眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Lesson#2 お外嫌いと最強の女子

 ナザリック地下大墳墓宝物殿。

 見渡す限り金貨が無造作に積み上げられており、さながら砂漠のようだ。金貨だけでも唸るほどだが、どの山にも国宝級の剣や弓、杯などが埋もれている。

 この金貨砂漠でなら渇きに悶えて死んでも良いと思う者もいるだろう。

 そんな宝の山に、この領域を守護する者が手を伸ばした。

 金貨に埋もれるシャボン玉の結晶のような宝石を一つ手に取ると、塗り潰したような黒い二つの点でそれを眺めた。

 永続光(コンティニュアルライト)によって生み出された光が反射し、一時として同じ色を止めることなく複雑に輝いた。

「――これなら相応しいでしょうか。」

 一人呟く。パンドラズ・アクターは来た方向へ戻って行った。

 その先には同じく息子(・・)の地位に着く愛しき君。

「ンナインズ様!」

「兄上!」

 パンドラズ・アクターの呼び声にナインズは大きく手を振った。

「こちらなど如何でしょう?」

 パンドラズ・アクターが差し出した宝石を小さな手で受け取ると、ナインズはじっとそれを見つめた。

「…これなら、リアちゃん喜ぶかな?」

「もちろんお喜びになると思います。こちらはオパールと言い、神の祝福を受けた石と名高い宝石です。」

「神の祝福?じゃあ、お父さまとお母さまが創ったの?」

 ナインズは乳白色の中に虹色の輝きを宿す石から顔を上げた。

「俗説かと思っていましたが…もしかしたらそうかも知れませんねぇ。これには温度耐性の効果が付いているのと、幸運を呼び寄せます。」

「そっかぁ。お父さまとお母さまの石なら、これにしようかな!」

「畏まりました。形はいかがなさいますか?」

「あのね、お母さまがしてるみたいな首にするのがいい。でも、兄上はどう思う?」

「お悩みなら、共に鍛冶長の下へ参りましょう。ご納得いくまで手直しさせればよろしいのです!」

 パンドラズ・アクターが手を差し出すと、ナインズは迷いなくそれを取った。

「いく!楽しみだね、兄上!」

「はい!誠に!」

 

 二人は宝物殿から鍛冶長のいる鍛冶工房に転移した。

 

 その瞬間、もわりと暑さが立ち込める。カン、カン、と何かを力いっぱい打ち付ける音や、キン、キン、と細かく何かを削る音が方々から聞こえてきた。

「徒弟も誰も出迎えに来ないところを見ると、鍛冶長は何やら集中しているようですね。」

「邪魔かな…?」

 ナインズは不安そうな顔をしたが、パンドラズ・アクターは動かぬ顔で笑いかけた。

「ンナインズ様を邪魔に思う者などいるはずもありません。」

 二人は歩みを進める。

 あちらこちらに大きな炉が据えられており、どの炉にもそれぞれ色の違う炎が灯されていた。

 壁には革袋やツールセットが掛けられている他に、アインズやフラミーのスケッチが大量に貼られている。四方向からの姿が丁寧に描かれている他に、様々なポーズのものが並ぶ。

 素材棚も大量にあり、一々宝物殿に連絡を取らなくてもある程度の物は作成できるように金属や魔鉱石などがずらりと並んでいた。

 一番奥の炉の前には、鍛冶長が真剣な眼差しをして座っていた。周りにはたくさんの火の蜥蜴精霊(サラマンダー)達がいて、それぞれが炉の中を覗き込んだり、短い手で設計図のようなものを鍛冶長に見せたりしている。

 近くには可愛らしい蟹柄のテーブルクロスが掛けられた小さなテーブル。その上には何か食事をとったようで、ソースが付いている皿とカトラリーが乗っていた。

 ナインズはあまり訪れないその場所で、パンドラズ・アクターの手を強く握り小さくなった。

「鍛冶長、ナインズ様がお見えです!」

 その通達は工房中に響き、これまで聞こえていたあらゆる雑音がぴたりと止み、工房で働く者たちが一斉に振り向いた。

「っわ。」

 ナインズは思わず短い驚きの声を上げた。

 パチパチと火が燃え、くべられている物が弾ける音がする。

 これまで炉の前に座っていた鍛冶長はヤットコを手にしたまま立ち上がり、ナインズの前に膝をついた。

「これはナインズ様!ご無沙汰しております。お気付きもしませんで、大変申し訳ございませんでした。」

「――あ、ううん。平気だよ。あのね、僕……」

 ナインズはポケットから先程パンドラズ・アクターに貰った石を取り出した。

「これをね、リアちゃんの首にするやつにしたいの。」

「おぉ…!では、ネックレスに致しましょう。形はどのような物がよろしいでしょうか?」

「あの、お母さまみたいにぴたってしてるやつ。できるかなぁ」

「できますとも。ふふ、アインズ様がフラミー様へあのネックレスをお贈りする為こちらへいらしたのが昨日のことのようでございます。」

 鍛冶長は上機嫌に机の引き出しからスケッチブックを取り出した。

 机の上に乗っている食事の形跡を火の蜥蜴精霊(サラマンダー)達が片付け、そこにスケッチブックを乗せた。

「フラミー様のネックレスは本来長い物ですが、何度もチェーンを首に巻かれてチョーカー状にされております。最初から短い物ではなく、長い状態でお作りしましょうか?」

 ナインズは情報量の多さに瞬くとパンドラズ・アクターへ視線で救援要請を送った。

「――ナインズ様はフラミー様と同様の物を御所望です。」

「畏まりました。では――」

 鍛冶長は手早く数パターンのデザインを描くとナインズに見せた。

「どれがよろしいですか?」

「うーん、ぼくが決めていいの?」

「もちろんでございます。」

 じゃあ、とナインズが一つを指差すと鍛冶長は立ち上がった。

「それでは早速制作に取り掛かります。三時間ほどお時間を頂戴いたしますのでお部屋へお戻り下さいませ。出来上がり次第パンドラズ・アクター様にご連絡いたします。」

「うんと、もう少し見ててもいい?」

 その問いにNOと言うはずもなく、鍛冶長は嬉しそうにうなずいた。

 そして――「皆!まずは食事だ!!」

 鍛冶長の張り上げた声が響く。火の蜥蜴精霊(サラマンダー)達が手際良くナプキンやテーブルクロス、食事を取り出して行く。<保存(プリザベーション)>の掛かった食事はいつでも戸棚に補充されている。

 火の蜥蜴精霊(サラマンダー)は普段四足歩行だが、その気になれば二足で立ち上がることもでき、小さく短い手で鍛冶長の食事をテーブルに出した。

 皆ナプキンを首元に結びつけ、鍛冶長はいつもの合図を告げた。

「いただきます!!」

「「「「いただきます!!」」」」

 あちこちで食事が始まる。

「ご飯?」

「彼らはあまのまひとつ様のご意思を継いでるんです。必要なことなのでお待ち下さい。」

 ナインズが眺めていると、あっという間に食事は終わり、全員が炉に向き合った。

 特に大きな火の蜥蜴精霊(サラマンダー)が不思議な石を炉に放り込み、炎を吐く。

 鍛冶長も宝物殿から出されている素材の中でも一等良い金属を革袋から取り出し炉に差し込む。

 炎は真っ白で、吹雪のようだった。

「これなぁに?」

 ナインズの問いに鍛冶長は微笑んだ。

「これは氷の炎ですよ。ただの炎では鍛えられないものの為にはこうして特別な炎が必要でございます。」

「氷なのに炎?」

 手を伸ばそうとすると太陽のような熱をまとう火の蜥蜴精霊(サラマンダー)達がすぐに立ちはだかった。

「ナインズ様、触れれば御身は即座に焼かれて消えてしまいます。」

「危ないんだ…。皆は大丈夫?」

「我らは特別な加護を持っておりますから。」

 結局ナインズはその場でネックレスの完成を待った。

 

+

 

「リアちゃん、そう怒らないで」

 ナインズはむくれながらお絵描きをする妹の前に座った。

 ここはフラミーの執務室の一角だ。小学校に上がると同時に子供達には自分の部屋が与えられた。だが、アルメリアは今でも親達と寝ているし、自分の部屋にはほとんど行かない。ナインズも六歳にしてようやく一人寝デビューしたばかりだ。

「や。にいにがお外にいるのが悪いんです」

 グジャグジャっと赤いクレヨンで山が噴火する様を描く。第七階層だ。

「僕ももっとリアちゃんといたいんだけど、学校は行かなきゃいけないんだよ」

「にいには学校とナザリックどっちが大事なんです!」

 アルメリアは大変憤慨していた。

 彼女の外嫌いは四歳になった今も健在だ。

「えぇ…僕には難しいよ……」

 ナインズが困ったなぁ…と呟いていると、近くで執務をしていたフラミーが声を上げる。

「リアちゃん、お兄ちゃんだってリアちゃんのこと置き去りにして遊びに行ってるんじゃないのよ。リアちゃんも再来年には学校に行くんだから」

「や!リアちゃんはお外なんて行きません!!」

 フラミーのそばにいるデミウルゴスは嬉しいと言う感情を表に出さないように堪えた。それは、ナインズと共にこの部屋にやってきたパンドラズ・アクターも同様だ。

「またそんなこと言って。ナザリックにずっといたら、お友達もできないでしょう」

「リアちゃんにはクリスもいるし、サラトニクもいるもん!」

「クリスちゃんとサラ君しかお友達ができないんだよ?お兄ちゃんは一週間でたくさんお友達ができてるのに。ねぇ?」

「うん、えっとね。エルと、フィツカラルドさんと、ベルナールさんと、ローランさん。それから、オオサンショウウオのキング、イタチのチョッキー。一人山小人(ドワーフ)の友達もできたよ。グンゼ・カーマイドって言って、すごいお髭が生えてるんだ」

「ね?楽しそうでしょう?」

 アルメリアはフラミーとナインズを交互に見ると、ぷぃっと顔を背けた。

「リアちゃん、僕もなるべく早く帰ってくるから」

「お外なんて行かなくならないとやです」

「リアちゃん。人の事を自分の思い通りにしようとしたり、怒りで言うことを聞かせようとしたりしちゃいけないって言ってるでしょ。お兄ちゃん困ってて可哀想でしょ」

「や!!リアちゃんはお母ちゃまとにいにがいるお部屋でお絵描きしたいの!!」

 アルメリアが大きな声を出すとフラミーはどうしてこうも兄妹で性格が全く違うのだろうかと頭を悩ませた。

「リアちゃん、僕ね、僕の代わりにリアちゃんとずっと一緒にいられるものを用意したんだよ」

「……もの?」

 アルメリアは首を傾げた。ナインズから何かをもらったことなどないのだ。いや、シチューに入っている肉を分けて貰ったりすることはよくあるが。

「そう。お母さまとお揃いだよ。へへ」

 ナインズはそう言うと、赤紫に染められた皮が張られた箱を取り出した。

 真ん中には金系で"le souvenir"と書かれている。

「……はこ?」

「ううん。箱じゃないよ」

 パコっと音を上げて開いた箱の中には、乳白色の中に虹を宿す雫型のペンダントが付いたネックレスが入っていた。

「綺麗でしょ。兄上と探したんだよ」

「……にいにがリアちゃんにくれるの?」

「うん。着けてあげる!ちょっと待ってね」

 ナインズは立ち上がると、アルメリアの後ろのソファに座り、その首に数度ネックレスを巻きつけた。横からパンドラズ・アクターが手を出し、巻き込まれかけている長い髪を避けてやる。

 チェーンの両端を止めると、魔法のネックレスはアルメリアの首にぴたりとついた。

 パンドラズ・アクターが急いで遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を取り出し、アルメリアの前に浮かべる。

「可愛いよ、リアちゃん」

「……むぅ。とっても嬉しいです。だからしばらくは許してやります。仕方がないです」

「ありがとね」

 ナインズはまだ小さな妹の頭を撫でてやると、ソファを立った。

「リアちゃん、クリスが第六階層でセバスと訓練してるだろうから、遊びに行こう」

「付き合って上げます!」

 アルメリアは顔いっぱいに笑うとクレヨンを片付け、自分のおもちゃ箱にしまった。

 そして、完成した火山の絵をデミウルゴスに差し出す。

「あげます!」

「これはこれは!ありがとうございます。謹んで頂戴いたします」

「飾っても良いですよ!」

「もちろん飾らせていただきます」

 アルメリアは実に満足げだ。

 ちなみに宝物殿には大量のナインズとアルメリアのお絵描きした作品が保管されている。パンドラズ・アクターはそれは宝物殿にふさわしいのにと思ったが、アルメリアの決めた事に口出しはしなかった。

 二人はパンドラズ・アクターと手を繋いだ。

「ではフラミー様。第六階層に行ってまいります」

「はぁい。お願いしますね。明日からはまた学校だから、適当なところでおしまいにして帰ってきてください」

「ん畏まりました!では!」

 三人の姿はかき消えた。

「――はー本当リアちゃんは困った子だなぁ。再来年、登校拒否するかも」

 一度ペンを置き、フラミーはうんと伸びた。

「それならそれでよろしいかと思います。無理に外に出る必要はございません」

「……デミウルゴスさん、さっき嬉しそうだったでしょ」

「……い、いえ。とんでもございません」

「あー!嘘つきましたね!至高のなんちゃらに嘘ついていいんですか!」

「も、申し訳ありません。はは、たしかに喜ばしく思いました」

 デミウルゴスは思わず途中で笑ってしまった。それを見破ってくれるだけ神が自分を見てくれていることが嬉しくて。

 

+

 

「クリスー!クリスー!!」

 第六階層についたアルメリアはセバスが監督する下、二郎丸と組手をするクリス・チャンに向かって駆けた。走る時にアルメリアは癖で翼をはためかせてしまう。だが、未だ飛べたことはない。

「あ、アリー様!じろちゃん、ちょっとごめんね」

「ナイ様ー!良いよ、行こう!」

「――お父さま、少し失礼いたします!」

「えぇ。行ってきてください」

 クリスもアルメリアへ駆け、二人は嬉しそうに手を繋ぎあった。

 クリスの髪は金色で、美しい青い瞳をしていた。

「クリス、見てぇ!」

 アルメリアの顔は喜びでいっぱいだった。デレデレだった。

 クリスは爪先から頭の先までくまなくアルメリアを確認し、すぐにそれに気付いた。

「アリー様!可愛いネックレス!」

「ふふ、にいにがくれたんです!良いでしょう!」

「良いなぁ!さすがナインズ様です!」

 二人に流石だ流石だと言われるとナインズは少し照れた様に笑った。

「いや、僕はお父さまの真似をしただけ。それより、クリスは随分強くなったんじゃない」

「はい!たくさん強くなって、アリー様がお外に出る時必ずお守りできるようになります!」

 外と聞くと、アルメリアはまたつまらなそうな顔をした。

「お外なんてやです。なんで皆そんなに外に出たいんです?」

「アリー様のためです。ねぇ、じろちゃん」

 ナインズの隣に控える二郎丸は頷く。

「そうだね。ボクもいっぱい強くなってナイ様とお外出たいなぁ!いち兄が羨ましい!」

 その視線の先では、一郎太がコキュートスと息つく間もなく特訓をしていた。

 木刀を持って身軽に駆け回り、何度もコキュートスへ撃ち込む姿は真剣そのもの。

「一太もすごいなぁ。クリスとどっちが強いんだろう」

「この姿だと一郎太君の方が強いです。でも、こうすれば――」

 そう言うと、クリスの体はグググ……と音を立てて形を変え始めた。

「く、クリス。それはやっちゃダメだって――」

 ――ギャウォォオオオ!!!

 クリスの小さな口から出るとは思えない雄叫びが上がる。

 その頭からは二本の長いツノが生え、ずるりと長い竜の尾がズボンを突き破った。

 頬と首、肘から先が鱗に覆われ、青かった瞳は赤く揺らめいた。白目の部分は黒くなっていた。

「コ、コレナラ……!コレナラ一郎太君ニモ勝デマズ!!」

 口からは少量の炎が漏れ、今にも我を忘れそうな様子にセバスが駆け寄った。

「クリス!!いけません!!その姿は慎まなければならないと言っているでしょう!!」

「オ、オ、オ父サマ!クリスハ勝テル!!」

 ドッと地を蹴り、コキュートスと手合わせをしていた一郎太へ迫る。

「――ぇ」

 一郎太が気付いた時には、クリスはもう一郎太へ向かって長い爪を持つ手を振り上げていた。

 ッガキィン――と耳が痛くなるほどの音が響く。

「ヤメロ!クリス!!」

 木刀を放り出したコキュートスの手がクリスの爪を止めていた。

「コギュードス様……」

「ヤメルンダ。制御デキナイ力ナド、力デハナイ!」

 クリスは少し落ち着いたが、その口からはまだ炎が漏れ出ている。

 グルグルと喉を鳴らしていると、セバスがクリスを抱き上げた。

「申し訳ありません。コキュートス様」

「カマワナイ。ダガ、竜化シテハイケナイトモットヨク言イ聞カセルベキダ」

「は。おっしゃる通りです」

 セバスは炎を吐こうとするクリスの口を塞ぎ、焦った様に駆けてくるツアレに振り返った。

「セ、セバス様!申し訳ありません!」

「ツアレ、気にすることはありません。私の血がそうさせるのです。クリス、そのように軽薄なことをしていると、あなたは二度とツアレに会うことはできません」

「オ、オ母サマ……ヤダ……」

「そうでしょう。アルメリア様やナインズ様にももうお会いできませんよ」

「ヤダ……ヤだ……」

 クリスは少しづつ落ち着き、生えてしまった角と尻尾はどんどん小さくなっていった。

 顔に浮かんでいた鱗も消え、全く形が変わっていた手も柔らかな人のものに戻った。

「やです……そんなの……」

「そうでしょう。さぁ、見苦しい姿を見せたのですから、ナインズ様とアルメリア様にまずは謝罪なさい」

 クリスはお尻に大きな穴の空いたズボンのままナインズ達の下へ向かった。

「ナ、ナインズ様…。アリー様…。お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした…」

「僕は構わないよ。クリスは本当に強いんだね」

「リアちゃんも許してやります。でも、危ないです。まったくもう」

 二人にペコペコと頭を下げ、今度は腰を抜かしている一郎太の下へ行った。

「一郎太君、すみませんでした。ついあなたに勝ってお二人にいい姿を見せたくなっちゃって…」

「わ、わかるよ。オレもそう言うことあるから……」

「さぁクリス、一郎太君の家へ行ってツアレにお尻を縫ってもらいなさい」

 クリスは恥ずかしそうに丸見えのお尻を押さえ、ツアレの下へ走った。

「クリス…。お許しいただけたことに感謝するのよ」

「はい…。お母さま、申し訳ありませんでした」

 二人は一郎のログハウスへ向かって行った。戦々恐々としている一郎と花子に二人はペコペコと頭を下げた。二人とも常に腰が低かった。

「――リアちゃんも何か訓練したいです」

 二人を見送ったアルメリアが言う。

 ナインズはずっと訓練訓練だったが、相変わらずアルメリアは訓練をしていない。現在のアルメリアは二レベル程度。ひとつだけ種族レベルが上がってしまった。

「ボクと組み手しますか?」

 二郎丸が言うと、ナインズが首を振る。

「お母さまに魔法を教えてもらいな。リアちゃんに組み手とかは危ないよ」

「痛いのは嫌いです。でも、リアちゃんにはルーンは使えないってお父ちゃまが言ってました」

「ルーンじゃなくて、位階魔法ならきっとリアちゃんにも使えるよ。ルーンはなんでか知らないけど、僕とお母さましか使えないから」

 アルメリアはむぅんと唸った。

「にいにも使えないのに、リアちゃんに位階魔法できるの?」

「できるよ。リアちゃんは僕よりずっとお利口さんだから」

 それは出まかせではない。アルメリアは色んな言葉を知っているし、自分の頭で色々なことを考えているとナインズは思っているからだ。

 彼女は今も封印の腕輪が嫌いだ。ナインズはそんなことを考えたこともない。

 だが、アルメリアは嫌いなりに我慢して着けている。もしナインズが身に付けるものが嫌だったら、それを我慢して着けていられるだろうか。

 とてもそうとは思えなかった。

 特訓も楽しいからやるし、勉強も面白いから受ける。

 ナインズはたまたま嫌なものがないだけで、今後それができた時、きちんと我慢することができるとは思えなかった。

 だから、ナインズはそっと優しく妹の頭を撫でた。

「リアちゃん、僕が学校で位階魔法を教えてもらったら、リアちゃんにも一番に教えてあげるね」

「ほんと?」

「本当だよ。リアちゃんのために、僕は位階魔法を覚えてきてあげる」

「わぁ!にいに!」

 アルメリアはナインズに抱き付き、ナインズは黒い小さな翼を撫でた。

 赤ん坊の頃は体を覆えるほどに大きかった翼は、今では体の方が大きい。

「にいに!ありがとうございます!」

「僕もありがとう。リアちゃんが笑ってくれてると、僕、嬉しいんだ」

 その姿は妙にアインズとフラミーに似ていて、パンドラズ・アクターはキュンッと胸を押さえた。

 その日からアルメリアはナインズが出かける事にそう腹を立てなくなった。

 日中は悩むフラミーがネックレスに触れるのを真似て、アルメリアももらったネックレスをいじった。

 そして、遊びに来たサラトニクに大変鼻を高くしてネックレスを見せたらしい。




ク、クリス・チャン思ったよりトリッキー

次回Lesson#3 知ってる女の子と知らない女の子
明後日13日に叩き込みます!

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