万が一相手の早とちりで襲われた場合、聖典は平気でも、騎兵(ライダー)達の戦闘能力はそう高くない。下手をすれば人鳥(ガルーダ)に落とされ、新たな火種になると私は思うが…お前はどう思う。」

 ――その通りだ。コキュートスは焦った。

 とにかく騎馬王を見付け、余計な野望は捨て"仲良く"するように説得しようと思っていたが、見付けられても国民を傷付けられては開戦だ。

「どうした?コキュートス。我がナザリックの将の意見を聞かせてくれ。」

「――ハイ。アインズ様ノ仰ル通リカト。」

「そうだろう。お前が出る分には傷付けられるとは思っていないが、国民では下手をすれば死者が出る。何か他の方法はあるか?」

 コキュートスは己の短慮を恥じる気持ちを抑え、方法を探し始める。全知全能の神に任せればうまくいかない筈がないが、それを丸投げしては何のために僕がいるのか分からない。

 そして、コキュートスが有益な方法を思いつくよりも早く、たった数秒でアインズは再び口を開いた。

「聞いておいてなんだが、私とパンドラズ・アクターで浮遊できる非実体タイプのアンデッドを何体か出そう。それを<不死の奴隷・視力(アンデススレイブ・サイト)>を用いて私の視界と繋げる。そして私とパンドラズ・アクターが得た視界情報をお前に共有しよう。これが最も簡単で早い。必要ならすぐに<転移門(ゲート)>も開けるしな。」

「シ、シカシ御身ノ御手ヲ煩ワセル訳ニハ…。」

 アインズは鷹揚に手を振った。

「気にするな。こう言うことには慣れている。」

 それを聞いたコキュートスからは苦笑めいたものが漏れた。

 至高の主人であるアインズ・ウール・ゴウンはいつもこうして守護者や神官達の行いを手助けしてくれる。

 これにいつまでも甘えていてはいけないが、この神以上の知能を持つ者がいない事もまた事実だ。

 コキュートスはアインズにもう一度深々と頭を下げた。

「ソレデハ、申シ訳ゴザイマセンガ、ドウゾ宜シク手伝イノホド御願イ申シ上ゲ奉リマス。」

「うむ。パンドラズ・アクターが来るまでお前もこれでも食べて待て。」

 ナインズの持つカゴから一つ取り出された林檎を、コキュートスは恭しく受け取った。

(私コソ勉強会ニ出ルベキダナ……。)

 知能を上げる林檎を渡されたコキュートスは、遠回しに知識不足を諭された。




「気にするな。こう言う事には慣れている。」
 アインズはアインズ・ウール・ゴウンの仲間達と行ってきた探索や冒険を思い出しながら、気持ちよく答えた。

+


でしょうね!
コッキュン、きっと騎馬王さんは君が好きなタイプだよ!

そして美しい挿絵フララはユズリハ様にいただきましたぜ。うふうふうふふ。

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