眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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Lesson#4 殿下と魔法

「では、一度杖を机に置いて」

 バイス先生の言う通りに生徒たちは杖を置いた。魔法が使えるようになると浮き足立つ子供達は杖に夢中だ。

 

「位階魔法は神との接続が必要不可欠だと言う事は、皆さん知っていますね。何故神との接続が必要かと言いますと、陛下方のお力の一端に触れさせていただき、お力をお借りする。それが位階魔法だからです。魔法は神に許しを得て初めて使えるんですよ!」

 ナインズはここで神と呼ばれているのは父と母ではなさそうだと思った。

 別の神々でなければ、まだナインズが位階魔法を使えない理由がわからない。

 父は超位魔法を使えるだけの魔法詠唱者(マジックキャスター)になれとよく言っているのだから、力を与えてくれないはずがない。

 神はたくさんいるのだと思った。

 

「この中で既に位階魔法を覚えている子はいるかな?」

 その問いに手を挙げたのはたった一人だ。

「――はい」

 少し遠慮がちに挙げられた手は注目されたくないと言う意思がよく伝わってきた。

「エルミナス・シャルパンティエ君、さすがです。皆拍手」

 パチパチと教室に拍手が響き、エルは少し安心したような顔をしてから手を下ろした。

「エルミナス君には少し退屈かもしれないけれど、今日は神との接続と生活魔法についてお話していきますね。では、魔法学の教科書の、一ページ目を開いて。目次が出てきたかな?」

 分厚い教科書を開くと、最初はページナンバリングがされていない扉ページだ。

 国旗にもなっているアインズ・ウール・ゴウンの紋章が大きく印刷されている。

 それをめくると一ページ目の目次となる。

 ひとつのページに書かれている項目は上から

 ――位階魔法とは

 ――神との接続

 ――神々の支配域

 ――位階と力

 ――生活

 ――風の位階魔法

 ――火の位階魔法

 ――水の位階魔法

 ――土の位階魔法

 ――光の位階魔法

 ――闇の位階魔法

 ――人智の領域

 以上だ。次のページにもさらに色々な項目がある。

 まだ字をほとんど読めない子供も多くいるが、書けるかは置いておいて、ナインズは一先ず読む事はできた。

 ナザリックで使う字とは全く違う文字だ。

「それの、上からニつ目。八ページを開いて下さい」

 バラバラとページをめぐる音が響く。

「後、先週伝えたように宗学の教科書も皆持っているね?宗学の教科書は五ページを開いて」

 分厚い本を二つ開いておくにはページをギュッと折るのか、筆箱を載せておくかの二択だが、ほとんどの生徒は筆箱を載せて紙が痛まないように大切に扱った。

 ナインズは上から下まで丁寧に折れ目を入れた。

「この二つの教科書は書かれていることが一部酷似しています。魔法と宗学は常に密接に関わっているので、今後も魔法の授業の時には必ず宗学の教科書を持ってくるように」

 良いお返事が響く。

「では、まずは簡単に神との接続と魔法について話すね」と言うバイスの言葉とともに、子供達はノートを開いた。「神との接続は、魔法を練習する中で行えます。特別な儀式は必要ありません。一度神との接続ができれば、その後は魔力が許す限り魔法を使えます。ただ、使える種類や位階はその人の力量や学んできたことによるので注意が必要です。そんな中、神々は何百もの魔法を駆使し、世界を創造したと言われています。皆も聞いたことがあるかな?」

 あるー!と言う返事にバイスは微笑んだ。

「うん、うん。私達の使う魔法とは、神の力の一端を使わせてもらうことに他なりません。何もないところから物やエネルギーを生み出せる理由は、世界創造を行った神々から力を拝借しているためですね。――では早速簡単なゼロ位階と呼ばれる生活魔法を皆に見せましょう!」

 バイスは一番目の前の席の山小人(ドワーフ)と女の子の間に皿を差し出した。机は横四列なので、二人の間には通路がある。

「触ってみて。どう?冷たい?」

「――冷たいのぅ!」

「冷たいです!」

「じゃあ、キュヴィエ君とベルナールさんも触ってみて。冷たい?」

 二列目の男の子達と、そのすぐ横で身を乗り出していたイシューが触れる。

「冷たいね!」

「常温だね」

「そうでしょう。じゃあ、お皿を返してね」

 皿が返却される。

「今から行うのはこのお皿を温める生活魔法です。触らないと分からない地味な魔法ですが、料理を温め直すことができるのと、冬に冷たくなった湯たんぽをもう一度温められます。寒いと嫌でしょ?」

 そこで生徒達から軽く笑い声が上がる。

 ナインズは湯たんぽとはどんなものだろうと思った。

「それじゃあ、実際にやってみます」

 バイス先生は生徒達とお揃いの、少し古くなり始めた短杖(ワンド)を握ると、杖で数度皿をカンカンと叩いた。

「魔法にはイメージが必要不可欠だって言われてる事を皆忘れないでね。創造と想像は常に密接なんだ。このお皿を温めるんだぞと、しっかりイメージをして――<温加(アドウォームス)>!」

 何の変化もないが、先生は皿を前に座っている子達にもう一度差し出した。

「どうかな?」

「あ、温かいのぅ!」

「ちょっと熱いくらい!」

「じゃあ、皆に回して触らせてあげてね」

 皿は教室中を回ったが、ナインズの下へ届く頃には割と冷めていた。だが、ほのかに温かかった。

「はい。と、言うのが非常に覚えやすく、今後様々な魔法に感覚を応用できる生活魔法です。例えば、第二位階の生活魔法にある<温度変化(テンパラチャー・チェンジ)>は水温や室温を変えることができ、この<温加(アドウォームス)>との使用感は酷似しています。他の魔法との併用もしやすく、第一位階の生活魔法の<水創造(クリエイト・ウォーター)>が使えるようになれば、いつでも温かい水を飲めるようになりますね。六年生にもなると、家から茶葉を持って来て休み時間に紅茶を淹れている子もいますよ」

 それはすごく素敵なことではないだろうか。

 ナインズは何としてもそれを覚えたかった。

「他にも、熱を加えると言う意識は第一位階の<乾燥(ドライ)>の魔法に使えます。これはドライフルーツを作る時に用いられますが、よく似た魔法に<水破壊(ディストラクション・ウォーター)>と言うものもあります。高級な飲食店でお皿に残った水を消すのに使われますね。違いは水を操るのか、火を操るのかというところです。ちなみに水は光神陛下、火は神王陛下の領域です」

 先生が黒板に字を書き始めると、子供達は再びペンを取り、精一杯の覚えている文字でノートに書き写した。

 うまく書けなくても、黒板と同じように書ければ今後字を覚えた時に読めるに違いない。

 ナインズはノートの真ん中に縦線を入れ、左側にナザリック文字で先生が話すことを大まかにメモをすると、右側に共通文字の板書を写した。

 綺麗なノートとは言えないが、贅沢は言っていられない。位階魔法を覚えてアルメリアに教えてあげる約束もしている。

「――さて、<乾燥(ドライ)>は掛けた後に温かさが残りますが、<水破壊(ディストラクション・ウォーター)>は純粋に水という成分を消す魔法なのでひやりと冷たい感触になります。どちらも人に向けて使ったりしてはいけない事は同じですが、特に<水破壊(ディストラクション・ウォーター)>を人に向けて使うと、皮膚の一部が脱水状態になり痛みを感じます。水精霊にはかなりの痛みが走るので、魔法を使う時には、周りの人に誤ってかけたりしないように注意が必要です。あまりにも近くに人がいる時には"魔法を使います"と一言断りを入れるのが一番良いでしょう」

 

 先生はそこで生徒達の書き取りが終わるのを待った。

 

「さて、神との接続ですが、接続感は人によって様々です。すぐお隣に陛下方の気配を感じるという人もいますし、陛下方の広い御心に触れたと感じる人もいますし、世界や大地といった身近なものの助けを借りて陛下方の力の一端が染み出して来たと感じる人もいます。初めてそれが叶った時には言い知れぬ全能感を覚えたものです。ちなみに先生は陛下方の気配をすぐ後ろに感じます」

 ナインズは後ろを振り返る。自分の後ろには何の気配もない。

(う〜ん、魔法の神様達は僕に気付いてるかな)

 後ろの席に座る男の子が手を振る。

「あ、はは」

 ナインズは手を振りかえしてすぐに前を向いた。

「エルミナス君は魔法を使う時に力の根源をどう感じるかな?」

 エルは少し考えてから口を開いた。

「――森に降り注ぐ雨のようです。包み込まれる感じ。ですが、初めて使えた時には恐ろしく感じました。多く降り過ぎれば雨も凶器になると悟ったのです」

 おぉ…と生徒が声を上げ、先生は満足げに数度頷いた。

「素晴らしい感覚です。さすがと言わざるを得ません。魔法は怖いものです。ですが、世界を潤し人々が文化的な生活を送るためには必要不可欠な技術ですね。――さて、では皆に紙を配ります」

 黄ばんでゴワゴワした紙が配られる。

 チョッキーが振り返り、先生に渡された紙を送ってくれる。チョッキーの鼻は細かくもひもひと動いていて、見ているだけで癒される。

 だが、オリビアはキングも触った紙は嫌そうだった。

(――差別の種だ)

 ナインズは紙を二枚取り、一枚をオリビアに渡してさらに後ろに送った。

 苦手なものを好きになるのは難しい。せめて我慢できれば良いのだが、そういう事を考えるのはアルメリアの方が得意な気がした。

 何も良いアドバイスが思い浮かばない。

「――では、それをくしゃくしゃに丸めて下さい。ボール状にしてね」

 ナインズはすぐにくしゃくしゃに丸めたが、オリビアは紙をつまむようにするとゾワリと産毛を逆立てた。

「――オリビア、僕が丸めたのを使って良いよ」

 オリビアの前に紙団子を置くと、オリビアは小さな声で「ありがとう…」と言った。

「…だけど、これは君が手を紙で切らないためにする事だからね」

「う、うん。本当にありがとう」

 決してキングを気持ち悪いと思うことに共感しているわけではないことを伝えるのが精一杯だった。

 ナインズは急いでもう一枚を団子にした。

「では、お待ちかね!皆、まずはそのボールを手に持って、温度をよく感じてみてね!」

 ギュッと握りしめる。オリビアも流石に一度ナインズが隈なく触った紙を気持ち悪がりはしなかった。

(いつかキングが気付いた時に可哀想だなぁ…)

 ナインズは少し意識が逸れていた。

「それを温かくだよ!杖を持って、ここを温めるんだと意識を集中して紙を叩いて!」

 紙団子をポンポン皆が叩く。

 ナインズも心ここに在らずの様子でそれを行なった。

「自分のそばに陛下方がいらっしゃる事を信じて――<温加(アドウォームス)>!」

「「「「<温加(アドウォームス)>!!」」」」

 教室中で詠唱が行われる。

 直後にすぐさま皆が残念そうな声を上げた。

「だめだぁ〜」「できた?」「冷たいまま」「ちょっと温かくなった気がする」「それ、自分の体温だよ」

 騒つく教室に、一郎太の声が大きく響いた。

「わぁーエルすげぇなぁ!アチアチじゃん!」

「<温加(アドウォームス)>は初めてだったから心配だったんだけどね。何とかできたみたい」

 ナインズは冷たいままの紙を握ると、ため息を吐いた。

 アインズに魔法を教えられる時もそうだ。

 

+

 

 筋骨隆々な、人間とドラゴンを融合させたような者――ドラゴンの近縁(ドラゴン・キン)達が闘技場の中に人間サイズの藁人形を突き刺していく。

 客席には守護者達と、フラミーとアルメリアもいる。

「そんじゃあ九太、<魔法の矢(マジック・アロー)>を覚えてみような。まずは見せてやろう」

 アインズは金色の杖を手に、藁人形を示した。

「<魔法の矢(マジック・アロー)>」

 軽く唱えられた呪文に呼応するように十個もの光弾が放たれた。

 矢は藁人形の首、胸、顔、腹、四肢、足の腱を断つように突き刺さった。

「と、こんな感じだ。大した事はない。ぶぁッと来てダダダダダンだ。やってみなさい」

 ナインズはフラミーに渡されているタツノオトシゴの白い杖を手に頷いた。

「はい!ぶぁッと来てダダダダダン!」

 客席からナインズ様ー!とシャルティアが応援する声がし、ちらりと守護者達を伺った。

 全員が期待に満ちた瞳をしていて、その期待に応えられるだろうかと言う不安とプレッシャーが黒雲のようにもくもくと広がった。

「や、やるぞぉ……。マ、<魔法の矢(マジック・アロー)>!」

 しかし、何も起こらない。

 どうしたら良いかと父を仰ぎ見る。

「こう、自分の中にあるだろ?魔力が。そこから力を選択するんだ。グッと来てシュンッてな。これを使うんだってよく意識してやってみなさい」

 ナインズはもう一度頷き、杖を向ける。

「<魔法の矢(マジック・アロー)>!!」

 しかし、やはり何も起こらなかった。少し投げやりな気持ちになる。

「えーい!これでどうだ!トゲよ出ろ!!」

 杖でガリガリと地面にX(ソーン)を描き、さっと円で括るとそれを叩いた。

 地面からはアインズの生んだ光とは全く違う光がドンっと音を立てて飛び出し、一気に藁人形に飛んだ。

 藁人形の首は折れ、ゴトリと音を立てて落ちた。

 守護者達は「おぉー」と拍手をしてくれているが、アインズは首を左右に振った。

「ナインズ、ルーンは確かに魔力消費も少なくて便利かもしれない。<魔力の真髄(マナ・エッセンス)>でお前の魔力を見ていたが、その消費は限りなくゼロに近かった。だが、それはルーンを書き込まなくては魔法を放てないという弱点との引き換えの利点だ。何かがあった時、必ず地面にルーンを書ける状況だとは限らない。床が舗装されてたらそこでおしまいだ。わかるな」

「……はぁい」

「それに、ルーン文字は組み合わせる事で新しい力を持てるようだが、魔法の数に限りがある。位階魔法はごまんと種類があるんだ」

「うん……」

「じゃあ、今度は――<魔力増幅(マジックブースト)>。これでやってみなさい」

 ナインズの中の力が大きくなったのを感じた。これならできるかもしれない。

「<魔法の矢(マジック・アロー)>!」

 もう一度真面目にやるが、矢は出なかった。

「……お父さま、僕は位階魔法使えないの?」

「そんな事はない。お前が使えるようになるための何かが足りないんだろうな。恐らくだが、お前は赤ん坊の頃からルーンを使いすぎるから魔法の感覚がルーンに寄り過ぎてるんだろう。ティーダも魔法には感覚とイメージが大切だと言っていたからな」

「感覚とイメージ…」

「そうだ。お前は無意識のうちに魔法は文字から生まれると思っていないか?そうではなく、自分の内にある力を使うんだ。――多分」

 ナインズはムゥ…とフラミーの杖を見下ろした。

「……お父さまの杖ならできるかも」

「ふぅむ…。フラミーさんのその杖は、フラミーさんと私やウルベルトさん、ペロさん、タブラさん、ぷにっとさん、武人建御雷さんと共に苦労して集めた素材で作った。鍛えるのに使った魔法も並のものじゃない。私を大きく超える魔法詠唱者(マジックキャスター)達がこぞって力を注いだんだ。このレプリカの杖なんぞより余程強い力を持つ」

「レプリカじゃないのなら?」

「そりゃあギルドスタッフの方が強力だが、あれは父ちゃんにしか使えないだろ」

「……僕に使えるもっと強いのないの?」

「まぁ…あるにはあるが……」

 そう言ってアインズが取り出したのは漆黒の杖だった。捻くれ、禍々しい気配を放つ。頂点に赤い宝石が付いていて、それは骨のアインズの腹の中で輝く至宝にどこか似ていた。

「昔、ギルドスタッフがまだ円卓の間に置かれていて、私でもおいそれと触ることができなかった頃。私が自分のために作って使っていた杖だ。これはフラミーさんの杖より強大な力を持つが、持てる種族に制限がある。お前なら多分使えるだろうが、フラミーさんのように光の属性を持つ種族を取得している者には使うことができない」

「お母さまのどの種族がいけないの?」

「天使の種族は転職して他の種族になったとしても光の属性は失えないという制限があるんだ。逆に私も使えない物がある。まぁ、お前は天使属は取っていないから多分使えるだろう。神の子だかなんだか知らんが、神には死神もいるし、リアルで最も戦争の種になっていたのは神なんだからな」

 ナインズは天使から神になっても使えないものがあるなんて、思ったより神様というのは融通が効かないんだなと思った。

 タツノオトシゴスタッフと引き換えに闇の杖を受け取ると、何か心がざわめくようだった。

 初めて感じる衝動。

 それは――

「……これがあれば命を奪えるんだ……」

 呟くと同時に杖はアインズに取り上げられた。

 ナインズの口をついた言葉は自分が想像していたものとはまるで違い、一瞬驚き瞬いた。

「――悪かった。お前にこれは難しいようだ。今ナザリックにある最強の杖は、霊廟に安置されているものを除けばフラミーさんのそれだ」

 ナインズの手に再びタツノオトシゴスタッフが返されると、ナインズはムッと頬を膨らませた。

「これじゃできないのにぃ」

「できるようになりなさい。さぁ、いつもの先生交代だ。シャルティア!!」

 客席からシャルティアが軽やかに飛び降りて来る。魔法の力を使って音もなく着地すると、スカートを両手で持ち、恭しく頭を下げた。

「シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に」

「うむ。やはりナインズには私から教えても少し難しいらしい。悪いが、気長に付き合ってやってもらえないか」

 これはシャルティアが自分の教え方が悪いからナインズが魔法を使えるようにならないと言う嘆きから開かれた会だった。

 しょっちゅうBARナザリックに行っては飲んだくれて自分の無力を嘆いていた。

「そう…でありんすか。では、ナインズ様。このシャルティア・ブラッドフォールンが再び魔法の使い方をお教えいたしんす――」

 

+

 

「キュータ君、キュータ君」

 ナインズは思考に没頭していたことに気付くとはっと顔を上げた。

「魔法、使えた?」

 自分の手の中にある丸めた紙に、オリビアがそっと触れる。

「あ、ううん。だめみたい。僕って、本当にあのお父さまとお母さまの子供なのかな」

 泣き言だった。

「大丈夫よ。まだ授業は一回目なんだから、卒業する頃にはきっと使えるようになるわ。お家が魔法道具屋さんだから、お母さま達も簡単に魔法を使ってて焦るのよね。うちのお母さま達は魔法なんてちょっとも使えないわ。だから…私は魔法を使えるようにならないかも知れないけど、キュータ君はきっと才能があると思う」

「ありがとう、オリビア。そうだと良いな…。」

「ううん、一緒に頑張ろうね」

 その日の授業で、ナインズは魔法を使えるようにはならなかった。

 授業が終わり、昼時になるとオリビアは今朝買ったパンと果物を取り出し、嬉しそうにしていた。

 ナインズはレオネに声をかけた。

「レオネ、ご飯に行こ」

「そうですわね!でも、ご覧になって。エル様が…」

 もう一つ通路を挟んだ向こうに座るエルと一郎太の周りには人集りができていた。

「はは、魔法使えるから質問攻めだね」

「キュータさん、エル様のこと助けて差しあげて」

「うん。レオネはちょっと待ってて」

 ナインズは人集りを掻き分け、一郎太とエルが座ってる所にたどり着いた。

「エ、エル。一太。ご飯食べに行こう」

「あ、キュー様。いきましょう!お待たせしてすみません」

「いいよ。エルも行こ」

「うん。私も行く。皆、悪いんだけど続きは後で――」とエルが話を切り上げようとすると、ナインズがドンっと押された。わざとではないだろう。力が掛かった方にいる子供は皆ナインズに背を向けていたのだから。

「っわ!」

 よろけるナインズを周りの子供が避け、ナインズが尻餅をついた。

「貴様ら――」と、どこからかとても低い声が響く。

 それとほとんど同時に一郎太が立ち上がった。

「おい!!誰だ!!不敬だろう!!」

「い、いたた」

「キュー様!」

 他の子供を押し退け一郎太はナインズに手を伸ばした。

「皆がエル様とお話したいのに、スズキが独り占めしようとするからいけないのさ。いい気味だよ」

 誰かが言う。一郎太はすぐに振り返り、誰がそんなことを言ったのか犯人を見つけようとしたが、クラスのほとんどの子供が集まっている中でそれは叶わなかった。

「今言ったやつ、覚えてろ。オレはその声を忘れないからな。――キュー様、大丈夫ですか?」

「い、一太。はは、大丈夫。僕が悪いんだよ。はは……はは」

 ナインズは言いながら何故かとても複雑な気分になってしまった。

 魔法を使えない不甲斐なさや、オリビアからキングへの蔑視を止められない情けなさ、両親とコキュートスやシャルティア以外に初めて転ばされた悔しさ。

「う……」

 ナインズは唇を噛み締めると手を握りしめた。

「キ、キュー様。大丈夫ですか?キュータ様」

「いちた……ぼく……ぅ……」

 ナインズの目からぽつりと一つ涙が落ちると、あー泣かせたーと野次が飛ぶ。

「うるさいな!キュー様行こう」

 一郎太は子供の頃のようにナインズをおぶると、エルに軽く目配せをして教室を出た。

 エルとレオネも後を追い、オリビアとイシューも食べようとしていたパンを置いて追った。

「い、一太。どこ行くの?」

「大神殿です!怪我してたら大変ですから、治癒に行かないと」

「大丈夫だよ。そんな、大袈裟だよ。下ろして。一太」

 ずんずん歩いていた一郎太は次第に速度を緩め、立ち止まるとナインズを降ろした。

「ナイ様、本当に平気?」

「平気。僕、色々考えすぎちゃうタチだから」

「でも……」

 ナインズは首を左右に振った。

 そこにエルと皆が追いついた。

「キュータ、大丈夫かい?痛かったね」

「あ、エル。大丈夫。ごめんね。びっくりさせて」

「私は平気だよ。治癒室に行くかい?」

「ううん。どこも怪我してないから」

「キュータ君、大丈夫?」オリビアも心配そうに髪を撫でてくれた。

「うん。ありがとう。オリビアは優しいね」

「…キュータ君が辛そうだったから」

 一緒に後を追ってきたレオネは特大のため息をついた。

「失礼しちゃいますわ。もしあんな方法でエル様と話せたとして、嬉しいのかしら」

 イシューも大きく頷いた。

「いくらなんでもやり過ぎだな。エル様に魔法のこと教えて欲しい気持ちは分かるけど。誰がやったんだ?」

「あんな真似されたらエル様だって教える気をなくしますわ。ねぇ、エル様」

「本当だね。キュータ、気を取り直してご飯に行こう」

「うん。ありがとう」

 食堂の方へ向かおうとすると、オリビアとイシューは足を止めた。

「あ…私たちパン置いてきちゃった」

「あ、そっか。あたしたちは教室で食べるね。皆、また後で!」

 ナインズは二人に手を振り、一郎太、エル、レオネと学食へ向かった。

 今日のお昼はキノコのキッシュ、オニオンスープ、キャロットラペ、ひよこ豆のフムス、サラダと魚のフライだ。それから、エイヴァーシャー市で作られているオレンジジュース。

 学食のおばちゃんからお盆を受け取り、四人はなんとか固まっていられる席を見つけて座った。学年ごとに座る場所がきちんと決められているので場所を選ばなければ席が足りないと言うことはない。

 とても長い机が何本も置かれていて、ナインズのすぐ後ろは二年生達の席だ。

「キュー様、あんま元気の出ないご飯だけど食べましょう!」

 ナザリックの食事に比べて外の食事は味気ない。

「うん!僕もう本当に大丈夫だよ。ありがとう」

 と、話していると「キュータ様、キュータ様」と声をかけられた。

「――あ、クラリス」

「キュータ様、何かありましたの?」

 クラリスはナインズの後ろで同年代の女の子達とテーブルを囲もうとしていたところだった。

「クラリス、聞けよ。キュー様のこと突き飛ばしたやつがいるんだぜ」

「………まぁ。その方、お名前は?」

「分からないんだ。沢山いたから。でも、多分ぶつかった子もわざとじゃなかったんだ」

 ナインズが困ったように笑うとクラリスは一瞬表情が見えなくなった。

「………そうでしたのね。キュータ様、どうぞお気をつけあそばされてください」

「うん。心配かけて悪いね」

「とんでもございません」

 後ろに向けて捻っていた体を正面に戻すと、レオネが「どなたです?」とエルに尋ねた。

「クラリス・ティエール様だよ。スケッチの時、私たちの事を案内してくださったんだ」

「ティエール…?ティエールって、ザイトルクワエ州の?」

 エルはティエールの名前と州の名前を合わせて聞いて、初めてその娘の出自を意識した。

「――あ、黄金の知事、ラナー様の…?」

 レオネはエルに憧れるような視線を送った。

「さすがですわ。エル様」

「え?何がだい?」

「いえ!」

 四人は食事を済ませると、クラリスと別れ、少しだけ重い足取りで教室に戻って行った。

 教室に戻ると、教室の中を気まずい空気が漂っていた。

 すると、三人の男の子が駆け寄った。

「エル様、スズキ。さっきはごめん」

「お前がキュー様突き飛ばしたのか」

 一郎太が睨みつけると、ナインズは首を振った。

「違うよ、一太。この子は僕の近くにいなかったもん」

 一人の少年は赤に近いオレンジ色の髪をしていて、何となく赤毛の一郎太みたいな毛だと思っていたので印象深かった。

「――皆気にしないで。僕もちょっと過剰だったし、エルと皆が話したい気持ちを考えてなかった。ごめんね」

 互いに握手を交わすと、赤毛の男の子が自己紹介した。

「俺はリュカ・ド・オスマン。リュカで良いよ」

「僕はオーレリアン・クレソ・キュヴィエ。オーレって呼んで」

「僕はトマ。トーマ・バイ・ニコレ!」

 オーレはよく日焼けした肌をしていて、トマは坊ちゃん刈りだった。

「リュカ、オーレ、トマ。僕もキュータで良いよ。よろしくね」

 三人は続いてエルとも恐る恐る握手をした。一郎太はプイッと顔を背けたままだった。

「…一太。一太も」

 一郎太は一度ケッと声を上げてから手を伸ばした。

「ん。よろしく。オレは一郎太だよ。キュー様が許したから特別に許してやるよ」

 嫌そうながらきちんと三人と握手をした。

「じゃあ、次の授業があるから」

 ナインズはそういうとロッカーに行って、今日最後の算盤の授業のために教科書と算盤を出した。

 すぐ隣にリュカが来る。

「な、キュータ。気を付けた方がいいよ」

「何を?」

「お前、エル様と仲良いだろ。キュータ・スズキはうまく取り入ったって、変に有名になってるぜ」

「取り入ったって?」

「キュータは呑気だなぁ」

 ナインズが首を傾げるとリュカは顎をしゃくった。

 その先にはナインズを睨むようにしている男の子が二人いた。

「俺達は神都の出身だけど、キュータみたいに遠くから神都第一小に来てる奴らの中にはすごく必死なのがいるんだよ。お前は呑気だけどさ。エル様はキュータと一郎太とばっかりいるだろ。気に入られてて羨ましい奴はたくさんいる」

 エルは魔法も使えるからなぁとナインズは思った。ナインズだって魔法をいち早く覚えたいのだから、魔法を使える子とずっと一緒にいる子がいれば羨ましくなってしまうのも頷ける。

「分かった。エルがどう思ってるかは僕達には分からないけど、皆がエルと話せるように気を付けるね」

「そうした方がいいぜ。一郎太――と言うか、ミノタウロスを怖く思ってる奴もいるんだ」

「……一太を?なんで?」

「そりゃ、ミノタウロスの王国って言えば神聖魔導国じゃないだろ。人間食べるしさ」

「……一太は人なんか食べない。そんな偏見、僕は許さないぞ」

 ナインズは自分を睨んでいた男の子を睨み返した。

 一郎太を悪く思う奴も、悪く言う奴も許したくなかった。

「キュータは一郎太と仲が良いんだな。俺も一郎太を怖がる奴にはそう言うよ。今回のごめんの気持ちとして。一郎太は俺のことまだ嫌いそうだし」

「リュカ、ありがとう。僕はあんまり……色々な事を分かってないから、頼りになるよ」

「ミノタウロスがいるようなすんごい田舎から出てきたんだろ?仕方ないよ。じゃ、一応伝えたぜ?」

 リュカはナインズの背をぽんぽん、と叩いて自分の席に戻って行った。

(思ったより皆色々考えてるんだなぁ)

 席に着くと、オリビアがナインズの丸めた紙に呪文を唱えていた。

「――あ、キュータ君おかえり」

「ただいま」

「皆結構しおらしくなったでしょ!」

「はは、そうだね。謝りにきてくれた子もいたよ」

「私、皆にあの後言ったの。陛下は皆へ敬意を払って過ごせって仰ったのに、あんまりよって」

「あ、オリビアのお陰だったんだ。ありがとね。君は本当に勇気がある女の子だなぁ」

「ふふ、良いの!さ、先生が来るまでキュータ君もやりましょ!」

 丸められた紙を差し出されるとナインズは授業用の杖を取り出し、オリビアと一緒にぽんぽんと紙を叩いた。




一瞬ハンゾウがブチギレかけてましたね
危ないぜ!
そしてそう言えばまだミノタウロスの王国は王国としてあるんだなぁ〜と実感しました

次回Lesson#5 本と悪口
明後日17日です!
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