#31 閑話 エ・ランテルの炊き出し
ナザリック地下大墳墓、第九階層。
エーリッヒ擦弦楽団は天使に化けると、華麗な礼をして鏡を潜っていった。
アインズもエ・ランテルで行われるボランティアイベント、炊き出しに行くためモモンの装備と口唇蟲を身につけていた。似て非なる声を着け、少しづつモモンの声の印象を変えて行く予定だ。
一方フラミーはもう冒険者のフリはできないので留守番だ。最初にフラミーとしてエーリッヒ天使ドッペルを伴ってエ・ランテルに行った時には町中狂喜の大混乱に陥ったので、フラミーとして出掛けることも難しい。
なので、本日は表にフラミー当番を立たせて一人でスパリゾート・ナザリックに行き、文字通り羽を伸ばすと言っていた。
エ・ランテルでは神の身でありながら自らズーラーノーン事件から人々を救ったという武勇譚と、ザイトルクワエから人類を救ったという武勇譚。そして、何より人に扮して共に生活していたというローマの休日よろしく物語チックな話は人々を夢中にさせた。
「さて、誰といくかな」
アルベドが隣でハンカチを噛んでいるのは見えないふりをするアインズは、執務室で膝をつく
「――ユリ・アルファよ。共にいく場合のお前の意気込みを簡潔に聞かせてほしい」
ユリは眼鏡をくいっと押し上げると口を開いた。
「はい。貧困と苦痛に喘ぐ人々を救うべく、最善を尽くします」
百点満点の答えにアインズは骨の顔で微笑んだ。
「ルプスレギナ・ベータ」
「人間どもをさらなる地獄の底に――」
ルプスレギナが口角を上げてそう言うと、アインズは遮った。
「分かった。黙りなさい」
余裕の落第だ。軽く咳払いをすると、次を促した。
「んん。ナーベラル・ガンマ」
「は。私は必ずやアインズ様をお守りいたします」
ナーベラルのレベルに守られるアインズではないが――心配性なアルベドはナーベラルを推しているような雰囲気が伝わってくる。
「シズ・デルタ」
「ん。アインズ様とお出かけ。楽しみ」
シズはアイパッチを着けていない方の瞳を小さく輝かせた。
たまにはNPCと何の気兼ねもないお出かけもしてみたいとアインズも思った。
「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ」
「はぁい!アインズ様ぁ!人間の死体が落ちてても食べないようにしまぁす!」
「はははは。偉いな、エントマ。しかしヨダレが出ているぞ」
ハッとしたエントマは愛らしく顎の下をじゅるりと拭いた。本当の口がある部分だ。
一通り聞いたところ、ボランティアという性質上ユリが最適なように感じられたが、恐らく彼女は頑張りすぎるだろう。
そうなればアインズがふらふら遊んでいると叱られるかもしれない。
エントマとルプスレギナは論外として、シズは少し子供すぎる気がする。
で、あれば、アルベド一押しの――「ナーベラル・ガンマ。お前だ」
涼しい瞳でナーベラルが皆の列から一歩前に出て頭を下げる。
「かしこまりました。このナーベラル・ガンマ、アインズ様に無礼を働くものから必ずやアインズ様をお守り致します」
「黙りなさい、
モモンがナーベラルをヘッドロックし、パンを受け取ろうとする人から引き離していく。
十人連続でこのざまだ。
炊き出しの列に並ぶ人々は二人の様子を苦笑の瞳で追った。
「ナーベラル・ガンマ!!お前何度言ったら分かるんだ!!フラミーさんと私の顔に泥を塗るつもりか!!」
「も、申し訳ございません!」
「いいか!お前はここにいる間は決して口を利くな。これは命令だ!あそこの"炊き出し最後尾こちら"の看板を持つエーリッヒの者と代わってこい!」
肩を落としたナーベラルが立ち去っていくのを見送ると、モモンをモモンちゃんと呼んだだけの善良な老婦人の下へ戻る。
この人はプラムと数度立ち寄ったパン屋の奥さんで、ザイトルクワエ襲来の際に店と窯を壊されてしまっている。
「すみませんね、あいつ神聖魔導国の中でも特におかしな奴で……」
「いいのよ、おばちゃんあんな美人さんに嫉妬されるなんて鼻が高いくらい」
うふふと笑う夫人にアインズは礼を言って頭を下げる――と、事態に気が付いたエーリッヒのドッペル天使が同族のナーベラルへ殺意を向けていた。アインズに頭を下げさせたナーベラルへ激しい怒りを覚えている様子だった。
「……ほんとあいつ困ったやつですよね」
アインズがそう言いドッペル天使の肩にポンと手を置くと、ドッペル天使は「はい!誠に仰る通りでございます!」と応え、ふわぁっと花咲くような笑顔になり、殺意を霧散させた。
夫人と連れ立ってきていたパン屋の主人はニヤリと笑った。
「しっかしわしゃーてっきりプラムちゃん……いや、フラミー様とモモン君がデキてるんだと思っとったわい」
「ははは、ご店主そんな、やめて下さいよ。フラミーさ――まにも悪いですって」
そう言うモモンはどこか満更でもない様子だった。
話を聞いていた周りの人々はおや?と思うが、決して人間の身で実る恋ではないと分かっているため誰も深掘りはしなかった。
お盆の上に皿を並べた人々は、モモンからスープを受け取り、続くドッペル天使達からパンや川魚のムニエル、グリーンサラダを受け取り、皆思い思いの場所で食べた。
割れないように木で出来ている皿のセットとカトラリーには全て神聖魔導国の紋章が施されていた。
最初に一人一つ、と決められタダで支給された物を皆洗って持ってきている。
魔樹だった枯れた大樹から南に向かって見たこともないほど巨大な――神聖魔導国の紋章が入ったタープがはられ、その下には沢山の鉄でできたカフェテーブルと椅子が出されていた。
これまで落ちていた肉片はドッペル天使によって綺麗にナザリックへと回収され、マーレの力で大樹の根元には芝生が生やされた。
人を殺し、踏み、血を滴らせていたときは燃えるように赤かった大樹には、人の頭ほどの高さまでふかふかと優しい感触の花咲く苔がはやされ、子供たちは魔樹を倒すと言って体当たりをしたり、魔法を撃つ真似をしたりして遊んでいた。
そこの穏やかな空気は最早高級な避暑地のようである。
魔樹から半径約一キロ、真っ直ぐ十五分歩いた付近に幅六メートルほどの美しい人工の川が作られ、それは真円状に魔樹を囲むように流れていた。
――ちょうど魔樹の端からエ・ランテルの壊れた城壁の外までだ。あと一歩魔導王の到着が遅れていたら、エ・ランテルの人々は一人も生きてはいなかっただろう。
この川に囲まれた場所は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の飛び地だ。
川で洗濯をした者や、体を洗った者がエ・ランテルの恥さらしと袋叩きに合ったのは言うまでもない。
後に東西南北の四停留所に止まる魔導国の旗を掲げた小さな幽霊船が、
魔樹の南側は現在食事広場になっているが、その裏北側には巨大なテントが四つでき、それらは男女で分けられ温かい湯に浸かれる巨大浴場テントと、帝国で売られているセンタクキが十台ずつ置かれた脱衣テントができた。
センタクキは魔導国で行われたボキンなる善良な制度によって集められた資金で、魔導国の商人が買ってきてくれた物だ。
そして東西には、スケルトンとゴーレム、
偶に神話の戦いにも参加した双子の守護神が監督や資材生成に来ると人々は膝を折った。
日の昇る東には光の神殿、兼魔導国の行政窓口が建築されている。
既に屋根のかかったそこでは祈りを捧げる聖堂と、脇には国籍とぱすぽーとという身分証明書が取れる部屋が既に運営を開始していた。
日の落ちる西には闇の神殿、兼魔導国ザイトルクワエ州州庁の建設が進んでいる。
そこでは祈りを捧げる事ができる聖堂はもちろん、街づくりや、エ・ランテルの片付け計画、地上げ等の計画を立てていて、魔導国本国より日々八十名程度がそれぞれの神殿へ鏡の扉を使って出勤してきていた。
今度数キロメートル先に新たに作られる円形川はついにはエ・ランテルを取り込み始める。
しかし、反対者はいなかった。
と言うのもエ・ランテルのどこであっても魔導国が土地の買い取りを受け付けるそうで、仮河川設置の範囲内の売却申し込みが五十パーセントを超えるまでは川の製作が始まらない慈悲深い政策や、売却者には川の内側の土地を買う権利が優先的に与えられたことが大きい。
そして――王都からの支援が未だ始まらないこともひとつだった。
人々は売却の申し込みと神聖魔導国国籍取得のため、光の神殿の行政窓口には連日長蛇の列ができていた。
土地を買う者は少しでも良い所を買いたいと売却額に所持金を上乗せした。
土地を持たない者は国籍必須ではあるが、州営のコンドミニアムと呼ばれる建物の賃貸申し込みをしたり、まるで金のない者はカッツェ平野で晩秋にスタートするという農業開拓に繰り出す契約を結び、不安はありつつもちっちゃな地主を夢見た。
魔導国は美しい街作りをスローガンに必要以上に土地を小さくすることを禁じたため、殆どの者は今までより大きな家を手に入れることができたが、小金しか持たない者は6世帯程度で寄り合って所持額を大きくし、コーポラティブハウスの建築計画を進めた。
人々はこれからできる美しい街の光景と、新たなマイホームを胸に、一刻も早い整備に向けて朝な夕なに働き続けた。
無償労働だったが、嫌な顔をする者は誰一人としていなかった。
「おや!モモン君!精が出るね!」
そう声をかけてきたのは冒険者組合長アインザックだ。
都市長パナソレイと魔術師組合長のラケシルも来ている。
「これはアインザックさん。山盛りにしておきますよ」
「分かっているじゃないか!しかし魔導国の飯はうまいもんだな。家も組合も壊れてしまったがこれが食えるならしばらく避難所生活でも文句はないとも」
「全くその通りだアインザック。おっと、私は程々にしておくよ。この後また身が重くなるとスクロール発掘作業で若いもんに怒られる」
そう続くのはかなり痩せて見えるラケシルだ。
「私は沢山食べるぞ!痩せたりしたら仮州知事殿に心配されてしまう」
ぷひーと鼻を鳴らしたパナソレイは次の川ができるとザイトルクワエ州エ・ランテル市の地が公式に生まれるので、そこの都市長を再び任せられる運びとなっていた。
最初は断っていたが、手紙を出しても何の連絡もない王都にすっかり愛想を尽かしてしまっていた。
この感じで行けば王は今後、魔導国に取り込まれると思われる王国で、そのまま直轄のリ・エスティーゼの都市長か、ザイトルクワエ州の州知事になるだろうし、悪いようにはされまいと流れに身をまかせる事にした。
ガハハハと笑う仲のいいおじさん三人に、アインズは思わず――「友達と歳をとるって、素敵なことですね」そう言ってしまう。
少しだけ寂しそうなその様子におや?と三人は顔を見合わせた。
「モモン君、君も一緒にどうだね?ずっと立ちっ放しだろう。新しい冒険者組合の仮図面も見せるぞ」
アインザックは妙に距離の近い人だと思っていたが、面倒見の良い、父親気質のおじさんなのだとアインズは最近わかった。
「うむ。それに、旧法国に神々が降臨される前から神の下にいた君の話は是非一度ゆっくり聞きたいものだ」
「全く。全く」
そう言うおじさんズに、アインズはふっと顔を綻ばせた。
気安い人たちの存在がアインズを炊き出しに向かわせる一番の理由だ。
「ありがとうございます。食事はもう済ませましたが、休憩を取ろうかと思います」
四人でやいのやいのと空いてるテーブルに近付けば、人の立ち去ったテーブルと座面を拭く事だけを指示されている――魔樹に殺された者から作った地産地消型スケルトンがモモンのすぐそばの椅子を引いたので、自然とそれに腰掛けた。
すると、冒険者よりも身分の高い他の面々のことは無視してまたテーブルを拭きに立ち去っていってしまった。
「え……」
「はははは!良いとも、良いとも!この魔樹の周りは王国ではないんだ!」
そう言ったのはなんと都市長パナソレイだった。
「何を呆然としてるんだ英雄!ここは神聖魔導国だ!その国の貴賓である君がそうされる事に何も思う所はないとも!」
「しかし我々が国籍を取ったら、覚えてろよ!」
お盆をテーブルにおき、椅子を引きながら笑うおじさんズに、アインズはきっとこの人たちはいい上司だろうなと心をあたたかくしたのだった。
「また、俺の休憩に付き合ってください」
いつもより若く聞こえるその声音に、三人は揃って笑顔で首肯した。
2019.5.15 12:53 書いておきながら伝える能力低くてごめんなさい…( ̄▽ ̄)今の所のエ・ランテルちゃんはこんな感じです。
https://twitter.com/dreamnemri/status/1128508382149668865?s=21
(描いておきながら伝える能力低くてごめんなさい 二度目)
パナソレイさん、あなたの手紙、本当に王様に届いてますか?
早馬から手紙を確かに受け取った衛士は、本当に、人間だったんでしょうか。
ああ、でも、黄金の姫は手紙が来たことを、たまたま見かけた犬から聞いているから、きっとダイジョウブですね。
州は県と違って本国の法律に反していなければ更なる法律の制定を行えるのと、
軍隊を持つことを許されるのでとっても便利便利です(*'▽'*)
都市計画にはつい胸が踊ってしまいまさぁ!
2019.05.21 挿絵という概念を知りました!
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!