眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#124 奪われた者達

 森の一画に愉快そうな笑い声が響いていた。

 それは声というよりも、木々の擦れる音のようだった。

「……何笑ってんだよぉ。」

「兎サンハトッテモオ洒落ダネェ!」

「……はい、そーですか。あぁあ…また体洗いたいよ…。」

 首狩り兎の全身には木の葉や枝、蜘蛛の巣が大量に着いていた。

「僕モイツカ、沢山ノ生キ物ノオ家ニナレルト良イナァ。」

「それまじで言ってんの?」

「ウン!苔ヲイッパイ生ヤシテ、鳥サンヤ虫サンノオ家ニナルンダァ。ソウスルト、悪イ奴ニ見付カリニククナルンダヨォ。」

 樹皮立族(ウッディスト)の子供――通称坊主は鼻高々に語る。

「ア、兎サンモ今ノママガ良イヨォ!キット盗ム時ニ見付カリニクイカラァ!」

「いや、この先は森じゃないから。逆に目立つから。」

「ソウナノォ?」

「そうだよ…。」

 坊主は分かったような分からないような顔をして首狩り兎の耳の間に張られた蜘蛛の巣を取った。取り除いた巣はそのまま自分の頭に巻きつけていく。

 首狩り兎もウェ…と声を上げながら蜘蛛やら葉っぱやらを必死に叩き落とし、スカートに付いていた緑に輝くカナブンを坊主の頭にくっ付けた。

「ウワァ、キレイダナァ!アリガトォ!」

「良かったな。さて、俺は行くよ。」

「モウ行ッチャウノォ?マダ夜ナノニィ。」

「日が昇る前に侵入したいからさ。坊主、すごく助かったよ。本当にありがとう。」

 首狩り兎が笑うと坊主も嬉しそうに笑った。

「タクサン盗メルトイイネェ!」

「あぁ、頑張るよ。………なぁ坊主?」

「ナァニィ?」

「戦争がなくなったら、またあの森に行くからさ。俺、お前と暮らしても良い?」

「良イヨォ!ダケド、今日タクサン遊ンジャッタカラ、僕ハコノ後半年クライハ寝ルネェ。」

「え?そうなの?」

「ソウダヨォ。大キクナル為ニハ沢山寝ナクッチャァ!起キタラマタ兎サンノオ話聞イテェ、マタ三ヶ月クライ寝ヨウカナァ。」

 これまで亜人種や人間種と関わり合うことは多かったが、首狩り兎が異形種とじっくりやり取りをするのはこれが初めてだった。

 異形種の命のサイクル、生活様式。全てが首狩り兎の想像していたものと違った。

「……ごめん。やっぱりたまに遊びに来るだけにしておくよ。」

「ソウ?ジャア、僕ガ起キル頃ニ遊ビニ来テネェ!」

「分かった。そうする。」

「楽シミダナァ!」

 坊主は体を左右に揺らして笑った。

「じゃあ今度こそこれでお別れだ。」

「ウン、マタネェ!街ノ明カリッテ言ウノモ初メテ見ラレタシィ、スゴク楽シイ冒険ダッタヨォ。僕ハアノ小川ニイルカラァ。絶対マタ来テネェ!」

 そう言うと坊主はもう一度だけカルサナスのグランヴィッツを山から見下ろした。

 そして――目を閉じ、ただの丸太のようになった。

「またな。たくさん寝て、でっかくなれよ。」

 首狩り兎がそばを離れると木の枝が伸びて来て、坊主の体は再び森の奥へ吸い込まれて行った。

 坊主は明かりを見たことがなかったそうで、魔法の光ひとつ知らず、この世の光は太陽と月と星、それから火しかないのだと思っていたらしい。彼はいつか街の明かりを見ることが夢だったそうだが、種族的に火は天的なので一緒に来てくれる人もおらず、二の足を踏んでいた。もし燃え移れば死んでしまうのだから、遠くから眺めるだけにしても付き合いたい者がいなかったのは仕方のないことだろう。

「……よく分かんない生き物だったな。」

 しかし、助かった。

 首狩り兎は森へ向けて深く一礼し、カルサナスの街へ侵入して行った。

 眠れそうな場所を探して誰もいない街をふらふらと歩く。

 明日の朝からカルクサーナスへ向かい、大議場の歴史資料塔に侵入する方法を考えよう。

 大議場と歴史資料塔の見取り図などがあると助かるのだが。脱出もルートを確認しなければ捕まる。

 資料は重いだろうし、首狩り兎は<小型空間(ポケットスペース)>の魔法は使えないので、カルクサーナスに向かいながら"ドワーフの革袋"を何枚か買わなければ。ポシェットに入れられる小さいサイズの物なら持っているが、中身は服やナイフ、ナイフを研ぐための砥石でパンパンだ。

 ドワーフの革袋とは物を入れても膨らまないマジックアイテムだ。値は張るが、背水の陣である首狩り兎は全財産を使っても問題ない。

 ポシェットの中に入れてある財布を取り出して金をいくらか数えた。

「――アーウィンタールと同じ値段なら四枚は買えるか。」

 首狩り兎は適当な公園を見つけると、茂みで眠ることを決め闇へ姿を消した。

 

+

 

「お考え直しを!代表!騎馬王様!!」

 若者達に取り囲まれる騎馬王達は鬱陶しいと言わんばかりの声を出した。

「考え直さん。もう村に向かい始めるのだからお前達もいい加減群れを離れなさい。」

「我々もコキュートス様に鍛えて頂きました!必ず戦いのお役に立てるはずです!」

「戦力になることは十分分かっている。だがな、それ以上にお前達には生き残って草原を守ると言う使命がある。さぁ、話は以上だ。散れ、散れ。」

 他の代表達も何の異論もないようだった。

 今日の遊牧からついに若者達は置いてけぼりにされた。

 しかし、少し離れた場所を着いてきていたので、ある意味同じ群れのようなものだった。

「本当にしつこい奴らだ……。」

「オ前達モソロソロ説得サレテクレナイカ。説得スル苦労ガ分カッタダロウ。」

 代表達のそばにいたコキュートスが言うと、騎馬王は苦笑した。

「申し訳ありませんが、ご容赦を。」

「最後ニハ容赦センノダゾ。」

「心得ております。」

 群はそれから、真っ直ぐに北上して行った。

 たくさんの食事を取り、たくさんの訓練を行い、コキュートスに悟られないように戦士ではない者達に戦いへの参加を呼びかけた。

 その夜もまた、若者達は騎馬王に直談判をし、似たような問答を続けた。

 コキュートスは残った戦士達と――それからたまに若者とも――手合わせをしながら、連合軍の誰であっても敵わないということを示し続けた。

 しかし、騎馬王は決してコキュートスに挑まなかった。

 代わりに騎馬王は毎夜同じ夢を見る。それは、今夜も同様だ。

 

 戦争の日にコキュートスの前に立ち、鉾に手をかける夢だ。

 最後の説得を試みようと、コキュートスは何かを告げる。何故か何も聞こえなかったが、騎馬王はただ首を振った。コキュートスには怒りも、落胆も見えない。

 ただ、分かりきっていた未来へ向かったのだと言う確信があるのみだった。

 二人の周りには誰もいなかった。真なる戦士であれば、例え敵わぬ頂きだと分かっていても一騎討ちを望んでしまうものだ。

 仁王立ちをするコキュートスが来いと手招き、騎馬王は己の鉾に手を掛ける。鉾の耳に結ばれた真紅の帯が風に揺れた。

 最初はこの帯も"青草の約束"を切り裂く為の武器の象徴として青色をしていた。それが今や、数えきれない血を啜り鮮血の如き赤となった。

 世の中には稀に、手を加えずとも自然に魔法が宿ってしまうものがある。冒険者達がそう言うものを求めて遺跡に潜ったり、冒険に出ることもあるほどだ。一攫千金のトレジャーハントの夢を見る者は多い。宿屋で管を巻いて、強さを求める様子もない冒険者の多くはそんな夢を見て冒険者になった。

 騎馬王の鉾に巻かれた帯もまた、自然に魔法が宿ったものだった。血に塗れてドス黒くなっていたはずの帯は、ある年の戦争から帰った時、池に浸けて洗うと真紅になった。

 それを結んだ鉾は、刃こぼれや欠けを起こさない。これまでは亜人の心臓を貫いたり、鎧を切り裂いたりすると鉾が割れてしまうことがあったと言うのに。

 ユグドラシルの言葉を借りて言うならば、武器の耐久度を消費させない、破壊への耐性を付与するマジックアイテムになっていた。

 騎馬王を戦わせ続ける祝福と呪縛の帯だ。

 夢の中でコキュートスと対峙する騎馬王は圧倒的なオーラを前に足がすくむ。

 魔法の効果が付与されているこの鉾ならコキュートスに届くかもしれないと言うのに、鉾を引き抜くことすら叶わない。まるで馬体に鉾が張り付いたようだった。

『騎――様。――馬王――。』

 鉾からたくさんの仲間達の声が聞こえてくる。

 ――すまない。やらねばならぬと分かっていると言うのに、何故かどうしても鉾が抜けないのだ。

 騎馬王は仲間の思いを吸った鉾へ謝罪した。

 そして――「騎馬王様。」

 一言はっきり聞こえると、騎馬王は目を覚ました。

 

「……また夢か。」

「騎馬王様、酷い汗です。」

 額の汗をクルダジールが拭ってくれていた。

「……お前はここで何をしている。」

 移動式住居(ゲル)は一人ひとつではない為、周りには数人の戦士達が眠っていた。

「いえ、騎馬王様が目覚められたら、説得しようかと。」

「まだ言うか…。答えは変わらないぞ。それはお前達の為だけではなく、この夏草海原のためでもあると言うのに。お前は何故分かってくれない。」

「分かっております。しかし、私は――。」

 クルダジールの声が大きくなっていくのを感じた騎馬王は「しっ」と人差し指を口元に当てた。

「外に出よう。ここでは眠る者の邪魔だ。」

 皆訓練と移動で疲れている。騎馬王が外に向かうとクルダジールはその後に続いた。

 移動式住居(ゲル)の外には大きな岩に腰掛けて、四本の腕を組んで顔を下に向けるコキュートスがいた。目蓋がない為、起きているのか寝ているのかよく分からない。

 二人が移動式住居(ゲル)から出てもコキュートスは少しの反応も見せなかったので、寝ているのだろうか。

 夜露に濡れた草達が揺れ、海原のように波打つ。コキュートスはまるで小さな船の上にいるようだった。

 騎馬王はため息を吐くと、どうしようもない部下に告げた。

「クルダジール。一度未来を考えてみろ。お前達が頷いてくれれば、未来は明るいものになるのだ。」

「それが……それが私にとって本当に明るい未来だとお思いなのですか。」

「お前はまだ若い。どんな未来でも掴み取れる。コキュートス様はお前達と夏草海原を決して悪くはされないはずなのだから。」

「もし本当にコキュートス様が夏草海原を悪くされないのなら、草原を守る強き若者などいらないはずです!」

「クルダジール…。もっとよく考えて見なさい。草原を守ることは戦争に出ることだけじゃない。戦士達が戦争に出ている間、群れは戦士級の男一人と、戦いがあまり得意ではない男達が守っている。皆混合魔獣(キマイラ)を筆頭とした天敵を警戒して神経をすり減らしているが、それも戦争中だけだからこそ我慢できるのだ。戦士がいないために食われてしまった老人や子供も戦争の被害者と言えよう……。」

 戦争は戦場だけで起きている訳ではないと、騎馬王は死なせてしまった者達に心の中で謝罪する。

「――それに、今は本当ならば多くの子供が生まれるはずの季節だと言うのに、赤子が群れの足手まといにならないよう、皆謹んでいる…。戦士と子をなそうと帰りを待つ女達もいる。群れに当たり前の暮らしをさせてやる事も戦士の役割だ。お前とて、好いた女くらいいるだろう。」

「そんな者おりません。私を戦いから振り返らせる女など!」

「母はどうだ。お前の母はまだ生きている。冬に戦士達なく銀色草原に出れば、ポイニクスロードに襲われるかもしれんぞ。神隠しだってある。」

 去年の冬は不思議とポイニクスロードも出なかったし、神隠しもなかったが。

「しかし、戦争を諦めた者もちゃんといます!騎馬王様の言い付けに従うと言って群れに帰る者もいるのですから、何人かが付いて行くくらい、お許しくださってもいいでしょう!」

 赤ん坊の頃からよく知っているクルダジールの瞳からはぽろぽろと涙が数粒落ちた。落ちるたびに、クルダジールは恥じるように目元を何度も拭った。

「……誰かの追随を許せば、歯を食いしばって戦争を諦めた者も付いて行きたいと言うだろう。それは未来を託される事を受け入れるしかなかった、見送らなければならない事を受け入れてくれた者達の決意を嘲笑う行為だ。」

 返す言葉がないのか、クルダジールは唇を噛んだ。

「クルダジール。分かってくれるな。」

「私は…騎馬王様のために戦い、その隣で死にたいのです……。あなたの死を、平和な草原で聞き届けたくないのです……。こんな哀しいこと、どうして私に受け入れろと言うんですか。」

 何人の死を見送ったか分からない騎馬王はその痛みに胸の奥が疼くようだった。

「では……お前は、私にお前を見送る痛みを受け入れろと言うのか。」

「騎馬王様…?」

「私とて鉄仮面ではない。悪夢を見て目を覚ますような軟弱な男だ。コキュートス様はお前を私の息子のようなものだと言って下さった。私はずっとお前を一人の部下として見てきたつもりだったが、あの時、きっと私は嬉しかったのだ。コキュートス様は私にも何か、未来へ残せるものがあると希望を見せて下さったようだった。」

 それは間違いなく騎馬王の本心だった。真っ直ぐに見つめる先にいるコキュートスは微動だにせず、耳を傾けているようでもあり、眠っているようでもあった。

「私は哀しみの中に生まれてしまった。哀しみを止めるために、哀しみの中に死ぬだろう。哀しみを感じ、涙する暇もないような一生であった。しかし、お前は哀しみにこうして泣ける。」

 クルダジールの涙の跡を拭ってやると、騎馬王は穏やかに笑った。

「こ、こんなもの。私は泣いてなどいません!私は戦士を継ぐ者です!」

「良いのだ。泣かないで大人になった男など、良い戦士になれるはずがない。その証拠に、私も良い戦士ではなかった。」否定を口にしようとするクルダジールをそっと押し留め、騎馬王は続けた。「――これは、ある意味幸せなことだと私は思う。泣いて、泣いて、いつかは哀しみを忘れ去るのだ。そして、お前を残せた私の代わりに、数え切れないほど多くのものを残して生きろ。何度泣いても良い。その度に哀しみを乗り越えて生き続けるのだ。」

 騎馬王は言い終えると、移動式住居(ゲル)へ踵を返した。

「き、騎馬王様!」

 呼び止めたが、騎馬王は止まることなく移動式住居(ゲル)へ戻ってしまった。まるで「もう喋れると思うな」というような背中だった。

 クルダジールはとぼとぼとコキュートスの隣へ向かった。

「――オ前モ、共ニ戦争ニ出ルトイウノデハナク、騎馬王ニ戦争ヲヤメヨウト声ヲカケレバ良イモノヲ。」

「……騎馬王様は止まりません。コキュートス様も、もうお分かりでしょう。」

「…アァ。シカシ、オ前ノ言葉ナラ止マルカモシレナイ。愛スル子ノ言葉トイウノハ、何ヨリモ重タク響クモノダ。私ニハ分カル。」

「……父様(・・)は私のわがままを許してくれる人じゃないですよ……。だけど、それでも――。」

 二人の夜は更けた。

 翌日、ついに若者達の群れは全てが本隊から離れ、騎馬王はクルダジールの背中を見送った。

 

「ようやく彼らも区切りがついたようですね。」

 イズガンダラは去り行く背から視線を外さずに呟き、騎馬王はうなずいた。

「全く、世話のかかる。しかし、これで未来は繋げたな…。」

「その通りです。」

 ワジュローとマイカも寄ってくる。

「……あいつらが、やっぱり一緒に行くとか言い出す前にとっとと戦場に向かいやすか?」

「一般の者達に、予定していた日よりも早く戦争を始めると伝えましょう。イズガンダラ殿、人鳥(ガルーダ)に飛んでもらえますかな?」

「マイカ殿、もちろんです。偵察隊から一人伝令を出しましょう。幸い今日は曇りです。」

 コキュートスにはいつもの周辺の警戒と見せかけ、一人だけ雲に紛れて村を襲う一般志願者の隊まで飛んでもらうのだ。志願者達には多少の訓練をするように告げたので、そろそろ集まり始めている頃だろう。

「では、やるか。」騎馬王は呟くと、残った戦士たちに振り返った。「――皆!我らの愛する光は行った!!光達は消える事なくこの地を照らすだろう!!我らも向かおう!忌まわしき始まりの地へ!!」

 大地を揺らすような返事が返り、ついに進軍は始まった。

 二つの群れの行き先は戦場と平和。または死と生。二度と見られない未来への希望達を、戦士達は何度も振り返った。

 しかし、戦士達に絶望はない。繋がれた希望と、彼等と草原と共に築き続けてきた絆が戦士達の道を明るく照らしていたから。

 後はただ、この道標に沿って辿りつくべき場所を目指すだけだ。

 騎馬王はちらりと後方にいるコキュートスを伺ったが、コキュートスはギリギリまで手を出すつもりはないのか、若者達と最後の別れを終えて静かに進軍の後に付いて進んだ。

 

+

 

「これとこれと……そいからこれと……。」

 首狩り兎は夜に落ちたカルクサーナスの裏道で最後の持ち物チェックをしていた。

 いつものポシェットには思ったより高かった"ドワーフの革袋"が三枚、州外脱出経路を入念に確認したカルサナスの地図。黒いスカートの中にはいつでも取り出せる場所に十本ものナイフ。どれもよく砥がれていて、誰からも見えないが、新品同然の輝きを放っている。

 お気に入りのブラウスを着て、可愛いリボンを胸元に結んだ姿はどこからどう見ても帰路についたお嬢さんだ。

「……行くぜ。」

 小さく呟くと、首狩り兎は裏道を出た。

 星と永続光(コンティニュアルライト)に照らされる大議場へ続く大通りには、この時間だと言うのに憎たらしい亜人や人間が行き交い、警らの死の騎士(デスナイト)が肩を並べている。

 どこにでもよくある風景だ。

 人口が最も多いこの街のメインストリートなだけあって、夜であっても出店も多く出ている。カフェや食事処の表にはたくさんの亜人達が食事をとって楽しげに笑い合っていた。

 なんと言っても、競技大会は目前。皆自分の都市を応援するつもりではいるが、たまに敵都市の選手が同種だったりすると、同種の応援もしたくなるものだ。

 皆宴会同然の席で、誰に賭けるとか、どの都市こそが最強だとか、そんな話ばかりをしていた。

(どいつもこいつも、騎馬王さんの前に行きゃあただの赤ん坊だよ。)

 心の中で吐き捨てる。

 すると、五人の亜人が首狩り兎を見ていることに気が付いた。

(なんだ、あいつら。やんのか?あ?)

 口にも顔にも出さない。ただ、静かに道を進む。喧嘩になれば潜入どころではないのだ。

 じろじろと見て来ている男達の前を首狩り兎が通り過ぎようとしたとき、その肩には青白い毛に覆われた大きな手が乗った。

「なぁ、姉ちゃん。その大きさ。あんた立足兎(パットラパン)じゃなくて人兎(ラビットマン)だろ。」

「――そうですけど、どうかしたんですか?」

 首狩り兎はきょとん、と無垢な瞳を返した。

人兎(ラビットマン)って言や、夏草海原に暮らしてるだろ。なぁ、向こうはどうなんだよ。え?騎馬王が死んだって言うのは本当なのか?」

 騎馬王を死んだなどと言われ、首狩り兎の頭にカッと血が昇りそうになる。

「――生きてますよ。それが、何か。」

 男達は互いの顔を見合い、何かを確認すると首狩り兎を取り囲んだ。

 どうも最近は囲まれがちだな。と、首狩り兎は他人事のように考える。

 こんな所で騒ぎを起こすのは不本意のため、いつでも死の騎士(デスナイト)を呼べるように位置の確認を怠らない。

 そして、青白い毛で全身が覆われている男が、挑戦的な目をして口を開いた。

「生きているなら、騎馬王に競技大会に出るように言ってくれ。」

「――は?何言ってんだ?あんた。」

 首狩り兎は思わず素に戻っていた。あり得ない提案をしてきた男は至って真面目な顔をしている。

「騎馬王は死んだってのがもっぱらの噂だった。カルサナスじゃ、もう誰も騎馬王が生きてるなんて信じちゃいない。だが、俺はあの男がそう易々とくたばるとは思ってなかった。」

 そう言うと、青毛の男は肘から先がない腕を見せた。

「――見ろ、こいつを。これは六年前に騎馬王が切り飛ばしたんだ。俺のダチを一刺しで殺し、その刃がダチの胸の中から突き抜けて俺の腕まで奪っていきやがった…!!」

 男の瞳にはその時の光景がまざまざと見えているようで、残った腕で欠損箇所を握りしめる姿は止血でもするようだった。痛みを思い出している様子の顔は歪み、牙を露わにした。

「……そうなのね。でも、戦場に出たのだから仕方がないでしょう。戦場に出れば殺される前に殺さなければいけないのよ。」

「あぁ、仕方がなかった…!だが、俺は今でも毎晩夢に見るんだ!!目の前でダチが死に倒れ、俺は何も出来ずに痛みに膝をつく瞬間を…!!血の海の中で痛みにもがき、顔を上げると奴がいるんだ!まるで、無人の荒野を行くが如く、俺の仲間を次々と殺して行く――騎馬王の背中を!!」

 青毛の男の目は血走っていた。

「……そう、身も心も傷付いたというのね。あなたみたいな人は戦争に出るべきではなかったのよ。草原を返還するように呼び掛ければ良かったの。それだけの事よ。」

 首狩り兎の返事に大した温度はない。

「正論を言って満足か?だが、戦争を前にすればそんな正論は何の役にも立たんのだ!お前みたいな女には分からんだろうが、村を守るためには戦わなければいけなかった!あそこにはたくさんのカルサナスの同胞がいるのだから!」

 ――草原を返還せず、哀しみを積み重ねることを選んだのはカルサナスだと言うのに!

 首狩り兎はその言葉を飲み込んだ。こんなところで話し合ったとしてもナンセンスだ。

「――それで、その哀しがり屋のあなたが何故騎馬王さんに競技大会に出てほしいなんて言うの。」

「……騎馬王が生きているなら、騎馬王もコネリエに出るべきなんだ。そうすれば、俺や、残された奴らはあの戦場のやり直しができる…!!」

「そんな理由。あなたは例え競技ルールに縛られた騎馬王さんと対峙しても、指一本触れることは叶わずに再びその膝を折るだけよ。そうなれば自分の傷を増やすだけだわ。あなたはきっと泣くことになる。無意味よ。私にはわかるわ。」

 カルサナスは嫌いだが、戦争で受けた心の傷には共感できる。首狩り兎は可哀想なものを見るような目で青毛の男を見つめた。

「知ったような口をきいて。人兎(ラビットマン)の女。正しさや正論だけじゃ、生き物はやっていけやしないんだ。正論で救われない俺みたいな奴がいるから、絶対正義の陛下方が降臨して世直しをして下さっている。だから俺は終わった戦争のことでガタガタ言うつもりはねぇ。代わりに、俺は陛下方の認めて下さってる方法で夏草海原の亡霊――騎馬王とやり合わなくちゃならんのだ!そうしなければ、俺が静かに眠れる夜は来ない!!」

 勝手な言い分だ。しかし、そんな事よりも首狩り兎が引っかかったのは――

「……終わった戦争だと…?」

 青毛の男は戦争などもはや過去のもののように言っているのだ。競技大会に出てほしいなどと言っているのは、てっきり戦場で会えば殺されると分かっている故の女々しさかと思ったが、何か様子がおかしかった。

「戦争は終わってなんかいない……。」

 首狩り兎の声は低く、男達を睨み付ける視線は鋭かった。

「――戦争は終わってない?何の冗談だ。ここは神聖魔導国。神々の国なんだぞ。」

 神のやり方への冒涜とも取れる言葉に、青毛の男は明確な不快感を露わにした。

 隣にいた白い鱗に覆われた男が熱くなるなとでも言うように、青毛の男の胸を叩き口を開く。

「悪いな、姉ちゃん。俺達は何も戦争談議をしようってんじゃあないんだ。俺も、この傷と、この傷と、この傷は夏草海原連合軍に付けられたものだ。だけど、俺達はお前達のことをもう許している。仲良くしよう。その為にも、騎馬王には競技大会に出てほしい。こいつはそう言ってるんだよ。俺達カルサナスは昔の恨みを忘れる為にも、命の奪い合いをしない為にも、競技大会をするんだから。」

 男は友好的に笑うと首狩り兎の顔を覗き込んだ。

 何故ここにいる奴らはもう戦争が終わったなどと言うのだろう。

 夏草海原の者達にとって、戦争は終わってなどいないのに。

 自分たちばかりが許したと気持ちの良い事を言って、全てを水に流そうというのか。

 奪った者は勝手だ。奪い返そうとした方を"許す"などと言う言葉で悦に浸る。

 首狩り兎の赤い瞳は怒りに燃えそうだった。

 しかし――「……そっか、仲良くしてね。」

 愛らしく小首を傾げて見せた。

 戦争を止める。その為に来ているのだから、戦争が終わったと言う者達に腹を立てても仕方がない。

(なすべきことを、なすために……。)

 首狩り兎がくるりとスカートを翻すと青毛の男がその背中に声を掛けた。

「騎馬王に伝えろ!生きているなら、ここに来て正々堂々俺と勝負をしろとな!!この――ディア・フェルベックの名を忘れるなぁ!!」

 首狩り兎は助走をつけて殴りかかりたい気持ちを抑え、振り返らずにその場を立ち去った。

 正々堂々戦争に出て殺される覚悟を持つ騎馬王に比べて、彼らの言っていたことはまるで子供のおままごとだ。首狩り兎の心中には不快感が渦巻き続けた。

 その後、誰とすれ違っても、誰の会話を盗み聞きしても、カルサナスの者達は皆戦争の事など考えもしないようだった。

 彼らにとって神聖魔導国の傘下に入ったことは絶対的な力を手に入れたようなもの。まさか攻め込まれるなど露程も思わないらしい。

 しかし、それよりも何故カルサナスの者達は皆騎馬王が死んだと思っているのだ。

 

 疑問が頭の中をぐるぐると回る中、ジャリっと靴が止まる。

 首狩り兎は大議場堂の前に辿り着いた。

 

 大きな門はもう閉められていて、職員通用口のような小さな扉だけが開けられている。

 門の左右には死の騎士(デスナイト)と、番兵が立っていた。いくら夜間とは言え、無理に侵入しようとして死の騎士(デスナイト)に見つかっては御用だ。ならば、正面突破。

 首狩り兎は涼しい顔をして歩みを進める。

「――あ、お嬢さん!お待ちください!」

 案の定声をかけられ、足を止めた。

「はい?」

「今日の大議場堂の一般公開は終わっています。議会も閉会されているので出直しを。」

「私、職員食堂で働いてるんですけど、おじいちゃんの魔法の時計を忘れちゃって…。」

 首狩り兎は潤むような瞳で兵を見上げた。兵の皮膚は滑らかな白い鱗に覆われていた。

「明日取りに来る事はできないんですか。」

「おじいちゃんに黙って持ち出しちゃったの!どこにおいたのかも分からなくって…明日になったら誰かに盗られちゃうかもしれない!お願い、探しに行かせて!」

 番兵は困ったような顔をして、大議場堂と首狩り兎を数度見比べた。

「……じゃあ、私が一緒に行きます。さっさと見つけて帰ってもらいますよ。」

「あぁ!警備員さん、ありがとう!」

 番兵は門の反対側に立っている男にジェスチャーで状況の説明をした。首狩り兎を指差し、大議場堂を指差すだけの簡単な動作だ。

 反対側にいる男が理解したように頷くと、番兵は職員通用口をくぐった。

「さぁ、着いてきて。」

「はい!」

 一番の難所である死の騎士(デスナイト)前を容易に通過した。後は出る時が問題だが、いくつか脱出経路の目星は付けているし、逃げ足には自信がある。

 等間隔に植栽が植えられた短い前庭を行く。花は盛りでどの花壇にもたっぷりの花が咲いていた。

「しかし、君みたいな子を見たのは初めてだよ。人兎(ラビットマン)を見たのも初めてかもしれないな。」

「――私はあなたのこと何度も見てるわ。欠伸してるところだって見たわよ。って言っても、まだ働き始めたばっかりだけれどね。」

「ほ、本当に?嫌だなぁ。」

 白鱗の番兵は照れ臭いように笑い、首狩り兎は「知らねぇけどな」と心の中で舌を出した。

 二人は大議場堂の大玄関の前を通り過ぎ、裏方職員達の為の扉の前についた。

 兵が見回り用の鍵を使って中に入る。首狩り兎はカルサナスの者にとって本当に戦争は終わったのだなと思った。

 どう見ても敵対勢力の女をこんなに簡単に招き入れるとは。

「それじゃあ、時計探しをしようか。」

「えぇ、探しましょう。――歴史資料をな。」

 首狩り兎はナイフを取り出し、兵の顎に突きつけて笑った。

「な、なんだ!?」

「悪いな。あんたに恨みはないけど、夏草海原はまだ戦時中なんだよ。」

 首狩り兎は前日に手に入れた館内図を片手で広げ、念のために現在位置を確認した。

 頭の中に思い描いていた入り口から侵入できている。

 ちなみにこの館内図は観光客向けのカルサナス大辞典なるふざけた本に付いていた。

 カルサナス全土を結びつける如何に素晴らしい建物なのかが書かれているが、そんなことに興味はないのでこの地図を切り取って後は捨てた。

「せ、戦時中…?あんた、何言ってんだ…。」

「ッチ、虫唾が走るぜ。ほら、さっさと歩けよ色男。歴史資料塔へな。」

 兵は困惑の瞳を見せてから、ゆっくりと資料塔へ向けて歩き出した。




首狩り兎ちゃん急いで!
進軍が早まってるから!!
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