眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#123 積もる違和感

 コキュートスが群れに身を置くようになって数日目。

「――手合ワセカ?」

 コキュートスの前には弓矢を番えたア・ベオロア・イズガンダラ率いる人鳥(ガルーダ)達がいた。代表格の参戦はこれで数度目だ。

「はい。宜しいでしょうか。」

「良イガ、弓ガ無駄ニナルゾ。」

「一本でも当てられれば良いのです。」

 そう言うと、イズガンダラは矢筒から一本真新しそうな矢を取り出した。矢尻には毒のクナイがつけられていた。

「ナルホド。ヤッテミルガイイ。」

「ありがとうございます。」

 イズガンダラは頭を下げると、共に戦う仲間達を手招き、皆で寄り集まってコキュートスから見えないように毒のクナイ付きの矢を分け合った。

「コキュートス様に毒を喰らわせることができれば、我々連合軍の勝ちです。当てる場所はあの黒く柔らかそうな場所に絞りましょう。」

 ごにょごにょと相談をし、人鳥(ガルーダ)達は空に舞い上がった。

 コキュートスはイズガンダラを目で追うように見上げ――イズガンダラが身を翻した途端、その背にあった太陽に一瞬目を眩ませた。

 これも面白い作戦だな、とコキュートスはそっと心のメモにこの戦いを刻んだ。

 

 そのすぐそばで、騎馬王は人兎(ラビットマン)のマイカと、人犬(コボルト)のワジュローと話し合いをしていた。

「騎馬王殿、コキュートス殿をどこに足止めするのかが問題っすよ。」

 ワジュローは人鳥(ガルーダ)の放つ矢を(ことごと)く手刀で凪ぎ払うコキュートスへ顎をしゃくった。

「あの方は首狩り兎が言った通りのお力をお持ちです。あまりにも圧倒的…。失礼ながら、騎馬王殿でも果たして勝つことができるか…。」

 マイカが渋い顔をして腕を組んだ。

 騎馬王はしばしコキュートスとイズガンダラの戦いを眺めた。これで放たれた毒のクナイは四本。戦いはもう決した。

 と、見せかけてひとりの人鳥(ガルーダ)が地に刺さったクナイを引き抜き、再びコキュートスへ背後から放った。

 一瞬の隙を付いた一撃だったが、難なく避けられた。三六〇度、どこにも死角がない。

 すると、戦いに参加していなかった偵察隊の人鳥(ガルーダ)が弓を引き絞っているのが見えた。

 卑怯だと思ったが、戦いに綺麗も汚いもない。

 矢は一直線にコキュートスへ降り注ぎ――コキュートスは天高く手を掲げることで、それを掌で受け止めた。

 受け止めたと言っても、矢はまるで目に見えない壁か盾にでもぶつかったように止まり、掌に傷を与えることもできなかった。

 

 ――惜シカッタナ。我ラ守護者クラスハ、皆、飛ビ道具ニ対スル耐性ヲアイテムナドニヨッテ獲得シテイル。ティラガ持ッテ来タ魔法ノ武器ナラバ通ッタカモシレンガ、コレデハ無駄ダ。

 

 風に乗ってそんな声が聞こえてきた。

 騎馬王は貴重な情報をしかと胸に刻みつけた。

「――私では勝てないだろうな。」

「じゃあ、コキュートス殿に戦争はやめたって嘘吐いて帰ってもらうってのはどうっすか?なぁ、マイカ。」

 ワジュローは草を一本摘むと口に咥えて笑った。

「ははは、私もそう思っていました。騎馬王殿はどう思いますか?」

「ふふ。素晴らしい考えだ。是非そうしたいところだな。」

 三人はおかしそうに笑った。

 そんな真似をすれば、見逃してもらえるはずの若者達を殺されるかもしれない。最悪夏草海原に魂喰らい(ソウルイーター)を放たれるかもしれない。

 ワジュローの冗談を真に受けている者は一人もいなかった。

 

 三人が笑っていると、良い汗をかいたと言う様子のイズガンダラが戻ってきた。コキュートスはと言うと、また若者達に戦いを挑まれている。少しの疲れも見せていない。

「戻りました。いやはやコキュートス様は本当にお強いです。あの方が味方であったなら、どれほど良かったか。」

 よっこらせと腰を落としたイズガンダラが苦笑する。手には折れてしまった矢が握られていて、矢尻を一つ一つ外し始めた。

「全くだな。カルサナスが庇護下に入る前に出会いたかったものだ。」

「戦争の日にゃあ、俺たちもこうなっちまうわけか。」

 ワジュローが矢尻の外されている折れた矢を取り、ポイと捨てた。

「戦士達総出で時間を稼ぎましょう。」

「ですな。どれだけの時間を稼げるかはわかりませんが、その間に村へ行ってくれと頼んだ粛清部隊が少しでもうまくやってくれることを祈ろうじゃあありませんか!」

 マイカが明るく言う。ここまでいくつもの群れに出会って来たが、今年の状況を話し、志のある者は村の打ち壊しに出て欲しいと頼んできた。もちろん年齢制限付きで。他にも人鳥(ガルーダ)の偵察隊が通達に草原中を飛び回っている。ここにいる戦士達はコキュートスに見張られているが、連合軍の外の者達なら攻め入ることもできるだろう。

 コキュートスが一人で相手をすると言ってくれたお陰だ。

 競技大会の前後には村に駐留している部隊も減るので、ある意味今までで一番良い条件が揃っているとも言える。

 戦士達はコキュートスが村で起きていることに気が付くのが一秒でも遅くなるように挑み、そして潔ぎよく死んでいくのみだ。

 代表達は互いの手の上に手を重ねた。

「なさねばならぬことを、なすために。」

「「「応!!」」」

 四人の手が離れようとしたその瞬間、騎馬王は一気に立ち上がり、鉾を抜かんと柄に手をかけた。

 三人が茫然と騎馬王を見上げる。

 

 騎馬王の視線の先には――人間の男。

 

「何奴!!」

 威嚇するように声を上げるが、丸腰の男は少しの動揺も見せない。男が一歩づつ進んでくるごとに、鉾を握る騎馬王の手の中にじわりと汗が滲んだ。

(――二人目の強者か……!)

 騎馬王は相手からコキュートスに近しい強さを感じ取った。しかし、コキュートスの方が強いような気がする。と言うのも、相手の男の足運びが戦士のものではないのだ。

「君が騎馬――王かな。」

「……いかにも。貴殿も神聖魔導国のお方か。」

 コキュートスが現れたときにも凄まじいプレッシャーに驚いたが、この男からは怒りが感じられる。ただ、それは騎馬王に向けられているというよりも、もっと別な方向へ向けられているような気がした。

 男は騎馬王の肯定を聞くと、軽く息を吸い、王のように語りかけた。

『私の質問に答えなさい。』

 騎馬王は相手がカルサナスの人間なのか、それともコキュートスのように神聖魔導国の人間なのかを知りたかった。

 カルサナスの者ならば、おいそれと答えたくはない。しかし、男は騎馬王の先の問いには答えてくれそうにない。

 どうするのが正解かわからず悩んでいると、鉾の柄を握り続けていた騎馬王の手の上に、そっと水色の手が重ねられた。

「騎馬王、恐レル必要ハナイ。コレハデミウルゴスト言ッテ、私ト同ジク守護者ノ内ノ一人ダ。――デミウルゴス、ドウカシタカ。」

「――やぁ、コキュートス。元気そうで何よりだよ。私が今日来たのは、そこの彼に二、三聞きたい事があってね。良いかな?」

「夏草海原ニ不利ナ質問デナケレバ私ハ構ワナイ。」

 騎馬王は思わず驚きの瞳でコキュートスを捉えた。

(この方は…本当に私たちを国民のように……。)

 男が憧れ、惚れてしまうほどに雄々しく優しい真なる武人の横顔だった。

「あぁ、コキュートス。私は君の大切な役目の邪魔をするつもりはないよ。しかし、カルサナスは私の担当地の知事であるエル=ニクスの働きで手に入った。その繋がりからカルサナスの守護神は私だからね。」

 騎馬王は、デミウルゴスが現れた時の怒りの正体を悟る。自分が守るカルサナスに、戦争を仕掛けようとする者がいる場所に来るのは不愉快だろう。

「つまり、カルサナスに何かが起こるとき、私は全力を尽くさなくてはいけません。それがカルサナスにとって――どのように作用するものであっても。」

「ソレハソウダ。ソレコソガ御方々ヘノ忠義ダ。」

 二人は納得しあったように騎馬王へ視線を送る。

 

 騎馬王は鉾から手を離すと、デミウルゴスに深々と頭を下げた。

「私に答えられることならば、何なりとお尋ねください。」

 コキュートスが信頼している様子のデミウルゴスは信用できる男のような気がした。

 デミウルゴスは「ほう」と興味深そうに笑った。それは好意的な笑顔だ。

「――では、改めて尋ねましょう。まず、君は本当にカルサナスと百年も戦争をして来たのかな?」

「は。今年で百年戦争は百一年目を迎えました。」

「ふむ、去年も戦争を仕掛けようかと思っていたというのは?」

「真実です。」

「なるほど。確か競技大会の中止と共に開戦を見送った、そうでしたね。カルサナスは去年、あなたから戦争を仕掛けられるかも知れないと自覚していましたかねぇ?どう思いますか?」

「おそらく自覚していたでしょう。ここしばらくは競技大会中に攻め込んでおりますので。」

「そうですか。しかし……それはおかしいですねぇ。あなたは手薄なカルサナスに攻め込みたいと言うのに、相手が攻め込まれる自覚を持っている時期に攻め込むつもりでいたのですか?」

 デミウルゴスは騎馬王を下から覗き込むようにメガネをずらして瞳を見せた。その瞳は青白い光を放ち、騎馬王の瞳孔はキュッと小さくなった。

「競技大会には"コネリエ"と呼ばれる戦士同士が殴り合う競技があります。コネリエはそれぞれの都市国家のプライドをかけた――謂わば代理戦争。彼らもかつては戦争をしていましたので。多くの強者は都市国家を背負ってコネリエに出ることになり、更に国民もコネリエを見に行き町から人が減ります。カルサナスを守る貴殿の前で言うことではありませんが……カルサナスが例え我々の襲撃を予想していたとしても、この時期が一番攻め込むには都合が良いのです。」

 四十年前にオークネイスという都市国家で競技大会が開かれたときには夏草海原連合軍はかなり良いところまで行けたのだ。

「ふむ…よくわかりました。全て辻褄が通っていますね。しかし、そうなるとやはりおかしい。」

「おかしい…?」

 騎馬王が訝しむような顔をすると、デミウルゴスは人当たりの良さそうな笑顔を作った。

「いえ、なんでもありませんとも。」

「…デミウルゴス。オ前モコノ違和感ヲ感ジテイタカ。」

「おや?君も思っていたのかい?」

「薄々ナ。不自然ナ点ハイクツカアル。」

「そうだね。もしかすれば、属国を除いて国内初の出来事かもしれない。全く困ったものだよ。」

「シカシ、アインズ様ニトッテハ想定内ダ。私ガコノ問題ヲオ伝エニ行ッタ時、アインズ様トフラミー様ハ事前ニオボッチャマガ問題ヲ理解シ易イヨウニオ話シニナッテイタヨウダッタ。」

「なんと……。……この問題をアインズ様とフラミー様は事前に知っていらした……。では何故これまでお見過ごしに……。」

「私ハオボッチャマノ為ダト思ウ。」

「――と、言うと?」

「私ガ今ココニイルノハオボッチャマノ命ニヨルトコロガ大キイ。ツマリ、オボッチャマノ支配者トシテノゴ自覚ヲ促ス教材ノ一環トシテ敢エテ触レテ来ナカッタノデハナイカト、私ハ思ウ。」

 デミウルゴスは笑みを作るとキラリと眼鏡を光らせた。

「なるほど!さすがご教育係を賜っているだけはある!思いもしなかったよ。確かに君が出掛けてから、ナインズ様は自分の行いがナザリックにとって必要かどうかをよく気にされている。」

「オォ…オボッチャマ…!ジイハ今感動シテオリマスゾ…!」

 全ての腕を天高く突き上げたコキュートスは、騎馬王が見たこともない程興奮しているようだった。

「ふふふ。私も頑張らなければいけないね。」

 デミウルゴスは数度尾を振ると「ではこれで」と告げて騎馬王に背を向けた。

 

 コキュートスが元に戻るまでには三時間もかかったらしい。

 そして、騎馬王には二人の会話の意味がまるでわからなかった。

 

+

 

 その頃、首狩り兎は夏草海原の果てにたどり着いていた。

 すらりとした木が立ち並ぶ、ある程度明かりが差し込む森が見えている。あの森は山と山の間にあり、しばらく歩けば神聖魔導国に入る。と言っても、入国地はトロール市なのでまだ首狩り兎の目標地点は大変な遠さだ。

「ライア・マイカ、俺達はあまり森に近付く事はできない。トロールは子供達を食らうし、樹皮立族(ウッディスト)は悪戯好きだからな。一歩間違えると子供がはぐれてしまう。」

「あぁ、いいよ。アストール、ここまで本当にありがとう。」

「何の。お前の話す神聖魔導国の話は実に面白かったよ。」

 首狩り兎はアストールの背をゆっくりと降りると、ここまで共に来てくれた新しい友と握手を交わした。

 手を離せば、アストールは首狩り兎の頭を優しく撫でてくれた。

「気を付けていけ。カルサナスで任務を手伝ってくれる人はいるのか?」

「――いない。だけど、私ならうまくできるって。」

「………そうだな。君は本当に勇敢な子だ。ライア・マイカ。」

「…勇敢な人たちの名前だからね。」

 アストールが何かを言おうとすると、首狩り兎はアストールの馬体を数度叩いた。

「達者で暮らせよ、相棒。」

 首狩り兎の発した声はまるで男のようだった。

「ふ、お前もな。またいつか、この広い夏草海原で相見(あいまみ)えよう!」

 首狩り兎は拳を作り、アストールの拳とぶつけ合うと森へ向かって駆け出した。

「じゃあねー!」「元気でねー!」「ライア・マイカー!」

 子供達が手を振るのに振り向きながら手を振り返し、首狩り兎は木々に包まれていった。

「アス、マイカは本当に大丈夫なのかな。」

 最初に首狩り兎を迎えた人馬(セントール)は心配そうに森を眺めた。

「大丈夫だ。彼はきっと、騎馬王様や人兎(ラビットマン)のフィロ・マイカ様と関わりのある子だったんだよ。」

「彼?」

「そうさ。彼ならやってくれる。」

 アストールは木々のざわめきが終わるのを見届けると森に背を向けた。

「――さぁ!皆、次は池を目指すぞ!」

 男達が「応!」と声を上げると、子供達もそれを真似して「オォー!」と声を上げた。

 その後、アストールは老いて走れなくなるその日まで、この群れを率いて夏草海原をいつまでも駆け回った。

 地平の彼方に生まれる太陽と共に起き出し、月が冴える夜には子供達と身を寄せ合って眠る。

 夏草海原に暮らす者達の一生は冒険だ。彼の生きる先には多くの冒険が待ち構えているが、それはまた別のお話。

 

 首狩り兎は夕暮れのうちにトロール市に差し掛かろうとしていた。

「つ、疲れた…。」

 昼から走り続けて来たと言うのもあるが、疲労にはもう一つ理由があった。

 トロール達が草原に出て来ないように、草原への道は山へ水汲みに行く人兎(ラビットマン)達が荒らしているのだ。

 その為、獣道ひとつなく、草原の何倍も進みにくい。

(もうあいつらも人兎(ラビットマン)を食べようとはしないからな…。この道が通りにくいのもこれっきりだ。)

 首狩り兎は、時に木の下を潜り、時に丸太の上を歩き、時にまとわりついてくる蔦を払って進んだ。

 森には山から流れ込む谷川が蛇のように曲がりくねりながら流れている。

 首狩り兎はヘトヘトの体で小川に降りて水を飲んだ。

「……はぁ…。そろそろかな…。」

 お気に入りのスカートはお陰様でボロボロだ。それに、少し臭う。オスクの邸宅の風呂が恋しくなった。

 トロール市で風呂を貸してもらおうかと思ったが、首狩り兎は首を振った。

 トロールの男湯には入りたくない。

 かなり臭かった脳足りんなトロール達だが、今では三度の飯より風呂が好きな種族になっていた。中には風呂に入りながら酒を飲むなんて真似をしているトロールもいるほどなので、不潔だとは思わないが、トロールは一緒に風呂に入る存在に長々と自分の強さを語って聞かせたがるためかなり鬱陶しい。

 湯に浸からないとしても、体を洗って、体に湯を掛けている間にイマイチな強さ自慢を聞くのは御免だった。最悪肩まで浸かって行けと引き摺り込もうとする。そうなったが最後、先に上がった方が弱き者だとうっきうきで勝負を仕掛けてくるのだ。

 武王も試合の後の風呂を楽しみにしているし、彼らは風呂を知らなかっただけで本当は風呂が好きな種族なのだろう。武王は風呂に入るたびに、全身が自己再生されるようだとよく分からない事を言っている。

「……でも、このまま市に入ったら汚い汚いってあいつらうるさいよなぁ…。」

 自分達の過去を棚上げして、あいつらは人を汚い呼ばわりするだろう。

「ち。やっぱり脳足りんだ。」

 首狩り兎はぶつぶつ言うと、腰から大型のポシェットを外した。服を脱いで一緒に適当な木に引っ掛ける。

 足を小川に下ろすと、首狩り兎はぷるりと震えた。

 野生の猿達が興味深そうにこちらを伺っている。

「っつめてぇ〜…!」

 全身が縮こまる。山の沸き水はべらぼうに冷たかった。

 さっさと体を洗い、体臭がある程度取れると首狩り兎は全身を震わせて水を飛ばした。

「っはぁ〜!タオル欲しいなぁ…。」

 呟いていると、隣から毛がたくさん生えた大きな葉っぱを差し出された。

「あ、こりゃどーも。」

 何気なく受け取り――首狩り兎は飛び上がった。

「っだあ!?何もんだ!!」

 首狩り兎の背後には先ほどまで生えていなかった木が生えていた。

 いや、樹皮立族(ウッディスト)の子供だった。

「面白ォイ。柔ラカソウナ体ダネェ。」

 木々を軋ませたような聞き取りづらい声だ。瞬きするたびに、目がどこにあるのか分からなくなるほどに、木そのものだった。

 体は硬質な樹皮に守られていて、枯れて折れた木に枝の足と枝の腕が生えているような見た目だ。目の間に生える細長く高い鼻も枝でできていて、てんとう虫が先まで歩いて行くと飛んでいった。

 樹皮立族(ウッディスト)といえば、人兎(ラビットマン)達がトロール避けに荒らしている辺りを今の主な生息地としている異形種だ。混沌とした森がこの枯れ木のような体を潜めるのに最も適している。人兎(ラビットマン)が近くで暮らすようになる前はトロール達が集落のために薙ぎ倒した木の近くでじっとしていたらしい。

 

「…あ、ありがとう。」

 首狩り兎は差し出された傘のように大きな葉っぱで体をサッと拭くと、さっき服を掛けた枝へ腕を伸ばし――そこに枝と服はなかった。

「コレ探シテルノォ?」

 子供が枯れ枝のような手を差し出し、そこには首狩り兎の服が引っかかっていた。

「あぁ、これを探してたんだよ。ごめんな。まさか樹皮立族(ウッディスト)だとは思わなかったんだよ。」

 首狩り兎が服とポシェットを取ろうとすると樹皮立族(ウッディスト)はひょい、と体の向きを変えて躱した。

「……返してくれる?」

「ンッンー。ドウシヨッカナァ。」

 この種族は普段は静かに木として過ごし、たまに何かが近付くとすぐにこう言う真似をする。普段暇だからと悪戯放題だ。

「返して。俺行かなきゃなんないんだよ。」

「遊ボウヨォ。」

「そんな時間ないの。俺はどうしてもカルサナスに行って、やらなきゃならないことがあるの。」

「何ヲスルノォ?」

「止めるんだよ。」

「止メルッテ、何ヲォ?」

 裸の首狩り兎は真剣な瞳で告げる。

「百年戦争。」

「センソー?」

 樹皮立族(ウッディスト)は戦争をしたことなど一度もないだろう。もしかしたら初めて聞く言葉かもしれない。

「あぁ、戦争だ。そのために、百年戦争の歴史書をカルサナスから全部盗み出すんだ。」

「盗ムノ?スッゴォイ!面白ソォー!」

「そうだろ?そんでもって、神様達に歴史書を持ってくんだ!」

 

 確かな記録を神殿に持って行って陳情するのだ。助けて欲しい、どうか慈悲をかけて欲しいと。

 もちろん、カルサナスは神聖魔導国に百年戦争について話しているだろう。神聖魔導国は併合の時に歴史と文化を事細かに聞くのだと、エ・ランテルに遊びに行った時に亜人達が話してくれた。

 それを踏まえて、アーウィンタールにいた時、首狩り兎はすぐに戦争に行くという決断を下した。

 連合軍がビーストマン州に立ち寄る時、カルサナスから事情を聞いている神聖魔導国の役人もビーストマン州に集まり、夏草海原の民に国に降れと通告するはずだと読んだのだ。

 その時、騎馬王は間違いなく相手の強大さに囚われず、全てを断って野に出てくるはずだと。

 そんな誇り高き戦士の側で、カルサナスに一矢報いてやるのだと心に決め、オスクと武王に別れを告げた。

 最強と言っても過言ではない守護神や神王、女神ももし参戦するとしても、彼らはおいそれと前線に出て来たりはしないだろう。王も将も、後ろから眺めているものだ。

 エ・ランテルでは王女が罪のない民を救ってくれと神々へ直談判した為に神だけが前線に出たが、今回はそう言う戦争ではない。

 王と将が自ら出陣してくる前に短期決戦を挑み、老いも若きも全員が総兵力として参戦し、少しでも村から草原を取り返す――。

 首狩り兎はそう言う作戦を期待していた。だからこそ、神々の強さを包み隠さず話したのだ。

 共に戦場を突き進み、最期の時まで騎馬王や代表達を守り、戦い抜くと心に決めていた。

 しかし、騎馬王の答えは首狩り兎の想像するものとはまるで違った。

 老人達だけで、若い戦力を連れて行かずに何ができる。

 洗練された戦力を圧倒的な数でぶつけられる事と、騎馬王がいる事だけが連合軍に勝利をもたらすと言うのに。今のままでは騎馬王も代表達も犬死にだ。首狩り兎はそう思うが、騎馬王は考え直す風ではなかった。

 降れと言われても草原に戻ってくると言うところまでは想像通りだったと言うのに。

 

 カルサナスはカルサナスの事情ばかりを神聖魔導国に話し、自分達こそ被害者だと話しているに違いない。それを信じる王達も王達だと思うので、首狩り兎はあまり王達が好きではない。

 王達が信じているであろう、カルサナスが提示した百年戦争の資料を使って、その時に草原を襲った悲劇を事細かに説明する必要がある。

 カルサナスにある神殿には神の降臨の話は聞いたことがないので、その場でぐずぐずしていると最悪盗み出した資料を奪い返される危険もある。何がなんでも神都まで持っていかなくてはいけないのだ。

 神都についたら、まずは慈悲深き併合を断った事を必死に詫びる。この戦争が終わったら騎馬王が夏草海原を差し出すつもりでいる事を説明しよう。断ったのではなく、時間の猶予が欲しかっただけなのだと。

 あの慈悲深い――らしい――王達ならば、この哀れで恵まれない夏草海原を許すと言ってくれるはずだ。

 土地の奪還は諦めろと言われるだろう。現在村があることで被害が起きていない事を考えれば、この決定が下されることは明白だ。

 しかし、戦争は止めてくれるはずだ。そうすれば犬死にする者はいなくなる。

 奪還の悲願はこれで二度と叶わなくなり、戦士達は最後の戦争の機会を奪われた事を嘆き、怒り、咆哮するだろう。きっと首狩り兎は悪い意味で夏草海原の歴史に名を残すことになる。臆病者の裏切り者だと。

 しかし、暗殺者として名高い首狩り兎は資料を盗むだけで済ませるつもりなど毛頭ない。

 誰も褒めてはくれないだろうが、資料を盗み出す時、百年戦争勃発当時に夏草海原の返還に反対した議員達を一人でも多く暗殺する計画だ。今ものうのうと生きている議員は多くいる。全夏草海原奪還の悲願を諦める代わりに、一人でも多くの議員の首を狩り、それを以って英霊達への慰めとするのだ。

 当時を知る者が死ぬ事が禊ぎだと言うのなら、死ぬべきは騎馬王達ではなくカルサナスの議員達なのだから。

 この計画はどう考えても神聖魔導国の法に反している。

 盗みと暗殺を済ませ、神都で訴え――全てが終わって明るみに出た時、首狩り兎は夏草海原に居場所を失っているが、同時に神聖魔導国にも犯罪者として居場所を失うだろう。

 

 少しでも立ち止まれば、心がすくみそうになる。

 ――あぁ、こんなはずではなかった。どれ程孤独な明日が待っているのだろう。

 そう思いかけるたびに、振り返らずに気を紛らわせるように駆けて来た。

 戦争が始まってしまう前に、要人達の暗殺へ。そして、歴史の証明へ。

 

「神様ッテ、神王陛下と光神陛下ァ?」

 樹皮立族(ウッディスト)は首がない為、体ごと横に傾ける事で首を傾げるような仕草をした。

「王――陛下達を知ってるのか?」

「知ッテルヨォ!トロール達ノ集落ニ、コキュートス様ガイタ時ニ聞イタァ!」

「え?じゃあ、ここは神聖魔導国なのか?」

「ソウダヨォ?トロール市ノ自然何チャラ保護区ッテ言ウンダッテェ。ソンナ名前ダッタナンテ、誰モズゥット知ラナカッタンダァ。パパトママト、オジイチャンモ知ラナカッタッテェ。」

 エヘエヘ、と笑う様子に首狩り兎も釣られるように笑いを漏らした。

「あは!そんじゃ、話は早いな!その神様達に会うためにも俺は行かなきゃなんないんだ!」

「ンー?僕ハ面白いオ話ガ大好キダカラ、モウ少シオ話聞カセテクレタラネェ!」

「――は?神様達に会いに行くって言ってる俺の邪魔すんの?」

「良イデショォ。聞カセテヨォ。」

 樹皮立族(ウッディスト)が駄々をこねるようにすると、首狩り兎の額には怒りの血管が浮き出そうになった。

「返せよ。そっちがその気なら、こっちもその気になるぞ。」

 素っ裸の首狩り兎の全身の毛が逆立つ。太腿にくくりつけているナイフを引き抜くと樹皮立族(ウッディスト)は「キャァ〜!」と嬉しそうに笑った。

「死にたくなかったら服を返しな。」

「オ話シテヨォ。兎サンハカルサナスッテ所ノドコニ行キタイノォ。」

「こっちはお前に聞かせる時間も惜しいんだよ、坊主!」

 ナイフを顔の前に構えると、樹皮立族(ウッディスト)は残念そうな顔をした。

「教エテクレタラ僕達ダッテ、楽シイ事オ手伝イシタノニィ。」

「お前に手伝えることなんか――ん?今お前、僕達(・・)って言ったか?」

 その違和感に眉を顰めていると、構えているナイフにチラリと何かが映り込んだ。

「――後ろ!?」

 首狩り兎が振り返ると、背後には巨木の樹皮立族(ウッディスト)が首狩り兎を見下ろしていた。

 踏まれれば間違いなく即死する。

「面白イオ話、聞ガセデ欲ジイナ。」

 子供よりもよほど野太く低い声で、無垢な願いを口にする樹皮立族(ウッディスト)はそのアンバランスさが非常に不気味だった。首狩り兎はごくりと唾を飲み、うなずいた。

「わ、わかったよ…。」

「ヤッタァ〜!ママァ、兎サンヲ説得シテクレテ有難ウ!」

 子供は嬉しそうだった。

 首狩り兎は仕方なく、暗殺については伏せて多くの事を語った。

 ――百年戦争の始まりから現在に至るまで。

 ――夏草海原連合軍の祈りにも似た悲願。

 ――そして、最後の戦争。

 いつの間にか首狩り兎の周りには大量の樹皮立族(ウッディスト)が集まっていた。

「――ゾレバ、大変ダッダネェ。」

 頭に鳥の巣を乗せている樹皮立族(ウッディスト)は大満足な様子でそう言った。

「ホラ、服返ジデアゲナヨ。」

「分カッタァ!トッテモ面白カッタナァ!」

 首狩り兎はようやく服を返してもらえたが、達成感よりも全裸で話をさせられた屈辱感や、時間を無駄にさせられたと言う苛立ちでいっぱいだった。

「じゃあな。俺は行くぜ。」

 腹立たしげに足音を鳴らしながら、取り囲んでいる樹皮立族(ウッディスト)の間を出て行こうと進む。

 ――すると、再び樹皮立族(ウッディスト)達は首狩り兎の行手を阻んだ。

「………今度はなんだよ。」

「ドコニ行クノォ?」

「カルサナスだっつってんだろうが!!」

 ついに声を荒らげると、樹皮立族(ウッディスト)はキャラキャラと楽しそうに笑った。なぜこの生き物を誰も燃やして絶滅させてやろうと思わないのか不思議だ。

「コッチハトロール市、カルサナスニ急グナラ道ハアッチダヨォ!」

 

 指を差す方は木々が鬱蒼と茂る闇のような森だった。軽く坂になってるので、山もあるだろう。

 夕暮れ時だった森はもはや夜だ。

「森と山は歩きにくくて時間もかかるし、夜に遭難したら死ぬんだよ!だから一回トロール市行って、アーウィンタールまで出るの!そっから魂喰らい(ソウルイーター)便で州を跨ぐのが一番早いんだっつーの!!」

 トロール市で一泊野宿をして、翌朝一番にアーウィンタールに向かって魂喰らい(ソウルイーター)便に乗る。アーウィンタールに昼過ぎに着いたところで、食事をとって州をまたぐ便に乗り継ぐ。到着したら深夜になるのを待ち、州の検問を潜らずに侵入できるところを探して州に入るのだ。適当なところで野宿をして、明後日からカルサナスの大議場があるカルクサーナスという都市を目指す。

「ソレガ一番早イノォ?僕達ナラ、カルサナスノグランヴィッツ迄今日ノ内ニ連レテ行ッテアゲラレルノニィ。」

 樹皮立族(ウッディスト)達は残念そうに息を吐くとぞろぞろと首狩り兎の周りを離れ始めた。

「え?は?そ、そうなの?」

「デモ、トロール市ニ行クノガ一番早イナラ仕方ナイネェ。兎サン、トッテモ楽シカッタヨォ!ジャアネェ!」

 首狩り兎は慌てて枯れ枝の腕を取った。

「ま、ま、ま、待って!嘘、嘘だよ!な?お、面白い冗談だったっしょ?」

 だらだらと背中に汗が流れる。樹皮立族(ウッディスト)はぴたりと足を止めると、再び首狩り兎を取り囲んだ。

「面白イ!面白イ!アハッ!アハハッ!」

「ジャア、兎ザンド楽ジイゴト一緒ニヤレルネ!」

 低い木が軋むような音が方々から聞こえてくる。首狩り兎は引きつるように笑った。

「じ、じゃ…グランヴィッツまで送ってくれるかな…?」

「イイヨォ!僕モ近クマデ一緒ニ行ッテモ良イカナァ?」

「もちろん良いよ。俺は首狩り兎。」

「面白イ種類ノ兎サンダネェ!僕ハ樹皮立族(ウッディスト)ッテ言ウンダヨォ!」

「…んなことは知ってるよ。名前は?」

「名前?樹皮立族(ウッディスト)ダヨォ!」

「…………分かった。じゃ、行こうぜ。坊主。」

 首狩り兎が言うと同時に、子供の樹皮立族(ウッディスト)と首狩り兎は大きな樹皮立族(ウッディスト)達に持ち上げられた。

「コレネェ、生キ物ヲ迷ワセルオ遊ビデヨクヤルンダァ!」

「へ、へぇ…?」

 やはり、こんな生き物を信用したのが間違いか。そう思ったのも後の祭りだ。

 これまでただの木だと思っていたものまでも首狩り兎と子供に手を伸ばし、首狩り兎と子供は流れるように隣の木へ隣の木へと送られ始めた。

 まるでこの森に生える全ての木が樹皮立族(ウッディスト)のように感じるほどに、一瞬も止まらずに体が運ばれていく。

「な、なぁ。カルサナスのグランヴィッツに行けんだよな?」

「行ケルヨォ!楽シイネェ!」

 樹皮立族(ウッディスト)の子供が笑う。首狩り兎は本当に辿り着けるのかと頬をひくつかせた。




不安しかないわww
名前も持たない、より自然に同化している謎の種族……
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