「手間が省けたな。」
カルクサーナスの神殿に残ったアインズがゼロの感情で呟いた。
神殿には夏草海原との戦争を隠蔽しようとしていた上院議員達が続々と増えていく。
上院議員達は蜂起したカルサナスの民によって神殿への出頭を余儀なくされたのだ。
――恐ろしい。
神殿に残ったパンドラズ・アクターは自らを生み出したアインズと、フラミーの千里を見渡すことができる力を前に薄ら寒さを感じた。
カルサナスを併呑する時からここまでの全てのレールを見越して来たのだろう。
黒い目の中に敬服の色が浮かんでしまうのは仕方のないことだ。
「さすがは父上とフラミー様です。」
「いや、私は何もしていなかった。どう考えてもすごかったのはフラミーさんだろう。私も少し驚いた。」
パンドラズ・アクターは頷き、訂正する。
「――さすがフラミー様でございました!」
「うむ。」
トブの大洞穴を併呑した直後、ベバード併呑の調印にはフラミーが出ていた。パンドラズ・アクターはこの計画がフラミーの手によるものだと認識を改めた。
パンドラズ・アクターが背筋をゾクゾクと震わせていると、最後の一人だと思われる上院議員が現れた。
「お、お、お待たせ…いたしました……!」
スライディングするように膝をつく。流れるような動きは美しさすらあった。
神都の大神殿からも神官達が来ているため、カルクサーナスの神殿はいっぱいいっぱいだ。
皆一様に神の言葉を固唾を飲んで待った。
「さて、お前達の罰をどうするか。草原を汚した事は当然許されるべきではないが、草原が美しさを取り戻していることも事実だ。それに、当時カルサナスの民を救おうとお前達なりに必死に考えた結果だと言うのも理解できる。」
上院議員達の瞳に安堵が見える。
生の神がいればもっと糾弾されただろうが、今ここにはありがたい事に死の神が残った。
そう言う思いを感じ取ったパンドラズ・アクターの胸の内に不快感が広がった。フラミーがいなくて良かったと思うのは不敬だろう。
「――理解はできるが、罰は受けてもらう必要がある。私がお前達の何が許せないかと言えば、嘘を吐いて私達を欺こうとした事が一番大きい。過ちを犯さない者などこの世には存在しない。私とて過ちを犯す。しかし、お前達のように誰もが罪を隠せばこの世は混沌だ。」
傅かれる者が傅く存在達と同じ立場でものを語れるだろうか。理性的で、全てに平等な態度は王の中の王と言っても過言ではないだろう。
自らを生み出した存在がこれほど優れた御方である事に感動する。正直、他の
パンドラズ・アクターは上機嫌に父の凄さを噛み締めていた。
「罪の上塗りをした事をお前達は理解できているな?」
アインズがじっくりと見渡すと、老齢の上院議員達は今にも泣き出しそうな顔をした。
神官達の視線も厳しい。
「申し訳ありませんでした…!陛下、私達は……恐ろしかったのです!!どうしようもなく……御身のお力が…!!」
上院議員の一人が声を上げる。
「私の力が?」
「あれ程の力を持つ御身から受ける罰を思うと…我々は夜も眠れませんでした…!ですが、決して御方々への忠誠と信仰を忘れた訳ではないのです…!!」
アインズはふぅむ…と唸り声を上げた。
「物語であれば、強大な力は他者を屈服させるだけだろうが――現実では力の矛先が向くことを恐れて隠し事をする、か。」
「陛下……。」
「となれば、嘘をついた方が恐ろしい罰を受けると言う前例を作れば、愚かな者が二度と出ないで済むか?時には見せしめも必要だ。」
全員の身が硬くなる。
主人が全員を見渡す。
カルサナスに苛烈な罰を与えるのか、上院議員達だけに罰を与えるべきなのか吟味しているのだろう。もしくは、万年先までも策の範囲内である創造主なれば、フラミーの練った新たな計画が完遂された今、他の計画に波及する影響について分析しているのかもしれない。
我が創造主のことだ。恐るべき深度で策が胎動しているのは疑いようもない。
「――とは言え、まずは法律と照らし合わせることが必要だ。一応、デミウルゴスの意見も聞いたうえで、場合によっては裁判所に任せよう。ただし、ナザリックへの忠誠を持っていて、恐怖から仕方がなく嘘をついた者に限る。ナザリックやフラミーさんへ叛逆の気持ちを持っている者はこの方法に則らない事を心せよ。」
異論など上がるはずもない。神がそう決めたのであればそれが正しいのだから。
「よし。それで……他に意見は……ないようだな。それではそろそろ私は行く。」
アインズが告げると神官達は揃った動きで頭を下げた。
「――そう言うわけだ。デミウルゴス、お前はどう見る。」
アインズは相変わらず知恵者達の作り出した法律を盾にデミウルゴスの下へ逃げてきていた。自分一人であれだけの人数に罰を与えるか与えないかを決める事はできなかった。
それに、アインズには上が怖すぎるせいでミスを隠したくなる気持ちがよく分かるのだ。
鈴木悟は怖すぎる上司に知られないようにひっそりとミスを抹殺しようとしたサラリーマン時代があったから。
「なるほど、御身のご心配は最もかと思います。今引き継ぎもせずに上院議員をカルサナスから奪えば、カルサナスはどうしても混乱に陥るでしょう。そうすると手がかかります。新たな
デミウルゴスの意見はもっともだ。
嘘をつくとこんなに怖いことがありますよ、と見せるのは良い手だとアインズも思う。
ただ、何も知らなかったカベリアは解決のために奔走した様子だと言うのに責任を問うのは酷というものだろう。国民も何も知らなかったと言うのに突然罰を与えると言われても困るのではないだろうか。
上の行いで下まで責任を取らされた場所と言えば煌王国がある。しかし、煌王国はカルサナスとは違ってナザリックに明確な害意と実害があり、神聖魔導国と戦争状態だった為、国民にも責任を取らせたが、今回は少し事情が違うだろう。
問題を起こした部署だけでなく、
それこそ今後預かり知らぬところで部下がミスを犯した時、また別の
「責任は問題を起こした者だけに取らせる。それ以上は不要な警戒心を抱かせることになる。分かるな。」
「それはそうですね。そうすると――あぁ、理解いたしました。今回の件は落とし所が難しいですね。」
デミウルゴスが少し考えるような仕草を見せると、伴についてきていたパンドラズ・アクターが口を開いた。
「本来ならば父上に嘘をつくような者には死が相応しいでしょうが、やりすぎれば恐怖で縛る事はしないと仰った言葉に反します。既に恐怖に瞳を濁らせた者達に本当に必要な事は――」
「更なる鞭ではなく飴――と言う事だね?」
二人は理解しあうと、頷き合った。
「アインズ様、確かに御身のおっしゃる通り、今回は敢えて執行猶予程度が良いのかもしれません。万一他に何か罪を犯せば、想像を絶する罰が待つようにすれば恐怖と信仰のちょうど間に縛り付けることができます。」
「ンンン皆が慈悲深く寛大な神だと感涙を流すでしょう!」
デミウルゴスはアインズ様のおっしゃる通りと言うが――俺は特別何も結論は言ってないじゃん、などと言ったりはしない。言えるはずがない。
アインズは無能な自分の代わりにちょうどいい折衷案を出してくれた二人に満足げにうなずいた。
「――――そうだろう。」
後に上院議員達は誰一人新たな罪を犯す事なく天寿を全うするまで必死に働いた。
旧評議国にある、神の名を騙り世間を欺いた女に下された罰の痕跡が彼らに一層の恐怖を植え付けるのと同時に、その罰に晒さないでくれた神の慈悲深さに感謝した。
多くの国民から軽蔑された彼らの余生は幸せに溢れたものだとは言えないかもしれないが、少なくとも不幸にまみれたものではなかった。
これを機に、カルサナスの信仰心は更に上がった。
一方、首狩り兎は上院議員達が顔を青くする中、カルクサーナスの神殿から煙のように消えた。
カベリアがどれだけ探しても、彼はもうカルサナスのどこにもいなかったらしい。
自分がやることは全て済んだと確信した首狩り兎は早々と家へ帰ったのだ。――自分の成したことを草原に告げに行くこともせず。
もちろん、首狩り兎が帰った先はアーウィンタールにあるオスクの自宅だ。最初は草原の為にオスクの厄介になっていたが、今では彼の家はここだ。
帰りを待ちわびていたオスクは首狩り兎を家族のように迎え、武王もまた、彼を兄弟のように迎えた。
首狩り兎は二度と見る事はできないと思っていた家族の顔を見ると、寂しかったと言って泣いたらしい。
彼の本当の親も兄弟も、もう死んでいる。いや、カルサナスに殺されてしまっていた。
オスクはこれまで寂しがるような素振りを見せたこともなかった首狩り兎の初めての本心の吐露に、目頭を熱くした。首狩り兎を目一杯抱きしめて背を叩き、本当に良かったと何度も呟いた。
彼の背負っていた多くの事に心を寄せ、共に草原の返還を喜んでくれた。
ただ、涙が止まった首狩り兎は「いつまでくっついてんだよ、暑苦しい」とオスクを押し除けたらしい。
首狩り兎は半年経ったら、あの
百年前に草原を襲った悲劇、多くの戦士の死、神々の降臨、――返還された草原。
それはオスクによる自費出版で世間に出回った。
首狩り兎はやめろと言ったが、オスクはずっと働きもせずに自室に篭っていたのだからその分のギャラとの相殺だと言って容赦なく売りに出した。首狩り兎は、これだから商人は嫌だと暫く悪態をついたらしい。
その本は飛ぶように売れ、一人のある青年の手にも渡った。
それは平和ボケだと本の中に記されたレミーロ・ビビだ。
レミーロは蜂起の後、カルクサーナスの神殿に戻ったが首狩り兎はもういなかった。別れも言えずに首狩り兎は消えたのだ。
ようやく首狩り兎の暮らす場所を知ったレミーロは闘技場まで会いに来た。
その後、二人は年に何度か会う関係になった。首狩り兎は認めないだろうが、二人は友達になったのだ。
レミーロが首狩り兎を最後まで女だと思っていたと聞いた時、首狩り兎は自分の女装も捨てたもんじゃないと機嫌を良くした。レミーロは相変わらず首狩り兎を兎ちゃんと呼ぶし、首狩り兎もレミーロを平和ボケと呼んでいる。
ちなみに、出版物のおかげで首狩り兎の居場所を知ったのはレミーロだけでなく、大神殿の神官達も同じだった。
神々を信じ、助けを求めに奔走した首狩り兎には大神殿から褒章金が出された。
今回首狩り兎は誰も殺さず、資料の管理者と言っても過言ではないカベリアと共に資料塔を訪れた為、何の罪にも問われる事はなかった。
州の検問を通らずに州に侵入した事には苦言を呈されたが、それだけだ。
首狩り兎は大量に貰った金を自室で盛大に放り投げ、大笑いして金の上で眠った。
これで近くに家でも買うか――そう思ったが、全額を
決して裕福とはいえなかった村には、"
井戸を掘れば近くの池が干上がる危険があると我慢していた彼らには救いのアイテムだった。
トロール市で終着だった
ビーストマン州からも
ただ、これまでと違い外貨獲得をしなければならない事だけが問題になった。そんな
草原を見に来る人々やキャンプをしたい人々からうまく小銭を稼いで暮らしているらしい。
質素な生活だったが、足ることを知る彼らは満足した。
首狩り兎はオスク達がトロール市にいる武王の兄に会いに行く時一緒について行くようになった。
途中下車をして
アーウィンタールに暮らす首狩り兎が帰ってくるたびに喜んで彼を迎えた。
首狩り兎は思いがけず、
自分には過ぎた勲章だと笑い、結局彼は真実の名を名乗らず首狩り兎として生きた。
首狩り兎にとって英雄は、コキュートスに立ち向かった者達だ。
英雄のうちの一人、
生き残った者は大なり小なり傷を負った。フラミーから草原を守った者達へ治癒を施すと申し出があったが、これを完治させる事は神聖魔導国へ弓を引いた責任を放棄する事だと皆傷を受け入れている。
多くの者が死に、傷付いた事を罰として草原を許して欲しいと、死の間際にありながらも嘆願した騎馬王の話を聞いては完治など戦士が望むものではないだろう。
戦いのあった場所には、戦死者を讃え悼む碑が立った。
カルサナスの村があった場所にも碑は立てられ、草原には新しいルールが増えた。
戦死者を弔う碑の前を通った者は黙祷を捧げ、碑を綺麗に洗うというものだ。
草原に暮らす三種は今も変わらず遊牧し、美しい草原を守っている。
それは、もちろん騎馬王も同様だ。
騎馬王はあの後、まずはビーストマン州に行ってバンゴーに礼を言う必要があると、ナインズに馬体を撫でられながら考えた。
彼がコキュートスに相談していなければ、もっと凄惨な未来が待ち受けていたに違いない。
ここはビーストマン州から一番遠い場所だが、騎馬王が必死になって走れば秋が深まる頃には銀色草原で皆とまた会えるはずだ。
冬越しに群れと合流し損ねてしまうと、後は皆がどこを遊牧しているのかわからず、もとの群れに戻れるタイミングは春にビーストマン州に仲間が来るのを待つことになる。
そうとなれば、善は急げだ。
騎馬王が立ち上がった時、デミウルゴスとパンドラズ・アクターと共に上院議員達の始末の話し合いを終えたアインズが告げた。
「――お前は特別な存在だ。私の下で働かないか?」と。
クルダジールはアンデッドを前に不安そうな顔をしたが、騎馬王はそれも悪くないと思った。
ただ、一度この場所を出てしまえば春と冬にしか群れに戻れないのが問題だ。
「冬の間だけか……ここで出来ることならば、何でもお手伝いしたいと思っております。」
騎馬王の答えにアインズは微笑み、うなずいた。
「うちの聖典達に戦闘向きな
本当はこのレア物はナザリックに連れて帰って収集したかったが、草原で生かしてまた八本足の
今の条件で二人が快く手を取り合ったのは言うまでもない。ナインズは騎馬王を撫でて「仲良くね」と笑った。
草原には数キロ置きに
普段は微動だにしない
聖典達は
聖典達が教わったのは騎馬戦だけでなく、矜持や誇り、命の意味と幅広い。
その評判の良さはすぐに聖典のトップであるレイモン・ザーグ・ローランサンの耳に入り、まだ聖典になっていないが、聖典に入れる見込みがあるような聖典の卵達は冬の間だけ騎馬王の下で教えを受けるようになる。
と言うのも、騎馬王は冬の間は神都で過ごし、春にビーストマン州で群れと落ち合うようになった。
たまたま訓練に立ち会っていた番外席次に、
そんな様子に騎馬王は苦笑していたが、世界の平和を担う部隊の育成というのはまんざらでもなかった。
騎馬王は初めて草原を留守にすると言ったこの冬、クルダジールが生まれてこれまで一度も見た事がない程清々しい笑顔をしていた。
クルダジールは騎馬王が冬の間だけでも留守にする事を寂しく思ったが、ようやく戦いから解き放たれ、草原に縛り付けられた魂が解放されたのだと思うと嬉しくもあった。
誰が見込みがあるとか、この冬にはこんな事があったとか、殿下とミノタウロスの成長が早いとか――楽しそうに語る姿に、クルダジールも、かつての連合軍の代表達も、皆が心から嬉しく思った。
何より、騎馬王はよく笑うようになった。
冬に草原を留守にする騎馬王は毎年春になるとバンゴー州知事やギード将軍と酒を飲み交わし、訪れるクルダジールの率いる群を待った。
そんな中、クルダジールの群れ以外の者達も騎馬王に会いたいと思うのは自然な流れだろう。
殆どの
戦争のある五年に一度だった立ち寄りの春は毎年の行事に変わり、騎馬王が死ぬまで続き、その間の半世紀は合流の春と呼ばれた。
騎馬王の没後は二年に一度、皆がバラバラに立ち寄るようになるが、ビーストマン州と夏草海原自治区の良好な関係は続く。
騎馬王は死ぬその時まで、草原と、どこかで戦争に嘆く者がいないかを気にかけた。
世界中の哀しみを終わらせたいと騎馬王は思っていたし、聖典を育てることが世界のためになると、それが今騎馬王のなすべき事なのだと信じ、最後まで彼は「王」の名に恥じない男として生きた。
群れに一人、二人、と子供が増えては誰かが老いて死ぬサイクルは切なかったか、何にも変えがたい幸せなものだろう。
そうして、騎馬王は求め続けた平和の中、数え切れないほど多くのものを残したらしい。
お久しぶりです!一ヶ月も経ってしまった!
ずっと騎馬王君のその後を悩みに悩んでいました。
結果、他力本願な男爵はTwitterでこっそり騎馬王君のその後アンケートをしちゃいました。
騎馬王君を――
紫黒聖典に入れる! 14%
陽光聖典に入れる! 29%
草原で静かに余生を過ごす 57%
となり、聖典入隊が合わせて43%と草原余生が57%…!
聖典入隊を勧めてくださる方達は皆さん騎馬王君をこの章だけのキャラクターにしてお別れしたくないと言って下さっていて、
草原余生を勧めてくださる方達はようやく手に入れた平和な草原で生かしてあげたいと言って下さっていて…
いやーほんとそうですよねぇ。どっちも本当によくわかります。
結局間を取りつつ、草原メインに落ち着いて貰いました。
きっと大好きな草原と、新しい世界の間で幸せに生きてくれますね!
さー閑話を書こう!