次の日、セバスは外に出たくないと言うツアレも連れて、方々に挨拶回りに行った。
ツアレの指導は明日からと言ったアインズの言葉に忠実に従い、ソリュシャンも共にツアレの指導にあたった。
シャルティアは、結局まだ何も手柄を立てていないのに帰還しなければならない事を腹立たしく思い、挨拶する人々に不機嫌そうな態度をとった。
一軒十分程度の簡単な挨拶に留め、昼には屋敷に戻ってくることができた。
「これじゃあ結局デミウルゴスの麦の運搬係でありんす!なんでこの私があれを引き立てなきゃならないでありんすか!!」
シャルティアが深窓の令嬢と言う設定をすっかり忘れてドタドタと馬車を降り、屋敷へ足を進めると前庭に生える草木の陰から男達が現れた。
「どーも、お嬢さん。御宅の執事さんは約束を守ってくれやしないみたいなんでね。一緒に来て貰わなきゃならないみたいですよ」
一人が代表してそう言うと、周りの男達が下衆な笑い声をあげる。
男がシャルティアに手を伸ばそうとすると、男の手がコロンと地面に落ちた。
「汚い手で触らんせんで」
「ぁ?――あ……うわぁぁああ!!!て、手が!手がぁぁああ!!」
「手が無くなりんしたくらいでそんなに喚かないでくんなまし。男なんだぇら」
シャルティアはそう呟くと再び無造作に手を振るった。
それに合わせ、男の首――幻魔サキュロントの首が落ちた。
吹き出した血は流れ落ちることなく、何かに引き寄せられるかのようにシャルティアの頭上に集まり、球を作る。
「い、いけませんカーミラ様!!」
「なぁーにぃ?妾はお前のせいでアインズ様のお役に立つ機会を奪われたんでありんすぇ?」
セバスは言葉では止められないと悟る。
ソリュシャンはアインズが自分の神殿で働かせると言った人間をとりあえず守ろうとツアレの前に立ちふさがった。
そして白昼悲鳴が、怒号が、閑静なはずの住宅街に溢れかえった。
誰かが通報したのだろう。「セバスさんの屋敷から恐ろしい悲鳴が」と。
駆けつけたのはクライムと、魔樹によってあっさりと破壊されたアジトから命からがら逃げ出し、エ・ランテルで神話の戦いを見せつけられたことによって己を失っていたブレイン・アングラウスだった。
同じく意気消沈していたガゼフが王都への帰り道で見つけ、拾ってくれた。
二人はセバスと街中で出会い、子弟のような関係を築いていた。
「「セバス様!!」」
屋敷の門の前に馬車があるせいで中がよく見えない。
しかし中からは狂ったような女の笑い声が聞こえてきていた。
「仕方ありません、不本意ですが、御免!!」
セバスのその力強い声と共に、グェと押しつぶしたような声が響き、馬車に何かが突っ込んだ。
塀をよじ登って入ろうとブレインの手に足を掛けていたクライムのすぐ脇、
破壊された馬車はバラバラと崩れ落ち、放たれた馬達が狂ったように逃げ出した。
クライムは酷い有様の馬車に白いドレスの女性が乗っていたことに気づき慌てて駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!!」
「クライム君、そっちは任せる。――セバス様!!」
一方ブレインは人々が大勢倒れ伏す庭の中構えるセバスに向かった。
「いーつつつ。セバス、もう少しやり方ってもんがありんせんの?」
シャルティアが馬車からよろよろと出て来た。
「申し訳ありませんでした、お嬢様。しかしご無事で何よりでございます」
「ふん、よく言うわ」
手を差し伸べるクライムを透明人間のように無視してシャルティアはスタスタとセバスの方へ向かって歩いて行った。
その頭上には赤く丸い球が浮いていた。
「あ……
呟くクライムの声はひゅるりと風に流され消えていった。
「それで、そのツアレさんを救ったためにお嬢様を連れさらわれそうになったと……」
「はい、我を忘れて暴れてしまいました」
クライムにそう話すセバスの白い手袋は血一つ付いていなかった。
庭先には男どもの遺骸が転がっている。不思議なことに全ての死骸から血が抜き取られており、バラバラになった人間がまるで人形のようにいくつも転がっていた。
そんな奇妙な場所だったからこそ、庭先を覗き込んだりした人々が卒倒するようなことはなかった。
「クライム君、これを」
ブレインが庭を片付ける衛士達の見つけ出した紙切れを持ってくる。
それにはご丁寧に時間と場所を指定する文章が書かれており、クライムはその場所に覚えがあった。
「今夜、八本指のアジトを急襲する予定があるんです……。恐らく、ここは娼館を経営していた者の本部かと……。セバス様……共に来てはいただけませんか……?」
セバスは悩む。シャルティアが最初に殺した者と同等の力を持つ相手ではクライムは再び苦戦を強いられるだろう。
すると、ソリュシャンが耳打ちしてくる。
「セバス様、アインズ様と連絡が取れました」
クライムとブレインはその名前にハッと顔を上げた。
スレイン法国の新たな名。それを知らぬ者はリ・エスティーゼ王国にはいないだろう。――神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国。
この力、もしやこの人は――二人が何かの答えにたどり着こうとすると、庭に黒々とした闇が開いた。
そこから足を踏み出して来た者を前に、ブレインは心臓が止まるような衝撃を受ける。
堪らず声を上げた。
「あ……あいつ……。あいつもあの魔樹をやった奴だ……」
「おや?君はだれかな……?」
当たり前だが、相手はただ魔樹から敗走しただけのブレインを認識しているはずがない。当たり前だ。
「――デミウルゴス。またおんしかぇ。」
「これもアインズ様のご計画の一つですよ」
シャルティアは分かりやすく舌打ちをする。
「まぁまぁ。これは今回王都で手に入れた情報を元に、御身が
「……そうでありんすか?」
「えぇ。――さて、黄金の姫の仕いは……」そう言いながらクライムに視線を送った。「あぁ、君か。君はこの国を良くしたいかな?」
クライムはブレインの怯えるこの人が魔樹を……と様子を見ていたが、投げられた問いに淀みのないまっすぐな声を返した。
「はい。自分は黄金の姫、ラナー様に仕えるクライムです。きっと国を良くし、守りたいと、そう思います。神聖魔導国守護神の……えっと……」
「ふふ、いい返事だ。私はデミウルゴスと言います」
デミウルゴスはさて、と一息着くと軽く辺りを見渡した。
邸宅の庭は大量の血抜き死体を片付ける衛士、門の外は野次馬でごった返している。
クライムは酷い光景だと思っていると、視界の端にあり得ないものを捉え、バッとそちらへ向いた。
「な、なんだ……あれ……」
街の空には炎の壁が何本もドッと立ち昇った。それは高さにして三十メートルはゆうに超えているだろう。
「――ふふ。さぁ、働いて下さい。今こそ手柄を上げるチャンスですよ」
誰もが炎の柱に目を向ける中でデミウルゴスが浮かべたその笑顔は、とても神の使いには見えないものだった。
人々はベールのように立ち昇る不思議な炎に茫然と目を奪われていた。
「制圧が終わったようですね。さぁ、行きましょうか」
デミウルゴスはそう言うと、クライムとブレインに視線を送って歩き出した。
デミウルゴスはその場にいた守護者たちは言うに及ばず、大量の衛士を引き連れ進んでいく。
たどり着いたのは、指定されるはずだった八本指の娼館本部だった。
「ここにたまたま六腕のほとんどがいたのは僥倖でしたね」
一本目の炎は立ち所に消え、中には気絶する大量の犯罪者たちがいた。
「こ、これは……」
ブレインがぱくぱくと口を動かしていると、デミウルゴスが優しい顔で振り向いた。
「さて、クライム君。もうじき君の大切な者が現れる頃かな」
クライムが事態を飲み込めずにいると、王国の紋章を掲げた馬車が二台近付いてきた。
馬車は止まると、中からは第二王子であるザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフと、黄金の姫と呼ばれるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフザナック、そしてエリアス・ブラント・デイル・レエブン侯が降りた。
「何と言う技だ……」そう言うレエブン侯とザナックを他所に、ラナーは駆け出した。
「クライム!!」
ラナーは真っ直ぐクライムの胸に飛び込んだ。その様を、野次馬が、衛士達が、その場にいた誰もが目撃した。
「な!?ら、ラナー様!いけません!!」
振り解こうにも振り解けず、ワタワタするクライムの胸の中で王女は誰にも見えない顔を歪ませた。
「では、殿下方。約束通りこの者達は我が神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が引き取らせて頂きますよ」
えっと驚いたのは何の事情も知らない衛士やクライム達、そして情けないことに守護者数名だった。
「ああ……頼みます」ザナックは妹の変貌に呆れながら、デミウルゴスに軽く手を挙げた。
満足そうに頷くデミウルゴスはセバスへ近づいていくと、神聖魔導国の紋章の印が押された書状を渡した。
「読んでください」
セバスは僅かにそれに目を通すと、胸を張って読み上げ始めた。
「王国犯罪組織八本指。罪状。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国がザイトルクワエ州。エ・ランテル市にて、罪なき数十名の女性を誘拐した罪。不当にその国土に立ち入った罪。復興意欲を削ごうと人々に麻薬を渡した罪。神聖魔導国内の物を許可なく持ち出した罪。他にも九つの罪によって、ザイトルクワエ州が守護神、セバスの名に於いて逮捕する。尚、罪人は本国の新たに制定した神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国憲法に則り裁かれるものとする。以上。」
全てを理解したシャルティアは堂々としたその姿にチッと舌打ちをした。
何故自分がそこに立っていないのかと。
そして仮面とかつらを外し、ソリュシャンに押し付けた。
クライムとブレインはセバスの強さと、優しき人柄に心から納得した。
そうか、これがエ・ランテルを飲み込み始めた神聖魔導国を守る一柱かと。
僅かでもそんな相手に稽古をつけてもらえた事は何にも変えがたい経験になるだろう。
男達の瞳はキラリと輝いた。
その隣でツアレは自分は救われるべくして救われたことを、昨日の神々に心から感謝した。
いや、今日が解放の予定だったとすれば、やはり感謝するべきはその前に殺されそうになっていた自分を救い出したセバスだろうか。
拘束された罪人の周りに次々と闇が開いていく。
そして、悍ましい悪魔が姿を現すと、身を固くする人々を避けるように歩いて行き、罪人達を回収し再び闇は閉じた。
「では、次のところへ行きますかね。セバス」
デミウルゴスは次の炎の柱に向かって歩き出した。
セバスは一度丁寧に頭を下げると、急ぎその背を追った。
アインズ様が手に入れたいと言う人間の存在に見事辿り着けましたね!
でもその人じゃない…
2019.05.17 すたた様 誤字のご報告をありがとうございます!