国王とガゼフはザナックとラナーの帰城をいくつもの驚きを以って迎えた。
つい今朝方までは襲撃すると言っていた筈のそれを、敵対しているはずの神聖魔導国の者が何の被害もなく連れ去ったこと。
いつの間にラナーやザナックと繋がりコンタクトを取っていたのかということ。
王都や王城にあれ程目立つ守護神という存在がどうやって誰にも知られずに入ったのかということ。
もはや何から突っ込めばいいか分からないランポッサⅢ世は考えるのをやめたくなった。
「全くお前達は……」
やれやれと国王が被りを振ると、ラナーは愛らしく微笑み、ザナックは満足気にうなずいた。
「使えるものを使い、この国を蝕む病を一つ取り除いたまででございます」
「入ってきてしまっていたからには仕方がない、と思うしかないか……」
ガゼフは後ろに控えるレエブン侯とクライム、ブレインへとやってくれたなといったような、信頼の瞳を向けたのだった。
久しぶりに和やかな空気が王の私室に流れる。
すると王の向かいのソファにザナックと並んで座っていたラナーが王へ身を乗り出した。
「ねえ、お父様!私、神聖魔導国がどんな所なんだか、見に行きたいんです!スレイン州の神都では光の神も闇の神も偶にそのお姿をお見せになるそうですよ!」
きっと素晴らしいんでしょうね、と正義の神がいるという国へのまっすぐな憧れからキラキラと瞳を輝かせていた。
ランポッサⅢ世は溜息をつくと、メイド達へ手を振り下がらせた。
「良いか、ラナーよ。王女たる者一歩国外へ出れば、お前の言葉はこの王国の言葉として扱われるのだ。普通の貴族の娘のように物見遊山とはいかない、わかるね?」
ラナーが悲しそうな顔をするのが国王も悲しい。
「どうか、今は我慢してくれないか?神聖魔導国とは今、戦争こそしていないがエ・ランテルを奪い合っているんだよ」
そんな……と呟くラナーの声は、まるで籠に囚われる小鳥のようだった。
「では……ではお父様、せめて、そのエ・ランテルを見に行くのは……ダメでしょうか……。遠くから一目……一目見るだけで良いんです……」
ザナックはラナーの様子に一度「おぇ」と舌を出してから加勢した。
「……んん、父上。あれからもうじき一月が経ってしまいますし、この辺りで王都と国王がエ・ランテルを見捨てていないという証明をされるのは如何でしょうか?今回神聖魔導国の守護神はザイトルクワエ州エ・ランテル市を守るために八本指を引き渡せと言っていましたし、エ・ランテルは実効支配を受けている只中です」
あの魔樹を神々はザイトルクワエと呼んでいたことを王は思い出した。
なんと禍々しい名前だろうか。
「王陛下。ラナー殿下が物資を持ってエ・ランテルに現れ、支援と激励を行い、少しでも神聖魔導国に取り込まれる事を市民が拒否するようにするべきです。瓦礫の街の今こそ、行かねばなりません」
口を挟んだレエブン侯は、今回の帝国との戦争では兵を王に貸し、王都の均衡を保つためザナックと共に城に残ってうまく立ち回った陰の立役者だ。
レエブン侯のお陰でまだ王は貴族派閥の貴族達に見限られてはいないのだ。
「未だ都市長のパナソレイから連絡がない事を思うと……恐らく相当苦しんでいることと思われます。綺麗な服と、食料品などを積んだ大々的な支援団をラナー殿下が引き連れていくというのは非常に絵になりますし、宜しいかもしれません」
その話を聞きながらクライムは首をかしげた。
以前、パナソレイ都市長閣下の手の者が手紙を持ってきていたと思ったが、別人からのものかと。
「それならば私が行くのが一番だと思うが……。――あぁ……」
言っておいてランポッサⅢ世は必ず横槍が入る事に思い至る。
この一ヶ月、王による支援は悉く邪魔立てが入り、エ・ランテルには未だ何もできていないのだ。エ・ランテルは王直轄領であり、王の力は削がれる一方だ。しかし、そんな事よりも王はあの地で苦しむ民を思い心を痛めてきた。
「そうです、陛下やザナック殿下が行こうとされては恐らく計画は頓挫します。ですが、ラナー殿下ならば……」
王位に繋がる二人が動くことは、長男であるバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフを次期王へと据えたい貴族派閥の者達が阻もうとするだろう。しかし、ラナーは王位の抗争とは関係が無かった。
ラナーが連れて行ける程度の小さな支援団であれば目溢しされる可能性も高い。
王はやる気に満ち溢れるラナーへ目をやった。
「……そうだな。ラナー、行ってくれるか。我らがエ・ランテルへ……」
「はい!私ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフが、陛下の分まで、苦しむ人々を救う事を誓います!」
真っ直ぐな様子にランポッサⅢ世はいい娘に育ってくれたと思う。優しく気高く、人を愛し、人に愛される王女だ。
しかし――その瞳の中に一瞬だけ、蠢く闇が見えたような気がした。
八本指襲撃から一週間と数日。
エ・ランテルを囲んでいた三重の城壁は、あと少しで全てがなくなるという勢いで撤去が進んでいた。
ラナーを一番外側の川の西の橋で迎えた都市長パナソレイは、自分の今の立場を気まずそうに告げたのだった。
「王陛下には……とても申し訳ないですが……。私たちも生きねばなりません。家族にも食事を取らせなければいけないのです……」
ラナーの警護についてきたアダマンタイト級冒険者<蒼の薔薇>は絶句していた。
「そうですか、パナソレイ都市長。仕方のない事です」
ラナーの返事は一見淡白だったが、責めるつもりは毛頭ないという雰囲気があり、パナソレイが目に見えて安心しているのがクライムにも、蒼の薔薇にもわかった。
すると、蒼の薔薇の
「皆!
「了解」
「まずは私から」
双子の忍者、ティアとティナがすかさずクナイを握ると、
「ま、待って下さい!!その方は違うんです!!」
パナソレイは慌てて
ガガーランは
「危ないぜぇ都市長さん。何、俺たちがさっさとやっつけてやるって!」
「煩い人間どもだ。全く。笑止」
周りの瓦礫撤去をしていた人々は何事かとその手を止め冒険者達の様子を見始めていた。
「成仏させてあげるわ。私は蒼の薔薇リーダー!私のこの――」
最後まで言う前に、後ろから大きな影がラキュースに落ちた。
「な……な……!なんだと!?」
イビルアイの叫びにラキュースは振り返る前にさっとその影から距離を取るように飛び退いた。
「貴様、まさか
「ギャーギャー煩い小娘達だ。OT八ノ一七四番、何でも無いとも。こいつらは私を倒せると思ってるらしいが、何。すぐに気付くさ。自分たちの愚かしさに」
OT八ノ一七四番と呼ばれたそれは頷くとすぐ近くにあった巨大な瓦礫を持ち上げた。
ラナーは防御の体勢に入った蒼の薔薇へ、恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……ラキュース……。皆さん……周りを……」
下を向くラナーに違和感を覚え、蒼の薔薇はサッと周りに視線を飛ばす。
――そこには様々なアンデッドと手を取り合い作業をしていた様子の人々が何事かとこちらを見ていた。
蒼の薔薇は
ガガーランの「お前のせいだぞ」と言う声が妙に大きく聞こえた。
周りを行き交うデスナイトやエルダーリッチはこの数日で途端に増えたものだった。
恐らく魔導国内で決められていた土地の買い取り率を達成したため工事スピードを上げるのだろうと人々は思った。
すでに一番外側の環状三号川と名付けられた円形川はエ・ランテルの巨大な三重壁の一番外側をすっぽりと囲み切り、巨大なその川は北に位置するカルネ市をも飲み込もうと工事が迫っていた。
「ではパナソレイ都市長、案内してください」
ラナーの言葉に深々と頭を下げてから馬車にパナソレイが乗る。
六台の馬車という大所帯で一行は移動し始めた。
作りかけの川の次に見えてきたニ本目の円形川――環状ニ号川の内側はもう町になり始めていた。
すると遠くから幽霊船が現れ、滑るように停留所に止まるのが見えた。
バタバタと可愛らしい双子が降りてくると、ラナーよりいくらか年下の、冒険者のような出で立ちの少女が続く。
「ウレイ!!クーデ!!走っちゃダメだって言ってるでしょ!!」
「姉様こそ早く来てー!」
「姉様、きっとあれよ!あの建物!ほら、光の神殿で頂いた紹介の案内図と一緒!!」
神聖魔導国の神官とは違う神官装束に身を包むおおらかそうな男が楽しげな声を上げた。
「ははは、よく見つけましたねクーデリカ!ウレイリカ!さぁ、行きますよ!」
続いて痩せ型の、これまた冒険者のような男とハーフエルフが降りてくる。
「ふーん、あれがチンタイのコンドミニアムね。見えてるなんて思ったよりも停留所から近いじゃない。さ、ヘッケラン!グズグズしない!」
「待てよ、イミーナ!自分の分ぐらい自分で持てよ!」
慌ただしく船を降りた一行は三階建ての、コの字型をしている建物に向かってズンズン進んでいった。
新生活を始める移住者のようだ。
白いその建物の全ての窓辺には、誰が管理しているのだろうか――赤い花が咲いていて、その者達の新生活を祝うようだった。
「近頃はエ・ランテルの外の人達も少しずつ増え始めて、前よりも賑やかになりそうだなと思います。宿とは違って賃貸という新しい概念が始まったことも人を呼ぶ理由かもしれませんね」
そう言うパナソレイは、心底良かったと思っている雰囲気だ。
「そのチンタイってやつは何なんだ?」
一緒に馬車に乗っていたブレインは初めて聞く言葉に首をかしげた。
パナソレイの説明を受け、俺もここに住もうかなと検討し始めると、パナソレイも自分の新しい町を気に入られたのが嬉しいのか、光の神殿併設の行政窓口を後で紹介すると言い出した。
コンドミニアムは個人が運営することは宿業を脅かすと禁止されているため、それは州によって運営され、家賃は税収として国や州で使われるらしい。
良いシステムかもしれないとクライムは思う。が、パナソレイがブレインにそれをすすめることは引き抜き行為に近い。
「んん、すみません。ブレインさん、今はちょっと……」
「ん?なんだクライム君。――ああ、悪いな姫さん。俺は国に仕える気はないし、いつかはガゼフの家を出なけりゃならねーからな。情報収集ってやつだ」
はははとブレインは心底悪気のなさそうな顔で笑った。
一番中心の円形川、環状一号川を渡ると、そこには王都にいる全ての者の想像をはるかに超える景色が広がっていた。
魔樹は頂上から美しい水を、その枯れた体にくるくると這わせるように流していた。
その魔樹から出ている水は東西南北に延びる四本の川へ落ち、三本の円形川全てを繋ぐまっすぐな川として街を潤していた。
ラナーは思いがけず馬車を止めさせ、クライムが止めるのも聞かずに降りてその光景を眺めた。
「美しいですね……。魔樹と言うよりも、恵みの大樹と言ったところでしょうか。私は世界にこんなに美しいものがあるなんて知りませんでした。ねぇ、クライム」
そう言うラナーの横顔はもっと美しいとクライムは思った。