眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

338 / 426
Lesson#3 知ってる女の子と知らない女の子

「じゃあ、行ってきまーす!」

 鏡の横で控える屍の守護者(コープス・ガーディアン)は恭しげに頭を下げ、黒髪のナインズと一郎太を見送った。

「ナイ様のその頭、やっと慣れてきました!」

「僕もだんだん黒の方が好きになってきたよ!」

「えー!慣れてきたけど、オレは銀の方が好きだけどなぁ!」

 二人は大神殿の廊下をバタバタと駆け、神官達に頭を下げられる。

「おはようございます、殿下。一郎太君」

「おはよー!」

「おっはー!」

 書庫の傍の階段を下ると、学校から遠い場所に出ることになる神官通用口へ向かい、まずは一郎太が顔を出す。

「――誰もいません」

「行こ!」

 二人はようやく神殿を出ることができた。

 神殿の周りはすぐに街が広がるようなわけではなく、遊歩道のように緑に囲まれている。正面玄関の前には広い広場と噴水があり、たまにそこで海の人(シレーナ)が軽く体に水を掛けていたりする。

 広場の先には広大な街が続く。

 二人は日の射す遊歩道をぽちぽち歩いて行った。

 流石の大神殿とはいえ、早朝には掃除をする神官以外はおらず、鳥の鳴き声が響いている。

 他にはナインズの靴音と、一郎太の蹄の音だけだ。

「――そう言えば今日の一時間目の美術、外でスケッチするらしいですよ」

「え?そうなの?」

「二年生と一緒に外に出るって言ってました」

「……僕、あんまりよく聞いてなかったみたい」

「いえ、オレもね、ロランに聞いたんです。あいつ、二年生に兄ちゃんがいるんだって」

「ローランさん?」

「いや、ロランです。ロラン・オベーヌ・アギヨン。確かにローランと紛らわしいですね。ロランはオレの後ろに座ってる奴。その隣はアナ=マリア・エメ・アンペール」

 ナインズは自分の記憶の中からクラスメイトの情報を引き出す。

 確か金髪碧眼の優しそうな男の子だ。エルと昼食を食べに食堂に行く時、何度か話した。隣のアナ=マリアは静かでよく本を読んでいる女の子だ。

「そうかぁ。外で何描くんだろうね」

「ナイ様は絵うまいからいいけど、オレは絵ダメだからなぁ」

「はは、一郎太はやらないだけでうまいと思うよ」

「そうですかぁ?」

 二人は大神殿の敷地を出て、表通りを進んだ。

 表通りには登校する子供が何人もいて、中には朝市で果物を買ったり、パン屋さんでパンを買う子もいる。昼は学食で食べられるが、お弁当や売られているものを持ち込む事も許可されている。

 学食のお金は毎月払わなくてはならないので、わざわざ買って行くのはもったいないと言う子がほとんどだ。例外は寮に暮らしている子達で、彼らは学食と変わり映えのしないメニューを晩に食べることになるため買って行く子が多いかもしれない。大抵裕福な家の子なので大して気にしていないのだろう。

 二人が慣れてきた道を曲がると、向かいの道からエルが歩いてくるのが見えた。

「おーい!エル、おはよさーん!」

「エルー!おはよー!」

 二人が手を振ると、エルは小走りで二人の下まで来た。

「おはよう、キュータ。一郎太。安息日は何をして過ごした?」

「オレは特訓〜」

「僕は妹と遊んでたよ。甘えん坊だから、なるべく一緒にいてあげたんだ」

「へぇ!キュータは妹がいたんだね。知らなかったなぁ」

「ふふ、とっても可愛いよ。再来年には入学するから、その時に紹介するね」

「うん。ありがとう。キュータの家は厳しいから友達呼んだり出来ないって言ってたもんね。楽しみにしているよ」

 三人が校門へ向かうと、朝から黄色い歓声が上がった。

「エル様ー!おはようございますですわ!」

 ツインテールが揺れるレオネ・チェロ・ローランだ。

「レオネ、おはよう。今日も元気だね」

「ふふ、ふふふ!スズキ君と一郎太君もおはようございます!」

「おはよう、ローランさん」

「おーっす。ローラン、今朝は一人か?」

「イシューとオリビアはパン屋さんでお買い物をしてみると言っていたので、表通りで待ち合わせしないで先に来ましたの。わたくしは学食が好きだからわざわざ買いませんしね。それに、お金は払ってるんだからもったいないですもの」

「じゃあ、ローランさんは今日僕たちと一緒に学食に行く?」

「宜しいんですの?エル様もご一緒ですわよね!」

「うん。私もキュータ達と食べるよ」

 レオネは嬉しそうに顔いっぱいに笑顔を作った。

「ご一緒しますわ!」

 四人はますます賑やかになった。

 すると――ふと、ナインズは視線を感じた。

「……ん?」

「どうかしましたの?スズキ君」

「……いや。何か……この感じ……」

 この視線を知っている。ナインズは視線の主を探そうと校門から振り返ったが、思い当たる顔はなかった。

「キュータ、大丈夫?」

「あ、うん。ごめんね。行こう」

「……キュー様?」

「大丈夫。さ、一太も」

 四人は校門を潜り、二階の一年生の教室へ向かった。上履きという習慣がないためいわゆる下駄箱などもない。運動靴は個人のロッカーにしまってある。

 教室に着くと、ロッカーを開けて重たいスクールバックを下ろす。一郎太はリュックにして背負ってるが、ナインズは手で持っていた。

 ずっと魔法の装備を身に付けていたナインズに服に皺が寄ると言う常識はなく、初日にリュック状態で帰ったところ、制服の肩がシワシワになっていてショックを受けたのだ。

 こんなみっともないの嫌だと言ったら、少し潔癖なところがあるなとアインズに笑われたが、ナインズとしては一大事だ。シワ一つない服をずっと着てきたのに、肩に皺が寄るなんて許せない。

 結果、一年生は皆リュックにしていることが多いというのに、ナインズは重い鞄を手で持って登校していた。ただ、十六レベルの彼は、他の一年生よりもずっと鞄を軽く感じているだろう。

 ロッカーに鞄を入れて、お目当ての教科書を探す。

(一限目は美術だよね)

 ナインズは美術の教科書と筆記用具だけを持って自分の席に向かった。

 教科書を机に載せると、廊下から入ってきた友達に手を振った。

「キング、おはよー」

「キュータぁ、おはよぉ〜」

「大丈夫?手伝おうか?」

「平気平気〜」

 のそのそと四本足で歩くオオサンショウウオにはこのカバンは少し重たそうだ。二足歩行もできるが、四足歩行の方が得意な様子だった。

「ふぅ〜大変だなぁ〜」

 キングは一度自分の席に寄り、二つの足で器用に立ち上がると筆記用具と美術の教科書を机に乗せた。

 そして、教室の後ろに並ぶロッカーへ向かった。

 そうしていると、タカタカタカタカ…と細かい足音が響いてきた。

「おはようございましゅ!」

 元気よく顔を見せたのは――イタチだった。

「チョッキーおはよー」

「キュータ君、おはようございましゅ!」

 チョッキーの学生鞄は少し特殊で、馬車のように車輪がついている。キングと同じようにぽいぽいと筆記用具と教科書を机の上に放り、そのままロッカーへ向かった。

 そして、隣の席のオリビアも登校してきた。ほんのりとパンの香りがする。手には手提げ取手の付いていない紙袋を抱えていた。

「――あ、フィツカラルドさんおはよう」

「おはようございます、スズキ君。今日も綺麗ですね」

「フィツカラルドさんこそ。今日もまた一段と綺麗だよ」

 オリビアは嬉しそうに笑い、席に着いた。

「スズキ君の髪の毛って本当にサラサラ。触っても良い?」

「そうかな。別に構わないよ」

 サラリとおかっぱを撫でると、その耳に輝くピアスが揺れた。

「……それに、すごく素敵な耳飾り。それって、魔法の耳飾りなの?」

「――ん、ちょっとね。お守りみたいなものなんだ」

「すごぉい…。うちには魔法の装備なんてお父さんの懐中時計くらい。あとはお店で売られてるのしか見たことないなぁ。高いよねぇ」

「そうなの?」

「うん。スズキ君家はたくさんあるの?」

「割とね。って言っても、買ってるとかじゃなくて、鍛冶長がいるから」

「え!もしかして、スズキ君家って――」

 ナインズはまずかったかと軽く手を口に当てた。エルと話していた一郎太もこちらを見ている。

「――もしかして、魔法道具屋さん!」

 ナインズと一郎太はほっと息を吐いた。

「そ、そんなとこ。はは」

「すごいんだねぇ!腕輪もそうでしょう?私の指輪と耳飾りは何の効果もついてないのに」

「でも似合ってるから良いじゃない。可愛いよ、とっても」

「――そ、そうかな」

 オリビアは嬉しそうに自らの耳に輝くイヤリングに触れた。

 装飾と言うのは部族や種族の文化に触れるため、学校では特に何も禁止されていない。山小人(ドワーフ)達は髭を結ぶリボンが必要だし、巨人(ジャイアント)は耳に大穴を開けて輪の金具を着けるのが一般的だ。

「スズキ君って褒め上手ですわよね」

「ほんとだよなー」

 オリビアの向こうからレオネとイシューが顔を出した。

「そんなことないよ。フィツカラルドさんに良いところがたくさんあるだけ」

「す、スズキ君、そんな…あの…ありがと」

「ううん」

 オリビアは自分の髪を照れ臭さそうに撫でつけた。すると、一郎太の「おっすー」と言う声が聞こえた。

「――あ、ロラン君」

「……ロラン?」

 三人娘が同時に振り返る。レオネはロランを見ると、露骨に嫌そうな顔をした。

「……はぁ。どうしてまたロランが同じクラスなのかしら」

「レオネ、まぁだ気にしてんの?」

 イシューは朝買った様子の棒付きのキャンディを口に入れると笑った。

「気にもしますわ」

「あれ?ローランさんとベルナールさん、ロラン君とも知り合い?」

「ロランも同じ幼児塾でしたの。まぁ、この辺りの出身の子達は大抵顔見知りですわ。ロランはわたくしのファミリーネームのローランと紛らわしいでしょう?だから、よく男みたいな名前って言われましたの」

「はは、僕も朝に一郎太が突然ロラン君の話をしたからローランさんの話かと思ったよ」

「もう!それが嫌だと言ってましてよ!」

 レオネがずいっとオリビア越しに身を乗り出してくると、ナインズは思わず身を引いた。

「い、嫌なんだ。ごめんごめん」

「……許してさし上げますわ。スズキ君、もうわたくしのことはレオネと呼んで下さいまし」

「レ、レオネ。ありがと。僕のこともキュータで構わないよ」

「どうも。キュータさん」

「じゃ、あたしもキュータって呼ぼっかなー。あたしはイシューで良いよ」

 レオネとイシューがそう言うと、オリビアが口を挟んだ。

「スズキ君、私もキュータ君て呼んで良い?」

「もちろん。実は僕、スズキって呼ばれるの慣れてないんだ。キュータの方が落ち着く」

 スズキというのは通学してから名乗るようになった謎の名前なので仕方ない。何かアインズとフラミーにとって意味のある名前のようだが、よくわからない。

「そうなのね!じゃあ、キュータ君にするわ!私のことも、オリビアって呼んでね」

「ありがとう、オリビア」

 女の子と少し仲良く慣れた気がしていると――

「う〜ん、じゃあ、僕もキュータって呼ぼうかなぁ〜」

 いつの間にかナインズとオリビアの机に寄りかかっていたキングが言う。

「良いけど、キングはずっと僕のことキュータって呼んでるよ…?」

「あぁ〜たしかにぃ〜」

「キング君は少し忘れっぽいでしゅ!お隣として心配でしゅ!」

 チョッキーがキングの体をぺちぺち叩く。ちなみに二人の地元はエイヴァーシャー市だ。大深林の中の三角池にキングの実家はあり、チョッキーの実家は森妖精(エルフ)達の住む村のそばだ。

 オリビアはキングが机に触れているのが嫌なのか少し引き攣っていた。

 そうしていると、バイス先生が教室に入ってきた。

「みんなーおはよー。学校が始まって初めての安息日はどうだったかなー?お家の人とたくさん話したかなー?それとも、お家にたくさん手紙を書いたかなー?」

 皆が「手紙ー!」やら「話したー!」やらと声を上げる。

「うんうん、そうかそうか。それじゃあ、出席を取りまーす」

 総勢三十八名の名前が呼ばれる。ナインズはこの時間、割と集中して皆の名前を覚えようと努めている。

「あ…今日もイオリエル・ファ・フィヨルディアは休みか」

 バイスがさらさらとメモを取る。

「誰かイオリエルのこと聞いてる人はいるかな?イオリエルは寮のはずなんだけど」

 エルを始めとする寮生活をしている面々が知っているかと顔を見合わせる。

 だが、誰も何も聞いていないようだった。

「ふぅむ。後で寮に確認取りに行かなきゃならないな」名簿をパタリと閉じた。「――さ、一限目は美術です。今日は二年生が校舎の周りを案内してくれるから、その中で好きな風景や花を描いてみましょう!持ち物は図画用の鉛筆一本、消しゴム、バインダー。それから、教卓の画用紙を二枚。予備を必ず持つんだよ。じゃあ、紙を取った子から校庭に集合!」

 良い返事と共に、筆記用具を持って皆が席を立つ。

 せっかく持ってきたが、今日は美術の教科書はいらなそうだ。

 ガヤガヤと移動が始まると、一郎太とエルが駆け付けた。

「キュー様!いこう!」

「うん!」

 紙を取り、ロッカーからバインダーを取り出す。

 三人で歩いていると、隣のクラスの子供達がエルを見てひそひそと何かを話していた。全一年生と全二年生合同授業のせいで、廊下には人が多い。

 エルは困ったように俯き、短い自分の耳を隠すように肩にかかる銀色の髪を少し引っ張った。

「エル、気にしちゃいけないよ」

「う、うん。ありがとう」

「それにしても何でジロジロ見てくんだろうな。――おい!エルに何か用か!失礼だろ!」

 一郎太が言うと、何かを話していた子達は慌てて頭を下げた。

「も、申し訳ありません!!」

「わかれば良いんだよ」

 一郎太は強気だ。一郎太と二郎丸は普段は優しいし、ナインズへの腰は低いが、彼らにだって賢王の子孫としての誇りが胸にある。それに、いつかミノタウロス王国を率いることになるかもしれないとも言われているので高邁な精神を持っている。

 一年生が外に出ると、二年生達はもう校庭にいた。

「じゃあ、皆好きにペアを組んでねー!一対一じゃなくても良いです!二年生は積極的に一年生に話しかけてあげてくださーい!」

 二年生が一年生の下へ寄ってくる中、ナインズは一郎太と真新しい練り消しの触り心地を確かめてのんきに笑っていた。

 一方エルは自分が二人のそばにいたら、気持ち悪がられて二年生がきてくれないんじゃないか少し心配になっていた。

 どんどん二年生が一年生達に声をかけていく中、エルを含む三人に近付いてくる子はいない。

 皆どこか遠巻きだ。

「……キュータ、一郎太。私は二人とは別行動をしようと思うんだけど」

「ん?どしたの?――っあ」

 ナインズはいじくっていた練り消しを落としてしまった。

「何?何で?一緒に描こうぜ」

 一郎太が練り消しを拾い、ナインズに渡しながらズケズケと誘う。

 エルが「嬉しいんだけど…私は……」と言葉を選んでいると――三人の下へ真っ直ぐ躊躇いなく歩いてくる女の子がいた。

 黄金の光を集めたような金色の髪、コバルトブルーに煌めく瞳。

 その目は一人を捉えて動かされることはなかった。

 落ちたせいで着いてしまった土を練り消しから払っているナインズはハッと顔を上げた。

「――この感じ」

 そして、二年生の少女とナインズ達が相対する。

 二年生達から「おぉ……」と声が上がり、二年の担任も息を飲んだ。

「ごきげんよう」

「あ、ク――」

はじめまして(・・・・・・)。私の名前はクラリス・ティエールと申します」

 それはラナー・ティエールとクライム・ティエールの娘だった。アインズとフラミーが結婚式を神都で挙げた時、臨月だったラナーから産まれた、ナインズの一歳年上の女の子。

 ナインズともアルメリアとも仲が良く、フラミーのお茶会にラナーが招かれるときには必ず着いてくる。アルメリアのお茶会おままごとにも、ナインズと一郎太、二郎丸の大好きな泥団子作りにも、どんな遊びにも笑顔で参加してくれる。

 クラリスはいつもと変わらず黄金のように笑った。

「お三方の事は、この私がご案内いたします。と言っても、私も実は今学期にエ・ランテルの一区小学校から転入してきたばかりですけれど。ですが、ご案内できるよう先週のうちに下調べを済ませておりますのでどうぞご安心くださいませ」

 そう恭しげに頭を下げ、ナインズは頷いた。

「うん、はじめまして(・・・・・・)。僕はキュータ・スズキ。よろしく」

はじめまーして(・・・・・・・)。オレは一郎太」

「あ、私はエルミナス・シャルパンティエです。ご一緒していただけて嬉しいです」

「キュータ様、一郎太様、エルミナス様。どうぞよろしくお願いいたします。さぁ、どちらに行きましょう。お荷物はお持ちいたしましょうか?」

 ナインズは即座に首を振った。

「いや、良いよ。エル、どこに行きたい?」

「うーん、よく分からないからなぁ。私は二人が行きたいところか、ティエール様が案内しやすい場所で構わないよ」

「じゃあ、クラリスが一番気に入ってる場所にしよう。一太も良い?」

「もっちろん!」

「ではこちらへどうぞ」

 エルへの視線が一層温度を上げる中、教師達が手を叩いた。

「――さ、さぁ!皆もスケッチに行きなさい!あんまり同じ場所に固まっちゃいけないよー!」

 それは殿下だと思われる少年(エルミナス)への気遣いだ。

 四人は校舎裏の池のそばに腰を下ろした。

「私はこちらが一番の気に入りでございます。池に空が映って、とても空が広く見えますでしょう!それに、エ・ランテルの美しい一号川を思い出します」

「綺麗なところだね。池なんかもあるんだぁ。僕もここ気に入ったよ」

「お気に召していただけて何よりでございます」

 四人はバインダーに改めて紙を挟み直し、図画用の鉛筆を握った。

「池とかは難しそうだから、オレは校舎を描くぞぉ!後ろならドアも少ないから多分描きやすい!」

「私はこの木にしようかな。神都は木が少ないから」

「じゃあ、僕は池にしよっかな。せっかく池に来たんだもん」

「では、私は空を描きます!」

 それぞれが絵を描き始めると、女子の集団が近くに座った。

 オリビアがナインズに手を振り、ナインズもオリビアに手を振りかえした。

「――キュータ様、あちらのお嬢さんは?」

 クラリスが微笑むと、ナインズは何故か背筋が薄ら寒くなった気がした。

「ん…オリビアって言って、僕の隣の席の子なんだ。いい子だよ」

「そうでございますか」

 その後、日陰でスケッチを進め、ナインズは割と納得のいく作品を描き上げた。

「うーん、リアちゃんに見せてあげたいなぁ!」

「リアちゃん?」

 エルが尋ね、ナインズは頷いた。

「僕の妹の名前だよ。リアちゃんって言うんだ」

「リアちゃんかぁ。可愛い名前だね」

「ふふ、何かリアちゃんのこと褒めてもらうと嬉しいなぁ」

 スケッチを終えた二人が談笑していると、一郎太はワシワシと頭を掻き、バインダーを放り出した。

「あぁー!オレには向いてない!」

「はは、一太の見せてよ」

「へーい」

 差し出された絵は線がヘニャヘニャだが、決して下手なわけではなかった。

「一太、上手に描けてるよ。苦手とは思えないくらい」

「……でも線がまっすぐかけてない」

「定規がなきゃ線なんてまっすぐ引けないよ。引けてたら定規はいらないでしょ」

「…それはそうですね」

 少し機嫌を直すと自らの描いた絵を眺めた。

「私にも見せておくれよ、一郎太」

「ん」

 エルは受け取ると、ぷ、とおかしそうに笑いをもらした。

「あ!今笑ったな!エル!」

「はは、ごめんよ。ただ、いつも大胆な一郎太が、絵を描くとこんなに線をへにょへにょにしちゃうなんて。はは。ははは、おかしいよ!はははは!君は意外に繊細なんだね!」

「う、うるさーい!キュー様は上手に描けてるって言って下さったんだから良いんだよ!エルこそ見せてみろ!」

 エルは自信ありげに絵を見せた。

「どうだい?私は結構自信があるんだ」

 エルの絵は木を真下から見上げたものだった。枝が空に向かって伸び、たくさんの葉が丁寧に描き込まれている。

「うわ、うまいなぁ。エルは絵の才能があったのか…」

「ありがとう。最古の森には木しかないからね。実は結構木は描いてたんだ」

「ちぇ。下手くそだったら笑おうと思ったのにさ。ねぇ、キュー様」

「ん?ふふ。そうだね。クラリスはどう?」

 クラリスも自信満々にバインダーを返して絵を見せた。

「如何でしょう。空でしたら、どこにいたとしても同じものを見られます。毎日目にするものほど上手く描けるはずですわ」

 クラリスの作品には雲がいくつも描かれ、鳥も描き込まれている。

「わぁ、クラリスもうまいね!とっても綺麗だよ」

「恐れ入ります。キュータ様はどのような?」

 ナインズは少し躊躇ってから絵を見せた。

「僕も自信あったけど、エルとクラリスほどはうまくないや」

「まぁ、そんなことはございません!黒一色で水をここまで表現されて素晴らしいですわ。ちゃんと水面に映る木まで描かれていますし!」

「はは、ありがと。そう言って貰えると嬉しいな」

「キュー様はずっと絵がお上手だからなぁ」

「うん、キュータもすごくうまいね!」

 おしゃべりしていると、「集合ー!」と言う声がした。

「おしまいみたい。あっという間だったね」

「楽しかったですね!行きましょう!」

「全部こんな授業だと良いのにね」

「では、校庭までお送りいたします」

 四人は軽く尻を叩いて草を落とすと校舎に沿うように歩き出した。

 ナインズはここは第六階層みたいで良いなと池を気に入った。

 もう一度振り返る。

 すると、木陰で一人で寝ている女の子がいた。

「――ごめん、僕ちょっと」

「いかがなさいましたか?」

「あの子のこと起こしてからいくよ!すぐに追いつくから!」

 そう言い残して眠る女の子の下へ駆けた。

「――お待ちいたしましょう」

 クラリスが言うと、一郎太とエルも賛成した。

「ときに、エルミナス様。エルミナス様は最古の森からいらしたのですか?先ほど、最古の森のことを話してらっしゃいましたが」

「あ……はい。……私は最古の森出身なんです。でも、その事は秘密にしていただけると嬉しいです」

 クラリスは、エルにキャアキャア言いながら校庭に戻っていく生徒達をチラリと見ると頷いた。

「――なるほど。そう言う事ですわね。ふふ、流石ですわ」

「流石?」

「いえ、こちらの話です。私はエルミナス様のご出身やご事情は決して口外いたしません。エルミナス様も、なるべくその事実はお伏せいただきますよう」

「はい。そのつもりでいます」

 エルは複雑そうな顔で笑い、耳を隠すように軽く髪を撫で付けた。

 クラリスは駆けて行くナインズの背をうっとりと見つめた。

(決して似てはいないけれど、ナインズ様を知らない者からすればこの男は使える。ナインズ様、流石でございます)

 馬鹿ばかりの世の中だが、愛らしい父と母、それからナザリックの神々と守護神などの超常存在達、ナインズ、アルメリアは信じることができる。

 

 ナインズは女子の下に辿り着き、その肩をトン、と叩いているところだった。

 

「君、校庭に集合だって。起きて」

 そう言うと、女子はゆっくりと目を開けた。

「――……スズキ君。私、寝ていないわ。お水の音を聞いていたの」

「あれ?僕の名前知ってるの?」

 女子は頷くと手元のまん丸な眼鏡を掛けた。

 すると、ナインズはようやくその子が誰なのかわかった。

「あ、ロラン君の隣の席の」

「……そう。アナ=マリア・エメ・アンペール。よろしくね」

「よろしく。アンペールさん、ずっと一人でいたの?」

「……ううん。オリビアちゃん達と一緒に来たの。でも、レオネちゃんは賑やかだから。私は静かなのが好きだから少し離れさせてもらってただけ」

「そっか、邪魔してごめんね」

「……良いの。どうせもうおしまいだから」

 そう言っていると、まるで呼ばれたかのようにオリビアが二人の下へ駆けてきた。

「アナ=マリア!キュータ君!」

「オリビア。オリビアはアンペールさんとも友達だったんだね」

「えぇ、アナ=マリアは読書家でしょ!私の家の書店でいつも買い物してくれるのよ」

 アナ=マリアが立ち上がり、三人はナインズを待つクラリス達の下へ向かった。

「なるほどね。そう言えばオリビアの家は書店だって言ってたね」

「そうなの!覚えててくれたのね!」

「うん。仲良しのお父さんとお母さんがやってるの?」

「大正解!本の装幀屋さんも隣にあるから、キュータ君の教科書がボロボロになっちゃったら案内してあげるね」

「はは、ありがとう。あんまり神都の事に詳しくないから嬉しいよ」

「ほんとに?ふふ、装幀屋さんはすごいのよ。地の小人精霊(ノーム)がいて、すっごく素敵な革押し用の型を彫ってるの!お店の入り口の横におっきな窓があって、地の小人精霊(ノーム)が作業してるところが見えるのよ!」

「へぇー!見てみたいなぁ」

「え!じゃあ、今日一緒に帰りましょうよ」

 などと話していると、合流して一緒に歩き始めていたクラリスが一郎太を軽く小突いた。

「っつ、な、なんだよ。クラリス」

「一郎太様はキュータ様のお付きでいらっしゃるんですよね?寄り道してもよろしいの?」

「キュー様、行きたいんですよね?」

「ん?うん、面白そうだからね」

「じゃ、お供します。」

「良かった。エル、エルも一緒にどう?」

「ありがとう。私もご一緒させてもらうよ」

 どんどんメンバーが増えていく。クラリスもお供すると言いたかったが、二年生は今日は六限まであり、一年生は五限でおわってしまうので無理そうだ。

「……ねぇ、オリビアちゃん。私も一緒に行っても良い?」

「良いよ、アナ=マリアも行こうね。アナ=マリアは地の小人精霊(ノーム)の仕事見るのも大好きだものね」

「……うん。本ができていくのを見ると、それだけでワクワクするの。この世にお話がまだひとつ生まれるんだって思って」

 ナインズはそれはなんて素敵な考えなんだろうと感心した。

「アンペールさんと一緒にいたら、きっとどんな所でもお話みたいに素敵になっちゃうんだろうな」

「……どうして?そんなこと言われたの初めて」

「綺麗な心で世の中を見てる感じがしたから。それだけだよ」

 ナインズが笑うと、アナ=マリアはふわふわした茶髪を軽く指に絡めた。

「……スズキ君…ううん、キュータ君ほどじゃないよ」

「ん、はは。アナ=マリア」

 クラリスはナインズを何て男だと思った。

(ナインズ様……。あなたと言うお方は……!)

 いつもクラリスをとびきりのレディとして扱ってくれるので、特別に良くしてくれているのかと思っていたが、この様子だとクラリスの事も周りの有象無象の女共と変わらないように思っているだろう。

 クラリスから負のオーラが出ると、一郎太は軽くクラリスから離れた。




ナインズ君も勘違いスキル高いなぁ!
次回Lesson#4 殿下と魔法
明後日15日です!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。