眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#132 天空城の恵み

 どこまでも透き通った秋晴れの空に、決して水の流れを止めない天空城はある。

 それの真下では流れ落ちる滝が炸裂し、滝壷で細かな水しぶきを上げていた。

 遥か上空から流れ落ちる水は滝壺に達する前に分散する分もあるため、もうもうと景色が白く染まっている。少しでも近付けば全身びしょ濡れになるため、近くに建っているのは水門管理棟くらいだ。

 

「この街も変わったな。」

 

 数度の転移を済ませ、見上げるイビルアイの仮面には、滝壺にそう近いわけではないのにしぶきが掛かってキラキラと輝いていた。

「何年前に比べて変わったの?」

 ラキュースの問いにイビルアイは少し考え、あれからまた長き月日が経ったことを自覚するとすぐに思考を放棄した。

「忘れた。さて、ガガーランの遮光服を探そう。仕立て屋はどこだ?」

「俺一人で見てくるから、お前達は――あそこで飯でも食っててくれ。」

 ガガーランが親指をくいっと向けた先には、いかにも南方らしい出立ちの建物があった。

 建物の芯は木材で、砂漠の砂と草を溶いて固めた土壁。屋根は茅葺で、干した稲藁が幾重にも重なって積まれている。入り口正面に掛けられた看板にはエリュエンティウ市で発達した文字の下に、まだ真新しいような塗装で国営小学校(プライマリースクール)で教えられている公用文字が刻まれている。

 

 内容は『お食事どころ』だ。

 

「そうか?良いならそうさせて貰うが。」

「ぞろぞろ行くとまたいらねぇもん欲しくなるだろ。じゃ、適当なの選んですぐに俺も行くから。」

「分かったわ。気を付けてね。」

 ラキュースに見送られ、ガガーランは仕立て屋のありそうな通りに向かった。

 もう秋だと言うのに、エリュエンティウ市は季節などお構いなしに強烈な陽射しに照り付けられていた。

 

(さっさと遮光服買わねぇと干物になっちまう…。)

 

 身を包む全身鎧は表面で目玉焼きでも焼けそうなほどに温度を上げていた。

 大抵の冒険者は防寒用や雨具のマントはいくらでも持っているが、あまり砂漠まで来ることはないため必要以上の日射対策装備は持っていない。――冒険者の多くは宿屋を使っていることが多いため、物を増やしすぎないよう気を付けていると言うこともある。

 

 その点、イビルアイは温度を大して感じていない様子だし、ラキュースは美肌美白に余念がないためその辺りの装備を普通の冒険者より大量に持っていて、ティアとティラは身を隠す装備の一部として常備している。

 旧王国の夏も暑かったが、わざわざ遮光服で全身を覆うほどの暑さの日はそうそうなかったので、ここまで装備が揃っている仲間達の方が珍しい。

 

 ガガーランは市場を見つけるとすぐさま通りを曲がった。

 

 南方の品が商われる市場は賑やかで、そんな場所には決まって吟遊詩人(バード)が英雄達や今なお世界に君臨する神々の話を聞かせてくれる。

 あちらこちらでお駄賃を握らされた子供達が吟遊詩人(バード)の語りに耳を傾けていた。

 

 いくつかの店を横目に進むと、ようやく布屋があった。店の前に露店のように布が並べられていて、そこに気の良さそうな老婦人が座っていた。

 

「すみません、お母さん。遮光服を探してるんだけど、ここは仕立てはやってねぇかな?」

「仕立てもやってますよ。もちろん既製服もありますからね、中を見ていってちょうだいね。」

 腰を上げた老婦人について店内へ入る。

 

 店内にはセンプウキと呼ばれるマジックアイテムが置かれていて、店外に比べてぐんと涼しかった。

 

「何色が良い?鎧とお揃いの赤?それともキラキラしてるやつが良いかしら。冒険者さんは顔を売らなきゃいけないものねぇ。あぁ、ちゃんと裏はベージュで作ってあげるからね。」

 

 そう楽しげに出してくれる布はどれも煌びやかで素敵ではあるが、あまり冒険には向いていないような気がした。それに、残念ながらガガーランの趣味でもない。

 単純な形の服を頼むつもりでいたので、採寸を行ったら一度仲間のところに戻って二、三時間程暇潰しをすれば十分だろうと思っていたが、既成服があるなら仕立ててもらうよりも時間もかからなくて良いだろう。

 

「いや、顔を売る必要はねぇんだ。無難に黒でいいよ。遮光服の黒で出来上がってるのはないの?」

「無難…なのに黒で良いの?珍しいわねぇ。あるにはあるけど、お嬢ちゃん大きいからね。男物になっちゃうよ?」

「構やしないよ。」

「じゃあ、こっちにいらっしゃい。」

 

 案内された一角にはこの南方で男性がよく着用する民族衣装であるスーツが吊るしで並んでいた。

 

「――お、この黒なんかいいじゃねぇか。」

 そう言ってガガーランが手に取ったのは袖がたっぷりと広く、丈の長いローブだった。

「あらだめよ。それは法衣なんだから、お坊様のお着物よ?」

「げ、これ僧侶の服か。」

 

 お坊様とは四大神の従属神である仏というマイナーな神に仕える僧侶だ。旧リ・エスティーゼ王国を始めとする旧人間種三大国にある四大神の神殿は多くが光と闇の神殿へとその姿を変えたが、その従属神の神殿――仏教では寺だが――までは姿を変えなかったのだろう。全ての神は光と闇の神の下に付くと言う触れの下、旧人間種三大国にある神殿の看板の掛け替えは行われた。

 

 ちなみに、ガガーランが知っている坊主はアダマンタイト級冒険者チーム"銀糸鳥"にいるウンケイだけだ。

 

「そうよ。もしかして、お嬢ちゃんエリュエンティウの子じゃないのかしら?」

「あぁ、俺はザイトルクワエ州のエ・ランテルから来てる。」

 

「そうだったのね。じゃあおばちゃんが教えてあげる。砂漠では遮光服は黒じゃなくてベージュを着るのよ。砂漠の砂に紛れ込むためにね。だから、どんなデザインの遮光服も必ず裏地はベージュで作ってあるの。ひっくり返せば良いでしょう?それで、夜は暖かい黒いマントを着て過ごすの。双頭怪蛇(アンフィスバエナ)砂漠長虫(サンドワーム)を代表とした魔物達は足音で獲物を探すから、結構砂漠に伏せて通り過ぎるのを待つことが多いのよ。そうしてると、空から砂漠犬鷲(パズズ)が来て襲われたりするからね。」

 

「へぇ、そいつぁ良いことを聞いたぜ。じゃ、お母さん。ベージュで見繕ってくれよ。」

「うふ、おばちゃんに任せてね!」

 

 老婦人は腕まくりをするとガガーランでも着られそうな女物の大きな遮光服と、男物の遮光服をいくつか出した。

 

「男物の方が腕周りが太くて動きやすそうだな。よし、これを貰うぜ。」

「はい、ありがとうね。三万ウールよ。袋に入れてあげようか?それともすぐに着て行くかい?」

「着て行くからこのままで良いや。助かったぜ。」

「気を付けてね。」

 

 金を渡し、遮光服を鎧の上から着込んだガガーランが店の扉をくぐろうとした時、その背に声がかかった。

 

「――あ、お嬢ちゃん名前教えておくれよ。活躍を聞けるかもしれないだろ。」

 ガガーランはそれを聞くと口角を上げた。

「ガガーラン。俺は"蒼の薔薇"のガガーランだ。もしお母さんがなんか困った事があったら、エ・ランテル一区にあるコンドミニアムを訪ねな。俺達は大抵そこで過ごしてるからさ。」――お嬢ちゃんと呼んでくれたお礼に。

 

「ががーらん…。あの蒼の…薔薇の…。」

「そうさ、じゃあな。」

 

 軽く手を挙げたガガーランは灼熱の店外へ出た。吊るしで買えたため、採寸などがいらなかったので思ったより時間が掛からなかった。

 背中に「頑張ってよー!応援してるからねー!」と心地いい声がこだまする。

 

 ガガーランは来た時よりも余程良い気分でお食事どころへ向かった。

 

 来た道を戻る時、三度笠をかぶり街角に立っている坊主を見かけた。坊主の隣には死の騎士(デスナイト)

(――さっきは気づかなかったけど、この街にゃあ結構僧侶がいるんだな。)

 坊主は持鈴と鉄鉢(てっぱち)を持っていて、米や金を鉢に入れてもらっている。

 少しの興味心で近付くと、ちょうど老人が鉢に米を入れたところだった。

 

 すると、坊主は持鈴をリンリンと鳴らしてから、聞き取りにくい単調な発音で話し始めた。

 

「ご傾聴。かつて竜王と都市守護者様達が戦った時、この地には旧スレイン法国をお捨てになって仏様がいらっしゃった。都市守護者様達により葬られた闇の神の弟子たるスルシャーナを悼み、成仏を願ってこの地を遍路した。その時に仏様は自らの寝食すら捨て経を唱え続けたという。スルシャーナの骨片一つ、身に付けていた絹一つ見逃さずに供養した。竜王と都市守護者様の戦いは苛烈であり、地上都市も大きな打撃を受けた。地上都市は都市守護者様と天空城(エリュエンティウ)からの恵みにより発展し、その名にあやかり都市名をエリュエンティウと定めていた。」

 

 坊主はそこでもう一度、持鈴をリンリンと鳴らした。

 

「――地上都市(エリュエンティウ)の人々は、恵みを与える天空城(エリュエンティウ)と守護者様達を襲った竜王とスルシャーナを憎んでいた。しかし、スルシャーナの成仏を願い、己の欲の一切を捨てて身を捧げる仏様の姿に地上都市(エリュエンティウ)の人々は胸を打たれた。滅私奉公する姿のなんと尊いこと。心の美しい者は何も口にしようとしない仏様に米や麦を供えたと云う。いつしか地上都市(エリュエンティウ)の人々は全員が仏様にお供えをするようになった。仏様は後に都市守護者様にスルシャーナとの関わりを知られて命を絶たれるまで、我ら地上都市(エリュエンティウ)の民に広く悟りと仏法を説かれ、今でもその高潔なる意志はこの地に残る。」

 

 ――再び鈴を鳴らす。

 

「それでは、仏様のために私たちも祈りましょう。そして、その心を清くいたしましょう。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」

 老人は坊主の前で手を合わせ、しばらく南無阿弥陀仏と唱え続けた。

 

(――そう言うことか。)

 

 しばしの間説教を聞いたガガーランは、この仏教と言う宗教が何故神の再臨した今尚続けられ、神殿の看板を変えないのかと思ったが全てを理解した。

 

 死者を心から悼み、金や食事と言った自分の欲すら坊主に渡すことで、仏のように清い心を少しでも持ちたいと思っているのかもしれない。

 これは自分の強欲な生き方を見直す宗教だ。光と闇の神を祀るものとはまったくの異質。

 

 面白いものを聞けたと思ったガガーランは財布から金を一枚取り出し、鉄鉢に入れて手を合わせた。

 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」

 

 なんとなく善行を積んだような気分になると、ガガーランは再びお食事どころに向かった。

 店に入ると、中はやはりマジックアイテムであるセンプウキがあり、ほのかに涼しい風が吹いていた。

 

「お、ガガーランここだ!ここ!」

 手を振るイビルアイに「おう」と応えて席につく。周りにはスーツを着た男性が多くいた。

「良いの買えたじゃない。でもベージュなんて珍しいわね?」

「てっきり黒を買うと思った。」「ち、賭けに負けた。」

「そりゃ残念だったな。砂漠じゃ黒より砂色の方が良いって仕立て屋に言われてこれにしたのさ。」

 

 ラキュースは白い遮光服で、イビルアイと双子忍者は黒い遮光服だ。ガガーランは少しだけ、皆の分も買えばよかったかなと思った。

 

「さて、お前らは何食ってんだ?旅に出る前のまともな最後の飯だからな!吟味するぜ!」

「私はソバよ。」

 ラキュースが丼の中を軽く見せると、イビルアイも丼の中をみせた。

「私はカツ丼だ。南方に来たら米と決まってる。ソバなんぞ邪道だ。」

 

 南方と言えば天空城から降り注ぐ水で稲をどこでも栽培している。街を一歩出れば砂漠だが、都市内は意外に緑も多い。

 

「私は双頭怪蛇(アンフィスバエナ)の蒲焼き。もちろん米に乗ってる。」

「私は双頭怪蛇(アンフィスバエナ)の白焼き。もちろん米を添えてる。」

 

 ティアとティナも食べているものを教えると、ガガーランは少し嫌そうな顔をした。

「…よく魔物なんか食うな。南方の人らはなんでも食うって言うけど本当なんだな。」

「意外とおいしい。」「最後にこれにお茶をかけてお茶漬けにできるらしい。」

「茶か……。」

 

 穀類に茶をかけると言う特異な料理を前にますます悩む。

 公用文字のメニューを眺め、ガガーランは決めた。

「よし、俺は天丼にするぜ。」

 野菜や巨大サソリの尻尾を天ぷらにしたものが米に乗っているらしい。

「さすがガガーランは分かっているな。やはり米だ。」

 イビルアイがそう言うと、ラキュースは若干恨めしいような顔をした。

「ソバだってこの辺りじゃないと食べられないのよ?」

「――む、そうか。じゃ、天丼とソバにするぜ。」

「…お前は本当によく食べるな。」

 

 その後一行は食事を済ませると、道中で食べるのに良さそうな握り飯をいくつか持ち帰りで頼んで店を後にした。

 

「さて、それじゃあ冒険者組合に行きましょうか。」

 どこまでの地図が完成しているのか確認するために、最新の転写図を買って行ったほうが確実だ。

「また探すのに難儀しそうだな。」

「いや、ガガーランが仕立て屋に行ってる間に店員に場所を聞いておいた。見ろ。」

 そう言ってイビルアイがみせた町内の地図は――「なんだこりゃ…。」

 絶句ものだった。

 どう好意的に見ても子供の落書きの域を出ていなかった。

 

 すぐさまティラが町内図を回収し、止める隙もなく真っ二つに引き裂く。

「貴様!何をする!」

 イビルアイは激高したが、ティアが懐から新しい地図を取り出し突きつけた。

「む、ぐぐぐ……」と、イビルアイが悔しそうにくぐもった呻き声を上げる。

 有り体に言って、比べ物にならないほどうまかった。

 

「よし、そんじゃ行こうぜ。」

 歩き出すと、数個目の角を曲がったあたりでガガーランは再び坊主を見つけた。

 

 細かい金があることを確認し、ほいっと鉄鉢に入れる。

 

「ご傾聴。おおよそ四年前、神王陛下と光神陛下がこの地にもご降臨された。スルシャーナの師である神王陛下を見た都市守護者様達は聖なる天空城(エリュエンティウ)を再び侵す者が現れたと思い、地上都市で神王陛下に戦いを挑んだ。その時、地上都市(エリュエンティウ)にはいくつも戦いの跡が残ってしまった。しかし、神々の真の目的は天空城(エリュエンティウ)の破壊ではなかった。神王陛下は自らの師弟の犯した罪を清算されに、光神陛下は自らの庇護下にある天使、つまり都市守護者様達を苦しめる竜王の呪いを解き自由をもたらしにいらっしゃったのだ。そうしてその時の戦いは"早とちりの聖戦"と呼ばれ――」

 

 坊主が持鈴を鳴らして長い説法を始めると、ガガーランは最初こそきちんと聞いていたが、終わる様子がないため口を挟んだ。

 

「坊さん、それについては知ってるぜ。今はちょっと急いでるもんで、な。」

「おやおや。では、四年前の"早とちりの聖戦"で亡くなった方達の成仏と、あなた様の心を清くするためご唱和を。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」

 

 ガガーランは他人にタダで金を与えるなんて、どんどん心が綺麗になっている気がした。双子もガガーランを真似て「ナンマイダー、ナンマイダー」と唱えた。

 

「じゃ、行こうぜ。」

「え、えぇ。」

 坊主から少し離れると、ラキュースが尋ねた。

「…ねぇ、せっかくお金を払ったのに聞かなくていいの?」

 

「金は説法を聞くために渡したんじゃないからな。金への執着を洗うために渡したのさ。ま、悟りってやつだな。歩きながら教えてやるよ。」

「……うん?」

 

「ガガーラン、私は聞きたかったぞ、陛下の話…。少し聖書と内容が違っていたじゃないか…。神王陛下はスルシャーナの罪を精算しにいらしたんじゃなくて、光神陛下と揃って八欲王の罪を精算しに来たんじゃないのか?都市守護者達の八欲王による洗脳を解いて再び神の地に戻ることを許されたはずだ。だからツアーも彼らを許して魔法の檻を解いてやったんだ。あれじゃまるで陛下が謝罪に来たみたいじゃないか。」

 

 イビルアイは全体的に不服そうだった。

 

「まぁ、誰だって自分に恵みを与えてくれてた人達が罪人だなんて思いたくないよな。」

「全く。冒涜的だ。」

「まぁまぁ。宗教観の違いを陛下方はお許しになってんだからそう言うなよ。」

「それは……まぁ…そうだな。」

 

 またいくつかの角を曲がり、大きな通りに出ると見慣れた冒険者組合の看板を見つけた。

 

 あまり賑わっているようではないが、ほどほどに人の出入りがある。ここが賑わうような冒険者組合なら、砂漠の地図は全て完成していただろう。

 

 ラキュースは真っ直ぐ受け付けへ向かった。

「すみません、この辺りの最新の冒険地図いただけますか?」

「かしこまりました。千二百ウールです。一緒に製図用の紙とペンもお求めになりますか?」

「いえ、それはあるから良いです。ご親切にどうもありがとう。」

 筒状に丸められ、紐で止めてある地図を受け取ると支払いを済ませる。

 そして、念のために解決できない困りごとがないか訪ねておく。これもアダマンタイト級の役割の一つだ。

 

「私は"蒼の薔薇"のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです。もしここの冒険者で手に余るような仕事があればお受けします。」

 冒険者のプレートを渡し、身分を明かす。

 

「わぁ、蒼薔薇がついにこちらまで!ありがたいお申し出をありがとうございます。」

 

 受付はすぐにプレートをラキュースに返却した。

 このプレートは冒険者のランクと同じ金属を用いて作成してるためアダマンタイトのプレートはそれだけで計り知れない財産となる。そのため紛失すると賠償金を払う必要があるのだ。

 

「ですが、ウンケイ様が銀糸鳥の方々を連れてたまに帰ってらっしゃるので、アダマンタイト級冒険者様にしかこなせないような依頼は現在ございません。」

「そうですか。それはよかったです。それじゃあ――」と、立ち去ろうとしたが、受付嬢の話はまだ終わっていなかった。

 

「ただ、ドォローム砂漠の隅に三十年に一度大竜巻が発生するのですが、その竜巻発生がちょうど今年だそうです。三日後には発生する予定なので、今シーズン一杯は(ゴールド)級以上の冒険者様には竜巻の発生原因調査をお願いさせていただいております。」

「竜巻?」

 

 金級と言えば、一国の精鋭兵並みの力を持つ冒険者だ。これは相当難度が高い依頼と言える。

 

「はい、大竜巻です。ちょうど私が生まれた年なので、まだ見たことはないんですけど…何百年も遠い昔から必ずきっかり三十年に一度発生すると言い伝えられています。もし、その竜巻の原因を突き止めることができたら報酬をお支払いいたします。原因がわからない場合の報酬はありません。エリュエンティウ市が依頼主なのですが、着手金もお渡しできない調査依頼なので、もし地図の更新をされている間に竜巻を見かけたら探るくらいの気持ちでお願いできませんか?」

 

「分かりました。結果が必須というわけでないなら是非お受けいたします。」

「ありがとうございます!きっとそう言っていただけると思いました!」

 

 受付嬢は自分の後ろの棚から依頼書ファイルを取り出し、再びラキュースに向き直った。

 

「注意事項として、竜巻に近付く際は細心の注意をお願いいたします。三十年前に竜巻調査を行った冒険者で、無事に帰還した方は――」そう言って受付嬢は手元の依頼書を一枚ラキュースに渡した。「一人もおりません。」

 

「――え?一人も?」

 

「はい。一人もおりません。命の保証がございませんので、近付く際には本当にお気をつけ下さい。ですが、三十年前までは強さの設定を付けずに誰でも高額報酬と高額な着手金を受け取れると言う依頼だったので、多くの駆け出し冒険者が出向いてしまったのも事実です。」

 

「それ故の着手金なしの依頼、と言うわけですね?」

 金に目を眩ませて危険な目に遭わせるようなことは冒険者組合の本意ではないと言うわけだ。

 

「その通りです。道中も魔物が多く、また、砂漠の熱射も強烈です。まだ地図も大して作られていないような場所なので、冒険に慣れ、確かな実力のある冒険者様にだけお願いさせて頂いています。報酬はこちらの記載の通りです。」

 

 一、十、百、千、万、十万、百万、一千万――。

 

 ラキュースは黙って額を確認し、これはすごいなと思わず瞬いた。財源は一体どこなのだろう。国からの依頼ならばどこの冒険者組合にも出されるが、これはエリュエンティウ市からの依頼と最初に言っていた。

 

「――分かりました。命を第一に、地図作成と調査に行ってまいります。」

 

「はい!よろしくお願いいたします!お水と食事、遮光服のお忘れがないよう、お気をつけて。"蒼の薔薇"のアインドラ様!」

 

 ラキュースは軽く頭を下げ、仲間たちのもとに戻った。

「――随分と面白いことになってるな。

 ガガーランの不敵な声音に迎えられ、ラキュースは依頼書をポシェットにしまった。

 

「聞こえていたようね。イビルアイには悪いけど、実家に行く前に立ち寄ってみましょう。」

「望む所だ。」

「それじゃあ、もう一度装備とアイテムの最終確認をして出発しましょう!」

 

 蒼の薔薇の賛成の声が冒険者組合に響き渡った。

 

+

 

 一方、その上空。

 

 抜けるような青空の下、キイチは今日も天空城の玄関を掃いていた。

 ゴーレムが丁寧に仕事をする為そんなに必要ではないが、最終チェックとして掃き掃除を決して欠かさない。

 

 ――今日は誰がくるんだろう。

 

 昨日はテスカと副料理長が魚を取りに訪れたし、一昨日は双子猫達が鬼ごっこと水鉄砲バトルに訪れた。

 猫達以外は特別次にいつ来ると予告はしてくれないので、訪問者は完全ランダムだ。

 ワクワクしていると、濃厚な死の気配に包まれ、キイチはゾクリと背を震わせた。

 すぐに誰が今日の訪問者か理解すると、箒を抱えたままククルカンの深池に向かって走った。

 

「アインズ様、フラミー様!――それに、ナインズ様とアルメリア様も!」

 支配者家族のたまのお散歩だった。

「あぁ。キイチ。精が出るな。流石の天空城とは言え葉が落ち始める頃だろう。」

「はい!イチョウが黄色く色付き、実を付け始めました!」

「イチョウって実がなるんですか?」

 

 フラミーが首を傾げると、ナインズも初めて聞く植物を前に共に首を傾げた。

 アインズは少しだけ得意げな顔をすると、キイチの代わりに答える。

「なりますよ!それに、食べられるんです――って、ブループラネットさんが言ってました。」

「え!じゃあ、今夜のおかずに貰って帰りましょうよ!」

 二人の様子を見ていたキイチは瞳を輝かせた。

「僕がご案内いたします!」

 

 面々は家々の間に生えている、ほんのりと色付き始めた木々を眺めながら霊廟の蓮池へ向かった。

 青く澄んだ蓮池の辺りには薄黄緑色や黄色に染まったイチョウがぽつぽつと生えていた。

「あ、これがイチョウだったんですね。あの時と全然違う場所みたい。」

「あれももう四年以上前か…早いものだな。」

 

 アインズは呟くフラミーの髪を避け、その身に傷が付いていない事を軽く確認した。

 

「――前から思っていたのですが、ここで何かがあったのですか?」

 首を傾げるキイチにアインズは苦笑する。

 あたりまえだが記憶をまっさらにしてしまったキイチといるとこういう事が多々ある。

 

「まぁ色々な。さ、もう行っていいぞ。」

 キイチは深々と頭を下げると蓮池を後にしようとし、ふと足を止めた。

「アインズ様、そう言えば最近砂漠の遠くに何か大気の歪みのようなものを感じます。近々その件で御身をお呼びしようと思っていました。」

 

「――何?それはどういう意味だ?」

 

「いえ…僕にも細かいことは分からないんですが、砂漠に何かが起きようとしている気がするんです。」

「…それは、この天空城に何か影響を与えると思うか。」

 キイチは少し悩むそぶりを見せたが、答えは見出せなかったようだ。

 

「わかりません。ですが、念のために数日ほどエリュエンティウの防御を上げていただけないでしょうか。」

「もちろんだ。天空城の番人であるお前がそう言うのならそうしよう。今パンドラズ・アクターとテスカを呼ぶ、少し待て。」

「ありがとうございます。」

 アインズは地面にしゃがんでいるフラミーとナインズから数歩離れると伝言(メッセージ)を繋いだ。

 

「――私だ。今少しいいか。」

 

 少し離れた足元でナインズは落ちている銀杏を拾い、クンクンと匂いを嗅いでいた。フラミーも同じく拾い上げて匂いを嗅ぐ。

「くさぁ〜い。」

「くさいねぇ…?これ、ほんとに食べられるのかな…?」

 二人は揃って顔をしかめた。フラミーの腹に張り付いているアルメリアも首を伸ばして匂いを嗅ぎ、「いぅっ!」と声を上げるとフラミーの手から銀杏を弾き飛ばした。

 ちなみにアルメリアのレベルは一のままだ。悪魔という性質をあまり伸ばしたくない故の配慮。自分で読み書きができるようになってから、種族レベルではなく職業(クラス)レベルを上げさせたい。なので、アルメリアが外出する際の警備レベルは最大だ。

 

「――パンドラズ・アクターとテスカを呼んだ。じきに来るだろう。で、そんなに臭いんですか?」

 

 アインズもしゃがみ、それを嗅ぐとすぐに顔から実を離した。すると、アルメリアが羽でアインズの手の中の銀杏を叩き落とした。

「あっ――んん。これは食べれなそうですね…。どう嗅いでも腐ってる…。」

「でもブループラネットさんが食べられるって言ったんですよね…?」

「…よっぽどの食糧難の時代に食べられてたのかな…?」

「美味しいですよ。僕はただ焼いて塩振って食べてます!」

 そう嬉しそうに話すキイチに、アインズは若干の疑いの目を向けた。

「…そ、そうなのか…?」

「えぇ。実の中の仁の部分が食べられるんです。外の実は捨ててくださいね!」

 

 なるほど、二人は納得すると臭い臭いと文句を言いながら銀杏を数個集め袋にしまった。

 アルメリアはものすごい顔をして銀杏の入る袋を睨み付けていた。

「さて、そろそろ二人が城の前に来る頃かな?」

「そうですね!戻りましょっか。」

 ゾロゾロと城の前に戻ると、ちょうどパンドラズ・アクターとテスカが転移門(ゲート)をくぐってくるところだった。

「父上、お待たせいたし――うわぁ、何か臭いません?」

 膝をついたパンドラズ・アクターは四本指の手で存在しもしない鼻をつまみ、ぱたぱたと手を振った。

 

「あぁ、銀杏のせいだな。今綺麗に――」

 アインズが魔法をかけようとしたその時、「あぁー!!」とナインズの大きな声が響いた。

「あぁーん!お母さまぁー!!」

「え?ど、どしたのナイ君。」

「ひぅ、ひぅ!ふわぁー!!」

 泣きながらフラミーに向けられた手のひらはかぶれて真っ赤になっていた。

「え!!いつ!?」

「にぃに!にぃに!!」

 

 アルメリアも何故か一緒に泣こうとし始める。フラミーが慌てて杖を取り出すのと同時にパンドラズ・アクターも懐から巻物(スクロール)を取り出した。

「「<大治癒(ヒール)>!!」」

 魔法はフラミーからだけ放たれ、ナインズは涙でぐっしょりの顔でキョトンとした。パンドラズ・アクターの巻物(スクロール)魔法詠唱者(マジックキャスター)に変身していなかったために不発となった。

「ンナインズ様!!今の呪いはどこで!?」

 

 巻物(スクロール)を放り出したパンドラズ・アクターがスライディングし、綺麗になった手を見る。ナインズは笑った。

「兄上、ぼくもう平気!」

「そ、それは分かっておりますが…一体どこで……。」

 キイチも何事かと目を丸くしていたが、テスカだけはその答えを知っていた。

「この匂い。銀杏に異常状態への耐性なく素手で触れられたのでは…?」

「ぎんなん触ったぁ。」

 ナインズが綺麗になった手をテスカに向けると、テスカはその前に膝をついた。

 

「ナインズ様、銀杏に触れる時は異常状態への耐性のアイテムを装備なさるか、手袋か何かを着けて下さい。」

「そっかぁ。――あ、リアちゃんのおてては?」

 ナインズは泣きそうになっているアルメリアを見上げたが、もうフラミーによって回復魔法をかけられた後だったようだ。

「も、申し訳ありませんでした。僕知らなくて…。」

 キイチは未だ百レベルのままだし、最強装備のままでいる事を許している。記憶も消された彼からは銀杏の基礎情報が抜け落ちていた。

「……やれやれ、驚いたな。しかし、外部からの攻撃でなくて良かった。」

 

 アインズはため息混じりに言うと、さて、と話題を変えた。

 

「テスカ、キイチが砂漠に異変が起こりそうだと言っている。お前はこの城の管理権限を持っているだろう。念のために城の警戒レベルを一時的に最大まで引き上げろ。その状態でも金貨はまだまだもつ。」

「かしこまりました。それにしても、砂漠に異変ですか。」

「はい。テスカ、砂漠のあちらに大気の歪みのようなものを感じます。」

 キイチはそう言うと、遥か地平を指さした。

 

「――その方角は…。」テスカが五百年にも及ぶこの地での生活を思い出していく。「三十年に一度必ず竜巻が起こる方角だ。確か、今年は前回の竜巻から三十年目。」

「竜巻だと?それが危険なのか?」

「いえ、今まで一度もここまで迫ってきたことはありません。竜巻はずっと同じ場所にあり続けているようです。」

「テスカ、そうなんですか?」

 

「そうだよ、キイチ。君はもう忘れてしまっただろうけど、あそこには三十年に一度物凄い力を持った大竜巻が発生するんだ。」

 キイチはそうだったのか、と安堵したようだった。

 

「では、それは危険性はないということで良いんだな?」

「はい。これまでの経験からいくと危険はありません。」

「ふぅむ。竜巻は何故発生するんだ?」

 

「実は私達もあの竜巻を評議国へ出現させることができれば、さすがのツァインドルクス=ヴァイシオンでも隙を見せるのでは無いかと思い、竜巻の発生原因を調べるよう地上都市に探るよう命じたことがあります。もちろん報酬金も渡して。もし竜巻を評議国に発生させることができて、ツァインドルクス=ヴァイシオンが穴倉から出て来れば、そこまで駆け抜けギルド武器を取り返そうと思ったものですが……発生原因の答えは未だ分かっていません。」

 

「それほどまでに理解し難い現象なのか。」

「それもありますが、調査隊が戻らなかったのです。おそらくは死にました。とはいえ、今も命令を撤回していないですし、報酬も取り返していないので、おそらく地上都市の執政部は竜巻の原因調査を行おうとしていると思います。なにしろ、私達は下の街までしか出ることができませんでしたから。」

 

 それはそうかとアインズは納得する。

「竜巻はいつから起こるようになったのか知っているか?」

「うーん…そうですね…。ある時に、また竜巻ができているなとふと思い、それから年月を数えるようになったので……正直いつから発生しているものなのかは知りません。ただ、ここから見えていた歪みから言ってかなりのエネルギーでした。」

「そうか。――未知だな。」

 アインズが地平の彼方へ視線を投げると、フラミーも繰り返した。

 

「これは未知ですね。」

 

 顔を見合わせた二人はいたずらを企む子供のようだった。




仏教と日本ぽい生活をしてる砂漠についてようやく言及できました!
前に天空城に来た時はえらい大変でしたからね、御身達も本当はゆっくり観光したかったろうなぁ。
しかし、地上都市滅茶苦茶にしたのもうまく責任が流れててよかった…!

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