眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#134 砂嵐の壁

 たらふく朝食を取った蒼の薔薇一行は、順調に地図を更新しながら進んでいた。と言っても、見渡す限りの砂漠なので書き込むことは目印になりそうな大岩程度しかなく、後は南に向かってもくもくと距離を測るだけだ。

 

「もう少ししたら一度休憩しましょう。遮光服を着ていても辛いわ…」

 

 リーダーであるラキュースの提案に、共に歩く一同は頷く。ここまで数度魔物に襲われそうになったが、昨日の砂漠長虫(サンドワーム)の子供を囮にうまく体力を温存して来ることができた。

 しかし、暑さは確実に一行の体力を奪っていった。摂氏で言えば四十五度。まだまだ昼に向けて気温は上がる。

 双子は風通しの良い格好に遮光服を着ているためまだ良いかもしれないが、鎧を着ているラキュースとガガーランはかなり消耗していた。

 

「はぁ、昼飯はオアシスで取りたいぜ…」

「同意」「わかる」

「オアシス……。本当ね…。一度体を流したいわ……」

 

 猛暑は流れる汗を五分と放っておかずに次々と蒸発させていく。ガガーランの鎧の中は汗から滲み出た塩でじゃりじゃりだ。

 疲労が見え始めている四人とは対照的に、暑さ寒さに強く、疲労を知らないイビルアイの足取りは軽い。

 

「仕方がないな。おい、ラキュース。冒険者組合で買った地図を見せろ」

 ラキュースは黙って地図をイビルアイに渡した。

「どれどれ、確か何箇所かオアシスの情報が書き込まれていたはずだ」

 地図の更新をする事を主目的とする一行は敢えて険しい道を進んでいるが、流石の砂漠とは言え地図が事細かに書かれている場所もある。

 それは、三つのオアシスが点在する場所の周辺だ。

 

「どう?近くにオアシスはある?」

「あー…いくらか戻らなきゃダメそうだな。どうする?戻るか?」

「……俺は戻るのには反対だぜ。それじゃいつまで経っても進みやしない」

「そうね…。私も戻るのはちょっと。戻った後にここまで転移して来られれば良いけど、魔力は温存して欲しいし」

 

 一人二人ならまだ良いが、複数人を連れての転移は魔力の消耗も大きい。

 双子にも異論はない様子を確認すると、イビルアイは地図を全員に見えるようにした。

 

「それなら、我々で新しいオアシスを見つけるか。見ろ、ここのオアシスは"雨の起源"と言う冒険者チームが発見したらしい。オアシスの名前にもなっている。こっちは"風の灯火"。同じくチーム名兼オアシスの名だ。それからチーム"波"が発見したところは"波のオアシス"。どうだ?やる気が出たんじゃないか?」

 

 地図に地名として名前を残すのはとても名誉な事だ。前人未到の場所に辿り着いた証拠というのは、冒険者としては垂涎ものだろう。もし発見できれば、オアシスが枯れ果てる日まで地図に名を残し続けることができる。もしかしたら、枯れた後もオアシス跡として目印に残るかもしれない。

 ちなみに、もし嘘のオアシスを報告しても、すぐに冒険者達がそのオアシスを拠点に冒険をしようとする為すぐにバレるだろう。万が一オアシスが干上がったとしても、オアシス跡地には生き物の骨や暮らした形跡が残るものだ。

 

 オアシスの情報は疲労困憊と言った顔をしていた四人の表情を途端に輝せた。

「探す!探すわよ!蒼のオアシス!!」

 ラキュースの中で勝手に名前が決定した。

 

 イビルアイ以外の全員が「おー!」と返事をし、早速歩き出した。

 

「待て待て、そうと決まれば動く前に<飛行(フライ)>で軽く辺りを見渡して来る。闇雲に歩き回ればそれこそ無用な力を使うだろ」

「…そうね。少し暑さで短絡的になってたわ。私達はここで待ってるから、イビルアイは飛んで見てきて」

「ひとっ飛び」「なんならオアシスを見つけて転移させてほしい」

 

 現在の四人の視線の先にはベージュ一色の大地と、雲ひとつない真っ青な空だけがある。たった二色の世界だ。

 つまり、見えている近距離にオアシスはない。

 イビルアイは<飛行(フライ)>を唱えると一気に上昇していった。

 

「……空の上は涼しいんだっけ?」

「わかんねぇな……」

「太陽に近い分、暑そう」「涼しくてもイビルアイには関係ない」

 

 ぶつぶつと小さめの声で会話をしていると、イビルアイが降下してきた。

 

「どうだった?オアシスはありそう?」

「…オアシスはなさそうだった」

 その返事は四人の活力を奪うには十分すぎた。

 

「――だが、怪しいものは見つかった」

「怪しいもの?」

「あぁ。向こうの方――」そう言ってイビルアイが指をさしたのは西の方角だった。「かなり小さく見えたんだが、巨大な砂嵐があった。地面と空の境界線がもやっと浮き上がっていたから間違いない」

「…まずいわね。砂嵐はここに来そうなの?もしそうなら、ぶつかるまでに砂嵐をやり過ごすための準備をしないと」

「ふ、ふふ」

 

 ラキュースの真面目な雰囲気とは裏腹に、イビルアイからは不敵な笑いが溢れた。

 

「…何?」

「ラキュース、私も砂嵐がこっちに向かって来ようとしているのか確かめようと思って眺めていたんだがな。私が見つけた砂嵐はどうなったと思う?」

「………全く逆の方向へ流れていった?」

「いいや、もっと面白い答えだ」

「うーん…どんどん大きくなったとか……?」

「違うな。正解は――微動だにしない、だ」

 

 一同は目を見合わせた。

 

「そりゃなんだ?つまり、砂嵐が一箇所に留まり続けてるってのか?」

「見間違いじゃないの?風が吹くことで起こる砂嵐が一つの場所に留まるなんてありえないわ。遠すぎるものだと、近づくとか離れるとか、もしくは私達の向かう方と垂直に動くとか、そう言うの分かりにくいじゃない」

「もし動いていないなら、風が止むとすぐにその場で消える」「イビルアイの見間違いじゃないなら」

「ふふ。ところが消える様子もなければ、力が減っていく様子もなかったんだ。さらに言えば、前後左右どころか全く動いていない」

「………もし本当なら、怪しいわね?」

「怪しいな?」

「怪しい」「不可解」

 

「と、なれば、だ」イビルアイはわざとらしく咳払いをすると、もったいつけたような言い方で続けた。「んん。三十年に一度の巨大竜巻の発生源。もしくは発生に関わりがあるんじゃないか、と。そう言うわけだ!」

 感心したような声がガガーランから上がり、双子はぱち、ぱち、ぱち、と小さな拍手を送った。

 

「そうとなれば、砂嵐の観察に行きましょう!動かないなら危険性も低そうだしね!」

「よっしゃあ!巨大竜巻の子供!暴いてやるぜ!お前の誕生の秘密を!!」

「おー!」「やるぞー!」

 

 先程までの疲労なぞなんのその。

 五人はイビルアイの見た砂嵐の方角へ向かって歩み始めた。

 

「ねぇ皆。もし竜巻の発生方法が判明して、高額報酬を貰ったら魂喰らい(ソウルイーター)の五年レンタルをしてみない?」

「そりゃいいなぁ!でもコンドミニアムの馬小屋は魂喰らい(ソウルイーター)にはちと狭そうだな」

「荷台も買うと置く場所がない」

「そこは倉庫を借りるのよ!なんて言ったってあの報酬なんだから!」

「私は反対だ。魂喰らい(ソウルイーター)と荷台まで連れて転移はきつい。最強の護衛にはなるだろうが、逆に移動時間が長くなる」

 

 そうなれば食料をはじめ、荷物は雪だるま式に増えていくだろう。

 

「――あれは商売人が荷物を運んだり、金持ちや重鎮を護衛する為にある馬車だ。あんな物を借りるくらいなら、金は大切に取っておいて武器の新調に使うのか、冒険者引退後の生活に使う方が有意義だ」私はそう思う、とイビルアイの話は締め括られた。

 

 冒険者引退――。

 そんな事は考えたこともなかった。

 いや、厳密に言えば貯金をしているため考えてはいるのだが、それが近い未来に訪れると言う可能性については考えたことがなかったのだ。

 漠然とした遠い未来の話。そう思っていた。

 

「……最悪、イビルアイが稼いできて俺たちのこと食わしてくれるだろ?」

 ガガーランが戯けたように言うと、イビルアイはガガーランをじっと見つめた。

 

「……お前達、私に養われたいのか」

「養われたくないと言ったら嘘」「大黒柱、イビルアイ」

「もし困ったら助けてくれるって信じてるのよ。私達はずっと一緒なんだから」

 

 ラキュースの微笑みにイビルアイは不思議と目頭が熱くなった。年老いていく彼女達のそばで暮らすと言う選択肢を、一度も考えなかった。いや、彼女達に必要とされない可能性を思うと恐ろしかったのだ。

 

「……助けるさ。――だが、ラキュース。お前は良い相手を探すんじゃないのか?そろそろ焦ったほうがいいぞ」

「……まだ二十五だから大丈夫よ!っあぁー!!モモン様が外で暮らしてくださったらアタックするのにぃー!!」

 ラキュースは防衛点検以来、相変わらずモモンにお熱だ。ラキュースほどの実力者を庇って戦える戦士など、他にいるはずがないのだから。

 

「まったく。大して会えもしない男をよくそこまで好きでいられるな」

 イビルアイの言葉に全員が笑った。

「お前もそうじゃねぇか。ラキュースはモモンって言ってる分、イビルアイよりはよっぽど現実的だと思うぜ」

「く、う、うるさい!うるさいうるさい!私は無限に時間があるんだから、いつか陛下に呼ばれる可能性もあるだろう!」

「んー、ねぇな。さ、どんどん歩くぞ!!」

「あ、おい!待て!置いてくなー!!」

 イビルアイの声は遠くまでこだました。

 

 

 その後どれほど歩いただろうか。休憩を二度挟みながら進んできた一行は砂嵐――いや、砂の壁の前で立ち尽くしていた。

 

 

「……どうやって調査するか」

 

 ガガーランの呟きに応える者はいなかった。

 代わりに、ティアが落ちていた枯れ枝を砂の壁に向かって放り投げる。

 枝はその瞬間に粉々にされ、すぐに形を失った。

 

「…触ったら死ぬ」

 

 その意見に異論を唱える者は一人もいなかった。

 

「イビルアイ、空から様子を見て来てみて」

「私もそう思った。<飛行(フライ)>!」

 魔法の力が体を包むと、イビルアイは砂嵐に沿うように一気に空へ上がった。

 

「……どこまで続いているんだ、この砂嵐は!」

 無限に空まで伸びているかと思ったが、これの上を鳥が飛んでいるのを先程目撃したのだ。

 必ずこの上に砂嵐の終わりはある。

 イビルアイは更に速度を上げ、雲には届かない程度の場所まで上った。

 

「――ここだ!砂嵐の終わり!」

 砂嵐を見下ろすようにすると、砂の壁の中にはいくつもの家が建ち並んでいるのが見えた。

 

「こんな場所に…?」

 しかし、人の気配はないようだ。

 砂嵐の壁を乗り越え、壁の内側で高度を落とし、ついには着地した。

 イビルアイはその場所をよく記憶し、壁の外の景色を思い浮かべた。

 そして――「<次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)>」

 第三位階の自分だけが転移できる近距離転移魔法を用いて砂の壁の外に戻った。

 

「イビルアイ!どうだった?」

「まさか一人で砂嵐の中に飛び込んじまうとは思いもしなかったぜ!」

「心配かけたな。これはまるで砂の壁のようだと思ったんだが、まさしく壁だった。この中には一切砂嵐が吹いていなかったんだ。しかも中にはほどほどの大きさの街が作られていた。」

「こ、こんな場所に街?」

「あぁ。さぁ早く全員掴まれ。中に転移するぞ」

 

 

 全員が即座にイビルアイに触れると、五人の体は掻き消え――

 

 ――すぐに先程イビルアイが降り立った場所に現れた。

 

 

「ほ、本当に街……」

 そう言ったラキュースは冒険者組合で買った地図を確認し、すぐにそれらしい記載がないか確認する。

 しかし、特に何も書かれていなかった。

「私達、見つけちゃった?何かの街を」

「見つけたな。だが、人がいる様子がないんだ」

 真昼間だと言うのに街はしん…と静まり返っていた。

 

「…とにかく誰か見つけようぜ。もしかしたら廃墟かもしれねぇがな」

 歩み出したガガーランの後を追う形で一行は進み始めた。

 砂を固めたり、岩を削り出したりして作られている家々は廃墟というにはいささか綺麗すぎる気がした。

 地面にも一番広い道には石を敷き詰めることで簡易的な石畳が敷かれており、よく踏み固められている。風で砂がかかって埋もれていたりするようなこともない。

 何もかもがほとんど風化していなかった。

 

「……おかしいな。何かがあって、突然住民が消えたとしか思えん」

「まさか、この砂嵐のせいで皆死んでしまったのかしら?」

「ないとは言えんな……。ラキュース、念のためにこの街の地図を書いておこう」

「そうね。ガガーラン達は生き残っている人がいないか探して来てもらってもいいかしら」

「もちろんだぜ。魔物に襲われたりしたような感じじゃないから、分かれて行動しよう。俺はこっちにいくから、ティアとティナはそっちとそっちを頼む」

「おっけー」「任せて」

 

 三人が散っていくと、イビルアイは測量用のマジックアイテムを取り出した。

「よし、とりあえずあの砂の壁からこの道の始まりまでの距離、それから方角を言うぞ」

「ちょっと待って、今定規とコンパスを出すから」

 ガントレットをしている手では鞄の中から感触で道具を出したりすることは難しい。

 一度肩に掛けていたボディーバッグを地面におくと、しっかりと中を確認しながら定規を取り出した。

「良いわ、教えてちょうだい」

 製図用の定規を出して、ペンを紙に当てた――その瞬間、「きゃああぁぁー!!」幼い少女の叫び声が辺りに響き渡り、ラキュースとイビルアイははっと振り返った。

 

「今の!!」

「ガガーランが向かった方だ!!」

 

 二人が駆け出すと、ティアとティナも大通りに戻って来ていた。双子の足の速さは折り紙付きだ。

 イビルアイは<飛行(フライ)>を唱えると、隣を走るラキュースの手を取った。

「遅い!」

「ごめん!!」

 両手でラキュースの片手を取り、二人は極地面に近いところを飛んだ。

 

 ラキュースは空いているもう片方の手に漆黒の魔剣――キリネイラムを握り、この先に待ち受けるものが何であろうと生き残っている子供を助け出す、そう心に決めた。

 そこに、もう一度「いやあぁあああ!来ないで、殺さないでぇえ!!」と哀願が聞こえてくる。

 

「っくそ!!ガガーランの手に負えないようなやつなのか!?」

「早く!イビルアイ!!そこの角曲がって!!」

 

 そして、四人がほぼ同時に一つの角を曲がる。

 

「そこまでよ!!」

「……なんだ?この状況は」

 ラキュースの大きな声が響くと同時に、イビルアイは訝しむような声を上げていた。

 

 そこには、泣いて逃れようとする少女の前に両膝をついて宥めているガガーランがいた。少女の肌は褐色、髪は黒だった。

「……まぁ、怖いわよね。誰もいない街にいきなりガガーランが現れたら」

「怖い」「ほぼ魔物」

 双子が頷いていると、少女はガガーランの脇をすり抜けラキュース達の方へ駆け寄った。

 

「お、お、お姉様方!!助けて!!助けてください!!」

「大丈夫よ、あれは魔物でもオークでもないから、安心して」

「違うんです!!呪われた兵士がついにここまで来てしまったんです!!」

「呪われた兵士が来た……?」

 ラキュースは一体ガガーランが何をしたのかと眉を顰めた。

「…俺は何もしちゃいねぇ!」

 ガガーランが吠えると、その後ろにある家の扉が思い切り開いた。

 

「――落夜!落夜!!」

「よ、宵切姉様!!だめ、呪われた兵士が来たの!!宵切姉様は早く逃げてぇ!!」

「の、呪われた兵士!?」

 宵切と呼ばれた女性は落夜と呼ばれた少女とよく似た顔をしていた。

「い、いや。違うんだ。俺は別に呪われちゃいねぇ。確かに少し体はでかいけどな」

 宵切が瞬いていると、家の中からはゾロゾロと何人もの人が出て来た。総勢十六人近い。

 扉をくぐりきれない子供達が、扉の近くの窓からこちらを覗いている。

 

「落夜!こんな時間に何を――人間…?」

 出てきた一番老年の男性は実に眩しそうに蒼の薔薇を見渡し、警戒心を露わにすると、扉を潜って出てこようとする子供達に中へ戻るように伝えた。見たいとぐずる子供を抱え、母親だと思われる――宵切姫とよく似た老年の女性が家の中へ消えて行く。

 

「お父様、落夜は何か勘違いをしているようです。そちらの方は呪われた兵士ではありません」

「そうだな。呪われた兵士ならば、私たちがまともで居られるはずがない。だが、呪われた兵士でなくとも人間は人間だ」

 

 鋭い視線だった。

 ラキュースは握っていた剣をしまい直し、仲間達に一切の敵意を消すように指示した。

「ガガーラン、こっちに戻って」

「あぁ」

 ガガーランも目の前の人々を刺激しないよう、両手を挙げてゆっくりとラキュースの下まで後ずさった。

 

 ガガーランが近くに来ると、ラキュースに助けを求めた少女はラキュースを盾にするようにさっと回り込んだ。

「落夜ちゃん――よね?」

「はい…落夜です」

「このお姉さんはね、落夜ちゃんにひどい真似をしようとなんて、ちっとも思ってないの。お姉さんはむしろ、落夜ちゃんを守りたいって思ってるんだから」

「お姉さん…?この男の兵はお姉さんなんですか…?」

 この男の兵はお姉さん、と言う聞いたこともない表現に双子は一瞬吹き出しかけ、すぐさまそれを飲み込んだ。

 

「……あ、あぁ。俺はお姉さんだよ」

「お姉さん…」

「さ、落夜ちゃんはお父さん達が心配してるから、行ってあげて」

「はい…。すみませんでした、お姉様方」

「気にすんなよ。俺の方にも悪いところがきっとあったんだからな」

 

 落夜はさっと頭を下げると父の下まで走り、その足に縋った。

「それで、人間がこのララク集落にどんな用があって来た。わざわざ神の守りの砂嵐を越えて入って来たのだ。相応の理由があるのだろう」

 男性は、白髪混じりの黒い髪を一つに束ねていた。

 

「私達はあらゆる種族が暮らす神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国より来た冒険者です。皆さんには決して刃を向けない事を誓います。どうかこの場所の地図を描かせては頂けないでしょうか」

「……何のためにそんな必要がある」

「畏れながら、我が神聖魔導国との国交を開いて頂きたいのです。この場所に我が国の外交使節が訪れ、双方の――」と話しているところで、イビルアイが口を挟んだ。

 

「おい、ラキュース。そう言う貴族じみた言い回しはやめろ。時間がかかるだけだ。――老父、単刀直入に言う。私達はここの地図を作り上げ、それを国に持って帰りたいんだ。その後のことは国が決める」

「……悪いが私なんぞに決められることではないし、断らせていただく」

「そう仰らず。それを許すだけの権限をお持ちの方がいれば、どうかご紹介ください。私達はこの場所と、皆様と同胞になりたいんです」

 ラキュースからの訴えは実に清々しかった。

 

 しかし、男性は片眉をあげると苦々しげな顔をした。

「我らと同胞になりたいと申すか、人間。これを見てもまだそんな事が言えるかな」

 足元まですっかり隠したローブがふわりと持ち上がり、その中からは青黒い蠍の尾が姿を現わした。

「どうだ、恐ろしいだろう。お前達人間は自らと姿形が違うものを嫌う。それも、必要以上に。かつてこのララク集落はララク市と呼ばれた蠍人(パ・ピグ・サグ)が育てた大王国の一大都市だったのだ。しかし、この様を見ろ。私達の祖先が築き上げた大王国に、お前達人間は大量の生きた砂漠長虫(サンドワーム)の子供を投げ入れる事で数えきれない蠍人(パ・ピグ・サグ)を殺した。どれほど残虐な悪魔であっても、そんな方法で他種族を嬲り殺しにしたりはすまい。あまつさえ、呪いを砂漠に振り撒きおって」

「そ、そんなことが……。申し訳ありませんでした。どんな言葉を重ねたとしても謝り切れることではありません」

 

 素直に蒼の薔薇が頭を下げると、男性は少しだけ警戒心を薄れさせたようだった。

「――……良い。全ては過去の話しだ。お前達がそれをしたわけでもない。しかし、同じ過ちを繰り返さない保証はどこにもない。私達は相容れぬ種族なのだと理解し、ララク集落を出てくれるだけで良い」

「――は――ない」

「うん?」

「そんなことはない。老父、それは前時代的な考えだ」

 イビルアイの声は大きいわけではなかったが、はっきりと響いた。

 

「なに?」

「全ての種族は神王陛下と光神陛下の下に平等だ。それは生者と死者ですら変わらないこの世の摂理、掟。どんな過去があっても、私達は必ずまた手を取り合える。罪を憎んで種族を憎まず、私達の国には多くの虐げられた者と虐げてしまった者が暮らしているが、皆未来へ進んでいるぞ。――蠍人(パ・ピグ・サグ)は良いのか!未来が変わるぞ!」

「良いも悪いも、それを決めるのは私一人にはできないことだ」

 何人の集落か知らないが、男性は本当に何の権限も持っていないような気がした。

 だから、それを許可できるような誰かを紹介してくれ――そう言おうとすると、男とイビルアイの間に宵切が割って入った。

 

「お父様、少なくともこの方達は悪い方ではありませんわ」

「しかし、宵切姫。本当に私が決められることではないんだよ。万が一戦争になれば、地図を作られてしまうのはとても困るだろう」

「それはそうですけれど、私達には透光竜(クリアライトドラゴン)様のご加護があります。我らが同胞(・・)たる魔人(ジニー)もきっと手を貸して下さるでしょう。ですから、この方達には皆が起きる時間まで待って頂いて、集落の者全員で話し合えば良いのです。幸い、今日は儀式の夜ですもの」

「……お前の大切な門出の宴前に、そんな無粋な……」

「無粋だなんてとんでもありません。ララク集落と、スルターン小国のためにやる事ならば、儀式のうちですわ」

 宵切は真っ直ぐ父親と向き合うと、花のように笑ってみせた。

 

「……分かった。大切なお前の最後のわがままだ。なんでも聞こう。もしこの人間達が私達を殺すつもりで来ているならば、寝ている間に切り捨てられていたはずなのだから」

「ありがとうございます、お父様」

「良いんだよ。お前がそうしたいなら、そうなさい。ただ、何かがあったら――わかるね」

「はい、その時には仕方がありません」

 

 父親は短く息を吐くと、もう一度蒼の薔薇と向き合った。

「人間、今は時間も遅い。まだ夜まではずいぶん時間がある。私達はもう一度眠るが、どうしても地図を描きたいと言うなら今はただ待ってくれないか。そして、決して寝ている皆を傷つけたりはしないと誓ってくれ。本当にララク集落と国交を持ちたいというのならば」

「ありがとうございます、喜んで誓いを立てさせていただきます。私達、神聖魔導国が冒険者、蒼の薔薇。決して蠍人(パ・ピグ・サグ)に手を上げない事を誓います」

「……悪い者達ではないことは確かだな。かつて大司教様も人間だった。さぁ、宵切姫、落夜。お前達ももう寝なさい」

「はぁい。宵切姉様、いこ!」

「そうね、行きましょう」

「お姉様達もおやすみなさい!」

 美しき姉妹は手を取り合うと、父親が開けて待つ扉をくぐった。

 

「――あ、老父様。ひとつだけ、ひとつだけお聞きしたいのですが」

 ラキュースからの呼びかけに父親はぴたりと止まった。

「……なんだね」

「あの…この近くに水場とかってないですか…?」

「……この道をまっすぐ行き、白い扉がついた家を右に曲がるとオアシスがある。ただし、橋がかかっている深い所には近付かないでくれるな」

「わかりました!ありがとうございます!」

「ではな。お前達もあまり遅くまで起きていると体に触るぞ」

 

 パタン…と静かな音を立てて扉が閉まると、街は再びの静寂に包まれた。

 

「……ちっとも眠くねぇ」

「まさか夜行性の種族だとは思いもしなかったわね」

「私たちの感覚で言えば深夜見通しの悪い中で突然オーク戦士が街に出没した感じだな。それにしても眩しそうだった」

「怖がって当然」「村を追い出されなかっただけ上出来」

 

 ガガーランは怖がられたこと自体よりも仲間達からの反応にぷりぷりと怒り、一行はオアシスへ向かった。

 

+

 

「宵切姫、お前は一人の体ではないのだからあまり無茶はいけないよ。今回は荒くれた者でなかったから良いものを、もしお前に何かがあれば……私は……」

「はい、すみませんでした。お父様」

 

 本当に大人しく人間達がオアシスへ向かったと見ると、一家はようやく息を吐いた。

 

「それにしても落夜、こんな時間にどうして外に出たりしたの?」

「明日一番、宵切姉様の髪を梳るお約束をしていたから…うまく寝付けなくて……。もうずっと夜まで起きてれば良いかと思ったの…。だから、外の水瓶にお水を飲みに行こうとしたら……あのお姉様が現れて……最初は一人だったし、てっきり呪われた兵士なんだと思っちゃって……」

「まぁ、悪い子ね。昼はちゃんと寝ないと大きくなれないのよ?」

「はぁい…」

「やれやれ、落夜も心配を掛けおって。明日は寝坊できないと言うのに。さて、私は念のために歩哨をお願いしに行ってくるから、二人はもう休みなさい」

 

 二人は父に返事をするとそれぞれの部屋に戻っていった。




ガガーランかわいいね❤︎

次回#135 呪われた兵士の話
14日0時の予定です!
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